ZERO-23 車内 (蒼太の過去話)


鳥羽に車をもらった次の日から、蒼太の携帯は一日に何度も鳴り その度に蒼太は食事の最中でも 真夜中でも関係なく 電話の向こうの鳥羽が言う場所まで車で送り迎えすることになった
朝、書類の整理をしていた蒼太の部屋に鳥羽がやってきて街まで送れと言ったのが最初
それから、昼前に 行きたい場所があるから迎えに来て連れていけ、と言われて出動
目的地まで送り届けた2時間後には帰るから迎えに来いと言われ、組織に戻ったと思った30分後には またでかけるから車を出せと電話が鳴った
「なんでゼロが鳥羽さんの車乗ってんの?」
「お前、いつから鳥羽さんの運転手になったんだよ」
丁度 サロンで話をしていた最中に蒼太の電話が鳴ったのに そこにいた何人かが皆で苦笑した
本日 これで6回目呼び出し
その度に取るものも取らず出ていく蒼太に 誰かが感心したように言った
「あれだけ従順に躾るにはどうすればいいんだろうな
 俺のパートナーもあんな素直で従順ならやりやすいんだけどな」
「来いと言ったら来て、待てと言ったら待つ
 まるで犬だな」
「それにしても、鳥羽さん急にどうしたんだよ
 今までは自分で車乗り回してたのに」
「さぁ、またいつもの気紛れじゃないのか?」
サロンを出ていく後ろ姿を見送って 1人が肩をすくめて苦笑した
「鳥羽さんの呼び出しのせいで 全然話が進まないな
 今日中にこの話、終るのか?」
「ゼロもほんと、鳥羽さん最優先だしなぁ」
ちっとはこっちの話も聞けっての、と
テーブルの上に乗った資料を眺めて溜め息をつきながら 集まった男達は顔を見合わせた

「おせぇなー、ゼロ
 お前 何分またせんだ」
「すみません・・・・っ」
鳥羽に迎えに来いと言われた店まで車で行くと そこには山積みの箱と紙袋、店員らしき人間と 優雅にお茶を飲んでいる鳥羽がいた
「とっとと積んでくれよ
 約束に間に合わなくなっちまうだろ」
鳥羽の言葉に 店員がせっせと箱や紙袋を車に積み込んでいく
「どこに行くんですか?」
助手席に乗り込んできた鳥羽に聞くと 彼は御機嫌に笑って蒼太を見た
「ルビーのアパート」
それは ここからならさして遠くはない場所で 行ったことはないものの どのへんに住んでいるかは以前何かの話の時にちらっと聞いたことがあった
わざわざ組織から蒼太を呼び出さなくても タクシーを捕まえればすぐに行ける場所だと記憶している

「・・・女優のルビーさん、でしたっけ・・・?」
「そうそう、よく覚えてたな」
「鳥羽さん あの人のところに行くときはものすごい量 買っていきますから」
「あの女はなー、欲しいものがたくさんあるんだよ
 あれもこれも欲しいって言うから あれもこれも買ってやるわけ」
上機嫌の鳥羽は 荷物が積み終ったのを確認して車を出した蒼太に おもしろそうに視線をよこした
「お前 今日 何してた?」
「レオンとチャーリーが話を聞いてくれっていって 仕事の資料を持ってきてて・・・
 その話をしてました」
「終ったのか?」
「・・・まだです」
昼、鳥羽を送って帰ってきた蒼太は ロビーで彼等に捕まって 昼食を食べながら話を聞いて欲しいと言われてサロンへ同行し、そこで 来月から始まる大きな仕事のメンバーに蒼太と鳥羽が入っているか
ら、とその仕事の説明を受けていた
だが、食事が終らないうちに鳥羽からのコールで蒼太は席をはずして2時間ほど戻らず、
帰ってきたと思ったら また30分もしないうちに出ていってしまった
話は全然進んでなくて、
電話が鳴る度に 蒼太はそこにいる彼等に謝りながらも、どこか嬉しそうに組織を飛び出して車へと走っていった
この頻度は絶対わざとだとわかっていたし
ほんとうに 食事を取る暇もないようなタイミングだったから 実際腹も減っているんだけれど
それでも、蒼太には鳥羽がこうやって自分を呼び出して使うことが嬉しかった
鳥羽の愛車だったメルセデスを奪ってしまったのだから もちろんこのくらいは覚悟していたし
1人でどこにだって行ってしまって、自分はいつも置いていかれるばかりで
鳥羽の中で自分の存在など 本当にちっぽけで何の意味もないとわかっているからこそこんな雑用でも
ただの送り迎えでも、何でも
鳥羽が自分を呼ぶことが 蒼太には嬉しくてたまらなかった
「鳥羽さん今夜戻りますか?
 レオンとチャーリーの話 聞いておきますから時間があいた時に・・・」
「今夜は戻らない
 明日の朝 迎えに来いよ
 帰り道に車の中で聞く」
「わかりました」
返事をしながら 信号の青を確認してアクセルを踏んだ
鳥羽を隣に乗せての運転は とても気をつかう
もともと 鳥羽は運転がうまかったし、この車は鳥羽好みに色々と改造されているから癖がある
それを 鳥羽が助手席に乗っていて不愉快にならないよう丁寧に運転しなければならない
ガクン、と車体が揺れようものなら 鳥羽のことだから気分を害して出ていってしまいかねない
細心の注意を払いながら 蒼太は夜の街を鳥羽の希望とおりの時間につけるようにスピードを上げた
煙草に火をつけた鳥羽は、相変わらずの上機嫌でたまに携帯を弄りながら なんだかんだと蒼太に話し掛けている
心地いい距離、たまらなく誇らしくなる距離
車内で、二人
隣にいることが許されていると思わせる感覚
蒼太にとって、鳥羽が自分の運転する車に乗ってくれることが
機嫌よく色んな話をしながら隣にいてくれることが 何よりの至福となった
この車内が、蒼太の一番好きな場所となった

翌朝、鳥羽に指定された時間にルビーのマンションに迎えに行くと 1時間以上遅れて 鳥羽が出てきた
「遅かったですね」
「んー、悪いな待たせて」
悪いなと言いつつ、全く悪びれていないところが鳥羽だな、などと思いつつ 蒼太が車を出すと 鳥羽は大きく欠伸をして溜め息をついた
「お前 飯食った?」
「まだです」
「じゃなんか買ってこい、腹減った」
「はい」
答えながら この辺りのこんな早朝から開いている店を頭の中で検索する
サンドイッチくらいしかなかったが、この状況ならまぁ我慢してくれるだろう
進路を変えて店の駐車場に車を入れ、鳥羽を残して出ていった蒼太が戻ったときには 鳥羽は助手席に背を預けて眠りに落ちていた
(・・・そりゃ、これだけ遊べば眠いよね・・・)
鳥羽は、昨日もその前も徹夜でサロンでカードゲームをしていた
調子が良かったのか 鳥羽の一人勝ちで終ったという話を聞いたが、その時賭けていたのが 誰かの恋人だとか、お気に入りの女の子だとか
休暇中なのだから、どう過ごそうと鳥羽の勝手なのだけれど、夜から朝にかけては酒を飲みながらゲームをして
昼は買いものにでかけて、夜は女と会っていた
そんなのを2日も続けた上に どうせ昨夜も眠っていないのだろうから そろそろさすがの鳥羽もエネルギー切れを起こすだろう
蒼太はせっかく買ってきたコーヒーが冷めるな、と思いつつ それを脇に置いて車を出した

朝の道は走りやすい
それでも たまに整備されていない道があり 気をぬいたら車体が大きく揺れる
鳥羽を起こさないよう慎重にハンドルを握りながら 蒼太はアクセルを踏み込んだ
蒼太も結局 昨夜はレオンとチャーリーから仕事の話を聞かされていたからロクに眠っていない
それでも眠くならないのは、やはり緊張しているからか
それとも、昂ぶっているからか
(僕って・・・ほんと・・・バカ・・・だよね・・・)
運転手扱いされて喜ぶのはマゾだけだとか
お前は鳥羽さんを優先しすぎだとか
仕事とプライベートは割り切ったほうがいいとか
昨日は周りから散々 色んなことを言われた
自覚はある
だが、それでも 今の蒼太にとって一番大切なのは鳥羽で
一番望んでいることは 少しでも長く鳥羽の側にいることだ
彼に必要とされたい
彼の役に立ちたい
仕事でもプライベートでも そう願っている
だから、たとえ運転手でも嬉しい
どんなに急な呼び出しも、無茶な要求でも聞いてしまう
自分がそう、したいから

組織に着く前に鳥羽は目を覚ました
「すみません・・・起こしましたか・・・?」
「いや」
窓をあけて風にふかれながら目を細め 鳥羽は蒼太の差し出したコーヒーを受け取った
買ったのは1時間も前だから もう冷めてしまったけど
「このままドライブでもするか
 西の海岸にな、飛行場があるんだ、そこ行け」
「はい」
相変わらず 思いつきで行動するな、と思いつつ蒼太は頭の中の地図を参照してハンドルを切った
あと15分ほどで組織に着くはずだったのだけど、と思いつつ
こういう風に 鳥羽の傍にいられるなら 思いつきでも急な予定変更でも、それはとてもとても嬉しい

1時間も走ると海が見えてきた
「昨日言ってたレオンとチャーリーの話って何だった?」
「来月から始まる軍のキャンプに潜入するのに人数が足りないらしくて
 それで僕と鳥羽さんにって」
「来月ってまだ1ヶ月あるな」
「はい、だから次の仕事の後ってことになると思いますけど」
「俺は嫌だからな、軍は」
「え・・・」
「行くならお前一人で行けよ」
「え・・・」
思わず鳥羽の顔を見たら 片手でぐい、と顔を前に向けさせられた
カチ、とジッポの音が聞こえ、煙草の香りが漂ってくる
「どうしてですか?
 一応・・・正式な依頼なんですよ?」
「お前に言ってなかったっけ?
 俺は軍ってところが大嫌いなんだよ
 外でのサポートならしてやる、中には行かない」
「そ・・・んな・・・」
「この話、レオンとチャーリーは知ってるぜ?
 まぁようするに お前みたいな年頃の男が欲しいんだろ
 話も聞いたんだろうし、お前は頑張っていってこいよ」
「はい・・・」
シュン、と
蒼太はうなだれて、昨日の話を思い出した
その仕事は全部で5〜6人ほどの人間が潜入し、軍の研究機関にいる人間を保護することが目的だと言っていた
入隊基準を満たしていて、その時期に仕事のない人間が4人しか集まらなくて困っているとか
それで、鳥羽と蒼太にも話が回ってきた
本当は、今度の仕事は軍への潜入経験がある人間で揃えたかったのだというが
(そういえば・・・教育期間中から鳥羽さんの仕事に軍のものってなかったな・・・)
なぜ、軍が嫌いなのだろう
どんな場所でも、どんな仕事でも 鳥羽は仕事と割り切ってこなしてきた
組織の人間は組織から振られた仕事を よほどのことがない限り断らない
多額の報酬とひきかえに、自分を売るのだと いつか言っていた
この組織に入った時から、自分は組織の駒になるんだと自覚しろと言われた
事由気ままに雲のように生きている鳥羽が 仕事のときだけはそういう姿勢でいる
なのに軍の仕事は嫌だなんて、初めてきいた
何か理由があるのだろうか、と
横目で鳥羽を盗み見したら 鳥羽はくく、とおかしそうに笑って煙草の煙を吐き出した
「まぁともかく、1ヶ月先だろ
 次の仕事は決まってんだ、軍のことを考えるのはその後だな」
言う鳥羽の向こうに、飛行場が見えてきた
こんなところに何の用だろうと思いつつ、鳥羽の指示通り車を飛行場へと向け 蒼太は心の中に生まれた寂しさのようなものを考えないようにした
とりあえず、次の仕事は鳥羽と一緒にいられるのだから

飛行場はどうやら個人の持ち物らしく、旅客機が発着している様子はなかった
「お前 ここでセスナの免許とっておけ」
「え・・・?」
唐突に言われて蒼太は一瞬言葉を失った
セスナって飛行機の?
次の仕事にそんなスキルが必要なのだろうか
そもそも、免許などそんな簡単に取れるのか
「セスナ・・・ですか?」
「そう、持ってないだろ?」
「持ってません・・・」
じゃあ行ってこい、と
鳥羽は言い、窓をコンコン、と指で叩いた
その向こう スーツを来た男がこちらに向かって歩いてくるのが見える
「有余は一週間だ
 おまえが戻り次第 次の仕事にかかる」
「はい」
どうしてセスナの免許なんかいるのか、とか
次の仕事はどんな仕事なのか、とか
あまりに急で何の準備もしてきていないのに、とか
そういうことを言っても仕方のないことは、今までの鳥羽といた時間で学んでいる
鳥羽が一週間でやれと言ったら、やらなければならないのだ
蒼太には、彼に従うことしかできない
彼の言うことに無駄はないのだし、
彼はここでわざわざ蒼太に1から説明してくれるほど優しくもない
「安心しろ、車はここに置いてってやる」
「鳥羽さんはどうやって帰るんですか?」
「どうにでも」
女を呼び出してもいいし、タクシーを拾ってもいいし、と
言いながら 鳥羽は車を降りた
ここの職員なのだろうか、向かってきた男と親し気に話して ゼロを宜しくと軽く笑った
(・・・気持ち、切り替えないと・・・)
今日までは まだ休暇中だったから すっかり油断して気持ちが弛んでしまっている
今だって鳥羽とドライブをしているつもりだったし、次の仕事のことなんて考えてもいなかった
「ゼロか、話は聞いてるよ、高いところが怖くなければそう難しいことじゃない」
職員の男に言われて、蒼太は笑って頭を下げた
「宜しくお願いします」
浮かれていた気持ちを冷まして、意識を集中させた
新しい仕事が始まる
それに、心が緊張と高揚で震えた


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