遠い日
ヒカルは風の中 ずっと帰らぬ人をまってた
あの日、ヒカルは親を失った
「ヒカル もう帰ろう」
幼い横顔
それはまだ「死」というものを理解していない表情だった
「うん・・・・・」
そう言って子供は 目線を少し下げる
うん、でも・・・・
子供の憂い顔
直視するに耐えない あまりにもあどけない目
「うん、ハヤテ 先帰ってていーよ」
もう少しここで待ってるから、と子供は力なく笑う
ここで、待ってるから
今朝のことだった
ヒカルをおいて ヒカルの両親が事故で死んでしまったのは
少し出掛けてくるから、と彼等が森を出ていったのは昨日のこと
ハヤテにヒカルをたのむ、と笑っていた
幼い子供は 父と母の帰りをただ待っている
「ヒカル・・・・・風も冷たくなってきたから・・帰ろう」
その腕に触れるととても、冷たかった
何もない野原で、森の奥を見つめている子供の目
不安がそこに浮かんでいるのをハヤテは知っていた
「ヒカル、今日は戻ろう」
なんと言えばいいんだろう
大人達が昼間 両親の死を伝えた
でも幼い子供は それを理解できなかった
だからそれからヒカルはずっとここで 二人が戻るのを待っている
もう二度と戻らないんだと言い聞かされて、
子供は今にも泣き出しそうな、でもきついきつい眼で言ったのだ
「おれは待ってる」
ヒュウヒュウと風が吹く
どうして こんなに幼いのに、
どうして まだ「死」が理解できない程に幼い頼りない子供なのに
こんな目にあわなければならないのだろう
どうしてヒカルなんだろう
「・・・・・ヒカル」
苦しいのは ヒカルの痛みがわかるから
こうして真直ぐに 前をにらみつけるように立っているけど
その目が今にも泣き出しそうなのをハヤテは知ってる
ああいう目をしている時
それはヒカルが寂しくてたまらない時だと知ってる
辺りが暗くなって、星が降りだしてもまだ、子供はそこにいた
力なく首をうなだれて ヒカルはポツリ・・と声をこぼした
「・・・・・・なんで・・?」
どうして戻ってこないんだろう
どうして帰ってきてくれないんだろう
待っていれば帰ってくると思っていた
長老が言っていた言葉がよく解らなかった
いつも待っていたら「ただいま」と笑ってくれたのに
「・・・・なんで帰ってこないの?」
言葉にした途端に、急に辛くなって子供はその場にうずくまってしまった
「なんで・・・・・?」
お父さん・・とつぶやいたその言葉に
ただもうハヤテは何も考えられなくなった
神様 どうしてヒカルなんですか?
抗議に似た感情
ここでこんなに冷たくなって こんなに弱ってるこの子供を
どうか救ってください、と
これ以上 苦しめないでください、と
「ヒカル・・・・・っっ」
小さなその身体を抱きしめた
痛みが伝わってくる
震える子供は ただただ必死にしがみついてうめいているのだ
ここで こんなにも必死に体温を求めてる
「ヒカル・・・お前はオレのところに来い」
きつくきつく抱きしめて ハヤテもまた うめくように言った
幼い子供
誰がこの先 守っていくのか
誰がヒカルを愛してやるのか
神様、ヒカルをオレにください
そう願ったのは心から
痛みも苦しみも、全部から守ってあげる
生きること、死ぬこと、愛すること
全部を教えてあげる
あなたがヒカルを苦しめるなら・・・・・
怒りに似た感情
「お前はオレが育ててやるから・・・
だからオレのところに来い」
泣き出した子供の髪を撫でた
「全部オレが教えてやるから・・・」
神様、ヒカルをオレにください
オレならヒカルを守っていけるから
「生きることも、死ぬことも、愛することも全て」
濡れた目をみつめてハヤテは言う
「オレが教えてやるから」
痛みは消えないだろう
寂しさも癒せないかもしれない
でも愛することだけはできるから
神様、ヒカルをオレは手放さない
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