ZERO-39 プリンセス (蒼太の過去話)


蒼太が幼いプリンセスと初めて会ったのは、城の塔のてっぺんだった
風がビュービューと入る大きな窓は、鉄格子だけがはめられており
室内といっても、外と同じくらいに風が吹いていくような場所
その窓からできるだけ離れたところで 小さくうずくまるようにして、
プリンセスは震えていた
白いドレスを小さな手でぎゅっと握って、まるで自分を抱きかかえるみたいにして
俯いて、目を閉じて、じっと耐えている
その様子は、何かとてもか弱くて、蒼太の中に妙な感覚を残した

まるで絵本の中の捕らわれの姫のようだ

「・・・ココ様」
声をかけると、ココははじかれたように顔を上げた
涙に濡れた目が蒼太を見つめる
「誰・・・?」
震える声
風の音がうるさくて、こんなか細い声は掻き消されてしまいそうだ
「ゼロと申します、プリンセス
 今日からあなたの、教育係をさせていただく者です」
ゆっくりと、蒼太はココのもとへ歩いた
ココは怯えた目で蒼太を見ている
風が吹くたびに 首をすくめるようにして
不安気に、ドレスをぎゅっと握り締めている
「お迎えに上がりました、プリンセス
 お母様はもう怒ってはいらっしゃいませんよ」
蒼太の言葉に、ココは涙のたまった目をゆらゆら揺らして
それから、ずっとドレスを握っていた手を放して立ち上がった
かがんで、両手を差し出すと まるで飛び込んでくるように抱きついてくる
震えている小さな身体
子供特有の高い体温が、温かかった
えーん、えーん、と
声を上げて泣き出したココをあやしながら、その身体を抱き上げ、蒼太は塔を下りた

ここは、東の果てにある王国
女王が一番に力を持ち、その次に軍が力を持ち、民衆は貧しく、貴族は政治から離れて長い
そんな国
次の仕事は、この国のトップのすげかえで、
王族からその権力を奪い、軍政を敷くこと
そのために あらゆる情報を集め操作し、民衆の王族への反感を煽らなければならない

「お母様は本当にもう怒ってなかった?」
「はい」
「よかった、私、お母様に喜んでほしくて花を摘んだの
 本当に、お母様のお庭を荒らすつもりなんかなかったの
 あそこが入ってはダメなお庭だって、知らなかったの
 あんなに怒ったお母様は、はじめて見た・・・」
怖かった、と
言う横顔を見つめながら、蒼太は炒れたばかりのミルクティーをココの前に置いた
砂糖をたっぷり入れたミルクティーは 未だ震えているココの身体を温めるだろう
ココは、この国のプリンセスで次の女王
代々 女性が国を継ぎ王となるこの国では、女子だけが城で育てられ男子は皆、軍へと入れられるきまりになっていた
現在の将軍も、王家の血を引く人間であり、現女王の兄である
昔からずっと、この国は政治を女が、戦争を男が行ってきており
その体制に、いつからか男達が不満を口に出し始めて 今回の依頼が黒のパスポートに届いた
王政を廃止し、軍政を敷きたいと
女の王ではなく、男の王が国を治めるべきだと
依頼者たる現将軍は、力強い目をしてそう語っていた
思い出して、苦笑する
冷たいグレーの目は、まるで血に飢えた獣のようだと思ったから

「お母様に、何のお花を摘んであげたんですか?」
蒼太の問いかけに、ミルクティーを飲んでいたココは、ぱっと顔を輝かせた
まだ7歳だというこのプリンセスの教育係として城に潜入した蒼太は その身分を利用して城で情報を集めることになっている
蒼太の集めた情報を使って、軍に潜入している鳥羽が軍と民衆を動かす
今回はそういう段取りだったから、鳥羽と接触できるのは深夜のわずかな時間だけだった
期限は半年以内
その間、少しでもたくさんの情報を蒼太が集めなければならない
「お母様はね、バラの花が大好きなの
 白いバラよ、皆にね、白バラの女王って呼ばれているの」
ココが頬を染めたのを見て、この子は母親が好きなんだなと感じ
同時に、さっき初めて会った この国の女王を思い出して わずかに苦々しく感じた
女王は冷たい印象の女だった
美しかったけれど、それは着飾っているからで、
宝石やドレスがキラキラして、その富と権力を見せ付けている感じがよく伝わった
謁見の間で、ひざまづいた蒼太を一瞥して、彼女は溜息を吐くように言ったっけ
あの子を次の女王として恥ずかしくないよう よく教育してくれ、と
そう言った声には 愛情というものを感じなかった
「私は忙しいのでな
 あれの教育についてはお前にまかせる
 私には週に1度報告してくれればいい」
そう言って、さっさと奥へひっこんでしまった女王は、それっきり姿を見せず
蒼太は自分の部屋に案内された後 プリンセス付きのメイド頭に最初の仕事を言い付かった
「ココ様は女王から罰を受けて塔の最上階に監禁されています
 3時になったら出してもいいとのご命令ですからあなたがお迎えに行くように
 明日からお勉強を教えるのですから、自己紹介でもしておくといいですわね」

罰って、何の罰だと聞いたら 女王の大事な花園に入って花を折ったことへの罰だとメイド頭は言っていた
母のことが大好きなココは、迷い込んだ庭で美しく咲く花を見つけて 母にあげようと1本折ったのだという
そしてそれを差し出して、母の怒りを買ったとか
(その程度のことに罰を与えるなんてね・・)
可愛い行為じゃないか、花を折るくらい、と
思うのは、蒼太が庶民の人間だからか
生まれつき高貴な人間の、
王と崇められている人間の考えていることなんて蒼太にはわからない
たとえ自分の娘のしたことでも、たった1本の花を折られたことが腹立たしくて
自分の大切にしている花園に入られたことが腹立たしくて
小さな子を、塔のあんな風の吹きすさぶ場所に閉じ込めて戒める
この幼い少女は、母の怒を買ってしまったことに怯え、あんなにも泣いていたというのに
「プリンセス、ケーキはお好きですか?
 明日から毎日お勉強をしますが、3時にはお茶の時間を作りましょう
 そして、お勉強以外の、色んな話をしましょう」
にっこりと、
笑って言うと、ココは目を輝かせて頬を染めた
嬉しそうに蒼太を見上げる視線
子供特有の無邪気な瞳
キラキラしたその顔に、もう一度優しく笑いかけると ココは立ち上がって蒼太に抱きついた
可愛いと思った
蒼太の目的はココに勉強を教えることではない
教育係としての身分を利用して情報を集めることだ
だが、だからといってココに対して何もしないわけにもいかず とりあえずは適当に授業をしようと考えている
この幼く無知なプリンセスに懐いてもらえれば、とりあえずは仕事がしやすくなるから

城の中を歩いていると、地下には軍の人間が駐在している部屋があることがわかった
上へ行く程身分の高い者の部屋となっていて、
蒼太は地上3階
ココは最上階の4階に部屋を持っていた
ぐるっと一通り歩いて、それから庭に出る
色々と調べながらだったから、すっかり深夜になっていた
鳥羽とは、毎日真っ暗な真夜中に、30分だけ会うことになっている
(・・・バラのブランコ・・・って、ああ、あれか・・・)
庭はまるで迷路のようで、
バラが咲き乱れてオブジェを美しく飾っていた
噴水もあるし、ベンチもある
鳥羽の指定してきたブランコも、少し奥まったところにあった
ここなら、誰かが来てもすぐに身を隠すことができる
鳥羽の潜入している軍人の駐在所からも近いのだろう
暗闇の中、そこに植えられている木にもたれるようにして、鳥羽が立っていた
辺りは暗くて、目が慣れていなければ何も見えないだろう
蒼太にも、わずかにしか鳥羽の姿は見えなかった
「どうだ、初日は」
「プリンセスは問題ありません
 城内部は、1週間もあれば把握できます
 最上階へは行けませんが、その下でしたら僕はフリーパスのようです」
「それは結構」
鳥羽が笑う
少し前からこちらの軍に潜入している鳥羽は、もうすっかり軍服が馴染んでいる
「将軍は思った通り 野心家で横暴だ
 だがバカじゃない
 一番いい方法で民衆に自分を売りたいと考えている
 そして、そのために妹である女王を陥れることに、何の躊躇もない」
鳥羽は言いながら、右手にはめた指輪に触れた
ジ、とわずかな音が鳴る
続いて男の声が聞えた
いつか見たときには、小型のカメラを仕込んでいたけれど
今回はどうやら盗聴器を仕込んでいるようだった
今回の仕事では、鳥羽と同じ様に 蒼太の指輪にも小型のカメラが仕込んである
「・・・ああ、おまえは本当に優秀な男だ」
指輪からは、聞き覚えのある声が流れてきていた
これは将軍の声か
「色々と便利に役立つと思うぞ、声っていうのは
 これは性能がいいから1度聞いたくらいでは録音だなんてわからないだろう
 おまえにやるから、適当に使え」
ごく日常的な会話が延々と録音されている指輪を、鳥羽は蒼太に手渡した
鳥羽はこうやって、普段から色んな手を用意している
別々に行動する今度の仕事で、蒼太が動きやすい様にこうして使える手を与えてくれるのは有り難かった
この音を流せば、あたかも将軍がそこにいるように思わせることができるだろう
どんな場面で使うことになるか、まだ蒼太には想像もつかないけれど
「ありがとうございます」
「おまえには女王のスキャンダルを持ってきてもらわないといかんからなぁ」
笑った鳥羽は、意地の悪い目で蒼太を見た
そして続ける
きつい目をしてるくせに、口元だけ笑ってる
仕事のとき、鳥羽がよくする顔だ
見てると引き込まれそうになって、ゾクとする
「女王はいい女だな
 プライドが高そうで、オレはああいう女は好きだな」
「そうなんですか? 意外です」
「ああいうのを精神的に苛め抜くと楽しいぞ
 あのすました顔が恥辱に歪むと思うとゾクゾクするな」
くく、と
言う鳥羽の言葉に、ああなるほど、と
蒼太は苦笑した
鳥羽は基本的に従順な者を好み
かと思えば 正反対のワガママに甘えてくる者も好む
常に自分が上位で、余裕があるから そういう者を受け入れられるんだろうなと思っていたが
たしかに、他者に苦痛を与えることを わざとして楽しむような性癖もある
そんな彼が、あの冷たそうな女を好みだというのは言われてみれば納得できるかもしれない
ああいうタイプは、堕ちたらどこまでも堕ちるのだろうから
「民衆を動かすには、スキャンダルが一番効く
 女王の不貞、汚れた血、隠されていた事実、消えた富
 何でもいいが、簡単なのは女王を堕とすことだ
 女王のスキャンダルなら派手だし、男の王を選ぶことへの大義名分にもなる」
意地悪い顔で鳥羽が笑った
「女王を落せよ、ゼロ
 ああいう女は大抵マゾだぞ」
おまえと同じで、と
言われて蒼太は また苦笑した
鳥羽なら簡単だろうけれど
自分に ああいうタイプの女の相手ができるだろうか
たしかに、蒼太も鳥羽と同じことを考えている
この仕事をてっとり早く終らせるには、何か女王のスキャンダルを見つけるか
でっちあげるか、今から作り上げるかするのが一番だと
そう思っていたけれど
(・・・鳥羽さんのように演じればいいだけだとわかってはいるけど)
演じて、うまくいくだろうか
人は鳥羽のかもしだす支配者の雰囲気に堕ちるのだ
けして、言葉やしぐさだけ真似ても同じものにはならないだろうに
「弱いところをつけばいいんだよ
 容赦なくな」
言う言葉に、蒼太はぼんやりと 女王の顔を思い出した
今はまだ、冷めたような目しか思い出せなかった

蒼太は毎日、午前中に2時間、午後にも2時間 ココに勉強を教えた
簡単な計算、読み書き、発音
歴史や地理、音楽も芸術も
毎日少しずつ 興味が持てるように分かり易く教えては繰り返した
「いいですか、プリンセス
 学ぶことは自分を育てることです
 知っているだけではなく、それをうまく使える人になってください
 自分の知っている知識で、誰かを幸せにできたら、それはとても素敵なことですよ」
幼いココは、真剣に蒼太の話を聞いていて
毎日毎日、嫌がりもせずに、きっちり4時間勉強をした
その様子に なんとなく昔の自分を重ねてしまう
知る喜びを知った蒼太は、のめりこむように世界を貪った
新しいことを覚えるたび、自分が大きくなっていくのを実感し、世界が広がるのが嬉しくて仕方がなかった
学ぶことは、蒼太にとって何よりの喜びだった
今、あの頃の蒼太と同じような目をココがこちらに向けてくる
無知だったプリンセスが知識を得て開花していく
その様子は何か、いいようのない感情を蒼太にもたらした
適当に、懐いてもらうためだけにしている授業のはずなのに
自然 力が入っていく
ココがいい女王になるために、何を知り何を学ぶべきか
どんな順番で教え、どう導いていけばいいか
気づけば蒼太はそんなことばかり考えて、毎日の貴重な時間を使ってココの教材を集めていた
それが不毛なことだとわかっていながら
「ねぇ、ゼロ
 今日は何をするの? どんなお話?」
「今日は昨日の計算のおさらいです
 プリンセスは、数字が少し苦手のようですから」
ココはけして飲み込みが早いとか、天才的とか そういう子ではなかったけれど、
「私、お金を使ったことがないの
 だから、お買い物の計算は苦手
 だってよく、わからないもの」
偽らない無邪気さは、側にいてとても安心した
こんな風に綺麗なものは、怖いと思っていたのに
自分は醜い人間だから、それを再認識させられているようで
だから綺麗なものの側にいると、自分が惨めになるようで
嫌だったはずなのに、なぜか
なぜかココの側は心地よかった
蒼太に向かって心を全開に開いている様子が、愛しかった

幼いプリンセスに心が魅かれる
純粋で弱いものを守りたいと思う気持ち
もしかしたらそれは、初めてココに出会ったとき この心に生まれていたのかもしれない

蒼太が城に来て1週間目
最初の報告に、蒼太は謁見の間の次の間に通された
王座には、女王が座っている
通されて、彼女の前にまっすぐに立った
「ご報告です
 プリンセスは、毎日よく学習されております
 昨日書かれた外国語の作文は、なかなかよくできておりました
 計算は少し苦手のようですが、慣れればすぐに覚えるでしょう
 今のところ、問題はありません」
わずかに頭を下げて報告する
そうして、顔を上げ まっすぐに女王の目を見た
鳥羽の言ったとおり、この女王を堕とすのが一番最初だと思った
チャンスは1週間に1度しかないのだから、仕掛けるなら最初からやらなければと覚悟を決めてきている
鳥羽のように振舞って、鳥羽の言うような言葉を吐いて
探っていこう
踏み込んでいこう
権力というヴェールをかぶったこの女を、裸にして内情を探ろう

謁見は10分程度だった
その間、蒼太はともすれば慇懃無礼と取られかねない話し方をし、女王から視線を外さなかった
プリンセスの教育のために市場に出る許しを得て、
そういえば今 町には美しい絹を売る商人がたくさん来ているなどという話をした
仕事半分、雑談半分
鳥羽の魅力は、どこまでが本気なのかわからないところで
あとは あの射るような支配者の目か
敬語を話していても、どこか自分の方が上だと感じさせる口調か
できるだけ模倣して
できるだけ、鳥羽を演じた
相手がどう思ったのかはわからなかったけれど、
女王は蒼太の話を最後まで聞いたし、プリンセスと一緒に町へ行くことも許した
最後まで、表情は崩さず
目はまだ冷たいままだったけれど

次の日は雨で、その次の日は風が強かった
せっかく市場に行くのだから、晴れた気持ちのいい日にしようと
ようやく晴天の3日目 蒼太はココと護衛を連れて町に出た
活気がある市場でココに金を渡す
果物が一つと、パンが一つ買える程度の金
でも生まれて初めて手にした金に、ココは頬を染めて駆け出した
「ねぇ、ゼロ
 これは40だって書いてあるわ
 わたし、100持ってるんでしょう?
 買えるわよね」
「買えますね」
「二つ、買えるわよね」
「買えますよ、
 2つ買うなら、残りはいくらになるんですか?」
「2つ買うから・・・残りは20」
「そう、正解です
 よくわかってるじゃないですか」
ココは頬を染め、初めて自分で買った二つのオレンジを嬉しそうに両手に抱えた
「これはね、ゼロと私で帰ったら食べるの」
「僕のも買ってくれたんですか?」
「そうよ、帰ったら切ってね
 ゼロの紅茶と一緒にいただくの」
白いドレスがひらひら舞う
一応お忍びで来ているから、いつもよりは質素な服をきているけれど
それでも、こんな街中にいたら まるで蝶のようで
嬉しくて駆けていくココの姿に、蒼太の胸はぎゅっとなった
本当に綺麗で
本当に純粋で
そういうものに、自分が触れていること
関わっていること
それに、妙に心が躍った
教育係としての知識なら、いくらでもある
外国語も、歴史も、計算も
いくらだって教えてあげられる
でも、このくらいの年の子供の教育って多分 それだけじゃないと
感じるからこそ、思うからこそ
蒼太は願うままに言葉を発する
想うままに、一つ一つ教えていく
世界をみて、プリンセス
あなたの生きている世界をよく見て
あなたは今、幸せですか?
だったら、他の皆も幸せならいいと思いますよね
誰かを幸せにできる力をつけるために、人は勉強するんです
大切な人と、幸せになるために

一通り町を見て歩き、足が疲れた頃 ココは急に立ち止まった
市場の中央、水場の前だった
店はここだけ途切れていて、水場ではたくさんの人が水を汲んでいる
馬を洗ったり、休んでいたり
疲れたような顔の人もいた
「どうかしましたか?」
振り返るココの顔は、不思議そうな顔だった
「ねぇ、ゼロ
 私はオレンジを2つ買ったわ
 他の人も色々買ってたわ
 でも、買わない人も、いるのね」
それはどういう意味なのか、蒼太にはすぐにはわからなかった
「お店の人は買わないの?
 それとも、お店が終ったら買うの?
 買わない人は、おうちに帰ったらパンがあるの?
 だから買わないの?
 わたしはオレンジしか買ってないけど、今日の晩ごはんは、お城に帰ったらあるのかしら?」
首をかしげて、思ったことを言葉にする
その様子に、蒼太はわずかに笑って膝をついた
ココに目線を合わせる
そして、笑った
「プリンセス
 ものを買うにはお金がいるんです
 お金は働かないと手に入りません
 たくさんお金を持ってる人は、たくさん買えますが、持っていない人は買えないんですよ
 だから、皆、働いているんです
 そのオレンジだって、お店の人が作ったものです
 種をまいて、世話をして、実がなったら取ってきて、ここに持ってきて売っている
 そうして、買ってくれた人からお金をもらってようやく
 ようやく その人も何かを買うことができるんです」
その言葉の意味を、ココが全て理解したのかはわからなかった
綺麗な瞳が、まっすぐに蒼太を見ている
「私がオレンジを買ったから、あのオレンジのお店の人も今日は何かを買えるかしら?」
「そうですね、きっと買えるでしょう」
はにかむココは、くるりと蒼太に背を向けた
また他の店へ向かった走っていく
その後姿を視線で追い、蒼太は何か、とてもとても、切ないような気持ちになった
城で何の不自由もなく暮らしてきたココに、この活気があるけれど貧しい街はどんな風に映るんだろうか
ココの手にした金は、誰が働いて得たものなのか彼女が知るとき どんな風に思うのだろうか
金が天から降ってくるようなものではないということ、いつか知ってほしい
それを自分が教えられたらと、そう思う
「ゼロっ、きてっ」
「はい、すぐに」
立ち上がって、向こうで手を振るココに笑いかけた
小走りで追いかける
晴れた空は、真っ青だった
少女の白いドレスが、眩しい

その夜、蒼太は女王に面会を申し込んだ
女王付きの召使が渋りながらもお伺いをたてている間、蒼太は鳥羽を思い出していた
きつい目、笑ってる唇、挑発するような声、毒を含む言葉
けして迷わない心、支配する存在
「そなたからの報告は、週に1度でいいと言ったはずだが」
しばらくすると、女王がけだるそうに出てきた
たかだか娘の教育係の面会申し込みに対応するのだから、多少は脈アリなのかもしれないと
そんなことをぼんやりと考えながら、蒼太は今日 市で手に入れた箱を差し出した
怪訝そうに、女王が視線をやる
「陛下にお似合いの絹が売っておりましたので」
その視線を追いかけるようにして、蒼太は言った
鳥羽を意識する
慇懃無礼、温度がないように聞えかねない口調
冷たく言い放つのに、最後の最後で優しい
そんな風に演じたい
「絹?」
「どうかご覧下さい」
女王が箱に近づいてきた
二人の距離が縮まる
この無防備さ
お付の女達は そこにズラリと控えているけれど、それでも、この距離は近い
それだけ、警戒していないのか
そりとも心を許しているのか
「陛下には青がよく似合います
 この国の空のように美しい方」
言いながら箱を開けた
今日、市で選んだ絹を見せる
どこか冷たいような、寂しいような色
蒼太自身は、青色はあまり好きじゃないけれど
この女王に似合う色は、青な気がした
まるで毒に似た、深く濃い青
「・・・美しい
 市にはこのようなものが売っているのか」
「この1週間だけ外国からの商人が来ておりました」
「なぜ早く言わない
 明日、早速買い占めさせよう」
「商人たちは、もう帰ってしまいましたよ」
「なぜだ、もっと早ければもっと買えたのに」
「たくさん買ってしまったら、私が差し上げたものの価値が下がってしまいますからね」
絹を手にとって、目を輝かせていた女王は、蒼太の言葉に一瞬動きを止め
それから蒼太を睨みつけるようにした
「私はもっと欲しい」
「そうでしょうとも、それは美しいものですからね」
「そなたは知っていながら私に教えなかった」
「私だけが貴女にそれを差し上げることができる喜びを、
 どうしてみすみす逃しましょうか?」
わずかに、沈黙が下りる
それから、女王は不機嫌そうに絹を箱に戻した
「次はいつ、来るのか」
「さぁ」
「家来に市を見張らせよう」
「そんなことをしなくても、次があればまた私が、あなたのために選んできますよ」
「そなたはまた私に、教えない気だろう」
「私が最高のものを選んでさしあげるのに、どうして他のものが必要ですか?」
「私は全部欲しいのだ」
「あなたが全部手に入れてしまうくらいなら、私が全部焼き払ってしまいましょう」
また、女王が蒼太をにらみ付けた
女王は、まだ若い
多分蒼太と2.3才しか変わらない
謁見している時は、表情もなく、年ももっと上に見えたけれど
こうしていると、年相応に見える
美しいものが好きで、自分の権力と富みを知っていて、それを使うことを躊躇しない女
プライドが高くて、わがまま
「そなたの言っている意味がわからない」
「私は、嫉妬深い人間ですので」
「何に嫉妬する」
「あなたの目に映る全てに」
絹を入れた箱を閉じた
女王が蒼太を見つめる
わずかに、戸惑ったような色が見えた
それに、少しだけ安心する
試行錯誤で、こらも必死
鳥羽ならどう言うか
鳥羽ならどうするかを考えて、喋っている
確実に、少しずつでも、
女王の意識をこちらに向けさせるために
その心を、支配するために
「今夜は失礼します、陛下」
頭を下げて、自分から距離を取った
部屋を出るまで、背中に視線を感じた
それが、女王のものかはわからなかったけれど

この国に来て3週間目、蒼太は城の奥深くで一人の少年を見つけた
青白い顔、弱々しい光の浮かんだグレーの目
年は13くらいだろうか
その顔立ちから、女王の血筋だということがはっきりわかった
(・・・男の王族は全員 軍に入れられるんじゃなかったっけ・・・?)
相手は、蒼太を見つけて立ちすくんでいる
こんな場所に人がいるなんて思いもしなかったんだろう
蒼太は、次期女王であるココの教育係だから、城の最上階以外は自由に出入りしていいことになっている
ここで、この少年に見つかったからといって、何ら支障はないのだけれど
「こんなところでどうかなさいましたか?」
先に、声をかけた
膝を折り、うやうやしく頭を下げる
そして相手の目を見て笑ってみせた
敵ではないと悟らせるため
彼が何者であろうと、不審感を持たれては今後の仕事に関わると思ったから

「私は、ナギユラだ」
「ナギユラ様、僕はゼロと申します
 ココ様の教育係のものです
 何かお困りでしたら、僕にできることでしたら何なりとお申しつけください」
「ココの先生・・・?」
「はい」
もう一度笑ってみせると、ナギユラは安心したのか緊張を解いたようだった
彼はやはり王族だ
次期女王のココを呼び捨てにした
それにこの、生まれつき身分の高いものが持つ ごく当然の庶民を見下す視線
こんな少年でもそれを持っている
今も、蒼太より上の立場でここにいる
「私は自分の部屋へ戻る途中だった
 ・・・城は広いから時々道がわからなくなる」
ああ、と
俯いたナギユラの顔に 蒼太は心の中で少しだけ笑った
こんな夜中に何をしているのかと思ったら、迷っていたのか
それで途方にくれていたのか
たしかに、この城は広くて
今いる場所は、かなり複雑に入り組んでいる
「お部屋までお送りします、ナギユラ様
 何階ですか?」
「もちろん最上階だ」
「わかりました
 私はその下までしか行くことができませんから、最上階への階段までご案内します」
うん、と
言ったナギユラの前に立ち、ランプで廊下を照らしながら 蒼太は今来た道を戻った
今日は、この更に奥にある通路を調べようと思っていたけれど、それ以上のものを見つけてしまった
最上階に住む王族の男
こんなことが、許されるのだろうか
鳥羽の話では、今年10歳になる女王の息子も軍に入れられているというのに

「ゼロはあそこで何をしていた」
「ココ様のお勉強の教材を探しておりました」
「何の勉強だ?」
「この国の歴史です
 ナギユラ様は、この国のことご存知ですか?」
「・・・知らない」
「いつ、誰が作ったのか
 どういう経緯で女王の国となったのか
 こんなにも美しいのはなぜなのか」
「・・・そんなこと、知ってどうするんだ?」
「知れば、もっとこの国を好きになりますよ
 そうしたら、国はもっと良くなるでしょう
 国の発展のために、僕はココ様に歴史をお教えするんです」
ふーん、と
言ったナギユラは、手に持っていたベルトの飾りをカチャカチャと弄びだした
どこか情緒不安定な雰囲気を出している
子供だから、気が散りやすいだけなのかもしれないけれど
カチャカチャと、
その音は静かな廊下に大きく響いた
「私も知らなければならない、この国の歴史のこと
 でないと、将来立派な王になれないから」
「そうですね、何かを知るということはとても大切なことです」
言いながら、蒼太はナギユラの言葉に違和感を感じた
立派な王になる?
王族の男が?
この国は女王の国で、今まで一人の例外なく王族の男は軍人になってきたのに?
「ああ、ここからは道がわかる」
「そうですか、では、僕はここで失礼します」
「うん、ありがとう、ゼロ」
いえ、と
頭を下げた蒼太に、ナギユラは満足そうにして廊下を走っていった
その後ろ姿を追いながら 蒼太は唇を引き結ぶ
秘密の端を、見つけた気がした

4週間目、5回目の女王との謁見の日
雨が続いてうっとうしい日だった
蒼太は、組織に世界中からかき集めさせた青いバラを女王との謁見の部屋に運ばせた
部屋中に、まるでこの国の空のような青い色が広がる
バラの香りにむせそうになりながら、蒼太は女王を待った
最初の謁見から、鳥羽のような男を演じて接してきた
2度目には絹を贈り、3度目にはその髪の美しさを褒めた
4度目は引いて、プリンセスの教育についての話だけをして帰り
今日が5度目
1ヶ月が過ぎた今、そろそろ次の段階に進みたくてこのプレゼントを用意した

「・・・っ」

10分待つと、女王がお付きの女達と現れ 部屋の様子に絶句した
それから、付き人たちが感激したような声で囁きあい
女王も、驚いたような表情を取り繕って 蒼太の方へ歩いてきた
「そなたは、気紛れな男だな」
「そうですか?」
「このあいだはココの話しかしなかったが」
「いつもあなたのことを、考えていますよ」
真っ青なバラ
この時期に これだけの青いバラを用意するのは大変だったろうに
組織の協力者は電話一本で たった1週間で用意してくれた
その話をしたら鳥羽は笑っていたっけ
白バラの女王に青いバラを贈るか、って
おまえらしいって言っていた
蒼太は、女王は白より青が似合うとずっと思っているから こうして青を選んでいるのだけれど
「私が何と呼ばれているか知っているだろう?」
「白バラの女王ですか?」
「そうだ」
「白より美しいのは青です」
「そなたは、どこまで本気かわからない」
にこ、と
蒼太は笑っただけで答えはしなかった
落としたい相手がいるときは、自分の情報や考えをオープンにしてはいけない
人は謎めいたものに魅かれるのだから
もっと知りたいと、近づいてくるのだから
(・・・と鳥羽さんが言っていた)
蒼太は、鳥羽のことを考えながらバラを1本手に取った
女の扱い方も、口説き方も、鳥羽から教わった
その他の色々なことを、鳥羽から与えられて知った
鳥羽が自分のために使ってくれた時間の全てを、蒼太は知識として記憶している
与えてくれた全てを、忘れていない
「今夜、あなたに使いを出します
 窓を開けていてください」
一本の青いバラ
差し出して、囁いた
戸惑う目で女王が蒼太を見ている
彼女がこんな風に召使達にかしづかれていなければ
こんな豪華なドレスを着ていなければ
全身に宝石をまとっていなければ
ただの女だ
女王は権力という衣を着ているただの女なのだ
蒼太のような、権力を恐れない男に戸惑い
愛を囁かれれば、心を揺らす

女王は、蒼太が差し出したバラを手に取った
それで、ほっとする
たとえ、それが無意識の行動でも、それは蒼太を受け入れたということだ
拒絶ではない
では次の段階に進めるだろう
鳥羽のように演じて、相手に読めない男であり続ける限りは

「ねぇゼロ
 私考えたの、私も働かないといけないんじゃないかと思って」
「そうですね、ココ様
 でも、ココ様にとっての働くということは、僕と毎日こうして勉強するということなんですよ」
「どうして?」
「それは将来、正しく民を導く女王になるためです」
蒼太の授業は、大抵 こうして会話を繰り返して行うものだった
あの市場へ行った日以来、ココは民の暮らしと自分の暮らしの違いを知って その理由を知りたいと思い始めていた
どうして、皆の服は汚れていて、自分は綺麗なドレスを着ているのか
皆は毎日市場で働いていて、自分は何もしていないのか
民の家は小さい
城は迷うほどに大きい
軍人は、民を怒鳴りつけ、自分には恭しく頭を下げる
「ねぇ、ゼロ
 この国の人は幸せ?」
「それは、あなたがこれから自分の目で確かめる一番大切なことです」
「この国はちゃんとしてる?」
「それも、自分で確かめてください」
「どうして教えてくれないの?」
「僕の口から聞いても、真実はあなたの中に残りませんから」
ココの幼い疑問は、ココの成長のはじまりだった
無知な姫が、世界を知ろうとしはじめること
それに自分が関わっていること
その感動は、蒼太を内から灼くほどに高揚させた
誰かに何かを教えて、教えた相手が成長する
それが、こんな気持ちを生むなんて知らなかった
鳥羽も、蒼太に色んなことを教えながら こんな風な気持ちになったのだろうか
(僕は出来が悪い生徒だけど・・・)
ココに、この国の通貨を渡しながら 蒼太はわずかに苦笑した
金のことも教えなければならない
計算方法だけではなく、金というもののこと
人はこれのために必死に働き、働いて得た分の半分以上を国に税金として差し出していること
「私のドレスは その民が収めた税金で買っているの?」
「そういうことになりますね」
「私のドレスはとっても綺麗よ
 たくさん持ってるわ
 着た事がないのもあるのよ
 いらないものなのに、どうして買うの?
 もっと他のことに使えばいいのに」
「どうしてそう思うんですか?
 皆、ココ様に綺麗なドレスを着てほしくて用意するんですよ」
「でも、他の人たちはこんな綺麗なのを着てないもの」
「身分が違うからですよ」
身分?と
幼い姫は首をかしげた
この国の現状
民は本当に幸せなのか
城だけが潤い、民は貧しいこの国が、本当に幸せな国なのか
身分は人の心に何を生むのか
人は王家をどう思っているのか
「少しずつ勉強していきましょうね、ココ様」
教えたいことが山ほどある
次の女王の教育係として、教えたいことは山ほどある
ココに世界を教えるのが、今回の目的ではないとわかっていても
(・・・すみません・・・鳥羽さん・・・)
どうしても、どうしても手を抜きたくなくて
目的のための手段だとしても、ココへは誠心誠意で向き合いたくて
蒼太は多くの時間をココのために使っていた
それでも、やるべきことはやっている
これが仕事だということも、もちろんよくわかっているから
「おまえは、おまえのやり方でやればいい」
そんな蒼太に、鳥羽はそう言っていた
鳥羽はこんな蒼太を、好きにやればいいと許してくれている
教育係という立場を利用して、女王に近づき城の中で情報を集める
それさえやっていれば、あとはどうしようが蒼太の勝手だと言ってくれた
それは鳥羽が、蒼太を対等な相棒として認めてくれている証拠で
だから、こんな風にまるで今回の仕事では何の役にも立たないようなことを蒼太がしていても、鳥羽は何も言いはしなかった
「ゼロ、私知らなかったことがいっぱいあるのね
 勉強するって楽しいわ」
幼い姫の笑顔に、蒼太もまた笑いかけた
何かを知ること、それは自分を大きくする
知識は世界を広くする
蒼太がそうだった
知ることの喜びを幼い頃から知っていたから、こんなにも貪欲に色々なことを知りがった
そして、今、ここにいる
今の自分がある
「ココ様、僕にできるかぎりのことをお教えします
 あなたが賢く優しい女王になれるよう」
本当は、ココが女王になる日など来ないと知ってる
仕事が成功すれば、この国ではクーデターが起き女王というものは消えるだろう
だが、それでも
幼いプリンセスには未来がある
たとえ女王になれなくても、教えたことは必ずその後 この幼いプリンセスが生きていくのに役立つと信じている

(我ながら、不毛だと思うけど)

鳥羽なら、こんな風にココの教育にマジメに取り組んだりはしないだろう
怪しまれない程度に、適当にやって本来の目的をさっさと果たす
女王を落として、情報を得て軍に流す
そして、それを効果的に使って民衆を煽る
仕事を、早く、確実にこなすなら今の蒼太の行動には意味がない
だけど、はじめて会ったときに心魅かれてしまったから
何か不思議なものを感じて、
この幼くて無知なプリンセスに世界を教えてあげたいと思ったから
だから蒼太は正面から向き合ってしまっている
今も、キラキラした目で熱心に本を見ている少女から目が離せない
愛しいこの子がせめて、
せめてクーデータの後 生きていけるだけの知識を与えてやりたいと思っている

その夜、蒼太は一羽の白い鳥を裏庭から放した
鳥羽が昨夜くれたもので、しっかりと教育されているこの鳥は軍が秘密の連絡に使うものだと聞いた
それを鳥羽が仕込みなおしたらしく、この鳥はある種の香りを追って飛ぶ
鳥と一緒に渡された香水を、蒼太は昼間 女王にプレゼントした1輪の青いパラに垂らしておいた
開いた窓からその香りが流れてきて、鳥を誘うだろう
そして、蒼太からのメッセージを女王の部屋へ運ぶだろう
女王の部屋は最上階
白い鳥は暗い夜をまっすぐに飛んで、開いた窓から中に入った
しばらくすると、人影が窓に映る
ゆらゆら揺れてるその影を見上げて、蒼太は帰ってきた鳥に手を差し出した
遠くて表情までは見えなかったけれど、あれは女王だったろう
蒼太が言ったように窓をあけてまっていた女
鳥の足に結んだリボンに書いたメッセージに、どう反応するか
なんとなく、想像できた
ああいう女は落としやすい、と
鳥羽が言っていたのを思い出す

3週間、蒼太は女王の元に鳥を送り続けた
そして、最初の夜から22日目の深夜
月のない真っ暗な夜の中、女王は蒼太の指定したバラ園へとやってきた
「ようやく来ていただけましたね」
「そなたには呆れる
 毎晩毎晩・・・誰かに見咎められたらどうするつもりだ」
「私はどうなってもかまいません、陛下
 あなたに会いたかった
 それだけです」
ここにはバラの香りがむせかえるほどに漂っている
月明かりもないから、お互いの顔はよく見えない
蒼太はもう3週間ずっと、毎晩ここで過ごして
今夜も2時間ほどここにいた
それで目が慣れているから、暗闇でも女王の表情くらいは読むことができたけれど
(本当に、無防備な人だな)
たった一人でこんなところまで来て、どこか心細げにしている女王は 未だ蒼太の顔がはっきり見えていないのだろう
視線が不安げに泳いでいる
「そなたが何を考えているのか、私には理解できない」
「理解など求めていませんよ」
3週間は長かった
鳥羽なら1週間で落とすだろうと思うと、多少焦りもしたけれど
ようやく女王が傾いている
ここで落とさなければ またズルズルと時間を無駄遣いしてしまうだろう
「陛下、どうかお許しください」
強い口調で言い放った
そのまま 女王の手を取りその身体を抱きしめる
わずかに息を飲む気配
何かを言おうとした唇をふさいで、呼吸を奪った
鳥羽がやるように、鳥羽のように振舞おう
彼が容赦ないように
彼がいつも強いように
逆らえないよう一気に落としてしまおう
今の自分なら、心を閉ざせばそれくらいはできると思う

それから、女王との逢瀬は、3晩続いた
バラ園はいつも暗く静かで、女王が快楽に喘ぐ声だけがくぐもった音で時折聞えるだけ
風が葉を揺らす音で、行為の水音はかき消されて
一人のただの女に成り下がった女王は、蒼太にその身を抱かれて熱にうかされたように震えていた
「ゼロ、ゼロ、そなた」
「いかがなさいましたか? 陛下」
「そなた、なぜ私を」
「今更何をおっしゃいます」
その身を繋げたまま、女王の耳元で囁くよう笑うと、女王は背を反らせて小さく喘いだ
「女王に手を出す男など初めて見た
 そなたは怖く、ないのか」
「怖いものなど私にはありません、陛下
 それに、私にとってあなたは女王などではない
 ただの女です」
こんな風に抱かれて、喘いで、震えて、啼いているようなただの女
服を脱げば 皆同じ
高貴な人間も、卑しい人間も やることは一緒
そこに何の差があるというのか
「あなたはただのはしたない女ですよ
 こんな風にされて、泣きながら喜ぶ身体も、赤く染まった頬も
 私の名を呼ぶ唇も、他の女とどう違うというんです?」
攻め上げると 女王は悲鳴ともとれる声で果て、蒼太の背に回した腕に力をこめて抱きついてきた
彼女が快楽に浸るのは、蒼太がそういう薬を使っているからで
いつも最初の口付けに、軽い媚薬を含ませる
自分がこんなにも感じる女だったと 女王ははじめ驚いただろう
そして 蒼太の与える快楽に、今溺れるように沈んでいる
「ああ、ゼロ、そんなことを言わないで」
「はしたないと言われるのが嫌ですか?
 でもほら、現に今もそうやってねだるような目をしてる
 陛下、あなたがこれ程に淫乱だとは知りませんでした」
「いやだ、ゼロ、それ以上は・・・っ」
がくがく、と
またいきそうになった女王の胸に口付けると、蒼太は熱い身体を脱ぎ捨てられた女王のドレスの上に押し付けた
白い足が求めるように上がる
繋がれた部分がどろりと濡れる
身を沈めながら 蒼太はもはや正気を失っているかのような目で快楽をむさぼる女王を見下ろした
とりあえず、これでようやく第一段階を突破したと内心胸をなでおろす

「ねぇゼロ
 私 決めたの
 私、ドレスは1つでいいわ
 他のは民達にあげることにする」
「1つしかないのでは不便ではありませんか?」
「いいの、私も皆と同じような普通の服を着ればいいんだもの」
ある日の午後
出会った頃と比べたら 目に見えて聡明な目をするようになったココは蒼太に言うと悪戯っぽく笑った
「町に連れていって、ゼロ
 私のドレスを売ってお金にして、それをみんなにあげれば喜んでくれると思うの」
この1ヶ月ほどで、ココはこの国の貧富の差を知った
民達がどんな暮らしをしているのかを知って、ある種のショックを受けていた
純粋な少女
自分だけが特別で、自分だけが辛くないのはおかしいと気付き思い悩むようになった
そして今、一つの答えを見つけたのだろう
自分にできることをするということ
それが、民にお金を与えること
言い換えれば、自分を削って人のために尽くすこと
「わかりました、では、明日、町へでかけましょう」
「うんっ」
プリンセスのドレスの数は100を越える
どれも美しい布で作られて、宝石が飾られている
売れば大きな金になるだろう
それを町で配れば喜ばれるだろう
だが、それで何かが解決するのかというと、そうではない
ココはまだ知らない
貧困が、そんなものではなくならないということを
(あなたが今のまま、優しい心のまま女王になれば、いい国になるだろうけど)
このまま、自分がずっと教育係として色々なことを教えてあげられたら
ココを世界を知る賢い女王に育てることができたら
彼女はきっといい女王になる
優しいだけでなく、厳しさも必要なんだと教えて
人は平等だけど、それぞれに役目があって
だからココは、ココの役目を果たさなければならないと理解させて、
正しく国を治められるように
民から愛される女王であるように
導いていけるのに
自分なら、それができると思うのに
(・・・本当に不毛だ)
ココが女王になる日は来ない
女王は、滅びる
この自分の手によって、遠くない未来にその時は必ず来るのに

(僕のこの愚かさは一生なおらないんだろうな・・・)

「相変わらず、不毛なことをしてるなぁ」
最近では、深夜の鳥羽との連絡は、1週間に1回程度になっていた
情報交換をして、方向を確認しあって終る
鳥羽は軍で、今や参謀にまで上り詰めて 将軍の右腕として重宝されている
昨日まで隣国の様子を偵察に行っていて、内々で条約を結んできたとか
内戦の間 他国に攻め入られないよう一人で根回しを行っている
「プリンセスは女王にはならんぞ」
「わかってます」
「マジメに教育しても無駄だと思うがな」
「それも、わかってます」
「ならいい」
鳥羽は笑うとおかしそうに蒼太を見た
以前なら、意味がないことはやるなと叱られただろう
今は違う
対等だから、好きなようにやらせてくれる
蒼太の判断に任せてくれる
そんな鳥羽の態度が、蒼太は嬉しくて
対等を感じるたびに気合を入れなおす
鳥羽の足を引っ張るような仕事はできない
鳥羽のパートナーに相応しい仕事をしなければならない
そう思うと、神経が研ぎ澄まされる気がした
頭を整理して、鳥羽に報告することが他にないか考える
「鳥羽さん・・・」
「ん?」
「将軍は、女王をどう思っているんでしょう?」
「将軍が今回の依頼者だぞ
 邪魔だと思ってるに決まってるだうろ」
鳥羽が笑った
蒼太は何度か会っただけの将軍に、鳥羽は毎日会っている
彼がどんな人間か鳥羽から聞いているが その人となりはいまいち実感できていない
「女王は多分、実の兄である将軍を、好きですよ」
「ほぅ?」
「・・・将軍の話をするとき嬉しそうです
 将軍との謁見のときには特別な香りを身にまといます」
言いながら、蒼太はナギユラの顔を思い出していた
はじめて会ったのは1ヶ月ほど前か
彼に関しての書類や文献がないか探し回ったがその類は一切なく
今も明確な答えは出ていないけれど、彼の存在は蒼太の中に大きな疑問となって残っていた
その顔立ちが女王によく似ていること
その目が、将軍と同じ濃いグレーだということ
それに気付いたとき、蒼太はなんとなく二人の仲を疑った
ナギユラは、もしかしたら女王と将軍の間の禁忌の子ではないのかと
「おもしろいことを言うな」
「僕の推測です」
「推測でも何でも使えそうなら使えばいい
 ただ女王だけでなく将軍もからむとなると、将軍の評判を貶めることにもなりかねない
 ナギユラのことは真実をつきとめた方がいいかもしれんな」
「はい」
とりあえずもう少し調べてみます、と
言いながら蒼太は 女王の顔を思い浮かべた
熱のこもった目で見上げてくる、ただの女に成り下がった女王
毎晩のように蒼太を求めるのに、媚薬の混ざったくちづけをしてその身を抱く
いい加減疲れているんだけれど、無視するわけにもいかないから
たまに睡眠薬入りのお茶で、行為をねだられる前に眠らせたりもしたりして
そうして今や、最上階まで入ることを許された蒼太は 毎晩毎晩秘密を探している
王家の秘密、女王の秘密
そして、ナギユラという存在についての秘密
「ナギユラのことはオレも将軍に聞いておく」
「はい」
鳥羽を見上げると、彼はもう話すことはないと 蒼太に背を向けた
暗闇にその姿が消えるまで見送って 蒼太は小さく溜息をつく
この仕事の期限は半年
それまでもう 何ヶ月かしかない

次の日の夕方
街から戻った蒼太は、女王に呼び出されて謁見の間へ向かった
今や蒼太に身体を委ねている女王がこんな風に呼び出すのは珍しい
週に1回の、ココの教育についての報告も今はもうなくなってしまったのに
(まぁ、用件はわかってるけど)
今朝早く、蒼太はココを連れて街に出た
そこで、ココがいらないと言った山ほどのドレスを商人に売った
得た大金を袋につめて、街で配り 皆の喜ぶ顔を見て帰ってきた
そのことが、女王の耳に入ったのだろう
勝手にそんなことをして、家臣達が黙っているはずもないのだし
「ゼロ、そなたが理解できない」
謁見の間には、もう女王が先に来て待っていた
いつもいるお付きの女達も、家臣もいない
眉を寄せて、どこか戸惑ったような顔で女王は蒼太を見つめていた
「私はココ様の教育係です
 ココ様が将来立派な女王になるために、ここにいるんですよ」
「だからといって、プリンセスが自分のドレスを売って金を作り それを配るなんて聞いたことがない」
「そうでしょうね」
「どうして止めなかった」
「プリンセスに学んで欲しいからです」
「そんなことをしたって何も変わらないのにか」
「それも含めて、プリンセスにはあらゆることを学んで欲しいんです」
蒼太の言葉に、イライラしたような女王の溜め息がかぶさる
騒ぎ立てる家臣達を抑えて、自分がゼロを直接咎めると言って来たのだろう
家臣の前に出されれば、当然こんなことをした教育係などお役目ごめんだ
だが、今の女王は蒼太なしでは生きてはいけない
身体がもう、そうなっている
蒼太の与える快楽なしでは 女王はもう満足できない
「ココ様は優しい方です
 民が貧しいのに心を痛めてああなさったんですよ」
「だがココに何ができる
 一時の金を与えても、何の解決にもならない」
「そうですね、ココ様は女王ではありませんから」
「だったら、なぜ」
「民を救える女王が何もしないからですよ」
言い放った蒼太に、女王は一瞬言葉を失った
蒼太を睨みつけ、震えながら唇を噛む
彼女はプライドが高い
女王が誰より偉いことを知っている
そして、
そんなものに恐れない蒼太に、心魅かれて捕らわれている
今も、まるで
辱められたように、きつい目は熱を浮かべている
「陛下、陛下に同じことができますか?
 ドレスや宝石を売り 民に分け与えること
 ココ様には、あなたにない優しさがあるんですよ」
蒼太は、意識して言葉を選んだ
遠慮はしない、容赦もしない
蒼太の演じる男は、鳥羽のような男だ
鳥羽ならここで、いいわけをしたりはしない
女王をさらに落とすだろう
自分の中に作った 闇のような空間に
「私はそれが無意味だと知っている
 それにこの国は軍隊に金がかかる
 税だって、今年の終わりにはもっと上げなければならないのだ」
泣き出しそうな目をして女王は言った
内心苦笑する
これがベッドの中なら、この女は泣いていただろう
私だって辛いのに、なぜそんなことを言うのか
私よりココが可愛いのか
私を見て
私を、見て
今や蒼太には、女王が何を考えているか手に取るようにわかる
泣きたいのを必死に我慢して、ここに立っている
女王として
「国を保つには金がいります
 あなたはせいぜい民から搾り取るといい
 税を増やすのは早いほうがいいですよ
 街で隣国が戦争の準備をしているという噂を聞きました
 将軍は対抗すべく兵を整えるでしょう
 金がますます必要になる
 あなたは、国のために戦争のための金を用意しなければならない」
女王の顔が 怒りに歪んだ
そしてその後すぐに、泣き出しそうに揺れる
自分は鳥羽とは違うから、人をこんな風に傷つけて
その心をグチャグチャにかき回して心地いいだなんて思えはしない
だけど、女王のこの顔を見ていると安心する
自分の仕事がうまくいっていること
この言葉が女王を揺らしていること
それを確認できて、安堵しながら蒼太は温度のない視線を女王に送って笑った
「ココ様は優しい女王になるでしょう
 あなたと違い民に愛される女王になるでしょうね」

その夜、女王は泣きながら蒼太にすがってその身を開き
蒼太は何も言わず、いつものように女王を抱いた
気絶するまで何度も行為を欲し、限界まで蒼太を受入れ
まるで狂ったように貪る様は、とても悲しいものだった
女王もただの人だ
ただの女
家臣達の意思と、民の幸せ、郡の言い分、国の発展
どれにもいいようになど、できないのはわかりきっている
城は広くて、女王にはたくさんの召使がついていて
なのに孤独
誰一人として、助けてはくれない
理解してはくれない
夫は子供を作るためだけに選ばれた貴族の男
愛があるはずもなく、政治的権力のない夫は 代わりにハーレムを与えられてそこに篭りっきり
女王の支えは何だったのか
蒼太には容易に想像できた
昔々からのしきたりの
女王を守るために、王族の男達が女王を命がけで守ったという 昔のものがたりのとおり
自分を守るためにいる軍人達
王族の男達
とりわけ、今の将軍
自分の実の兄に、その心は依存していったのだと想像できる
(そして子供まで作った・・・?)
ナギユラが病弱なのは、血が濃いからか
女王の外見と、将軍の目
二つを受け継いだあの王子は、まるで過ちの証のようで
ナギユラの姿を見るたびに
彼を特別に可愛がっている女王を見るたびに、何か心が痛んだ
可哀想な女王を、自分がますます追い込むと思うと心がきしむ

「可哀想な女王様、孤独は辛いですよね」
気を失った女王をベッドへと横たえて、蒼太はわずかに苦笑した
民は貧しい
軍は金を使う
女王は民から税を取る
民の嘆きは、女王に全て向けられる
(権力者自身が変わらなければ、何も変わらない)
たとえば今回の仕事が 女王の意識を変えてこの国が豊かな国になるよう導いていくことだったなら、蒼太は女王に教育をしただろう
元は素直な女だ
心を奪われた男のためなら、何でもするだろう
最初は蒼太の言いなりでもいい
少しずつ知識をつけて、自分で考えるように導いて
家臣達を説得して、
それでも曲がらない家臣は切り捨てて、
多少乱暴なやり方でも、3年あれば国をある程度は変えることができると思う
自分と鳥羽ならやれるだろう
だが、そういう建設的な仕事はめったにない
黒のパスポートに来る依頼は 必ず誰かを傷つけるもので
今回は、ターゲットが女王だ
王政は廃止され、新しい最初の指導者に将軍が立つ
そういう筋書き
女王はどん底まで、陥れられるだろう
「僕の手で」
涙にぬれた頬に手を触れた
感情移入はしない
無駄なことだとわかってる
心はずっと閉ざしている
だけど痛みがなくなることはない
可哀想な女に、せめて自分がしてあげられることはないかと 不毛なことを考えてしまう

本当に自分は、いつまでも中途半端だ

「明日、仕掛けようと思います」
「そうか、好きにしろ
 こっちは東の隣国にちょっとてこずってる
 とりあえずオレは明日からこの国を離れる」
「わかりました」
この国に来て4ヶ月が過ぎようとしていた
吹く風は冷たくなってきている
女王は予定より早く税を上げ、民の生活はますます貧しくなっていた
「これ以上調べても何も出ないことがわかりましたので、ナギユラを使ってみます」
「ああ、あの亡霊王子な」
「将軍の言葉が本当なら、僕の推測は外れているわけですし」
言いながら、蒼太はナギユラの顔を思い出した
蒼太がナギユラは女王と将軍の子ではないかと言ったから 鳥羽が将軍に真実を聞いてくれた
返事はNO
たしかに1度関係を持ち、子ができたが生まれた赤ん坊をこの手で殺したと
彼は笑って話したという
女王と実の兄の子など、いいスキャンダルだ
自分の名に傷がつくと、将軍は容赦しなかった
剣で貫かれた小さな身体は、その後誰にも知られず将軍自身の手で埋葬したと言っていた
(むごい話・・・)
だから、女王が実の兄である将軍を想い依存し、子まで成したことは蒼太の推測通りだったけれど
その子は生まれてすぐに死んでいて、ナギユラではないと判明している
だったら、彼は何なのだろう
なぜ、例外に城で育てられているのか
あんなにも、将軍と似た目をしているのか
それを知りたいと蒼太は考えた
女王のスキャンダルとして使うとしても、真実は知っておかなければならない

「ナギユラ様、ご一緒しませんか?」
この頃、蒼太は女王の命令で週に1度ナギユラにも勉強を教えていた
少数の人間しか知らないはずのナギユラの存在を蒼太が知っていたこと
出会いは本当に偶然だったのだけれど
その出会いをナギユラ自身が母に話したのだろう
それで、女王は蒼太に彼も体調のいいときに教育してほしいと言ってきた
将来の、立派な王とするために
「お兄様、お茶とお菓子があるの」
丁度、3時のお茶が入ったとき ココの部屋の前をナギユラが通るのが見えた
足を止めたナギユラに、ココが屈託なく笑いかける
不思議な関係だと思う
ココはナギユラのことを兄と慕い、ナギユラもココには優しい目を向ける
自分達がどういう立場か、何一つ理解していない子供達
女王がナギユラのことを将来の王と言ったとき 蒼太は内心苦笑した
だったらココはどうするつもりか
一言だけ、
女王が言ったのはたった一言だけ
「女が王になる時代は終った
 あの人は、男の王が国を治めることを望んでいる」

あの人とは、将軍のことだろう
女王は自分の想いが一方的であることを知っているのだ
そして、二人の温度差が身分にあることも知っている
だから、二人の子であるナギユラを次の王位につけて 愛する兄に想いを示そうとしているのだろう
女王の座など欲しくはないと、兄にわかってほしいと考えたのだろう
(・・・と思ってたんだけど、ナギユラが将軍の子供じゃないとなると)
考えても仕方がなかったから、蒼太は多少荒っぽい手に出ることにした
今やナギユラもココも自分に警戒心ゼロだ
どうにでもできる
2〜3日この城から消すことだって簡単にできる
今の自分になら
「ナギユラ様の好きなお菓子もありますよ」
蒼太が笑いかけると、ナギユラは嬉しそうに部屋へ入ってきた
テーブルに紅茶を置く
ココは嬉しそうに兄に話しかけ、ナギユラも何か答えている
二人ともが、何の疑いもなく紅茶を飲み お菓子を食べた
そして、しばらく後、二人ともが突然深い眠りに落ちた

騒ぎが起きたのは、その夜だった
ナギユラがいないと、狂ったように女王が騒ぎ立てるのを聞きながら 蒼太は自分の部屋で鳥羽のくれた指輪のスイッチを押した
低い声が流れてくる
将軍の声
野心に溢れた自信家の声だ
戦争が好きで、領地を拡げることに興味があり、
権力を欲し、女の下にいることを良しとしない男だった
彼の声が延々と録音されている
それを流し続けた
もう何分もしないうちに女王がこの部屋にも来るだろう
この城でナギユラの存在を知っているのはわずかだ
どこを探してもいなくて、誰も行方を知らないといったら最後には蒼太のところへ来るだろう
助けを求めるように来るのか、疑ってくるのかはわからないけれど
「そうか、よくやってくれたな
 私はお前を信頼している、これからも頼む」
鳥羽が録音した声なのだから、これは将軍が鳥羽に向けて言った言葉なのだろう
将軍の声には敬意が表れているからすごいと思う
普段の鳥羽は、人に好かれるのと同じくらい嫌われるのに
その気になればどんな人間にでも好かれることができるのだ
あんな癖のある人間にさえ、こんな信頼を得ることができるのだから

「ゼロっ」
ドアが勢い良く開いた
足音と、お付の者達の声が近づいてきていたから、蒼太は窓の側に立って待っていた
開け放した窓から風が入ってくる
冷たい風
側に置いた鳥かごの中の白い鳥が、寒そうに首をすくめた
「ゼロっ、そなたかっ」
女王は部屋へ入ってくるなり、蒼太の胸に飛び込んできた
だが、抱擁ではない
まるで掴みかかるような勢いだった
「どうなさったのですか?私の女王」
取り乱す女王を抱きしめ、首筋にキスをした
体温が上がっているのは興奮しているからだろう
目はいつもよりきつく、ギラギラと蒼太を睨みつけている
「今、あの人の声がしたっ
 今、あの人がここにいたのかっ」
わめくような声
うるさかったから、口づけで封じた
苦しげに、もがいた女王が蒼太から逃れるように身をよじる
「そなたを信じていたのにっ
 そなた、あ、あの人と通じてナギユラを・・・っ」
声が聞えた、と
何度もわめくのに 女って耳がいいんだなと感心する
鳥羽のくれた将軍の声を聞かせて 彼女の心をかき乱す
何を信じたらいいのかわからなくしてやる
そして、その上で捕らえる
捕らえて、深く深くへと突き落とす
「誰もいませんよ、陛下」
「窓から逃げたんだっ」
「ここは3階です
 こんなところから出ては怪我をします」
それに、と
その身体を抱きしめながら 蒼太はいつも通りの口調で言った
「あの人とは誰です?
 その人が、ナギユラ様をどうなさったというのですか?」

蒼太の問いかけに、女王の顔色は次第に色を失っていった
興奮も今はおさまり、呼吸が少しずつ静かになる
「ナギユラがいなくなった
 そなた・・・知らないか」
「さぁ、今日はお見かけしていませんが またお城で迷っていらっしゃるのではありませんか?
 私が以前お見かけしたのは3階の西でしたよ」
「城中全部探させたっ
 庭にもいないっ、街にも今 探させに行っている・・・っ」
見つからない、と
言いながら女王は今度は泣き出した
ついて来たお付のものがオロオロとどうしようもなく突っ立っている
「あの人にナギユラが見つかったら殺されるっ
 あの人がナギユラのことを知って、さらっていったのかもしれないっ」
またわめくような声、嗚咽
やはり、ナギユラは女王と将軍の子ではないかと思った蒼太に お付の女が蒼太を見上げて話し出した

あの日、女王が将軍との子を生んだ日
禁忌の子供は王家のスキャンダルだと言って将軍は子供を生かすことを許さなかった
生まれたその場で剣を抜き 幼い命を奪って その死体を持っていった
そのあまりの惨劇に、女王は気を失い立ち会った数名のお付の女と医者は 懸命に女王を介抱し
ようやく女王が目覚めた時 終ったはずの出産がもう一度始まったという
「ナギユラ様は双子でした
 一人目が将軍に殺され、ナギユラ様は二人目だったのです」
精神的ショックと肉体的限界で、一時は子供も母親も危ない状態だったという
死ぬ思いで生んだ子供
最愛の人との子供
女王は、その場にいた者だけの秘密としてナギユラを隠し、こっそり城で育てていくことを誓った
存在のない王子としてナギユラは今まで生きてきた
将来 お前が王になるんだと教えられて
お前は特別だと教えられて
「私はあの子を王にするのだ
 そうしたら、お兄様も私を許してくれる
 お兄様の子が王になれば、お兄様はまた昔のように優しくしてくださる」
今や蒼太にすがりながら泣く女王は、くずれん勢いでがくがくと震えていた
可哀想な女王
悲惨な過去
生き残った禁忌の子
これを将軍が知れば、やはり容赦なく殺せと言うだろう
これは女王にとっては最大のスキャンダルだが、それは同時に自分の身も滅ぼす事実だ
今回の仕事にナギユラを使うことはできない
とりあえずそれだけはよくわかった
「ナギユラを王にっ
 そうしたらお兄様は・・・っ」
狂ったように泣く女王に、蒼太はポケットの瓶の封を切って 中身をぬれた唇に注ぎこんだ
グラグラと女王の目が揺れる
そして、そのまま力を失った
胸が痛む
これは同情に似た感情だ
(可哀想な女王)
その身体を抱き上げて、心配気なお供の女と一緒に女王の寝室へと向かった
涙にぬれた頬
この何ヶ月かで、何度この女を泣かせただろう
(将軍が望んでいるのは 自分の子供が王になることじゃないんですよ)
苦笑が漏れた
権力を持つ者には、それを持たず欲する者の気持ちなどわからないのだろう
そして、持たない者は、持つ者の苦悩を理解できない
女王と将軍
二人が理解しあえる日は来ない
可哀想な女王は、このままずっと、可哀想なままだ

「おもしろいな、ではあの時の子が双子で 片割れがまだ生きていると」
「はい」
その夜、不在の鳥羽に変わって 蒼太は直接将軍に報告した
冷たい目が闇夜に光る
「女とはわからない生き物だ
 そんなにオレの子が大事か」
おかしそうに笑う声が部屋に響く
彼からは、女王への愛は少しも感じない
「その子はオレが始末する
 スキャンダルは別のものを探してもらうことになるな」
はい、と
言って蒼太は頭を下げた
ナギユラは死ぬ
その存在を蒼太が報告したから死ぬ
それは要するに、蒼太が殺したということに等しい
この手はまた、血に染まる
「ユウジが戻るのが一週間後だ
 武器も揃っている
 後は大義名分だけなんだがな」
「女王の不貞ということでしたら私との関係で充分かと」
「子を成せばもっといいのだけどな」
「あいにく、そこまで時間はありません」
「たしかにそうだ
 ナギユラが使えないのだから仕方がない
 お前には悪いが、ターゲットになってもらおうか」
「はい」
本当は隠された秘密を暴くのが一番普通のやり方で簡単だった
それが依頼主にも影響のある秘密で使えなかったから、結局
切り札にしていた自分自身との関係を使うはめになった
それはそれで、仕方がない
この場合、クーデーターの際 自分までもが民衆の怒りのターゲットになるから後処理が面倒なのだけれど
(そうも言ってられない)
仕事は常に思った通りにいくわけではない
そのために、いくつもの切り札を用意するのだ
鳥羽がそうしているように
最悪、蒼太はココを使うことも考えに入れていた
それを使わなくて済む分 この仕事はまだマシだというものだ

1週間後、鳥羽が隣国との条約を済ませて戻ってくると事態は一気に動き出した
じわじわと温めてきた女王への不満を一気に爆発させる情報が 街に嵐のように吹き荒れた
肌寒い朝、女王の最後の1日の始まりだった

「女王の不貞」
それは、あってはならないスキャンダルだった
神聖な女王、白バラの女王と崇められた女が 身分の低い者に落ちていく様
それが街に設置された電光掲示板に映し出されると 悲鳴のような女の声と男達の怒号が空を揺るがせた
指輪に隠していたカメラで撮ったから荒い映像だけれど、それでも顔はよく映っている
白い肌
その身を開いて夫ではない男を受け入れようとしている女王の姿に 街は揺れた
不満が爆発する
それを煽るよう、タイミングよく軍の戦車が出動し、人々を先導
やがて城は武器を手にした民衆に囲まれた
腹の底から響くような声がこだまする

「怖いわ、ゼロ
 あれは何?」
「城が落ちるんです、プリンセス
 あなたには何の罪もない
 外国へ逃げなさいと お父様のご命令です」
蒼太は震えるココの前に膝をつくと、言い聞かせるようにその目を見た
「僕はあなたに色んなことを教えました
 本当はもっとたくさんのことを教えたかった
 でも、もう時間がありません
 プリンセス・ココ様
 僕が言ったように、どうか優しくて賢い人になってください」
「私、どうしたらいいの?怖い、ゼロ・・・っ」
「大丈夫
 僕がちゃんと、安全な場所までお連れしますから」
にこ、と笑うとココは涙で濡れた顔を上げた
不安気な顔
急がないと、戦火はすぐにここへやってくるだろう
最近ココが着ている庶民のような服の上にもう一枚厚いコートを着せて、蒼太はその小さな手を引いた
この城から脱出させるのは女子供だけ
二度とこの国に戻らないことを約束すれば命だけは助けてやると
将軍はそう言って、逃げる時間をくれた
たった30分
その後は、暴徒と化した民衆に殺されても仕方がないと、諦めろと笑っていたか
彼は今夜には、この国の王になるだろう
そして、この国に長く続いた女王政治は終る

(兄や弟が、姉や妹を守る美しい国だったのに)
 
権力はそれほどに魅力的なのだろうか
そういうものを欲したことがない蒼太には、わからない感情だった
わからなくていい
理解できなくていい
やるべきことさえわかっていたら
自分の仕事を、見失わなければそれでいい

「あそこに誰かいるぞっ」
約束の30分はまだのはずだったけど 城にはたくさんの武器を持った人間が入ってきていた
(暴徒と化した人間ほど怖いものはない)
なんせ自制がきかないから
まるで催眠術にかかったみたいに、みんな何も考えずに行動して 人を襲い銃で撃ち殺す
敵がいなくなるまで、それは続く
恐ろしいくらいに、後には何も残らない
「ココ様、上へ逃げてください
 塔に僕の仲間が迎えにきます
 先にそこへ行ってくださいっ」
鳥羽とは、塔のてっぺんで会うことになっている
ヘリでピックアップしてやると言っていた
彼は時間ぴったりに来るだろう
先にココだけでも安全な場所に届けたかった
最悪、自分は他の経路で脱出することも可能だ
「ゼロは?」
「僕はちょっと時間を稼ぎます」
本当は使いたくないけど、そんなことは言ってられない
腰に挿した銃を抜いて、震えているココを階段へと押しやった
「ココ様、お願いですから早く行ってください」
強い口調で言うと、ココは無言で駆け出した
今やココは無知な子供ではない
毎日色んなことを知り、色んなことを考え この何ヶ月間でいくつも年上になったような賢い目をするようになった
彼女は言っていた
私達、嫌われてるんじゃないだろうかと
民は貧しく、自分達は潤っている
不公平だと、皆 怒っているんじゃないだろうかと
「あなたが女王になっていたら、この国も違う運命を歩んだでしょうね」
銃を撃った
手ごたえがある
肩に響く痛み、もう慣れた
人を撃つ時狙うのは足
殺すつもりはなく、でも足止めしたいなら確実に狙う
1発で、相手の戦意をそぐように
できるだけ、できるだけ傷つけないように
(なんて、余裕ないけど)
時間がたてばたつほど、敵の数は増える
城の人間は逃げられただろうか
女王は、今頃どこにいるだろう
民衆に見つかれば殺されるだろう
脱出経路は示してある
外国に逃げる船も用意してやった
それしか蒼太にはできなかったから
もし、彼女が生きることを望んで、逃げ出す気力を持ち続けたならば 女王は蒼太の用意した船までたどり着けるだろう

(人の心配してる場合じゃなかった)

あちこちから怒声が聞える
蒼太の顔は民衆に知られている
女王の不貞の相手として、電光掲示板に何度も写されていた
行為の最中の映像はさすがに勘弁してくれと、鳥羽に頼んで消してもらったけれど
(上がダメなら地下かな)
廊下には立っている者がいなくなった
皆、呻いている
死んでないなら、そのうち助けが来て生き残れるだろう
そちらが勝者で 自分達が敗者なのだから
「時間だ・・・」
時計をチラと見た
鳥羽との約束の時間
今から上へ上がっても間に合わない
やはり地下から外へ出るしかないか、と
考えたとき、悲鳴が聞えた
泣き声みたいな声
聞き間違えることなどない、ココの声で それは蒼太を呼んでいた

「ココ様・・・っ」

一気に階段を駆け上がると、塔のてっぺんの部屋に入ったすぐのところ
そこでココがうずくまっていた
「ココ様、早くヘリにっ」
ものすごい風が吹いている
この国に来た日、そういえばココはこの部屋に閉じ込められていた
まるで外にいるみたいに風が吹く
今は、鳥羽が側にヘリをつけているからなおのこと
吹き飛ばされそうなほどの風が吹いている
「怖いっ、怖いよぉっ」
出会ったときと同じく、ココはスカートをぎゅっと握り締めて泣いていた
ああ、もしかして高いところが怖いのだろうか
あの日も
母に叱られたことで泣いていたのではなく、この部屋の風や高さに怯えていたのか
小さい身体で震えながら泣いている
弱くて、健気な、可愛いプリンセス

「大丈夫、抱いていてあげます、しっかりつかまって」

蒼太が笑うと、ココは顔を上げて蒼太にしっかりと抱きついてきた
震えている
子供特有の高い体温の身体
思い出す、ここに来た日を
出会ったとき、感じた妙な感覚を
「ゼロ、ぐずぐずするな」
「はい」
鳥羽が開けたヘリのドアに手を伸ばして飛び乗った
ギリギリの操縦を、鳥羽は難なくこなす
そのまま、中に転がり込んでドアを締めた途端、ヘリは向きを変えて飛んだ
そして城を離れていく

「鳥羽さん」
「予定変更だ
 どうやら将軍様はオレ達も消したいらしい
 追っ手がかかってる」
「え・・・」
「ヘリを捨てる
 残りは徒歩で国境に向かう」
「はい」
鳥羽がよこしてきた爆弾を、蒼太はヘリの後ろに取り付けた
こういうことは、よくあることで
依頼者が口封じのため、組織の人間を手にかけようとすることは日常だった
それでやられるような訓練は受けていない
組織の人間は油断しない
依頼主のことも、信用していない
全てを疑って、自分しか信じないから こういう場面でも冷静に判断できる
「そのプリンセスはどうするんだ?」
「外国へ逃がします」
「行く先は決まってるのか?」
「はい」
「なんだ、手際がいいな」
「・・・・・・」
鳥羽が、ヘリを街のはずれにつけた
ココを抱きかかえて降りた蒼太に、意地悪く笑う
「追っ手の全部を足止めできるわけじゃない
 足手まといになるぞ」
「僕が責任を持ちます」
ヘリが見えなくなるところまで来ると、鳥羽は携帯でヘリにつけた爆弾を爆発させた
将軍は、鳥羽たちが仕事を終えてヘリで脱出することを知っている
ヘリが落ちたのを見れば 追っ手を引き上げさせるかもしれない
「さぁて、行くか」
鳥羽が歩き出した
街の向こうは遺跡のようになっている
廃墟みたいな冷たい石畳
身を隠す場所が少ないから、早く通り抜けてしまいたい道だ
その向こうは森
そして、森を抜ければ国境がある
「ゼロ・・・、みんなは?」
「みんな逃げました」
何人が生きて城を出られたかわからないけれど
「お母様は?」
「陛下もきっと、無事にお逃げになりましたよ」
民衆に見つからずに、希望を捨てずにいられれば今頃は船に乗っているだろう
「お兄様は?」
「ナギユラ様も、陛下と一緒です」
本当は多分もうとっくに、将軍に殺されてしまっただろうけど
「寂しい、怖い
 私、この国から出たくない」
「ダメです、ココ様
 国は変わりました
 女王の国ではなくなってしまったんです」
昨日まで、いい王になるためにと勉強していた少女
今は煤で汚れて 涙で顔もドロドロだ
爆風で髪はバサバサ
白い服も、埃と泥で汚く汚れている
「私 この国が好きなの
 市場が好きなの、みんなが好きなの
 ねぇ、私 きれいなドレスを着てた
 毎日ごはんを食べてた
 そのお礼に立派な女王様になって 幸せな国を作ろうと思ったのっ」
ココが立ち止まって 手を伸ばした
黒い煙を吐き出している城が遠くに見える
悲しい光景だった
それを引き起こしたのは自分だ
クーデターの条件を揃えてやった
そして、成功したのだ
政権は今日から軍に移行する
好戦的な国になるだろう
鳥羽がとりつけてきた偽りの条約をうまく利用して、辺りの国を攻め取るかもしれない
「行きたくないよ、行きたくないよゼロ」
ココの目からまた涙が溢れた
心が痛む
でも、ここで死なせたくはない
「ココ様、あなたには未来があるんです
 ききわけてください
 あなたはこの先もたくさん勉強して、優しくて賢い人になってください
 そして、あなたと出会う人を幸せにしてあげてください」
これは自分のエゴだ
勝手な願いを押し付けている
でも、でも、どうしても
ココには生きていてほしかった
蒼太とであったことで、色んなことを考えられる子供になった
まだ、開花しはじめたばかりだ
この子が大人になれば、優しい優しい人になるに違いないと
どこか祈るような気持ちでいる
自分が世界を教えた子を、こんなところで死なせたくない
「ゼロ、時間がない
 抱えるか気絶させるか、どっちかしろ」
鳥羽が銃を構えた
人の気配がする
「走れっ」
厳しい声
蒼太は、ココを抱き上げて走り出した
ドクドクと、ココの早い心臓の音が聞える
しがみ付いてくる小さな手
守りたいと思った
こんなにも心の底から何かを守りたいなんてことを思ったの、多分初めてだったと思う

プリンセス・ココ
僕はあなたのまっすぐな純粋さに心を奪われました
それは僕が失ってしまったものだったから
それは、僕の乾いた心に何か温かいものを蘇らせてくれそうな気がしたから

銃の撃ち合いの音が後ろで聞えた
空は真っ青で、雲一つない
まるで毒のような空だと思った
青なんて色、大嫌いだ
優しさのかけらもない、そんな冷たさを感じる

「僕は白い色が好きなんだ・・・」

結局、蒼太達が国境を出たのは夕方だった
国境付近で待機していた組織の協力者の車に乗って空港へ行き組織のジェット機に乗ったところでようやく、色んな情報が入り始めた
あの国のクーデータは先ほどおさまり、夜には将軍が新しい主導者として立つこと
軍はすぐにでも隣国に攻める気で準備を進めていること
そして女王の死体が、蒼太が用意した船の中で見つかったこと
「女王はお前の用意した青いバラの中で自殺したってよ」
「・・・そうですか」
「女王もプリンセスもってのは、欲張りすぎたな」
「そう・・・ですね・・・」
苦笑する
できれば、生きていて欲しかった
クーデターが起きる直前、女王にはあの白い鳥を送った
国は堕ちる、女王も堕ちる
生きる希望を失わなければ 鳥を追ってきてくださいと
鳥の足につけたメッセージに 女王は船まで逃げてきてくれたのに
そこに蒼太がいないのに、絶望したのか
もっと他の理由だったのか
船には1万本の青いバラと、たくさんの宝石を積んでおいた
女王と一緒に逃げてきたお付の女達は 船に揺られて新しい世界へ向かっているだろう
でも女王にはそれができなかった
多分彼女は、孤独だったが故に 誰より人の愛を求めていて
蒼太の裏切りに耐えられなかったのだろうと思う
それで、命を絶ったのだろうと想像する
「プリンセスは眠った
 おまえも少し寝ろ」
「はい」
苦笑して鳥羽は去っていった
煙草の香りだけが残る
泣きたくなった
人を不幸にする仕事、人を泣かせる仕事、人を殺す仕事
いつまで耐えられるだろう
いつまで、ここにいられるだろう
唯一の救いは、ココが生きていてくれることだ
守りたいと思ったものが 今 側に生きている
それだけが救いとなった
きしむ心を抱えて、蒼太は暗闇を見つめ、溜息を吐く
自分に救いなど、本当は与えられるべきではないとわかっている
自嘲した笑みがこぼれた
涙は、出なかった


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理