ZERO-15 二重生活 (蒼太の過去話)


蒼太が最初にやったことは、A社の採用試験を受けて 普通に入社することだった
企業サイトからメールを送り、適当に作った職務履歴書を相手に渡して書類審査をパスし、
面接審査には きちんとスーツを着て、髪を黒く染め ピアスや指輪を外して出向いた
元々 企業が欲しがっていたのはシステム系の人間だったから、蒼太が作って持っていったシステムを見せた段階で即採用
ぜひ我が社に力を貸してください、と逆にお願いまでされて とりあえず最初の目的を達した
(このオフィスいいなぁ、個室で)
蒼太に与えられたのは仕事は、情報の管理システムを作ること
現在の一流管理システムを蒼太がものの1時間ほどでやぶってしまったのを見て 取締役達は青ざめ 早々に新しいシステムを作るよう依頼してきた
そのために蒼太には個室が与えられ、
今いるシステム要員では蒼太のレベルにつり合わないからと、結果たった1人で仕事をすることになった
(わりと多いんだよね、こういうこと外注して自社ではメンテナンスしかできない企業って)
そもそも、この企業は外国向けの売買メインの会社であって システムやら何やらは管轄外だ
今だに、古くからの顧客名簿を社長室の金庫に入れて保管しているというから呆れた
まぁ、あの程度のシステムで 全ての重要な情報を電子化して管理していればあっという間に外部に漏れただろうけれど
(そしたらこの依頼はなかったわけだ)
そんなことを考えながら 蒼太は自室に鍵をかけマシンとPDAを繋いで社内の情報を落としていった
まずは、この会社でB社の顧客名簿を奪おうとしているプランがあるかどうかを探らなくてはならない
(まさかおおっぴらにやりはしないよね)
どこかの部署がそれを極秘に進めているのか
または、誰かに命令が下り その人物が誰にも知られず事を進めているのか
丸1日探ると、うっすらとA社の内状が見えてくる
トップのプレジデントの下に3人の息子がいて、実質4人でこの会社を動かしていること
従業員が6000名近くいるこのオフィスにはプレジデントと息子マシュー1人が勤務しているということ
そして、そのマシューが、プレジデントの手足となって重要な案件を1人で進めているらしいということ
(怪しいのはマシューなんだけどな・・・)
マシューの過去のメールのやりとり全てに目を通した
プレジデントのメールにも目を通した
だが、それらしきメールや言葉は見つからない
1週間ほどかけて 過去5年に渡って探したけれど、結局手がかりのようなものはなく この1週間ほぼ徹夜でオフィスにこもっていた蒼太は 溜め息をついて天井を見上げた
(会社じゃないとしたら自宅かなぁ・・・
 もしくはメールでなく直接話してるとか)
面接の時 一度会ったマシューの顔を思い出した
きっちりとスーツを着て 難しい顔をして座っていた
社内の噂では できる男だということで、
3人の息子の中では 一番 次期プレジデントに近い男だと言われていた
(ところが・・・)
実際に、蒼太が調べてみると それとは全く違う人物像が出て来たのである
確かに会社では有能な男だったが、一歩外に出ると かなり派手に遊んでいる
行き着けのクラブに週3回くらい現れ、その場にいる全員に酒を振るまい飲み明かす
その場のノリで出会った女を連れて帰ったり、
男の恋人がいると噂されていたり
(すごいな・・・、2重生活)
もちろん そのいきつけのクラブは、こんな一流企業で働くような人間は寄り付かない場所にある店で
すでに結婚している彼の自宅は 高級住宅街にあり
連れ帰った女や 恋人を住まわせておくマンションは その治安の悪い辺りに別にあるようだった
ちょっと調べたらバンバン出てくる情報に、これで会社にバレてないんだから凄いと思いつつ
蒼太は 天井を睨みながらうーん、と唸った
とりあえず、彼本人に接触を持つ他なさそうだ
もとより 面倒くさい手のかかる仕事だとわかっているし そう簡単に社命のかかったプランの情報は掴めそうになかった

その夜から、蒼太はオフィスを出た後ホテルへ帰り、スーツを脱いでシャワーを浴び 黒髪に染めた髪を洗い流して明るい茶色に戻し、ラフな服を着てピアスと指輪をつけ、香水をふって出かけた
行き先は マシューのいきつけのクラブで
週3回も行くのだから 3日通えばとりあえず最初の接触はできるだろうと深夜までそこで1人で待った

たまに、酔った客が話し掛けてくるのに適当に相手をしながら そう広くもない店内を観察する
いろんな人種が集まってはいるが、やはり治安が悪い
たまに物騒にも客同士が言い合いを初めたり
カウンターであからさまに薬のやりとりをしているのを見かけた
奥のボックス席では、女がトロンとした目で誰かを待っていたり、
それこそ、その場でコトを初めてしまったりと、なんともいえない空気が流れている
(あの綺麗なオフィスがある街と同じ街とは思えないな)
あちらではエリートしか見かけない
こちらでは、エリートなんて見かけない
街の北と南でこれ程違うとは、と感心しつつ 蒼太は無意識にピアスを触った
冷たい金属の感触
もう痛みはないけれど、異物感はいつまでも残った
電話する時に携帯にピアスが当たるから それが少し不便で
でも、これのおかげで 今までに比べてすんなりと仕事モードに入れるようになっている
今も、
本来の自分とは全く違うものになりすまして、ここで酒を飲んでいるのに あまり抵抗がない

3日目の深夜、マシューが現れた
この場所に不似合いなスーツ姿に 客の誰もが笑って彼に声をかけている
陽気に、今日の酒は俺の金で、と
告げたマシューにあちこちから声が飛んだ
入り浸っているだけあって 彼のこの店での認知度は高かった
初対面の客にも、親し気に話し掛けて笑っている
(別人だなぁ・・・)
スパイの素質あるんじゃないの、と思いつつ 蒼太は彼の観察を続けた
楽しいことが心底好きだという様子のマシューは、店員ともきさくに話をする
声が大きいから 何を話してるかはよくわかったし、
こんな場所で B社の顧客名簿を奪うプランの話なんてしそうになかった
どっちかっていうと、仕事から離れて開放感に溢れているといった方がいいか
オフィスで一度見た彼よりも、こちらの方がイキイキしている
「お前、初顔だな」
3時間がたった頃 マシューが1人で飲んでいた蒼太のところにやってきた
一瞥し、特に興味なさそうなそぶりを見せると 彼は馴れ馴れしすぎたのがダメだったのかと 少し苦笑してそれから座り直す
僅かだけ まじめな顔をしてみせて彼は言った
「俺はマシュー、お前は?」
「ゼロ」
「ゼロ? 変な名だな」
「偽名だから」
言いながら グラスに手を伸ばすと 半分以上減っていたそれに マシューが酒をつぎ足してくれた
頭の中で参照する
マシューの好みのタイプの人間を
女だと金髪の巻き毛
男だと、赤毛
どちらも、頭の悪そうな どちらかというと我がままなタイプの人間が好きなようだった
そして決まって自分より年下
そういうのを、金で釣って可愛がるという行為が好きなのだろうか
彼の思考の底にあるものまでは 蒼太には知ることはできなかったが
「今日の酒を奢らせてくれよ」
「なんで?」
「いつもそうしてるから」
「金持ちなの?」
「そう、金が腐る程あって、それを生きてるうちに全部使い切ってしまいたいんだ」
「腐る程あるなら こんなとこで使うよりルーレットでもやれば?」
一晩でなくなるんじゃない? と
言った言葉にマシューは笑い 賭け事はまずい、と言った
「変な服
 こんなとこに似合わないよ」
「会社帰りだ」
「何の仕事してんの?社長?」
「いや、社長の息子」
「じゃ無能のダメ息子だ」
「そういうところだな」
話せば話す程 オフィスにいる彼とは別人で
話し方も、表情も、あの堅くてマジメそうな部分は見当たらない
「1人か?」
「そうだよ、見てわからない?」
「子供はそろそろ帰る時間じゃないか?」
「帰るとこないし、子供でもない」
言って酒を飲み干したら マシューは陽気に笑って蒼太を見た
少しはこちらに興味を持ってくれているだろうか
できるだけ、彼好みの人間を演じて 彼にこちらに興味を持たせなければならない
一番いい接触の仕方は 相手から寄ってこさせることだと鳥羽から教わった
こちらから行ったのでは、警戒される
「帰るとこないならウチに来るか?
 今は誰もいないから、連れて帰ってやるぞ?」
「別にいい」
「遠慮するなよ、家なき子なんだろ?」
「なにその、家なき子って」
「そういうタイトルの話があるんだ
 可哀想な子供の話」
「だから、子供じゃないってば」
蒼太は、意識して、いつもと喋り方を変えていた
そもそも蒼太の話す外国語は どうしても堅いものになりがちだった
鳥羽は堅苦しい綺麗な発音から、崩したスラム風の発音まで喋り分けることができる
少し地方の訛りも勉強中だといって、常に向学心を持っていた
そんな鳥羽に教えてもらっているから、蒼太は綺麗な発音を最初に覚えた
組織では英語が共通語となっているから 英語だけは色々と聞いて こういう少し乱暴だったり、雑だったりする発音もなんとかできるけれど
それでも 意識していなければ綺麗な発音が出てきてしまう
(崩すのって難しいな・・・)
彼自身の言葉は 堅くて綺麗な発音だった
だが、彼の好む人間のものはそうではない
連れて帰る女は娼婦みたいなのが多かったし、
恋人だった男は、麻薬をやってたらしいという噂も聞いた
ようするに、少しガラの悪いエリートでない人間が好きなのだ
こちら側のマシューは
「金はあるのか?」
「ない」
「じゃあ困るだろ? 寝るところとか」
「別に、適当に誰かについてくし」
「じゃあ俺でもいいじゃないか」
「初対面なのに?」
「これだけ話せば初対面じゃなくなる」
これだけって まだたったの30分ほどだけど、と思いつつ
蒼太は店内を見渡した
ここは明るい
一度しか会ってないとはいえ、彼は自分が1週間前面接をした男だと気付きもしないで話している
髪の色と装飾品を変えただけで、こうも気付かないかと
蒼太は内心そっと苦笑した
たしかに、自分はオフィスで過ごす時間 あまり外に出ない
なるべく人と会わないようにして、この存在を消している
逆に今は、この姿を印象づけるために こうやって明るいところに座ってる
よく喋って、よく飲んで、彼の興味を引くような人間を演じている
「ゼロはいい匂いがするな」
「そう?」
「何の匂い?」
「さぁ」
マシューが僅かだけ距離を縮めてきたのに、蒼太は微笑した
あと一押しくらいで、いいだろうか
あまり時間をかけたくないから、できるなら 今夜彼の家へ行きたかった
それも、不自然でなく、彼の誘いに乗る形で
「やっぱりいい匂いがする
 なんていう香水?」
「知らない」
言いながら 蒼太はマシューの顔を見上げた
酔った目で見つめ返してくるのに また笑う
これだけ酔っていて、これだけしきりに誘うんだから この流れを後々不自然だとは思わないだろう
「やっぱり、あんたの家に行こうかな」
眠くなってきたし、と
その言葉に マシューは満足そうに笑うと 立ち上がって蒼太に手を差し出した
なんだか、こういうところはエリートの所作なのかと思うと それが何か妙に 可笑しかった

当然、その夜は マシューに抱かれるハメになった
シャワーも浴びずにベッドへと転がり込んで身体を撫で回され
全身に何度も何度もキスをされて震えた
身体中にある傷に、驚いたような顔をした彼に 僅かに目を伏せてもっともらしく言ってみる
「父親がね、やったんだ」
何度も殺されかけた、と口からでまかせを並べ立て 恥ずかしいからあまり見ないでと付け足す
電気を消して、濡れた身体で抱き合って
傷ついた目をしてみせた蒼太に償いのキスをしながらマシューは蒼太の熱を持ちはじめた身体に自分の身体をゆっくりと沈め、
それの動きに合わせて 蒼太は甘いような声を上げた
誰が相手でも、触れられれば感じるくらいには仕込まれている
気持ちがのらなくても、仕事のためなら感じている演技もできる
男とセックスするのに慣れてしまったことに苦笑しつつ、
その背に腕を回して 何度も喘いだ
その時のノリで女を連れ帰ったり、男を恋人とするマシューだったが、ベッドの中では優しかった
丁寧に何度も何度も蒼太をいかせるためにその身を抱き
深くからだを繋げたまま 優しい口調で名を呼んだ
まるで二人はずっと前から恋人同士だったかのように
彼は蒼太を 優しく丁寧に扱った

ことが終ると、二人は同じベッドで眠った
隣の寝息を聞きながら そっと息を吐いて苦笑する
あんなセックスでは 本当にいくことなんてできなかった
口の中にくわえこまれ、舌で何度も舐め回されて
ざらざらとした感触に震えたけれど
まるで強制的にいかされたように白濁を吐いたって ちっとも気持ちよくはなかった
かわりに苦痛も少ないけれど、感じる何かも全くない
本当にただ抱き合ったというだけだな、と
思いながら 蒼太は部屋の隅に置いてあるパソコンを眺めた
明日、マシューが会社に行った後 あの中を調べてみようと思う

次の日の朝、マシューは早くに起きてシャワーを浴び 着替えると仕事に出ていった
眠そうな(ふりをした)蒼太に 好きなだけいていいよ、と言い
蒼太が困らないようにと思ったのか、金をテーブルの上に置いていった
「いつ帰るの?」
「7時くらいには帰ってくるよ
 おいしいレストランがあるんだ、テイクアウトしてくるから一緒に食べよう」
「うん」
7時って早いな、と思いつつ
蒼太は 曖昧に返事をして ベッドの中からマシューを送り出した
窓から見下ろすと、外の通りに人通りはあまりない
こちら側は夜にぎやかで朝は静かなんだな、と思いつつ マシューの姿が小さくなるまで見送って 蒼太もバスルームへと入った

それから、大急ぎでマシューのパソコンの中をチェックした
全てのフォルダを開けたけれど、それらしい文書はない
深夜に マシューのカバンの中をチェックして メモリの類も探したけれど、そういうものは持ち歩いていないようだった
手帳も全部見て、きちんと並べて入っていた書類も目を通した
その全てがシロ
どこにも怪しい内容のものは見当たらなかった
(・・・微妙だなぁ)
ただ、一つ
まったく使われていないのか メールボックスがカラなことだけ
それだけが気になって 蒼太は マシューのパソコンにメールが届けば自分のPDAに転送されるプログラムを組み込み それら全ての形跡を隠して電源を切った
(ビジネスマンのパソコンのメールがカラってことないだろ・・・・
 いくら愛人用の別宅だからって)
わざわざこうしてパソコンを置いているのだから遊びだけに使っているとは思えない
ネットの履歴も、確かにワインやドレスや宝石のショッピングサイトもあったけれど、
航空会社や運送会社、外国の企業のサイトを観覧した形跡が残っている
仕事で、使っているのだ
ここにあるパソコンも
だったら、メールがカラというのは不自然だろう
意図して消したとしか思えない
サーバーにアクセスして探ってみても、そちらも綺麗さっぱり消えていたから、
そのあまりの徹底ぶりに 蒼太はうーん、と唸った
重要なことほどデータ化せず、文字に残さずに処理する能力があれば
例えば 大切な書類の内容を全て、全て記憶できる人間がいたとしたら
この世界で、
蒼太のようなシステムを使って情報を抜ける人間がわんさかいる世界で 身を守るのにこれ程有効な手はないかもしれない

やることを全部やってしまった後 蒼太は一度ホテルへ戻って着替えた
アクセサリーをはずして 髪を黒くそめてスーツを着て出社する
もちろん さっきまでうるさいほどふっていた香水も全部落とした
前髪が顔にかかるくらい伸びているから、それで目の辺りを隠すようにして 猫背気味に歩く
オフィスでは、いつもこういう風にして存在を消している
6000人もいる社員にまぎれてしまえば、意図して存在を薄くしている蒼太は誰にも気に止められることなく社内を歩けた
今回の仕事は、こういうところが面倒くさい

オフィスの個室に入った時、PDAにメールが転送されてきた
鍵をかけて中を開け、長文メールに目を通す
暗号化されているのか、文面の意味はさっぱり繋がらない
なんとなくわかったのは、近々会談する機会を設けたいと言っていることくらいだった
直接会って話をされると、その会話を聞くことができない限り 情報を得ることができない
全てのやりとりのメールを消すくらいだから、他に証拠となりそうなものは残っていないのだろう
ここに転送されてきたメールも、マシューが読んだあとすぐに消されてしまう可能性が高い
(盗聴器でもつけるか・・・?)
考えたが、それはちょっとリスクが高すぎた
どうしたものかと悩んでしまう
あのプランを知るには、それを指揮しているであろうマシューに近づくのが早いと思っていたけれど 
ここまで情報がないと困ってしまう
セキュリティが穴だらけでも気にしてなかっただけある、と
蒼太はため息をついた
あの2重生活男、マシューはどうやら仕事においてはやはり できる人間のようだった
こんなに側にいるのに、結局何も掴めていないはがゆさに、蒼太は天井を見つめて唸った

その晩、蒼太はプレジデントの執務室へやってきた
秘書に取り次ぎをたのみ、新しいシステムを見てくれと言ってプレジデントの執務机の上にメモリを置く
彼は蒼太を覚えていて、早かったな、とくゆらせていた煙草を灰皿に押し付け 消した
「だが、私は専門家じゃないのでな、私が見てもわからないよ」
「システムチームの主任には見せました
 そこでも説明しましたが、これを導入し社内の情報を一括管理することで 秘密漏洩のリスクが減ります
 この部屋の金庫は鍵を破れば簡単に開きますが、システムというものは何億というトラップが仕掛けてあり 他者が侵入して情報を抜き出していくことは不可能です」
堅い口調で説明した蒼太に、プレジデントは口元に笑みを浮かべて机の上のメモリを指で弾いた
「私は仕事内容よりも その仕事をした人間を評価するんだよ、いつも
 専門的な話はわからんが、その人間が私にとって信頼に値する人間なら、その者の仕事も信頼できるというわけだ」
「それはどうやって見極めるんですか?」
「私の方法で、私の目で、時間をかけてゆっくりとな」
年老いた彼の目は 鋭くて 蒼太はなるべく視線を合わさないよう
かといって、あまりオドオドとしないよう 淡々と抑揚のない話し方で続けた
「時間をかけるのは結構ですが、僕は今すぐこれを全社に入れる許可をいただきたいんです」
大切な我が社の情報が盗まれる前に 全てをデータ化して守りたいのだと、
告げた蒼太の様子に プレジデントは笑った
「君が私に、君の忠誠を見せてくれれば考えよう」
ぶっちゃけ、このシステム自体は片手間に作った適当なものだった
それでも、今までこの会社に入っていたものよりは100倍くらいマシなものを作った
鳥羽なら壊せるだろう
ゼロにも、壊せる
こういうことを専門としている者達が本気を出して挑んできたら 1週間くらいしかもたないレベル
時間がなかったので、その程度のものをとりあえず用意してこに来ている
目的は、全社の情報のデータ化もあったけれど、何よりも
このプレジデントに対して ある程度の認識を持ってもらっておくこと
それが優先だった
マシューから攻めて 期待した情報が得られなかったから もう一つ道を作っておきたかった
いつも鳥羽がそうしているように
逃げ道や情報を得る相手は 多ければ多い方がいい
よりたくさんの奥の手を持っていなければ、この仕事はやっていけない
失敗も、敗北も許されないのだから
「信頼してくださっているから、契約してくださったんでしょう?」
「君が裏切ったら、わが社の秘密が外部に漏れてしまうということだろう?
 君が裏切らないという証を見せてくれと言っている」
契約したときの信頼とはまた別の、と言ったプレジデントはどこか楽しんでいるようだった
こちらも、彼についてはきっちり調べてある
この男は完全に独裁者だ
人を支配して喜ぶタイプの人間
取引先の企業も、従業員も 結局は彼にとっては駒のようだったし
口では何とでも言うがいつも、けして人を自分と対等に見ようとはしていなかった
忠誠を示せと言うのも、自分が王か何かになったつもりでいるのかもしれない
蒼太は心の中で苦笑した
こんな親に育てられ、会社でもずっと一緒なのだとしたら、それはそれは物凄いストレスだろうと
マシューがああいう2重生活なのも、わかる気がする、と
(わが社の秘密とかいって、大事なことは全部消すし、顧客名簿はアナログだし
 流出して困るものなんかないくせに・・・)
面倒臭いジジイ、と心の中で悪態をつきつつ 言葉を切って首をかしげてみせる
「私に何をお望みですか?」
少し固い、生真面目な発音で言ったら プレジデントは満足気に笑った
「忠誠には信頼を、と昔から決まっておる
 私は、私に忠実な者には心からの信頼を与える」

ゆったりとした椅子に深く腰をかけていたプレジデントは、背もたれに背を預けるようにしてゆっくりと足を開いた
そうして舐めるように蒼太を見る
無言のまま、蒼太はその足元に膝を折った
多分、彼の求めているのはこういうことなのだろう
そして、蒼太の演じる有能で無口なプログラマーは 求められれば何でもやるのだ
プレジデント好みの従順な駒
忠誠を行動で示せと言われれば こういうことにも大人しく従う

男のそれを取り出して、やんわりと手に包み舌で舐め上げ口に含み、何度も何度も丁寧に濡らすと それはやがて熱を持って透明な雫をしたたらせた
何も考えないようにする
ただ奉仕をするだけ
どくん、と熱を持ちはじめたものに刺激を与えるよう 舌で擦り上げ唾液で濡らす
クチュ、という音が部屋に響くのを なんとなく遠くで聞きながら 蒼太は長い間奉仕をしていた
実際、いく気がないのか、年のせいでいくまで達しないのか
プレジデントは愉快そうに蒼太の様子を眺めており、
蒼太はいい加減だるくなってきた顎に唾液が伝うのが不快だと感じながら 彼が満足するまで続けた
20分もやっただろうか
コンコンと、部屋にノックの音が響いて 男が一人入ってくる
それにも動じず プレジデントは蒼太に奉仕を続けさせた
「失礼します」
声で マシューだとわかった
彼は、奉仕する蒼太を一瞥した後 書類を執務机の上に置き いくつか報告をして出ていく
その間 約5分
プレジデントは蒼太に奉仕を続けさせたまま
息子の前でこんな姿を晒し、報告にいくつか指示を出しながら とても愉快そうにしていた
「あいつはカタい男だ、私の跡を継ぐのはアレだと決まったようなものだが
 あのカタさでは この世界やっていけるか不安だな」
こんな場面を見ても表情一つ変えないと 不満げな男に 蒼太は内心苦笑する
こういう場面を息子に見られて平気な方がおかしいだろう
親の性行為を見せられて喜ぶ息子がいるだろうか
(カタいもんか、夜には変貌するんだから)
マシューの、女も男も誰でもいいと言ったような あの節操のなさ
あの金づかいの荒さ、あの軽さ
こうやって父親がオフィスで性行為に及んでいるのを見せられて 性格が歪んだんじゃないのかと考えつつ 
蒼太はとくん、と
口の中で熱を吐いたものを 舌で舐め上げてもう一度くわえ込んだ
こぼさないよう全部受け止めると 満足したように男は息を吐き それから唾液と精液でベタベタの蒼太にハンカチを渡した
(紳士なんだか ただのエロオヤジなんだか)
ともかく、今ので信頼とやらを得たのであれば、ここの会社のシステムはもう蒼太の手の中だ
とりあえず、この男の満足そうな顔に 1回目の接触は好感触だなと考えた

蒼太は冷静だった
完全に、仕事とプライベートの切り替えができている
その上でさらに2つの人格を演じ分けていた
夜はマシューが帰るまでに ホテルに戻って髪の色やら何やらの支度を整え香水をふり、
昼はスーツに身を包んで ひっそりとオフィスで過ごした
蒼太の入れたシステムは あっという間に社内の情報を整理し きちんと管理し
その全てが いつでも必要な時 手許のPDAで引き出せるようになった
あとはターゲットである顧客名簿をデータ化して、このシステムにのせること
それが、最大の仕事で 一番の難関だったけれど

2週間、マシューを遥かに凌ぐ2重生活を送った蒼太は メールの暗号を解読し うっすらとプランの概要を理解しはじめていた
マシューが指揮をとっていることは間違いなく
B社の顧客名簿を奪い その取り引きを横取りしB社を機能停止にしようというプランは どうやら外部から集めた人間に行わせるようで そのメンバーが来月揃いそうだと 昨日のメールに書かれてあった
(なんとかしないとな・・・)
ベッドの上で 寝返りをうちながら 蒼太はマシューの帰りを待ちつつ 頭の中の計画をもう一度シミュレートした
ここでの最終目的は、そのプラン実行のメンバーに入ることだ
でないと始まらない
(2週間か・・・)
この部屋で マシューと暮らすようになって2週間
本当は2ヶ月くらいかけたかったけど、そうも言ってられなかった
来月 メンバーが揃えば いつ実行に移されるかわからない
そうなったら このプラン自体が蒼太には手の届かないものになってしまう
今夜、彼に、自分の仕事を手伝ってくれと言わせなければならない

「最近遅いね」
夜の11時を過ぎて帰ってきたマシューに、蒼太はベッドの上から声をかけた
彼はたまに 妻子のいる本宅に帰るらしく 毎日はここには来ない
そんな時は 蒼太は存分に考え事をしたり調べものをしたりできるけれど 大抵はマシューは蒼太の側にいたがった
自分でも ちょっと気に入られすぎだと思うくらい 今のマシューは蒼太にハマっているようで
帰るなり抱かれることもしばしば
そうでなければ 飲みにでかけたり、部屋で飲んだり
わけのわからないワイン風呂や泡風呂で遊んだりと、正直つきあっている蒼太がくたくたになるほど
たまに逃げたくなるほど、マシューは蒼太を可愛がっていた
なんとなく感じる
それは全て仕事へのストレスの反動だろうと
社内の情報は全て入るから、彼の会社でのスケジュールもある程度は把握している
来客に訪問にデスクワーク
加えて最近は 仕事の後 外国語のレッスンまでしているようだった
それにピン、ときたのが1週間ほど前だった
この仕事には、外国語のスキルが必要なのだ
それも、エリートの彼がレッスンを受けなければならないほど、ちょっと特殊な言語
もしかしたらインドあたりの
「疲れた顔してる」
言いながら マシューを伺うと その顔は大分疲弊しているように見えた
言語の拾得はそんなに簡単にはいかない
蒼太だって苦労した
元々蒼太は学ぶことが好きだったから、よく覚えどん欲に練習したけれど
それでもモノにするのには かなりの時間をかけた
鳥羽はスパルタだったから 一度その言語を教え出すと話せるようになるまで それ以外の言葉では話してくれなかったから余計大変だった
仕事の打ち合わせまでその言葉でやるから 理解できないと命に関わった
一歩間違えれば自分も危険に曝すのに、それさえ面白がるように鳥羽は 鳥羽の言葉を半分も理解できていない蒼太に延々1時間以上も仕事の話をしていたこともあった
その時は 蒼太にはその発音を全部記憶することしかできず
後でその発音を紙に書き出し あてはまる綴りや単語を探して なんとか意味を掴むことしかできなかった
そんな風に 半命がけでやっても かなりの時間を要した
元々 組織に入る前から喋れた英語とフランス語とスペイン語以外は そうやって鳥羽に教え込まれ 今では蒼太の大きな武器となっている
「言葉は武器になる
 いや、むしろ、言葉が喋れないと仕事にならん」
いつか鳥羽が言っていた
だからお前にも できるだけ教えてやる、と
鳥羽の言葉通り この武器が今 ここから先の道を開けようとしている

「今日 映画を見たよ
 知ってる? 今やってるフランスのやつ」
フランスの映画ってつまらないね、と
いいながら 蒼太は街で配っていたチラシをぴらぴらと振った
わざわざフランス語で書かれているものを貰って来た
どういう風に切り出そうと考えていたところに 丁度目に止まったから
「女の子が病気であと1年の命で そんな時に素敵な金持ちの男と会って恋をするって話だったよ」
それを、フランス語で言った
え、と
驚いたようにマシューが蒼太を見つめる
「フランスでは大ヒットだって、僕は見ててつまらなかったけど」
またフランス語で続ける
彼も、フランス語はわかるのだろう
きょとんとした顔で、何か言いたげにして それから笑った
「ゼロはフランス語が巧いな、おどろいた」
「父親に色んな国に連れまわされたから覚えただけ」
今度は 英語に戻した
彼の様子を伺いながら つまらなさそうに酒をグラスにつぎながら話し続ける
ここで失敗したら終りだ
不自然にならないよう、気をつけてタイミングを見計らう
「他にも色々喋れるよ?
 日本語、英語、中国語もフランス語もスペイン語も
 ドイツ語が半分くらい、ロシア語も半分くらい」
好きで覚えたんじゃないけど、なんて適当なことを言いながら 蒼太はグラスの酒を飲み干した
「何の役にもたたないけど」
試しにインドの母国語とされるビディー語で言ってみたら ぴくりとマシューの顔が変わった
一瞬、何かを考えるように蒼太を見て
「何 ?」
不満そうに言ってみせた蒼太に 彼はいつもの明るさを取り繕いながら言った
「ゼロ、お前ヒンディー語も話せるのか」

あの国は嫌い、と
蒼太は言って 身を乗り出した
「熱くて眠れない」
二度と行きたくない、と言いながら マシューの様子を伺う
「どれくらいいた? どれくらい話せるんだ?」
「・・・多分2年くらい
 どれくらい喋れるってどう言う意味? 普通だよ」
ペラペラと ちょっと自慢気に話してみせて悪戯っぽく笑ってみせた
どうやらビンゴ
調べていくと あの辺から今回のプランに関わるメンバーを集めているのではないかと推測できたから かまをかけてみた
いくらエリートとはいっても、なかなかヒンディー語なんて喋れる人は少ない
どんな事情で 彼等が英語ではなくこの言語で仕事を進めているのか知らないけれど この展開はありがたかった
これで 蒼太にも道が広がる
通訳として、そのメンバーに入ることができたら
マシューの信頼する人間が そのチームのメンバーに入ることで 彼等を監視することもできる
一石二鳥のはずだ
その上 蒼太には仕事への興味もなければ 教養も低いことをこの2週間で印象づけている
100%の信頼を得るには2週間では足りないと思ったけれど、マシューの自分の気に入りようからして まぁまぁ50%くらいは信頼しているだろう
あと1週間そこそこで 自分で言葉を覚えて計画の細かい打ち合わせをするより 蒼太を使った方がメリットが大きい、と
彼なら答えを出すはずだった
案の定、何やら考えて 心ここにあらずといった様子だ
「ワイン開けていい?」
この話題には興味を失ったふりをして、蒼太は奥の部屋にワインを取りに行った
彼が悩んでいるのはただ一つ
蒼太の身の危険だろうか
思ったより気に入って大事にしてくれているから そんな物騒なことに巻き込みたくないと考えているのかもしれない
(まぁゆっくり考えてよ)
どうせ 出る答えは一つしかない、と
蒼太は 明日からのことを考えた
マシューと プランの打ち合わせに出かけることが多くなりそうだから、会社の方をなんとかしなくてはならない
出社してきているように部屋のキーの開け閉めの記録を改ざんして、
電話は携帯に転送させ、仕事はPDAから会社のシステムにつないでの処理で当面はなんとかごまかせるかな、と
考えて そっと目を閉じた
仕事が第二段階を迎えようとしている


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理