ZERO-19 死を想う (蒼太の過去話)


組織に戻った蒼太と鳥羽に待っていたのは、組織内に入り込んだスパイを探し出すという仕事だった
「この組織内にスパイが入ったんですか?」
「正式には、ウチの下請けの組織に、ですが
 今までに2度、こちらの情報がもれた形跡がありまして スパイが入っていると断定しました
 これがその下請け組織のメンバー表です
 うちで進行形の仕事が60あり それに支障が出ると差し障りますので早急な対処をお願いします」
書類を手渡され 蒼太は鳥羽の顔を伺った
一つの仕事が終るなり、もう次の仕事
ミカエルのことや、クローンのことを考えなくてすむから、この忙しさは蒼太には有り難かったが 鳥羽はどこか不機嫌そうな顔をしていた
「お二人には、下請け組織に潜入していただきます
 2週間で、お願いしたいのですが」
二人に仕事を説明している組織の事務係も、なんとなく鳥羽の不機嫌を察しているのだろう
困ったように蒼太に視線で助け舟を求めてきている
「・・・わかりました」
基本的に、組織の人間は 組織から振られた仕事は断らない
ここにいる限りは、この組織の駒として動くという誓約をしているから
だから、どんなに不機嫌でも、どんなに気乗りしなくても 鳥羽はこの仕事を受けるだろう
「すぐに、仕事に入ります」
「そうですが、お疲れのところ申し訳ありません
 明日までに下請け組織への潜入の手続きを整えておきます」
蒼太に向かって 事務係は安堵したような声で言うと 二人に一礼して部屋を出ていき
蒼太は無言で煙草に火をつけた鳥羽を もう一度伺った
「鳥羽さん・・・」
仕事の後は、ボスに報告をしなければならない
蒼太が移動中に作った報告書を 鳥羽とミカエルの相棒だった男が さっきボスに提出に行った
報告自体は10分ほどで済み 待っていた蒼太と鳥羽は、部屋に戻る前にこのロビーで事務係につかまって、今に至る
鳥羽の機嫌が悪くなったのは、ボスへの報告の後からだ
それまでは、いつも通りの鳥羽だったのに
(何かあった・・・?)
自分は一緒に報告に行かなかったから、その場の何が鳥羽を不機嫌にしたのかわからなかった
こういう場合、なるべく鳥羽から離れていた方がいいとわかっているのだけれど
(仕事入っちゃったし・・・そうもいかない・・・)
どうしようかと、もう一度鳥羽を見た
途端、溜め息を吐いて 鳥羽は煙草を消すと 冷たい目で蒼太を見た

そのまま、蒼太は鳥羽の部屋へと連れていかれた
初めて入るその部屋は、ベッドとティーテーブルしかないシンプルな部屋だった
(もっとごちゃごちゃしてるかと思った・・・)
「俺の部屋は毎日片付けさせてるからな」
鳥羽は、蒼太の心を読み取ったかのように言うと クローゼットを開けて 中からトランクを取り出し 中身をテーブルの中に出していく
恐ろし気な鞭やらスタンガンやら、何に使うのかわからないものが並べられていく様子に 蒼太はわずかに身を緊張させた
これから何が始まるのだろうと、不安と恐怖が広がっていく
「組織内に入ったスパイを探すってのはな、それと思った相手を確保して 自分がスパイですって言わせなきゃならないわけだ
 相手もプロだからそんなに簡単には口を割らないけどな」
言いながら、鳥羽は一つの機具を手に取った
懐中電灯のような形のそれを くるくると弄びながら 鳥羽は冷たい目をして蒼太を見遣る
「口を割らせるためにすることは?」
問われて、蒼太はぞっと背が寒くなるのを必死で堪えた
「拷問・・・」
「正解、よくできました」
教育期間中、鳥羽が相手に拷問する様子を何度か見た
冷徹に何度も何度も相手を痛めつけて情報を聞きだす様子に、蒼太はいつも震えるのを堪えるのに必死だった
自分が拷問を受ける訓練は、耐えることができた
痛みは、自分がここにあることを自覚させてくれる
繰り返し与えられれば慣れもする
恐怖も、いつかは麻痺する
だけど、自分が誰かを拷問するのは とてもとても、苦手だった
その痛みがわかるから
どれほど苦しいかを知っているから
相手にその行為をするとき、震えた
一度、ターゲットから情報を聞きだせと言われて拷問をしなければならなかった時、蒼太は極限まで相手を痛めつけることができなかった
結局、それで鳥羽にひどく罰を受けた
お前は今まで俺のやってきたことを見てなかったのか、と
あの時の鳥羽の呆れたような冷たい目は 今でも心に残っている

「今回の仕事では不可欠なスキルだな
 この際だから、お前にそのやり方を徹底的に仕込んでやる」
言いながら、鳥羽は蒼太に服を脱ぐようしぐさで示した
シャツのボタンを外す指が震える
身体が冷たくなる気がする
「相手がプロの場合と素人の場合では やり方が変わる
 プロはお前のように 拷問に耐えることができる
 極限まで痛めつけないと口を割らないと思え
 逆に素人の場合はかなり手加減しないと死んでしまうことがある
 ターゲットを死なせることは一番のタブーだ
 だが、どっちが難しいかっていうと、当然プロ相手の時だ」
固体によって どこまで耐えるかが見極めにくい、と
言いながら 鳥羽はシャツを脱いだ蒼太をベッドへと突き飛ばした
「今回のターゲットは全員プロだ
 その身で自分の使うやり方がどの程度の苦しみを与えるものかよく理解しろ
 どこまでやれば、どの程度の苦しみを与えるか 身をもって体験しろ
 今から俺がそれを叩き込んでやる」
ベッドの上にうつぶせにされた蒼太の肩に 鳥羽の手がかかった
シーツに顔を埋めながら、痛みに対する恐怖と、
もっと他の、
何かわけのわからない感情が身体の奥から溢れてくるのを感じ 蒼太は目をぎゅっと閉じて歯を食いしばった
怖い、
でも、鳥羽がこの身に何かするということ
それに昂る自分がいる
「これは肌を焼く道具だ
 まぁ一種のレーザーみたいなものだな
 人間の身体は熱に対する恐怖を生まれた時から持ってる
 冷たいものより熱いものの方に恐怖するようできている」
言いながら、手にした機具を蒼太の背に押し当てた鳥羽は、何の躊躇もなく手許のスイッチを入れた
「・・・・ひっ」
ジュ・・・、という音
それから肉のこげるような匂い
熱は瞬時に痛みに変わり 蒼太は思わず声を上げた
「丁度いいから おまえのその悪趣味な入れ墨を消してやるよ
 こんなもの彫ってる人間を、抱く気にならないからな」
痛みは、容赦なく降り注ぐ
ジュウウ・・・と嫌な音をたてて 自分の肌が焼かれていくのを感じた
痛い、
痛くて、目の前が真っ白になりそうだった
必死にシーツを掴んで声をかみ殺す
それでも、呻きが漏れて身が震えた
もがきたくても、上から押さえ付けるような鳥羽の手が そうはさせてくれない
「あ、う・・・・ぐ・・・・ぅっ」
頭がグラグラした
ただ耐えればよかった今までの訓練とは違う
どの程度やれば、どの程度の苦しみを与えられるか覚えろ、と
鳥羽の言葉に 必死に痛みを受け入れた
だんだんと、呼吸すらままならなくなっていくのを、必死に喘いだ
「ひぅ・・・っ」
鳥羽が場所を変えるたび、嫌な匂いが鼻につく
この身が生きたまま焼かれていくことの恐怖も、いつまでも続くかのようなこの刺すような痛みも
必死に記憶に刻んだ
これの痛みを与えているのが鳥羽でなかったら、自分はこんなにも耐えられないと そう思う

実際の時間は20分程度だった
蒼太の背の入れ墨を焼き切ると、鳥羽は赤く爛れた肌に 瓶に入った薬を塗った
「ひ、い・・・・・っぃぃぃぁ・・・っ」
がくがく、と身体が震えた
声を押さえることも、できなかった
「この程度ではプロは死なない
 時間がないからちゃっちゃとやるが、実際には今の3倍くらいの時間をかけてやれ
 ある程度続けたら、痛みは麻痺してくる
 麻痺しだしたら続けても意味がない
 これで口を割らなければ 別の方法に切り替えるんだな」
鳥羽の言葉に、朦朧とした頭で返事をしようとした
声が出たかは分からなかったが、それでも必死に意識だけは保った
「次、いくぞ」
「は・・い・・・」
そのまま、腕を掴まれて 身を起こされ
よろける蒼太を連れて 鳥羽はバスルームへと向かう
何も考えられなかった
されるがまま、冷たいタイルの上に座らされた
「水攻めは 相手の身体を傷つけないからどれだけでも使える
 呼吸できない恐怖はどう訓練してもぬぐえないもんだ
 そして、思ったより無茶をしても これで死ぬことはあまりない
 だからこそ、極限と思ってもそこで手を緩めるな
 殺すつもりでやるくらいで丁度いい」
言う間にも、バスタブに水が張られていく
鳥羽の言葉と、蛇口から流れ出る水の音がガンガンと頭に響いた
背の傷は まるで灼熱の炎を背負わされているかのように痛む
「俺のやり方をよく覚えておけ
 自分が苦しければ苦しいほど、相手にした時 相手もそう思う
 この苦しみから解放してくれるなら何でもしますと思わせるまでやれ」
がつ、と
頭を掴まれて、そのまま水の溢れるバスタブに顔を突っ込まれた
冷たい水の中 息を止めようとしても 痛みで身体がうまく動かせない
すぐに、口の中の空気を吐き出してしまい、そのまま大量の水を吸い込んだ
苦しいと思った途端、乱暴に水から引き上げられる
「かっ・・・かは・・っ」
必死に、吸い込んだ水を吐き出して、呼吸をした
だが、息が整う前に また水の中へと入れられる
またすぐに、空気を吐き出して かわりに大量の水を吸い込む
だが今度はそれでも 引き上げてはもらえなかった
肺を満たしていく冷たい水を感じ、身が震えた
もがくこともできず、全身が痙攣する
その後、水から上げられると 今度はある程度呼吸が整うまで待ってもらえた
それを10回も繰り返すと、水から上げられても 咽がゼーゼーと音をたてるだけで、まともに呼吸ができなくなる
「苦しいか?
 だが、こんなものはまだ序の口だぞ」
上から、冷たい鳥羽の声がかかる
ぞっとした
水を吐き出して呼吸するので精一杯の中 彼を見上げる余裕もない
「は、は・・・・・かはっ」
呼吸に水がからむ
空気をうまく吸い込めない
「さて、続けるか」
その言葉に 震えた
容赦なく、また水につけられる
何度も、何度も
呼吸を奪われ、大量の水を飲み
気絶しても、叩き起こされて繰り返し水の中へとつけられた
苦しくて、
苦しくて、
これが訓練だと忘れてしまいそうになる程に 何も考えられなくなった
いつまで続くのかと思う程の長い時間 その行為は繰り返され
最後には、背の痛みなど感じなくなる程に 全ての機能が麻痺した
声ももう出ない
意識は半分ない状態で、がくがくと震えながら 蒼太は必死に懇願していた
許してください、
もう、許してください
わけのわからないままに、掠れる声でつぶやくように
「許してくださいじゃないだろ?
 覚えたのか?
 明日から、お前がこれをやるんだぞ」
呆れたような鳥羽の声が降ってくる
何も、考えられなかった
ただ必死に、呼吸を繰り返した
それだけだった

その後のことは、覚えていない
気付いた時は自分の部屋で うつぶせに寝かされていて 側にはテレーゼがいた
「あら、目が覚めたのね」
彼女の言葉に 身を起こそうとしたら 背を刺すような痛みが走っていく
「・・・・・っ」
歯を食いしばった
声を上げまいとする蒼太の様子に テレーゼは微笑して それからそっと息をついた
「明日から仕事に出るらしいわね
 傷の処置は終ってるけど、多分発熱するわ
 一応 薬はうっておいたけど、今夜は無茶しないで大人しく寝てちょうだい」
「はい・・・」
「薬を置いていくわ
 一日3回飲むように
 毒との副作用があるから、これを飲んでる間は 毒は服用しないようにね」
「はい」
小さな錠剤の入ったビンがテーブルの上に置かれている
いつも、この身に耐性をつけるために飲んでいる毒は飲むなと言われたことを 蒼太は頭の中で繰り返した
うっかり間違って両方飲んでしまえば、死にかねない
以前、医者の注意を聞き逃して 毒と薬の両方を飲んで酷い目に合ったことがあった
あの時は さすがの鳥羽も怒る気にならなかったのか 医者を呼んで処置してくれたっけ
あれから、蒼太は薬の飲み方に敏感になってしまっている
「あの・・・鳥羽さんは・・・」
一通りの説明を終えて 部屋を出ようとしたテレーゼを見遣ると 彼女は苦笑して眉をひそめた
「今夜は祐二のことなんか考えないで大人しくしてなさい」
そう言って 出ていってしまう
(・・・ってことは、まだ機嫌が悪いのかな・・・)
そっと、息をついて 蒼太はポスンとシーツに顔を埋めた
痛みと疲労が、ゆっくりと眠りに蒼太を引きずり込んでゆく

真夜中、目を覚ました時 廊下が騒がしいのに蒼太はゆっくりと身を起こした
人の足音や声がする
普段、あまりこんな風に騒がしくなることがないから、不思議な気がした
何があったんだろうと、痛む身体を引きずって廊下に出る
人の向かう方へ歩いていくと、一つの部屋の前に何人かの男が集まっていた
「どうかしたんですか・・・?」
「自殺だって、自殺」
「え・・・?」
自殺? と
思いもしなかった言葉に、蒼太は部屋の中を覗き込んだ
綺麗に片付いた部屋の窓際にあるベッドの上に、人が横たわっている
咽のあたりが血に染まっていて、その男はぴくりとも動かなかった
「え・・・・・」
見覚えのあるスーツ姿
今朝まで一緒にいた人
あの教団から一緒に脱出してきた ミカエルの相棒だった男
その男が ベッドの上で死んでいた
(・・・どうして・・・?)
思考が止まる気がした
「あれだろ、相棒が組織抜けたから」
「仕事の途中で戻らなかったんだろ」
「しかしあれだな、あの二人 そんなに長かったか?」
「組んで2年くらいだろ」
周りの声が遠くで聞こえた
どうして、死んだのか
皆の言うとおり、ミカエルが組織を抜けたことがショックだったからか
でも、だからといって、この世界で生きる者が そんなことくらいで死を選ぶのだろうか
(わけがわからない・・・)
心が冷たくなっていくようだった
そのまま、その場から去り なんとなく足の向く方へと歩いていく
そして、気付いたら
いつのまにか、いつのまにか、鳥羽の部屋の前にいた

真夜中、
控えめなノックに ドアはしばらくして開いた
「なんだ、今夜はおとなしく寝てろって医者に言われなかったか?」
未だ不機嫌そうな鳥羽の声を聞いたら、無性に心が熱くなった
どうしようもなくなる
ここに来て、何をしようというのか
鳥羽に何を求めているというのか
こんな時間に、相手の迷惑も考えずに
こんな風に依存したって、鳥羽を不愉快にさせるだけなのに
「・・・すみません・・・・」
俯いた
途端、ぼろぼろと涙が床にこぼれていく
自分がどうして泣いているのかすら、蒼太にはわからなかった
頭が、混乱している

溜め息を吐いて 鳥羽は蒼太を部屋の中に入れ
どうしようもなく立ち尽くしているのを、乱暴にベツドへと押し遣った
「・・・鳥羽さん」
声が震える
どうして、彼は死んだのだろう
どうして、ミカエルは相棒を捨ててまで あの場に残ったのだろう
考えても仕方のないことに、胸が苦しくなる
どうしていいのかわからなくなる
負の感情に取り込まれる
グラグラして、今にも叫び出してしまいそうになる
「あれが死んだんだな」
鳥羽は、煙草に火をつけると 静かに言った
この部屋は、彼の死んでいた部屋とは離れている
ここまであの騒ぎは伝わっていないから、鳥羽が彼の死を知るはずがないと思っていたけれど
「ボスに報告に行った時にな、あいつは言った
 ミカエルの相棒でなくなったなら、生きている意味はないってな」
煙草の香りが漂ってきた
鳥羽は静かに話を続ける
「あれは、5年くらい前にミカエルが連れてきてこの世界に入ったらしい
 教育係もミカエルがやって、その後ミカエルの相棒になったって話だ
 ようするに、ミカエルがいなきゃ 自分の組織での存在意義がないと そういうことだ」
鳥羽の言葉に、死んだ男はどこか自分に似ていると思った
鳥羽に拾われ、教育され、今ここにいる自分
鳥羽の役に立ちたくて、鳥羽が認めてくれるような仕事がしたいと思っている
そのために、どんなに痛くても、苦しくても、怖くても耐えている
「あいつはボスに言った
 今日かぎりで、組織をやめると」
ここにいる意味がないと、言って
「辞めるのと死ぬのは違います・・・」
「後悔したんだろ、ミカエルと一緒にあの教団に残らなかったことを」
「そんな・・・っ
 だって、捨てられたのに・・・っ
 ミカエルさんは、組織もあの人も捨てて、聖女を選んだのにっ」
あの時、ミカエルはこちら側の人間を完全に拒否していた
ようやく生きているという気がすると言い、今が幸せだと笑っていた
そんな人間の元に残ったって、悲しいだけだ
多分、側にいることすら拒否されるだろう
ミカエルにはもう、あの偽りの聖女しか見えていないのだから
「それでもあの場に残らなかったことを悔いて
 戻ってきた組織にいる意味も見つけられなかったってことだ」
不愉快そうな鳥羽の声に 蒼太は昂る気持ちをどうにもできず 鳥羽を見つめた
今、わかった
鳥羽の不機嫌の理由が
鳥羽は、自分の求めるものを見つけて去ったミカエルには何の感情も示さなかったのに
ミカエルを慕って、組織を辞めるといったあの男の言動に不愉快になっているのだ
他者に依存するような関係や、想いを鳥羽は嫌っている
蒼太が鳥羽に対して抱いているようなこの想いも、気付かれれば容赦なく切り捨てられるだろうとわかるくらい、鳥羽はそういうドロドロとした関係を求めていない
鳥羽には、組織をやめると言ったあの男が 今夜中に死ぬことがなんとなくわかったのだろう
それで、不快になっていたのだ
「辞めるのも、死ぬのも自由だ
 だがその理由を他人に求めるのは気に入らない」
ミカエルが気の毒だな、と
鳥羽は煙草の火を消すと、わずかに溜め息をついた
そのまま、無言で蒼太のいるベッドまで歩いてくる
胸が苦しかった
自分には、あの男の気持ちがよくわかる
もし鳥羽が、自分以外のものを選び この組織を抜けてしまったらと思うと 暗い絶望の底に堕ちていってしまいそうになる
考えただけで、窒息しそうになる
「おまえは傷のせいで気が昂ってんだ
 落ち着いたなら、さっさと戻って寝ろ」
未だはらはらと涙をこぼしたままの蒼太に、鳥羽が呆れたような視線をよこした
もう、何も考えたくなくて
あんまり、苦しくて
そういえば、あの男が死んでいた部屋はミカエルの部屋だったと ふと思ったら やりきれなくてどうしようもなくなった
どうしようもない
何でもいい、
痛みでも苦しみでもいいから、どうにかしてほしい
何も考えられなくしてほしい
「帰る気がないなら、朝まで俺の相手をするか?」
言っておくが手加減はしないぞ、と
その言葉に まるで救われたように 蒼太は顔を上げてうなずいた
こんな時にでも、
どうしようもなく 鳥羽を求める

鳥羽と身体を繋げると、身体中が炎に包まれたみたいに熱くなった
思い出したように 背中の傷が痛む
「ひぁ・・・っ、ん・・・ぅ、ぅぁ・・・・っ」
四つん這いにされ、後ろから挿入されると、その部分が びくびくと震えた
腕は体重を支えられず、蒼太は腰を抱かれたまま ベッドのシーツに顔を埋めて喘いだ
声が抑えられない
どんなに必死に歯を食いしばろうとしても、鳥羽がわざとそうしているかのように
突き上げられ、手の中でそそりたったものをしごかれると どうしようもなく声が漏れた
「あ、あ、・・・・んぅ・・・っ」
ぶるぶると、腕も足も震える
濡れて、濡れて、感じて、それでもなお 心の底から求めた
たまらなかった
このまま壊れればいいのに
こんな狂った世界で生きていくには、自分も狂った方が楽だと
そう言った鳥羽の言葉を思い出す
壊れることができたら、悲しいのも、苦しいのも感じないだろうに
他人のことでこれほどに、心が揺さぶられることもなくなるだろうに
「あ、あ、う、あ・・・・ぁぁああっ」
びく、と
握り込まれて白濁を吐いた蒼太の耳もとで、鳥羽が意地の悪い声で囁いてきた
「もういったのか?
 言っておくが、今日はそう簡単には解放してやらないぞ」
身を奥まで沈め、何度も激しく突き上げてくる鳥羽の熱に気がふれそうになる
いつもなら、ほんのわずか触れて気紛れに犯した後 すぐにやる気を無くして行為をやめる鳥羽も
今夜だけは、何度も何度も 繰り返し蒼太を抱いた
込み上げてくる疼きと、与えられる痛みと、しめつけられる心と、思考をやめた頭
ただ必死に、
鳥羽の声や熱を感じて、蒼太は何度も何度もいった
このまま、死んでもいいと思った
このまま死んでしまいたいと、思った

結局、蒼太は途中で気を失って
気付いた時には 鳥羽のベッドで眠っていた
起き上がると、熱はどうやら引いているみたいで、痛みだけがビリビリと身に残っていた
「鳥羽さん・・・」
窓際で ぼんやり考え事をしていたのか
蒼太の声に 鳥羽はこちらを見てわずかに笑った
「さっき潜入先の組織の資料が届いた
 でかけるのは昼からだから、それまでに頭に入れておけ」
その声も表情もいつも通りで、
昨夜のことなどなかったかのようなその様子に 蒼太の心はわずかに痛んだ
だが、それでも自分には鳥羽がいる
けして言えない想いでも
隠していれば、彼の隣に立つことが許されている
「はい」
いつも通りを意識して、返事をした蒼太に 鳥羽は満足そうにうなずいた
「お前はお利口だな」
それは どういう意味なのか
計りかねた蒼太を置いて 鳥羽は部屋を出ていった
お利口でなければ側に置いてもらえないのなら、いくらでもお利口のフリをし続ける
この場所を失うくらいなら、他の全てを捨てたっていい
未だ痛む傷の熱を感じながら 蒼太はそっと目を閉じた
死を想い、死に憧れ、この世界で生きていく


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理