ZERO-26 悲鳴 (蒼太の過去話)


蒼太は海沿いの町の病院に収容されていた
2晩眠り続け、身体中の傷の手当を受け、3日目の朝 目を覚ました
「頭の傷は縫いましたので完治に1ヶ月ほどかかります
 左腕に2箇所と右手の中指に2箇所 骨にヒビが入っています、くっつくまでは使わないようにしてください
 胸、肩、背中に打撲が数箇所
 左足に軽度の捻挫、擦り傷から菌が入って化膿している部分が数箇所
 病原菌への感染はなし、毒の症状はほぼ消えました」
医者の なまりの強い説明を聞きながら 蒼太は窓の外の景色を見た
まだここは、A国の領地内だ
ここから組織は遠く、すぐには連れて帰ってもらえなかったようだった
エダは、まるで人形のように部屋の隅のソファに座っている
「組織へは覚醒したと連絡を入れておきます
 ここに滞在の間の御用は私かエダがお聞きしますので何でも言ってください」
ぼんやりとしながらも、医者にうなずいてみせて 蒼太は小さくため息をついた
身体の傷はたいしたことない
あれだけの死者を出して、あれだけ銃を撃って、ターゲットは無傷
自分も、この程度で済んだのだから上出来だ
起き上がることもできるし、どの傷も痛むけれど致命傷ではない
歩くことだってできるだろう
(いつ・・・帰れるのかな・・・)
基地では今も 博士を探しているだろう
うかつに動くと危ないのかもしれない
出国ができない状態なのかもしれない
組織から迎えがあるまで、多分ここに足止めされることになるだろう
(・・・鳥羽さん・・・)
包帯だらけの自分の腕を見つめた
ここは清潔な病室
外は蒸し暑いのだろうが、この部屋には空調がきいている
静かで、時が止まったみたいだ
あの泥だらけの、血だらけの、蒸し暑い基地でのことが嘘みたいに思える
人を殺したことが、夢だったように思える
(実際、僕はもう何人も殺してるのに)
今までの仕事で、一体どれだけの人を殺しただろう
直接手を下したわけではない
でも、蒼太が仕事を果たしたせいで死ななければならなくなった人
殺された人
巻き込まれて死んだ人
蒼太が来なければ 皆きっと死なずにすんだに違いないのに
(他にもいっぱい、傷つけたしね)
政府、宗教団体、テロ集団、研究所、王室、麻薬組織、闇商売
現実離れした 裏の暗い世界に関わってきた
人は簡単に死ぬし、想像できないくらいの大金が動いていた
薬も、銃も、麻薬も、見慣れた
人でないものも、たくさん見た
命がとても軽く扱われてるのも知った
人の醜さも知った
新しい世界、普通に生活していては見ることができなかった暗い世界
経験は知識になり、知識はさらに深くへと潜る術となった
貪欲に求める気持ちはおさまらない
世界の歪みを知り、人の狂気を見ても 止まらなかった
もっと知りたいと、今でもそう思っている

だから、人をこの手で殺したからといって、傷つくことは許されない
今までだって同じことをしていた
これからも、この世界で生きていくのだから

ぼんやりと、ぐるぐると
さまよう意識をなんとか集中させようと 蒼太は2時間ほど窓の外を見ながら考え事をしていた
余計な感傷に流されないよう
思考が濁らないよう
意識しながら時が流れるのをただ待った
早く組織に戻りたい
早く鳥羽のところに戻りたい
そして、次の仕事へ行きたい
何かで頭をいっぱいにしてほしい
余計なことを考えなくていいように

エダはその間 一言も話さずにただじっと座っていた
仕事が終った今はもう、鳥羽とは繋がっていないのだと思う
彼は命令されないと動かない
普段は自分を殺して、人形のように黙っていろと教育されている
「ねぇ・・・エダ」
ぽつ、と
つぶやくように呼ぶと 彼は顔を上げて蒼太を見た
「鳥羽さんが吸ってる煙草、知ってますか?
 それ 買ってきください
 あと・・・僕のポケットに入ってたジッポ、どこにあるか知ってますか?」
返事はないだろうと思ったから欲求だけ言った
彼はしばらく考えて立ち上がり、部屋を出ていく
その足音を聞きながら ため息をついた
何をしよう、組織から連絡があるまで
何を考えていよう、次の仕事まで
何かをしていないと、飲み込まれてしまいそうになる
心が捕らわれてしまいそうになる

殺した人間のことに
殺してきた、人たちのことに

エダはしばらくすると、蒼太の言ったとおり いつも鳥羽が吸っている煙草と 蒼太のジッポをもって部屋に戻ってきた
箱から一本取り出して 包帯だらけの蒼太の指に挟ませる
「火くらい自分でつけられますけど・・・」
手はあまり使うなと言われているが、煙草に火をつけるくらいは大丈夫だろうと
言った蒼太にエダは無言で首を振った
差し出される火で 煙草に火をつけたら あの香りがただよってくる
鳥羽の香り
甘くて、つかみどころのない香り
まだ1週間ほどしか経っていないのに、妙に懐かしい気がした
あの基地での1日が、とてもとても長かったから
「エダに怪我はないんですか?」
ベットから少し離れて立っている彼に問いかけると 彼はわずかにうなづいた
「僕が話しかけたら答えてください
 許可しますから
 返事がないと、寂しいので・・・」
「・・・はい」
「怪我はないですか・・・?」
「ありません」
エダの言葉に さすがだなぁと 蒼太はなんとなく嬉しくなった
鳥羽は潜入してから 蒼太の退路を4種用意し、同時に他の部隊のフォローをしていた
主に退路の確保だったが、それでも同時にいくつもの状況を把握していたことになる
その上で、蒼太達が動きやすいようにフォローをしつつ、
こちらが地下に入って連絡が取れなくなってからも、あらゆる事態を予想して準備していてくれた
だから、あの時
鳥羽の指定した時間に何時間も遅れて合流地点にやってきた時 エダはその場で迎えてくれたのだ
地下から合流地点までの道に、敵は一人もいなかった
多分 他の経路で向かったとしても、同じような環境にしておいてくれただろうと予想できる
ボロボロになって来るであろう蒼太が、これ以上戦わなくてすむように
ただ歩けばエダと合流できるように
「何時間、待ってたんですか?」
「11時間20分です
 4箇所を30分ずつ回っていました、あなたがどこに現れてもいいように」
「他にはどこを?」
「1つ目は南の沼の側、あそこは地下に通じる古い通路があります
 2つ目は西のジャングルの切れ目、地下の水源に繋がる洞窟があります
 3つ目は北の塔、あそこは地下通路を引き返した場合に一番近い身をかくせる場所でした
 そして、4つ目があなたの現れた 元々の合流地点である拠点跡」
頭の中に地図を描き出した
ぼんやりとしか浮かばなかったが、それでも鳥羽の考えは読めた
地下に入ってから連絡が取れず、約束の場所にも現れなかった蒼太が どこに出てくるか鳥羽は4種類も考えたのだ
ようするに、鳥羽だったら、蒼太のようにひたすら合流地点を目指すのではなく 頭を切り替えて別の道を探せたということだ
水源があるのだろうということは、蒼太も気づいていた
水音は時々聞こえたし、ジャングルには泉があるという話も聞いていた
だが、それと脱出経路は繋がらなかった
「沼に通じる道もあったんですね・・・」
南へ行くという発想を蒼太は避けていた
向かうのは西、
迂回は考えても、別の場所を目指すことは考えなかった
(僕ってまだ・・・応用きかないんだな・・・)
いつもいつも、思い知らされる
こだわらなくても 地上に上がってから連絡を取ればよかったのだ
鳥羽なら 最悪蒼太が指示した場所に出られなくてもフォローしてくれただろう
「すごいな、鳥羽さんは・・・」
でも、それは鳥羽に負担をかけてしまう行為だ
だから蒼太は 約束の合流地点へと向かっていたのだけれど
「結局、鳥羽さんにフォローさせてるし・・・」
つぶやいて、指の間でジジ、と燃える煙草を見つめた
どうすれば鳥羽のような仕事ができるようになるだろう
スムーズに、計算通りにことを運び 無傷で帰ってくるような仕事の仕方
彼のやり方は鮮やかだし、本人は仕事を楽しんでいる
「それだけやってくれて、無傷なんですよね、あなたもすごいな」
蒼太の言葉に エダはわずかに苦笑した
「俺は動いただけです」
「それでも」
煙草の煙を吸い込むと、空虚だった身体と心が わずか満たされたような気持ちになった
もう一度、煙を吸い込んで、吐き出して
鳥羽の香りを身にまとった
底なしの沼にはまっていくような不安のようなものは消えなかったけれど、
少しだけ、少しだけ、気が紛れた

組織から連絡があったのは、夜中だった
「現在A国は入出国を規制しています
 ターゲットは規制が敷かれる前に無事出国させて、先ほどB国政府にお連れしました
 あなたが出国できるのは、A国の規制が緩和されてからとなります
 2週間ほど見てください」
淡々とした事務方の声に 蒼太は小さくため息をついた
仕事が無事に終ったのはいいけれど、2週間もこんなところに足止めされるのは痛い
何もすることがなく、こんなところにいたら考えてしまう
何も考えたくないのに、ぐるぐると同じ思考にはまってしまう

まるで出口のない迷路に迷い込んだように思考する
冷たい銃の重さ、相手を狙う時の景色
耳に残ってる銃声
顔や手足にかかった血、相手の血、人間の血、殺した人間の血
「殺した人間の血・・・」
今までも、人を殺している自覚はあった
破滅に追いやったり、自殺するのを黙ってみてたり、
誰かが誰かを殺すのを、知っていて止めなかったり、
戦争を起こさせたり、虚偽の情報で疑わせて殺し合いをさせたり、
一人二人の数じゃない
蒼太達の仕事で、何千何万という人間が死んだこともあっただろう
信者4000人の宗教団体が消滅したこともあった
非合法な研究を あちらの国からこちらの国へと渡したこともあった
その研究の犠牲者が増えることを知っていて
その研究を巡って また争いが起こるだろうとわかっていて
「わかっていて・・・」
この手が人を殺している自覚はあった
今思えば、それは頭で理解していただけだった
この手で引き金を引いて、誰かの命を奪うこと
この手から毒を仕込んで、そこにいる人間を殺すこと
それは、忘れられない感覚を蒼太に与えた
ぐるぐると、頭から離れない
死ぬ前の人間のギラギラした目や、泡を吹いて喚いている顔や、ひきつった頬
狂ったみたいに弾の出ない銃の引き金を引き続けていた
あちらに立った男達も
こちらに立っていた自分も
醜い、醜い、人間
同じもの
彼と自分は同じものだ
生きているか、死んでいるかの差だけで
そして、自分は生き残る側
他人の死体をふみつけて、先へ先へと走っていく
届かない人の背を、追いかけていく
(・・・僕はこの世界で生きていく・・・)
目を閉じて、蒼太はベッドに身体を預けた
眠れない
思考は繰り返される
同じことを何度も考える
意識してそらしても、またふと戻ってきてしまう
目を閉じても、心に刻まれた景色は消えなかった
いつか、この鮮明な血の色も 色あせていく日が来るのだろうか

それからずっと、蒼太は眠れなかった
傷は日に日によくなり、時間はゆっくりながらも確実に過ぎていく
「明日で2週間・・・長かったな・・・」
数えて、ではもう10日も眠っていないのかと考える
夜にはベッドに入っているから 眠っていないなど誰も思っていないのだろうけれど
(そろそろ、眠くなっていい頃だよね・・・)
自分の限界は自分がよく知っている
寝ずに活動できる時間はせいぜい8日だ
いつもなら、眠らずにいたら 何もしていなくても8日目にはフラフラになっているのに
(ベッドの上にいるだけだから、体力も消耗しないのかな)
それとも、やはりまだ精神状態がおかしいのか
もしくは治療の薬の副作用か何かか
「何でもいいけど・・・」
つぶやいて、煙草に火をつけた
その時 今まで部屋のソファに黙って座っていたエダが突然立ち上がった

「どうしたんですか・・・?」
そろそろ夜の9時になる
蒼太が話しかけたときに応えるために待機しているエダが、いつも自室に戻るのはもう少し後なのだけど
蒼太が声をかけるまでは 人形のように座っているだけのエダが突然立ち上がったりするのは珍しかった
急用でも思い出したのだろうか
突然のことに、蒼太は顔を上げてエダを見た
くるり、
エダは そんな蒼太を見やって それから口を開いた
彼の声を聞くのは そういうば3日ぶりかもしれない
ここのところずっと、思考に溺れてエダに話し掛けていなかった
「なんだ、ゼロ、おまえひどい顔してるな」
だが、エダは
いつもとは全く違う口調で話し 蒼太のベッドへと歩いてきた
ドクン、と心臓がなる
仕事をしていた時と同じ話し方
エダはマリオネット、蒼太は組織に正式に所属する人間
自分より身分が上の蒼太に エダは敬語で話していた
鳥羽と繋がっている時以外は
「暇すぎて死にそうなのか?」
からかうような言葉
鳥羽の言葉だ
鳥羽と繋がっているのだろうか、こんなにも突然
仕事が終わり用がなくなったエダに 鳥羽が再び回線を繋ぐとは思わなかった
鳥羽も怪我をしていて未だ療養中だし、
蒼太のことなんて、気にもしていないと思っていた
それが鳥羽という人間だし、
鳥羽のレベルにまだ達せていない自分なんかが、鳥羽に重く扱ってもらえるなんて期待はしていない

「鳥羽さん・・・・?」
戸惑いながら呼んだら レンズの仕込まれているエダのグレーの目が まっすぐに蒼太の顔を見つめ、
その指の煙草を取って火を消した
煙草の香りが鼻をくすぐる
一瞬、そこに鳥羽がいるような錯覚を覚えた
「A国の規制 緩和されたらしいぞ
 良かったな、そろそろ暇すぎて暴れそうだろ」
ぎし、と
ベッドにこしかけたエダは 蒼太の頬に手を触れた
エダの表情はあまり変わらない
仕事で演技をしなければならないとき以外 マリオネットはたいてい無表情だ
だが、それでも、鳥羽の言葉を発すれば 蒼太にはエダの向こうに鳥羽の顔が見える気がした
「しかし本当に顔色悪いな
 お前は自己管理ってもんがまだできないのか?
 眠れないなんてのはヤワな証拠だぞ?」
その言葉に、蒼太は赤くなって動きを止めた
エダの目に仕込まれてるレンズを通しての、荒い映像しか鳥羽には見えてないはずなのに
どうしてわかるのだろう
眠れないこと
どうして見抜いてしまうんだろう
医者もエダも、気づかなかったのに
眠っているフリをして、平気なフリをして、ごまかしていたのに
「眠れる方法、前に教えてやっただろ?」
淡々とした言葉
エダが喋っているからこんな調子だけど、たぶん鳥羽なら意地悪く笑って言うだろう
煙草を吸いながら 言葉もない蒼太の表情を楽しむように見て言うだろう
「忘れたんなら、思い出させてやろうか?」

エダは、蒼太をベッドへと押し倒すとそのまま強い力で押さえつけてきた
「鳥羽さん・・・」
「鳥羽さん、じゃなくてエダって言ってやれよ
 やってんのはエダで オレは見てるだけだからな」
鳥羽の言葉、エダの声
彼は鳥羽の指示に戸惑ったような目をしていた
だが、命令通りに動いて 蒼太の服を脱がせていく
まだ包帯の取れない身体、強く押さえつけられてズキズキと痛んだ
蒼太には、鳥羽の意図が読めている
まだ教育期間中、仕事の最中に気が昂ぶって眠れなかったことが何度もあった
2.3日そんなのが続くと 集中力が欠けたり、行動がワンテンポ遅れたりする
それに気づいて ある日鳥羽が言った
頭を切り替えて いつでも眠れるようにしておけ
それができないと一人前とはいえない
できないなら、セックスでもして強引に身体を疲れさせろ、と
(エダでする・・・気・・・?)
マリオネットは、訓練されているとは言っても人間だ
人形のように完全に無表情でいることは難しい
仕事のときや 待機している時には比較的 無表情に淡々としているけれど
例えば 痛みを感じれば顔を歪ませるし、声も上げる
意識して抑えてはいるが、完全には消せない
エダも、普段は表情を消しているが 蒼太が何か頼んだり話しかけたりしたときには答えてくれた
そう命じればそう動く
だから今 鳥羽に命じられたとおりに動いている彼が その内容に戸惑って
どうしていいかわからずにいるのが 蒼太にはよくわかった
乱暴に、腕を捕まれてうつぶせにされる
痛みがビリ、と背を伝っていって 思わず声を漏らした蒼太に 一瞬エダの手が止まった
加減がわからないのだろうと思う
乱暴に扱え、捕虜を扱ってるみたいに、と
命令されているのかもしれない
だけどエダにとって蒼太は同じ組織の人間
今は 自分の上司みたいなものだ
組織からは 蒼太の世話をしろと命令されているようで 蒼太の用事をきくために長い一日 ずっと用をいいつけられるまで 黙って座っている
「・・・」
わずかに、エダからかかる力が緩んだ気がした
エダは背が高くてガタイがいい
年も蒼太よりずっと上だ
自分より年下の華奢な人間を、しかも怪我人を、しかも上司を、こんな風に扱うのに戸惑いを覚えているのだろう
彼は蒼太の怪我がどの程度で どれほど治っていて
どれくらいまだ痛むかを知っているからなおさら
なぜこんなことをするのかと、困惑してどうしていいのかわからないでいる
「エダ・・・大丈夫・・・」
戸惑ったままの彼を見やって 蒼太はわずか微笑した
痛みはこの身に疼きを与える
エダの手によって鳥羽に痛みを与えられていると、考えたら身体の奥が熱くなった
「大丈夫だから・・・ひどくしていい」
また、彼の目に戸惑いの色が浮かんだ
「ゼロ、こいつをその気にさせろ
 エダはお前と違って男とやるのは初めてらしいからな」
鳥羽の意地のわるい笑みが、見えた気がした
エダは今の言葉でなんとなく察したのだろう
困惑と、何か別の感情を同居させた目で蒼太を見た
そして、わずかの間をおいて、自分の服を脱ぎ始めた

その気にさせろと言われても、この体制では蒼太には何もできなかった
未だ、ベッドにうつぶせに押さえつけられて息もできないほど
熱だけが灯って、心臓と身体の中心がどくどくいってる
「口があるだろ? 言葉で誘えよ
 おまえがどんな風にこの男を落とすか ここで見ててやるから」
言いながらエダは蒼太の腰を掴むと 熱のともったものを握りこんできた
「・・・っ」
びく、と背が反る
男同士でのこういう行為に及んだことがない人間が、ただ犯せとだけ言われて戸惑いながらに触れてきた
そういう感じだった
だが、それでも、
未だ押さえつけられたままの腕や肩が痛み、
熱を持ち始めた身体に触れられれば どんどんこの身体は反応する
もう、そういう風になってしまっている
「エ、ダ・・・」
苦しい息の下、蒼太は彼が背に舌を這わすのに喉を震わせた
ぎちぎち、と
慣れない手つきでしごかれて、ぞくぞくと何かがこみ上げてくる
そうして、
手順も何もわからず、ただ言われるがままに蒼太に触れているエダは そそりたった蒼太のものから しとしとと透明な液が垂れると それから手を放しその身体を抱き起こした
「ちゃんと相手しろよ、ゼロ
 可哀想だろ? エダが
 これはお前のためにやってんだぞ」
くつくつという鳥羽の笑い声が聞こえる気がする
「はい・・・」
まるで そこに鳥羽がいるようだ
未だ戸惑っているエダのものに手を伸ばし、口に含み、
舌で舐め上げて何度も何度も丁寧に刺激した
「く・・・っ」
質量を増していくものを咥えこんで 舌をこすりつけと エダは短く息を吐き蒼太の髪を強く掴んだ
「ゼロ・・・」
呻くような声
ただ、されるがままのエダは やがて蒼太の口に白濁した精液を吐き出すと 浅い呼吸を繰り返した
吐き出されたものを飲み下して、もう一度その身に奉仕を始める
どくんどくん、と
蒼太のものも、熱を増す
中途半端に高められたまま放置されているものが、脈うっているのを感じる
触れてほしい
いかせてほしい
ひどくされたい
痛みと苦しみを、この身に与えてほしい
何も考えられなくなるくらい、頭がいっぱいになって、真っ白になって
何もかもがどうでもよくなるくらい、思考がかき消されてしまうくらい、狂わせてほしい
壊してほしい
「してください、エダ・・・
 僕の身体を、あなたで満たしてください」
もう一度勃たせると 蒼太は顔を上げてエダの目を見つめて言った
戸惑ったような色をしたエダの目は、今はどこか熱を帯びて蒼太を見つめ返す
「してください」
この言葉も、行為も、全て 鳥羽が見ていると思ったらたまらなくて
震えそうになるのを必死で堪えて 蒼太はエダの首に腕を回した
そのままゆっくりと身体をかたむけると、やがて
エダは自分から 蒼太の身体をベッドへと押し付けた
強い力がかかる
痛みが疼きを呼ぶ
「エダ・・・」
呼ぶ声に、だんだんと感覚が麻痺していくのだろう
昂ぶった己の身体の欲求に、エダは蒼太の身に自分のものを穿った

「ひ、んぅ・・・・・・・・っ」
ずく、と
求めていたものを与えられた蒼太の身体は、びくびくと震えながらも それを奥まで飲み込んだ
女としか こういうことをしたことがなければキツいかもしれない
男の身体は女のように軟らかくはないし、
そもそも こういうことをするためにできていない
それを無理矢理に歪めて繋げるのだから、抵抗は強く、痛いほど締め付ける
「く・・・っ」
強引に、腰を動かし始めたエダの動きに揺さぶられながら 蒼太は繋がった部分の熱を必死に感じていた
エダは強引で、やり方を知らず
だが今や自分の欲求に忠実に 蒼太を犯して熱を吐き出そうとしている
震えながら、声を上げながら
中が擦られるのを感じて、蒼太もいった
熱の開放は、求め続ける欲求のまま新たな疼きを生み、枯渇感を蒼太に与える
足りない
足りない
もっと、欲しい
それで蒼太は、またエダに手を伸ばした

「ものほしそうな顔してんな」
鳥羽の言葉に、蒼太は震えた
「全然足りないんだろ」
どくん、どくんと心臓がなる
自分がどんな顔をしてるかなんてわからなかったけれど、鳥羽の前でだけは どんな風にも取り繕えなかった
仕事なら、演技できる
心底嫌がっているフリだって、諦めた無抵抗のフリだって、何だってできるのに
「どうしてほしい?
 エダじゃ お前が根を上げるまでつきあうのはムリだぜ?」
例えば 大勢の人間に犯されているなら 相手を変えているうちに身体が限界を迎えてくれる
薬を使うなら、はじめから堪えられないような苦しみに似たものを与えられ あっという間に限界など超えてしまう
拷問に似た痛みを与えられながらの行為なら、それに耐えるうちに気を失う
だけど、今はそのどれも もらえない
エダには、普通にセックスするしかできないのだから
蒼太の求めるようなやり方はできない
「縛ってイけないようにしてやろうか
 ああ、目隠しでもしてみるか? その上で声を上げるなって制約付きならどうだ
 その状態で犯してもらえ、それが終ったら大人しく寝ろ」
疼きが、手足に、指先にまでに伝わっていく
震えている蒼太に、また、戸惑ったような目で エダは蒼太を見つめた
何も考えられなくなる
鳥羽に与えられるものは、蒼太を狂わせる
この身も心も壊れていくような、そんな感覚に落ちていく
「エダ・・・して・・・」
してください、と
震える声で懇願した蒼太を、エダは熱のこもった目で見つめ返した

「ひ・・・っ、んぐ・・・」
ビリビリと、シーツを破った布で 熱をもったものを縛り上げられ、両腕も後ろで縛られた蒼太は、目隠しされた途端に震えだした
自分でも 驚くほどに感じる
ぞくぞくと、不安のようなものが背中から広がっていく
「あ・・・・ぅ」
怖かった
見えないということ
縛られているということ
仕事中に似た緊張感が 一瞬この身に戻ってくる
同時にたまらない何かが 身体の中でぐるぐると渦巻いた
「声を出すなって言ったろ、ゼロ」
きつく、押さえつけられてベッドに身体が沈んだ
うつぶせにされて 息ができない
包帯の下の傷が痛む
ズキズキと、ギシギシと、骨が悲鳴を上げてるようだ
「そうだな、エダがいくまで ちゃんと声出すのをガマンできたらいかせてやろうか
 ご褒美に」
言いながら エダは蒼太の腰を抱き 濡れて震えている身体にもう一度自分のものを深く沈めた
「・・・・っ」
無理矢理にねじ込むようなやり方に 背が反り喉が震えた
さっきよりも感じるのは、縛られているからか
目隠しされているからか
声を出すなと命令されているからか
「ふ、ぅ・・・・っ」
必死に耐えた
ぞくぞくと背をかけのぼっていくものは、開放されたくて身体の中心で熱となる
震えながら、痛みを堪えた
ぎゅ、と目を閉じて たまらないものに支配されていく自分を感じた
相変わらず エダは強引に奥を突き上げて自分を高め、
達することだけを考えて動いている
彼には 蒼太を満足させようとか、蒼太の望むようにしてやろうとか、そういう余裕はない
ただ言われたことをやるだけ
戸惑いながらも、この行為の熱に飲み込まれている
「・・・んぅっ、ひっ、ぃぃいぅ・・・っ」
ミシ、と
腕がいやな音をたててきしんだ
痛みが身体を縦に裂くようだった
「声が出てるぞ、ゼロ
 そんなんじゃご褒美はやれないなぁ?」
支配者の言葉が降る
ギチギチ、と
縛られて開放を許されないものが、悲鳴を上げているように痛んだ
「ん、う・・・・っうぅぅぅ・・・・っ」
必死で首をふる
こんな風にされて、高められて、感じさせられて
最後にいかせてもらえないなんて、
このまま終わりにされるなんて
「ん、うぅぅ・・・っ」
たまらなかった
苦しいのに、痛いのに、どうしようもなく求めている
どうにかなるくらい与えられることを求めている
そのまま、強く腰を抱かれてその身を深く深くに沈めたエダは、蒼太の身体を抱きながら 背に、
その背の大きな傷痕に舌を這わせた
たまらなく、たまらなく、
その行為は鳥羽を思い出した

「ひっ、ぁぁぁ・・・・っ」
ぼたぼたと涙が落ちた
開放を許されないものが 泣いてるように雫をたらす
縛ったシーツは ぐだぐだに濡れて
エダは ガクガクと震える蒼太の背を舐め上げながら その中に己の熱を注ぎ込んだ
「ひん・・・っ、あぅ・・・・ぅ・・っ」
どうしようもなかった
声を上げるな、なんて無理だ
刺青を消すために鳥羽につけられた この背中の傷
あの時の痛みを忘れない
身を焼く熱と、恐怖をまだ覚えている
鳥羽の手で与えられたものは心を縛る
その後で、気が狂うほど犯された時に感じた全てが蘇ってくる
求めてやまない自分が、欲しい欲しいと叫んでいる
「ご褒美なし、決定だなゼロ」
ずるり、と
蒼太から身を放して、エダが言った
言いながら彼も 朦朧としている
普通じゃない感覚
それに溺れてしまいそうになっているのか
単に放心しているだけか
「そのまま寝ちまえ
 そんだけ感じれば 疲れて寝れるだろ」
どくん、どくん、と
未だいくことが許されない身体が激しく脈うつのが聞こえた
だが、開放はもう与えられない
鳥羽は遠のいてしまった
この身を意地悪くなぞって、煽っただけで
「鳥羽さ・・・」
震えながら、呼んだ
しばらく、蒼太の側でぼんやりとしていたエダが やがて首をふる
それで、鳥羽との通信が切れたんだと察した
熱はまだ、身のうちで狂ったように燃えているのに

その後、蒼太はいつのまにか意識を失っていた
身体は縛られたまま、熱もまだ引かないまま
放置されたように横たわって死んだように目を閉じていた
その側でエダは 俯いてただ立っていた
捕りこまれたような顔をして

翌朝、目が覚めたら身体のあちこちが痛くて、包帯がぐちゃぐちゃに乱れていた
(でも眠れた・・・)
熱はようやくおさまり、疼きも、求める気持ちも冷めている
フラフラと
立ち上がってバスルームへ入ると身体を洗い それから医者の処置を受けた
新しく包帯が増え、新しく痛めた場所に注射の痕が3つ残った
「明日の朝には迎えが来るんですから 無茶をして傷を増やさないでください」
「すみません・・・」
苦笑しつつ、医者の言葉にわずかに胸が弾んだ
ようやく出られる、この国から
ようやく鳥羽のところへ帰れる
ここから組織までは、丸1日くらいかかるけど
それでも明日ここをたてるなら 明後日には鳥羽の顔を見ることができる
「外は今日も雨ですから、おとなしくしていてください」
「はい」
医者の言葉に窓の外を見遣り 蒼太はそっと息をついた
雨ばかりの国
じめじめとした気候、ぬかるんだ足元、泥だらけのブーツ、暗い空
「好きになれそうにないな・・・」
つぶやいて苦笑した
また思考が戻っていく
ぐるぐると、血にそまった手のことを考えてしまう
殺した人のことを、思い出してしまう

夕方、食事を運んできたエダは、どこか居心地が悪そうだった
昨晩のことを意識しているのだろうか
それとも もっと別の理由でか
「昨日はありがとうございました
 エダのおかげで・・・眠れました」
苦笑して、そう言葉をかけてみる
ぷかぷかとふかしていた煙草の煙が エダが動いたので起きた風に流れていった
「ずっと眠ってなかったんですね、気づきませんでした」
言いながら 食事の乗ったトレイをテーブルに置いたエダは 一瞬辛そうな顔をしてみせた
珍しいなと思う
表情を抑えられないほど、傷ついているのだろうか
「気づかれないように、してましたから」
苦笑して煙草の煙を吸い込んだ
鳥羽には一目で気づかれてしまったけれど
「ああいうことをすれば、眠れるんですか?」
ああいうこと、と
言ったとき エダはうつむいていて、どんな顔をしているのかはわからなかった
蒼太はわずかに苦笑する
「身体を無理矢理に限界までもっていけたら、あとは落ちるだけですから
 セックスでも、拷問でも、何でもいいんですけど・・・」
言いながら、まるで狂ってるなと 自覚した
普通じゃない、こんな感覚
痛みを欲するなんて
苦しいのがいいなんて
眠れないから犯してください、なんて エダには理解できないだろう
「本当は、眠れないなんて言うのは許されない
 必要なときに眠って、必要なときに起きる
 それができない僕はまだ、甘いんです」
いつでも、どこでも 眠れるようになったつもりだった
訓練して、意識を切り替えられるようになったはずだった
自分の気持ちを押さえ込むのも、心を閉ざすのも できていた
この手で引き金を引き 生きてる人間を殺すまでは
「甘さは消さなきゃ生きていけない」
わかってるんですけど、と
笑った蒼太に エダはやっぱり辛そうな顔をした
優しいのかもしれない、彼は
だから 蒼太を可哀想に思ってくれたのだ
こんな身体になってしまったことを、こんな狂った感覚でいるのを
哀れんでくれているのかもしれない
組織においては蒼太がエリートで、エダは脱落者マリオネットだけれど
蒼太は自由に思考し行動でき、エダは命令通りにしか動けない人形だけれど
(どっちが幸せかなんて、わからないね)
蒼太の心は悲鳴を上げていて、身体は傷痕だらけでボロボロだ
「可哀想と思うなら、今晩も相手してください」
エダを見上げて、蒼太はわずかに微笑した
熱のこもった目が見つめ返してくる
ひどくして、昨日のように
もっと痛くして、鳥羽がするみたいに
狂わせて、壊して
「僕は壊れたいんです、多分・・・」

そうすれば、これ以上 あの死人達のことを考えなくてすむから

ぐったりと、朝を迎えた蒼太は 甘い香りで完全に目を覚ました
「え・・・っ」
飛び起きて、昨日また痛めた腕の痛みに顔をしかめる
「ゼロ・・・」
慌てたように、側にいたエダがその身を支えた
蒼太の誘いにエダが乗って
蒼太の求めたように まるで暴力のようなセックスをして
それから、蒼太には記憶がない
何度か繰り返し抱かれた後、意識が飛んでそれっきり
そのまま朝を迎えた
そして今、部屋には甘い香りが漂っている
「なんだ、早起きだなゼロ」
見遣れば窓際に 鳥羽が座っていた
外は雨らしく、水滴が流れているのが見えた
震える
震えて、これは夢なんだろうかと 一瞬考えた
カツ、カツ
足音、規則正しい鳥羽のもの
「昼の便で出るぞ
 それまであと3時間は寝れる、寝てない分取り戻しておけ」
ただよう煙草の煙
甘くて、とらえどころのない香り
「どうして・・・鳥羽さんが・・・?」
迎えには、組織の人間が来ると思っていた
まさか、鳥羽が来てくれるなんて思ってもみなかった
震えて、泣きそうになる
こんなことで泣いたら、鳥羽に笑われるだけだろうけれど
「次の仕事が入ったからな、お前を拾ってそのまま行った方が早い
 それに、俺も暇で死にそうなんだ」
お前が戻るのを待ってられなかった、と
笑った鳥羽は 蒼太の髪をくしゃくしゃと撫でた
魂が震える
この想いをなんと言ったらいいかわからない
この感情を何と呼ぶのか わからない
「もう、眠くないです・・・」
「倒れたら置いてくぞ」
「倒れません」
言った蒼太を面白そうに見て 鳥羽はフーン、と笑った
その手がテーブルの上のグラスを取る
エダが用意したのだろうか
グラスの中の液体を喉に流し込んだ鳥羽は、カランと氷を鳴らして ああ、ともう一度蒼太を見遣った
「言おうと思ってたんだ」
意地悪く笑う顔
見つめたら 彼はわずかに優しい目をして言った
「11時間の遅刻とはいえ、あの状況で 当初の予定通り拠点跡にくるとは思わなかった
 よくもまぁ、あれを突破できたな、褒めてやる」

鳥羽の笑い声、
エダの辛そうな目、
蒼太はボロボロと涙がこぼれるのを止められなかった
「相変わらず 感受性が豊かだなぁ、おまえは」
泣くなよ、と
その言葉にも 涙は止まらなかった
何が幸せで、何が不幸かなんてわからない
正常ではなくなった身体、どこか狂っていく心
だけど、この身でなければ鳥羽を追えない
どれだけ狂っても、どれだけ痛んでも
この世界で生きていく
鳥羽の隣で生きていく
「鳥羽さんに褒められたの・・・ひ、久しぶりです」
「久しぶりじゃ困るんだけどな」
また、鳥羽が蒼太の髪を撫でた
たまらなく、たまらなく満たされていく
この世界で生きていきたいと、強く強く思った


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