思考する、俺という人間の憶い描く先にあるもの

はじめて中に足を踏み入れた時、なんて無機質な空間なんだろうと思った
白に壁、白い床
必要最低限のものしかないオフィス
それから、どこか冷めた目をしたこの部屋の主人
ここには、人のもっとも必要とするものが欠けている
生活をする場所ではない
そう思って、一瞬ゾワリと寒気さえ覚えた
この人は、一人でこんなところで生活しているのか

「それで?」
「側にいさせてください
 オレにできることなら何でもします」
「別にいいよ、今回のことでそう言ってるなら・・・」
「いいえ、
 先生にはお世話になりましたから」
「いいって言ってるでしょ?」
「よくありません」
「無理だよ、君には」

白い肌と、どこか疲れたような表情が影を与えて、綺麗だ
先程までの顔とはどこか違う、憂いに似た雰囲気が漂う
この人は何を考えているんだろうか
この人は、この視線の先に何を見ているのか
こんな何もない場所で、どうやって生活しているのか
時々見せる、この危なっかしい表情は何だ

「まぁ、いいよ
 今日は遅いし泊まってけば」
そう言って北岡は、上着を脱ぎ捨てると奥の部屋へと消えていった
「君は適当に空いてる部屋使っていいから」
シャワーもどうぞ、と
それだけ遠くから 聞こえた

北岡という名は、以前からよく聞いていた
父の会社の弁護士だそうで、数々の大企業のおかかえでもあるとか
悪徳だというジャーナリストの声をよく聞く
実際、吾郎の父親の会社が契約しているのだからそうなのだろう
吾郎は父の、その経営方針から人間性まで、全てが理解できなかった
世の中を巧く渡っていくには、なんてことを教え込まれてきたが、
それに納得できなかった
どんなに努力しても、それはむずかしかった
そして彼は家を出た
一人で何とかやれる、と漠然とした自信をもっていた
この不可解な世界より、どんなにどん底でも、納得のいく生き方をしたい
そう思っていた
だから、家を出たのだ
なのに今、しょうもない事件に巻き込まれ、父親の弁護士の助けを借りてやっと自由の身になった
自分だけで生きていこうと思って、働いて、働いて、
けして「巧く」ではないけれど、自分なりの生き方だった
それでいいと思っていたし、自分のしたことは間違いではなかったと思っていたのに

「由良社長の依頼でね、君の弁護を担当するから」
彼は突然現れてそういい、2.3質問をして帰っていった
「大丈夫、オレ腕いいから」
近い内に自由になれるよ、と
北岡は自信満々に笑っていた
彼の存在は、父に対して自分の負けを認めたような そんな気持ちにさせた
所詮、世の中は巧く生きてゆかなければ自由でいられないということか
こんなくだらない事件のせいで、こうして拘束され、
父の助けがなくてはどうにもならないなんて
自分の身ひとつ動かせないなんて

それから、彼の言った通り、吾郎はすぐに自由の身になった
「ありがとうございました・・・・・」
「それは由良社長にいいなよ」
オレは高いんだから、と
笑った顔に、無性にイライラした
ああ、この自由は父親の金で買い与えられたものだ
それでは、これからの生活は自分自身のものではなくなるんじゃないのか
オレはオレとして、思った通りに生きていくんだと
そういうことも もう許されないのか
「北岡先生」
その後ろ姿を追うと、彼は面倒臭そうに振り返った
「何?」
「オレ、自分で払いますっ」
「・・・・・・・高いって言ったでしょ?
 君の給料じゃムリだよ」
「でも、嫌なんです」
「いいじゃない別に、向こうは好きで払ってるんだから」
親なんだし、利用すればいいんだよ、と
北岡はヒラヒラと手を振った
帰ろうとするその腕を掴んで食い下がる
「じゃあ、オレを先生の側に置いてください
 何だってしますから、先生のところで働きます」
そうして、とうとうこの家までついてきた
呆れたような顔をしながら、それでも北岡は彼を家まで入れてくれた
何の警戒も、疑いもせずに

真っ白な空間の、清潔なオフィス
机の上だけが雑然としていて、仕事の資料だとか本だとかが山積みになっている
何もない
こんな場所で人が生活できるのだろうか
吾郎は部屋を見回した
ソファに脱ぎ捨てられたスーツの上着が目につき、拾って椅子にかけた
空いたソファに腰を下ろし、溜め息をつく
静かで、
北岡はあのまま自室で眠ったのか 物音ひとつしない
だいたい、無防備すぎるのだ
お得意先の息子だとわかっているとはいえ、初めて家に入れる他人を放って、一人さっさと眠ってしまうなんて
自分がちょっと変な気を起こして、盗みをは働くとか そういうことは想定しないのだろうか
あんなにも頭の切れる弁護士が、油断しすぎというものではないか
溜め息だけが、何度も部屋に響く
これからどうしようか
ここで彼に恩を返して、自分を取り戻さなければ気がすまない
でなければ、結局自分は、父親の手の中から出られないままだ
自分自身の足で、立つことさえできないということだ

朝、ぼんやりとした顔をして北岡が起きてきた
「あれ・・・寝てないの?」
「・・はい・・・」
「何してたのさ、」
冷蔵庫を開けて、グラスに水をつぎながら北岡はつぶやく
まだ目が覚めていないのだろうか
水を飲み干すと、そのままバスルームへと消えていった
「・・・・・」
彼は、他人に警戒心というものを持たないのだろうか
一連の行動を見ながら、彼が出てくるのを待つと30分程してようやく、シャンと着替えた姿で現れた
「オレ今日仕事忙しいから」
「あの・・・・・」
「じゃあ行ってくるから」
「え・・・・・・・・・・・・・・・・」
かばんに書類の束を突っ込んで北岡は玄関へと向かう
途中で何かに気付いたように振り返ると、ポイ、とキーを投げてよこした
「無理だと思ったら帰っていいよ
 とりあえず、気がすまないなら、つきあってあげるよ」
君の、恩返しに
「オレは難しいと思うけどね」
そうして、北岡は悪戯っぽく笑うと出ていった
その後ろ姿を、放心したように吾郎は見送る
これが、最初の日
二人の思い描く先に、いまが映っていただろうか
答えは、NO
そしてその関係は、微妙に育って今も続いている


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理