ZERO-27 劣等感 (蒼太の過去話)


次の仕事は、金持ちの子息子女ばかりが通う全寮制のスクールへの潜入だった
当たる人間の数は蒼太を含めて4人
スクールのある街のホテルに着いたら、そこには知っている顔がいて 蒼太はいい様のない不安を覚えた
「久しぶりだな、ネロ」
二人のうち、一人は知らない男で、
ネロと呼ばれた男は、鳥羽と同じくらいの年齢の きつい目が印象的な男だった
どことなく、外見の雰囲気が鳥羽と似ている
「仕事を一緒にするのは5年ぶりですね、宜しくお願いします」
言葉の使い方からして、鳥羽の方が年上なのだろうか
それとも、彼もまた 鳥羽を慕う人間の一人なのか
ネロは丁寧に挨拶をした後 自分の隣に立っている少年を指した
「今の私のパートナーは彼です
 以前にこれが鳥羽さんに迷惑をかけたことは聞いています
 今回は私がきちんと監視しますので、どうか同行することをご容赦ください」
これ、と
言われた少年は、忘れもしない アゲハだった
蒼太が教育期間を終えてパートナーを決める際に鳥羽のパートナーの座を競った相手
蒼太よりいくつも年下なのに高いスキルを持った 鳥羽好みの容姿をした少年
彼は鳥羽のことが好きだといっていた
鳥羽に教育されていたこともあるという
「久しぶりだなアゲハ、お前もちゃんと一人前になれたんだな
 別にいつまでも気にしちゃいない、宜しくな」
ぽん、と
アゲハの頭に手を置いた鳥羽に アゲハは頬を染めて目に涙を浮かべた
鳥羽のパートナーを決めるための試験で、アゲハが鳥羽の怒りを買って置き去りにされてから 蒼太は彼とは一度も会っていなかった
媚びる様な目はブルーで、柔らかそうな髪はけぶるような金色
鳥羽の好みの容姿をしているアゲハは、鳥羽のお気に入りだったらしく
今も彼は、あの時の怒りを忘れて 相変わらず可愛いだの何だのと笑っている
ズキン、と心が痛んだ
この痛みは嫉妬だ
わかっている、アゲハが鳥羽を好きなことを知ってるから余計 鳥羽がアゲハを可愛がると嫉妬するのだ
まるで子供みたいな感情に気が滅入りそうになる
「彼は?」
もやもやとしたものを、必死で飲み込もうとしている蒼太に ネロが視線を移した
こういう視線の動かし方やしぐさも、どことなく鳥羽に似ている
「こいつは俺のパートナーのゼロ
 スキルも経験もまだ中途半端だが、やれと言えば何でもやる
 まぁ好きに使ってくれ」
鳥羽の言葉に、蒼太は心が震えた
俺のパートナー、と紹介されたことが嬉しくて仕方ない
未だ 教育期間中のように半人前だと言われることが多いから こんな風に鳥羽の口から自分のことをパートナーと言ってもらえると、たまらなくなる
泣いてしまいそうになる
(・・・涙腺ゆるいって、また笑われる・・・)
誰にもばれないよう、手をぎゅっと握って感情を抑えた
嬉しいのも悲しいのも苦しいのも全部 押さえ込める人間になりたい

ホテルの部屋で食事をしながら最初の打ち合わせが行われた
今回の依頼はどこぞの国の王室からで、
王子の通う全寮制のスクールに潜入し 王子の交友関係を調べて欲しいというものだった
「最近の王子様はちょっとおかしいんだと」
酒のグラスを傾けながら鳥羽が蒼太を見た
食事がまずいと言って 彼はテーブルの上の料理をほとんど食べず さっきから酒ばかり飲んでいる
(身体に悪いことばっかり・・・)
テレーゼからのメールには 鳥羽の傷はまだ治療途中で、治ったわけではないから不摂生させるなと書いてあった
どうやら、大人しく寝ているのに飽きた鳥羽が 勝手に組織から出てきてしまったようで
そんな鳥羽を追って 組織は慌てて次の仕事先であるこの町に 鳥羽のための医者を用意した
さっきも、空港で医者が待ち構えていて、治療をしたばかりである
「鳥羽さん、少しは食べてください
 それから酒はやめてください」
鳥羽は、医者から酒を控えろ、煙草を控えろと言われてきているにもかかわらず 本人はその言いつけを全く守ろうとしていない
せっかく蒼太が栄養やら何やらを考えて注文した料理も、ほとんど手がつけられず放置されている
テレーゼから、鳥羽の体調管理を頼まれている蒼太としては、点滴をしているわけではないのだから、少しでも栄養のあるものを食べて欲しいのに
「鳥羽さん、煙草もダメだって言われてます」
当の本人は、禁止されている酒ばかり飲んで 今もいつも通り煙草をぷかぷかやっている
「まったくゼロはテレーゼそっくりの口うるささだな」
グラスをカラにして次のを作れとよこしてきた鳥羽に、蒼太は眉間にしわを寄せた
医者が止めるからダメだと言ってるのに
何故、わざわざダメだと言ってる自分におかわりを作れと言うのか
「・・・ほんとに酒はダメですから」
この台詞も もうさっきから何度も繰り返している
ネロもアゲハも 鳥羽の怪我が治ってないと知っているにもかかわらず、鳥羽に逆らう気などさらさらないのだろう
最初から当然のようにワインを用意して差し出し グラスがあいたら どんどんついだ
「おまえはテレーゼみたいだな」
「テレーゼさんに言われてるんです」
「ったく、可愛くないぞ、そういう顔は、睨むなよ」
「じゃあ自粛してください」
「できねぇなぁ」
くく、と
おもしろそうに笑った鳥羽は、蒼太の差し出したグラスの中身を喉に流し込んだ
鳥羽は、蒼太の作るジンベースの酒を好んで飲む
自分で作るより蒼太が作った方がおいしいらしく、褒められて蒼太も嬉しくて それでいつも作っているのだけれど 今日ばかりは求められても嬉しくない
元々、鳥羽は酒に強くて
その上、身体を毒やらガスやら色々なものに慣れさせるために随分昔から無茶をやっているから、ちょっとやそっとの量じゃ酔わないのだという
だからといって、アルコールを大量に摂取していることに変わりはなく
医者から止められているのだから、いくら酔わないからといって、強いからと言って 飲んでいい理由にはならない
「鳥羽さん どうかしましたか?」
アゲハが、蒼太の向かいの席で 不思議そうに鳥羽を見遣った
鳥羽はグラスを煽った後 一瞬動きを止めて苦笑している
自分の皿の上の料理をぱくぱくと口に放り込みながら 蒼太はそんな鳥羽を無視した
鳥羽の言うことなら何でも聞くけど、こればっかりはダメだ
鳥羽の怪我がどれほど重かったかを知っている蒼太としては、本当に無理をさせたくなかった
本人が自分を大事にしないなら、蒼太が気をつけているしかない
(鳥羽さんてめったに負傷しないけど・・・負傷したらしたで ほんと無頓着すぎ)
実際 蒼太は鳥羽があれほどの負傷をしたのを初めて見た
その負傷ですら、蒼太を庇ってのものだったから 彼一人だったら仕事で怪我をするなんてことはめったにないのだろう
それだけ鳥羽はスキルが高いということだ
鳥羽を尊敬し、慕う人間が多いのもわかる気がする
「ゼロ、おまえなぁ・・・」
「どうかしましたか? 鳥羽さん」
グラスを置いて蒼太を見た鳥羽を、ネロもアゲハも不思議そうに伺った
蒼太はまたも無視してもくもくと自分の料理を片付ける
いくら言っても飲むから
ダメだと言ってるのに、その蒼太にわざわざ次のを作れとグラスを差し出してくるから
さっきのに水を入れてやった
怪我人なんだから、本当に本当に少しは言うことを聞いてほしい
「ったく、普段は従順なくせに なんでこういう時だけ逆らうかね
 アゲハ、ワインもってこい」
「はいっ」
おかしそうに笑って言った鳥羽は、水の入ったグラスをテーブルに置いた
「アルコールは控えろってテレーゼさんに言われませんでしたか?」
「言われたな」
「だったら控えてください
 傷、まだ治ってないんですからっ」
「大丈夫か大丈夫じゃないかくらい自分でわかるんだよ
 医者じゃないんだから、お前は気にしなくていい」
「気にしますっ」
言う間にアゲハがワインをもって戻ってくる
グラスに注いで鳥羽に渡したのを見て 本気で腹がたった
鳥羽にも、アゲハにも、黙ってみてるネロにも
「・・・もういいです、仕事の話してください」
「だとよ、ネロ 続きは?」
クク、と鳥羽が笑う
怒っているのは自分だけで 鳥羽は相変わらず面白そうに笑っているし、アゲハもネロも鳥羽に従うことしか考えていない
一人でうるさく言ってることがバカらしくなってくる
「ゼロ、鳥羽さんは君が思うほどヤワじゃない
 君なんかが鳥羽さんに意見するのは まだ早い、失礼だよ」
ネロもわずかに苦笑して言うと、食事の手を止めて鳥羽に向き直った
そうして仕事の内容を話し始める
それを聞きながら ムカムカと蒼太はわけのわからない苛立ちを覚えた
君なんかが鳥羽さんに意見するのはまだ早い、なんて
部外者に言われたくない
たしかに彼は 蒼太が組織に入る前から鳥羽と知り合いなのだろうが
今の鳥羽のパートナーは自分で、自分は医者のテレーゼに言われているのだ
あと1ヶ月は鳥羽が不摂生しないようちゃんと見ててくれ、と

話は1時間ほどで終わり、潜入は明日からだと聞かされた後 蒼太はさっさと自分の部屋へ戻った
明日から蒼太とアゲハが生徒としてスクールに潜り込む
そして王子の交友関係を調べることになっている
なんでも、王子は最近どうも よくない友達を作って彼に多大な影響を受けており
そのせいで、王家の人間としてやってはならない行動に出ているらしい
全てのことが発覚する前に 事実関係をはっきりさせ、そのよくない友達とやらと縁を切らせること
もしくは その人間をスクールから追放すること
それが今回の依頼だった
鳥羽は教師として、ネロは理事として潜入すると言うのだから大掛かりだ
「・・・そりゃ、たしかに僕ごとき鳥羽さんに意見するのは100万年早いかもしれないけど」
ぶつ、と
ネロの言葉を思い出して 蒼太は一人つぶやいた
アゲハは鳥羽の言うことは何でもきく
今でも鳥羽のことが大好きなのであろう態度で側にいる
そんな様子が可愛いのか、鳥羽もご機嫌にアゲハを構っている
ネロはネロで、鳥羽信者のような目で 食事の間も仕事の打ち合わせの間も鳥羽を見ていた
態度こそ落ち着いているものの、鳥羽の思想にいちいち同調する様子は 見ていて気味が悪かった
まるで鳥羽のレプリカになりたいみたいだ
(そりゃ、鳥羽さん あれだけ飲んでも平気そうだったけど)
蒼太にとって、鳥羽は絶対的な支配者だ
この身も心も鳥羽に捕らわれて もうどうにもならなくなっている
彼はよく、蒼太のことを犬というが その通りだと思う
彼に従い、彼に命令され、言われたとおりに動けると嬉しい
よくやったと褒めてもらえると、たまらなくなる
「けど・・・」
だからこそ、心配もする
自分には外見や鳥羽の様子だけで その傷の具合を判断できる知識がない
鳥羽が大丈夫だと言っても、やはり医者の言葉を信じてしまう
鳥羽の元パートナーで彼をよく知るテレーゼが言うんだから、間違いないと思ってしまう
だって、なんだかんだいって鳥羽は 組織にいるときはテレーゼの言うことを聞いていたのだから
「ゼロ」
コンコン、と
ノックの音が思考をさえぎった
「・・・なんですか?」
ドアを開けると鳥羽がおもしろそうに笑って立っている
「まだ拗ねてんのか?」
「これは拗ねてるとはいいません」
「ワインに飽きた、あれ作ってくれよ」
「・・・いやです」
まだ言うか、と思いつつ
蒼太は鳥羽を見上げた
表情はいつも通り、傷が痛んでいる素振りもない
体温も、側に立っているだけでは感じないから上がっているということもないと思う
自分達は普段から訓練しているから、1日や2日 食事を抜いたところで体を壊すということもないけれど
「・・・大丈夫ですか?」
「お前はミニテレーゼか?
 大丈夫だっつってんだろ、心配しすぎなんだよ」
「だってテレーゼさんに言われてるんです」
「酒を飲ますなって?」
「1ヶ月は不摂生させるなって」
酒と煙草と女を控えさせろ、と彼女は言っていた
長文メールで切々と
「あいつも ほんと変わらないなぁ
 しかも、いい目してるわ、お前を味方につけるなんてな
 ゼロ、おまえがそんな融通きかなかったなんてはじめて知ったぞ」
やれやれ、と
ため息をつきつつ、鳥羽は蒼太の部屋へと入った
酒はあきらめたのか、つかつかとベッドへと歩いていってどさっと横になる
一瞬ギク、とした
もしかして、立っているのも辛いほど傷が痛むのだろうかと思った
だが、彼はそんな蒼太にチョイチョイと手招きすると、意地悪く笑った
「お前の言うことを聞いてやろう
 酒と煙草と女を1ヶ月控えればいいんだな」
それで、蒼太は嬉しくなって顔を輝かせた
はい、と答えて鳥羽を見遣る
紅茶とか そんなのならいくらでも煎れる
ホテルの食事がまずいなら 何か彼がいつも好んでたべるようなものを今から作ってもいい
嬉しくなって、手招きされるまま側へと行った蒼太に鳥羽はおかしそうにクツクツと笑った
「そのかわり、お前に相手してもらうぞ
 飲み足りなくて欲求不満だ、ちゃんと満足させてくれよ」

酒と煙草と女を控えろっていうのは、酒と煙草と性行為を控えろという意味だ
女を男に変えたからって何の解決にもなっていないと思いつつ
鳥羽に腕をとられると 蒼太は抵抗できなかった
そのまま、よろけた身体を支えようとベッドに手をつくと すぐそばで鳥羽がクツクツ笑う
「鳥羽さん・・・」
「どうしたよ?
 お前の言うこと聞いてやってんだ、ちゃんと相手しろよ」
「そ・・・んな・・・」
どくん、と血が熱くなる
期待に、身体が疼く
たまらない何かで 息がつまりそうだ
鳥羽が蒼太に触れると、もう蒼太にはなす術がない
ただひたすらに、求めて求めて求めてしまう

鳥羽のものを口に含み、奉仕を繰り返すと 蒼太のものもすぐにしとしとと濡れてきた
熱が上がって何も考えられなくなる
そそり立ったものに、言われたとおり自分で乗って身を沈めていく
鳥羽の首に腕を回して、震えながら、声が上がるのを必死に我慢してその身を受け入れた
これじゃあ酒を飲ませているのと同じだと思う
性行為は体力を消耗するし、傷にさわる
だから控えろとテレーゼは言っているのに、自分が相手をしていては意味がない
そう思いながらも、蒼太にはどうすることもできなかった
ただなるべく鳥羽に負担がかからないよう、
鳥羽が痛めた腕や肩を使わなくていいよう、
必死に自分で動いた
たまらなく感じて、たまらなく落ちていきそうになる
「ん・・・ぅぅ、う」
足が震えた
鳥羽とこんな体位でするのは初めてだ
いつも犬みたいに四つん這いにされ、必ず後ろから犯される
一方的な行為
蒼太はされるがまま、命じられるがままで
鳥羽との性行為は、鳥羽のきまぐれで始まりきまぐれで終る
だから、気まぐれに触れられて、高められて焦らされて、
それだけで終ることだって度々ある
蒼太を全く一度もいかせずに終ることだってあったし、わけがわからなくなるまで
気が触れる寸前まで続けられたこともある
そのたびに 求めて、求めて、求めて、求める
枯渇して たまらなくなって、どうしようもなくて、泣きたくなる
鳥羽に注がれる熱に狂いそうになる
「その程度じゃあ満足できないぞ、もっと腰使えよ
 ちゃんと教えてやっただろ?」
鳥羽の意地悪い言葉に 喘ぎながら蒼太は必死に身を沈めた
中はもう濡れている
いくらでも飲み込んでいきそうに、貪欲に欲しがっている
そしてそれを恥じる心と
もっと、と言ってしまいそうになる身体に苛まれて わけがわからなくなっていく
「鳥羽さ・・・」
「そうそう、そうやって俺を満足させてみ?
 ちゃんとできたら、お前の言うこと聞いてやるから」
下から突き上げられて 悲鳴を上げそうになったのを必死に飲み込んだ
「ひっ・・・んっ」
ぶるぶると震えながらも、鳥羽の開放を誘うよう動く
熱くて溶けそうになっている中で、鳥羽のものを飲み込んで締め付けて
この身の全てを尽くした
全霊をかけて、奉仕した
何も考えられなくなっていく
ただもう熱だけを感じて、蒼太は必死に疼きに堪えた

どれくらいしていたか、突然鳥羽が蒼太を抱くと そのままベッドへと押し付けた
ぐるり、と視界が回る
同時に、蒼太の顔のすぐ横に 鳥羽が怪我をしている方の腕をついたのが見えた
「鳥羽さん・・・っ」
喘ぐ息の下 必死に首をふった
自分がいつまでも鳥羽を満足させられないからしびれを切らしたのだろう
やれやれといった表情で、鳥羽が蒼太の腰を抱く
足をつかまれて大きく開かされた
「だ、・・・めです、鳥羽さ・・・っ」
ぎし、とベッドがきしむ
腕に力がかかっているのがわかる
そんな風にしたら 怪我が悪化するのは目に見えている
未だに1日1回は注射をしなければならないのに
治療中の傷は、ようやく傷口がふさがったばかりなのに
「おまえがチンタラしてるからだろ?
 俺はあんま気が長くないんだよ、知ってるだろ」
「ひ・・・っ、んっ、あぁぁっ」
ずく、と
激しく突き上げられて 蒼太は喉を震わせた
「ごめ・・ごめんなさ・・・っ」
熱くて、
奥まで突き上げられる動きに、中がどうにかなってしまいそうに熱くて
蒼太はどうにもならないくらいに感じて、感じて、感じた
「ひぃ・・・っんぅ・・・っ」
「おまえが気持ちよくてどうするよ、・・・ったく」
「ごめ・・・なさ・・・・っ」
必死に シーツを掴んで声を抑えようとした
その度に 意地悪く突き上げられる
しとしとと震えているものを、握りこまれて息が止まった
「ん、うーーーーーーーーーーーーっ」
唇をかみしめて、堪えたけれど
それでもびくびくと身体が痙攣して、
鳥羽が蒼太を支えるのと、彼の自分の体重を支えるのの負荷が その怪我をしている腕にかかるのは どうにもできなかった
ミシミシと、
ベッドがきしむ音が、鳥羽の腕がきしむ音のように聞こえる
「んっう・・・、う・・・・・っ」
震えながら、深くまで入り込んで中をかき回していく鳥羽の熱に、蒼太はなす術もなかった
ただ、だだ、落ちていくばかり

蒼太から身を放すと、鳥羽は浅くため息をついた
「と、鳥羽さ・・・」
ひく、と痙攣する身を必死に起こし その腕にそっと手を触れる
震える
たまらない熱に 頭が朦朧としている
それでも、鳥羽の傷が心配だった
泣きそうになる
性行為の相手をした挙句、鳥羽に負担をかけているのが
「き、きず・・・い、い・・・」
声がまともに出ない
ぞくぞくと背を 疼きがまだ駆け抜けていく
「い、いた、痛み・・ませ・・・か・・・・?」
すがるように覗き込んでくる蒼太に 鳥羽はわずかに苦笑した
「まともに喋れないなら黙ってろ」
そして、前髪をうっとおしそうにかき上げると 意地悪い目で蒼太を見つめた
「お前はもう少し勉強しろ
 アゲハの方がよっぽど巧くやるぞ」
そうして、泣きそうになった蒼太に満足そうにした後、自分の腕にかかった蒼太の手を払い言った
「次までにはもうちょっとマシになっておけよ?
 おまえの言うこと聞いてやるんだから お前が相手するのが筋だろ?」

相手をアゲハに変えるといわれなかったことに、安堵しつつ
蒼太は鳥羽の出ていった部屋で一人 まだ震える身体を抱いて息をついた
後からこみあげてくる色々な感情
鳥羽の熱、はじめて顔を見ながら抱かれたこと
羞恥と、歓びと、痛みを同時に感じた
ぐるぐると、心がはじけそうになるくらい、感じすぎて死にそうだ
いっそ鳥羽の与える熱で、死ねたらいいのに
(鳥羽さん・・・)
ぎゅ、と目を閉じて 意識を閉ざそうとした
行為の余韻に、眠りはなかなか訪れなかったけれど

次の朝、制服に着替えて出てきたアゲハはどこから見ても少女だった
華奢な手足、
どう見ても15.6歳にしか見えない
「でもまぁお前も18で通る」
「・・・そうですか?」
「18歳がスクールの最終学年だ
 丁度王子もその年だし、二人とも童顔でよかったな」
王子の男女の交友関係を調べるため、蒼太が男子側、アゲハが女子側を調べることになっている
スクールは全寮制で 合同授業と食事と休憩時間以外は 男と女が接触できないから これからはアゲハと連絡を取るのもむずかしくなるかもしれない
「大丈夫よ、必要になったら私が呼んであげるから」
すっかり仕事モードに入っているアゲハは そう言うとワガママな目で蒼太を見て笑った
二人も同時に編入するのは不自然だから、と最初 蒼太とアゲハの設定は兄妹ということになっていた
外国で名高いクリスローラ家の子女という設定だったのを 鳥羽が無理無理と言って変更したのはつい昨日のこと
「こいつには身分の高い役は無理
 こないだもひどかったんだから、すぐに見抜かれるぞ」
こないだ、というのはアレだろう
美しい南の島で王子に扮した あの仕事のことだろうけれど
「クリスローラ家の使用人でアゲハの世話係りってことにしとけ」
それで、さっきからアゲハは蒼太に命令口調だ
ついでにワガママ言い放題で、横暴だった
「鳥羽さんと私は時期を見て潜入する
 それまでは、二人で調整しながら調査を進めること
 まずはターゲットの特定を行う
 二人とも1日1回は私に連絡を入れるように」
今回は、4人で仕事に当たる
全体のコーディネートはネロが行い、他はそれぞれ状況に合わせて動く
まだ、相手が誰かもわかっておらず、
どういう背景でどういうことが起こっているのか
王子は相手の何に魅かれて そんなにも影響されているのか
そもそも、その「王家としてやってはいけないこと」とは何なのか
その相手と、どうやって縁を切らせるか
すべてわかっていないままだから、作戦の立てようがない
まずは下調べからやらなければならない
「全寮制のスクールってのは一種の密室だからな
 中に入らないと何もわからん
 事前に調べられないから 潜入後が大変だな」
大抵の仕事は、潜入前に何をすべきかわかっている
もしくは、潜入前に調べつくして 背景やターゲットを絞り込む
今回はそれがまだできていないから、何もわからないまま
現地でのそれぞれの機転と連携がものを言う
そして、個々の情報を集めて状況を正確に把握し、有効な手段や作戦を考えるコーディネーターの役割が重要となる
蒼太は、今まで鳥羽以外の指示に従って動いたことはなかった
そもそも、鳥羽以外の人と一緒にやる仕事自体の経験が少ない
コーディネーターは誰でもできるというわけではないから、今まで蒼太が経験した仕事では たいていは鳥羽がやっていた
今回のメンバーを見たら 普通なら鳥羽がやるところなのだろうが
鳥羽の怪我を気遣ってか、ネロなりに鳥羽に無理をさせないようにしようとしているのか
自分がコーディネーターの役を買って出た
鳥羽はそれを快諾して、こういう図ができあがっている

「新しい学校楽しみね」
「はい」
車でスクールへ向かいながら、蒼太は前に座っているアゲハを見た
悪戯っぽい目をして こちらを見ている
どこから見ても本当にお嬢様だ
命令する様も、話し方も、生まれつきの身分の高さを感じる
自分が王子をやったときには 鳥羽があれはひどいというような出来だったのに
(やっぱりアゲハは・・・スキルが高いんだな・・・)
そして自分は スキルでいえばまだまだだ
本番に強いというだけで
レベルでいえば、アゲハの方がずっと上だと そう感じる
(・・・なんというか・・・劣等感・・・)
苦笑して、もやもやしたものを消そうと努力した
アゲハを前にすると刺激される
自分も もっとスキルを磨かなければならないと
アゲハには、負けたくないと
「私、ゼロに会えなくなるの嫌
 一人じゃ夜 眠れないわ」
「お嬢様の学年は たしか3人部屋だったはずですよ」
「知らない人と一緒になんか寝られないわっ」
頬を膨らませて アゲハは蒼太をにらみつけた
可愛いと思う
鳥羽がアゲハを気に入っている理由がわかる気がする
大抵の男はこういう外見を可愛いと思うだろう
それにアゲハは男に媚びる方法をよく知っている
「だからね、ゼロ
 今夜 寮の私のお部屋に来て?
 そして私が眠るまで 手を握ってて」
可愛い顔をして、初日からいきなり無理難題を言ってくるアゲハに苦笑しつつ、蒼太はそっと息をついた
負けたくないと、また思った

【潜入1日目】
スクールについた蒼太を案内してくれたのは、男子寮の寮長アルベルトだった
蒼太と同じ最終学年の生徒で、趣味はポーカーだと笑って言った
賢そうな、穏やかそうな、優しそうな外見
それでいて、目には強い意思が宿っていた
(リーダー格なんだろうな・・・この人)
話し方はハキハキしていて、だが他人に警戒心を与えない
ポーカーで金を賭けるのは禁止されてるから、秘密だよと
言いつつ 先週はかなり儲かったよ、なんて話をして悪戯っぽく笑っている様子は、編入してきたばかりの蒼太の緊張をほぐそうと気を使ってのことだろう
「僕は元々庶民でね、本当ならこんな金持ち学校には通えないはずだったんだけど
 両親が早くに亡くなって孤児院に引き取られ、そこから今の父の元に養子に出た
 今の父は僕をお坊ちゃんにしたくて、由緒正しいこの学校に入れたってわけ」
優しい言葉遣いで明るく笑う様子は 見ていてとても好感が持てた
そして同時に、違和感も感じた
この世界に入ってから 蒼太は色々な人間を見てきた
醜い世界の、汚い人間達
そんな中で色々な人間に扮して、様々な性格や人柄を演じてきた
だから なんとなく感じるものがある
彼からは、そういう暗い世界の匂いがする

校内をざっと案内し、寮に連れてきてくれたアルベルトは、そこで蒼太を皆に紹介した
1年から8年までの全員が この寮に住み 一緒に生活している
「ゼロといいます、どうぞ宜しくお願いします」
控えめに、でも笑顔で挨拶をすると 蒼太は周りに集まって興味深げにこちらを見ている少年達を見回した
ざっと見て、貴族や王室、その親戚たちの派閥と、商売で金をもうけた富豪達の派閥に分かれているように思える
昔は貴族しか入れなかったこのスクールも、今では身分に関係なく門戸を開き 金があれば入れるというような状態なのだろう
今 蒼太の周りに集まって 何やかんやと話しかけてきているのは どちらかというと庶民の派閥だ
見るからにお貴族の皆々は、蒼太のように貴族でもない人間には興味を示そうとも思わないようだ
(・・・仲良くならないといけないのは、貴族側なんだけどな)
王子はもちろん貴族側の中心だ
王子と王子の親戚であるユーランという男が 貴族の派閥を仕切っているように見えた
「ゼロ、ここが君の部屋
 8年生は一人部屋なんだ、好きに使っていいからね」
談話室の壁にかかっている寮の部屋割り表を指指したアルベルトは 僕の隣だよとにっこり笑った
中庭に面した4階の部屋、王子の部屋からは少し遠い
「アルベルト、おまえ今からどうすんの?」
「先生に呼ばれてるから、少し出てくる」
「なぁんだ・・・じゃあ夜は?」
「夜は暇だよ、もちろんゼロの歓迎会には参加するよ」
庶民派は、いつまでも蒼太を囲んで盛り上がり アルベルトは教師の用のために輪を離れた
「アルベルトが来るならポーカーだな、こないだの雪辱戦」
「ゼロ、徹夜できる?
 みんな賭け事好きなんだ」
わいわい、と話す様子から、アルベルトが慕われている様子がとてもよくわかった
それでいて、寮長という立場と、成績ナンバーワンという地位で 貴族側からも一目置かれているようで
さっき談話室を出ていくとき アルベルトが親しげに貴族側の生徒に声をかけているのを見た
そういう地位を確立するのに何年かかったんだろうと考えつつ
蒼太は チラチラと蒼太の噂をしながらこちらを見ている貴族達を意識した
今日は無理だとしても、明日か明後日くらいには、彼らとも話をしてみたいと思う

「ゼロは女子寮に入ったアゲハ姫の付き人なんだって?」
夕食の席で、向かいに座った下級生が言った
彼らは年上にも敬語を使わない
今日会ったばかりの蒼太に対しても、すでに友達感覚
身を乗り出して 好奇心いっぱいの目でこちらを見ている
「知ってる、女子が噂してた
 あのクリスローラ家の姫が編入してきたってっ」
「俺 さっき見たけど、天使みたいだった」
「さすが、お嬢様はお世話係り連れで編入かぁ」
わいわい、と
言う皆の話を聞きながら 蒼太はにこにこ笑って相手をした
こちらに興味を持ってもらえれば、それだけ情報も手に入る
彼らはさっきまで、蒼太の部屋に押しかけてきて 色々な話をしてくれた
学校のこと、生徒のこと、それから貴族達のこと
「女子寮の寮長もすごい綺麗なんだ
 オレはアゲハの可愛さの方が好きだけど」
「おまえ ヒルダに振られたからそう言うんだろ
 このあいだまで 彼女はオレの女神だって言ってたくせに」
「たしかにヒルダは綺麗だけど 冷たいだろ?
 アゲハはどうだ? 見たまんま、天使みたいに優しいのか?」
「どうなんだよ、ゼロ」
質問攻めに食事もできない勢いだ
いつの間にかアルベルトも同じテーブルについて、面白そうに話を聞いている
「アゲハ様はワガママですよ
 天使というよりは子悪魔です」
蒼太は わずかに苦笑してみせた
ああいう風にワガママを言えたら、甘えられたらいいのにと時々思う
鳥羽は元々そういう人間が好きなのだろう
鳥羽の恋人達には 甘えたり、わがままを言ってこまらせたりする女が多いと思う
鳥羽の話を聞いていると
「オレ そういうの好み!」
「おまえみたいな庶民 誰も相手にしないっての!」
学生のノリに どこか懐かしくなって蒼太は心の中でくす、と笑った
ここにいる全員が年下で、
だからこそ 会話が幼いのも、警戒心がないのも、心地よかった
仕事がやりやすい
こんな風に向こうから寄ってきてくれると こちらが無理をしなくてすむ
そうすれば不自然さが減るからありがたい
「ゼロ、よければこの後ポーカーをしない?
 もし君が、こんな下々の人間の遊びに興味があればの話だけど」
「貴族達のお茶会より庶民な俺達を選んでくれるっていうならの話だけど」
冗談めかしく、だが大声で言った誰かの言葉に、隣のテーブルにいた男がこちらを睨みつけてきた
(貴族のお茶会は興味があるけど・・・)
「お茶会にはお声をかけてもらってませんよ」
穏やかに笑って言ったら、アルベルトが笑って立ち上がると耳打ちしてきた
「ほんとはね、向こうも君に興味があるんだよ
 ただ、彼らはプライドが高いから 気軽に話しかけられないんだ」
悪気はないんだよ、と
その言葉に 蒼太は笑ってうなずいた
そして、だからこそ なんとか向こうから近づいてくるように仕掛けなければならないのだけれど
「君がクリスローラ家の人間だって聞いて驚いてたよ
 アゲハには、お近づきになりたい連中も多いだろうからね」
最後は冗談っぽく、悪戯っぽく
言うと アルベルトは蒼太の手を取った
「さぁ、ゼロの部屋へ行こうか
 今夜は徹夜で歓迎会をしよう」

【ネロへの報告】
蒼太 「気になるのは寮長のアルベルトです
    貴族側とはまだ接触できていませんが、王子の側にユーランという男がいます
    彼が貴族側で力を持っているようなので、まずは彼に取り入ります」

アゲハ「気になるのは寮長のヒルダ
    彼女の家について調べてください、ロチェスター家の娘って言ってるけどホントかな
    あの子からはそんな感じしないんだけど
    あと、王子の従弟のユーランって男からお茶会に誘われたけど断りました」

【ネロからの指示】
「ゼロは早期に貴族側に接触すること
 アゲハは引き続き女子寮で王子と特別な関係にある者を調査すること
 ヒルダについては調べておく」

【潜入2日目】
元々、蒼太は人に嫌われないことを得意としていた
物心ついてからずっと、人の機嫌を伺って生きてきたから 今では、顔色やちょっとしたしぐさ、話し方などで その人がどんな気持ちなのか読むことができる
そういうのに、とても敏感になっている
だから、相手の気持ちを読み取って 相手の喜ぶ返答をして、相手が優越感を感じるような態度を取る
すると すぐに気に入ってもらえる
そうやって、昨日のたった一日でもう ここにいるほとんどを味方につけた
皆は 貴族の付き人なのに庶民派と仲良くする蒼太を気に入ってくれ
心を許して色んな話をしてくれた
貴族の誰がどんな性格で、どんな家柄で、どんなに嫌な奴か
王子を掲げた宗教みたいだと言い捨てた台詞が頭に残っている
「王子が神でユーランが教祖だな
 あいつら、下級生を脅して忠誠を誓わせて使用人みたいにこき使ってるんだぜ」
「そして その下級生が上級生になったら 同じ事をするんだ
 バカみたい
 使用人が欲しけりゃ、アゲハみたいに使用人と一緒に入学してこればいい」
彼らのおかげで 接触していないのに貴族側のグループ構成から個々の性格、趣味趣向まで なんとなく把握できた
このデータがあれば、彼らに接触したときにやりやすい
「しかし、ポーカーはやっぱりアルベルトが一番強いな
 顔に出ないもんな、一切
 昨日はゼロの歓迎会だってのに アルベルトの一人勝ち
 どんだけ稼ぐんだって感じだなー」
「一回でいいから勝ちたい」
言いながら 一人が大あくびをしたのに 蒼太はクスと笑って見遣った
昨夜は本当に徹夜でカードをしていた
それに、さすが金持ち学校と言うだけあって、多額の金が賭けられている
本人達は親からもらった小遣いの範囲で楽しくやっているから 取られてもさして気にはしていない
金の問題より勝負に負けた悔しさの方が残るみたいだが、普通の感覚で考えたら、ちょっとおかしい
一晩で100万くらいは稼いでいるのではないだろうか
こんなことを週に1度はやるというのだから、アルベルトは一体いくら稼いでいるのだろう
(学生がそんなにお金を稼いで何に使うの?)
蒼太は疑問に思っても、他の誰も 何も思わない
自分が生まれついての金持ちじゃないから気になるのだろうか
彼らにとっては、100円200円と同じ感覚なのだろうか
「僕は運がいいんだよ、なんたって勝負の女神がついてるからね」
アルベルトはゲーム中 よくそう言っていた
たしかに運もあろうが、彼は本当にゲームに強い
計算ができて、それを顔に出さない人間は、こういうゲームに強いだろう
(ポーカーか・・・)
ポーカーが強い人間は嘘つきだ
手の内を見せず、顔に笑顔、心にもないことを言って人を操る
そんなゲームだと思う
よく、組織のサロンで鳥羽に負かされた
その時に聞いたことがある
嘘つきはポーカーに強い、その嘘つきを騙すなら適当に負けて当たり障りない順位でいろ
そして、嘘つきの仮面の下を観察しろ、と
(アルベルトは嘘つきなのかな・・・)
昨夜 蒼太は鳥羽の教えのとおり、適当に負けて適当な順位にいた
そうしながら、ずっとアルベルトを観察していた
腕まくりした腕に細かい傷があるな、とか
時計はクラシックな珍しい型だな、とか
酒も煙草も口にしなかったから、そういうことろはマジメなのかな、とか

【ネロへの報告】
蒼太 「貴族側への接触の仕込みをしました、相手の反応待ちです
    パソコンが欲しいんですが、運び込めるでしょうか」

アゲハ「ユーランがお茶会に誘ってきたけど断りました
    王子と深い関係の女は見当たりません
    針で体内に入れる毒で、一時興奮状態になる薬が欲しいです
    馬に使っても死なない程度の弱いやつ、明後日までに」

【ネロからの指示】
「ゼロのパソコンは明日手配する
 貴族側と接触しないと始まらない、急ぐように
 アゲハのいう薬も明日 香水と一緒に送る
 ヒルダだが、戸籍上は確実にロチェスター家の娘となっている
 DNA鑑定をするなら 髪の毛でも取って送ってこい
 アゲハは教師まで範囲を広げて 王子との関係を調べろ」

【潜入3日目】
3日目にもなると、わがままプリンセスのアゲハの名は学校中に広がっていた
何かにつけては、蒼太を呼び出し用事を言いつけ
時には蒼太が来るまで泣き止まないなんてこともあった
そのくせ、用事といえば リボンがほどけたから結びなおせだの
靴をはかせろ、髪型が気に入らない、教科書がなくなった、転んで足が痛い、エトセトラエトセトラ
「ほんと、おまえって使用人の鏡だな」
「おまえみたいな使用人 オレも欲しいわ」
「嫌な顔ひとつしないしな」
「何でそんな従順なの?」
今やたまり場となった蒼太の部屋に集まっていた面々は、最初 アゲハが呼んでいると聞くたびに飛んでいく蒼太に呆れていたが、今はもうそれを通り越してすごいと感心していた
「ちらっと聞いたけど、ユーランのやつ しつこくアゲハを茶会に誘ってんだってさ
 でもOKもらえなくて、苛立ってるって
 アゲハ なんていったと思うよ?
 ゼロがいなきゃ嫌、だってさ
 天下のお貴族様が使用人に負けてやんの、おもしろすぎ」
くくく、と可笑しそうに笑った下級生は にこにこと笑って聞いている蒼太を悪戯っぽく見た
「お嬢様は男の方が怖いんですよ
 まだ心が幼いので警戒心が強いんです
 優しい方でないと、難しいでしょうね」
ユーランは見るからに、優しそうとはいえない
ガタイはいいし、顔も18歳には見えないくらいいかついから お世辞にも女の子受けする顔とはいえない
「そうなんだ、あんなワガママなのに可愛いとこあるんだな」
「身分の差とかどうなんだよ
 オレの家 そこらの貴族より金はあるぜ」
「だから おまえの顔じゃ無理だって」
身を乗り出した何人かに、蒼太はくす、と笑った
「アゲハ様は私にこれ程に優しくしてくださいますから、身分の差というものはあまり気になさいませんよ
 旦那様もそうですから、自然と」
「旦那様えらいっ」
わいわいと、騒いでいる皆を穏やかに見守っているアルベルトに 蒼太はチラと視線をやった
明日、アゲハのクラスと合同で乗馬の授業がある
アルベルトは乗馬が得意だと聞いたから、チャンスだと思った
アゲハが昨日 ネロに報告をしたときに 馬を興奮させる薬がいると言っていたから きっと何かをするつもりだ
それに乗じて 蒼太の推測通りにコトが運べば言うことはない
少しでも、気になるアルベルトに近づけるはずだ

【ネロへの報告】
蒼太 「王子とアルベルトが接触するのを見ました
    接触地点に盗聴器を仕掛けるか迷っています
    あと、気になったのはアルベルトの時計ですが、調べたところ世界に2本しかないもののようです
    もう1本の持ち主を探してください
    画像を転送します」

アゲハ「ユーランからのお茶会は断っておいたよ、そろそろゼロのところに誘いがいくんじゃないかな
    ヒルダは病弱なんだって、今日は熱で寝てたみたい
    髪の毛は明日取って送ります
    教師は王子の権力にびびってる人が多くてうんざり
    変態が一人いたから適当に相手しておきました、あれは何かの時に使えるんじゃないかな
    明日、乗馬の時間に仕掛けます」

【ネロからの指示】
「盗聴器は扱いがやっかいだ、設置せずしばらく様子を見ろ
 時計の件は調べておく
 ゼロは早期に貴族側と接触を持つように
 アゲハは引き続き教師まで範囲を広げて調査するように」

【潜入4日目】
朝からため息をつきつつ、蒼太は教室へと向かった
毎晩のネロへの報告のたびに 気が滅入る
アゲハは仕事が速い
比べて 蒼太は未だ貴族達と接触できていない
庶民派やアルベルトは常に側にいるけれど、貴族達は一向によってこない
昨日までに色々な仕込みをしたから、そろそろ効果が現れるとは思うのだが
毎晩毎晩 「早期に接触を」と冷たい声で言われれば気も滅入る
鳥羽なら、多少時間がかかっても蒼太のペースでやらせてくれるのだけれど彼はそうはいかないようで、なかなか接触しない蒼太にしびれを切らしているような感じだった
アゲハがユーランからの茶会を断り続けているのも、
蒼太がいないと行かないと言っているのも
普段から蒼太にべったりに演じてくれているのも、全て蒼太をサポートするためで
彼らが アゲハを誘うためには蒼太から接触しなければならないと考えるように仕向けてくれている
にも関わらず、未だ接触できないまま
アゲハの方はどんどんと調査が進み こちらは未だ仕込みばかりで何も結果を出せていない
(劣等感・・・)
鳥羽と二人のときは、こんなこと考えなかった
だが、この仕事はモロにアゲハと比べられる
自分がいかに出来が悪いかを毎晩突きつけられているようで、ため息が出る
蒼太は先を読んで、いくつもの手を用意してから動くタイプだから どうしても行動が遅くなる
鳥羽は、それを許してくれて
むしろ 奥の手をいくつも用意しておけと言うタイプだったから良かったけれど
(もしかしたら・・・鳥羽さんはあれでも僕を甘やかしてくれてたのかも・・・)
考えれば考えるほど、落ち込むから 考えないようにしているけれど
そろそろ、何か動きがほしい
今日の乗馬の授業で アゲハが仕掛けるのに どうか自分の仕込みがうまく作用しますように

午後からの乗馬の時間は、皆 嬉しそうにどことなくソワソワしていた
「アルベルトは乗馬が得意なんだ」
「王子も得意だけどね
 二人でいつも1.2を争ってる」
へぇ、と思いつつ
蒼太は少し離れたところで貴族同士 集まっている中にいる王子を見た
3日間観察をしたけれど、どうも王子はどこか気が弱そうで
気位の高そうな顔をしているけれど、ユーランに強く主張されるとその通りに行動していることが多かった
どっちかというと、ユーランの方が力が強そうだった
今も彼が威張り散らしているように見える
王子はただ、その横で黙ってみているだけ
(乗馬か・・・)
チラ、と女子の方を見遣ると アゲハは上級生達と一緒に楽しそうに笑っている
その向こう、黒髪の少女が見えた
遠目でも綺麗な顔をしているのがわかる
あれがヒルダか
誰とも一緒におらず、冷たい目で表情のない顔をして、おもしろくなさそうに佇んでいた

丁度 授業の終わり頃、事件は、急に起きた
男子と女子が一緒になって 馬を走らせていた時間
耳を劈くような馬のいななきと、アゲハの悲鳴が響いた
暴れる馬、その背にしがみ付いて叫んでいるアゲハ
興奮した馬につられて、何頭かの馬達が一斉にいななきはじめた
慌てて自分の馬を御す者と、慌ててその場から離れる者
比較的遠くにいた者達は唖然と見守り どうしようもなくオロオロとうろたえた
瞬間的に動いたのは、アルベルトだった
蒼太の計算通り、馬を走らせてアゲハの側まで行くと、アゲハの馬に飛び移り手綱を引いて馬を落ち着かせようと声を上げる
驚くような身のこなし
訓練でも受けていないと、ああはできないだろうと思いつつ 蒼太も馬をアゲハの馬に寄せた
この馬は、アゲハが毒をぬった針を刺したことによって興奮状態になっているのだ
普通になだめても、大人しくはならないだろう
解毒剤は昨日のうちに用意した
この程度なら簡単に作れるから わざわざネロに言うまでもなく手に入る
それを、側まで行ってアゲハを助けるフリをして手を伸ばし 馬の首へと射した
自分の馬がつられて暴れるのをなだめつつ、解毒剤が効くのを待つ
薬さえ効けば、あとはアルベルトがなだめてくれるだろう

「アゲハ様・・・っ」
2分程で馬は落ち着き、アゲハはアルベルトに抱かれて馬から下りた
ヘタヘタとへたり込んだのに駆け寄ると、キッと睨みつけられ頬を思いっきり叩かれる
こういうの、何回目だろうと考えた
呼んだのに来るのが遅い、とか
何か気に入らないとかで、アゲハにはここにきてからよく叩かれている
「どうしてすぐに来てくれないのよっ
 私が死んでもいいのっ?!」
大きな目からは はらはらと涙がこぼれている
肩が震えて、本当に怖かったのだろうと思わせた
誰もこれが芝居だなんて思わないだろう
「ゼロはあなたを助けようと必死でしたよ
 あんな風に暴れた馬の近くに来ること自体危険なことなのに、ゼロはそんなこと気にもせずあなたを助けようとしていました
 そんなに叱らないであげてください」
アルベルトの言葉に アゲハは泣きながらわずかに顔を背けた
こういうしぐさ、巧いと思う
まるで、照れているようで
恥ずかしがっているようで、戸惑っているようだ
アゲハがこの瞬間 アルベルトを意識したことが 敏感な者にならわかっただろう
そういう風に演じている
自分を助けてくれた男に、心を捕らわれたような そんな顔だ
「ゼロ・・・許してあげるから部屋までつれて帰って・・・」
心細げに 顔を背けたまま言ったアゲハは 蒼太に抱き上げられると一度だけ伺うようにアルベルトを見た
そして、そのまま何も言わず わずかに頬を染めて蒼太の肩に顔をうずめた

アゲハは、あの場にいた貴族の誰か、もしくは王子自身に自分を助けさせようとしたのだろう
そして、その相手に惚れたフリでもして仲良くなり 情報を得ようとしたのだろう
誰も助けられなくても、蒼太に助けさせれば アゲハが蒼太を頼りにしていることを更に周知でき
貴族達はアゲハを落とすためには蒼太から落とさなければ、と嫌でも考えなければならなくなる
多分、どっちでも良かったのだろう
そんなアゲハの仕掛けと、蒼太の読みと仕込みがかみ合った
アルベルトはアゲハに無理なく近づけて
蒼太は、アゲハにアルベルトを調べてもらうことができ一石二鳥ということになる

「アゲハ、大丈夫だったか?」
「もう落ち着きました、ご心配をおかけしました」
夕方、部屋に戻ると そこには何人かの男達が集まっていた
初日からずっと 蒼太の部屋には庶民派達がたむろっている
好かれたものだな、と思いつつ 蒼太はそこにいる一人に苦笑してみせた
「さっきはすみませんでした、アゲハ様も気が昂ぶっていて・・・」
「いいんだ、俺はふられたんだから」
「なに、マークまたふられたのかよ」
「というかまた、告白したのかよ」
先ほど、ここにいるマークが二人を追いかけてきて言ったのだ
廊下に響き渡るような大声で、愛してるだの、結婚したいだの
「あんなことがあって俺も気が動転したんだ
 いきなり結婚してくれなんて言ってしまった」
「そんなのいつもだろ、おまえのそのやり方で落ちる女がいるかよ」
「そうそう、しかもいつも高嶺の花ばっかり選ぶしな」
落ち込んでいる男に対して 周りは冷たいというか冷静というか
いつものことなのだろうが、蒼太はかなりびっくりした
そして、アゲハもまた驚いたのだろう
蒼太に抱かれたまま、キッとマークを睨みつけ 一言
「私はキライ」
みもふたもなく、振ってしまったのだった
振られた本人は、悲しそうにうなだれている
「色んな男がアゲハに振られたらしいよ」
「・・・まだ4日目ですよ?」
「お茶に誘ったりデートに誘ったりしても、つれないくせに 目があったりするとニコっと笑いかけてくれる天使のような悪魔のようなあの微笑
 翻弄されてる男のなんと多いことか」
「・・・あの方は気分屋ですから・・・」
苦笑しつつ、本当にすごいなと蒼太は内心ため息をついた
アゲハだって組織の人間なのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど
多分 蒼太にはこんな風に鮮やかにはできない
まるで魔法でもかけてるようだと感心する
そしてまた、劣等感に苛まれる
「今日の泣いてた顔も可愛かったな」
「それよりアルベルト 格好よかったな」
「貴族達、普段は乗馬は貴族のたしなみですから、とか言ってるくせに 今日は見てるだけだったもんな」
「あいつらは 結局そういう人間なんだよ
 いつだって本気になんかならない
 自分が一番可愛いんだから」
やいやい、と
皆が盛り上がっている中 アルベルトがやってきた
「おお、英雄の登場だな」
「見回りご苦労様です」
迎える言葉に苦笑しながら アルベルトは蒼太ににこ、と笑いかけた
「彼女、落ち着いた?」
「はい、本当に今日はありがとうございました」
「いいんだよ、そんなの
 ごめんね、僕がでしゃばったせいで叩かれたとこ・・・大丈夫?」
「はい、慣れてますから」
くす、と
笑った蒼太に アルベルトも満足気に笑った
空気でわかる
今 彼は上機嫌だ
どんなにポーカーフェイスしても、蒼太には感じる
多分、蒼太の考えたとおり アルベルトはアゲハと接触したがっていた
それが何故だかはまだわからないけれど
「ああ、そうそう、ゼロ
 昨日ゼロが食堂の空調を直したって話をしてたらユーランが 自分の部屋のも直してほしいって言ってたよ
 もし、時間があったらちょっと見てあげて欲しいんだけど」
ふと、
思い出したように言ったアルベルトに 蒼太が反応するより先に周りがブーブーと反応した
「なんだよ、行かなくていいよゼロ
 あいつら都合のいい時だけ人を使おうったってそうはいくか
 空調が壊れたんなら修理を呼べっての」
「そうだそうだ」
「でもね、修理に電話したら今週はずっと休みだっていうんだ
 だから食堂のもゼロに頼んだわけだしね」
庶民派にいるとはいえ、常に中立のアルベルトは 文句を言う皆に苦笑しつつ蒼太を見た
蒼太は初日から、学校中の色んな場所に仕込みをした
食堂の空調もそう
ユーランの部屋の空調もそう
他にも色々と、貴族達から蒼太に声をかけてくるための仕込みを隠してある
「かまいませんよ、僕は
 今から行ってきます」
時間もありますから、と
言って 蒼太は立ち上がった
プライドの高い貴族達は、アゲハを落とすのに蒼太と親しくならなければならないとわかっていても声をかけてこない
いつも庶民派と一緒にいて楽しそうにしているのが気に入らないのか
使用人ごときに自分から声をかけるのが嫌なのか
だったら、彼らが蒼太に声をかけざるを得ない状況を作ればいい
例えば部屋の空調が壊れて困っているところに、蒼太が食堂の空調を直しただなんて話を聞かせるとか

「ユーラン様、ゼロです」
部屋をノックすると、そこにはユーランと二人の下級生の幼い少年がいた
二人とも、複雑な表情で蒼太を見ている
見下したような、興味を持っているような、どこか怯えているような
「オレは壊れたものは新しいものと取り替えて使うから修理の仕方なんて知らくてね」
「そうですね、お手が傷ついては大変ですし」
蒼太は丁寧に挨拶をした後 部屋の奥の空調の中を開けて配線を見た
はっきり言って、これを壊したのは自分だ
どうやれば直るかなんて知り尽くしている
適当に、カチャカチャとやってみせて、それからすぐに抜いておいた部品をはめた
「直りました」
「ああ、ご苦労」
蒼太の言葉に、ユーランは蒼太に椅子をすすめた
素直に座ると 下級生二人が興味深げに蒼太を見る
「お前は器用だな、それに素直だ、立場をよく心得ている」
「ありがとうございます」
丁寧に受け答えする蒼太に、気をよくしたのか ユーランは下級生の一人にお茶を煎れるよう言った
一人が立ち上がってポットを用意しだす
「お前はアゲハの世話係として編入したんだったな」
「はい」
「彼女をお茶に誘っても おまえが来ないと嫌だという
 だからといって、使用人を王子のいらっしゃる茶会に同席させるなんて王子に失礼というものだ」
「はい」
控えめに、同意した蒼太に ユーランは満足そうに笑った
「おまえが茶を煎れるという名目なら、その場にいることを許してもいいと俺は思う
 そうすればアゲハも来るだろう」
「僕でよろしければ、何でもいたします」
貴族と庶民というだけで、こんなにも見下されるのも面白いな、と思いつつ
蒼太は頭を下げて従った
こうなれば、後は思うがままだ
こういう 支配者タイプの人間に好かれる方法は心得ている
意識しなくても、自分には犬意識が強いから自然と相手もそれを嗅ぎ取るのだろう
命令し、従わせることに快感を感じる人間ほど、蒼太にとってやりやすい人間はいない
「ふん、おもしろいな
 素直なところが気に入った」
「ありがとうございます」
「お前、オレに忠誠を誓え」
偉そうに、言ったユーランの言葉にガチャンとお茶の用意をしていた下級生がカップをひっくり返した
「何をしてる」
「すみません・・・っ」
慌ててこぼれたお湯を慣れない手つきで拭くのを見ながら そういえば誰かが 貴族達は下級生を脅して忠誠を誓わせ こうやってこき使うと言っていたっけと思い至る
ここにいる二人の下級生は、ユーランを慕ってここにいるのではないのだ
無理矢理に、ここにいることを強要されて、慣れない給仕なんかをさせられているのだ
「申し訳ありません、ユーラン様
 僕はクリスローラ家の使用人です
 この身の忠誠はアゲハ様にあるのです」
困った顔をしてみせて、蒼太はユーランを見つめた
下級生ふたりは、はらはらとした表情で見守っている
「それはわかってる
 誰もアゲハを捨ててオレのものになれなんて言ってない
 そういうのとは別に、オレに忠誠を誓い オレの命令に従えと言ってるんだ」
蒼太の計算通りにコトは進んでいたが、すぐにはうんとは言わなかった
困ったように考える素振りをし、救いを求めるようにユーランを見た
こういうのばかり巧くてもな、と思いつつ
今はこの目の前の暴君に 高く自分を売らなくてはならない
「わからない奴だな
 この学校にいる間 お前はオレのために存在する
 オレが呼べば来て世話をする
 オレの命令に従う
 そのかわり、お前はオレや貴族側の人間と話をすることができる
 茶会に同席することもできる」
オレの忠実な家臣として、と
まるで自分が王様か何かになったかのような言いっぷりに 蒼太は内心苦笑しつつユーランを見上げた
ユーランは、焦らす蒼太にイライラとしながら テーブルの上のシュガーのビンを手に取って蒼太の目の前へと突き出してくる
中にはシュガーというわりには、質感の違うものが入っていて なぜこんなものを見せるのかと怪訝そうにした蒼太に 彼は得意げに言った
「これは一種のドラッグだ
 おまえがオレに忠誠を誓うなら、これを分けてやってもいい」
ドラック、ときいて内心ひやりとした
見たところ軽いものなのだろうが、それでも
蒼太にとっては、致命傷になりかねないものだ
自分の身体は 麻薬というものに弱い
鳥羽によって死の淵から助けられたとき 次にはまったら二度とぬけられなくなるかもしれないから気をつけろといわれた
以来、麻薬には何があっても近づかないようにしている
あの麻薬を抜く治療の苦しみをもう一度、なんて考えただけでもぞっとする
鳥羽の言うように、今度は耐えられないかもしれないのに
「・・・わかりました」
これ以上焦らして あれを使われても困る、と
答えた蒼太に ユーランは満足気にため息をつくと イスを引いて組んでいた足をほどいた
「オレは素直な人間が好きだ
 従順で立場をわきまえていて、優秀なら言うことはない
 いかに優秀な人間を従えるかで主人の格もまた上がる
 おまえはオレの顔に泥をぬらないように気をつけろ」
はい、と
答えながら これはこれはえらく気に入ってくれたなと 内心そっと苦笑した
こんなことを、この下級生達も言われているのだろうか
それとも、貴族同士ではここまでは言わないのか
「オレが命令したら従え」
「はい」
従順な蒼太に、ユーランは下級生の入れたお茶に シュガーのビンに入っている粉をパラパラと入れて一口飲んだ
そうして、にやりと笑う
側にいた下級生が、怯えたような顔をしたのに違和感を感じたのもつかの間
「こい、ゼロ
 お前の忠誠の証を見せてみろ」
最初の命令が、蒼太に下された

ユーランの命令通り、彼の足元に膝まづき ズボンのファスナーをあけ 中のものを取り出して奉仕すると それは次第に熱を持ち質量を増した
この学校に入って思うけれど、やっぱり変態は貴族のような古くからの金持ち達の方が多い
人を人とも思わない扱いで、自分が一番偉いと思っている
だから 恥ずかしげもなく要求してくる
こういうことをさせて、自分が上でお前は下だとわからせたいのか
それとも単に、性欲処理のための道具として使いたいだけか
「は・・・、さすがにクリスローラ家の使用人は教育が違うな」
蒼太の奉仕に、ユーランはあっという間に白濁を吐いた
部屋を汚さないよう、全部受け止めて飲みくだした蒼太に ユーランは満足そうに薄ら笑う
ドラッグのせいか、身体がわずかに横に揺れている気がする
「続けろ、オレがいいというまで」
「はい・・・・」
恥らうように、だが従順に
蒼太はユーランに奉仕を続けた
行為にまで及ぶわけではなかったから、彼が男色というわけではなさそうだ
この行為が彼にとって 自分の権力を示すものなのだというのなら簡単なことだった
こんなことで、優越感を持ってもらえるなら
この程度で、蒼太を気に入って側に置いてくれるなら

蒼太が開放された頃には、ユーランは視点の定まらない目で宙を見ていた
(軽いものみたいだけど・・・若いうちからこんなことしてたら身体壊しますよ)
心の中でつぶやきつつ、蒼太はユーランを抱き上げるとベッドへと横たえた
「ゼロは使用人だから・・・な、慣れてるのか?」
「気持ち悪くない・・・?」
相変わらず、テーブルについたままの下級生は ユーランが目を閉じたのを確認してから小声でそっと話しかけてきた
まだ1年生だろうか
片方は涙ぐみながら 蒼太を見ている
「・・・そうですね、僕はもう慣れました」
くす、と苦笑して蒼太は二人を見下ろした
ドラッグをやるとわけがわからなくなって、こんな幼い子にも今のようなことを強要するのだろうか
忠誠の証を見せろといったとき 二人が怯えたのはそのせいか、と
蒼太は心の中で苦笑した
貴族の上下関係も厳しいな、とひとりごちる
「大丈夫ですよ、ユーラン様のお相手は僕がしますから
 お二人は高貴な方なんですから、こんなことはしなくて良いです
 要求されたら僕を呼んでください」
にこ、と笑って言ったら 二人とも無言で何度も何度もうなずいた
態度はどこか気取っていて、蒼太を庶民と見下しているようだったけれど
それでも 自分達を救ってくれた救世主に感謝している気持ちははっきりと見えた

【ネロへの報告】
蒼太 「ユーランと接触しました
    明日から貴族側の調査に入ります」
アゲハ「アルベルトと接触しました
    明日からちょっと深めに探ってみます
    教師は全部チェックしました、特に怪しいのはナシ
    ヒルダの髪の毛は送りましたからDNA鑑定してください
    それから今度パーティがあるから素敵なドレスやアクセサリーが欲しいです
    そうだな、綺麗な宝石のいっぱいついたゴージャスな首飾りとか」

【ネロからの指示】
「明後日、私もそちらへ潜入する
 ゼロは早期に王子と接触すること
 アゲハはアルベルトを重点的に調査すること
 DNA鑑定と、お前の望むものは手配はしておく」

【潜入5日目】
一歩、中へと入ってしまえば 蒼太は早かった
朝からユーランに呼び出され彼から王子に紹介された
丁寧に挨拶をして、お茶会の招待状を受け取り それをアゲハに渡すように言われる
王子には、気品はある
人を見下している態度もまぁ、立派なものだ
だが、彼には威厳とかカリスマとか そういった王族に必要なものをもっていない
どちらかというと 強引なほどに横暴なユーランの方が王子という感じがする
「クリスローラ家といえば名家中の名家
 そこの姫なら王子と同席してもなんら見劣りしないだろう
 近々パーティもあることだし、アゲハと一度話しておきたい」
「はい、お伝えいたします」
深々と頭を下げて退出した蒼太に、ユーランは満足そうな顔をした
「おまえはわきまえているな」
「ありがとうございます」
「今夜、オレの部屋へ来い
 貴族側の人間のことを知らないとやりづらいだろうからな
 紹介しておいてやる」
オレの家臣だと、と
またしても王様発言に、彼は王になりたいのかな、とふと思った
王子のおとりまきのように常に王子の側にいるけれど、本当は自分がとってかわりたいのだろうか
その隙を狙うために、王子の側で機をうかがっているのだろうか

その夜、ユーランの部屋で何人かのユーランと仲のよい人間を紹介された後 蒼太は昨夜と同じくユーランが満足するまで奉仕をした
ひざまづき、自分のものをくわえ込んでいる蒼太を見下ろしながら 今日はドラッグをやっていない彼は なんやかんやと話している
庶民派達は立場もわきまえずうるさいだの
下級生達は、根性がないだの
(なんかどこでも同じなんだな・・・身分の差、立場の差
 弱い者、強い者・・・)
貴族派の下級生達は もしかしたら年齢など関係なく仲良く気楽にやっている庶民派達をうらやましいと思っているかもしれない
例外なく、完璧に庶民と貴族とで分かれてしまっているから そう思っていても庶民派達と仲良くすることはできず
同じ年でも 家柄で上下が決まるから、超名門の3年生が 王子とユーランの次にいい扱いを受けていたりもする
彼は生まれついての貴族らしく、蒼太を冷たい目で見下して 同席するのは嫌だといっていたけれど
「どこで そういうことを習った
 うちにもお前ほどの使用人はいない
 相手がクリスローラ家でなければ、おまえをオレの家に連れて帰りたい」
蒼太の髪に手を触れて言った言葉に 蒼太はそっと苦笑した
こういうことをこの身に仕込んだのは鳥羽だ
この世界で一番役にたったのは、コレと語学だろうと思う
従順な蒼太に 鳥羽は言っていた
ニコニコ笑って相手を油断させる者と、どんな時でも相手に従い合わせることができる者は強い
おまえは二つも武器を持ってるから 有効に使え、と
その言葉は今でも忘れない
スパイには色々なタイプがいて、色々な方法で情報を集めていくけれど
おまえのもってる二つの性格は、一番失敗しにくい、と
天然のこの どうしようもない性格を褒めてくれた
演技でない分 苦痛も少ないだろうと
自然に相手に接することができるだろうと
「来週のパーティで王子はアゲハを誘うだろう
 去年までは名家の姫がいたが卒業してしまった
 ヒルダは名家だがあんな性格じゃパーティに出てくるかすらわからない
 他に王家とつりあう女がいなくて困っていた
 お前のご主人様は、家柄も容姿も申し分ない
 彼女も、断りはしないだろう」
(どうだろう・・・)
いいかげん、あごがだるいと思いつつ 蒼太は招待状を渡したときのアゲハを思い出した
嬉しそうにもせず、ふーんと言って受け取ってそれだけ
さっそく作ったのであろうおとりまきに持たせて 自分は手ぶらて帰っていってしまった
あの様子では、いい返事が帰ってくるとは思えないのだけど
「パーティでは庶民達がバカみたいに騒ぐが お前はわきまえているように
 そのために理事達もいらっしゃるんだ、そそうのないように」
「はい」
そうか、ネロはパーティに出席する理事のうちの一人として潜入するのか、と
蒼太はボンヤリと無考えつつ目を閉じた
ネロの言葉は蒼太の劣等感を引き起こすから あまり会いたくはない
それよりも早く鳥羽に会いたかった
今頃は、ここに潜入するための工作をしているのだろうけれど

【ネロへの報告】
蒼太 「特に進展はありません」
アゲハ「アルベルトとデートしました
    あの人の家 裕福に見せて実は倒れ掛かってるんだって
    それが本当かどうか調べてください
    あと、王子からお茶会の招待状が来たからOK出しておきました
    一度接触して様子をみます」

【ネロからの指示】
「ゼロには言いたいことがある
 明日、そちらへ出向くから理事室へ来なさい
 アゲハは引き続きアルベルトの調査を続けるように
 彼の家のことは調べておく」

【潜入6日目】
その日は朝から 理事が来る、理事が来る、と生徒達はどこかソワソワしていた
このスクールの理事は全部で10名いるそうで、来週の創立パーティに全員が出席することになっている
滞在の間は 理事室と呼ばれる部屋に泊まることになっていて、世話係りに生徒が一人ずつつくというからオオゴトだ
「貴族達には世話係りなんてやらせられないっていうのが先生達の考えだ
 だから大抵は僕達の中から選ばれる
 理事に失礼のないよう上級生の、常識ある人間が選ばれることになっているから こういうことになったみたいだよ」
笑っていうアルベルトは、教師から渡された人選表を蒼太に渡した
まだ編入して間もないのに「ゼロ」の名も、載っている
「本当に見事にみんな こちら側ですね」
「理事も怖いけど貴族も怖いってことで、どっちも怒らせたら先生もただではすまないからね
 文句の出ないように庶民派から選ぶんだ
 理事は気難しい人もいるけど、優しい人もいる
 まぁ、君ならあのアゲハを相手にしてるんだし大丈夫だと思うけど、くれぐれも失礼のないようにね」
「はい」
言うアルベルトは、一番年上の、一番権力を持った理事の担当をさせられている
そして、蒼太はというと 見覚えある名前が書かれてあった
偶然の一致なのか、それとも意図してそうなったのか
蒼太にはネロが割り当てられている
(・・・ここは、仕事がしやすいと喜ぶべきなんだよね・・・)
内心ため息をつきつつ、蒼太はアルベルトについて理事室へと向かった

理事達は全員 今日到着するわけではないようで、世話をする理事がまだ来ていない生徒は説明だけ聞いて帰っていった
残りの面子は、くれぐれもそそうのないように、と
もう何回も聞いた台詞をまた聞いて それぞれ理事室へと向かう
寮の建物の最上階にあるスイートルームなみの部屋に、蒼太は入るなり驚きを通り越して呆れた
さすがというか、何というか
これならどんななホテルにも負けないと思う
よほど理事は力を持っているんだなと思いつつ、蒼太は部屋へ入りドアの前で立ち止まると 窓際のソファに座っているネロを見遣った
不安のようなものが、心をよぎった

「鳥羽さんのパートナーだからと思って今まで黙っていたが」
いきなり、ネロはそうきりだすとため息をつたい
「アゲハと比べてお前は仕事が遅い上に成果も少ない
 どういうつもりで仕事をしているのか知らないが、もう少しプロ意識をもってやれ」
厳しい言葉に、ドクンと気分が沈んだ
確かに、自分はアゲハほど派手には動いていない
地道に着実にやるタイプだ
だからこそ、時間がかかるし成果もまだ上がっていない
ろくな情報を得ていないし、王子ともたいした接触ができていない
王子と同じ学年の、同じ寮にいながら
「鳥羽さんの顔に泥をぬる気か?
 お前を育てたのは鳥羽さんだろう?
 お前が不出来なら鳥羽さんの教え方が悪いと思わせてしまうんだ、わかっているか?」
「はい・・・」
嫌な気分になる
アゲハと比べられるのも、やり方に口を出されるのも
鳥羽の名前を出されるのも
「すみません」
もやもやとしたものを必死で抑えて、蒼太は頭を下げた
いくら蒼太にも言い分があろうとも、今回の仕事のコーディネーターは彼だ
その彼が 蒼太の仕事がおそいせいでやりにくいのだとしたら それは蒼太の責任で
それは謝らなければならないのだ
自分にはこのやり方しかできないのだから
「反省の色が見えないな」
「え・・・・」
かつ、と
靴音をたてて、ネロが蒼太に近寄ってきた
こういう歩き方が、とても鳥羽に似ている
そう思っていたら、彼はポケットからスタンガンを取り出した
「・・・・・」
鳥羽が使うのと同じものだ
拷問などでよく使う 改造して電流を強くしたもの
これを皮膚に当てられれば火花で火傷をするし、感電して意識が飛びそうになる
何度も、鳥羽から罰としてこの身に受けたことがある
何度もされれば、肌が破れて血を流し、意識は吹っ飛び真っ白になる
「そこへ立ちなさい、ゼロ
 お前は仕事を少し甘く見すぎている
 私がそれを分からせてあげよう」
ぞく、と
その冷たい目で見られて、蒼太は息をのんだ
そうして、彼のいうとおり、壁際に立った
痛みを、覚悟して

ネロの与えた罰は 鳥羽がするほど酷くはなかった
だが、終った頃にはマトモに立てなくて 足がガクガクと震えた
「アゲハを見習いなさい」
「はい・・・」
言われた言葉に答えながら なるべくそれを考えないようにした
比べられるのは嫌だ
けして、仕事を甘くみているわけじゃない
全力を尽くしている
考えて、考えて、色んな手を仕込んでいる
今はそれが表に表れていないだけ
アゲハほど、派手に動くのに向いていないだけ
(・・・なんて、言い訳かな・・・)
ネロの部屋を出ながら、蒼太は壁に手をついて ずるずるとその場にへたり込んだ
劣等感は、心を傷つける
鳥羽になら、何を言われてもこうは思わないのに
ネロに言われると、
アゲハと比べられると、嫌な気分になった
そして、こんな自分が鳥羽の名を傷つけると思うと 泣きたくなった
「ゼロ? 大丈夫?」
「はい・・・ちょっと眩暈がして」
だから背後から アルベルトが心配そうに声をかけてきても、すぐには立ち上がれなかった
俯いて、必死に感情を押し殺した
泣いてる暇はない
やるべきことをやらなくては
そして、鳥羽が来るまでに せめて事実関係だけははっきりさせておかなければ

【ネロへの報告】
蒼太 「ユーランの家について調べてください
    彼は王位継承権は何番目くらいなのでしょうか
    あと、アルベルトと王子の接触を確認しました
    前回と同じ場所での密会でしたので、そこに盗聴器をしかけたいのですが」
アゲハ「アルベルトと学校を卒業したら結婚する約束をしました
    あの人も私を落とす気みたいだから、話が早いよ
    もしかしたら、王子をたぶらかしてるのは彼でキマリで お金欲しさなのかもね
    王子でも私でも どっちでもいいんじゃない?」

【ネロからの指示】
「ユーランは現国王の弟の一族だ
 王位継承権でいえば、国王の弟が一番目、王子が2番目、その次がユーランだ
 盗聴器は前も言ったが これだけの人数が活動する場所に長期間設置するのはリスクが高い
 今 そんなものが見つかったら大事になるだろう、許可はできない
 それよりも ゼロは今日も言ったように早急に王子と接触するように
 アゲハの情報から調べたところ、アルベルトの家が倒れかけているという事実は確認されなかった
 彼は養子だが優秀なため、義父は彼にあとをつがせる気でいることは周知のようだ
 金目当てとは考えにくいな、アゲハは引き続きアルベルトを調査をするように」

【潜入7日目】
蒼太の部屋では わいわいと皆が楽しそうに笑っている
ゲームをしたり、話をしたり、課題をやったりと いつもいつも楽しそうだ
「ゼロは大変だな、編入したてなのに理事の世話までやらされて
 最近じゃ貴族達がおまえを気に入って何かとコキ使ってるだろ
 嫌なら嫌って言っていいんだぜ
 言えないなら、俺がかわりに言ってやろうか?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
この場は居心地がよかった
庶民派の生徒達は、気取ってばかりいる貴族達と違ってくったくなかったし、何より皆 年相応で優しかった
腹の中が黒くない相手は、ほっとする
情報も簡単にくれるし、話していても普通に楽しい
比べて貴族達は、すぐに権力だ家柄だ何様だ、と
たまに呆れるようなことで張り合っては、何でもかんでもに上下をつける
そして最後には、王子万歳で終るのだ
「おまえ人が良すぎるんだよ
 そもそもお前はアゲハの世話係りだろ?
 アゲハの世話やくならまだしも、なんでユーランなんかの世話やかなきゃならないんだよ」
「あいつも何様のつもりでクリスローラ家の使用人を使ってんだか
 自分のやってることわかってんのかよ」
「従うことないんだぞ」
「そもそもな、自分の主人でもない人間を様付けして呼ばなくていいんだよ」
わーわーと、
白熱しだす皆に 蒼太はいつも通りニコニコ笑ってみせた
「僕は生まれついての使用人ですからね、使われるのは苦ではありません
 皆も用事があったらどうぞ
 ぼくの煎れたお茶はおいしいとアゲハ様はほめてくださいますよ
 それに、皆も様付けで呼んでほしければいくらでも」
悪戯っぽく笑ってみせると、誰かがケラケラと笑いだす
「ゼロはそれだからな、アルベルトが心配してたぞ
 昨日も眩暈するってへたってたんだろ?
 働きすぎじゃねぇの?
 それとも気の使いすぎか?」
「それに、俺達に様つけてどうするよ
 あっちは上級生に様つけるらしいけど、寒い寒い
 何様だっつの
 家がどうこうって、エラいの自分じゃないのにな」
自分の力で金を稼ぎ のし上がってきた商人達の子供だけあって そういう感覚では庶民派たちの方が大人だと感じる
彼等はどこかシビアで、どこか現実的だ
毎日のようにお茶会をやって 自慢話ばかりしたり、
下のものをけなして遊んだり
怪しげな薬でトランスしたりする貴族達は どこか子供で世間知らずだと感じるから

この頃、蒼太は一つの仮説を立てていた
王子とアルベルトの密会現場を蒼太は今までに2回目撃している
それも、誰もが寝静まった深夜3時
中庭にチラチラするものがあるから何かと思って目をこらしたら、王子のもつ小さいランプで
それを見てること10分
後からアルベルトが現れて 二人でその場で5分ほど話をしていた
蒼太の中では、それを見てから王子をよくない道に引きずり込んだ人間はアルベルトで確定している
ただその背景がわからないだけで
何のために会っているのか、
アルベルトはなぜ王子に近づくのか
王子はなぜ、庶民であるアルベルトとこんな時間に不自然な密会をしているのか
(たしかに外だから盗聴するのは難しいけど・・・)
たとえば植え込みの根元に埋めるとか
植え込みの木の裏にはりつけるとか
リスクは高くても、それで一気に情報が入るのに
2度目も同じ場所での密会だったのだから、きっと3度目もあるだろうし
3度目もあの場所でやるに違いない
(かといって ここからじゃなんていってるかわからない)
2度目を目撃したときに もんもんとした気持ちで蒼太はそのぼんやり光るランプの灯を見つめていた
鳥羽なら、好きにやってみればいいと言ってくれただろうと思う
蒼太がやりたいといったことを鳥羽が止めたことはなかった
ただ、その結果 失敗した蒼太のフォローを鳥羽にさせてしまって落ち込んだことは多々あるけれど
(鳥羽さんは甘やかしてくれてるんだ・・・
 フォローしてもらうこと前提で考えるなってことだ・・・)
心の中でつぶやいて、頭をもたげてきた劣等感を必死に押し殺した
こんなところで自分の出来の悪さにへこんでいても仕方がない
時間はどんどん経っていくし、ただでさえ蒼太はやることが遅いといわれているのだから
「・・・さて、仮説・・・」
蒼太は、パソコンにむかって頭を整理した
どうしても気になるのは、アルベルトの あの珍しい時計
珍しいな、と思って気になったから 記憶を頼りに調べてみたら 世界に2本しかない貴重なものだと判明した
そして、それを 以前にどこかで見た気がする
誰かの腕にはまっていたのを、見たような気がする
それが何だったのか 誰だったのか思い出せなくて
確かに貴重な時計でも、彼の家は豪商だから買いつけることくらいできるだろうけれど
貿易なんかをやっている会社なら、ツテで手に入れることができるのかもしれないけれど
なんとなく気になった
これは この仕事でつちかった経験に基づいた勘としか いいようがないけれど
(高級な貴重な時計・・・他は結構質素なのにな)
アルベルトは 金持ちの子息なのに 普段からごくごく普通の金銭感覚だった
元が庶民だからね、と笑っていたけれど 今は金持ちなのだから反動でばかみたいに使っていてもよさそうなのに
ここにいる人間は 庶民派とは言っても 全員が金持ち
湯水のように金を使い 女の子に贈り物をしたり部屋を花で埋めたりと 毎日毎日金を使っている
それに比べてアルベルトは、ポーカーで稼ぐ方
週に2回は徹夜でやるのだから、月に1千万くらい稼いでいるかもしれない
蒼太が実際に知ってるだけで もう3回
そういう場でボロ儲けしている
(誰にでも好かれていて、頼られていて、優しくて、頭がいい寮長)
誰にでも対等に接し、貴族達にも一目置かれている
いつもは庶民派と一緒にいて 楽しそうに ごくごく普通にすごしてしているけれど
だけど、よく見てみたらポイントは全部押さえているのだ
王子はもちろんのこと、一番位の高い理事も世話係りとして接点を持っている
女子寮で一番の家柄のアゲハ、そのお気に入りの世話係りの蒼太も押さえている
なのに、その事実は目立っていない
当然のように受け入れられている
不自然なほどの金をかせいでいることに対して、誰も怪しいと思っていない
行動のすべてが計算されているようで、
慎重で、よく状況を見ていて、確実なウラを取らないと動かないことや
アゲハにも 興味はあったはずなのに、蒼太から色々とアゲハの情報を聞くまでは動かなかったことや
いろんな手で攻めた男達がことごとく振られたのを見ながら 策を練り
蒼太が、アゲハは優しい男でないとダメだと
まさにアルベルトならあてはまるであろう条件を言うまで動かなかったこと
それが、なんとなく自分に似ていて
組織の駒として、目的のためスパイに来ている自分と重なって 蒼太はさしたる証拠もなくアルベルトを黒は判断していた
彼はチャンスを逃さなかったのだから
アゲハと近づく機会を利用し、今やアゲハの恋人にまでなっているのだから
アゲハがその気で相手をしているのだとしても、こうまで動けるなんて
なんの躊躇もなく、迷いもなく 自然に行動できるなんて
(普通じゃないよね、そういうのは・・・)
少なくとも、ただの豪商の子息の行動とは思えない
何かの目的や信念を持ち そのために行動している
そんな匂いが彼からはする
(たとえば・・・何かの活動資金とか)
金のかかることといえばなんだろうと ぼんやりと考えた
(もしくは、家をもっと大きくするために名家の名前が欲しいとか)
それなら 結婚できるアゲハに近づくのはわかるが、王子に近づいても何の意味もない
(バックに誰かついてる様子がないのが気になるな・・・
 けど単身でやってるとも思えない)
目的が知りたかった
そして、蒼太の仮説は その目的をかなり強引にこうまとめた
王子を失脚させ 王座に 王の弟の一族を据えること
そのための活動資金に家の金とポーカーで稼いだ金と 名家のアゲハから巻き上げる金を使う
そして失脚させるために、自分で王子を陥れている
あの週に2回もの密会で
もしかしたら、もう弱味か何かを掴んでいるのかもしれない

(なんて・・・ほんと推測ばっかり、ウラをとらないと報告もできない)

ふ、と
ため息をついて 蒼太はパソコンの画面を閉じた
ずっと見ているのは紋章のデータだった
どこぞの研究機関から抜いてきた 現在使われているものから過去に使われていたものまで、名家やその他の家の紋章について調べている
紋章は家と家とがくっつくと増えていくから、はっきりいって尋常な数じゃない
それを 部屋から皆が引き上げてから一つずつ見ていくのだから なかなか進まないのだけれど
どうしても見つけ出したい紋章があった
それはアルベルトの腕に、うっすらと痣として残っているもの
どうしたのかと聞いたら やけどのあとだと笑い 鉄の鍋で焼いてしまったのだと言っていた
古いもので、皮膚の成長で形も判別しづらくなっている
一瞬見ただけではわからなかったけれど、蒼太はその一瞬で記憶した
そうして、それを頭の中で復元して
どの家のものだったのかを調べている
もしかしたら、庶民だったというアルベルトの実の父母の家が使っていた紋章かもしれないから

ぼんやりとパソコンを見つめながら 蒼太は王子とアルベルトの密会の様子を思い返していた
蒼太が見ただけで2回も
一週間に2回など、明らかに多いと思われる密会を繰り返しているなんて 何か人に言えない理由があるのか
そのくせたった5分で終る用件って何だ
さすがに 望遠鏡を使っても唇の動きで100パーセント何を話しているのか読むのは困難で
その5分間に何を話しているのかは分からなかった
ただ、王子の方がよく話し、アルベルトは比較的聞き役で
いつものように優しく笑っているというような感じだった
目的がわからない
王子の権力で つぶれてしまった実父のお家復興なんかも考えた
そもそも、庶民だと言っているアルベルトの家がつぶれた貴族なのではないかということ自体 単なる思い付きなのだから 全くもって信憑性のカケラもない話だったけれど
(でも、あの王子がよく 先に来て待とうなんて気持ちになるな・・・)
密会は2回とも 王子が10分早くきて、暗い中 心細げに待っていた
その様子を思い出しながら ではあの密会は王子にとって必要なものなのかと考える
わざわざ深夜の3時に出てきて、たった5分会って何かを話す
アルベルトは何が目的なのか、とか
王子は何を吹き込まれているのか、とか
考えたけれど本当は違うのかもしれない
ただ、王子が会いたいからあっているだけ、とか

(会いたいから・・・)

蒼太はわずかに苦笑した
そういえば、アゲハが王子は女には興味がないかもしれないといっていたっけ
だからといって男に興味があると結論づけてしまうのは安易な考えだけれど
(相手がアルベルトなら・・・試してみようかな・・・)
わずかに、ズキンと痛んだ心を無視して 蒼太はそっと息をついた
そういう時の駆け引きは、相手の心を傷つけるとわかっている

【ネロへの報告】
蒼太 「特に進展はありません」
アゲハ「アルベルトと順調に交際中
    王子からパーティに誘われたけどどうしたらいいですか?
    私はアルベルトと出てもいいし、王子と出てもいいよ」

【ネロからの指示】
「アゲハは引き続きアルベルトから情報を引き出すこと
 パーティは王子と出るように
 ゼロが一向に王子と接触できないでいる、アゲハがフォローに回りなさい」

色々なことを調べながら、色々な可能性を考える
どの情報も細切れで、繋がらない
推測ばっかりで、本当のことは何もわからないまま
アルベルトの時計、実の親、紋章の火傷、稼いだ金、王子との密会
ユーランの思惑、王位継承権、王子との関係
ヒルダのこと、アゲハに近付くアルベルトの思惑
どれもこれもが中途半端で、無関係なようで関係があるようで
蒼太はそっと溜め息をついた
何か肝心なものを、見落としている気がする
そして、やはり推測だが なんとなくその足掛かりをつかんだような そんな気がした
王子の、アルベルトを待つあの横顔に


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