つめたいひかり123456


つめたいひかり scene.1

シンとした夜
ただベットのきしむ音だけが響く
「なぁ・・・何考えてんの?」
ことのあとは、ただけだるい時間が流れていくだけ
ハヤテはボンヤリと、いつも何かを見つめているのだ
「なぁ・・・・・」
少年は、問いかける

キレイな、ハヤテ
静かな森の風、つめたい空気
あの熱い吐息
いつからか、まるで獣のようになってしまった自分
「ハヤテ・・・、オレのことどー思ってんの?」

最初に身体を重ねたのはいつだっただろう
突然の行為に驚いた顔をしていた
それから少し苦笑して、
あとはただ、されるがままだったハヤテ

何を、考えていたんだろう
何を考えているんだろう

「オレはハヤテが好きだよ・・・」
ふ・・・・と、彼は笑う
17才はまだ幼すぎるというのだろうか
彼の笑みの意味や理由がヒカルにはわからない
そして、だから とてもイライラする
不安になる

「何で笑うんだよ
 オレは真剣に聞いてんだぞ」
ああ、と少し目をふせてハヤテはつぶやくように言うのだ
「大事だと思ってるよ」
でなきゃこんなことはしない、と
彼は苦笑する
乱暴にベットに押し倒し まるでむさぼるようなキスを繰り返し、その全てを
その身体の全部を壊すかのような勢いで犯す

そう、まるで気でも狂っているかのように
まるで、獣のように

「大事だよ」
その言葉では不満か? と彼は苦笑する
決して出てこない「好き」という言葉
決して言ってはもらえない そのことば
ヒカルばかりが繰り返す
「・・・・オレは好きだからやるんだ
 他の奴に こんなことしたいなんか思わない・・・っっ」
泣き出しそうになって、ヒカルは乱暴にハヤテのその髪をつかんだ
その細い身体を引き寄せて むさぼるようにキスを繰り返す
こたえないハヤテ
ただ一方的な愛撫が続く
「・・・こんなに反応してるくせに・・・」
泣きたくなって ヒカルはもう考えることを放棄した
このまま、
このまま、自分以外のことを考えられないように壊してやろうか
いっそ、全てを奪ってやろうか

ハヤテのハヤテという自我さえも

二人して、ベットへと倒れこむ
「ん・・・・」
熱い息に、意識が麻痺して もうどうでもよくなってしまうのだ
このまま、ただハヤテを感じていたい
もっともっと、欲しい
全部 手にいれたい

獣の欲望が頭をもたげる

「ハヤテ・・・・好きだよ・・・・っっっ」
苦痛に歪むその顔に手を触れながら 声を殺して言った
欲望は止まらない
二人のつながったその場所が、ただ熱くて
身体も心も もうどうにかなりそうなのだ
このまま、堕ちていけたらいいのに
いっそこのまま、何もかもが終わればいいのに

その生さえも
この痛みさえも

抵抗しないハヤテ
何も考えず、何も見ず、何も求めない彼
身体だけが そうプログラムされているかのように反応するから、まるで
そういった人形を抱いているようだと
ヒカルはそして、苦笑した

オレがハヤテを好きなんだ
それだけ

いつか仲間に言ったことがあった
「ハヤテは多分 オレじゃなくても同じことをする」

はじめて好きだと告げた時
初めて抱きたい、と言った時
そうして初めて身体に触れた時
ハヤテは苦笑して そして全てをあきらめた目をした
好きだと言ってくれないのだ
お前だから抱かせるんだとは、けしていわないのだ

オレじゃなくても同じことをする
「大事だ」といえる人だったら

「お前くらいだろ
 こんな突拍子もないこと言ってくるのは」
つぶやきに また泣きそうになった
「オレじゃなくても、いいんだろ」
「お前しか こんなこと求めてこないよ」

それは少しもなぐさめにはならない
むしろ傷を深くする
「言われたら誰にでも抱かせるんだよな」
大事な人のためだったら、犠牲になるのも我慢できる
「そうだろ?」
負の感情ばかりが流れてくる
どうして、こうなんだろう
だから子供だと言われるんだろうか
「オレじゃなくヒュウガだったら?
 もちろん抱かせるよな、失くしたくないからって言ってさ」

オレの時もそうだった、と
ヒカルはつぶやいて自嘲の笑みをこぼした
「リョウマでも同じだろ
 結局 好きでもないのにつきあってもらってるだけなんだよな」
意味ないよ、と
吐き捨ててヒカルは部屋を出た
まるで人形のような目をしたハヤテを残して

そして真夜中 つめたいひかりの月がのぼる

つめたいひかり scene.2

暗い森の中 ヒカルはただ歩いていた
まだ熱を持ってる身体
重いこころ
こんなにも、人を好きになったのは初めてなのに
こんなにも何かを求めて、こんなにも手に入らない痛みを感じるのなんか初めてなのに
少しも、少しも手に入らない
本当に欲しいものは、何もない

いつからだろう
ハヤテを特別だと思うようになったのは
そうして、いつだったろう
それを彼に伝えたのは
覚えているのはただ 春をまってた季節だということ
そうして、苦笑した彼の向こうに見えた つめたい月のひかり

「ハヤテか好きなんだ」

そうか、と
彼はいった
ありがとう、と苦笑した
そして

「でもそれは 恋や愛という感情じゃない」

間違えてはいけない、と彼は言った
穏やかに、さとすように
無性に腹がたった その瞬間
乱暴に、キスをした
それで本気だとわかってくれたら、と祈ってた

恋や愛なんか知らない
でも この痛みが勘違いや錯角なわけがない
そう決めつけて微笑するハヤテが許せない
この想いを思い知れ、と
何度も叫んだ
いつか目が覚める、なんて
よくもそんなことが言えたものだと むしろあきれた

ハヤテは誰かをこんなに好きになったことがないから

だから、わからないんだ
だから、恐れてるんだ
だから、深くに踏み込まないようにしてるんだ
ただ、己を守ってるだけの

「・・・・・可哀想なハヤテ」

そしてヒカルは自嘲した
そして可哀想な自分
ハヤテに好きになってもらえない哀れな、哀れな獣
ただ欲望をつきたてて、抱かせてもらってる道化みたいな子供
彼が苦笑するたび
自分の下で、あきらめたような目をするたびに、痛むものがある


きれいなものを汚すという意識と、
それでも受け入れてもらえない 自分の中の一番大切な想い

「いいよ、お前が望むなら」

それが彼のこたえ
それしか彼には言えなかった

「いいよ、それでお前を失わずにすむなら」

つきはなされたら、側にはいられなくなる
そう宣言したから 彼は犠牲を選んだ
お前がいなくなるくらいなら、
そう言って その行為を許した
好きだから、とは いってくれなかった最初の夜

「差がありすぎるんだよな」

つぶやいてヒカルは苦笑した
こんなに好きな自分
どれだけもらっても、どれだけ奪っても足りない
きっと全部を自分だけのものにしなくては何も満足はしないんだろう
そして、
これ以上どうすることもできないハヤテ
もう犠牲は充分すぎる程
苦痛も束縛も、その身に抱えかねて まるで人形みたいに遠くをみてる

「好きにしたらいい」

それだけ言うのがやっとの、疲れ果てた可哀想な人

こんなにも違う
いつか、同じだけ好きになってくれるかもしれない、なんて望みはとうに消えた
いつか、恋人みたいに一緒にいるのが普通になって
それがお互い一番の幸せだって言える日が来るかもしれないなんて、
そんなのただの夢の話だった
気付いたことがある
痛みの中で、目が覚めた

ああ、ハヤテはオレがいなくても本当は平気なんだ

お前を失うくらいなら、と自己犠牲を払っているけれど
でもいつか、本当の限界が来たとき
彼はここから去るだろう
そうして、それでもきっと大丈夫なのだ
どうかしてしまうのは自分だけ
狂っているのはヒカルだけ

「最低・・・・・そんなの絶対許さねーよ」

つぶやきは冷たく
でもなんてなんて、痛い目をした少年なんだろう、と
月は思う
こんなにも愛した、それがこんな絶望しかうまないなんて
こんな暗闇にしか続いていないなんて

「放してなんかやんねーよ」
つぶやいて少年は空を見上げた

相変わらず、月はつめたいひかりを放つ
暗い森は、どこまでも続く

つめたいひかり scene.3

月は静かに地上を照らす

けだるい身体を、ハヤテはゆっくりと起こした
痛んでいる、こころ
何も考えないよう、何も感じないよう鍵をかけたのに
そうして求められるがままに応えることができるよう目をとじたのに

「そうやって、おまえはいつもオレを見ないんだな」

痛みをたたえた眼で、泣きそうな眼で言うあの少年
吐き出すように、言葉を、名前を

「ハヤテ、こんなにも好きなのに」

幼い頃から見てきた少年
大切な大切な存在だった
だから、失いたくないと思っている
まさか、こんなことになるとは思っていなかった

「おまえを抱きたい」

獣みたいな、眼
なんて哀しそうな眼

「好きなんだ、ハヤテ」

ああ、と
絶望に似た感情が心を支配したのを感じた
このままずっと 大切な存在として側にいられると思っていた
兄として、親友としてこのまま永久に
こんなにも愛しいヒカルの、その側にいられると思っていたのに

「・・・・どうして、あのままじゃダメなんだ・・」

つぶやきは、少年に届かない
恋をした幼い少年
想いに狂い、欲望に身を投げ出した可哀想な、ヒカル
「どうして・・・・・・」

とても、哀しかった
あのまま、二人変わらず暮らしていけなかったのか
恋や愛などに、しなくても二人一緒にいられたのに

「恋はいつか冷める」
そして愛はいつか滅ぶ

こんなにも想ってるんだと言った少年
あんなにも苦しい痛い眼をする彼をハヤテは知らない
そして、
あんなにも乱暴なキスを、彼は知らなかった

「ヒカル・・・どうしてダメなんだ・・・」

想っている
誰よりも気にかけ、誰よりも側にいて、これから先も一緒だと信じていた
こんなにも、想っている
それではだめなのか
おまえのように、恋や愛の形を取っていなければダメなのか
でないとお前は ここから消えてしまうのか

「ハヤテにオレがいらないなら、オレはここにはいられない」

冷たい眼をして言った少年
失いたくないと叫んだ このこころ
ヒカルを想っている
こんなに大事な存在だから、失いたくない
だったら、どうしたらいい?!
どうしたら、お前は前みたいに笑ってくれるんだ

「好きにしたらいい」

おまえを想っているから
だから言うんだ
そんな痛い眼をしないでほしい
そんなに苦しそうに、言葉を吐き出さないでほしい
何でもするから
お前が笑ってくれるなら

「・・・・・何でもするから・・・」

想いはすれ違う
哀しいくらいに、ひとつになれない二人
欲望に、狂い
失うことに、怯え

そうして二人、どこへゆくのか

「ヒカル・・・・・・・」
冷たい空気に 身体が震える
彼の残した痕が、首に胸に赤く残って
鈍い痛みが、未だ意識をはっきりさせない

見ていたもの
最中に、目に入るのは月
冷たい月と、しなやかな少年の躯
よく日に焼けた、俊敏な獣みたいな彼の肢体
ボンヤリと、ただ目に映しているだけなのに その眼の痛みだけが やけにはっきりと意識に残っている
まるで泣いてるような 眼
いつから、ヒカルはあんな眼をするようになったんだろう

いつから、あの少年は笑わなくなったんだろう

「ヒカル・・・笑って・・・」

そのためなら、なんだってするから
おまえが幸せなら、オレはそれが一番嬉しいから
だから、どうか

「ヒカル・・・・・・・・」

痛い声
哀しい名前
何が間違いだったんだろう
想っているのに
何でもするのに
これ以上、どうしろというのだろう
どうすればいいのか、誰か教えてください

どうしたら、あの少年は幸せになれるんですか?
もう、戻れないんですか?
彼が笑ってた あの頃に

月はただ、シンシンとひかりを降ろす
つめたい、夜のひかりを

つめたいひかり scene.4

森に朝か来ると、淡いひかりがあたりを包む
ボンヤリと、ヒカルは空を見上げていた
あの日から一体何度、こうやってひとり朝を迎えただろう
例えば、どうして自分だけがこんなにもハヤテを愛してしまったのかとか
どうしてハヤテは同じ想いをくれないんだろう、とか
二人はこのまますれ違いを繰り返すのだろうか、とか
いっそ全部をあきらめれば楽になれるのに、とか

「・・・・なんで楽になれないんだろう」

そんなことを考えながら朝を迎える
一体、あの日から何度目なんだろう
ハヤテへの想いをただ再確認するだけの思考回路
違いすぎる二人の気持ちを、思い知らされるだけの事実
そして、
それでも この想いが変わらず偽りなんかじゃないと知る朝
「・・・・進歩ねぇ・・・・」
泣き出しそうに、少年はつぶやく
いつかハヤテのように大人になったら 今のハヤテの気持ちが理解できるようになるのだろうか

「失くさないために、ここにいる」

そう言った彼の想いが、わかる時が来るんだろうか
自分は、間違ってるんだろうか
ハヤテは、不幸なんだろうか

うつむいてヒカルはまた考える
この想いがハヤテに不幸しかもたらさないなら、それは何て何て哀しいことだろう
こんなにも誰かを好きになって、その相手を不幸にしかできない愛は本物じゃないとヒカルは思う
「・・・不幸にするくらいなら、オレなんかいらない」
とても苦しいけれど
本当は全部欲しくて
全部奪いたくて
壊してもいいと思ってるし、壊してしまいたいのかもしれない
だけど、本当の本当は
誰よりも何よりも大切にしたいと思っているから
想っているから
「・・・・・ハヤテがつらいなら、オレがここから消えるから」
ひとりつぶやいて、ヒカルはやっと顔を上げた

朝日の中、ハヤテはベットに座っている
ただボンヤリとうつむいて
朝をこうして眠れずに迎えるのはハヤテにとって珍しくなかった
痛いあの少年の目を直視して、こんな冷たいベットにひとり残されて そんな中眠れるはずなんかないのだ
痛みは、ハヤテの中に むしろある

ガタン・・・と
少し乱暴に開いたドアにハヤテは小さく息をはいた
ヒカルが戻ってきたこと
それでやっと何かが落ち着く
やっと、安心する
あの泣き出しそうに辛い目が、頭から離れないから
大切な大切な少年の、あんなにも苦しそうな顔がまぶたの裏でチラチラするから
その顔を見上げて ハヤテはまた何も言えなかった
まだ、辛い顔をしてる
眠っていないのだろうか
何を、考えていたんだろうか
どうしたら、笑ってくれるんだろう

「ハヤテさ、こーゆうのって辛い?」
唐突に、少年は言う
「・・・・・・何が・・・・?」
「好きでもないのに抱かれたり、好きだって何度も言われたり」
無機質な声
目だけが、痛い
答えられないハヤテに少年は苛立ちをその表情に浮かべた
「ハヤテが辛いんだったら、オレここから消えてやるよ」
まるで吐き捨てるかのように言い放たれた言葉
「消えてやるよ」
だからもぅ安心しな、と
少年は言って
そして自嘲の笑みをこぼした
見たことのない、今までで一番胸が痛んだヒカルの顔
あんな風な顔を見せる少年じゃ、なかったのに

耳の奥で妙な音がしていて
吐き気が、襲ってきていた
「・・・・・・・・・・何?」
あの顔
自嘲の笑み
そんな顔をさせたくて ここにいたんじゃないのに
想っているのに
こんなにも、想っているのに
何が、足りない?
何が不満?
同じ想いを、と望まれて
同じように求めて欲しいと言われて
こんなにも愛しいヒカルだからこそ、自分は今 ここにいるのに
ここにいるのに

「何・・・・・・・・?」

悲しいんじゃない
情けないのとも違う
寂しいのか、苦しいのか、痛いのか、
ただもう涙が止まらなかった
何のためにここにいると思っているのか
どれだけヒカルを想っているか知っているのか
伝わらないこのもどかしさ
苦しいのは お前だけじゃないのに
どうしてわかってくれないんだろう
お前のためなら何でもするとさえ、言ったのに
心から そう思っているのに

「ヒカル・・・・」

それは哀しい名前
届かない声
間違っていたのだろうか
最初から 失いたくないと手をのばさなければ良かったのか
すれ違う二人は、もう一緒にはいられないのだろうか
それでも、こんなに苦しくても
まだ求めてるのに
失いたくないと、こんなに必死に想っているのに

少年の想いは届かない
そしてハヤテの痛みを、少年は知らない
そうしてすれ違ったまま、二人はどこまで行くんだろう
朝のひかりは、まだ届かない

つめたいひかり scene.5

森を歩きながらヒカルは絶望を見つめていた
もう、自分なんかいらなかった
ハヤテを好きになって ハヤテにも同じように好きになってもらって
そうして二人 ずっと一緒に幸せにいたかった
欲しいと思ってしまったから求めた
誰にも渡したくないと言って、束縛した
そうして、失ったハヤテの安らぎの眼差し
あの日から ハヤテはヒカルの側で安らいだ顔をしなくなった

「・・・ごめん」

心が痛かった
自分のせいで、ハヤテは辛いんだとわかっていたから
そうして
それでも欲しくて仕方がなかったハヤテという存在
ハヤテの安らぎや幸せを犠牲にしてでも、と
どこか壊れて狂った 自分勝手な想い
そんなのは本物じゃない、と
哀しくて、どうしようもなかった
なんて子供なんだろうと痛感する夜ばかり
そして、それでもこの想いが偽りじやないということがただ嬉しかったから
もうけして、それだけはどうすることもできないとヒカルは知っていた

「あきらめられないから、消えるしかないんだ」

想いは消せない
だったら この身体ごとハヤテの前から消えるしかない
最期の間違いをおかす前に
想いに狂ってハヤテという存在を消してしまう前に

いっそいなければ、

そんなこと、考えたことがないとは言えなかった
むしろ何度も頭を巡ったことば
ハヤテさえいなければ、失うことも誰かにとられることも、欲しいと思うこともないのに
弱い自分が
いつかそうやって、こんなにも想っているあの人を手にかける前に

「・・・・消えよう」

それしかヒカルには、できないから
それ以外に、ハヤテを救ってあげられる方法を思いつかないから

どこまでも歩いて、どこまでも遠くへと歩いて
森の中をヒカルは遠くへとただ歩いていた
心は虚無に包まれて、もう何もかも放棄してしまいそうになっていた
「・・・・・・誰か・・」
無意識にこぼれる言葉
誰か、助けて

誰に、救えるというのか
こんなにも哀しいことが
こんなにも、苦しいことが

「ハヤテ・・・・・頼むから・・泣くな・・」
何度 痛そうな泣き顔を見ただろう
それさえ優越の対象になってしまった狂った自分
ハヤテの苦しみさえ、他の人では感じないなら特別だと
どこか壊れてしまった己の感情と思考
失くしてしまった優しさ
自分の思い通りにいくことばかりを優先して、傷つけた愛しい人
「ゴメン・・・もぉやめるから」
罪の意識
自分が何とかしなければ、優しいハヤテは壊れることしかできないのだ
自分が求める限り
あの優しくて残酷なハヤテは、全てを犠牲にしてここにいるとしか言えないから

「オレがやめないと」

いつでも幕はひけた
でも、思いとどまればまた昨日と同じ関係を続けることだってできる
乱暴にこの腕に抱きキスを繰り返し、それで全てを手にいれたかのように錯角することだってできる
だけど、苦しい
あんな目をしたハヤテを抱いて
好きだと告げるたびに 何かをあきらめたような微笑をさせて
一体自分は何を得ているというのだろう
大切な何かを壊しているだけなのに
本当は、何も手に入れられていないのに

哀しく、少年はその場に座った
もう歩くのもやめよう
考えるのも最後にしよう
もうやめたんだから
自分は、消えたんだから
それでハヤテが何かを取り戻してくれたら、なんて考えるのは無責任で卑怯で、最低のことなんだろうな、と
ヒカルは苦笑して 目を閉じた
少年はそして、意識を手放した

つめたいひかり scene.6

2日たっても、ヒカルは戻ってこなかった
気が遠くなる程の長い時間
「ヒカルが戻らない」
告げたハヤテに、老木は痛ましい声で静かに告げた
「ヒカルは森の奥にいるよ」
己の全てを放棄して
そこで眠っているんだと、彼の言葉にハヤテは全ての意識が飛んだ

ただもう無意識に、その森へとかけてゆく
こんな暗い森に
普段から禁忌とされている人を惑わす魔の森に
自我を殺すために入っていったというのか
あの、無邪気だった少年
ひかりを好み、いつも笑ってたあの少年が
「どうして・・・・!!!」
涙は止まらず、ただ心が痛かった
何がいけなかったのか
こんなにも想っているのに
それがヒカルの求めるものとは違うから?
彼の言う愛を返すことができなかったから?
最初から、応えられないと言えばよかったのか
そうしたら、失くさずにすんだのだろうか
そうしたら、こんなにヒカルを遠くに感じることはなかったのか

「わかつてないのはお前の方だ・・・・!!」
涙でくもった目に 少年の姿を見つけた
木にもたれて目をとじた少年は もう少しも動かない
「ヒカル・・・」
なんて哀しい顔をしているんだろう
どうして、この想いが届かないんだろう
同じものを返せなくても、こんなにも想っているのに
だからこそ、どんなに痛くても苦しくても側にいると言ったのに
何でもするなんて、簡単に言える言葉じゃないのに
それでもお前が笑ってくれるなら、と
どれだけの想いで言ったと思っているのだ

「・・・・・目をあけて・・・・」
涙がとまらない
触れた頬は冷たくて、まるで死んでしまったみたいに動かない
「どうして・・・・?」
一体 何が間違っていた?
大切な人を、失くしたくないなんて誰でも思うことじゃないのか
それさえも、罪だというのですか
すれ違いには、こんなにも重い代償がつくのですか

「ヒカル・・・違うのに・・・」
優しいヒカル
乱暴に愛することしか知らなかったヒカル
想いが強すぎて、あまりに愛しすぎて 全部を望んでしまった彼
あまりに強すぎた想いと、あまりに優しかった本性
ぶつかって、嘆いて
そして、想いを抱いて消えることを決めてしまった愚かな子供
「どうして・・・勝手にきめるんだ・・・」
愛していないなんて、言ってない
むしろこんなにも想っている
だから必死にここにいるのに
だから失くしたくないと、手をのばしてるのに
「どうしていつも、勝手に一人で走っていくんだ・・・」
好きだというなら、
想っていると言うなら、
どうしてこんな気持ちにさせるんだ
どうして、置いていくんだ
最後に手を放すなら、最初から好きだなんて言わないでくれ
お前が望むことを、何でもするから
何でも、するから

ポタポタと涙が落ちる
お前にしか止められない涙だ、と
ハヤテはそうして泣き続ける
熱い涙
一体どれだけ泣けば、苦しみが終わるんだろう
どれだけ泣けば、いつもみたいにヒカルが涙をふいてくれるんだろう
もう、遅いのだろうか
どうしようもないのだろうか
ヒカルの想いに応えられない自分ではダメなのだろうか
ヒカルのの望むものを 与えることはできないのだろうか


熱い体温に、少年はやがて目を覚ます
「・・・・・泣くなよ・・・」
驚いて顔を上げて、ハヤテは少年を目に映した
うつろな、それでも痛ましい目をしたヒカル
かつては笑ってた 愛しい少年
「・・・誰が・・・泣かせてると思ってるんだ・・・」
震える声で答えると、ヒカルは苦笑をこぼした
「オレのせいに決まってるよな・・・
 何でここにいるんだよ
 せっかく消えてやったのに・・・」
あまりに哀しいその言葉に、ハヤテはまた涙をこぼす
「本気で言ってるのか・・・
 お前こそ、何もわかってないくせに・・・」
憤りと絶望と、痛みに襲われて
ただもう感情がコントロールできなくなる
「どうしてお前はそうなんだ・・・」
悔しくて、
届かない想いが ただ痛くて
「辛いのは自分だけだと思ってるのか」
涙はもう、止まらない
「・・・・知ってるよ
 でもそれしかオレにはできない」
同情で側になんかいてほしくない
好きでもないのに、抱かれてほしくない
苦痛に感じながら、告白を聞いてほしくない
「違う
 違うのに・・・・・」
どこまでもすれ違う
どうしたら、伝わるのか
「違うんだ・・・・
 嬉しいのに・・・こんなにも嬉しいのに」
その言葉に、ふ・・・と
ヒカルはハヤテの顔をみつめる
「何が?
 オレに好きって言われるのが?」
少し、トーンが上がったその声にハヤテは驚いて顔を上げた
「・・・・嬉しいよ・・・
 お前がそう言ってくれるのが、嬉しい・・・・」
それは初めて言う告白だったのかもしれない
驚いたように、こちらを見つめる少年が
やがて少し、少し笑った
それで想いの一部でも、伝わったのだろうか

森の中、少年はつぶやくように言った
「うん・・・・なら、いいんだ・・・」
それで救われる、と小声でつけ足す
ああ、と
そうなのか、と
それでやっと ほんの少しだけヒカルの望みがわかった気がした
一方通行に嘆いた少年
届かないと泣いた自分
「違う、その想いは苦痛じゃない」
それが欲しかった言葉
例え同じものが返ってこないんだとしても
この想いが負担にしかならないのではなく
自分がそうであるように、それによって少しでもハヤテが幸福を感じることができたら、と
ヒカルが望んでいたのはそれ
この想いでお前が守れたら、と
それを強く望んでいた 真直ぐにしか進めない子供
強い想いをぶつけることしかできなかったヒカル

ああ、と
また涙が落ちた
安堵だろうか
それとももっと別のものなのか
こんなにも簡単で、こんなにも遠かったこと
なんて回り道をしたんだろうと苦笑した

この先もきっと 少しすれ違ったまま歩いていく二人
でも、たとえ同じ想いを持てなくても
違いの想いに大きな差を感じる時が来たとしても
それでも ここに今日みつけたものがある
「お前の想いは 苦痛じゃない」
むしろ二人を幸福にする
だからどうか、嘆くことのないよう
すれ違いに絶望することがないよう
「お前に愛されていることが、幸せだと言うから」

森に光はささない
二人はやがて、立ち上がり森を出てゆく
ひかりのさす、明るい場所へ

2000.05.20

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理