ZERO-31 砂の城 (蒼太の過去話)


組織に戻った蒼太は、一番最初にテレーゼの治療を受けた
「あと0.0何ミリで完全に失明してたわね」
「治るんでしょうか」
「視力はかなり下がると思っていてちょうだい
 そうね、右はマシだけど、左はちょっと時間がかかりそうよ」
包帯を巻直しながら言うテレーゼの言葉に この目が見えるようになるまでにどのくらいの時間がかかるのだろう、と
蒼太はそっと溜め息をついた
鳥羽は組織に戻るとすぐにボスに呼ばれて行ってしまった
今、新しい仕事が入っても 蒼太はまともに動けないだろう
彼のパートナーとして、一緒にでかけることはできないかもしれない
焦りがジリジリと身を焦がしていた
ここへ戻る途中の鳥羽の口ぶりからは、蒼太の治療のために休暇を取るような気配はなく
むしろすぐにでも仕事に出たいという様子が伺えた
へたをすれば、この目が見えるようになるまでここに置いていかれるかもしれない
それは、何より辛いことだった
鳥羽の側にいればいる程、もっとと求めてしまうのだ
際限なく、欲しがってしまう
与えられるはずのないものを
「あなた、この間の評価で ランクが上がってたわ」
「・・・え?」
「仕事の成果やスキルをみて 一応組織は所属してる人間をランク分けしてるのよ
 教育期間中の人間がEランク、マリオネットがDランク
 1人前になるとCランク
 それ以降は実績でランクが上がる
 あなた、この間の評価ではBランクに上がってたわ」
すごいじゃない、と
言われても、蒼太にはあまり実感がなかった
そういうランク付けがされているというのも初めて聞いたし、上がったと言われても 自分の甘さは自分がよく知っているから
仕事でどれだけ鳥羽に迷惑をかけているのか、とか
彼のフォローがなくては成功しなかった仕事ばかりだとか
嫌という程に痛感してるから、Bランクだと言われても素直に喜べない
鳥羽と比べれば 自分など遥か、遥かに低レベルなのだから
「祐二と比べるのが間違ってるのよ
 あの人はSSSランク
 そんな評価を受けてる人間は この組織には10人もいないわ」
SSSなんて、想像もつかない
せめて彼の足を引っ張らない仕事がしたいと思っているけれど
こんな風に負傷してロクに動けなかったり、
いつまでもいつまでも、甘さが抜けなかったり
体調管理もろくにできず、未だ眠れない日が続いていたり
(・・・憂鬱になる)
溜め息をついて、蒼太は目に巻かれた包帯にそっと手を触れた
せめて、せめて目が見えたら
他の傷の痛みなんか全部無視して、今すぐ鳥羽について仕事に出るのに

「あら、祐二、おかえりなさい」
「ゼロの具合は?」
「右目が使えるようになるのに1週間
 左目は2ヶ月ってところかしら」
しばらく入院しているように、と言われた蒼太は 薬を処方されて今はベッドに横になっていた
テレーゼは名医だ
この組織には最新の医療技術があるし、ちまたには出回っていない新薬も置いてある
マフィアのおかかえの医者の治療とはまったく違う方法で処置された蒼太の両目は 今、熱を持ってジンジンと脈打っている
眠ってしまいなさい、と
言われてこうしてベッドに入っているけれど
2時間たった今も眠れずに 毛布にもぐり込んでいる
テレーゼに余計な心配をかけないよう眠ったふりをして動かないでいる
「寝てるのか?」
「そうよ、起こさないでね」
「寝てるならいい、
 しかし1週間か」
「しかも完治とはいかないわよ
 ある程度視力が戻るというだけ
 片目はまだ見えないままだから 見える方に負担がかかるわ
 できれば、両方治るまで目は使わせたくないわね」
二人の会話が聞こえてくる
右目の回復に1週間
左目は、2ヶ月
長過ぎると思った
そんなに長く、鳥羽は待ってはくれないだろう
「休暇でも取ったら?」
ゼロの目が治るまで、と
テレーゼの言葉に 鳥羽は笑った
「このあいだ取ったばっかりだ、今はそんな気分じゃない」
軽い言葉
でも蒼太の心は それでぎゅ、と締め付けられるようになった
行ってしまう
鳥羽は、使えない自分を置いて行ってしまう
「しょうがいないな、ゼロはここに置いていくか」
「誰か別の人と行くの?」
「いや、1人で充分だろ」
ぎゅ、と唇を噛んだ
行きたい
今すぐ、この包帯なんかむしり取って、鳥羽についていきたい
「1人で大丈夫なの?
 どんな仕事?」
「ウィルスの研究を奪ってこいってさ」
派手にドンパチやってるあの国、と
鳥羽がまた笑った
どんな仕事だって、鳥羽は1人でこなせるのだろう
ランクSSSの鳥羽には、自分など いてもいなくても同じなのだ
「ウィルスなら、アレフが得意分野じゃない
 今、帰ってきてるわよ?」
「あれは言葉ができないだろ、使えない」
「シンシアは? 」
「あれは気がきかない、連れてあるきたくないね」
「マネが貴方と組みたいって言ってたわ」
「ああいう可愛げのない奴は好きじゃない」
「だったら、アレフに言葉を教えたら?」
呆れたようなテレーゼの声
また、鳥羽が笑った
「そんな面倒くさいのはごめんだな
 ゼロに教えるならともかく、なんでアレフに」
「どうしてゼロならいいのよ」
「そりゃお前、あれはオレのパートナーだ
 あれが使えるようになればオレは楽になる、面倒くさい教育して教える甲斐はあるがな
 パートナーでもない奴に時間割いて教えるほど オレは気が長くない
 それにゼロは素直だからなぁ
 教え甲斐がある上に、飲み込みが早い
 あれほど必死にやる奴はそういない
 ゼロと比べると、他に教えるのがバカらしくなる」
くくく、と
可笑しそうな鳥羽の声に、テレーゼの溜め息が重なった
「だったら、ゼロに言葉を教えたら?
 覚える頃には目も少しは回復してるわ」
どうして、
テレーゼがこんなにも自分をかばうような、救うような言い方をするのかはわからなかったけれど
彼女の言葉に考え込んだ鳥羽の様子を 蒼太は必死に伺った
鳥羽が言語を教える時はとてもとてもスパルタで
頭がおかしくなるくらい、必死でやらなければついていけない
蒼太の理解を遥かに上回るスピードで教育されるし、できなければ切り捨てられる
お前には無理か、と
以前冷たい目で言われて 本気で泣きそうになった
無理じゃないです、と
必死ですがって、寝ずに勉強した
何度も何度も何度も、頭に叩き込んだ
読めるようになるまで、話せるようになるまで、そのことだけを考えた
(鳥羽さん・・・)
祈るような気持ちでいる
もし、テレーゼの言う通り 次の仕事で使う言葉を鳥羽が蒼太に教える間 待っていてくれるなら
どんなに難しい言葉だって1週間で覚えてみせる
この右目が見えるようになるまで
それまでに、鳥羽の求めるスキルを身につける
そして鳥羽の隣に戻る
「まぁそうだなぁ、1週間なら待てないことも、ないか」
「ゼロを早く育てたければ より多くの仕事を経験させるのが一番よ」
「たしかにな」
つぶやいて、鳥羽は笑った
「あれはオレと組んでるせいで他より仕事量が多いからな
 なかなかどうして、最近Bに上がったらしいじゃないか」
「ここ5年の新人の中では一番優秀よ、
 あなたのスパルタが効いてるのか あの子の努力のたまものか」
「あいつはいつも必死だからなぁ
 手を抜かないのがいいんじゃないか
 それで自分を削ってるのがちと、気になるけどな」
カタ、と
鳥羽が動いた気配があった
「明日、また来る
 ゼロに聞いといてくれ、
 あれが傷治するのに専念するってなら、オレは明日から出るし」
「わかったわ」
ドアが開く音、遠ざかる足音
蒼太はぎゅと握った包帯の巻かれた手を、そっと放した
震えている
嬉しくて、昂って、どうしようもなかった
泣きそうだ
鳥羽が待っていてくれるなら、
チャンスをくれるなら、
何だってする
1週間で、どんな言葉でも覚えて この目も治してみせる

次の日から、鳥羽は1日中蒼太の病室でいつも通りのスパルタで新しい言語の教育を開始した
いつもは文字を見たり書いたりしながら覚えるものが 今は目が見えないからそれもできず
ただ聞くだけで覚えなければならない
鳥羽の言葉を録音して、何度も何度も繰り返し聞いた
どうせベッドに入っても眠れなかったから 一晩中繰り替えし繰り返し聞いて
理解できるまで、覚えるまで
頭に言葉を叩き込んだ
他には何も考えなかった

「次の仕事はな、うちみたいな裏組織が絡んでる
 オレとお前で潜入した後 お前だけ脱出させる
 オレは後処理をしてから戻るから、それまでアパートで待ってろ」
真夜中、もう何十回と聞いた言葉を ようやく理解して蒼太は小さく溜め息をついた
最初の一日目、文法や基礎の単語を教わった
その夜に単語を大量に覚えて 文法もなんとか理解した
2日目は 発音を教わって 鳥羽の声を録音したものを聞きながら何度も声を出した
3日目から鳥羽は、その言葉以外は話さなくなって、
ささいな会話も、大切な仕事の内容も全てその言語で話した
その場で全部は理解できず、鳥羽が帰った後 何度も録音したものを聞いて考えた
あの文法、あの単語
頭がすでにパンクしそうになっているけれど、諦めるなんてことは考えなかった
やらなければ置いていかれる
できなければ捨てられる
鳥羽がこんな自分を側に置いてくれるのは、今まで鳥羽の要求するハードルを 必死に必死に越してきたからだ
足掻いて、足掻いて
なんとかついていったからだ
あれは素直だから、と
鳥羽が言ってくれた言葉が支えになる
あれはオレのパートナーだから、と
その言葉に救われている
そう認めてくれて、ゼロになら時間を割いて教えてもいいかと
こうして毎日 何時間も教育してくれる鳥羽の求めるものになりたいと思うからこそ
勉強も、努力も辛くはなかった
焦りを必死にやりすごして、傷の痛みも忘れて
蒼太は知識の拾得だけを考えた
時間は刻々と過ぎていく

7日目の朝、目の包帯が取れた
毎日テレーゼが処置してくれたおかげで、目を開いた時ぼんやりと部屋の景色が見えた
「左目には眼帯をしておくこと
 仕事が終ったら組織の医者にかかってちょうだい
 痛みや違和感を覚えたら、あなただけでもここに戻ってくること
 できる限り、目を使わないように」
一通りの注意事項を聞かされて、薬ももらった
はい、と
はやる気持ちを押さえて聞いている蒼太に テレーゼが笑う
「祐二にハマってしまったら、辛いでしょう?」
さら、と
その言葉はまるで世間話のように軽く放たれた言葉だったから、蒼太は驚いて一瞬意味を理解できなかった
「え・・・」
「無理をしすぎてはだめよ
 あなたは繊細だわ、感受性が豊かだと、よく言われない?」
考えすぎ、感情移入のしすぎ、と 鳥羽はよく言う
最近やけに涙もろかったり、すぐに落ち込んだりするのもよく笑われる
感受性が豊かだ、と
そういえば言われたことがあるかもしれない
「そういう人はこの組織の仕事は向いてないわ
 でも、あなたはここで生きていきたいんでしょう?
 だったら、コントロールできないと保たないわよ
 築いてきたものが壊れるのは、あっという間よ
 あなたの心は砂の城
 崩したくないなら、自分で気をつけないとダメよ」
辛いでしょうけれど、と
その言葉は 妙に蒼太の心に残った
テレーゼには、以前心を強くする訓練を受けた
色んな感情を教え込まれ、それをコントロールする術、封印する術を教わった
その時に、蒼太の性質は見抜かれている
彼女は蒼太の弱さを誰よりも知っている
「テレーゼさんは・・・鳥羽さんのパートナーをやめる時、どんな気持ちだったんですか」
ずっと、聞いてみたかったことが ふいに口から出てきた
ぼやける視界の先でテレーゼが笑う
綺麗な人だといつも思う
化粧気がないのに、肌は真っ白で
赤みかかった茶色の髪、ヘーゼル色の優し気な目
一緒にいると、まさかこの人がこんな組織のこんな名医なんて 誰も想像しない
誰かに守られて 庭で花の世話をしてそうな、そんな外見の人なのに
「私は17才の時 組織に入って祐二に教育を受けたの
 貴方と似てるわね、ここに来て医療以外のことは全部 あの人から教わったわ」
にこ、と笑うテレーゼ
彼女は鳥羽にハマらなかったのだろうか
世界の全てが鳥羽に支配されなかったのだろうか
「私はね、自分で言うのも何だけどお利口だったのよ
 祐二という人間を見抜けた、そして自分をコントロールするのにも長けてた
 ハマったら辛いだろうなって、わかったのよ
 彼と初めて会ったその瞬間に」
それは、初めて会ったその瞬間に、鳥羽という人間が自分に多大な影響を与えると悟ったということだ
この人は自分を支配する
自分を変える
自分という世界の全てになる、と
「わかってしまった
 だから、ハマらないように心をコントロールしたの
 私は、そういうのが得意だから」
だから5年間という長い時間、パートナーでいることができたんだと
テレーゼは言った
聞いていて、泣きそうになる
蒼太も、そうありたいと努力しているのに
この想いを殺して、封印して
鳥羽の嫌悪する依存心や、その他の醜い感情をどうにか抑えようとしているのに
「僕は、弱いんです」
「そうね、あなたは感情のコントロールが下手だわ
 相手に共感するのも、人の気持ちを想いやるのも あなたの短所
 この仕事には必要ないものだわ」
でもね、と
テレーゼは、どこか悲しそうな、どこか優しい目で続けた
「祐二は言ってたわ
 ゼロのそういう弱さ、嫌いじゃないって」
この組織には、人間らしい人間は少ない
皆がどこかで諦めて、
どこかでコントロールして生きている
普段は笑ったり泣いたりしている人たちも、仕事になれば容赦がない
自分が傷つかないように、心をコントロールする
誰も、終った仕事の話をしない
組織のサロンでは酒を飲んでカードゲームをして、日常を演じて忘れようとしている
そんな中、蒼太だけがいつまでもいつまでも、
考えて、思い出して、心を痛めて、泣いている
目を背けきれなくて、切り捨てられなくて、忘れられなくて
ぐるぐると、傷ついている
その弱さ
それを鳥羽は、嫌いではないと言ってくれるのか
こんな自分を見捨てないでいてくれる
「あなたみたいな人が隣にいることで、祐二も少し変わったと思うわ
 あれで、私と組んでた時よりも 優しくなったの、わかるもの」
彼にはあなたの人間らしさが心地いいのかもしれないわね、と
テレーゼの言葉に 蒼太はただ黙って俯いた
呆れながら、笑いながら、蒼太のために 早く忘れろとか、あまり考えるなとか
いつもいつも言ってくれる
それが彼の優しさだと、蒼太にもわかっている
彼は、あんななのに
厳しくて、冷たくて、容赦がなくて、なのに優しい
「テレーゼさんは、鳥羽さんを・・・」
言いかけて、蒼太は言葉の続きを飲み込んだ
パートナーでなくなってからも、鳥羽はテレーゼを特別扱いしている
彼女のいうことはよく聞くし、二人でいるのを見ると 世界に何人も何人もいる恋人達の誰よりも テレーゼは鳥羽にふさわしく見える
テレーゼは鳥羽に堕ちていかないよう、コントロールしたと言ったけれど
「なぁに?
 私が祐二を好きかどうか、聞きたいの?」
続けられた言葉に 蒼太は迷いながら 僅かにうなずいた
出会った瞬間にわかったから、心をコントロールした
この人を好きになると予感したから、好きにならないようにした
それはもう、すでに
感じた瞬間に、堕ちたのと同じではないのだろうか
鳥羽は関わる人間に、大きな大きな傷痕を残す
「言葉を交わしただけ、何かを教えてもらっただけ
 触れられただけ、触れただけ、私はあの人を好きになったわ」
テレーゼは微笑する
それはとても優しい笑みだった
「でもね、私はけして悟らせなかった
 だから私の勝ち
 祐二の側にいたいなら、言ってはいけない、悟らせてはいけない
 祐二は気紛れに与えてくれるわ
 言葉も熱も、あの人が与えたいと思った時だけ
 それ以外には求めてはダメ
 求めたら、あの人は冷めるのよ
 そうなったら、それでおしまい
 今までに、何人もがそうして、切り捨てられてきたのを見たわ
 多分、彼に勝ったのは この組織では私だけよ」
悪戯な目、でも言葉はとても悲しかった
側にいたいなら、欲してはいけない
けして、欲しいと言ってはいけない
「それができないなら、やめるしかないわね
 それが辛いなら、離れて忘れた方がずっといい
 会わなくなったら、いつかはきっと忘れられるわ」
ズキン、と
心が痛んだ
わかっている
鳥羽の側で、枯渇するのに耐えられないのなら 離れるしかないということ、わかっている
だけど、自分にはその勇気もなくて
たとえ欲しただけ与えられなくても
たとえ気紛れにしか見てもらえず、触れてもらえなくても
その時々にわずか与えられるものが大きすぎて
何者にも代えがたく、だから離れられなくて
いっそ、死んでしまえたら、と
願っているのだ
もうずっと、弱い自分が死を望むのは 自分から離れる勇気がないから
いつか求めて捨てられるのを怖れているから
不安に、心が削られる思いで生きているのが辛いから
「世界を祐二に支配されていてはダメよ
 あなたは危なっかしい、見てて私はとても心配になるわ
 自分というものを取り戻しなさい
 そうして、落ち着いて祐二と接しなさい
 このままだと、あなたはいつか壊れるわ
 自制できなくなった時 言ってしまったらそれでおしまいよ
 あの人は容赦がないってこと、忘れないで」
頬にテレーゼの手が触れた
その温もりに 泣きそうになる
まるで予言だ
彼女の言葉は心の不安を言い当てる
「はい・・・」
「素直でいい子ね、ゼロ
 私はあなたみたいな子がとても好き
 祐二も、よく私にそう言ってるわ
 あなたの従順さは、ああいう暴君にはぴったりのパートナーよ」
揺れる目でテレーゼを見上げた蒼太に、彼女は笑ってその髪を撫でた
心がざわざわと、凪いでいる
言葉は、頭の中に いつまでも残った

それからすぐに鳥羽が迎えに来て、蒼太は組織を出た
「ターゲットのウィルスは軍事目的に使われるものらしく、世界中が狙ってる
 そのせいで平和主義を唱える組織やら、敵国の組織やらに狙われてドンパチやるのは日常らしい
 昨日もテロで一部が爆破された
 内部にテロ組織と通じてる裏組織の人間がいるのは確実で、とりあえずそれが今回の仕事には邪魔になる
 お前はオレの助手として政府から派遣された研究員に成り済まして潜入し、スパイを捜し出せ
 オレはターゲットの研究内容を入手する
 こっちの仕事が終るまで そのスパイの活動を止めるのがお前の仕事だ」
「はい」
鳥羽は この一週間 蒼太に現地で使われている言葉を教えるのと同時に 自分はそのウィルスに関する知識をつけていた
今も難しそうな分厚いレポートを読んでいる
「ウィルスの取扱いってのは難しくてな
 奪ったはいいが、それをお前が運ぶ時にこぼしたりしたら大変だろ?
 脱出する時にはダミーを作って 入れ替えれば時間稼ぎにもなるし
 ともかく この分野の知識がないと始まらないんだよ」
以前、ウィルスに関する仕事を何度かしたことがあるから 知識はゼロじゃないが、と
鳥羽は言って 申し訳なさそうに俯いた蒼太に苦笑した
「お前はしっかり言葉のおさらいしとけよ
 相手が何言ってるか理解できないと、情報取り漏らすぞ」
「はい」
「おまえみたいなのは相手がお前を甘くみて油断しやすい
 せっかくそういう武器持ってんだ
 フル活用しろ」
「はい」
「わかったら、目閉じておさらいしてろ
 あんまり目を使うなって、言われてるんだろ」
「はい・・・」
はい、しか言わない蒼太に 鳥羽はおかそうに笑った
「素直でよろしい」
独り言のように言って、また資料に目を戻す
蒼太は、言われたとおり目を閉じてヘッドフォンを付けた
教育中の鳥羽のことばを全部録音した
もう何度も何度も繰り返し聞いたそれを また再生する
ジン、と
胸が熱くなった
彼の隣にいられるなら何でもする、と思って
それからテレーゼの言葉を思い出し、また泣きそうになった
彼女の言うとおり、求めたら終り
捨てられて終り
わかっていたことだけど、その事実はとても、とても心を傷つけた
何にも動じない人間になりたいと、また思った

潜入から4日で、蒼太は敵のスパイを探し出し確保し、
鳥羽は2週間で、ターゲットのウィルスのダミーをつくり出した
「明日、お前に本物を渡す
 お前は外に出て依頼者にこれを届けろ
 オレは後始末をしてから出る」
「はい」
「スパイは地下にいるんだったな」
「はい、捕らえて繋いであります」
「それはそのままにしておいていい
 そいつがいるフリをしてたお前がいなくなれば、自然いなくなったと騒ぎ出して探すだろう」
「大分弱ってますが」
「スパイは2、3週間捕らえられてたくらいじゃ死なない」
「でも拷問しましたから」
「放っておけ
 余計なことしてる暇はない」
「・・・はい」
鳥羽の研究室となっている部屋で、蒼太はテーブルの上の箱を見つめた
鳥羽がここ何日もかけて、まったく同じ見た目の、まったく効力のないダミーを作り上げた
明日 それを本物と摺り替えて蒼太がここから脱出することになっている
「取り扱い方法は覚えたな?
 ワクチンも打ったし大丈夫とは思うが、終ったら医者へ行け
 目と、ウィルスの感染を見てもらっとけ」
「はい」
「依頼者のいる国にな、オレ名義のアパートがある
 そこで待ってろ、オレも終ったらそこに合流する」
医者もその町にいるから、と
鳥羽の言葉に蒼太はうなずいた
鳥羽は未だ仕事モード
蒼太に指示を出しながらも、頭はウィルスのことでいっぱいだ
鳥羽にはまだ大きな仕事が残っている
本物とダミーの摺り替え
そして、蒼太が脱出した後の後始末
「退路の確保はできてるな?」
「はい」
「何種?」
「6種です」
よし、と
鳥羽は短く答えた
緊張が、身を侵していく
鳥羽のパートナーという名に恥じぬよう、
鳥羽の足手纏いにならない仕事ができるよう、蒼太の神経も緊張ではりつめていた

次の日、蒼太の仕事は予定通りに終った
早朝、鳥羽からウィルスを預かり 用意した退路で脱出する
そのまま組織が手配した車で空港へ行き、予定通りの便に乗る
約1日かかって依頼者のいる国へと辿り着き 空港でウィルスを引き渡して、それで終り
何のトラブルも起きずに終了した
ほっ、と
ようやく安堵の息をつく
あとは鳥羽が戻ってくるのを待つだけ
それでこの仕事は終る



 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理