契約しよう、それで全て簡単に説明がつく

その日、北岡は不機嫌だった
珍しく酒を浴びるように飲んで、あげく吾郎を携帯で店に呼びつけた
「迎えにきて、ゴローちゃん」
いつもの有無を言わさない命令口調でそれだけいうと電話は切れ、
吾郎はそれから北岡の行きそうな店に片っ端から電話をかけることになる

1時間後、車に北岡を乗せ、吾郎は家へと走っていた
後ろで横たわっている北岡は、運転手の心配なんか知ったこっちゃないというかのように寝息をたてていて、
それを起こさないよう、細心の注意をはらって吾郎は運転した
最近の吾郎は、もうこんなことでは驚かなくなった
北岡という人間が見た目とはまるで違う一面をもっていること
彼の私生活
それに触れるようになって1ヶ月程経つ
あんなハチャメチャな生活にも、1ヶ月もつきあっていれば慣れるものだ
気紛れで、我侭で、自己中心的で、
人の都合なんか考えていない
吾郎は彼にとっては使用人だから、余計そうなのかもしれない
軽く難題を要求してきては、完璧な結果を期待している
まるで子供みたいな、と
今ではそれにも動じなくなったけれど

部屋に北岡を運び、ベッドへ寝かせるとパチ、と彼が目を開けた
「・・・先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ、気分悪いし、遅かったし」
「すみません・・・・・・」
不満気な北岡の、その顔を覗き込みながら吾郎は彼のネクタイを緩めシャツのボタンをはずす
「水、飲みますか?」
相手は酔っぱらいなのだから、と
そういう対処を施すと、それにむっとしたような返答が返ってきた
「さわらないでくれる・・・・」
シャツにかかった手をはらわれて、吾郎は北岡の顔を見る
「すみません・・・」
意識ははっきりしているのだな、と
妙に感心して、吾郎は水をテーブルに置いた
「何かあったら呼んでください」
そうして、下がろうとしたのをまた不機嫌な声で呼び止められた
「飲ませてよ、それ」
「・・・・・・・・・・・・・はい」
横たわったままの彼の身体を抱き起こし、グラスを口元へと持ってゆくと北岡は顔をそむけた
「・・・・・・先生?」
反応はなく、吾郎は途方に暮れる
ではどうしたらいいのだろう?
飲ませろと言ったからには飲む気はあるのだろうが、無理矢理口をつけさせてもきっと怒るのだろうし
「先生・・・・・・・・・」
「介抱してくれてるんでしょ?」
それで、吾郎はピン、ときて
そしてまた途方にくれた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これも、慣れれば平気になるんだろうか
酔った勢いの、いつものきまぐれなんだろうか
グラスの水を口にふくみ、そっと北岡の頬に触れて その唇にくちづけた
こぼさないように、ゆっくりと水を口移すと、北岡はそれをコクリ、と飲んだ
「・・・・・・・・・足りない」
「・・・・・・・・・はい」
2度目で、北岡はもういい、とベッドへ寝転がった
毛布にくるまり、そこにいろ、と命令して眠りに落ちる
吾郎はグラスを置いて、溜め息をひとつ落とした
俺は難しいよ、と
こういう時、いつも最初の日の言葉を思い出す

明け方、北岡がぼんやりと目を覚ました
「気分はどうですか?」
「・・・・・・・・・・起きてたの?」
はい、と
返事をして、彼のためにまた冷たい水をグラスについだ
それを受け取り、今度は自分で飲んで北岡はつぶやく
「ゴローちゃんさ、よく保つね」
「はい?」
「よくこんなところに1ヶ月もいるね
 そろそろ恩返しにも飽きたでしょ? 帰っていいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
彼の目が自分に向けられて、それで吾郎は言葉を失くした
「ゴローちゃんが来てから部屋は綺麗だし、いうことなんでも聞いてくれるし
 運転だってしてくれるし、助かったよ
 俺のギャラ分くらいは働いたと思うよ」
ニコリ、と笑った顔もいつもとはどこか違って見えて不安になる
「そんな・・・・先生、迷惑ですか?」
「ゴローちゃんに同情してあげてるだけ」
「オレ、できることなら何でもします
 まだ恩は返せてません、先生の側にいさせてください」
「うんでもね、ゴローちゃん
 何でもって、どこからどこまで? できることってどこまで?」
急に、北岡の目が憂いを帯び、
表情がこわばったように固くなった
「オレはどこまでも要求するよ
 側にいると言う限りは、どこまでも」
だから、やめた方がいいよ、と
北岡はまたベッドへと戻った
「君には無理だよ」
最後の言葉に、妙に胸がきしんだ
何が無理だというのか
こんなに尽くしているのに
こんなに彼の言うとおりに、と努力しているのに
眠りについた北岡に、無性に腹が立った
それでも、ここを離れる気はなかった
恩返しという目的のために、
自分自身の力で立っているのだという、彼の誇りを取り戻すために

次の日も、北岡は電話で吾郎を呼びつけた
昨日と同じように車に北岡を乗せ、吾郎は家へと戻ってくる
「先生、大丈夫ですか?」
ベッドへ寝かせると、また昨日と同じようにして目をあける
「・・・・・・毎日毎日飲んだくれて電話しても迎えに来てくれるの?」
「先生が言うならそうします」
昨日と同じようにグラスに水をつぎながら、吾郎は言うと溜め息をついた
顔を背けた北岡の、口に水を口移して
昨日のように2度繰りかえした
淡々と、これも毎日の掃除や雑用みたいにそのうちに慣れるのだろう
昔から自分は何でも器用にこなすことができたし、要領さえつかめばそれは苦痛ではなくなった
家を出てから、色んな仕事につき、稼ぐためなら何だってした
色んな世界を見たし、様々な種類の人間を見た
そして、そういったものに自分はすぐに慣れることができた
そう、自分は順応性というものが優れている
これだって同じ
今迄経験してきた色んな仕事と同じ
彼の我侭を聞いて、彼の世話をして、彼の言いなりに、彼の機嫌を損ねないように
「あなたが綺麗でよかった」
寝息を立てはじめた北岡の、その顔を見なぎら吾郎はつぶやく
少し前に、働いていた場所の主人は女だったが年増で色好きだった
バーテンの仕事のついでに、主人の相手をしながら吾郎は思ったものだ
これも仕事なんだから、と
そして、やがてはその行為にも慣れ嫌悪も減った
減っただけで、それはゼロにはなり得ないのだけれど
「・・・・・・あなたが綺麗でよかった」
もう一度つぶやいて、吾郎はすこしだけ笑った
まるで映画の中の人みたいだ
こんなに我侭で、こんなに自分勝手で、こんなに綺麗で
はじめから、戸惑いはあっても嫌悪はなかった
彼がやれと言ったこと
それは多少の躊躇はまとわりつくものの、それでもあの衰えていく自分を隠すように厚化粧を繰り返すあの女の相手をするより楽だった
むしろ、「はい」と
そう答えるのに、抵抗はなかった

真夜中、北岡は目を覚ました
「気分はどうですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、平気」
ぼそり、とつぶやいて北岡は視線をこちらに移した
うつろな目に憂いだけが浮かんでいるようで、その暗い光に吾郎は何か言い様のない気分になる
「大丈夫ですか?」
彼の顔を覗き込むと、その表情は一瞬で不機嫌なそれに変わった
「ゴローちゃん、いつまでここにいるのさ」
「え?」
「もういいって言ったのに」
「・・・・・・・・・よくありません」
一つ、息を吐いて北岡は目を閉じた
「ゴローちゃん、
 オレが、君の、恩返しにつきあうのに飽きたんだよ」
だから出てって、と
ひどくゆっくりと、北岡は言った
痛みが、吾郎の身体をきしませる音がした

「どうしてですか?」
これは不満だろうか
彼がもう充分だと思っているなら、出ていけばいい
自分は、自分という存在を北岡から買い戻すためにここで仕事をしていたのだ
彼がもういいといった今、自由はこの手に戻ったのではないか
ここに留まる意味はもうなく、
吾郎の生活は、元通りになる
それだけのこと
頭ではわかっていても、不満がつのる
「どうしてですか?」
こんなにも、尽くして
こんなにも、彼の欲しいというものを与えて
なのに、彼はいつも物足りないという顔でいる
「君には無理だよ」
その言葉は、吾郎に奇妙な痛みを与えた
「どうしてオレじゃ無理なんですか?」
自分はどうしたいのだろう
北岡につめよりながら、吾郎は自分がおかしくなった
何を必死になっているのか
こんなことで
こんなことで、
「恩返しなんかで、オレを満足させられると思ってるの?
 君がここにいるのは自分のためで、オレのためじゃない」
そうでしょ、と
北岡は、溜め息とともにそう吐き出した
身体を起こして、けだるそうにこちらをみやり、額にかかった髪をうっとおしそうにはらう
そうして、もう一度吾郎を見た
「自分のためにここにいるような人には無理だよ」
もぅ自由は戻ったんだから、と
そうして北岡は、力なく笑った

ああ、と
その時に、吾郎ははじめて気付く
自分の生活を取り戻すための恩返し
それが、いつのまにか吾郎の中で変わってしまっていた
北岡の側にいたいということ
彼の不安気な表情や脆さは、側にいる吾郎を不安にしたし、
それが吾郎をひきつけているものであることも確かだった
北岡の側にいたいのだ
彼に認められたいのだ
彼に必要とされたいのだ
ここで、彼のこの内面を、もっともっと知りたいと思っている
だからこんなにも、自分は北岡にこだわるのだ
「先生の側にいたいんです」
「無理だよ」
ゆっくりと、吾郎は首を振った
「無理じゃありません」
「無理だよ、遊びじゃないんだから」
「じゃあ、本当にオレをここで雇ってください
 遊びではないと、いうのなら」
それで、北岡がこちらを見返した
しばらく無言でいて、それからおかしそうに少し笑った
「そうだね、いいよ
 じゃあゴローちゃん、仕事でオレのこと抱ける?」

抱ける?
一瞬吾郎は北岡を凝視した
男にそういうことを言われたのは初めてた
そして、まさかそうくるとは思わなかった
抱かれたいのか? 男に?
それともこれは脅しだろうか
「オレに雇われたいのなら、
 オレと契約するのなら、それくらいできなくちゃね」
まるで挑むような目
魅入られて、吾郎は無言で北岡の顔を見た
「契約は単純なものだよ
 オレを気持よくさせること
 オレのために存在すること、それだけ」
仕事でも、生活でも、精神的にも、
「オレを抱ける?
 できるなら、雇ってあげるよ」
完全に、魅入られたのだろうか
意識はあったのに、身体はまるで別人のもののようだった
ぎごちなく北岡の肩をつかむとそのままベッドヘと押し倒し、白い首筋に顔をうずめた
女にするようにくちづけし、強く吸うとその肌にうっすらと赤い色がついた
完全に、支配されている
感じながらも、吾郎はひきずりこまれていく
どこか冷静を保ちながらも、北岡の魅入られていく
今迄に何人も抱いてきた女と同じように扱いながら、
その表情に頭がグラグラするのを感じた
彼の表情
吾郎の愛撫に身体を震わせながら、快感に身を浸すその表情
行為の時、いつも彼は自分の下で喘ぐ女を見て冷めていたのに
よくもまぁ、こんな顔を愛する男に見せられるものだ、と
軽蔑に似た感情に支配されていたのに
そして、そして
その時には自分も同じ顔をしているのだろうな、と
自嘲気味に繰り返していた行為だったのに
「あ・・・・・あふっ」
今、吾郎の下で頬を紅潮させ息を荒げている北岡から目が離せない
あの高慢で、プライドのかたまりのような我侭な人間が、今ここでこうして自分の愛撫に声を上げているということ
ぞくぞくと、背から快感に似たものがかけのぼっていく
「あっ、あぁ・・・・・・・・・・っ」
北岡の手が吾郎の背に回り、それで吾郎の理性が完全に飛んだ
北岡の、細い両足を広げさせ、あらわになった蕾に手をふれる
つ・・・と、無理にこじあけるように指を奥へと押し入れると、北岡がまた声を上げた
「あぁっ、あ・・・・ふ・・・・・・・・・・」
感じるのだろうか
その声も、顔も、吾郎を冷めさせるものではあり得なかった
どうしてだろう?
あの女達とは違う何かがある
北岡の表情は、快楽に溺れているものではない
高貴を崩さず、彼はこんな格好でこんな風に犯されながらも上位なのだ
こうして北岡を組みしき、声をあげさせている吾郎よりもまだ上位
吾郎の奉仕で快楽を得て、それを楽しんでいる表情
まるで余裕で、まるで綺麗だと、
吾郎は感じて またゾクリとした
(・・・・・・かなわない)
無意識の下でそう思う
北岡の中を指でかきまわして、そのまま容赦なく彼の中に己を突き立てた
「ひ・・・・・・・・・・っ」
咽を鳴らして、背を反らせて、
北岡が吾郎の背中を強く抱きしめる
「あ・・・・・・あぁぁぁぁぁっ」
一気に奥まで貫くと、切ないような悲鳴に似た声が上がった
少しだけ、満足に似た感情が吾郎に生まれる
ゆっくりと、ゆっくりと
吾郎が動くと、北岡はまた夢み心地で声を上げた
甘い声
ああ、かなわないと痛感する
「オレを抱ける?」
そう言われて、あの女主人のように抱いてやるつもりだった
だが違う
抱かせてもらっているのだ
彼に快楽を与えるために、奉仕させられている
彼の表情を見て冷めないのはそのせいだ
むしろ、北岡の方がそういう感情を今の自分にもっているのではないか
むさぼるように、彼の身体を犯す、自分を

それから吾郎は北岡の中で己を解放した
「あ・・・あぁぁっ」
短く声を上げ、北岡も自らを放ち、白濁が二人の意識に降りてくる
「ん・・・・・・・・・・ぅ」
そのまま意識を落としたのだろうか
北岡は、目を閉じた

次の朝、ベッドで目を覚ました北岡は、吾郎に朝食を申し付けた
「オムレツ食べたい」
「・・・・・・・・・・はい」
昨日のことなど、なかったかのように北岡は平然としていたし、
吾郎もどうしていいかわからず、北岡が触れずにいてくれたことに安心した
あの行為は自分の負けを認めたようなものだった
北岡の側にいたいと、
彼に認められたいと、
それは結局吾郎の意思で、北岡にとっては吾郎は使用人に変わらなかった
あの口ぶりでは誰でもいいのだろうし、過去に何人もそういった「秘書」がいたのだろう
「オレは難しいよ」と
その言葉通り、選ぶのは北岡で、選ばれるのはそういった者達
いくら北岡の側にいたいと思っても、彼が満足いなければここを去るしかないのだろう
それが契約なのだから
そういう、単純な契約なのだから
「そうだ、吾郎ちゃんのお給料決めなくちゃね」
にこり、
楽しそうに言った北岡を盗み見やり、吾郎は少しだけ苦笑した
どうやら、我ながら完全に魅入られてしまったらしい
綺麗だと、感じた相手だからなおさら
表と裏のギャップが激しいから余計に、
はまったら抜けだせない罠のようだとひとりごちた
自分から、かかりにいったようなものなのだけれど

それは契約
想いも気持ちも、恩もいらない
簡単なことでしょう?
仕事だと思えば、何だってできるよね


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