ZERO-20 拷問 (蒼太の過去話)


今回潜入する組織の本部は、西に大陸の大都市にあった
蒼太は、教団の妖し気な風呂に入れた薬で 今や金色に色が抜けた髪に、鳥羽好みの青い目のカラーコンタクトを入れ 名前をリュカと偽って その組織へと潜入することになっている
「無理ありませんか・・・フランス人って設定」
「日系ならいるだろ、そういう顔」
鳥羽は正面から潜入する蒼太とは別に 裏から侵入するため連絡は2日に一度 鳥羽の方から接触することになっている
「黒のパスポートの下請け組織っていったって それなりの人間の寄せ集めだ
 そこらから できる人間を集めてきて金で留めてる そんな場所だ
 仕事自体はCランクとBランクのものばかり扱ってる
 ようするに、俺達が動くほどでもないレベルの仕事を回してる先だ
 人間の出入りが多い分、スパイみたいなもんも入りやすいってことだ」
蒼太達のいる黒のパスポートの人間は、組織の事務方がしっかり名前と顔、経歴から指紋、角膜情報から何から何まで把握して、
組織内の建物に入るのにも厳重なチェックがある
人数も全部で200人ほどと、少数精鋭
それに比べ 今から潜入するこの下請け組織は 登録人員10000人となっており
管理体制も、黒のパスポートほど徹底してはいなかった
「組織は5つのグループに分かれてる
 お前はそれらを管理する事務方に配属されることになってる
 とにかく2週間しか時間がない
 早いうちに全員のデータを把握して 怪しい人間をリストアップしろ」
「はい」
仕事内容を確認すると、鳥羽はさっさとどこかへ消えてしまい、蒼太は紹介状を持って 1人組織のビルへと入った
移動中に、現在この組織に登録されている人間のデータは一応覚えた
組織内のコンピューターで 彼等の仕事内容と言動を照らし合わせて 妙な動きをしている者がいないか
外に情報を流している者がいないか、探し出さなければならない

(2週間か・・・)

紹介状を持って この組織のボスのところへ行くと 彼はその場で5人のグループの長を蒼太に紹介した
それぞれ得意とする仕事内容でグループ分けされており、
麻薬に関する案件を扱うグループが一番大きなグループのようだった
「よろしく、リュカ」
にこ、と笑って手を差し出して来た、蒼太より年下の男が その一番大きなグループの長で
彼はレイアムと名乗り 蒼太の目を見て 綺麗な色だね、と言った
(・・・レイアム・・・ここのボスの1人息子・・・)
データを頭の中で参照する
現在18才のこのレイアムは、人望、才能ともにこの組織でのナンバーワンだった
幼い頃からボスである父親に教育され、組織に相応しい人間として育て上げられ 15才の時から仕事をしている
年より大分大人びてみえる表情は 落ち着いていて、聡明そうに見えた
「何か困ったことがあったら何でも言って
 僕で助けになることは何でもするからね」
その言葉に 深々と頭を下げて 蒼太は礼を言うとボスの部屋をあとにした
彼のような目立つ人間が 蒼太にとっては一番に信用できない
まずは各グループのリーダーから調べていこう、と案内された部屋のマシンに触れた

それから蒼太は不眠不休で全員のデータをチェックした
このビル内に設置されている監視カメラの映像やメールの受発進の記録も全て遡ってチェックし、それぞれの人間の組織へ入った経緯も調べた
わずか5日で、10000人分をチェックし終えると、その中から20人もの不審人物がリストアップされた
(多すぎないか・・・これ・・・)
予想では1人か2人、そういう者が入り込んで情報を流しているのだと思っていた
だが、この人数は多すぎる
ここまでの人数がいるとなると、組織ぐるみでやらなければ隠し切れないだろう
少なくとも内部で手引きしている権力者がいるということになる
(何が目的なんだ・・・)
最初の 鳥羽との接触の日に どこからともなく部屋にやってきた鳥羽にそう報告すると 鳥羽も驚いたように多いな、と呟いていた
「目的は、本人に吐いてもらえばいいんだよ
 教えた通り、全員集めて拷問にかけろ」
そう言って 鳥羽はまたどこへともなく消えてゆき
蒼太は、リストアップされた20人に、ボスの名前で呼び出しをかけ 全員を一つの部屋へと集めた

蒼太の指定した部屋には、ガスが充満していて、
暗い部屋に一歩足を踏み入れ呼吸した途端、手足が麻痺し、人はバタバタと倒れていった
それを1人1人目隠しして両腕を上で縛り上げ天井から吊るす
そうして20人 全部吊るして それぞれの耳にイヤホンを取り付けたところで ようやく部屋に灯りをつけた
ガスが部屋から引くと、何人かが苦しい体勢に意識を取り戻して喘ぐ
1人、また1人と正気を取り戻していき
部屋は次第に 状況を察した人間のもがく声で賑やかになった
「何のつもりだ・・・っ」
「下ろせっ」
わめく人、ただ苦し気に呻く人、すすり泣くような声をあげて助けを求める人
それらを聞きながら、蒼太は 淡々と時計の針だけを見ていた
拷問に耐えるための訓練で 鳥羽にこの体勢で延々放置されたことがある
自分の体重を 両手首にかけられた縄だけで支えるこの体勢は 何時間も続けられると本当に辛い
腕が痺れて、その後感覚がなくなり、血が止まって冷たくなって、その後頭痛が起こり やがてその痛みが全身に回っていく
苦しみのピークは6時間程でやってきて、その後はもうわけがわからなくなるだけ
だから、とりあえずこのままの体勢で6時間、彼等の様子を見ることにした
今は喚いたりもがいたりしているこの男達も、6時間もするころには 少しは大人しくなっているだろうと思う

蒼太の考えているより早くに、何人かが許しを請うような言葉を口にした
時計を見遣ると まだ3時間しかたっていない
「組織に不利益な情報を流している者がいます
 あなたがそれと認めるのなら、僕の質問に答えてください」
手許のマイクを操作すると、蒼太の選んだ者のイヤホンにだけ蒼太の声を流すことができる
たったの3時間しか耐えられないような者が この組織にいるだろうか
鳥羽には、早くに口を割るものの言葉は信用するなと教えられている
お前だって、たかだか3時間しか耐えられないような訓練は受けてないだろう、と
彼は言い、笑っていた
「ある程度の時間 拷問に耐えた後 観念したふりをして偽の情報を流す手は使える
 だが、あんまり早くに口を割ると逆効果だな
 簡単に喋る奴の言葉は、俺はまず信用しない」
鳥羽の言葉を思い出し、
何でも話すから下ろしてくれと言った3人の男達を 蒼太は見遣った
とりあえず個別に話を聞くか、と
手許で操作をすると、男を吊っている金具が天井で移動して、それぞれを部屋の端の仕切りのあるコーナーまで移動させた
他の者達は、未だ吊られたまま 口を割る様子を見せないから とりあえずそのまま放置して
蒼太は最初の男のいる仕切りへと入った
「名前は?」
「言うからおろしてくれ」
「名前は?」
「・・・先に下ろしてくれっ」
「名前は?」
鳥羽のやっていたように、淡々と感情を込めない話し方を心掛ける
聞きたいこと以外は話さない
なめられたら終りだぞ、と
常にこちらが優位に立ってなきゃ意味がない、と
そう言いながら 鳥羽は本当に容赦なく相手をじわじわと追い詰めていった
手にしたレーザーの機具を見下ろしながら 蒼太はもう一度 マイクに向かって言った
「名前は?」

4度聞いても答えなかった男に、蒼太は仕方なくレーザーのスイッチを入れた
服の上から男の肩にそれを押し当てると 鋭い悲鳴が響く
「やめてくれっ、やめてくれ・・・っ」
身体を揺さぶりながら男がもがく
服が焼けこげて、肌が赤く爛れているのが見えた
鳥羽に与えられた痛みを思い出して 身体がうずく
「組織に不利益な情報を流している者がいます
 あなたがそれと認めるのなら、僕の質問に答えてください」
繰り返しながら 相手の様子を伺った
やめてくれ、と
痛がりながらも、まだもがく元気がある上 名前すら言おうとはしない
これは確実にクロだろうな、と思いながら 先が長くなりそうだと溜め息をついた
こんなのが20人もいるのだ
それら全部から、情報を外へ流す目的や その依頼主なんかを聞き出さなければならない

6時間後には、全員を個別の仕切りの中へと移動させ、それぞれに尋問と拷問を行った
名前くらいは吐いた者
未だに喚き続けている者
黙って耐えている者
固体の様子を注意深く見ながら 蒼太は何度も何度もレーザーを使って相手の身体に痛みを与えた
その度に、自分のこの背に与えられた熱と痛みを思い出す
繰り返される度、気がふれるかと思うほどに痛みが増していった
生きたまま じわじわと焼かれる恐怖に、痛みがさらに増す気さえした
「あなたの他にもまだ証人はいますから、あなたが話してくれなくてもかまわないんですが」
さっきから、黙ったまま拷問を受け続けている男に向かって言うと、男はわずかに笑ったようだった
彼はたしかレイアムの部下だ
麻薬に関係する案件を この1年で10件も担当しているやり手の新人
以前は麻薬を取り扱っている組織にいたとかで、そのルートに詳しく人脈も広く仕事の腕も確かだった
「だったら、そんな風に手加減してないで、俺が死ぬまでやればいいだろう?」
男の言葉に 蒼太は一瞬 息を飲んだ
初めて発したこの男の言葉はまるで挑発で、
初めから 蒼太に殺す気がないのを見抜いている
なめられたら終りだ、と
鳥羽の言葉が頭を過った
「・・・死にたいんですか?」
ぎゅ、と
レーザーを握りしめて そう言った
慎重に言葉を選ぶ
男はまた笑った
「さぁなぁ」
嫌な笑みだった
見すかされている気がして、落ち着かない
慎重にやり過ぎたのだろうか
それともこの戸惑いのようなものが、伝わってしまうのか
「話してくださるまで、続けます」
もう焼けこげた穴だらけの男のシャツに もう一度レーザーを押し当てた
肉の焼ける匂いが漂う中 男はわずかに呻いただけだった
続けて2度、その肌を焼いた
それでも、男は笑っていた

24時間経つ頃には、20人のうち8人が自分はスパイだと白状した
ぐったりとした様子で、身を丸めている8人は、口をそろえて ある組織に雇われてここに潜入し ここで受けた仕事の情報を外へと流したのだと言った
(対立組織があったっけ・・・?)
蒼太は、あまり組織同士の対立には詳しくない
この裏の世界にはいくつもの組織があって、その中でもダントツに名を馳せているのが黒のパスポートだった
他は その下のレベルで争っている
その勢力争いのようなものなのだろうか
こちらの情報を抜いて 別の組織が先回りして仕事を奪い取ってしまう
そうなれば こちらの組織の名は落ち、対抗勢力の名が上がる
(あと12人か・・・)
残っている12人と、口を割った8人のレベルは明らかに違う
拷問もやり方を変えなければならない
肉体に与える苦痛に耐えられる者に 今までと同じようにやり続けていたのでは意味がない
そっと溜め息をついて、蒼太は残っている者達を見上げた
色んな拷問のやり方を 知識として知ってはいるけれど、やはり間違って相手を死なせてしまうことが少ないのは 鳥羽に教えられた水攻めだろうか
思い出して、苦しさに呼吸がわずか乱れた
感情を押し殺して、冷徹さを装う
こちらに迷いがあれば、それが相手に伝わってしまう
そうなったら、意味がない
相手になめられたら、そこで終りだと 自分自身に言い聞かせた

この部屋には ありとあらゆる拷問の装置が備わっていた
ボタン一つで 水を張った水槽が用意される
それに1人の男の頭を押さえ付けて沈めた
蒼太の肘のあたりまで 水で濡れる
腕の下でもがく男は しばらくすると空気を吐き出してびくびくと痙攣した
一度引き上げて、ゼーゼーと2度 呼吸したのを確認した後 また水の中へと押し込む
縛られた腕を必死にもがきながら 死にものぐるいで男が暴れる
それを、容赦なく押さえ付けた
思い出す
鳥羽に同じことをされた時の苦しみを
蒼太にとっての鳥羽は、絶対的な支配者だ
自分は鳥羽になら、どんなことをされてもいいと思っている
彼が望むなら、何でもする
彼の望むものになれるなら、どんな苦痛にだって耐えられる
彼が何かを自分に与える時、たまらなく身体が熱くなる
震えるほどに感じる
たとえそれが、痛みでも、苦痛でも
(・・・鳥羽さん・・・)
腕の下でもがく男を何度も何度も繰り返し水の中に押し込み
鳥羽が自分に与えたような行為を繰り返した
次第に、男が弱っていくのがわかる
震えながら うわごとのように何かをつぶやくのを注意深く聞き取りながら 蒼太は一切の感情を殺した
鳥羽が望むよう 冷徹な、何ごとにも動じない人間になりたい

蒼太は全員に対して、水攻めを行った
それで口を割った人間が6人
残り、6人
拷問をはじめてからすでに40時間が過ぎており、残った男達も蒼太も疲労しきっていた
そこに、鳥羽が現れる
いつも思うが 黒のパスポートよりは厳しくないとはいえ ここも一応裏の世界の組織内だ
そこに秘密に侵入しているのに 鳥羽はいとも簡単に蒼太のいる場所へと現れる
普段はどこに潜んでいるのかわからない程 その気配を感じないのに
「大分減ったな
 よくやったと誉めてやりたいところだが、お前が吐かせた情報な
 裏を取ったが、半分はダミーだった
 評価としては、減点だな」
その言葉に 蒼太は愕然として鳥羽を見つめた
見極めたつもりだった
その固体の極限まで痛めつけたつもりでいたけれど、それでもまだ足りなかったのか
嘘の情報を与えられ それに気付かなかったなんて
あんな風に酷い拷問を受けてなお、こちらに逆らう意志があるなんて
「自分に置き換えて考えろよ?
 何のために 俺がお前に拷問を繰り返したと思ってんだ
 お前ならこの程度で、口を割るか?
 お前なら、どのタイミングで嘘の情報を流す?
 ここまで耐えるような人間は、相当の訓練を積んでる
 自分と同じくらい耐えられると考えてやれと、教えなかったか?」
言って、鳥羽はずぶ濡れになりながら未だ天井から吊られている男達のイヤホンと目隠しを外した
全員を同じ場所に移動させ、互いの顔が見えるように設置する
ずっと、笑っていただけの男が蒼太を見て また笑った
「疲れた顔をしてるな、あんた」
その言葉に 思わず男を睨み付けた蒼太の頬を鳥羽が無言で叩いた
「・・・っ」
「いちいち相手にするな」
「す・・・みませ・・・」
声が震えた
鳥羽の目が みるみるうちに冷たく鋭くなっていく
温度のない目
仕事でも、拷問をする時の鳥羽は 本当に怖いくらいに感情を見せない
「仮説が1つ立ってる
 それを証明してくれる言葉が欲しいわけだ」
鳥羽の言葉に 誰かが苦し気に呻いた
笑っていた男も、今は黙って鳥羽を見ている
「リュカ、スタンガン持ってこい」
言われて、蒼太は部屋に並んでいるスタンガンを持って来た
「性器にあてろ
 疲れきってる皆様に 気持ちよくなってもらえ」
鳥羽の言葉に 何人かが屈辱的な顔をした
「電流くらい軽いだろ?
 これで喋らないなら 最終全部切り取ってやろうな」
冷たい目をして言うから、本当にやりそうで
蒼太は、鳥羽がどこまでひどいことをしても身体の一部を切り取ったりはしないと知っているから これは脅しだとわかるけれど
それでも聞いている方はぞっとするだろう
今までの、蒼太のやっていたやり方に比べたら 迷いがなく
現時点で鳥羽は喋っているだけなのに、明らかに相手の男達は鳥羽に対して怯えている
「リュカ、やれ」
言われて、蒼太はスタンガンの電源を入れた
端から順番に、言われたとおり 男達の足の付け根の中央、
生殖器のすぐ上あたりに それを押し当てる
強い電流が流されて、男は悲鳴を上げてがくがくと震えた
ぼたぼたと、男のズボンの下から液体が垂れて床に落ちる
「部屋を換気しろよ
 こいつら糞尿垂れ流すつもりらしいからな、空気が悪くなる」
鳥羽の言葉に 男は顔を歪めて呻いた
続けて、隣の男にも同じ様にする
わずかな悲鳴と、激しい痙攣を起こし その男は気絶した
「もう一発」
容赦ない声がかかる
同じ様に繰り返したら 今度は跳ね起きて意味不明の言葉を発し、ガクガクと口を開閉させて喘いだ
「次」
言われるがままに、スタンガンで電流を流し、
それをもう一周繰り返そうとした鳥羽に 2人がやめてくれと懇願した
「ここで口割るくらいなら、もっと前に観念しとけよ
 せっかく楽しんでんだ
 最後までやらせろ」
しかし、鳥羽はその懇願を聞かなかった
恐怖に引きつった男達を見据えて 鳥羽は蒼太に行為を続けさせた
気絶した者には容赦なく2発目が与えられる
朦朧とした意識の中 ただもう助けてくれと繰り返すだけの男
意識はあるものの、鍛えようもない下半身への容赦ない攻めに尿を漏らして屈辱に震える男
苦痛に耐えてはいるが、それでも今までの余裕をなくし笑わなくなった男
確実に、追い込んでいくその様子に 蒼太は息を飲んだ
どんなに鳥羽のやり方を真似したって、蒼太にはどうしても迷いがある
できれば傷つけたくないという気持ちがある
感情を殺しても、
今与えている痛みや苦しみを知っているから どこか相手に感情移入しているのだ
だから、相手が口を割った時に ほっとしてしまう
その甘さが、相手に伝わるのだろう
蒼太も、自分に拷問を与える相手が中途半端にやっていると、それを感じることがある
この程度なら耐えられるとか
どのタイミングで口を割ろうかとか、考える余裕が生まれる
鳥羽は、それを相手に一切与えない
たたみかけるように攻めるし、一切の容赦もない
言葉で攻めるし、行動でも示す
肉体的に痛めつけると同時に、精神的にも追い込んでいく
「リュカ、そっちの二人を下ろせ」
「はい・・・」
気絶した二人を床に下ろした
クレーンでズルズルと引きずって、別室へと連れていく
「残り4人か」
鳥羽が、薄く笑った
「リュカ、お前が一番こたえた拷問は何だ?」
「え・・・」
「それをやってやれよ
 4人全部落とせたら、ダミーにひっかかったことは許してやろう」
言われて、ぞく、と背が冷たくなった
色んな拷問をこの身に受けてきた
痛みを与えられるものよりも、気がふれそうになるものの方が蒼太には辛かった
耐える方法がわからなくて、
ただ歯を食いしばってやりすごすことができないものに、蒼太は何度も死ぬと思う程の苦しみを味わった
悪夢のような時間を思い出す
泣いて泣いて、鳥羽に懇願したのは忘れもしない
ただひたすらに、穏やかに、額を打たれ続けること
それだった
「じゃあそれをやってやれよ」
鳥羽が笑った
痛みは全く感じないのに、あの一定のリズムで繰り返し繰り返し額を打たれ続けると 脳がおかしくなって気が狂いそうになる
30分も経つ頃には、頭を抱えて泣きわめきながら 鳥羽に許しをこうた
何度も何度も、毎日のようにそれを繰り返されて
その度に、やはり30分程度しかもたなかった
どうしても、どうしても、あれだけは耐えられなかった
「そこにあるだろ、その機具が」
ここには何でも揃ってるからなぁ、と
鳥羽の言葉に、蒼太は震える手で その機具を手に取った
頭にはめる輪のような形のそれを男達の頭にはめていく
スイッチを入れると 一定のリズムでカツン、カツン、と金属の細い棒が男達の額を打ち始めた
その音に 全身が冷たくなっていく
あの苦しみを自分がこの男達に与えていると思うと、身が震えた
「いつまでも甘いな、お前は」
隣で鳥羽が苦笑する
「俺はな、お前のそういうところは嫌いじゃないが、そんなだと自分がキツいだけだろう?
 そろそろ、諦めて心を捨てろよ」
静かなその言葉に 蒼太は震えながら鳥羽を見た
わかっている
いつまでも、いつまでも、この甘さがなくならないのも
どれだけ殺しても、何かの拍子に心が負の感情に捕われそうになるのも
自分で自分が嫌になるほど、自覚している
何も考えない、何にも揺るがない人間になりたい
鳥羽のように、仕事に対して冷徹に徹することができる人間になりたい
「お前はこれ、34分が限界だったな
 こいつらは、何分耐えるかな」
鳥羽の言葉に、早くも呻き出した男がガクガクと震え出した
「お前と同じくらいは耐えてもらわないとなぁ」
それは、30分過ぎるまで 誰1人許すなということか
鳥羽の視線に、蒼太は はい、と答えた
心が、震えた

結局、30分経った頃には全員が気を失っていた
「叩き起こして聞くこと聞き出しておけ」
「はい・・・」
そう言って鳥羽は部屋を出てゆき、蒼太は別室に入れた二人も含めて 6人全員を起こして尋問を開始した
発狂寸前まで追い込まれた男達は、もはや逆らう気を無くしており 依頼者の名前も、その目的も全部話した

「拷問は終ったのかな?」
自室に戻る途中、蒼太は廊下でレイアムと会った
黙って相手を見遣ると、悪戯な目で見つめ返してくる
蒼太がこの組織にスパイを探しに来たことを知る者は この組織の中にはいない
なぜ、それを知っているのか
睨み付けるようにしたら、レイアムはくす、と笑って蒼太の頬に手を触れた
「赤くなってるよ
 誰かに、叩かれた?」
その言葉に、咄嗟にその手を払い除けた
気味が悪い
まるで見すかしてくるような目も、落ち着き払ったこの態度も
「最後に残った6人は 貴方の名前を出しましたよ、レイアムさん
 貴方に指示されて、この組織の情報を持ち出したと言っていた」
あまりにも、意外な名前が出たので 蒼太は驚いて何度も何度も確認した
本当に、この組織のボスの息子であるレイアムに言われたのか、と
麻薬を管轄するグループの長の、レイアムかと
「かなり信頼できる者達を使ったんだよ
 それでも、口を割らせてしまうんだから、黒のパスポートってのはすごいんだね」
人じゃないよ、と
その言葉に 蒼太は相手を睨み付けた
「何のために?」
自分のいる組織に仇なすのか
何をしようとしているのか
「この組織はあまりいい方向に成長していってない
 人数ばかり増えて、人間のレベルはそこそこだ
 僕はね、この組織を一度抹殺して、新しく生まれ変わらせたい
 そのための基盤作りをしていたんだよ
 他の組織にも、同じ様な罠を張ってる
 黒のパスポートに負けないレベルの組織を、作りたいんだ」
組織を壊すなら、内部から壊すのが一番早いからね、と
その言葉に 蒼太は黙ってレイアムの顔を見つめた
「レベルの低い組織を全部潰して、その中からスキルの高い人間だけ集めて新しい組織を作るんだ
 ・・・リュカ、君も来ない?
 君ほどの人間なら、大歓迎だよ」
「お断りします」
蒼太には、何の興味もない話だった
今回の依頼は、スパイの存在を突き止めること
予想外にスパイが多かったのは、意図してももぐり込まされていたから
その元締めもわかった今、ここでの仕事は終りだった
「君は何のために黒のパスポートにいるの?
 この世界で名をはせて大きくなりたいとは思わない?
 僕の作る組織はいずれ力をつけて黒のパスポートを追い抜くよ
 それでも、来ない?」
「行きません
 大きくなるとか、そんなことには興味がありませんから」
あるのは、鳥羽の側にいたいという気持ちと 新しい世界を知りたいという欲求だけ
両方かなう場所は、黒のパスポートしかない
地位や名声や報酬なんて、今の蒼太には何の価値もない
「泣きそうな顔して、相当無理してるんだね」
「何を・・・」
「正直、向いてないと思うよ
 この世界、そんな風に甘い人間には生きにくいでしょ?」
レイアムは笑うと、身を翻して歩き出した
「僕は行くけど、捕まえなくていいの?」
「そういう依頼は受けてません」
「そう、ほんと、君、甘いね」
それとも、優しいっていうのかな、と
その言葉を最後に レイアムは廊下の向こうに消えた
冷たい空間に、蒼太だけが取り残される

「で、逃がしたのか」
「はい」
「・・・惜しいなぁ
 そういう奴こそ うちの組織に引き抜けよ」
「どういう人が組織に必要か僕にはわかりません」
「はいはい、お前はいつまでも半人前気分だもんな」
潜入先の組織を出て、黒のパスポートへと戻りながら 鳥羽は呆れたように溜め息をついた
今回の件で、この下請け組織は完全に黒のパスポートが管理するよう体制が変えられるだろう
グループ長の1人レイアムが欠け、何人かの優秀な人間もレイアムと一緒に姿を消した
スパイは鳥羽と蒼太によって一掃されたが、今のままでは またいつスパイが入り込むかわからない
「お前は従順だが、野心が足りない
 レイアムみたいに貪欲な人間の方が成功するぞ」
この世界では、と
言われて 蒼太はわずかに不機嫌に俯いた
「成功なんて望んでませんから」
「犬は下克上なんて考えないか」
かわりに鳥羽は上機嫌で、煙草に火をつけると白い煙を吐き出した
「お前は帰ったら拷問のやり方のおさらいしとけ
 大人しい顔してるからなめられるんだ
 ハッタリくらい覚えろよ
 言葉選べばいいだけだ、簡単だろ」
「はい・・・」
答えながら鳥羽を見遣ったら、意地悪い目が見返してきた
ドクン、と心臓が鳴る
たまらなくなる
この距離にいられるのなら、地位も名誉も報酬もいらない
たとえ向いてない世界でも、
たとえ無理をしているのだとしても、
それで壊れたって、狂ったってかまわない
ここにいられれば、それでいい
「さて、帰ったらちょっと休むか
 最近不義理にしてる女多いんだよな、いいかげん連絡しとかないと捨てられるなぁ」
鳥羽の言葉に 蒼太は僅かに笑った
「休暇を取るんですか」
「お前も日本に戻って親に顔でも見せておけよ
 まだ、いい子ぶってんだろ?」
「はい」
「よく続くな、そのいい子演技が
 この世界にいて そんな体裁保てるなんて俺は不思議だわ」
「鳥羽さんの恋人の数の方が、僕は不思議ですけど」
言いながら、蒼太はそっと息をついた
心がゆっくりと穏やかになっていく
ようやく溶けてきた緊張感に安堵して、窓の外を見遣る
このまま走り続けて、いつか狂うなら それもいい
それもいいと、心から思う

 


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