風の祈り123


風の祈り scene.1

遠い日
ヒカルは風の中 ずっと帰らぬ人をまってた
あの日、ヒカルは親を失った

「ヒカル もう帰ろう」
幼い横顔
それはまだ「死」というものを理解していない表情だった
「うん・・・・・」
そう言って子供は 目線を少し下げる
うん、でも・・・・
子供の憂い顔
直視するに耐えない あまりにもあどけない目
「うん、ハヤテ 先帰ってていーよ」
もう少しここで待ってるから、と子供は力なく笑う
ここで、待ってるから

今朝のことだった
ヒカルをおいて ヒカルの両親が事故で死んでしまったのは
少し出掛けてくるから、と彼等が森を出ていったのは昨日のこと
ハヤテにヒカルをたのむ、と笑っていた
幼い子供は 父と母の帰りをただ待っている

「ヒカル・・・・・風も冷たくなってきたから・・帰ろう」
その腕に触れるととても、冷たかった
何もない野原で、森の奥を見つめている子供の目
不安がそこに浮かんでいるのをハヤテは知っていた
「ヒカル、今日は戻ろう」
なんと言えばいいんだろう
大人達が昼間 両親の死を伝えた
でも幼い子供は それを理解できなかった
だからそれからヒカルはずっとここで 二人が戻るのを待っている
もう二度と戻らないんだと言い聞かされて、
子供は今にも泣き出しそうな、でもきついきつい眼で言ったのだ
「おれは待ってる」

ヒュウヒュウと風が吹く
どうして こんなに幼いのに、
どうして まだ「死」が理解できない程に幼い頼りない子供なのに
こんな目にあわなければならないのだろう
どうしてヒカルなんだろう
「・・・・・ヒカル」
苦しいのは ヒカルの痛みがわかるから
こうして真直ぐに 前をにらみつけるように立っているけど
その目が今にも泣き出しそうなのをハヤテは知ってる
ああいう目をしている時
それはヒカルが寂しくてたまらない時だと知ってる

辺りが暗くなって、星が降りだしてもまだ、子供はそこにいた
力なく首をうなだれて ヒカルはポツリ・・と声をこぼした
「・・・・・・なんで・・?」

どうして戻ってこないんだろう
どうして帰ってきてくれないんだろう
待っていれば帰ってくると思っていた
長老が言っていた言葉がよく解らなかった
いつも待っていたら「ただいま」と笑ってくれたのに
「・・・・なんで帰ってこないの?」
言葉にした途端に、急に辛くなって子供はその場にうずくまってしまった
「なんで・・・・・?」
お父さん・・とつぶやいたその言葉に
ただもうハヤテは何も考えられなくなった

神様 どうしてヒカルなんですか?

抗議に似た感情
ここでこんなに冷たくなって こんなに弱ってるこの子供を
どうか救ってください、と
これ以上 苦しめないでください、と

「ヒカル・・・・・っっ」
小さなその身体を抱きしめた
痛みが伝わってくる
震える子供は ただただ必死にしがみついてうめいているのだ
ここで こんなにも必死に体温を求めてる

「ヒカル・・・お前はオレのところに来い」
きつくきつく抱きしめて ハヤテもまた うめくように言った
幼い子供
誰がこの先 守っていくのか
誰がヒカルを愛してやるのか

神様、ヒカルをオレにください

そう願ったのは心から
痛みも苦しみも、全部から守ってあげる
生きること、死ぬこと、愛すること
全部を教えてあげる

あなたがヒカルを苦しめるなら・・・・・

怒りに似た感情
「お前はオレが育ててやるから・・・
 だからオレのところに来い」
泣き出した子供の髪を撫でた
「全部オレが教えてやるから・・・」

神様、ヒカルをオレにください
オレならヒカルを守っていけるから

「生きることも、死ぬことも、愛することも全て」
濡れた目をみつめてハヤテは言う
「オレが教えてやるから」

痛みは消えないだろう
寂しさも癒せないかもしれない
でも愛することだけはできるから

神様、ヒカルをオレは手放さない

風の祈り scene.2

ボンヤリと、子供は窓の外を見つめている

外は雨
この季節の雨は冷たく、痛い
流れる水滴を見つめながら、この子供は何を想っているのか

「ハヤテ・・・・」
子供がこの家に来て2日
あの日から、この小さな存在を守ると決めた
その震える手を決して離さないと誓った
「ハヤテ・・・死ぬことって何?」

あの日から子供は考えていた
戻ってこない父と母
可哀想に、と言う大人達の暗い顔
抱きしめてくれた、ハヤテの震える腕
そして今、とても寂しいと感じる この心
「どーゆう意味?」
ここに戻ってこないということ?
探せばどこかにいるのか?
それともまるで魔法のように、消えてしまったのか

「・・・・もう、いないんだよ」
辛そうにハヤテは答える
彼もまだ 大人になりきっていない少年だから「死」をうまく説明できたりはしない
それを抱えるには、ハヤテもまた、幼すぎる
「どこを探しても、いつまで待っても戻ってきてはくれないということ」
黙って聞く子供のその目が、揺れている
何を想っているのか
何を、見ているのか

「・・・・・そんなの嫌だよ」
ポツリ・・と、こぼれた言葉
「いやだ・・・・・」
なんて大粒の涙
不安と寂しさのつまった、その結晶
「うん・・・でもヒカル
 お前のお父さんとお母さんは お前のことを見守ってる
 もう二度と会えないけど、でも本当は前より側にいてくれてるんだ」
その頬にふれて、ハヤテは苦笑した
こんなことは大人達が何度も繰り返した
皆が、そう言ってなぐさめていた
同じことしか言えない自分
「おまえは決して 一人じゃない」
うつむいてしまった子供に、ハヤテは何もしてやれない

守ると決めたものがある
一生、けして手放さないと誓ったものがある
あの震える存在
小さな、本当に小さなあの子の心を守りたい

「オレに・・・・できますか?」
問いかけは誰へともなく
泣きつかれた子供の髪に触れながらつぶやいてみる
もう何度ともなく、
「オレに、癒せますか?」

祈りに似た言葉
そういう力が欲しいと願った
無邪気なヒカルの心を癒す力
夜、この子供が泣き出してしまわないような安らぎ
それを創れる大人になりたい
もっと、大きな手がほしい
幸せの、ほんの少しもこぼさないように

誓いは消えない
想いも新たに

神様、ヒカルはオレのものです

心から愛しいと想うから
ヒカルだから こんなにも痛い
こんなにも願う
こんなにも・・・・・・・・・

そして祈りはどこへゆくのか

風の祈り scene.3

ゆめを見る
どこか知らないところへ行ってしまったあの人達のゆめ
くらい道にひとり、おいていかれる ゆめ

真夜中の空気は重くて冷たい
それを知ったのは ついこのあいだだった
シン・・と冷えた空気を感じながら ヒカルは黙って天井を見つめていた

寒い

それは あの日から感じるようになったこと
悲しいとか、苦しいとかは よくわからなかったけれど
ここはとても寒くて、痛い
こんな夜に目を覚ますのは 何度目なんだろう
今まで こんな静かで暗い時間を知らなかったのに

ゆめは毎晩
何もない ただの暗闇に続く道の途中
父と母は二人して 先へ先へと行ってしまうのだ
「・・・・まってよ」
声は、届かない
二人は微笑んで 一度だけ振り返る
そうして あとはもう
立ち尽くすヒカルを置いて消えてしまう

ボンヤリと、手をのばしてみた
届かない手
暗闇は、大好きな両親を飲み込んで笑っているようだった
ゆめは、つづく

そこは道の途中
暗闇を前に 途方にくれる子供
ついていきたい?
連れていって欲しい?
誰が問いかけているのか
誰が答えるべきなのか
「どうしたい?」

ふ、と あたたかな風が吹く
知ってる匂いがする
森のひかりと樹の、いい匂い
「お前は、どうしたいんだ?」

彼のいる場所は光が射していて 何もみえないのだ
ただ声が聞こえて、風が吹いてる
ふいに、心が楽になる

「・・・・・わからない」

こたえる声
姿を見ようと目を開けても まぶしくて見えない人
ただの白の輪郭がボンヤリと浮かんで 彼もまた消えそうになる
「・・・・・・・・・・まって」
手をのばして、一歩踏み出して

そしていつも目が覚める

ひかりへなら、動く身体
求めているのは そういうことなんだろうか

「ヒカル・・・? どうした?」
隣で眠っていたハヤテの声に 我に返る
「眠れないのか?」
心配気な声に ただただその顔を見つめた
思っていることも わかったことも言葉にならない
声が、でない

「大丈夫だ、オレがいるから」
必死の眼差しに ハヤテは少し笑って言った
髪を優しくすいてくれたから それで全部の不安が消えた

わかったことがある
寂しいのは まだ消えない
寒いと思うことだってなくならない
でも、ここにはハヤテがいてくれるから
ハヤテの側へなら 身体が行こうと動くから
自分はここにいたいんだろう
ここが 一番あったかいんだろう
大好きな、ひかりと樹の匂いのする場所

あの風は、ハヤテからヒカルへと流れてる

2000.03.11

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理