ZERO-42 Start Up (蒼太の過去話)


蒼太の部屋は、パン屋の2階にある一室だった
日本に戻ってきて最初にしたことは、職探し
フリーペーパーで見つけたバイトに応募して パン屋に決めた
仕事内容に特にこだわりはなかったけれど、何せ職なし一文無しで
住み込み可なんていう条件で探したものだから、該当するのがその仕事だけだった
朝早いのも平気
客商売も得意
パンは焼いたことがないけど、ケーキ職人の真似事ならしたことがあると言ったら 店長はすぐに採用してくれた
おかげで、とりあえずばボロく何もない部屋だけど、寝る場所には困っていない

「さぁて今日も頑張るか」

働き出して1ヶ月は、店で働く以外のことは何もできなかった
なんせ金がない
実家への仕送りもストップして、代わりに手紙を書いた
転職して落ち着いたら顔を見せに行くからと
短いものだったけど、久しぶりに自分の字で書いたものだった
(まぁ、パソコンもないわけだし、手で書くしかないんだけど)
3ヶ月 マジメに働いたら、安いマシンなら買えるだろう
そうしたら、やりたいことがある
明石 暁のことを調べる
そして、彼に会いに行く
(まだ先は遠いけど)
毎日 朝から晩まで働いて、部屋に戻ったら寝るだけだから金なんてほとんど使わない
食事は嫌でもパンをもらえるし
元々 食にこだわりなんてなかった
1週間食べなくても、動けるくらいには訓練されている
(よく寝てよく働き、よく考える)
健全な生活だと思う
未だ 心に痛みはあるけれど
窒息するような感覚に捕らわれることがあるけれど
強い意思で前を向いていこうと決めた
守りたいものを、守れるようになるために

「次のニュースです、大規模な地震で家を失った人々は未だキャンプで生活しており・・・」
あんまり蒼太の部屋が殺風景だからと店長がくれた古いテレビが突然ついた
どうやら壊れているらしく、タイマーで勝手に夜の8時になったら毎晩つく
(ああ、8時か・・・)
さすがに最近はなれたけれど、最初の頃はかなり驚いた
考え事をしていたら突然賑やかに鳴り出したりするんだから参ってしまう
自分は別にテレビなどなくても生活できるから、何もない部屋でもさして不便ではなく
眠るのに必要な広ささえあれば何も文句はなかったのだけど
「皆様からの寄付が被災者を救います」
テレビ画面が募金のお願いへ切り替わる
蒼太が日本に戻って初めて見たのも このCMだった
空港の大きなスクリーンに映し出されていたもので、その前で足を止めたのは蒼太だけだった
見覚えある瓦礫の山
明石 暁が救助活動を行っていた場所だ
復興にどれだけの金がかかるかわからない
その時 蒼太の口座には組織で受け取った報酬がケタ違いの金額預金されていて
報酬には興味がなかった蒼太は、ほとんど使わずにここまで来ていた
何億ドルあるのか、数えるのがバカらしくなるほどの大金
まるで夢の中の世界のような
(非現実的な世界にいたんだな・・・)
それをまるまる全部、そのCMで案内していた口座へ振り込んだ
これは黒い金です
人を傷つけ、倫理に反したことをして、裏切って、貶めて、最後には殺して手にいれた金です
だから、捨てようと思っていた
新しい世界でやり直すのだから、過去のものはいらない
金がないなら働けばいい
住むところがなければ、とりあえずは外でもいい
自分には、自分しかない
全てを捨てて、ゼロから一歩進みたい
そう思って 生まれたこの国に帰ってきたのだから

巨額の金が寄付されたことは、一時インターネットで話題になった
当然 蒼太はネットができる環境にはいなかったから、そのことを知らない
毎日毎日パンを焼いて、売って、店の掃除をして、眠る
それの繰り返し
そして、明日がようやく3回目の給料日

「ありがとうございます」
「あんた客に受けがいいら、ここのとこ売り上げ伸びてるわ」
店長の奥さんが上機嫌に笑った
手渡された封筒には10万円ほど入っている
組織から受け取る報酬と比べたら本当に微々たる金額だったけど、
それでも蒼太は嬉しかった
誰も傷つけずに報酬を得るのは、とてもとても嬉しかった
「あんた あの部屋に家具でも買いなさいよ」
「はい」
「車出してやろうか?」
「いいんですか?お願いしますっ」
店長は 思い立ったが吉日な人間で豪快な男
奥さんは、きさくで冗談好きだった
店は大きくないけど、最近通学途中の女子高校生達がよく来るようになったし
昼は主婦が買いにきて、蒼太や奥さんを相手に世間話をして帰る
夕方のタイムサービスの時間になったら、テニスサークルのお姉さん達がワイワイと店内をにぎやかした
心地いい場所
誰にも恥じず、誰も泣かせずにいられること
それは、とても、幸せなことだった
代りに失ったものがあって、
それを想うと今も泣きそうになるけれど
「何買うの?」
「パソコンが欲しいんです」
「現代っ子だなぁ、オレはああいうのは苦手でね」
なんだかんだいいながら、閉店後に店長が車を出してくれた
最初から 長くは働けないけれど、と言った蒼太を快く受け入れてくれたのも
何かと可愛がってくれるのも
嬉しかった
ありがたかった
この世界には、優しい人がたくさんいる
自分はその、全ての人に報いたい
その優しさを守りたい

「明石 暁」
その夜、買ってきたパソコンを繋いだ蒼太は、ネットの世界に潜り込んだ
組織で得たスキルで、一気に裏の裏のさらに底まで侵入する
サージェスという組織
まず、そこから狙った
ファイルを探す
世界中に支部を持つ巨大な組織
日本、アフリカ、ヨーロッパ
その中のどのファイルにも、明石 暁の情報はなかった
「おかしいな・・・」
もしかして、もう辞めてしまったのだろうか
同時に集めている「不滅の牙」の情報を読みながら考える
トレジャーハンターとして自由に世界を飛び回ることができる人間が、サージェスという檻の中に入るなんて真似をするだろうか
彼は誰より自由で、何にも捕らわれていなかった
サージェスに入ったというのは、もしかしたら蒼太の勘違いなのかもしれない
(だとしたら、今どこに・・・?)
まぁ、他の可能性を考えるのは サージェス内部を全て調べてからでも遅くない、と
蒼太は次々にロックのかかったファイルを開けていった
かなりハイレベルなブロックをしているけれど、蒼太にとってこんなものを破るのは簡単だった
自分なら、こう作ると思いながら名前を探す
明石 暁
迷っていた自分に大きな影響を与えた人
揺らぎ続けていた自分に、一つの答えを示した人
「あ・・・、あった、これだ」
最後のファイルが開くと、その名前が出てきた
プレシャスというキーワード
それを守るために作られた組織の中に、彼の名前が書かれていた
(プレシャスって何だ・・・・)
サージェスの集める貴重な宝の中でも 最も高価なもののことか
それとも 何か別の意味があるのか
「メンバーは2人かぁ・・・」
別のファイルには選考に漏れたのであろう人間の名前が1000も羅列されていた
どうやら よほど大切なチームらしく
存在は秘密
大きな金が動いている形跡も見てとれた
「ボウケンジャーのレッド?」
それが明石 暁の肩書き
「変な名前・・・ボウケン?冒険のこと?」
キーボードを叩く
開いた書類は何かの設計図
スーツのようなものから、車のようなものまで
ぱっと見ただけでは、蒼太には意味がわからなかった
今までの仕事で、世の中の色々なものを見てきた
色んな組織を知っている
サージェスも、その中の一つだと思った
ボウケンジャーとやらが、あのスーツを着て、あの車らしきものに乗って宝探しに行くのだろうか
まるで映画の中のように
(・・・まさかね)
ちょっと非現実的すぎるか、と
つぶやいて、また画面に向かった
知りたいことを知り、明石 暁の居場所をつきとめて
会いに行こう
何かを求めてるわけじゃない
依存したいわけじゃない
鳥羽の代わりとか、そういうのでもない
ただ、確かめたいのだ、彼の側で
失ったものを取り戻すことができるかどうか
彼は、探しものを見つけられたのかどうか
償いたいのだ、世界中に
そして、この先の自分の世界が、どんな色をしているのかを確かめたい

蒼太がサージェスという団体を把握するのに1週間もかからなかった
どうやら、最初の推測通りボウケンジャーとは軍隊の特殊組織みたいなもので
少数のチームで活動する
人間の身体能力を数倍に上げるパワースーツが開発され
戦闘用に改造された戦車のようなものを合体させて戦うこともある
彼らはどんな敵を想定してこんなものを作っているのかと最初呆れたけれど 本人達は大真面目で
多大な費用をかけ、様々な武器を開発している
それの試運転のためのメンバーもいるのだから 大掛かりだ
その正式メンバーを、サージェスでは今 決めかねていることが見てとれた
(まだ2人しかいないもんね・・・)
レッドとピンク
あとは何色が欲しいんだろうと思いつつ、蒼太はマシンのキーボードを叩いた
調べ尽くしたからには、やることは一つだ
自分もサージェスに入る
明石 暁のいるボウケンジャーに入る
そのための罠を今、送信した
たくさんの情報と、たくさんのウィルスと、たくさんのワクチン
一気にサージェスのメインコンピューターに流してやった
あちらが蒼太の正体を突き止めてアクセスしてくるのが 今から楽しみでならない

あの世界で得たものは、確実にこの手に残っていて今の自分を形成している
鳥羽に教わったことがありすぎて、
何かをするたびに想い出して心が震えるけれど
今は、あなたに育てられたこの身で、世界を見てみたいと願っている

2週間後 ようやくサージェスからアクセスがあった
(おそいなぁ・・・、システム部門は能無しなんだな)
サージェスは、蒼太のウィルスでコンピューターを引っ掻き回され、
そのきっちり100時間後 ワクチンで元のままに修復され
そのさらに100時間後、世界の秘宝だの未開発の遺跡だのの情報を大量に受け取った
明らかにこれは挑戦状だ
明らかにコンタクトを求めている
エライ人間が集まって会議でもしたか、それとも何か他に対応が遅れた理由があったか
サージェスが2週間かけて蒼太に送ってきたメッセージにはこう書かれてあった

「君をサージェスに迎え入れたい」

我々の仲間として、我々とともに戦ってほしい
報酬については、一度会って話をしよう

それから、蒼太は1週間で身辺整理をした
「探していた人が見つかったんです」
そう言って頭を下げた蒼太を、パン屋の夫婦は寂しくなると言って見送ってくれた
「店長、パソコン置いていきますから、少しやってみたらどうですか?」
エッチな画像とか見れるんですよ、と
囁いて、使い方の簡単なメモを手渡した
にやける店長と、怪訝そうな顔をした奥さんに手を振る
ありがとうございましたと、心の中で何度も何度も繰り返した
こんな風に、去るときに心が穏やかなのは初めてだった

新しい世界に一歩を踏み出す
いつも、何も持たずにスタートした
今回も、全部全部置いてきた
唯一、戒めのように首からさげた 指輪のペンダント以外は

「はじめまして、最上蒼太です」
「よろしく」
本当は、初めてではない出会い
笑いかけた蒼太に、暁は微笑した後わずか複雑な表情をした
(・・・あれ、造り笑顔を見抜かれたかな?)
人に好かれることには自信がある
いつも笑顔でニコニコして、相手を油断させること
それがもう身に染み付いている
こちらに警戒心がないことを示せば 相手も態度が柔らかくなる
それを知ってるから、無意識に身についた護身術だ
「ここがオレ達の基地になる
 部屋は好きなところを使っていい
 訓練は明日からはじめるから今日は部屋でゆっくりするといい」
「はい」
サージェスは 蒼太を本部に配属しようとしていたけれど、蒼太は暁の元でなければ嫌だと言った
3日、サージェスは解答を出すのに時間を要して、
そして、結局 蒼太の要求を受け入れた
契約書を持ってきた男が重々しい声で言ったものだ
「あの部隊は危険だ
 命を失う覚悟をしてもらわなければならない」

怖いものなど、何もない
自分の全てだった人さえ失ってここにいるのだから
絶望に似た痛みの中、それでもこの先にあるものを見ようと立ち上がったのだから

「怖いのは死ぬことじゃありません
 立ち止まり、先へ進めなくなることです」
これからを否定し、今までを否定し
出会ってきた人や、想いの全てを拒絶することだ
そう言ってくれた人に会いにきた
だから、彼の元でなければ意味がない

「チーフ、これを最上くんに」
「ああ、忘れてた」
暁とさくらという名の女性が1人
それが今のボウケンジャーの全てだった
選考基準が厳しくて、未だにメンバーが決まりきらないと暁は笑っていた
「最上蒼太、いい名だな
 お前はその名にちなんで、コードネーム ブルーとする」
手渡される、青いジャケット
受け取りながら この名も、青い色も好きではないんだと内心苦笑した
青は毒の色だ
冷たくて、温度のない、人の痛みのわからないような、裏切りの色
「ブルー、明日は操縦訓練をするから、今日は早めに寝ておけよ」
言われて、笑顔を取り繕った
心がぎゅっとなるような気がした

次の日、蒼太は真っ青な空の下にいた
操縦訓練だと言われて、動かし方もわからず暁と二人 特殊に作られたマシンに乗って
ついたところは外国の草原
360度何もない場所
この先に、古い遺跡があるんだと、隣で暁が笑った
「今日もいい空だな」
「真っ青ですね」
「オレはこの色が好きなんだ
 遺跡の時代も、昨日も今日も明日も、空の色は変わらない
 空の青さは、過去と今と未来を繋げてる」
マシンから降りて大きく伸びをした暁の言葉に 蒼太はすぐには返事をできなかった
空の色
好きじゃなかった
蒼も青も、冷たいものだと思っていたから
「青の名に誇りを持てよ
 空には何でも許す包容力が必要だぞ」
クールで知的なだけじゃダメだ、うちの青は、と
その言葉は、心にすっと染み込んでいくようだった
泣きたくなる、悔しいから泣かないけれど
「クールで知的で包容力があってムードメーカーで優しくてオシャレで情報通で明るくて、女の子に受けがいい
 こんな感じで、いいですか?」
「おお、上出来だな」
「じゃあ、それを・・・目指します」
笑って見せた
彼には自分の心が読めているのだろうか
青が嫌いだと思ったこと
ブルーというコードネームを不満に思った
名前へのコンプレックス
取り繕っている自分に、さりげなくプレッシャーまでかけて
「ありがとうございます、チーフ」
「じゃあ戻ろうか
 このコースは予定にないからバレたらさくらに怒られる」
「はい」
もう一度マシンに乗り込んで、ハンドルを握った
浮上した時、前面の大きなスクリーンに青い空が映ったのが見える
青を好きだと言ってくれるなら
この名をいい名だと言ってくれるなら
名に恥じぬ人間になろう
名に負けぬ心であり続けよう
コードネーム・ブルー
ここから新しい世界へ一歩を踏み出す


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