ZERO-28 劣等感2 (蒼太の過去話)


潜入から2週間たった日、鳥羽が教師としてやってきた
急病で休みを取った教師の代りに数学と物理を教える教師としての赴任である
鳥羽が来校した日は丁度 パーティの前日で生徒達は皆 浮き足立っていて 授業中だろうが何だろうがおかまいなく、色んなところでパーティの話題で盛り上がっていた
「王子の今年の相手はクリスローラ家の姫だってよ」
「よくあのアゲハがOKしたな」
「ゼロが説得したって聞いたけど」
「最近 アゲハってアルベルトと仲いいのに?」
「アルベルトは命の恩人だからだろ、あの乗馬の授業で助けてもらってから」
「友達だってアルベルトは言ってたけど」
「どうだろ、アゲハはけっこうその気みたいじゃないか
 今まで どんな男にもいい顔しなかったのに」
ひそひそ、と
今も授業の最中だというのに噂話に花を咲かせている
このパーティは年に一度のお祭りで、男女でペアになってダンスをする
男は好きな女を誘うし、女は精一杯着飾って自分をアピールする
そんなお祭りを目前にして、生徒達は冷静でいられるほど大人ではなく
この時期 ほとんどの者が授業に全く身が入っていなかった
それで、毎年教師は手を焼いているとかいないとか
仕方ないなと思いつつ、こんな状態で鳥羽の授業を受けたらどうなるのだろうと 蒼太はぼんやりと考えた
昨日 ネロから鳥羽が来ると告げられたとき とてもとても嬉しかった
早く会いたくて、姿を見たくてたまらない

「新しく来た先生 知ってる?
 黒髪の、厳しそうな人」
「知ってる、数学と物理だろ?昼から授業あるよ」
休憩時間、アルベルトと話していた蒼太の耳に 鳥羽の名前が飛び込んできて 蒼太は思わず振り返った
たった今 教室に入ってきた生徒が息をはずませて話している
「あの先生の授業を受けた奴が言ってた
 すごい厳しくて 鞭を使うってさ
 さっきの授業で4人 やられたって」
「鞭?!」
誰かが 悲鳴に似た声を上げた
それに周りが笑い出す
「びびりすぎ おまえ
 そいつら授業中に私語してたんだってさ
 そしたら問答無用で叩かれたって」
「え・・・っ、口で注意してくれたらいいのに」
「しないんだって」
ざわ、と
雑談していた生徒達も 集まってきて興味深げに口を出す
授業を聞いていない生徒を鞭で叩くなんて鳥羽らしい、と思いつつ 蒼太もその話には興味があった
アルベルトが おもしろそうにそんな蒼太を見て笑う
「珍しいね、ゼロがそんなに興味深々なんて」
「鞭で罰を与える教師なんているんですね
 こういう学校にはいないと思っていました」
「この学校で許されている体罰は 鞭で手を叩くことだけだから 使う先生は使うかな
 でもめったにやらないね
 だって、やっちゃうと生徒の親から苦情が来るんだ」
説明しながら アルベルトはうーんと考え込んで首をかしげた
「鞭を使う先生なんて本当に久しぶりかもね
 今いる先生は もう皆使わなくなっちゃったから」
その言葉に、鳥羽なら苦情は全てもみ消して使い続けるだろうなと考える
鞭といっても細いもので 拷問に使うようなものではない
それでも 生徒達にとっては恐怖なのだろう
親に叩かれたことのないような坊ちゃん嬢ちゃんばかり集まっているのだから
もしかしたら貴族達にとっては、プライドを傷つけられる方が大きいのかもしれない
(鳥羽さんの授業って・・・どんなのだろう・・・)
今日の午後に、鳥羽の授業がある
そう考えると身体が熱くなるくらい、たまらなくなった
会いたくて仕方がない
本当に重症だと思う
少し離れるたびに こんな風に枯渇するのだから普通じゃない
「こう・・・両手を前に出してね、ここをパシって叩かれるんだ
 酷い先生は20回くらい叩くよ」
自分の手の甲をさすりながら言った生徒に 周りの生徒達はわずかに怯えを顔に浮かべた
パーティで浮かれていた気持ちが一気にひきしまったような雰囲気だ
「オレ おとなしくしてよう」
「オレも」
口々に皆が言うのを聞きながらボンヤリと、蒼太は鳥羽のことを考えた
会いたいと思う気持ちは いくら抑えても際限なく溢れてくる

鳥羽は冷たい目をして教壇に立った
黒板に問題を書きながら授業をする様子に たまらなくなる
どうしようもなくなる
本当に何でもこなすというか、この程度 鳥羽にはなんてことないのか
本物の教師以上に授業をやり、クラスの生徒を名簿も見ずに名前で当てて問題を解かせた
さっき、蒼太もアルベルトも当たった
「わからないなら立ってろ」
そうして、
当てられて答えられない者は 容赦なく立たされていく
羞恥に俯いて立ち上がった生徒が4人
その次に当てられたのが王子だった
そこで、コトは起きた
王子が問題に答えられないのに、立っていろと鳥羽が言ったことで王子の取り巻きが講義したのが始まりだった

「先生は彼がどなたかご存知ないのですか?
 彼を立たせるなんて、どうかしてる
 問題がわからないのは教え方が悪いからです
 その責任は教師であるあなたにある」
今日きたばかりの教師に向かって言う言葉じゃないだろうと思いつつ
貴族達はさっきの話を聞いていなかったから、鳥羽が厳しい教師だと知らないのかもしれないと考えつつ
蒼太はヒヤヒヤと二人を見守った
庶民派達も、呆れたような顔で、抗議した生徒を見つめている
そんな中 鳥羽は表情を動かさないまま、冷たい目でその生徒を見遣った
どくん、と心臓がなる
演技だとわかっているけれど、鳥羽の目があんな色をしていると、恐怖がふと湧いてくる
今までに、鳥羽を怒らせて受けた罰の痛みが甦ってくるようだ
「一つ言っておくが、王子だろうが何だろうが俺にとってはただの生徒だ
 問題に答えられる生徒だけが優秀で、あとはクズだ
 クズはクズでなくなるまで、立っていればいい」
淡々と、言った言葉はシーンとした教室に響いた
鳥羽が意図してそう当てたのか、今立たされているのは貴族側ばかりである
その貴族や王族をクズと言ってのけた鳥羽に 庶民派の誰かが小声で同調した
「し・・・っ、失礼なことを言うなっ
 いますぐ王子に謝れっ」
「俺はお前もクズだといったんだがな」
その言葉に教室が沸く
笑っているのは庶民派だけで、貴族達はオロオロしながら鳥羽と王子と、その取り巻き達を見ていた
「あなたは俺達を侮辱してるっ」
「こんなのが許されると思ってるのかっ」
何人かが、抗議のために立ち上がった
騒然とする
そんな中 鳥羽は教壇の上に置いてあった鞭を手に取った
庶民は達が、はっとして息を飲むのが聞こえた
「今 俺に意見した者 全員前に出ろ」
それで、シンと 教室は一瞬で静まり返り、庶民派達はその鞭に視線をやって口を閉じ状況を見守った
立ち上がった貴族達も皆 顔色を変えて互いの顔を見合っている
「あの先生最高、全員ぶたれればいい」
「王子もぶつかな」
「ぶつだろ、あの人なら」
ひそひそと、蒼太の後ろの席で会話がなされる
誰も前には出ない
王子も黙って鳥羽をにらみつけたまま 突っ立っている
「出ろといっただろう、聞こえなかったのか」
「そ・・・そんなことが許されると思ってるのか・・・っ
 俺達は・・・」
「お前達はただの生徒だ
 一人50発ずつ、打たれるのを覚悟して来い」
50発、と
今にも逃げ出さん勢いで、生徒達はたじろいだ
その中にはユーランもいる
「そ・・・んな・・・」
オロオロと、どうしていいのかわからずに動けないでいる様子は 普段いくら横柄で高飛車にふるまっていても やはりまだ子供なんだなと思わせた
親に殴られたこともなく、まわりにちやほやされて育った人間は 鳥羽のように絶対的に強い者を前にすると どうしていいのかわからなくなるのだ
「どうした、早くしろ」
鳥羽は相変わらず冷たい目をして鞭を手にしている
誰も何も言わなかった
そんな中、ユーランが顔を上げる
そして、震える声で言った
「わかった・・・罰は受ける
 だがオレではなく、オレの代わりに別の者に受けさせる」

一瞬、誰もがその意味を理解できなかった
蒼太だけが、ああ、そういうことかと納得する
「身代わりになりたい人間がいるなら、それでもいいがな」
鳥羽の声は呆れた色を混ぜていた
一体 誰が代わりに罰を受けるというのか
庶民派達が 意味を理解できずにざわざわと騒がしくなる
「何言ってんの、あいつ」
「下級生の手下でも連れて来て代わりに受けさせる気じゃないか?
 あいつについてまわってる下級生いただろ」
ヒソヒソと、皆がユーランを見守る中 ユーランは声高らかに蒼太を呼んだ
「ゼロ、お前が全員の代わりに罰を受けろっ」

しん・・・、と
一瞬の静けさの後 教室は大騒ぎになった
庶民派が総立ちで喚きだす
「なんでゼロがお前達の身代わりにならなきゃならないんだっ」
「ふざけるなっ、自分の罰は自分で受けろよっ」
罵る言葉が教室を飛び交う
その様子に鳥羽はため息をついて、蒼太は渦中の中黙って状況を見守り、アルベルトが立ち上がって皆を静めた
「静かに、今は授業中だ
 これ以上 授業の妨害をするのは先生にあまりに失礼だ」
よく通る声で言い アルベルトは庶民派達を座らせた後 蒼太に向き直った
「どうしてユーランが君を指名したのかわからない
 もちろん君には選ぶ権利がある、はっきり言って断る権利があるってことだ
 自分の罪でもないのに 代わりに罰を受けることはないよ」
クラスメイトは対等だ、
身分の差などここでは関係ない、と
言い聞かせるような視線は、本当に蒼太を心配しているように見えた
ここ最近ずっと、蒼太は意識してアルベルトと一緒にいる
彼に勉強を教えてもらったり、彼の興味のある話を聞かせてもらったり、ポーカーの相手をしたり
食堂ではいつも一緒に食事をしたし、談話室でもよく一緒にいる
アルベルトは寮長として 新入りの蒼太の面倒を見ることを当然と思ってくれているし
つきあっているアゲハのこともあるから 蒼太を一層身近に感じてくれているのかもしれない
だから、蒼太が意識してアルベルトの側にいるようにすれば一目瞭然
周りからは二人がとても仲がいいように見えた
だから、今も
アルベルトが蒼太を心配して言葉をかけたのは、二人が特別な仲だから、というように見えたかもしれない
アルベルトが蒼太を特別に思っているから、こうやって心配そうにしているのだという風に見えたかもしれない
少なくとも、王子にはそう見えただろう
険しい表情で アルベルトと蒼太を見ていた彼は ギリ、と唇を噛んでうつむいた
「ゼロっ、前に出ろっ」
ユーランが叫ぶように言った
静かな教室、皆が蒼太に注目する
(選ぶ権利か・・・)
相変わらず ユーランは蒼太を気に入ってくれて 毎晩のように部屋へ呼ぶし
他の貴族達も 蒼太を欲しいと口にしたことが何度もある
貴族の下級生達は 蒼太を完全には見下せないで戸惑いながらも どこか慕ってきているし
茶会にはほぼ毎回呼ばれて 給仕をしながら話をする
それでも、王子だけは蒼太に心を開かなかった
挨拶をすれば返してくれるけれど、その程度
向こうからはけして話しかけてこなかったし、顔を見ようともしなかった
それは、蒼太の予想通りで、計算通りで
だからこそ、心が痛むけれど これが仕事だから容赦はしない
(貴方の罰を僕が受け、その傷をアルベルトが心配したら、あなたは傷つくでしょうね)
心の中で苦笑した
今までに何人も何人も傷つけてきた
今さら心を痛める権利なんてない
「ユーラン様のご命令でしたら」
アルベルトの言葉とおり、選ぶ権利があるというなら、自分はここで貴族達に恩を売ることを選ぶ
そして、それを王子に見せ付けることを選ぶ
この一週間ずっと アルベルトにべったりだったのはこのためだ
自分とアルベルトの仲の良さを、王子に見せ付けるため
彼に嫉妬させ、彼の心を乱すため
「僕が罰を受けます」
落ち着いた声で言って、蒼太は心配気なアルベルトに わずかに笑ってみせた
こういうやりとりも、全ては王子に見せるため
全ては あのたった5分の密会は、王子がアルベルトに会いたいがためのものかもしれないと そう感じた自分の推測を 裏付けるための仕込みなのだから

鳥羽は、前に出てきた蒼太を見ても表情を変えなかった
「一人50発、6人分だな
 お前達、一人ずつ出てきてこいつを打て」
淡々と、相変わらず冷たい目で言い 鳥羽はユーランを視線で呼んだ
「え・・・?オレが・・・?」
「オレに300発も打たせる気か?
 お前達、自分の分は自分でやれ」
教室が、シンとする
そんな中 ユーランがどこか怯えた顔で鳥羽から鞭を受け取った
30センチくらいの長さの、黒い皮の鞭
これほどに細い鞭なら 10発打っても赤く腫れる程度だ
だがそれで300回も打たれれば 手の皮なんて簡単に裂けるだろう
すぐに血がにじみ、肉がえぐれるかもしれない
そんなのを見せられれば ここにいる生徒達はもう二度と鳥羽には逆らわなくなるだろう
「手を抜いたらオレがお前を打つぞ」
その言葉に、唇を引き結んでユーランが鞭を振り上げた
前に出された蒼太の両手に鞭が当たる
ビシ、と
その音は シンとした教室に響いた

50発打ち終わると、ユーランは言葉もなく席へ戻っていった
その間 蒼太とは目をあわさなかった
「次」
呼ばれて 別の生徒が前に出てくる
その生徒は鞭を手にし、赤くなった蒼太の手を見てわずかに躊躇した
「さっさとしろ、おまえが代ってやるならオレはそれでもかまわないがな」
その言葉に 生徒は鞭を振り上げる
またパシ、と
熱が皮膚を叩いていった
じんじんと痛みが響く
当たり前だが 鞭など使い慣れてない者がやるから 皮膚だけでなく骨にまで衝撃が響いてくる
ビリ、と
熱さを感じたら、70発目くらいで皮膚が裂けた
「おい・・・っ」
「血が出てる、もうやめろよっ」
ガタン、と
また庶民派たちが立ち上がって騒ぎ出したのを アルベルトが制止した
アルベルト自身も 蒼白になって蒼太を見ている
「代ってやらないなら口を出すべきじゃない」
「だけどこんな・・・
 ゼロはあいつらの使用人でも何でもないだろっ
 なんであいつらの代わりに打たれないといけないんだよっ」
「ゼロがそれでいいって言ったんだ、仕方がないだろう」
「そんな・・・っ」
貴族の生徒は、血が流れていくのに怯んで、蒼太を打つ手を止めてしまっている
どうしたらいいのかわからず、怯えたように鳥羽を見た生徒に 冷たい目のまま鳥羽は言い放った
「おまえが代るか?
 嫌ならさっさと続けろ、あとがつかえてるぞ」

結局、王子を含めて6人全員が 蒼太を鞭で打った
終る頃には誰も何も言わなくて 貴族達は皆青ざめていた
もうとっくに授業時間は終っている
廊下はざわざわと騒がしいのに、ここだけがシンとして静かだった
「次からはまともに授業をさせてもらいたいものだな」
そう言って鳥羽は出てゆき、その足音が完全に消えると わっと皆が蒼太を囲んだ
「医務室につれていけ・・・っ」
床に膝をついて震えている蒼太を アルベルトが支えた
蒼太の両手の甲は真っ赤に染まって、裂けた皮膚は血で汚れていた
それが伝ってシャツを赤く濡らしている
(手って・・・もろいんだな・・・)
いくら慣れているからって、痛みを感じないわけじゃない
この程度、鳥羽の罰や拷問に比べたら何でもないけれど、それでもジンジンと痛みは骨を伝って全身に回るようだった
普段あまりこんな場所を負傷しないから知らなかったけれど、ここの皮膚はもろい
骨は皮膚のすぐ下にあって、肉も厚くなく もちろん肌も弱い
「医務室に連れていってくる、皆は次の授業の準備をしておいて」
俯いている蒼太の腕を取り、アルベルトが言った
貴族達は 誰も何も言わず蒼太から目を背けるようにし、
庶民派の生徒達は いつまでも心配そうに蒼太とアルベルトが教室を出ていくのを見送っていた

「君が代りに罰を受けるといったとき 驚いたよ」
蒼太の手当てが終った後 寝ているように言われた蒼太は言われるがまま 医務室のベッドに横になっていた
その横にアルベルトが心配気についていてくれる
熱が出るかもしれないと医者が言っていたのを気にして、今夜は君の部屋に泊まるよ、と言ってくれた
優しくて、しっかりしているアルベルト
王子が好きになっても無理はないかもしれないと、ふと思う
「ユーランに、何か弱味でも握られてるの?」
「いえ
 ただ、あの方に忠誠を誓っているんです」
「それは・・・また・・・どうして?」
蒼太の言葉に驚いたような顔をしたアルベルトは、わずかだけ声をひそめた
「あの方は僕によくしてくださいます
 恩にはこの身をもって報いたいと思うのが 僕のような使用人の性ですから」
同じよう わずかに声をひそめた蒼太は、複雑な顔をしたアルベルトに苦笑した
「僕は大丈夫です、心配してくださってありがとうごさいます」
優しいアルベルト
今、心の中で何を考えているのだろう
彼の目的は何なんだろう
王子と、アゲハに近づくのは何故?
それがわからないと、先に進めない
毎日毎日、進展なし、じゃ いいかげんネロの怒りも爆発するだろう
「使用人の性っていうのは僕には理解できないけど、主人は選ぶべきだと思うよ
 アゲハにしろ、ユーランにしろ、君を大切にしてないように思えてならない」
悲しげな声を出したアルベルトに、蒼太はわずかに俯いた
そうきたか、と心の中でつぶやいてみる
アゲハもユーランも暴君だ
アゲハは無茶なワガママを毎日言っては困らせて、できなきゃ叩く
そして喚く
ユーランは今日みたいに 蒼太の痛みなど考えもしない
自分のための道具のように使う
その忠誠心を利用する
「そんな風に君を扱う人間に君をこれ以上傷つけさせたくない」
そ、と
ため息を吐きつつ アルベルトは顔を上げて蒼太の目を見た
アルベルトは優しい顔をしているのに、強い眼をしている
18歳とも思えない大人びた表情をすることがある
そして、何より嘘つきだ
仮面の下で、何か違うことを考えている
関わる人間全部を騙そうとしている
操ろうとしている
蒼太のことも 今、自分の都合のいいように動かそうとしている
「あの方達は、痛みを知りませんから仕方がないんです
 僕は、こんな僕でもお側に置いてくださるなら、何だってします
 僕は痛くてもいいんです
 僕は、主人がいてはじめて、生きる意味があるんですから」

言っていて、これは演技じゃなくて そのまんま自分のことだなと思った
鳥羽という主人がいるから生きている
生かされている
蒼太は初めから 死ぬことなんて恐れていないし、むしろ最近は死にたいのかもしれない なんて考える
鳥羽の隣にいること
そればかり追うようになって身動きできなくなってきている
窒息しそうになっている
生きる意味なんか、今の蒼太には他にない
「ゼロ」
わずかに、厳しい声がかかった
自嘲した蒼太を、まっすぐに見る目に飲み込まれそうになる
気をつけないと、彼は上に立つ側だ
鳥羽と同じ 支配する側の人間だ
自分はそういう人間に、弱い
「君が許しても僕が許さない
 ゼロ、僕にとって君は特別だ
 君みたいな人間が、傷ついていいはずはない、僕が守ってあげるから」
強くて厳しい眼、今までは意識して抑えていたのだろう
教室では こんな顔を見せたことがない
いつも穏やかに笑って、頼れる寮長で、成績も優秀
だけど 本当の顔は支配者の顔
人の心を掴んで操り、利用する
「僕が君を守ってあげる」
そ、と
まぶたに触れられて 蒼太は目を閉じた
その後 彼が自分にくちづけたのに少し驚いて
男とキスなんてしたのは久しぶりかもしれない、と のんきにそんな風に考えた

実は、医務室で手当てを受け 医者が解熱剤を取りに部屋を出てからずっと ドアの外に人の気配を感じていた
誰かが会話を聞いていて、
誰かがのぞき見でもしているんだろうと思っていた
蒼太の推測じゃ、その誰かは王子で
蒼太について医務室へ行ったきり戻らないアルベルトの様子を伺いにでも来たのだろうと思う
それに、アルベルトも気づいていたのだろう
そして、そんな王子に見せるため わざと蒼太にくちづけたのか
それとも他に意図があったのか
わからなかったけれど、くちづけの後 ドアの外の気配はなくなっていた
「可愛いゼロ、そんな顔しないで」
意識して、戸惑った顔をして俯いた蒼太に アルベルトは笑った
(年下に可愛いって言われてしまった)
蒼太に鳥羽という絶対的支配者がいなければ、落ちてしまうかもしれない
それほどに、アルベルトは慣れていて、欲しい言葉を言ってくれる
蒼太の演じる「ゼロ」という人間が欲しているであろう言葉をくれる

嘘つきは言葉を選ぶのが、とても巧い

医務室を出ていったアルベルトの足音が消えると 蒼太はため息をついて天井を仰いだ
アルベルトは ただの学生じゃない
まるで洗脳みたいに 相手の望むような言葉をくれるのも
自分を好きにさせるのも とてもうまい
蒼太が普通の人間だったら、ことは彼の思い通りに運んだだろう
蒼太が、組織の人間でなければ
蒼太が、こんなにも嘘つきでなければ
(生憎、僕は ここにいる「ゼロ」とは少し、違うんだ)
この性格は演技だ
従順で素直で健気で忠誠心があって謙虚で、それでいて優秀
そんな人間いるわけないじゃないか
自分は、鳥羽が相手だから従うのだ
他の人間には 反抗だってする
嫌いな人間もいるし、どうでもいい人間も多い
機嫌が悪い時は笑っていたくないし、怒ることだってある
いつもニコニコしてるなんて、そんなことが普通にできる人間がどこにいる
素直でもないだろうと思う、むしろひねくれている
そしてちっとも優秀じゃない
「進展なし」と ネロに報告した次の日には 必ず部屋へ呼ばれて罰を受けた
お前は仕事が遅い、アゲハを見習え、何を考えて動いている、
「鳥羽さんの顔に泥をぬる気か」
ため息をついて、蒼太は目を閉じた
アゲハの報告は アルベルトと順調に交際中
王子とはパーティに一緒に出る約束をした
2回お茶会に行って、贈り物を3回もらった
学校中の教師を押さえていて、落とした教師が2人
うち一人は 何でも言うことを聞きそうなくらいアゲハに狂っているとかいないとか
(どっちかっていうと、できそこない)
比べて自分は「進展なし」
だから自分は優秀なんかじゃない
この学校の生徒でクリスローラ家の使用人である「ゼロ」と、組織のスパイの自分は違う人間だ
だから「ゼロ」の言ってほしい言葉は、蒼太の言って欲しい言葉じゃない
守ってあげる、と言われて「ゼロ」は喜んでも蒼太は喜びはしない
あんな風に優しくされることを、この身も心も望んでいない
(ほんと、変態かも・・・僕・・・)
両手の包帯を見つめた
あの鞭で鳥羽に打たれたら 震えただろう
たまらなくなって、もっと欲しいと思ったかもしれない
鳥羽から与えられるものなら何でもいい
痛みでも苦しみでも死ですら、望んでやまない
欲しくて仕方がない
枯渇していく
鳥羽に飢えて、なのに与えられず、欲しいとも言えず 枯れていく

「報告は?」
その夜 ネロの部屋へ報告に行くと そこにはアゲハと鳥羽がいた
「進展はありません」
この報告は何度目だろうと思いつつ、蒼太は怒りを顔に出したネロを見遣った
今はまだ、何も結果が出ていないからこう言う他ない
アゲハは相変わらず順調だと言い
手配していた豪華な首飾りが届いたとご機嫌だった
「鳥羽さん、彼はいつもこうですか
 この1週間 ずっとこうです
 やる気がないとしか思えません」
イライラしたように立ち上がったネロは、蒼太の胸ぐらを掴むとそのまま床に引き倒した
彼に こういうことをされるのは何度目か
罰はだんだんエスカレートしていく気がする
これが彼のやり方で、
成果を上げていない自分が悪いのだから、従うしかないと思っているけれど
だからされるがまま 抵抗もしないけれど
「どういうつもりでやってるんだ
 鳥羽さんも合流した今 遊んでる暇はないんだぞ」
ネロとしては、鳥羽が来るまでに背景くらいはきちんと把握しておきたかったのだろう
だが 意外になかなか情報がつかめなかったから
アルベルトからも王子からも、未だロクに情報を取れていないから焦っているのだ
自分のコーディネートが悪いから仕事が進まないんだと、鳥羽に思われたくないのかもしれない
「ゼロには罰を与えます
 鳥羽さん、かまいませんね」
「好きにしろよ、指揮とってんのはお前だろ」
床についた手を、ネロに強く踏みつけられた
ズキン、と痛みが全身に響く
ミシミシと、骨がきしむ音が聞える気がした
「顔を上げろ、その出来損ないの顔を鳥羽さんに見てもらえ」
出来損ない、と
言われて 言いようのない怒りと負の感情が一度に生まれた
わかっている
自分が出来損ないのスパイだってこと
いつも鳥羽に迷惑をかけているし、いつまでたっても対等な仕事ができない
彼の隣を歩くのにふさわしい人間はもっと他にいるだろうに それでも鳥羽は蒼太を捨てずに側に置いてくれている
それに甘えて、いつまでもいつまでもダメなままの自分のこと
誰よりもわかってる
だからこそ、だからこそ
「・・・なんだ、その目は」
他人に言われると、どうしようもなく痛んで、同時に腹が立って
どうしていいかわからなくなる
泣いてしまいそうになる
「自分の立場がわかってるのか?」
バシ、と
鞭で頬を叩かれて 蒼太は一瞬目の前が真っ白になった
容赦なく、2発3発と叩かれる
拷問用の鞭は、4発目で肌を裂いた
「厳しいなぁ、ネロは」
「鳥羽さんは彼を甘やかしすぎです
 こんなのがパートナーでは あなたの名まで落ちますよ」
ぽたぽたと、血がまた服を汚す
本当に泣きたくなった
悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて、
「・・・・・っ」
ぎり、と唇を噛む
手の傷も ネロに踏みつけられて開き 包帯に血がにじんでいる
その痛みだけに意識を集中した
鳥羽の名を汚すと言われた、こんな自分なんか大嫌いだ
どんなに努力しても、どんなに必死になっても、この評価
他人から見たら 本当に不釣合いなパートナーなのかもしれない
「罰がすんだんなら話初めていいか?
 ゼロ、こっちこい」
未だ 怒りを目に浮かべているネロに 鳥羽は苦笑すると 蒼太を手招きして呼び寄せた
立ち上がって、俯いたまま鳥羽の側へと行く
感情を殺して、自我を抑えて
ただ仕事のことだけ考えるような人間になれればいいのに
こんなことでいちいち心を動かされるような甘い人間は、鳥羽の足手まといでしかないのに
「時間がないから、明日のことだけ話しておくぞ
 明日はパーティだ、アゲハは王子と出るんだな
 じゃあゼロはアルベルトをマークしておけ
 ネロは全員をパーティ会場から出さない役
 オレがそのすきに全校調べる、と」
そうだったな、と
言いながら 鳥羽は側に立った蒼太に手を伸ばした
どくん、と心臓が鳴る
腕を引かれて そのまま床にへたりこんだ
力が抜ける
手の怪我も、さっきの罰も 身体が限界を迎えるほどではない
なのに、立っていられない
気持ちがすぐには立ち直らない
「すみません・・・鳥羽さん」
ぽつ、と
震える声でつぶやいた
鳥羽の名を汚すことなど 誰が望むか
蒼太は蒼太のやり方で、できるかぎりのことをしている
そして、それは時間はかかるけれど ようやくじわじわと形になりつつある
なのに
「可哀想に、へこんじまってんじゃないか」
やれやれ、と上から声が降ってきた
「鳥羽さんは甘いんです
 私はアゲハにもこのくらいは言います
 私の名を汚さないよう、教育してくれた鳥羽さんの名を汚さないよう」
言いながら ネロは鳥羽の向かいの席に戻ってきた
冷たい声
思い知らされる
自分がアゲハに劣っていること、この中で一番劣っていること
「そうでもないぜ、ゼロはこういうやり方だが確実だ
 オレならあと1週間は好きにさせるけどな」
言いながら 鳥羽はくしゃの蒼太の髪を撫でた
どくん、と
その行為に、言葉に
身体中の血が逆流しそうになった
ガタガタと、身体が勝手に震えだす
どうにもならないくらい、熱くなる
「なぁ、ゼロ
 おまえの仕込みじゃ そろそろ王子に接触できるだろ?
 そっからアルベルトの目的なり何なりの手がかりが掴めると踏んでんだろ
 聞く限りでは そういう絵が見えるけどな」
言いながら 鳥羽はクツクツ笑って蒼太の髪を撫で続けた
「しかしアレだな、ここまでへこんだゼロは初めて見たわ」
「鳥羽さん、そんなんでいいんですか
 もう潜入から2週間です
 2週間で何も掴んでないなんて
 アゲハは成果を上げてるのに、ゼロは何もしてないんですよ」
呆れたような、抗議するような声が部屋に響いた
何もしていない、と
その言葉に、鳥羽がネロを見やる
一瞬、場がシンとすた
わずかに、ため息をつき、その後 鳥羽は冷たい目をしてアゲハとネロを交互に見た
「そこまで言うなら聞くけどな、アゲハのやったことってのは何だ?
 女子寮調べてヒルダの名前を挙げたこと
 教師を調べて駒を手に入れたこと
 アルベルトと接触したこと
 王子と接触したこと
 これだけだな」
「ゼロはアルベルトと王子の従弟のユーランと接触したにすぎません
 王子とは未だ接触できておらず、残りの二人からも有力な情報は聞けていません」
冷静で、温度のない鳥羽の言葉に やや言い訳するような口調でネロが続けた
「アゲハの調査は順調です
 アルベルトと深い仲になり情報を聞き出すことができます」
アゲハが、ちら、と鳥羽を見上げた
鳥羽が怒っているのか怒っていないのか、見極めかねて困っているという素振りだ
「接触はアルベルトからアゲハにあったんだったな
 ということは、それはアゲハの手柄じゃないだろう?
 向こうから接触してきたんだから」
なぁ?と
鳥羽に言われて 蒼太は返事に困った
鳥羽が味方してくれているのがわかる
誰も気づかなかったことに、鳥羽はあの場にいなかったのに気づいてくれている
蒼太の努力を認めてくれている
「どういう意味ですか?」
「ゼロの仕込みが効いたんだろうって言ってんだ
 ゼロの仕込みが働いたおかげでアルベルトからアゲハに接触してきたんだろ
 だから二人は今 おつきあい中なんだろ?
 だったらそれを利用して アルベルトを本気にさせるなり何なりすべきところを アゲハ、お前は何してる?
 順調におつきあい中の1週間で 何を聞き出した?」
何も聞き出せてないだろう、と
言わんばかりの口調に 一瞬ネロは黙って鳥羽を見つめた
「あの・・・それはこれから・・・
 アルベルトは僕を好きになってくれてるから・・・だから・・・
 その、そのうち何でも言うこと聞くようにします」
わずかに怯えたアゲハは、オロオロとネロを見た
たしかに、順調におつきあい中という報告ばかりで アゲハも何も情報を得ていない
プレゼントをもらったり、愛を囁きあったり、将来の約束をしたりと 二人の仲は進展しているように見えるのに 肝心の情報は一切手に入っていない
「みてくれに騙されるなよ
 コーディネーターはそういう冷静な判断できないと 計画自体ぶっ壊れるぞ」
言いながら 鳥羽は自分を見上げている蒼太に苦笑した
「お前ばっかり罰っせられるのは不公平だよなぁ?
 時間がかかるのはお前もアゲハも一緒だろ
 だったら 確実にじわじわと攻めてるこいつの方が使えると、オレは思うがね」
あの教室での騒動が物語っている
庶民派の生徒がこぞって蒼太の味方をし、
アルベルトが特別気にかけ、
それでいて貴族達にも大きな存在感を示している
そこまで仕込めば あとはそれぞれの仕込みが効果を出すのを待つだけ
嫌でも事態は動き出す
「あなたの言うとおりです・・・」
ネロは、うなだれて言うと立ち上がって頭を下げた
「申し訳ありません」
「まあ あと1週間くらいは二人とも自由にやらせてやれよ
 あと、調べろって言われたヒルダのDNA鑑定とアルベルトの時計な
 両方 おもしろいことがわかったぞ
 なかなか二人とも、いい目と勘をしてると、思ったな」
言いながら 鳥羽は今にも泣きそうな蒼太の頬の傷を指でなぞった
痛みと、たまらない何かが身体を駆け抜けていく
「おもしろいこと?」
「まず、ここにいるヒルダはロチェスター家の娘のヒルダとは赤の他人だな
 お前達と同じように 何かの目的で入り込んでるんだろう」
その言葉にアゲハが嬉しそうに顔を輝かせた
「だってあの子からはお嬢様の匂いがしないもん
 一応お取り巻きもいるけど あんまり喋らないし大人しすぎるんです
 お嬢様って生まれもった匂いってあると思う」
僕はそれを演技で現すことができるけど、と
最後は自慢気に言ったアゲハに 鳥羽が笑った
「ヒルダについては今のとこ何もわかってない上 誰も接触してないだろ
 あれはアゲハにはどうしようもないみたいだから、オレが相手をする」
「え?!」
「手に追えないんだろ?
 ノーマークじゃないか」
「そんなことないですっ、鳥羽さんの手を煩わすなんてできませんっ」
そうか?と
むきになったアゲハに笑いながら鳥羽は言い
「鳥羽さんには他にやっていただくことがあります
 ヒルダはアゲハに調べさせますから」
たたみかけるように言ったネロに 鳥羽は はいはいと苦笑した
見るかぎりでは、鳥羽の身体を心配したのか、
鳥羽が綺麗な少女をかまうことに嫉妬したのかわからなかったが 二人して顔色を変えたのはどこか滑稽に見えた
(二人とも・・・鳥羽さんのこと大好きなんだな・・・)
アゲハはもちろんのこと、鳥羽と同じように振舞うネロも 鳥羽に認められたくてたまらないのかもしれない
「お、ちょっと浮上したな」
くしゃ、と
また髪を撫でられて、蒼太は鳥羽を見上げた
顔が赤くなる
これだけ鳥羽に味方してもらって、庇ってもらって、慰めてまでもらった
挙句 鳥羽は蒼太のやり方を認めてくれるのだと思ったら落ち込んでいた気持ちも浮上する
自分が落ちこぼれであることは変わらないとしても、
それが鳥羽の名を汚すほどではないことを、祈る
少しでも、前進していることを祈る
一つ一つ、仕事を終えるたび
一人、また一人と傷つけるたび
「ゼロの言ってたアルベルトの時計はな、現在の持ち主はダンカンって男だ」
鳥羽の言葉に ネロが身を乗り出した
ダンカンという名はよくあるけれど、そう聞いて思い出すのは一人だ
「ダンカン?
 まさか、赤い翼の?」
声を上ずらせたネロ、蒼太とアゲハは言葉もなく鳥羽を見た
赤い翼といえば、無名だが最近大きくなってきているテロ集団だ
世間にはまだ知られていなくても、裏の世界にいる者なら知っている
王制廃止、誰もが平等であると主張する過激派
2年後か3年後に行動を起こすのではないかと、見守られている組織
着々と力をつけ、攻撃開始の準備をしている
組織から、赤い翼に潜入している人間は もう4年も行きっぱなしだ
彼から定期的に情報が流れてくるが、それを見る限り とてもマトモな組織とは言えない
「あの時計は世界に2つしかない珍しいものだ
 作った職人が2つセットでしか売らないと言ったからな
 名匠の最後の作品だったからマニアに受けて結構な値段がついた
 それを持ってるってことは、だ」
「アルベルトは赤い翼の一員ということか・・・」
鳥羽の言葉にネロが唸った
赤い翼なんてものが絡んでくるとは思わなかった
そうか、以前どこかで見たことがあると思ったのは 赤い翼に潜入している組織の人間からの報告データで見たのだ
赤い翼のリーダー ダンカンの腕にしていた時計がチラ、と写真に写っていた
珍しい時計だったから なんとなく記憶に残って
アルベルトのを見たときに ふと思い出したのだ
どこかでこれと同じものを見た気がすると
「おもしろくなってきたな、色々とわかってきたじゃないか」
笑った鳥羽に はい、と
うなづいて蒼太は わずかに笑った
ようやく安堵に似た気持ちが胸に広がった

次の日は、パーティだった
アゲハは誰よりもゴージャスなドレスを着て、誰も身につけていないようなダイヤの首飾りをして、王子にエスコートされて現れた
会場中の目を魅く様子は 本当に神に愛されたような可愛らしさ
男子達はみとれて、女子達はうらやむ中 アゲハは嬉しそうに笑っていた
「驚くほど、綺麗だね」
「はい」
ダンスフロアで踊るアゲハと王子を見ながら 蒼太はアルベルトと一緒に理事たちの世話を焼くべく給仕の手伝いをしていた
給仕には専門の人間がいるにはいるが、なにせ大規模なパーティだ
全てには手が回らなくて、一部の生徒達が手伝いに借り出されている
「すみません、アゲハ様はアルベルト様とパーティに出たいとおっしゃったんですが」
「いいんだよ、王子に恥をかかせるわけにはいかない
 君の選択は間違ってないよ」
グラスをトレイに乗せながら 蒼太はわずかに苦笑した
今やアルベルトは、アゲハの恋人だ
結婚の約束をして、指輪をもらったとアゲハは言っていた
夢見る少女を演じているアゲハは、すっかりアルベルトに惚れているよう見せかけていて
アルベルトはアゲハの愛らしさに すっかり落ちた、そんな演技をしていた
「頬の傷、目立ってしまってるね」
「すみません、見苦しくて・・・」
辺りには音楽が流れ、皆がこの特別な日を楽しんでいる
フロアから少し離れた給仕スペースに向かいながら 蒼太はトレイに乗せた空いたグラスを見つめた
「見苦しいなんて思ってないよ、ただ、とても痛そうだ」
二人して給仕スペースへと入り、手にしたトレイを置き 棚から新しいグラスを取り出した
このスペースは、パーティフロアからは見えないし 騒がしい音楽もうっすらとしか届かない
誰もこんな場所には近付かない
「アゲハは天使のようだけど、だからこそ、残酷だね
 君を好きで君を独り占めしたいと思ってる無邪気な子供なんだね
 だから、平気でこんなことをするんだ」
昨日、ネロに鞭で打たれた傷を アルベルトにはアゲハにやられたのだと言った
自分がアゲハの機嫌を損ねてしまったから、と
適当なことを言っておいた
その傷を、彼はずっと心配してくれている
手が包帯でグルグル巻きの蒼太が あまり仕事をしなくていいよう気遣ってもくれているし
「僕が悪いんです
 僕にはあの方が全てですから、あの方の機嫌を損ねてしまう自分が情けなくなります」
言いながら 蒼太はわずかに微笑した
アルベルトは、今 自分を落とそうとしている
王子にみせつけるため、見た目だけでも二人が特別に見えるよう 蒼太の方から常に一緒にいたものが、今では彼から寄ってきてくれる
誰よりも気遣ってくれて、優しくしてくれて、守ってあげるとまで言ってくれた
今も、彼の手が優しく傷をなぞり、くちづけがいたわるように与えられる
「アルベルト・・・」
わずかに戸惑った様子を見せてうつむいた
彼は自分を落として何をする気なのだろうか
アゲハに近づいたのは金めあてではないかと推測していたが、では
自分に近づいて何の得があるのだろう
赤い翼の活動において、自分が彼の役に立つとは思えないのだけれど
「可愛いね、ゼロ
 僕は君がとても好きだよ
 僕のものになってほしいと思うくらい
 だから、君が傷つけられると、とても嫌な気持ちになる
 たとえそれが、君の唯一の主人のアゲハのしたことでも」
アルベルトは 言ったあと蒼太の唇にそっとくちづけた
甘い言葉と、甘い行為
アゲハの演じるような夢みる少女なら一発で落ちるのだろう
蒼太の演じる 健気で素直で忠誠心があって、それでいて主人以外によりどころがない人間なら すぐにグラグラするのだろう
君には僕がついてるよ
守ってあげるから
君がほしい
君が大切なんだ
君は僕にとって、特別な存在だよ
「目を閉じて、ゼロ
 今はアゲハのことを忘れて、僕のことだけを考えて」
その言葉に 蒼太は言われたままに目を閉じた
アゲハも自分も組織の人間だ
惚れたフリをしても、心は冷めていて
従うフリをして、頭の中で計算している
騙し騙しあい、探り操り
自分の目的のために、身勝手に動いているだけ
みんな仕事のためにしているだけ
だからこんな風に相手から近付いてきてくれて、親密な関係を求めてくれるなんて一番やりやすい状況だ
彼の目的がわからない今だから なおさら
この状況に従って、アルベルトの思惑を読み取ろうと考える

だから、こんな場所で、と思ったけど 蒼太は抵抗しなかった
されるがまま、服の中にすべりこんできたアルベルトの冷たい手の感触に 身を震わせて俯いた
くちづけを繰り返し、震える身体を抱かれ、手の中でしごかれると ぞくぞくと疼きが身体の中心に集まってくる
体温が上がりだしたのに、アルベルトが耳元で囁いた
「ここへ来て 貴族の誰かに抱かれた?」
どこか意地の悪い色を含んだ声に 蒼太は熱に潤んだ目で首を振った
ユーランは蒼太に奉仕することを毎日のように繰り返し要求したけれど、身体の関係には至らなかった
彼は 男色というよりは 権力を示すためにそういうことをしたいのだろう
相手に屈辱的な行為を命令し、従わせることに快感をおぼえている、そういう種類の人間だった
「そう、でもはじめてじゃないよね? こういうこと」
この、触れられてすぐに濡れるような淫猥な身体で、初めてだなんて言っても何の説得力もないだろうと思いつつ
蒼太はうつむいて、ふるふると首を振った
「誰に抱かれたの?」
くちくち、と
濡れた音をさせながら アルベルトは先端の敏感な部分を指でこすりあげていく
彼こそ慣れているようで、どんな風にやれば良いのかを心得ている
じわじわと、身体が熱を持って行く
「ん・・・、んぅ」
声を上げないよう耐えながら 頭の中で計算した
この後の展開
アルベルトの意図
自分を落として、彼に何のメリットがあるのかを
「答えて、ゼロ」
「お、ゆるしください・・・っ」
熱い呼吸の下 震える声で答えた蒼太にアルベルトはクス、と笑った
優しい顔、優しい声、
「答えてくれないと、ひどいことするよ?」
「え・・・?」
「それとも意地悪して欲しいの?
 ゼロはそうされるのが好きなのかな?」
「ちが・・・」
ぎゅ、と
握りこまれて、ぞくぞく、と背を何かがかけていった
「あ・・んぅっ」
いきそうになる
高められて、弄られて、震えて、疼きが開放をもとめて濡れている
「感度がいいんだね、よく仕込まれてる
 言ってごらん、誰にこんな身体にされたの?」
熱でどくどくいっているものから手を放し、アルベルトは今度は後ろに手を回してきた
「・・・っ」
つぷ、と指が入ってくる
優しいくせに、容赦がない
彼は一切の躊躇をせず、蒼太をじわじわと犯していく
「う・・・く・・・・・う」
震えながら、鳥羽のことを考えた
この武器を与えた唯一の存在に抱かれたときのことを考えた
強い腕、乱暴な手つき、
気まぐれで、自分勝手で、絶対的な、まるで神みたいな人
蒼太にとって、今や彼が世界の全てだ
「ゼロ、僕達は対等だよ
 嫌なら嫌だといっていい
 嫌だといわないなら、僕は君を僕のものにしてしまうよ」
アルベルトの言葉、ちゃんと聞えている
だけど、頭を支配しているのは鳥羽のことだった
震えながら、目の前の彼を見つめ 無言でただうなずいた
従順で、優秀で、謙虚で、ひかえめで、健気な使用人の演技
自分を守るといってくれた優しい人へ
自分を対等だといってくれた初めての人へ 心を許すという意思表示
「可愛いゼロ」
くちづけと、甘い言葉に「ゼロ」は落ちるだろう
アルベルトは、思惑通り ゼロを手にしたと思うだろう

立ったまま、壁に手を付いて蒼太は後ろからアルベルトのものを受け入れた
ゆっくりと身体を奥へと沈め、その後ギリギリまで引き抜き、また奥まで沈める
それを繰り返して 二人は同時に白濁を吐いた
「ん・・・っ、ふぁ・・・っ」
ぶるぶる、と震えながら冷たい壁に頬をつけた
鳥羽のことを考えて 行為をする
そうすると熱く濡れて、たまらなく感じる
一度萎えたものを再び握りこまれて、蒼太はひく、と喉を震わせた
「まだ、答えを聞いてなかったね」
「え・・・・?」
「君を僕と出会う前にこんな風にしたのは誰?」
再び 意地の悪い声
「おゆるしくださ・・・」
「そういう言い方はダメだよ、ゼロ
 僕達は対等なんだから、ちゃんと答えて」
「あ、あ、・・・・あぅ・・・」
ぞくぞくと、弄られた敏感な部分がたまらなく感じる
すぐにでもまた、いきそうなくらい感じる
この身体をこんな風にした人?
わかりきってる、あの人だ
支配する、あの人だ
「あ、あ、あ、・・・・アルベルト・・・っ」
「答えてくれるまで続けるよ?
 僕はほんの少し、嫉妬深いんだ
 ゼロ、君を抱くのは僕が一番初めが良かった」
「も、申し訳ありま・・・」
「僕は君のご主人様じゃないんだから、そんな風には言わないで」
「あ・・・っ、あぁぁ」
びく、と
喉を震わせて 達した蒼太の首にアルベルトのくちづけが降りてくる
「ふぁ・・・、う・・・・、う」
鳥羽への想いに身体が熱くて
中途半端に犯されて、2度いかされて
未だ手を触れられたまま、身体を繋げたまま
なのに、これ以上はなく
優しいくちづけだけが与えられる
「ゼロ、君は僕の想ったとおり、そんな風に礼儀正しくて、わきまえていて、優秀で、冷静
 なのに触れるとこんなに熱くて、淫らなんだね」
どくん、どくん、と
もっとと求める身体が また疼き始めるようだった
「すみませ・・・」
「さっきから君は謝ってばかり」
ずる、と
身体から異物が引き抜かれて 蒼太は小さく悲鳴を上げた
足を生暖かいものが伝うのに、震える
足りなくて、震える
「こっちを向いて、顔を見せて」
壁に押し付けていた身体を引き寄せられ、アルベルトの胸に抱きしめられた
甘い行為
彼は本当に、まるで女の子を扱うように蒼太を扱う
「許してください・・・」
包帯だらけの両手で顔を覆った
震えながら 首を振る
「許してください・・・っ」
「どうして謝るの?ゼロ
 僕は君のご主人様じゃないって何度いったらわかるの?」
ぐい、と
初めて強い力で腕を取られ 蒼太はまた身体に渦巻く疼きに震えた
涙のたまった目でアルベルトを見上げ
それから言った
「どうか嫌わないでください・・・
 汚れた身体だと嫌わないでください・・・っ」

アルベルトは、蒼太を抱きしめ
蒼太ははらはらと涙を流しながら されるがまま立っていた
優しいアルベルト、人を操るアルベルト
健気なゼロ、全て偽りのゼロ
「ごめんね、君を傷つけるつもりじゃなかった
 ただちょっと、意地悪を言ってみたくなったんだ、許してゼロ」
そうしてくちづけが繰り返される
二人の間には今、見えない契りが交わされた
少なくともアルベルトはそう思っただろう
ゼロは自分に堕ちた、と

パーティの後半は、理事の挨拶だの何だのと、わずかに退屈な時間ができた
そんな中、蒼太は王子がキョロキョロしながら一人で歩いているのを見つけた
(アゲハは・・・?)
人ごみの中 視線だけで探すと 壇上に上がって理事に花を渡している
(ああそうか、花係りだったっけ・・・)
この時間だけ アゲハは王子をマークできない、と昨日そういえば話をしていた
それを思い出して、蒼太はそっと、王子を視線で追いかけた
いうなれば、今は王子が唯一自由に動ける時間ということになる

王子は辺りをうかがいながら給仕室へと入っていった
さっきまで、自分がアルベルトに抱かれていた場所だ
彼はまだそこにいて、片付けや新しいグラスの用意をしている
そっと、後をつけた
ドアはさっき開けたまま固定してきたから、側まで行けば声はまる聞こえだ
「アルベルト」
最初に聞えてきたのは王子の声だった
切羽詰ったような色が見えたのは気のせいだろうか
わずかに、カチャとグラスを置く音が聞えて それからアルベルトの声が聞えた
「王子、こんなところに何の用ですか?」
ごく普通の口調
さっきまで蒼太に話しかけていたのと比べれば、冷たい言い方
「お前と二人きりになりたかった」
「今日はアゲハ姫のお相手でしょう?
 女性を一人にするなんていけないことですよ、王子」
咎めるような言い方
やっぱりちょっとよそよそしいかもしれない
「アゲハはお前の恋人だと聞いた」
「ええ、いいおつきあいをさせていただいています
 とても可愛らしいんですよ、あの方
 あんなにワガママなのに、キスひとつでいつも真っ赤になってらっしゃいます」
「だがそんなの・・・この学校にいる間だけだろう?」
「どうしてそうお思いに?
 彼女には婚約指輪を贈りました」
「どうしてだ、そんな・・・」
「どうしてって、彼女はクリスローラ家の姫
 彼女と僕には何の障害もないじゃないですか」
あなたと僕には障害は多いけれど、と
言った言葉に 蒼太はズキンと心が痛んだ
はっきりわかる
王子はアルベルトが好きなのだ
だから、アルベルトと噂のあるアゲハに嫉妬している
ここ最近ずっと 蒼太が見せ付けたせいで 多分蒼太にも嫉妬しているだろう
アルベルトに近づくものは皆 王子にとっては心を傷つける敵なのだ
(推測通り・・・)
小さく溜め息をついた
推測通りだったということは、蒼太が意図してやったみせつけの行為は、確実に王子の心を傷つけたということだ
「そんな・・・」
「王子、あなたが悪いんですよ
 あなたは僕のために何をしてくれましたか?
 未だに僕を受け入れることもできず、対等だという誓いもくれない
 僕は王族になど興味はありません
 対等に付き合える人間しか愛せないと言ったでしょう?」
コツ、と
足音が聞えた
ひく、と泣いているような声も聞える
「王子、僕はあなたを嫌いじゃありません
 僕に対等の誓いをくれるなら、あなたを連れて二人で遠くへ逃げましょう
 その時にはなにもかも捨てて
 アゲハ姫も、僕の家も学校も全て捨てて」
「あの者も・・・?」
「あの者?」
「アゲハのところの・・・ゼロとかいう男
 お前は最近ずっと、あの者と一緒にいるじゃないか」
「ああ、ゼロですか」
王子は涙声で、
アルベルトは少し優しい声になって
わずかの間の後 アルベルトは言った
「ゼロは僕を受け入れてくれましたよ
 このままだと、僕は彼と一緒にあなたの側から消えるかもしれませんね
 ゼロはとても素直で可愛い人ですから」

要するに、
アルベルトは王子に何かをさせるため、王子を落とし対等の証とやらを欲求しているのだ
そのために自分を使った
王子にみせつけて何らかの反応を見ようとした蒼太と同じく、
アルベルトも蒼太を使って王子をたきつけようとした
欲しいもののために
対等の証のために
(なんだろう・・・その対等の証って・・・)
ものだろうか、行為だろうか
それとも、もっと別の何かだろうか
(今が、王子と接触するチャンスかな)
そっと、その場を離れて考えた
やるならパーティの最中である今しかない
誰もが浮かれて 周りなど気にしていない今なら動きやすい

蒼太が策を弄することなく、しばらくすると王子の方から蒼太に声をかけてきた
初めてだ
彼から接触してくるのは
どこか泣きはらしたような目をして、眉間にしわを寄せ
言いにくそうに、だが何かを決意した目で 王子は蒼太を別室に連れていくと部屋の鍵をかけた
「どうかなさいましたか?
 ご気分が悪いのでしたら、医者を手配しますが」
気遣う蒼太に首を振り、王子は大きくため息をつく
何をどう切り出すのか
待った蒼太に、彼は顔を上げて まるで責めるような口調で言った
「おまえ、アルベルトと関係を持ったのか」

関係を持ったのか、と
そんな直接的にいきなり聞かれるとは思っていなかったから 蒼太は一瞬言葉をつまらせた
やったかと聞かれれば、ついさっきやった
余韻はまだ身体に残っているし、熱も冷め切ってはいない
騙し騙し 無理矢理に冷まそうとしているところだ
「どういう意味ですか?」
「言ったままだ
 おまえとアルベルトはどういう関係だ
 おまえはクリスローラ家の使用人でありながらユーランとも関係を持ち
 その上アルベルトもたぶらかしているのか」
「たぶらかす・・・?」
すごい言われようだな、と思いつつ 蒼太は困った顔をして王子を見た
「ユーラン様にはこの学校にいる間だけの忠誠を誓っております
 僕の主人はアゲハ様ですから、アゲハ様の害になることは致しませんし、何においてもアゲハ様が優先します
 ユーラン様はそれでも良いとおっしゃってくださいましたので」
言いながら そういえばこのパーティでユーランの姿を見てないなと ふと思った
もしかしたら会場に来ていないのかもしれない
今日は、学校がカラになるからそのすきに 鳥羽が校内を調べることになっている
鳥羽のことだから、何が起こっても対処するだろうが それでもユーランの存在が鳥羽の計画の邪魔になるとしたら それはちゃんと彼を見ていなかった自分の責任だと感じた
「アルベルトにも忠誠を誓ったって言うのか」
「アルベルトは友達です
 僕に対等だと言ってくださいました」
頭で色んなことを考えながら 王子の問いに答えていく
この後 王子がどう出るかを予測しながら会話をする
「使用人である僕に対等だと言ってくださいました、とても・・・嬉しかったです」
蒼太の言葉に、王子は言葉をつまらせた
「対等・・・の証のために抱かれたのか・・・」
ぽつ、とつぶやく
え、と
聞き返そうと思って、だが蒼太は言葉を飲み込んだ
君は僕を受け入れてくれないし、対等の証もくれない
アルベルトはさっき、王子にそう言っていた
(ああ、そういうことなのかな・・・)
「ユーラン様が求めるのは 服従です
 だからあの方は、僕に求めるだけで僕を抱きはしませんでした
 でもアルベルトは対等だといってくれたんです
 だから僕達は、身体を合わせたんです」
一方的な行為ではない、性行為という方法
アルベルトは 王子にそれを求めた
そして王子は アルベルトを想いながらもそれを受け入れられなかった
「そ、んな・・・同性愛は罪なんだ
 私は王子だ、次の王になるものだ
 聖書にさからうことはできない、王子がそんなことをしたら・・・」
幼い頃から次の王としての教育をされ、皆に愛され欲しいものは何でも手に入った
そんな人間が、王子であることを否定され
庶民である人間と対等であれと望まれ、さらに信仰する教えに背く行いで示せと言われる
アルベルトの巧妙な言葉や態度に 彼を好きになるよう仕向けられて
落ちたが最後、同じようには愛してもらえず
対等の証を見せろ、と
行為を受入れろ、と言われた
それは、どんなに王子を傷つけただろう
何年かかってここまで王子を落としたのかわからないけれど
最後の最後になって、アゲハという美しい少女の恋人まででき
その世話係りの男とも 特別仲のよいところを見せ付けられた
蒼太は常に一緒にいられるのに、自分は人目をしのんで 週に2回の逢瀬でしか会えない
それもたった5分間
5分で何ができるだろう
優しくされて、冷たく突き放されて、対等の証を求められて、王子であることを否定されて
想いと背負っているものに、彼はどれほど悩んだのだろう
「王子は、本当にアルベルトをお好きなんですね」
蒼太は、胸が苦しくなった
どんな気持ちだっただろう
蒼太にみせつけられて
アゲハにみせつけられて
アルベルトに、二人をひきあいに出されて突き放されて
(傷つけると知って、やったんだけど)
それでもやっぱり 胸は痛んだ
もし自分なら、これほどに好きな相手にこんな風にされたら どんなに痛いか
どんなに苦しいか
「私はアルベルトのためなら王座だって捨てる覚悟はある
 行為だって、た、たとえ教えに背くことになったとしても
 神に背く行為だとしても、わ、私にはその覚悟があるんだ」
震えながら 王子は言うと蒼太に掴みかかってきた
今にも泣き出しそうな目
胸ぐらを掴む手が がくがくと震えている
「だったら、アルベルトの言うまま受け入れればいいでしょう」
静かに言った
彼は何のために蒼太を呼び出して こんな話をしているのだろう
だからアルベルトから手を引けと言っているのか
ただ恨みつらみを言いたかっただけなのか
「わかってる、わかってるけど怖いんだ・・・っ
 そ、そんな行為をしたことがなくて、それで、やってもうまくできなかったらアルベルトに嫌われるかもしれないと思うと・・・っ」
睨みつけてくる王子の目を、蒼太は黙って見つめた
この展開は予想外だ
なるほど
生粋の王子様はそんな教育など受けているわけがなく、
女の扱いは習っても、受身としての振る舞いなど想像もつかないのだろう
自分の今までを否定して、
神に背き、家を捨て、アルベルトへの想いをとげることを選んだけれど
「ようするに、何がおっしゃりたいんですか?
 僕にできることでしたら、何でもさせていただきますが・・・」
最後の最後に、勇気が出なかった
そんな場面で恥をかくのも耐えられなければ、失敗してこれほどに好きな人に嫌われることが怖くて
普通の性行為ならともかく
こんな、異常な、男同士の行為だから余計に

こんなことを教えるハメになろうとは思わなかったと思いつつ
蒼太は王子をソファに座らせると 奉仕を始めた
ゆっくりと、丁寧に濡らしてゆき しとしとと先端から雫がたれるまで
硬く熱くなるまで、それを舌で擦り上げた
「ご自分の身体で覚えてください
 あなたが気持ちいいように、相手にもする、それだけです
 あなたが特別感じたのはここと、ここと、ここでしたね」
指でなぞり、舌で舐め上げると 王子はびくびくと震えながら必死で声をかみ殺していた
顔が真っ赤になっている
その様子を見ながら 蒼太は自分が最初に鳥羽にこういう教育を受けたときのことを思い出していた
この世界じゃ一番有効な手だから若いうちはよく使う
覚えておけ、と
こうやって、最初に鳥羽に一から教えられた
口に含まれて、たまらなく感じて、何度もいかされた
どうやって舌を使うのかとか、どうすれば気持ちいいのかを その身で覚えろと
あの時ばかりは毎晩毎晩抱かれた
明け方までこの身に仕込まれて、いつも気を失うまで犯された
犯されて気持ちよくて感じるのに精一杯じゃ意味ないだろう、と叱られて
相手を満足させられないと可愛がってもらえないぞ、と繰り返されて
淫猥な身体の方が喜ばれるからなぁ、と そうなるように仕込まれて
「あ、あ、・・・あ、ゼロやめろ・・・っ、あぁっ」
震えながら 蒼太の口の中に白濁を吐いたのを 蒼太は黙って飲みくだした
今の蒼太は なんだってできる
どんな行為も、どんな欲求も相手の望むままに受け入れられる
仕事なのだから
これは武器なのだから
迷いはない、なにがあろうと耐えるだけ
恐怖も、痛みも、苦しみも

奉仕を3度くりかえした後、息の上がった王子に蒼太はわずかに微笑した
「アルベルトは綺麗な身体が好きなんだと思います
 私は汚れていますから、アルベルトが本当に満足したのかどうか、わかりません
 あなたは、まだ汚れていない
 私とやって汚れるより、綺麗なままアルベルトに捧げてください」
ぼんやり、と
心ここにあらず、といった様子の王子は わずかだけうなずいて
それから、立ち上がった蒼太を不安そうに見上げた
「今夜のことは誰にもいいません、ご安心ください」
そして、微笑した蒼太に安心したように 一つ頷いた

【報告】
蒼太 「アルベルトは王子に同性愛と王座を捨てることを要求しているようです
    王子はアルベルトに堕ちています
    近いうちに、彼の要求通りにすると思います」

アゲハ「ユーランがパーティの前に学校を抜け出してくのを見ました
    どこへ行ったかまでは確認できてません
    王子は今日は一日中つまらなさそうだったよ
    理事の全員と話をして気になったのは一人だけ
    理事長のアイザックさん、あの人アルベルトと目が似てる」

鳥羽 「ユーランが学校を出ていくのを見かけたんで発信機をつけておいた
    行き先と経路をあとで確認しておいてくれ
    校内をざっと調べたところ、かなりの量の麻薬を見つけた
    出所と回してる人間を突きとめておいた方がいいな
    あと、礼拝堂にヒルダがいた
    接触してみたが、あの程度なら1週間あれば落とせるぞ」

【ネロのコーディネート】
「アルベルトの目的は王子を王位継承者から引き摺り下ろすこと
 アゲハを使って赤い翼の活動資金を得ることと推測される
 王子がいなくなれば、ユーランの一族が王座を支配することとなる
 今日のユーランの行動を含め、ゼロはユーランの目的や考えを探ること
 理事長のアイザックは大きな権力を持っている
 彼はたしか校長の恩師と聞いているが詳しい関係はわかっていない
 アゲハは校長と接触しアイザックについて聞き出しておくこと
 私は王子を落とす
 今回の依頼は 王子とアルベルトを引き離すことだ
 王子が王座を捨てるなんてことがあってはならない
 まして、相手が男で 彼の国の国教が禁止している同性愛のため、などもってのほかだ
 世間に伝わればクーデーターも置きかねない
 鳥羽さんは、申し訳ありませんがヒルダをお願いします
 今のところ彼女がどう関わってくるのかはわかりませんが、もしかしたら彼女も赤い翼の一員なのかもしれません」

ここにきてようやく、王子の周りで何が起こっているのか見えてきた
今回 組織に依頼してきた王室は、王子のこのアルベルトへの想いや それを行動にうつそうとする気配を敏感に察知したのか
はたまた、誰かがそう報告したのか
王子が国教に背き、男を追って王座を捨てたとなると、王室に対するクーデーターが起きるかもしれない
へたをすれば、国のトップがガラリと変わってしまう可能性もある
王政が廃止され、国はどこの誰とも分からないものに支配されてしまうかもしれない
(赤い翼がこれを利用し、煽れば 一国なんて簡単に変えられてしまう)
戦争には膨大な資金がかかる
アルベルトの養父の財産、そしてアゲハの家の財産、ポーカーで稼いだ金
金はいくらあっても ありすぎるということにはならないだろう
そうやって着々と、アルベルトはこの密室であるスクールで 王子に近づき王子を落とし
確実に確実に進めてきたのだ
この計画を
赤い翼の一員として
(ユーランはどう関わってくるんだろう
 王子がいなくなれば、自分が王位に近づくから、王子を引き摺り下ろしたいという面ではアルベルトと利害が一致する)
頭を整理しながら、蒼太はぼんやりとユーランのことを考えた

その夜 蒼太はいつものようにユーランの部屋へ行き奉仕をした後 彼に今日のパーティのとき どこにいたのかと聞いてみた
「お傍にいるように命じられていましたので、お探ししました」
そういったら 彼はそうだったか、とつぶやいて
それから、蒼太の煎れたコーヒーを飲んだ
「大切な用ができたから校内を離れていた
 お前はオレがいなくても、オレの家臣にふさわしい振る舞いでいたか?」
「はい、ユーラン様」
「オレを裏切るような行為はしていないな?」
「裏切る・・・?」
例えばどんな、と
わずかだけ、目に怯えたような色を浮かべると ユーランはそれを敏感に感じ取って蒼太を見据えた
「どうした、返事が濁るのは珍しいな
 裏切りと聞いてお前は何を想像した
 おまえにとって裏切りと思われる行為をしたのなら、正直に言え
 その度合いによっては オレはお前に罰を与えなければならないがな」
言われて、考えた
どう言えば どういう方向に事態が展開するかを
どうすれば、ユーランから核心に触れる話を聞きだせるかを
「ユーラン様・・・」
彼の足元に膝まづいたまま、蒼太は上目遣いにユーランを見上げた
自分が彼にどの程度気に入られていて、
どの程度 彼の中で重く扱われているか
優先順位は?
利用価値は?
そんなのを瞬時に計算して、頭の中で組み上げた
へたをすると、二度と彼に近づけなくなるかもしれない
ここで失敗したら、致命傷になるかもしれない
「どうした、言ってみろ
 オレは優しいから、お前をそうそう酷くは扱わない、知ってるだろう」
「はい・・・」
「そのオレを裏切ったというのなら、正直に告白して許しを請え
 罰を受けて自分の行いを反省しなければならないな?」
はい、と
言いながら 蒼太は意図してわずかに身体を震わせた
そうして、ユーランを見ると口を開いた
「アルベルトと、関係を持ちました
 僕は、あの方に対等だと言われて 心が揺れてしまいました」

ユーランの目は、明らかに怒りの色を浮かべていた
「対等だと?」
「アルベルトは僕にそう言ってくれました
 僕のような人間も、あの方も対等で、だから行為に及ぶのだと
 僕を守ると言ってくださいました
 それで、僕はあの方に抱かれながら 心が揺れてしまったのです」
ユーランの、蒼太を見る目が厳しさを増す
だがまだ手は出ない
厳しい目で蒼太の顔を睨み付けるよう見ている様子は、怒りを抑えようとしているように見えた
ここで暴れだすほど、彼は子供ではないようだ
「それで、アルベルトに抱かれて心が揺れたのに どうしてオレの部屋へ来た」
「心がユーラン様を求めたからです」
うなだれながら 蒼太は声を震わせた
アゲハのように 自由自在に泣けたらここで涙を流すのだけど
自分にはそんなスキルはない
鳥羽を前にするとユルユルになる涙腺も、こんなときには硬いままだ
「お前は対等であることを求めたのか?
 だったらそれはオレに対する許しがたい裏切りだ
 だが・・・」
ユーランの手が、蒼太の頬に触れた
目にはまだ怒りがチラチラと燃えている
「おまえがオレを求めたというなら、それは仕方のないことだ
 家臣が主人を敬愛し求めるのは責められることじゃない
 おまえはどっちだ
 オレとアルベルトのどっちを求めている」
「ユーラン様です
 僕はあの方に抱かれて対等と言われて心が揺れました
 その瞬間 対等であることを求めユーラン様を裏切ってしまいました
 でも、僕が本当に求めているのはあなたです
 あなたのお傍に置いてもらうことが僕の望みです
 あなたと対等であるなんてありえません
 僕は、あなたの下僕として あなたに支配されていたいのです」
あなたを前にして いつもそう思っています、と
蒼太は言うと 目をふせて俯いた
満足そうに息を吐く音が聞える
しばらく、ユーランは黙っていた
蒼太も、黙ったまま俯いていた
ここで ユーランともう一歩深い関係になれなければ失敗に終る
頭の中で計算を繰り返し、言葉を選ぶ
「お前の気持ちはわかった
 だが、オレは第三王位継承者だ
 おまえはただの使用人、身分の差は明らか
 そんなおまえが気軽にオレと口をきけるだけでありがたいと思わなければならない
 アルベルトがしたような行為をオレに求めるなど、己をわきまえていない証拠だ」
「申し訳ありません・・・」
言い聞かせるような、もったいぶったような言い方だった
彼は蒼太の従順な態度に どんどんと偉そうになっていく
最初の接触の日から その尊大さは増すばかりだ
「アルベルトに抱かれて、その行為を欲していたお前は錯覚したのだな
 対等であればこのような行為に及ぶことができるのなら、と対等を欲した
 それは 私に対する裏切りだが、お前の気持ちもわからないでもない」
はい、と
震えながら 蒼太はユーランを見上げた
罰がくだされるのを待つ顔、従順な下僕の顔
それに、ユーランは満足そうに息を吐いた
「お前に罰を与えよう
 そして、罰を受けきったら お前の望み通り お前を抱いてやろう
 お前はオレにとって可愛い家臣だ
 その忠誠に、与える褒美だと思え」

次の日 1日中 蒼太は体内に異物を挿入されたまま過ごすことを強要された
朝一番にユーランの部屋へ行き、慣らされてもいない中に冷たく太いものを挿入された
「ユーラン様・・・」
「それをオレだと思えば嬉しいだろう
 いいか、今夜 オレがこの部屋で抜くまでこれに触れることは許さない
 電源は入れておく
 自分で一度でも抜いたら、わかっているな?
 全校生徒の前で その恥じさらしな身体をこのバイブでかき回してやるからな
 クリスローラ家にも、主人のアゲハにも恥をかかせることになるぞ
 これはお前への罰だ、それをよく考えて今日一日過ごすんだ」
「は・・・い・・・」
全校生徒の前で、と
その言葉 彼なら言ったとおり実行するだろうと思うとぞっとした
時々 こういうタイプの人間はとんでもないことを言い出すから本当に怖い
「今日は乗馬もあったな、さぞ馬上の揺れは辛いだろうな」
「・・・」
ぞく、と
体内で振動する異物の感触に、蒼太は必死に意識を背けた
この程度なら耐えられるけれど この身体には何だって感じる
鳥羽の与える気が狂うような罰に比べたらマシというだけで、疼きが生まれないわけじゃない
いっそ足りなくて、中途半端で苦しいだろうと想像する
「休憩時間にはオレのところに来い
 どんな様子か見てやろう」
「はい・・・」
震えながら 蒼太はただひたすら素直に従った
今日が終れば一歩近づける
身体を合わせれば、人は今までよりもさらに心を開くと知っている

「さあ、服をぬいで見せてみろ」
「お許しください・・・ユーラン様」
1間目の後の休憩時間、空いた教室でユーランは蒼太を立たせて意地悪く笑った
「忘れたのか?これは罰だといっただろう
 お前はオレへの裏切りに対して 償わなければならない」
震えながら、蒼太は上がる息を必死で堪えた
朝食、朝のお祈り、1限目と、その間2度達して果てた
じわじわと時間をかけて蝕んでいくこのわずかな振動に、抵抗などできず
1回目はトイレで、2回目は授業中に教室で震えた
服をぬげば それは一目瞭然
今も与えられ続ける刺激に それはべとべとに濡れている
「仕方のない奴だ」
震えながら許しを請う蒼太に、しびれを切らしたのだろう
ユーランは自ら手を伸ばすと、蒼太のベルトを外して服を剥ぎ取った
「おまえの身体は淫乱だな、こんなものでも喜んでるとはな」
「お許しください・・・」
羞恥に消えそうな声で 蒼太は震えながら懇願した
じわじわと熱が腹の下にたまっていく
「こんなもので感じるのか」
「・・・・」
「答えろ」
「か、感じます・・・」
つつ、と
ユーランの指が蒼太のそそりたったものをなぞったのに、びく、と震えた
「ひ・・く・・・っ」
喉から声が漏れる
じんじんと、奥をずっと刺激され、前は放置状態で
そんなところに急に触れられたら たまらなかった
求めてしまう、求めてしまう
このどうしようもない身体が、熱をもっていく
(ダメだ・・・抑えろ・・・)
必死に意識を逸らした
自分がつらいだけだ
夜までまだあと何時間もあるのに
この罰はまだ、続くのに
「この状態では辛いだろうな
 だが、辛くなければ罰とはいわないだろう?
 おまえはオレへの裏切りを悔い、その忠誠を誓いなおしながら耐えなければならない
 わかっているな?」
「はい・・・」
答えた蒼太にユーランは満足そうに笑った
「なら、行っていい
 次の休憩時間にもここへ来るように」

2限目も3限目も、同じように過ぎていき、
昼は部屋に戻って着替えて、冷水のシャワーを浴び、蒼太は必死に耐え続けた
昼イチには鳥羽の授業がある
こんな状態で鳥羽の顔を見たら それだけでたまらなくなるだろう
鳥羽なら 蒼太がどんな状態なのか顔を見ただけでわかるに違いない
(・・・授業はあと2つだけだ・・・それが終れば夜まであと少し・・・)
周りに人のいる教室で、息が上がるのを隠すのが大変で
いく瞬間など 間違っても声を出さないよう必死に唇を噛んでいた
授業でなければごまかしもきくし、
人のいない場所に逃げることもできる
それまでの辛抱、と自分に言い聞かせた
へたをしてアルベルトに疑われでもしたら、それはそれで困ることになるのだし

「次の問題はゼロ、その次をアルベルト、その次をマーク」
鳥羽の授業中は、なるべく前を見ないようにして教科書を睨みつけ、鳥羽の声も聞かないよう意識した
それでも、じわじわと身体の熱は上がる
名前を呼ばれた時 ぞく、と背を疼きが走っていって、やっぱりたまらなくなって震えた
立ち上がって前へ行き、数式を書きながら必死で手が震えるのに耐えた
鳥羽が今も次々と問題をあてていっているから、皆は自分のあてられた問題を解くのに必死で誰も蒼太など見ていない
そう思っても、たまらなかった
立っていられないくらいに感じる
今にもいきそうになる
こんな場所で
「ゼロ、計算ミスをしている」
鳥羽に声をかけられて、ぴく、と震えた
勢いでチョークを落とす
それを拾おうとして床に膝をつくと、もうダメだった
一気に波がきて、熱が発散されようと中心に集まってくる
「う・・・、く」
びく、と
耐え切れず達した身体は一度大きく震えた
慌てて、手で口をふさぐ
今のでもう何度目か
しかもこんな鳥羽の目の前で
「すみません・・・すぐにやり直します・・・」
震えながらチョークを握り締めて、立ち上がろうとした
このくらいでへばるような訓練はうけていないし、
こんなものは鳥羽の教育に比べたらたいしたことないはずなのに
「どうした」
足が萎えて立ち上がれなかった
いったはずなのに、まだ熱が腹の下で渦をまいてぐるぐると出口を求めている

結局、蒼太は隣で問題を解いていたアルベルトに支えられて立ち上がり ちょっと眩暈がしたと適当に言い訳をして 問題を解きなおした
「具合が悪いなら医務室へ行け」
「はい・・・大丈夫です、申し訳ありません・・・」
席に戻る時 ユーランがこちらを見て笑ったのに 熱のこもった目で視線を返し蒼太は席へついた
鳥羽の言い方からして、蒼太の状態を察しての助け舟だったのだろうけれど それは今は受けることができない
医務室なんかに行ってしまったら、ユーランの怒りを買うかもしれないから
それでは罰を受け切ったとは言えないと、言われてしまうかもしれないから
「気分が悪くなったら言うんだよ?
 無理しないようにね」
「はい、もう大丈夫です」
ひそひそ、と
心配気なアルベルトに答えて 蒼太は小さくため息をついた
自分は鳥羽が近くにいるだけで どうにかなってしまうようだ
こんなでは、いつかまともに動けなくなるのではないかと ふと考えた

その夜、蒼太がユーランの部屋へ行くと 彼は意地の悪い顔でにやにやと笑いながら蒼太を裸にして立たせた
「しっかり反省したな?」
「はい・・・」
「よし、じゃあ許してやろう
 抜いてやるからここへ来い」
「はい・・・」
そっと、ベッドへと近づき 彼の指示するとおりベッドの下に四つん這いになった
ずるり、と
引き抜かれたものは濡れていて、今まで異物をくわえ込んでいた場所は ひくひくと震えていた
「本来なら使用人がオレのベッドへ上がることなど許されないが、今夜は特別だ
 上がっていい、いつものように奉仕しろ」
「はい・・・」
いちいち尊大だな、と思いつつ 蒼太はベッドへと上がるとユーランの服に手をかけた
ここまでくれば後は楽勝だ
彼が満足するよう いつものように奉仕して、
この身でいくらでも尽くせばいい
彼の望む 性欲処理の道具になればいい

【報告】
蒼太 「ユーランを調査中です
    鳥羽さんが仕掛けた発信機を回収したと同時にパーティの日の行動を確認しました
    行き先はすぐ側の町のカフェでした
    大切な用で出かけたと言っていましたから そのカフェで何か行動を起こしたと思われます
    ユーラン本人と、そのカフェの両方を調べてみます」

アゲハ 「校長に接触しました
     あの人 幼女が好きみたい、変態のにおいがプンプンするよ
     びっくりなことに、校長室でヒルダと会ったよ
     ヒルダも校長のお気に入りなのかもしれないね」

鳥羽 「面白いものを見つけた
    アイザックについて調べたら 空港での荷物チェックの映像が出てきた
    ゼロの言ってた「ダンカンの持ってる世界に2つしかない時計」、あれが映ってたぞ
    アイザックは赤い翼のメンバーである可能性が高いな」

【ネロのコーディネート】
「ゼロには明日私の指示で校外へ出てもらう、その際にそのカフェを調べてくるように
 アゲハは引き続き校長と接触しアイザックについて聞き出すこと
 鳥羽さんは引き続きヒルダをお願いします
 アイザックが赤い翼の人間なのだとしたらだとしたら、この学校の金も赤い翼の活動資金として回っている可能性があります
 申し訳ありませんが、そちらも調べていただけますか
 王子は現在 私の部屋に監禁し、洗脳中です
 学校へは急病ということにしておりますので問題はありません」

昨日の報告で、ネロが王子を呼び出し、部屋で気が狂う寸前まで犯した後 じわじわと洗脳を開始していると聞いた
それで、蒼太は心が痛んだ
綺麗なままアルベルトに抱かれればいい、と蒼太が言ったとき 彼はきっと決意しただろう
蒼太に自分の恥を話してまで、教えを乞うて決意したのに
その身体はネロによって汚されてしまった
組織のやり方は容赦がない
たとえ王子がアルベルトを好きで、好きで、好きで、
そのために王座も、神も捨てて 他の全てを捨ててもアルベルトを選ぼうと決意していても
そんな心 1週間で消えてしまうだろう
犯されて、身体を汚されて
薬で今まで味わったことのないような快感を教え込まれ、
抵抗できない中 甘い言葉で、優しい言葉で洗脳していく
私はおまえの味方だ
私にまかせていれば全てうまくいく
おまえは私には逆らえない
言葉と、行為
繰り返されて、繰り返されて、わけがわからなくなって、落ちていく
闇のような、快楽の底へ突き落とされる
凡人を洗脳することなど、組織の人間にとってはたやすいことだ
(これでアルベルトの目論見は消えそうだな)
考えながら、そっと溜め息をついた
今日、王子が教室に現れなかったから貴族たちが心配していた
昼になって、急病で倒れたから病院へ搬送したと聞かされてユーランがその時ばかりは青い顔をしていたっけ
すぐに、いつも通りの様子を取り戻していたけれど
(アイザックはアルベルトが世話係をしている理事長だ
 二人は連絡を取り合って ここの学校で何かをたくらんでいる)
わざわざ、理事としてやってくるのだから何か目的があるのだろう
それとも、アルベルトや王子の様子を見にきているだけなのか
(赤い翼の一員であるアイザックと校長の関係は?)
そしてヒルダの役割は?
「まだわからないことがいっぱいだな・・・」
今回の仕事の依頼は事実関係を明らかにし、王子をまっとうな道に戻すこと
赤い翼の活動を止めろとは言われていないし、そのつもりもないけれど
(ここがわからないと、事実関係が明らかとはいえないんだよね)
ため息をついて、蒼太はさっきネロに渡された箱を見下ろした
これを近くの町まで届けに行くのを名目に あのカフェを調べるのが今日の仕事
今夜中に戻れるかわからないから、一応寮長であるアルベルトにはさっき報告をして
今からユーランに今夜は部屋へ行けない許しを請いにいく

「今から出かけるのか」
「はい、ネロ理事にいいつかった用ででかけます
 今夜は町に泊まるように言われておりますので」
申し訳ありません、と
頭を下げた蒼太に ユーランは一瞬考えて それから急に立ち上がった
「10分待て
 オレもおまえに使いを頼みたい」
「はい」
素直に従った蒼太に、ユーランは満足そうにし、机に向かってパソコンで何か書き始めた
そうして15分後、1枚のメモリを封筒に入れて蒼太に渡すと小声で言った
「お前が理事の使いで行く町にカフェがある
 町の入り口近くの赤い看板のカフェだ、行けばすぐにわかる
 そこにホウルという男がいるから その男に渡して欲しい
 ホウルが誰かは店の人間に聞け
 あの店の常連だから、皆よく知ってる」
「はい」
「おまえはできた家臣だ
 オレが信用して仕事を頼むんだ、裏切るなよ」
「もう二度と、あなたを裏切ったりはしません」
まっすぐにユーランを見て蒼太は言い、ユーランはそんな蒼太に満足して蒼太を部屋から送り出した
身体を合わせた効果がもう出ている
こんな大切なものを蒼太に渡すなんて、と心の中で苦笑した
たくさんの仕込みが、じわじわと色んなところで効いてきている

(ロックが2重か・・・)
町へのバスに乗りながら 蒼太はPDAにユーランから渡されたメモリを突っ込んで ロックを解除し中身をコピーした
読むと ホウルという男から王家に宛てた手紙、ということになっており
内容は、王子が急病で病院に運ばれたことと、ここ最近の王子の様子が書かれていた
(・・・ユーランが王子の様子を王家に伝えて、それで王家が王子の様子が変だと判断して組織に依頼してきたのかな・・・)
手紙には 王子には決断力がないだの、学校で皆に支持されているのはユーランだの、と あることないこと書いてある
最近では麻薬に溺れ、従弟であるユーランがフォローしきれないほどの失態も見せているとの一文は明らかに嘘だ
(王子からは麻薬の影はみあたらなかったはず)
鳥羽が調べたところ、麻薬が出てきたのは貴族の4分の3くらいの人間からと、庶民派の半分くらい
教師の部屋からはほとんど出てきた上、理事室にも2.3あったとのこと
蒼太達が調べている中で 麻薬を持っていないのはヒルダと王子だけだった
(王子のお目付け役が手紙を書いてるフリをして、自分の好きなように手紙を書き、王子を貶めてるんだろうな
 でも、どうして?
 そんなことをしたら、調査が入ると思わなかったのかな)
実際、王子の様子を心配して、このままでは王子が道をはずしてしまうと 王室は極秘で組織に依頼してきた
事実関係の調査と、王子を元の道に戻すことを
赤い翼ともあろう集団が、そんなこと想像できなかったなど考えにくい
(赤い翼とユーランは関係ないのかな・・・
 ユーランはただ私欲のために王子を落としいれた
 調査が入ることなんか考えもせず)
裏で赤い翼が暗躍し、黒のパスポートが潜入しているなど夢にも思わず
(ユーランは王座が欲しい、赤い翼は王子を使ってクーデーターを起こさせたい
 赤い翼にとってユーランは害にならなかったから 今まで泳がされていたのかもしれない)
頭の中で情報を整理しながら、蒼太はメモリを抜き取って封筒へ戻した
これをカフェでホウルという男に渡せば、ホウルはいかにも自分がそれを自分で書いたかのように王室へ届けるのだろう
金欲しさにか、または何かをたてに取られ脅されでもしたのか
ホウルは 王室に与えられた使命をユーランに売ってしまった
そのおかげで、誰よりも王でありたいと望む 王子の従弟は王座にじわじわと迫っている

カフェは想像していたよりも明るい雰囲気で、夜でも賑わい客がたくさんいた
店員にホウルはどこにいるかと聞き、奥のテーブルに一人で座っている男の前に立った
「ユーラン様の使いのものです」
「ああ、聞いてるよ」
そもそも彼が学校で王子を見張るはずだったのだから当然なのだけれど、ホウルは18歳の少年だった
黒髪が珍しいなと思いつつ、どこかで同じことを思ったなと考える
「ご苦労だったな、帰っていいぞ」
ぶっきらぼうな物言い、冷たい 人を寄せ付けない目
その涼しげな顔に、ピンときた
ああ、彼はヒルダに似ているんだと そう思った
「聞きたいことがあるんです」
「何だ」
「どうしてこんなことをしているんですか?
 あなたが学校にいないことで、あの方はとても悲しんでいらっしゃいますよ」
カマをかけてみる
たった今感じたことだけで、推測だけで話を始めた
この会話に、相手が乗ってきたら情報が聞きだせるかもしれない
ここで新たに登場したこの男から、何か鍵になる話が聞けるかもしれない
「何がいいたい」
ぎろり、と睨みつけられて 蒼太はわずかに悲しげな顔をしてみせた
「毎日 礼拝堂で一人で祈ってらっしゃいます
 僕は毎朝あの方をお見かけして、なぜかとても悲しい気持ちになりました
 ある日花を届けたら、あの方は少しだけ笑ってくださいましたが あの方の悲しみの影は消えません」
そして、と
話ながら相手の様子を伺った
ヒルダについては、鳥羽から聞いている
最初の接触が礼拝堂
それから、次に捕まえたのが学校内の花園の隅
白いバラを見つめながら悲しげにしていたと、そう聞いた
今夜また、礼拝堂で会うというのだから 鳥羽はすごいと思う
あの、誰も受け付けない、受け入れない目をした少女と たった2回の接触で次に会う約束を取り付けてしまうのだから
「学校には花園があります
 1年中花が咲いているんです、白いバラも、咲いています」
蒼太の言葉に、相手はわずかに目を揺らした
蒼太の言うことを信じていいのかわからず、だが聞きたいことがたくさんある、そういう顔だった
「あの方はいつも寂しそうです
 あなたが側にいないからだと、そう言っていました」
全部でたらめで、作り話
相手の反応を見て、相手から情報を聞き出す手段
それらしいことを言い、自分はヒルダがそんなことまで打ち明けるような信用できる人間だと 相手に思わせる心理作戦
「ヒルダが、そんなことをおまえに・・・?」
「はい」
彼の口から ヒルダ、と
名前が出たことで 推測が一つ確信に変わる
この外見の特徴の一致
二人は兄妹か、でなければ血縁ではないか
少なくとも、礼拝堂と白いバラというキーワードから 彼はヒルダを連想しその名を口にした
無関係であるはずがない
「側にいてあげることはできないんですか?」
「ユーランが許さない」
「そんな・・・それではヒルダ様が可哀想です」
言いながら 彼らとユーランはどんな関係なのだろうと想像した
ロチェスター家の娘として学校に入っているヒルダ
だが、本人のDNAとは全く違うものを持ち 赤の他人だと判明している
彼女も赤い翼の一員かもしれない、という方向で今調査をしているが
「ヒルダ様が可哀想です・・・?」
もしかしたら、違うのかもしれない
何かもっと別の思惑が働いているのかもしれない
「おまえも知ってるだろう
 ユーランは王座を欲しがっている
 そのためなら、何だってする
 オレはそのための駒で、あの学校全部が今やユーランの手に落ちてるんだ」
たしかにユーランは貴族達にはある意味王子よりも強い影響力を持っている
だが、学校全体が落ちているというほどのものかといわれれば そこまでじゃない
そう思った蒼太の心を読んだのだろうか、
わずかに苦笑してホウルは言った
「あいつは麻薬をばらまいてる
 ヤバイ経路で入手したものだ、それを学校内にばら撒いてる
 一度やった人間はいざという時ユーランには逆らえない
 巧妙に隠してるけど、あれの元締めはユーランだ」
鳥羽が、麻薬の出所を調べておけと言っていた
たしかに、麻薬は校内で尋常じゃない量が見つかっており、理事まで手にしていたのだから ものすごい浸透率だ
「だからって貴方がユーラン様の言うとおりにすることはないでしょう?」
「ヒルダがあの学校にいるかぎり、言うことを聞くしかない
 オレが逆らえばヒルダが学校でどんな目に合うかわからない
 オレは従うしかないんだ」
ぽつぽつと話すホウルの言葉を頭の中でまとめながら 蒼太はヒルダが学校にいる目的について考えた
ホウルに対する人質
はたしてそれだけだろうか
ヒルダのあの様子は、単にホウルを心配して、というものではなく
もっと深い影あるものに見える
誰も寄せ付けない冷たい目も、彼女の必死の仮面のような、そんな気がする
「このままいけば、王子は王位継承権を剥奪される
 ユーランの思い通りになって万々歳だな」
はき捨てるように言ったホウルに 蒼太は顔を曇らせた
確実に、ユーランと赤い翼は無関係だ
ユーランの計画をアルベルトが見抜いて利用した、そういう形が一番事実に近いかもしれない
(アルベルトも麻薬を持ってた
 彼がすすめれば、軽い庶民派達は気軽に使うだろう)
もしかしたら、アルベルトはユーランに協力をもちかけたのかもしれない
君達とうまくやりたいんだ、と言ってユーランに取り入り
麻薬を広める役を自ら買って出たのかもしれない
(・・・だからユーランはアルベルトに一目置いてる
 貴族側は ユーランの認める人間だから、アルベルトに一応の敬意を表す)
他にもできた人間はいるのに、庶民派、貴族派分け隔てなく付き合っているのはアルベルトだけだ
(怖いな・・・アルベルトって)
普通の人間なら、ひとたまりもないだろう
彼の話術、笑顔、計略
非日常に生きている人間は、普通の人間とは考えていることから違う
赤い翼しかり、黒のパスポートしかり
闇の匂いのする人間は、人を騙すことに長けている
「ヒルダ様は僕が守ります」
静かに言った蒼太に、ホウルはわずかに笑ってため息をついた
「無理だ」
「無理じゃありません」
「無理だ、お前はユーランの手下だろう」
「ヒルダ様の味方です」
言い切った蒼太に、ホウルは複雑な顔をした
「あの方のために何かしたいんです
 あの方が泣いているのを見るのは嫌なんです」
わずかの間、ホウルは黙って何かを考えていて
やがて、左手にはめてある指輪を外して蒼太に渡した
「これをヒルダに渡してくれ、それだけでいい」
それは複雑な紋章のついた 銀の指輪だった

町で封蝋を買い、ホテルで指輪の紋章を押すと くっきりと紋章が模られた
(これ・・・アルベルトの火傷の痕と似てる)
ずっと調べていたアルベルトの腕にある紋章のような火傷の痕によく似た形
(月桂樹・・・剣、シカ、オレンジみたいなもの・・・それから、この花のようなもの、そして水瓶・・・)
アルベルトの腕の火傷は 消えかかっていて、成長によって皮膚も伸びて形がはっきりしないでいた
ところどころ見えなくて、似た形、見える場所が一致しているものを抜粋してパソコンにデータを置いてある
(こんなとこでアルベルトと繋がる・・・?)
ゾク、と
言い様のない興奮が胸に広がって 蒼太はホテルの部屋を出た
今夜は一泊して戻ろうと思ったけど、そんな気にはなれなかった
一刻も早く寮の部屋へ戻って この紋章とデータを照らし合わせたい
新しい情報に胸がはやった

深夜、こっそり寮に戻った蒼太は 指輪を鳥羽にあずけヒルダに渡すように伝えた
「ホウルという男は多分 ヒルダの兄です
 この紋章とアルベルトの火傷の痕については今から調べます」
「お疲れさん」
笑ってくれた鳥羽に、蒼太はどくんと胸が鳴った
嬉しくなる
鳥羽の名を汚さないためにも、もっと情報を得たいと思った
(アゲハよりもできる人間になりたい)
比べられても 惨めな思いをしないように
鳥羽の名を汚すといわれないように
本当は、こんな競争心を持つこと自体が負けを認めている証拠なのだろうが
それでも、そう強く思った
そして鳥羽に認められたい
周りに、自分は鳥羽にふさわしいと思ってもらいたい

明け方まで、蒼太は大量にある紋章の中から指輪の紋章と一致するものを探していた
そして、ようやく見つけた時には 窓の外はうっすらと明るくなっていた
(オサリア家・・・13年前に潰れてるんだな・・・)
ネットで戸籍管理をしている機関にアクセスし、ファイルを探して潜っていく
次々とロックを解除して、たどり着いた先
その取り潰されたオサリア家の情報を見つけた
犯罪者としてのレッテルが、そのデータにはつけられている
(犯罪を犯して取り潰しになったのか・・・)
ざっと目を通して、その家の歴史を追った
最後の記録が 男子ホウル、女子ヒルダの誕生となっている
(アルベルトは・・・?)
外見からして、アルベルトはこの家の人間ではない
だったら何だ、と
さらにファイルを探した
低階層の情報網に検索をかける
13年も前のことだから なかなかひっかかってこなかったけれど、それでもあらゆる方向から探した
そして たった一つだけヒットした
小さな孤児院の名簿
それにアルベルトという名を見つけた
(そういえば、早くに両親が死んで孤児院に引き取られたって言ってたな・・・)
あれは嘘ではなかったのだろうか
年齢も合うし、外見の特徴もぴったりあった
(どこから引き取られたんだ・・・)
彼の両親の名を探すと、父親の方に見覚えがあった
(・・・さっきの新聞記事だ)
もう一度 抜き取ってきたオサリア家の情報に戻る
ざっと見た情報の中の 当時の新聞記事をひっぱってきた
(あった・・・オサリア家の執事の名前だ)
これが偶然でないことは、アルベルトの腕の火傷の痕が証明している
アルベルトは ホウルとヒルダの家の執事の息子だ
幼い頃、オサリア家で過ごしたのだろう
その時に、その家の紋章のついた何かに触れ 火傷をした
もしかしたら暖炉とか、何か火の側で熱されてしまうようなものに
(繋がったけど、目的はわからないままだな・・・)
情報をPDAに転送して、パソコンからデータを消去しながら蒼太は小さくため息をついた
アルベルトは その後 孤児院に引き取られ、今の豪商の家に養子に出た
ホウルは親戚に引き取られ、ヒルダは家が取り潰される時の騒動で死んだと記録されている
(死んだと思われてたヒルダは生きてる・・・ロチェスター家の娘としてこの学校に潜入してる)
何のために?
幼い頃 誰の元で育ったのか
やはり赤い翼がからむのだろうか
(生きていたヒルダとホウルとアルベルトが何かの折 再会して家の復興を誓ったとか・・・)
もしくは、家の取り潰し自体が何かの陰謀に巻き込まれたか何かで、
それによって死んだホウルとヒルダの父と、アルベルトの父の仇を取ろうと考えたとか
(また推測ばっかりだ・・・)
当時の新聞記事には、王室の財務を管理していたオサリア家が不正を働き 国庫の金を着服したとして罰せられたと書いてあった
今となっては、それが事実だったのかどうかすらわからない
当時の財務の資料など残ってはいないだろうし、そんなものをいちいち調べている時間はない
(もし、無実だったら・・・)
オサリア家は名門だった
領地も多かったし、財力もあった
仕事も重要なポストを任されていた
うらやんだ貴族も多かっただろう
もしかしたら、力をつけすぎたオサリア家に 王室が危機感を持ったのかもしれない
(うーん・・・)
仮説を立てて動き、相手の様子を見て考えを修正していき真実にたどりつく
そういうやり方をしようにも、もっともな仮説がいくつも立ってしまう
蒼太一人では判断できなかった
(他の情報と合わせれば何かわかるかもしれない)
ヒルダと接触している鳥羽
赤い翼のアイザック理事長と校長のつながりを調べているアゲハ
ここらあたりからの情報で、何かわからないかと 蒼太は小さくため息をついた
鳥羽ならどう考えるだろう
アゲハなら、どう動くだろう
肝心なところで 一人で処理できない自分にへこみつつ、蒼太は目を閉じた
ここ最近 まともに眠っていないから なんとなく頭がぼんやりとする

次の日 蒼太は図書室でアゲハと会っていた
二人で情報を交換するときは 大抵は図書室か温室を使う
この2箇所は 人が側にいることが少なかったし、入り口が一つで誰かが来てもわかりやすく
それでいて、蒼太やアゲハがいても不自然ではない場所だったから
「校長はこの学校のお金をたくさん赤い翼に回してるみたい
 弱味を握られてるっていう感じではなかった
 ご機嫌にお金を用意してる印象
 もしかしたら校長も赤い翼なのかな」
ここのところ毎日のように校長に接触しているアゲハは、学校の経営資金が謎の口座に振り込まれている証拠の帳簿を見つけていた
(・・・ほんと、鮮やかだな・・・)
アゲハの特技は色じかけというから、当然なのかもしれないけれど
蒼太のやり方とは比べ物にならないくらいに早い
強引に近づいて、甘えて、油断させて、相手がいい気になったところで薬を使って眠らせる
その間に徹底的に家捜しして、完了
証言がほしければ、自分に惚れさせて 何でも言うことを聞くように仕向ける
そうやって、即効で落とす
その可愛い顔と、最大の武器としている身体を使って
(また劣等感・・・そんなこと言ってる場合じゃないけど)
蒼太はアゲハの髪のリボンを結びなおしながら、未だわからないヒルダについて考えていた
それにヒルダがどう関わってくるのかが まだ見えない
「ねぇ、こないだ私が言ったこと覚えてる?
 アイザックとアルベルトって似てると思わない?」
「・・・そういえば そんな報告をしてましたね
 似てますか? 髪の色も目の色も違うと思うんですが・・・」
「色は変えれるでしょ、ゼロってバカね
 私ね、いくら変装してる相手でも、元の顔を見分けられるようになる訓練 少しだけ受けたことあるの
 二人は目と輪郭がとても似てる」
まるで警察みたいなスキルだな、と思いつつ
蒼太は二人の顔を思い浮かべてみた
アイザックは あまり接触がないからはっきりとは思い出せないが、アルベルトの顔はよく見てる
だが輪郭、と言われても アイザックは髭が生えていて そっちが印象深く輪郭まで注意していなかった
年の差もあるから、あまり似ているという印象はない
「写真があればいいんですが・・・」
「アイザックの写真は校長室にあったよ、取ってきてあげようか?」
「・・・そうですね、お願いします
 アルベルトは・・・僕が用意します」
二人の写真をスキャンして 比べてみれば一目瞭然だろう、と
思いつつ、蒼太はにこ、と笑ったアゲハを見つめた
負けたくない、といつもいつも思う
こんな風に対抗意識を燃やしているのは自分だけだと思うと空しくて情けなくなるけれど

その夜、蒼太は礼拝堂で鳥羽とヒルダを見かけた
こっそり調べものをした帰りで、誰にも見つからないよう礼拝堂の裏道を通っていた時だった
(こんな時間までこんなところにいるんだ・・・)
時計は深夜の3時を指している
鳥羽はヒルダを抱きかかえるようにして座っており、
ヒルダは鳥羽の膝の上で、鳥羽の胸に顔をうずめて目を閉じていた
(・・・信じられないな・・・、あのヒルダが)
鳥羽が来るまでの彼女は 本当に誰も受け入れない目をしていた
態度も冷たくて、笑わなくて、誰ともかかわりたくない
そんなのがにじみでていた
なのに、今は鳥羽がいないと生きていけないというような
鳥羽に全て依存しているというような
そんな風に見える
安心して全てを任せきっている、そんな様子は 以前のヒルダからは想像もできなかった
(・・・どうやったら ああなるんだろう・・・)
鳥羽もアゲハもすごいと思う
相手を、こんなにも変えてしまうのだから
彼らは自分と関わることで、相手の全てを変えてしまう
狂わせて、墜としてしまう
蒼太とはまったく逆のやり方
蒼太は相手に合わせて、どこまでもどこまでも自分を変える方法しかできないのに
(鳥羽さんと話したかったけど・・・)
聞きたいことがあったし、相談したいこともある
だけど、ここで待っても この逢瀬は終りそうもなく
蒼太にもまだやることがあった
(明日にするか・・・)
そっとその場から離れて、蒼太はため息をついた
早くこの仕事を終らせたいと思う
そしてこの密室のような学校という空間から、抜け出したい

蒼太は昼間のうちに 指輪に仕込んだカメラでアルベルトの写真を撮っていた
それと、アゲハが盗んできたアイザックの写真をスキャンしてパソコンでデータを重ね合わせ比べてみる
骨格、目、
たしかにアゲハの言うとおり とても似ていた
(もしかして親子とか・・・?)
二人のDNA鑑定をしてみてもいいかもしれない
たしか、昨日調べた記事では オサリア家の執事をしていたアルベルトの父は お家取り潰しの騒動の時死んだとされていたけれど
同じく死んだとされているヒルダが生きている今、アルベルトの父が生きていたっておかしくはない
(アゲハは凄いな・・・これ顔弄ってるのかな・・・
 言われてみれば 鼻がちょっと曲がってるし髭の下の口も ちょっとひきつってるように見えなくもない
 目の大きさも変えてるのに・・・見抜くんだもんな)
整形したのか、事故でそうなったのか
死んだというのは世を欺くための工作だったのか、それとも幸運にも生き延びていただけなのか
(わからないな・・・)
アイザックに接触しようかとも思ったが、それは危険すぎる気がした
アルベルトと深く関わってしまった自分がやるのは不自然だ
鳥羽やネロあたりが適任だが、二人には今 かかりっきりの仕事がある
(・・・どうしよう、アイザックのことが知りたい・・・)
誰かアイザックに詳しい人間がいないだろうか、と
思考を巡らせていた時 ドアがノックされた
こんな時間に誰だ、と
思いつつ、あけると そこには鳥羽が立っていた
「鳥羽さん・・・」
「さっき通りかかったろ」
「すみません、気づいてたんですね・・・」
鳥羽を部屋へ入れながら 蒼太はわずかに苦笑した
鳥羽から バラの香りが漂ってくる
そういえば、ここに来てから鳥羽が煙草を吸っているところを見ていないから もしかしたら本当に蒼太の言うとおり1ヶ月は酒も煙草も控えてくれているのかもしれない
そして、だからこそ いつもと違う香りのする鳥羽に なんとなく違和感を感じつつ
蒼太はベッドに座った鳥羽にさっきのアイザックとアルベルトの顔のデータをPDAに落して見せた
「親子か、なるほどね
 アゲハ、いい目してるな
 オレもさして二人が似てるとは思わなかった」
言いながら 鳥羽は蒼太を見て笑った
「ヒルダはある人に命じられてこの学校に入ったんだと
 ある人ってのが誰かは言わなかったが、想像はつく
 その人の命令で、月に一度校長室へ行く
 そこで、校長の言うとおりにすること
 それがヒルダの役割らしい」
鳥羽と彼女が接触してまだ1週間も経ってない
なのに欲しい情報がもう手に入っている
鳥羽にかかればこんなこと、何でもないことなのだろうか
「校長の言うとおりにするっていうのは・・・」
「まぁ想像通り 性玩具にされてるってことだろうな」
さら、と
言ってのけた鳥羽は、アゲハが言ってただろうと苦笑した
「校長は幼女好きだってな
 アゲハにコロっと落ちたのも それだろ
 ヒルダはアゲハとはタイプが違うが、ああいうカタいのを好きに扱うのがたまらないって奴も 世の中には多いからな」
月に一度、しかもロチェスター家の姫を相手に、なんてたまらないだろう
ビスクドールのような整った顔立ち、人を寄せ付けない冷たい目
あれは、与えられた役目に押しつぶされそうになって逃げ出したいヒルダの痛みをたたえた目だったのかもしれない
「ホウルは知ってるんでしょうか・・・」
「知らないだろうな、
 そんな目に合ってるなんて口が裂けてもいえないだろう」
「あの指輪は・・・?」
「あれを渡したら泣いてたぞ
 なかなか役に立った、兄にだけは汚れた自分を知られたくないと言ってた
 幼い頃 別れたきり会ってないそうだがな」
鳥羽は言いながら 蒼太のPDAを弄り始めた
元々は鳥羽のものだったのを、今は蒼太が使っている
色んなデータを入れて持ち歩いているから 中のファイル量は鳥羽が使っていた頃に比べたらとんでも
ないことになっている
「鳥羽さん、まだ繋がらないんですが」
「整理して言ってみろよ、繋がらんところを埋めてやるから」
言う鳥羽には、真実が全て見えたのだろうか
余裕の顔でPDAで遊び始めている
「アルベルトが王子に近づいたのは 彼のスキャンダルを利用してクーデーターを起こしたかったから
 アゲハに近づいたのは赤い翼の活動資金のため」
「そうだな」
「ユーランがホウルと入れ替わって王室に嘘の報告をしているのは 王子に対する不信感を王室に持たせ 自分が王位継承できるようことを運ぶため
 ホウルは学校にいるヒルダの身を案じてユーランの言いなりになっている
 ユーランの企みに気づいたアルベルトがユーランを利用し、校内に麻薬を広めた
 これは自分が貴族たちに邪魔されず動きやすくするためと、麻薬販売による資金調達のため」
「そうだな」
「では、ユーランはどうやってロチェスター家の娘として潜入しているのがホウルの妹であるヒルダだと知ったんでしょう
 それを知らなければ ヒルダをたてにしてホウルを脅すなんてできないのに」
「アルベルトが教えたと考えると早いな
 ヒルダは自分の知ってる人によく似ている、だが彼女はロチェスターの人間ではなかった
 取り潰しになったオサリア家の姫にそっくりだ
 彼女は死んだと聞いている、他人のそら似だろうか
 なんて言ってきかせりゃユーランは勝手に調べるだろう
 利用できるものは全て利用しようってのが ああいうタイプの人間の考えることだ
 調べた結果 ヒルダがオサリア家の姫であることが証明され、さらに兄もいるとわかり利用した
 王室からの調査役にホウルがなるよう裏で手を回し 妹をたてにそれと入れ替わる
 ユーランもまぁ、よくやるよな
 なかなか手の込んだ仕掛けだ、子供と思って侮れないなぁ」
アルベルトは、そんなユーランの野望を見抜いて利用した
ユーランは 利用されているとは知らず動いた
だから事態はこんなにも複雑になっている
「では、ヒルダは何のために校長に・・・」
「校長に経営資金を回させるために アイザックが送り込んだ玩具だ
 今までも色々と、送り込んでたらしいぞ、この学校に
 それもみんな、名家の娘と偽って」
「どうしてヒルダはアイザックのいうことを聞くんですか・・・」
言いながら 蒼太はお家取り潰しの騒動の際 死んだとされていたのはアルベルトの父アイザックとヒルダの二人だったと思い出した
(・・・死んだフリをしてヒルダだけ連れ出した・・・?)
そして、ヒルダを連れて赤い翼に入ったのだろうか
家をとりつぶした王族に復讐するために?
「ヒルダは家が崩壊した時幼かった
 抵抗したオサリア家当主は殺されて、使用人たちも巻き込まれて大勢死んだ
 家は燃え 子息のホウルとアルベルトは自力で逃げ出して無事だったが ヒルダだけは脱出できなかった
 それで、執事だったアルベルトの父アイザックが炎の中 ヒルダを助けに飛び込んで 戻らなかったという話だ
 これはアルベルトに聞いた話だと、ヒルダが言っていた
 戻らなかったとされている二人は、実は生き延びて赤い翼に入り 施設に引き取られたアルベルトと連絡を取った
 そして思想を共にした親子は 復讐のため王子のいる学校へやってきた、と」
そういうことになるな、と
纏めた鳥羽は、蒼太を見遣るとわずかに笑った
「あとはどこが繋がらない?」
「アルベルトは・・・王室が憎かったんでしょうか
 アイザックは主人の娘であったヒルダをそんな風に利用してまで、復讐したかったんでしょうか」
言いながら 蒼太はなんとなく悲しくなった
オサリア家の取り潰し自体が 陰謀に巻き込まれたものだったり、無実の罪をきせられたものだったりしたのかもしれない
だから復讐しようと考えるのは無理もないのかもしれない
だけど、そのために 自分の主人の娘であるヒルダを校長の性玩具にして
ホウルを利用するようユーランにもちかけて、
本来の主人を不幸にしてまで、実行することだろうか
復讐なんて
「お前の悪い癖だな
 そういう相手の気持ちを自分にあてはめて考えるのは
 人間がみんなお前みたいに 犬精神を持ってるわけじゃないんだぞ
 執事がみんな自分の主人を好きかどうかなんてわからないだろう?
 好きで使用人におさまってるわけじゃないって人間も、大勢いる」
もしくは、もともとアイザックは赤い翼の人間で
その姿を隠して オサリア家の執事をやっていた、そういう可能性だってある
王室の金の横領だって、赤い翼の活動資金に、と
アイザックがオサリア家の当主の目を盗んで 工作していたのが発覚してしまったことなのかもしれない
真実は、過去にさかのぼりでもしなければ見えない
証拠となる資料はもう残っていないのだから
誰かが嘘をついている限り、真実はゆがめられていく
人が人である限り、暗い部分はけして消えない
「気持ちだの何だのは仕事には必要ない
 今回の依頼は事実関係をはっきりさせることと、王子をアルベルトから引き離すこと
 ネロの洗脳は順調だ
 これが終ったら転校させるなり家に戻すなりすれば アルベルトには王子に接触する手段はないだろう
 したとしても、王子はもうアルベルトになんか興味を持たない
 俺達の報告を聞いて 王室がユーランとホウルをどうするのかは知ったこっちゃないし、
 赤い翼とアルベルト、アイザック、ヒルダがどうなるのかも、関係ない」
言った鳥羽は、俯いて何かを考えている蒼太に苦笑した
「お前は余計なことまで考えるから疲れるんだ
 もう少し気楽にやれよ
 仕事は仕事、仕事相手にいちいち感情移入するなよ」
はい、と
苦笑して答え 蒼太は思考を切り替えようと努力した
感情移入するな、それは意味のないことだから
何度も何度も鳥羽に言われている
おまえはそんなだから、疲れるんだぞ、と
呆れたように 繰り返し言ってくれる
それは、蒼太のためを思っての言葉だとわかっている
機械のように仕事ができたら、自分だってこんなに苦しくはないだろうとわかっているから

パーティが終った後 数日滞在した理事達も パラパラと戻っていき
ネロも今日の昼にはここを出ると言っていた
一度、彼の部屋で見た王子はまるで別人で
蒼太の姿を見るなり、驚いたような怯えたような顔をしたけれど ネロが声をかけると それはまるで従順な犬のような表情に変わった
「王子は私と一緒に家に戻っていただきます
 いつまでもそんな格好でいないで、早く支度をしなさい」
冷たいような、厳しいような声だったが それでも王子は嬉しそうにうなずいた
そして、ベッドから立ち上がると精液で汚れた身体をひきずるようにしてシャワールームへと入っていった
(・・・)
言葉もない
鳥羽もアゲハもネロも、怖いくらいに人を操る
そして、どん底まで落した挙句 簡単に捨てる
あんなにアルベルトを好きで、王座も家も教えも何もかも捨ててアルベルトを受け入れる決意をしていた王子なのに
今ではそんなことも忘れ ネロの言いなりになっている
どこか夢を見ているような顔で、求めるような目で
ネロの与える快楽に落ち、言葉に洗脳され、心と人格を変えられてしまった
(そして、その絶対の人から捨てられる・・・)
仕事は、もうすぐ終る
ネロは王子を王室まで届けたら 組織へ戻るだろう
もしくは次の仕事へ移るだろう
多分、王子のことなどすぐに忘れてしまう
そして王子は、捨てられて嘆くのだ
枯渇して、求めて、喚いて、呼んでも、
この広い世界から ネロを見つけ出すなんて不可能だ
もう二度と会うことはできない
「ゼロ、お前とアゲハは週末 クリスローラの家に戻る許可が出るよう手配が済んでいる
 鳥羽さんも同時期にここを出る
 お前は鳥羽さんの指示に従え、私とはここまでだ」
「はい」
蒼太は、心を意識して冷たく冷たくして、一礼すると部屋を出た
考えてはいけない
王子の傷など、自分にはどうしようもないことなのだから

深夜、蒼太はアルベルトに礼拝堂で会った
蒼太はユーランの部屋からの帰りで、自分の部屋に戻る前にやっておきたいことがあるから、とここに寄ったのだった
今の時間はヒルダもいないと知っている
今夜は鳥羽とバラの咲き狂っている花園で逢瀬だと言っていた
だから誰もいないと思ってここに来たのだけれど
「君からユーランの香水の匂いがする」
アルベルトの言葉に 蒼太はわずかに目を伏せた
あの日から、行為にまで及ぶようになったユーランは、今夜も部屋で蒼太に奉仕をさせた後 その身体を抱いて満足気にしていた
ここにいる間は たとえもう用がなくても演技は続けなければならない
綺麗にこの場から去るまで
自分はユーランにとっては、忠実な家臣でいなければならない
求められればこの身を差し出し、欲しいかと聞かれれば欲しいと答える
ユーランという主を敬愛し、その身に貫かれることを何より望んでいる
そんな人間を、今夜も演じてきた
「またユーランの部屋へ行ったの?」
「はい・・・」
蒼太はゆっくりと 礼拝堂の中を歩いた
仕事が終った今、ここからの脱出は明日の昼と決まっている
それまでに、どうしても、どうしてもやっておきたいことがあったから
こんな時間にこんな場所へやってきたのだ
「こんなところに何か用?」
「静かなところで、少し考え事をしたくて・・・」
言いながら 泣きそうな顔で笑ってみせた蒼太に アルベルトはわずかに眉を寄せた
今の言葉を、ユーランとアルベルトの間で揺れている、そんな風に取ったのかもしれない
わずかにため息をつき、アルベルトは蒼太の顔を見つめた
「僕は君のこと、本当に大事に思ってるよ
 僕が守ってあげるから、いいかげんユーランのところへ行くのはやめてもいいんじゃないかな」
「・・・すみません」
「また謝る
 君はいつまでも 自分を人の下に置くんだね」
アルベルトが近づいてきた
彼とも もうお別れだ
嘘つきで、優しくて、蒼太を利用しようとした人
支配する側の人間
いつも笑っているのに、その目は強い意思を宿している
「僕は卑怯なんです
 今までずっと人に支配されて生きてきました
 支配を失ってしまったら、どうやって立てばいいのか、わからないんです・・・」
言って蒼太は苦笑してみせた
鳥羽に 気にするなと言われたこと
それをまだ考えている
アルベルトはどうして、赤い翼にいるのか
どうして、主人の娘であるヒルダを傷つけてまで王室に復讐しようとするのか
「僕には使用人の気持ちなんて一生わからないだろうな
 僕は人は対等だと思ってる
 金持ちも貧乏人も対等
 じゃあ何で差をつけるのかっていうと、それは能力だ
 できる人間が上、できない人間は下、それだけだよ」
言いながら アルベルトは蒼太の包帯の巻かれた手に 自分の手を重ねた
冷たい手の人は心が温かいなんて、誰かが言ってたっけ
彼はどうなんだろう
今見せているのが素顔だろうか
それとも、蒼太と同じく これは仮面で演技なのだろうか
「実力のない人間が大きな顔をしているのは許せない
 その不公平をなくすためなら、僕は何だってする」
大袈裟だけどね、と
その言葉は、彼の正体を知っている蒼太には大袈裟だとは思えなかった
彼ならやるだろう
クーデターを利用して王室を廃止させ、本当に実力のある者が国を治める
そういう理想を思い描き、そのために行動するだろう
蒼太の組織の人間の報告によれば、赤い翼はそんなまっとうな理想だけの組織ではなく
それを利用してさらに過激な行動を起こそうと考えているようだったけれど
(そんなこと、知らないんだろうな
 ・・・知らなくて当然だよね、人はいつもどこかで人を欺いてる
 だから アルベルトが欺かれていることだって、あるはずだ)
自分だって、黒のパスポートという組織の駒にすぎない
組織のトップが何を考え 何のために存在しているのかなんて、知らないし興味もない
ただ言われた仕事をこなすだけ
組織にいたら、新しい世界を見ることができるし、
何より今は 鳥羽の側にいたいから 蒼太は考えることをやめてただひたすらに生きている
(アルベルトが この計画が壊れたことを知るのはいつなのかな・・・)
彼はいくつのときからこの学校にいるのだろう
一体 何年かけて王子を落とし ユーランや貴族たちに取り入ったのだろう
皆に信頼される寮長としての地位を獲得し、教師にも一目おかれ
好きなように、自分のやりやすいように動けるようになるまで どれほどの年月をかけたのか
それがたった3週間ほどで、壊されようとしている
結局 彼は蒼太達にはかなわなかったのだ
彼の知らぬ間に王子は今日 校外に連れ出されてしまったし
これだけ気にかけた蒼太も 結婚の約束までしたアゲハも明日にはこの学校から消える
母が病気で倒れたという知らせで家に帰ったきり、戻らないクリスローラ家の二人を 彼はいつまで待つだろう
(騙し騙されて、操り陥れる)
世の中ってそういうものだ
裏の世界には、上には上がいるのだから
「君は優秀だよ、だからユーランなんかの下にいるべきじゃない
 君が望むなら、僕は君をここから連れ出してあげる
 クリスローラ家からも、連れ出してあげる」
洗脳の言葉は、冷めた心には届かない
「ゼロ」の言ってほしい言葉は 蒼太の言ってほしい言葉じゃない
蒼太は、連れ出してもらうことなんて望んでいない
蒼太の主人は、いつもいつも蒼太などふりむきもせず行ってしまうから
付いていきたければ必死で追いかけるしかないんだと、知っている
だからいつも、ただひたすら、全力で、必死に追いかけている
連れ出されるのを待ってるだけなんて、不安な時間は過ごせない
「ありがとうございます
 ・・・弱い僕を、どうか許してください」
目を伏せて 蒼太は震える声で言った
泣いてみせたかったけど、やっぱり涙は出なかった
「こんな僕を見捨てないでください」
だからせめて、言葉を選んだ
アルベルトは、こういう言葉に満足すると もう知っている

アルベルトは、蒼太に優しくくちづけて 礼拝堂を出ていった
君がユーランから離れるのに、まだ時間がかかるというなら待つよ、と
言って おやすみと笑った
最後まで、演技は通す
この学校を出たら忘れてしまう存在でも、今はそうじゃない
心を揺らしているふりをして、戸惑いながらも受け入れる
そして相手を満足させる
そういう人間を演じ続ける
(・・・早く、出たい、こんな場所・・・)
憂鬱な気持ちになりながら 蒼太は礼拝堂の一番前の席に座った
ここに来た目的を果たして さっさと部屋へ戻ろう
明日はアゲハと一緒に、迎えに来た車に乗って、それでさよなら
潜入から3週間ほどで 仕事は全部 きれいに終る

蒼太は礼拝堂の、ヒルダと鳥羽が逢瀬を繰り返した席の机に 小さな文字を刻んだ
机は細かい傷がいっぱいついていて、ぱっと見ただけでは この程度の文字は目立たない
ここを離れる前にしておきたかったこと
それは、ヒルダへメッセージを残すことだった
どうしても、どうしても気になったから
鳥羽にあんなにも身を預け、他に頼るものもなく、一人で耐えるしかなかった少女
ようやく得た安らぎを こんなにすぐに失って あの少女はどうなってしまうのだろうと考えると胸が苦しくて仕方がなかった
アイザックやアルベルトと同じ赤い翼の者として、自覚を持ち 組織の駒として生きることを選ぶのならそれでもいい
彼女が校長にその身を自由にさせることを、彼女自身必要なことだとわかっていて、
諦めていて、
今後もそうしていくというのならそれでもいい
でも、もし
彼女は幼い頃 アイザックに連れられたまま望まずに赤い翼にいるのだとしたら
校長に犯されることも、アイザックやアルベルトに使われることも嫌で嫌で仕方がなくて
逃げたくて逃げたくて、でもその術を持たず ただどうしようもなく言いなりになっているのだとしたら
それは あまりに可哀想だ
あんな14か15の少女が一人きり、この先ずっと あんな風に心を閉ざして生きていくなんて
(可哀想だと言ったら・・・鳥羽さんは笑いますか・・・)
そんな絶望の生活の中 唯一手に入れた安らぎが鳥羽で
なのに、鳥羽は明日いなくなる
探しても探しても見つからず、自分は結局 何ひとつ変わらず赤い翼に捕らわれたまま
また絶望して、泣いて、泣いて、泣いき続ける
そんなのが、もし自分だったらと思うと 息がつまった
自分も鳥羽に捕らわれているからこそ、わかるから
鳥羽という存在が、どれだけ大きな力で この心を支配するか
狂わせていくか この身をもって知っているから
(だから・・・せめて・・・)
せめて、このメッセージがヒルダの救いとなるよう
ここから逃げ出す勇気となるよう
この場所に 蒼太はあの町のカフェの名を記した
ホウルが妹の身を案じながら 毎日のように通っているカフェ
ユーランに利用されていることを悔やみながらも ただ耐えるしかできない彼のいる場所
もし、ヒルダがこれに気づいて行動しようと決意したら 二人はあのカフェで出会えるかもしれない
幼い頃に離れ離れになったきり会っていない二人でも、あの紋章の入った指輪が二人を引き合わせるかもしれない
(ヒルダがそう望めば・・・)
カフェの名のあとに、鳥羽のイニシャルを入れておいた
単なる落書きと見落とさないように
鳥羽からのメッセージだと思えば、彼女は意味を考えて動くかもしれないと、祈るような思いで

仕事は仕事と割り切って、人を騙し、騙されたフリをして演技する
冷めた心で泣いてみせて、心を痛めながら笑ってみせる
仕事が終れば忘れる人たち
不幸になるのも、幸福になるのも 自分達には関係ない
依頼の通りに動いて、完璧な情報を提供して終わり
だけど、どうしても冷徹になれない自分がいるから
苦しみながら、嘆きながら、そんな自分に自嘲しながら
蒼太は礼拝堂を後にした
あと何時間か後には、自分はもう ここにはいない


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理