君のぬくもりをだきしめて、グッドナイト

ある日、彼が言いにくそうに切り出した
「あの・・・」
食事の後、片付かない書類に目を通している最中だった
「城戸に頼まれたんですが・・・」
は? と
その名前に顔を上げる
城戸?
ライダーの、あの城戸のことか?
「1ヶ月だけでいいから店を手伝ってほしいと・・・」
その言葉に、またぽかんと彼を見た
何を突然言い出すんだ、この男は、
店を手伝ってほしい?
あの、女オーナーのやってる喫茶店のことか?
それはつまり、こういうことか?
「何? ゴローちゃんがあいつのところでバイトするってこと?」
「・・・人手が足りないそうで・・・」
「・・・・何よ?
 そんな個人的に頼まれる程、あいつと仲いいの?」
「いえ・・・・そーゆうわけじゃ・・・」
困ったような彼の顔
何の前触れもなく、全く想像もできないようなことを言って 彼はこちらを伺っている
何なのだ
ようするに、
俺が仕事で、ゴローちゃんの手のあいている時に店を手伝ってほしい、と言われたわけだ
そして、人のいいゴローちゃんは困っている彼に手を貸してあげたいなんて思ったわけだ
お友達でもなければ、むしろ敵なんだけど
それを承知で真顔でこんなことを言ってのける奴
なんてめでたいんだ、
少しだけ
いや、かなり腹が立った
俺は僕を好きだとかいいながら、こういうところで気を使えない
こういうことに、気づかない
それは彼が優しくて、純粋だからかもしれないけれど
「・・・・・行きたいわけ?」
「困っているようなので・・・」
できれば、と
しごく控えめに、彼はいう
ちょっとうつむいて、
ここで機嫌を損ねてNOと言ったら 彼はこの話を断るだろう
俺のために
俺の機嫌を損ねないために
「・・・・・・・・・・・」
なんだかむかついた
心が汚れきってる俺には、とても思い付かないことだよ
あいつの店を手伝ってやる、なんて
まるで城戸みたいな発想
この二人は、そういうところが似ているんだろうな

「いいよ、」
溜め息をついて答えた
我ながら なんて心が広いんだろう
「朝、店まで車で送っていってあげるよ
 帰りは俺の仕事が終わったら迎えに行く
 それでいいなら、行ってもいいよ」
ゴローちゃんと目を合わさなかったけど 彼の表情は手に取るようにわかった
嬉しそうな顔しちゃって
ゴローちゃんには、本当は城戸みたいなタイプの人間が合うんだろうな

それから毎日、朝 彼を店に届けて、自分の仕事が終わると迎えに行った
「毎日御苦労なことだな」
「そりゃあ、俺の大事なゴローちゃんに何かあったら大変だからね」
にこり、
どこかへ出かけようとしていた秋山にそう言って
それから慌てたように店から出てきたゴローちゃんに手を振った
「だいたいアンタがちゃんと働かないからウチのゴローちゃんがかり出されてるんだろ?」
店ほってどこ行くのさ、と
だが、秋山は無言でそのまま去っていく
あーあ、と
あきれて溜め息をついた
あんなのがいるから、俺がこんな送り迎えをするハメになってるってのに
「すみません・・・」
「いいよ、帰ろう」
どことなく、ゴローちやんは楽しそうで
なんとなく、悔しい
明日は仕事を早く切り上げて、この店でゴローちゃんの入れた紅茶でも飲もうかな

「あんた売れっ子なんじゃないのか?」
店に客としてやってきた俺に、城戸は言った
「売れっ子にも休暇は必要だよ
 セイロンね、ゴローちゃんが入れたやつ」
メニューを返して言ったら、城戸はおかしそうに笑った
「あんたってほんっとに由良のこと好きなんだなぁ」
「・・・・・・何よ? 君の煎れたのなんか飲めたもんじゃないでしょ?」
悔しいけれど、あたってる
ここでウェイターみたいな格好をして、テキパキ動いてるゴローちゃんを見てると いつもと違って新鮮だし
毎日毎日 彼の煎れたものを飲んでるけれど
やっぱり今も、彼の煎れたものが飲みたいと思うし
(あーあ、楽しそうにしちゃって)
顔はいつもの無表情だけれど、目がイキイキしてて
時々城戸と笑いあったりしたりして、何だか妬けてしまうんだけどな
「お待たせしました」
コトリ、と
テーブルに白いカップが置かれた
見なれた手
俺の好きな彼の手
「ありがとう、楽しい?」
「はい」
少しだけ、申し訳なさそうに彼は言った
「いいよ、そんな顔しなくたって
 今日はあと2件だけ回ったら終わるから、8時には迎えに来るよ」
ここの閉店が9時頃だってのは知ってるけど
元々俺が迎えに来るまでという条件なんだから かまやしない
「はい・・・」
彼が少し笑ったから、俺の機嫌も少しだけ直った
帰りは海までいってもいいな
少し寒いだろうけど、久しぶりだし

8時過ぎ、約束通り店の前についた
店は賑わっていて、いくつもの影が動くのが見えた
(こんなに流行ってるんだから バイトを雇えばいいのに)
呆れる
表にバイクがないところを見ると、例のごとく秋山は留守のようだし
城戸ではたいした使い物にはならないだろうし
何でもできてしまうゴローちゃんが重宝するのもわかっているんだけれど
(・・・ゴローちゃんは俺のものなんだよね)
なんとなく、また腹が立ってきた
元々、独占欲は強い方なのだ
自分のものを人に貸すのはいい気がしない
それが、特別なものであればあるほど

2月の夜は寒かった
いつの間にか時計の針が回って9時前を指している
「あーあ・・・・・」
予想はしていた
忙しくて抜けられないのだろう
人のいいゴローちゃんは、時間を気にしつつもオーナーの言葉にズルズル手伝わされているのだろう
彼の性格はよく知っているし
週末のこの時間が忙しいのも理解できる
ただ、納得がいかない
俺はガラにもなく こんなところで凍えて1時間近くも待っているのに
彼は、あの明るい場所で楽しそうにしているなんて
納得がいかなくて、イライラがつのる

9時を10分程過ぎた頃 慌てたようにゴローちゃんと城戸が出てきた
「す・・・すみませんっっ」
駆け寄ってくる彼の顔を見ると、また無性に腹が立った
すみませんじゃすまないくらい、凍えているのに
「わりー、どーしても手離せなくて」
城戸が笑う
「すみません・・・・」
「こいつが悪いんじゃないんだよ?!
 オレ達が無理矢理引き止めちまったんだからさ」
すまなさそうなゴローちゃんの顔
いつもの、ヘラヘラした城戸の顔
あんまり腹が立って、それから無性に悲しくなってしまった
感情が押さえ切れない
俺としたことが、

「いいよ、
 そんなにそこが楽しいなら帰ってこなくても」
自分でも驚く程に、イライラした声だった
「先生・・・」
「だからっ、由良は悪くないんだってば・・・」
二人が並んでるのを見るだけでイライラする
こんなに凍えて待って、こんなツーショットを見せられるくらいなら
とっとと帰ってやればよかった
何で、待ってたんだろう
久しぶりに海へ行こう、なんて
ここに来る前は、楽しかったのに

「俺をこんなに待たせられるくらい そっちが大事なら もう帰ってこなくていいよ」
どうせ、明日もまたここでバイトなんだし、と
言った途端、腕を彼に掴まれた
ドキ、とする
「先生・・・・」
今にも泣き出しそうな彼の顔
泣きたいのはこっちだ
こんな寒い中、ガラにもなく待ってたりして
「おやすみ、ゴローちゃん」
パシ、と
その手を払って車に乗った
イライラする
ここにいたくない
ああなんか、とても大人気ないけれど、今すぐここから離れたい
冷たいシートに座って、冷たいハンドルを握った
エンジンはすぐにかかる
そして、
彼の顔も見ずに車を出した
この感情を、やりきれない

「・・・・あーあ、怒りっぽいなぁ」
遠ざかる車を見ながら城戸がいう
「泊まってく?」
「いえ・・・・・・・・・・・」
呆然と、
何か大きなショックを受けたような顔で吾郎は車の消えた道を見つめていた
「いえ・・・帰ります」
淡々と、言う
「そ?
 だったらバイク貸そうか、それともタクシーでもつかまえて・・・」
ほらあれ、と
愛用のバイクを振り返った間に、吾郎はもうフラフラと歩き出していた
「え・・・・・?」
ぽかんとその後ろ姿を見送る
「・・・・大丈夫か?」
どことなく危なっかしいその足取りに肩をすくめて
「愛しあってんなぁ」
城戸はつぶやいて笑った
うらやましいとは、言わないけれど

吾郎が家に戻ったのは深夜の12時を過ぎた頃だった
「・・・・・・先生?」
家中どこにも灯りがついていない
車はあったから帰ってきているはずなのに、リビングにも彼の寝室にも人の気配はなかった
「・・・・・・・・・」
ふと、おもいあたって自分の寝室のドアをあけた
「・・・・・・先生」
そこに、彼はいた
ベッドの上で、毛布にくるまっている
たよりないシルエットが不安に揺れている
部屋は冷えきっていて、とても寒い
「・・・・・・先生」
側へ寄ると、きつい顔がにらみつけてきた
「嫌いだよ、ゴローちゃんなんか」
震える声
愛おしさがあふれた
「すみません・・・先生」
「嫌いだ・・・・・・・・・・・・・・・」
手をのばして、その頬に触れた
冷たくて、それで胸がぎゅっとなった
「・・・・・・・すみません・・・・・・」
彼の顔は、きつい目をしたまま
だがやがて、うつむいて震えた
「・・・・本当に帰ってこないかと思った・・・・」
途端に何かのタガが外れたように 吾郎は彼の細い身体を抱きしめた
ああ、こんなにも冷たくなって
ああ、
こんなにも不安にさせて
人を待つようなタイプの人じゃないのに
あんな寒い中1時間以上も待たせて、あげくに
またこうして、一人誰もいない場所で待たせてしまった
力のかぎり抱きしめた
自分には今、それしかできない

本当に不安だった
「帰ってこなくていい」
言い放った言葉
真直ぐ家に戻ってきたけれど、広い家に一人きりで
やはりここも、寒かった
「・・・・・・・・ゴローちやんのバカ」
城戸なんかと一緒に出てこなければ良かったのに
そうしたら、少し拗ねて困らせて、
だけど、いつものようにキスのひとつで許してあげたのに
あんな奴と楽しそうに今迄いたのかと思うと、
嫉妬が押さえ切れなかった
そうして、心にもないことを言ってしまった
「帰ってこなくていいよ」
本当は、今すぐ抱きしめて、凍えた身体を暖めてほしかったのに

真直ぐ、彼の寝室へ向かった
普段あまり入らない場所
彼の使っているベッドに潜り込んだ
陽の匂いがする
もぞもぞと、毛布をたぐりよせてくるまった
寒い
凍えきった身体は、そんなものでは暖かくならなかったけれど
そこ以外に居場所がなかった
そこが、一番彼の匂いがした

何時間たったのだろう
静かで、凍えて
本当に、彼は帰ってこないかもしれないと思った
とても、悲しくなった
(何なんだよ・・・・・)
恨みがましく、唇をかむ
こうやって想っているのは自分だけで
彼は、あそこで皆と楽しく過ごすことも、俺と一緒にいることも
同じように考えているのか
こんなに好きなのは、自分だけなのか
息苦しい
静かな夜は痛かった
世界でひとりきりになった気が、した

カチャリ、
突然ドアが開いた
わずかに光が入り 影が伸びる
「先生・・・・・」
その声に、安堵の溜め息が漏れた
ああ、
俺は彼がいないとマトモに呼吸もできないらしい

帰ってきた彼は、何度も何度も謝った
それこそ、今にも泣きだしそうな声で
そしてその強い腕で、抱きしめてくれた
ずっと、そうして欲しかったように強く、強く
「・・・・本当に帰ってこないかと思った・・・・・」
遅いよ、と
言うと 本当に情けない声で彼は言った
「すみません・・・・遠かったもので・・・」
あげくに道に迷いました、と
その言葉に 思わず顔を上げて彼の目を凝視した
「は?」
「・・・・・・・だから・・・その・・・道に・・・」
彼は困ったようにうつむく
「何? まさか歩いて帰ってきたんじやないよね?」
「・・・・・歩きました」
今度は彼が不可解な顔をした
「だって車は先生が乗って帰ってしまったし・・・」
ボカン、と
あんまり呆れて一瞬俺は言葉を失った
「城戸にバイクを借りるとか、タクシーつかまえるとかあるでしょ?」
「・・・・・・・・・はぁ・・・」
彼はまだ、困ったような顔をしていた
「・・・思い付きませんでした・・・」
あんまりショックで、と
彼が本当に真顔で言うから、それで思わず吹き出した
「・・・・バカだなぁ、ゴローちゃんは」
何てバカなんだろう
ちょっと考えれば誰だって思い付くのに
あのキョリを歩こうなんて、
歩いてきただなんて
「・・・・先生を怒らせてしまったと思ったら頭が真っ白になったんです」
彼はうつむく
手だけが、居心地わるそうに俺の頬に触れている
「しょーがないバカだね、
 ・・・・・・・そのバカさ加減に免じて今回だけは許してあげてもいいよ」
反省してるよね、と
言うと彼はうなずいた
「すみません・・・こんなに凍えさせて・・・」
胸が、きゅんとなった
優しいゴローちゃん
今は彼の腕に抱かれていたい
「いいよ
 俺が今 一番欲しいものをくれたら許してあげる」
言うと彼は、また強い力で抱きしめてくれた
「放したら嫌だよ」
ハイ、と
くぐもった声が返ってくる
「温めて・・・・・・・・・・・・・・・・」
冷えきった身体に、くちづけが降りてきた
唇を深く重ねて
彼の全部の熱を奪うように、何度も何度も
そうして、凍えた身体に熱がともる
彼の、くちづけの数だけ
想いの、量だけ


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