ZERO-12 セイレーンの歌 (蒼太の過去話)


大きな港町に、鳥羽と蒼太はホテルを取っていた
組織に仕事終了の連絡を入れた途端、次の仕事を言い渡され 空港のないこの街に船で向かうこと2日
ようやくたどり着いたと思ったら、休みなく鳥羽の買い物につきあわされてクタクタになった
今回も、いつものようにアレコレと買った後 鳥羽は1つの店で蒼太にシルバーアクセサリーをいくつか買い与えてくれた
(鳥羽さん、こういうの好きなんだな)
彼も指輪をつけている
これには仕込みがあるんだよ、といつか言っていた
武器が隠してあるのか、はたまた通信器の類なのかはわからなかったけれど、
蒼太には そういうのではなく単にアクセサリーとして買ってくれたようだった
今までこんなものをつけたことがなかったから、つけ慣れないせいで冷たい金属の感触に違和感がある

右手と左手に2つずつ
買ってくれたものを全部つけた蒼太に 鳥羽は笑っていたっけ
別に、気に入ったものだけつければいいんだと
(どれも気に入りました)
言いはしなかったけれど、蒼太は結局笑われながらも4つの指輪をはずさなかった
ずっとつけていれば慣れるだろうか
この異物がはまっている違和感にも、金属の冷たさにも、重さにも

窓の外の晴れた空の下、港に止まる一隻の巨大客船に、蒼太はため息をつく
鳥羽は買い物を終えた後 蒼太をホテルに残して とっとと恋人のところに行ってしまった
今夜出航するあの巨大客船に乗るというのに、なんという余裕か
いつもなら 仕事モードに入っているはずなのに 今回はこんな直前でもまだ 普段通りの鳥羽だった

(今回の仕事・・・ランク低いのかな?)
思って、ポケットからPDAを取り出した
この小型のマシンは鳥羽がずっと蒼太に貸してくれている
本部とのメールのやりとりなんかを 鳥羽は蒼太にまかせているから 確かにこれを鳥羽がもっていてもあまり使わないのだろう
好きに使っていい、と
もはやくれたみたいな言い方に甘えて 蒼太は自分で使いやすいように適当にカスタマイズし、普段から仕事のデータ整理や報告書作りに使っている
そのデータの中から組織からの依頼書を引っ張り出してきた
今回の依頼内容は、あの巨大客船の中で行われる二国間の和平の調印式が無事行われるよう計らうこと

依頼主はある小さな国の王族で、調印式に出席する親善大使を言い使った王子のボディーガードも一緒に依頼してきている
(その王子が来るのが・・・5時間後)
そもそも王家本家と、そこから分かれてできた分家は 大昔より絶えず紛争を繰り返してきたようで、元々1つの王家だったものが分かれてそれぞれの領地を治めながらも ずっと互いの領地を奪い合ってきたようだった
伝統を重んじ古い形式に捕らわれた本家と、新領地開拓に勢いのある分家の争いは、やや分家が優勢で今まできている
だが、ここにきて、分家の当主が病に倒れ、まだ若い皇女が後を継いだことから 事態は一変
元々、争いをあまり好まない体質だった本家に 分家から和解を申し入れ、今回の和睦調印式となったようだった
(複雑だなぁ・・・なんか)
資料には、王子の写真とその国の情報が羅列されている
依頼内容を簡単に伝えた蒼太に、面倒な仕事だなぁと鳥羽が嫌そうに言っていたっけ
調印式は船の中で行われ、日時はまだ決まっていない
二国間の和睦をよくは思わない誰かの妨害は必ずあると どちらの国もわかっているようで
日程などの詳しい情報は一切決定されていなかった
船の中で、親善大使である王子と皇女が、決定するとだけしかわかっていない

部屋で大人しく待っていた蒼太のところに鳥羽が帰ってきたのは 王子との約束の30分前だった
「おまえはほんと、それ持たしてたら何時間でも一人で遊んでるな」
PDAを弄っていた蒼太に言いながら 鳥羽はシャワーへと入っていき もうすっかり準備も終ってすることもない蒼太は やはり手元のPDAに戻っていった
某国のことを調べてみたり、依頼主の王子のことを調べてみたり
マシンがあればやることはいくらでも見つかったし、元々マシンを弄っているのが好きだったから ともかく飽きるということがなかった
しかも、鳥羽の貸してくれたこのPDAのフォルダに残ったままになっている過去の鳥羽の仕事の報告書は とても興味深く 読んでいると時間を忘れた

「それ、おまえにやるわ」
スーツに着替え、濡れた髪をガシガシと拭きながら 鳥羽はご機嫌に蒼太に言った
まだ、仕事モードに入っていない
この時間で こんな風な鳥羽は珍しかった
「いいんですか?」
「ああ」
何かいいことでもあったのだろうか
それとも、単にやる気がなくて仕事をする気分になっていないだけか
「鳥羽さん、依頼主の王子と会う時間です」
「はいはい、じゃあ行くか」
煙草に火をつけたばかりの鳥羽を促すと、彼は荷物を片手にくわえ煙草で部屋を出た
後からついて、ホテルのチェックアウトをし、外に出ると そこにはコートを着た男が立っていた
薄い茶髪に緑の目が、どこかおびえたように鳥羽を映している

王子の名は、ヨーマ
蒼太と同じくらいの年の彼は、自分の任された大役の重責と、いつ刺客に襲われるか知れないという恐怖に震えていた
「俺達の仕事は調印式が無事終るよう計らうことと、あなたを守ることです
 安心してください」
船に向かいながら、鳥羽がいつもの明るい調子で言った
「あなたに守っていただきたいことは1つだけです
 俺達以外の人間には気を許さず、二人きりになることを避けてください」
鳥羽の言葉を、蒼太も心の中で繰り返す
仕事中は、関わる人間全てを疑い、全てのできことの意味を考えろ
見たもの、聞いたものを忘れるな
ものごとには全てに意味がある
その意味を見抜けなければ、大切なものを見落とすことになる
(この王子すら、ニセモノかもしれないってこと・・・)
依頼を聞いた第一声、お前は王子に会ったら 彼が本物か確認しろと鳥羽に言われた
ゼロです、と名乗ったとき 一瞬こちらを見たヨーマの目を小型のカメラでスキャンして 今組織にデータ送信しているところだ
組織で彼を本物の王子と確定するまで、気を許してはいけない
いや、確定された後も、信用してはいけない
人はいつ、何のきっかけで、この心を変えるかわからないのだから

船に乗る頃には、組織からヨーマが本物であるとの確認が取れた
「鳥羽さん」
呼びかけに、鳥羽はうなずき チラと未だ震えているヨーマに視線をやった
「船旅は長い
 調印式はいつ行われるかわからない
 オンオフの切り替えが瞬時にできるようにしとけ
 最初から気を入れすぎたら 最後までもたないぞ」
「はい」
低い声の指示を、頭の中で繰り返す
だから、鳥羽は仕事モードに入っていなかったのか
いつもならとっくに、冷たい目をして口数も少なくなっている頃なのに、と不思議に思っていたけれど

「部屋は俺達と一緒で我慢してもらいますよ、王子」
「いえ、そんな・・・一緒にいていただいたほうが安心ですから」
一番豪華な部屋に、3人は案内された
この客船は、全てが個室で、全てが内装にこだわった豪華な造りをしていて、
旅好きの金持ち達の間では有名な お気に入りの船のようだった
カジノに劇場、メインホールに洋服や宝石の店
プールにエステ、素晴らしい食事で 何日乗り続けても飽きないのだという触れ込みになっている
「今回の船旅は2ヶ月を予定しています
 皆様に満足していただける旅を約束いたします」
挨拶の後 早速パーティが始まり、蒼太はヨーマと一緒にホールへと出る
この船上で調印式が行われるというのは もちろん極秘で
ヨーマも、王子だという身分を隠している
「まずは相手の皇女との顔見せですね
 お互い顔を知らないんでしょう?」
「はい・・・」
組織のデータにも皇女の顔写真はなかった
調べても情報が出てこなかったという皇女は、好戦的だった先の王の一人娘で それはそれは大切に育てられたとか
公的な場には姿を見せたことがなく、城の中でずっと暮らしていたというから 情報がないのも仕方が
ないというべきなのか
どういう性格の女性か、いくつなのか、どんな顔なのか
何もわからないまま、何の情報もないまま
そもそも、なぜ急に和睦を申し入れてきたのか
そこらへんも謎だった
ヨーマ側は、実はこの調印式自体が罠で、本家の跡取りであるヨーマ殺害を企てているのではないか、とまで疑っている
(まず、彼女が本物か見極めないと・・・)
初顔合わせの目印は、今夜 最初のパーティで お互いの家の指輪をブルーのカクテルに入れて持つことだった
ざっと会場内を見渡しても、客の中にそんな女は見当たらない
(もしかして、ものすごい幼いとか・・・)
だが、そもそもこの船に子供など乗っていない
1時間たっても、目印のついた女は現れなかった
不安げにヨーマがオロオロと辺りを見回している
「王子、堂々としてパーティを楽しんでいてください
 僕が側にいるときは、危険な目にはあわせませんから」
囁くように言った蒼太に、自分と同じ年くらいの蒼太を ボディーガードとして信用していないのだろう
曖昧な返事が帰ってきた
まぁ、無理もないけれど
鳥羽ならまだ、大分年上だから頼る気持ちになれたとしても、同年代の、童顔の東洋人に、頼れる印象は持ちづらいのだろう
(まぁ・・・いいけど、自分が疲れるだけだよ?)
心の中で苦笑しつつ、実は蒼太も、鳥羽の言うようなオンオフが思うようにできず苦戦していた
特に人ごみでは、どこから襲われるかわからない
その上、敵の正体も明らかになっていないので ターゲットを効率よく守るのが難しい
どうしても 気を張り詰めてしまう
(多分・・・敵は分家の好戦的な勢力だ・・・たぶん軍関係の)
本家のほうは、攻め込まれたときに守るのが精一杯の国で 王家も国民もあまり好戦的ではない
分家は逆に、先王が好戦的だった上 軍事に力を入れ、他国へ侵入し領地を広げている勢いで 代替わりしたからといって、その性質が一気に温和になるとは思えなかった
和睦は罠である可能性もあれば、皇女だけが和睦を望み 軍が反対して阻止しようとしている可能性もある
もちろん、そんな物騒なことが一切起こらず、無事調印式が行われる可能性もあるのだが
「まぁ、俺の経験では100%刺客はいる」
鳥羽が船に乗るとき そう言ってヨーマをびびらせていた
その上 鳥羽は今 船内で別行動し その刺客を割り出すために色々と調べている
(鳥羽さんがそこまでするんだから・・・いるんだろうな、この中に)
客に混ざっているのか、従業員に混ざっているのか、または密航しているのか
(これだけ大きな船だ・・・かくれるところはいくらでもある)
そっと息をつき、蒼太はボーイの持ってきたカクテルを受け取った

2時間たった頃、舞台で女が歌いだした
美しい歌声に、客が思わず話をやめるくらい
給仕していた料理人が その手を止めて舞台を見るくらい
女の声は響き、その美しい姿は、客達を魅了した
「なんて綺麗な人なんだ・・・」
隣で、ヨーマがつぶやくのに 蒼太は苦笑する
どうやら、彼の緊張は1時間ほどしか続かなかったようで、今はもうすっかり彼女の歌に聞きほれ、自分の身の危険が頭から抜けてしまっている
「僕、彼女の歌が終ったら彼女にカクテルと花を渡すよ」
「間違って指輪入りのを渡さないでくださいね」
「わかってる、これはちょっと君がもってて」
ヨーマに言われて、蒼太は一瞬ためらった
目印となるものを一瞬でもヨーマの手から離していいものかと考えたが、ヨーマはとっととボーイに言いつけて 新しいブルーのカクテルを受け取ってしまっている
(同じ色にするな、ややこしい)
苦笑して、蒼太はぐい、と指輪入りのカクテルを押し付けてくるヨーマからそれを受け取った
彼はあいた手で、今度は花を選んでいる
(さっきまでの緊張はどこへ行ったのやら)
準備が整うと、ヨーマはフラフラと彼女の元へと歩いてゆき、蒼太は仕方なく彼の後を追って 一番舞台に近い場所まで来た
(積極的だな・・・、女好きなのかな)
ここからだと、ほとんどの客に背を向けることになるからあまり蒼太には嬉しくない場所だ
だが、そんなこと ピリとも感じていないヨーマは、夢みるよう眼差しで女を見てため息をついた
まるで一瞬で、恋に落ちてしまったような顔だった

その後 盛大な拍手の中 たくさんの客が彼女にカクテルと花を手渡した
ヨーマも 他の男達に負けない勢いでブルーのカクテルと花を渡し、一言二言言葉を交わして戻ってく

「美しい人だった・・・そうだ、名を聞くのを忘れていた」
「シレーナというそうですよ」
シレーナか、とその名前を繰り返したヨーマに 蒼太はチラと未だ人々の絶賛の中の彼女を見遣る
シレーナって、たしかイタリアあたりの呼び方で、元々はセイレーンのことではないか?
セイレーンというと、歌声で人々を惑わす海の妖精だ
あの美しい容姿、歌声ともに あんまりぴったりでちょっと寒くなる気がする
「どうしますか?王子
 まだいます?」
夢見がちのヨーマが落とさないよう その手にしっかりと指輪入りのカクテルを持たせて 蒼太は辺りをうかがった
殺気もなければ、不審な気配もない
もちろん、指輪入りのブルーのカクテルを持った女もいない
今夜は、現れないのかもしれない

結局、その夜のパーティで 皇女と顔を合わせることはできなかった
「最初から約束を破るなんて信用できない・・・っ」
部屋へ戻ったヨーマは、散々分家の文句を言い暴れた後 蒼太に起きて見張っていてほしいと言い残してベッドへ入った
テーブルについて、今夜パーティで見た人間を思い返してみる
いきなり約束をたがえた意味を考えてみる
何か見落としていないか、整理してみる
約束通りことが運ばなかったのだから、そこには何かの意味があるはずだ
それがわからなければ、何も解決しないまま時だけが過ぎていく、そんな気がした

パーティは毎晩行われ、シレーナは毎晩舞台で歌った
そのたびに、ヨーマは花とカクテルをシレーナに渡し、彼女への思いは日に日に強くなるようだった
もちろん、こんな風にシレーナを気に入っているのはヨーマだけではなく、どこぞの貴族に豪商、軍人に役人、あげくに船の従業員たちまでもが彼女に入れ込んで惚れていく
その様子に、蒼太はある意味感心していた
こうも簡単に人は誰かを好きになって、身も心も捧げたいと思うようになるのかと
あの美しさに、簡単に心を開いてしまうのか、と
(僕もこんな仕事をしてなかったら ああなってたのかな)
今の蒼太の中で、身元の確認がとれない唯一の人間がシレーナだった
だから、蒼太は彼女に一番気を許していない
誰に聞いても、彼女の歌を聴いたのはここが初めてだといったし、
彼女がどこの国の人で、どんな経緯でこの船に乗ったのか知っている人はいなかった
だから蒼太の中で 早いうちから一つの仮説が組みあがっている
最初の夜、会場に現れなかった皇女
シレーナが、それではないのかと

シレーナは、いろんな客に気に入られ 食事に誘われたり部屋へ誘われたりするにも関わらず、舞台の上以外では 人に会うことはなかった
ヨーマも、何度も誘ったのに受けてもらったことがないと よく部屋で嘆いている
愛を綴った手紙を何通も何通もしたためる様子は、ここにきた使命を忘れているのではないかと不安になるくらい
当初の緊張の影はもうすっかりなく、この旅が終ったらシレーナを国へ呼んで妻にしたいと言い出す始末だ
(その前に和平の調印式でしょう・・・)
最初の夜から、鳥羽は部屋に戻ってこない
船内で姿を見たこともなかった
一体どこに潜んでいるのか
今や恋煩い真っ最中のヨーマのお守りをたった一人でやらされて、最近の蒼太はちょっと参っている
ただでさえ、船内にずっと閉じ込められて
オンオフの切り替えがうまくできない中、皇女と刺客の両方を探し、ヨーマの恋愛相談を毎日のように聞かされて、自作の詩の評価を求められて、挙句
挙句、鳥羽がいないとくれば
(ダメ・・・限界・・・)
そろそろプチ、と切れそうで、
蒼太は深夜 眠ったヨーマを部屋において そっとテラスに出た
今夜は月が綺麗で、黒い闇からザザ・・・という波の音だけが聞こえてきて 疲れた心を癒してくれる気がする
大きく深呼吸して、蒼太はそっと目を閉じた
考えることが多すぎて、考えすぎて、頭がどうにかなりそうだ
鳥羽がいてくれれば、指示をくれたりヒントをくれたりするだろうに、
せめて話を聞いてくれる人がいれば、と思いつつ
蒼太は 鳥羽に依存している自分にそっと苦笑した
たとえチームを組んで10人で仕事を行っても、相棒と2人で行っても、実際に動く時は一人だ
常に自分は一人きりで、自分だけの力で突破するんだと覚えておけと言われているのに
一人で戦っている自覚を持てと教えられているのに
(依存してるなんてバレたら、それこそ・・・)
容赦なく見放されて捨てられるんだろうな、と
蒼太は暗い空を見上げた
自分の中の鳥羽への感情は、たとえ死んでも鳥羽にさらしてはいけない
知られれば、終わりだと 悲しいくらいに言い聞かせた

しばらくすると、波の音に混ざって 歌声が聞こえてきた
視線をやると、甲板に人影がある
長い髪をなびかせて、今夜の舞台と同じドレスで シレーナがそこに立っていた
手に小さなランプを持っている
美しい歌声、透き通るような声
外国語の歌詞だったから、蒼太に意味はわからなかったが このメロディーは初めて彼女を見た最初の夜に歌ったものと同じだと思った
穏やかな、優しい歌
見下ろす蒼太に 彼女もこちらを見上げて歌い続けた

やがて、歌が終ると シレーナは微笑み右手を胸に当てて一礼した
いつも歌い終わるとそうするけれど、いつもの舞台と違う点が一つだけあった
右手に、指輪をはめている
最初の夜、ヨーマがカクテルに入れたものと同じ
国の紋章の入った指輪だった

それから毎晩、シレーナは甲板で歌った
深夜に、明け方に、
いつの間にか現れて、歌いだす
決まって最初の夜のあのメロディを
舞台では、あのとき一度歌ったきりの 優しい優しいメロディを
(ラララシド、ソドミソ、ラ、ファミ・・・)
いつしか蒼太も その歌を全て覚え 頭の中で何回も繰り返すようになった
気になって、彼女の発音から歌詞も調べて訳してみた
”美しい大地、空、水のめぐみ、鳥のはばたき、朝のひかり”
何も珍しくない、賛歌のようなものだったけれど、その歌詞で蒼太はうっすらと 今回散々調べたヨーマの国を想像した
自然が豊かで、領土はそれほど広くなく、
だが気候がおだやかで住みやすく 時間はゆっくりと流れていく
そんな風な国だったそうだ、大昔は
そして その国は ある時の王家の勢力争いで真っ二つに別れてしまった
狭い領土を二つに分け、互いのものを奪い合うように戦いを繰り返した
代を変えて、親が死に子が即位しても 争いはなくならず あの頃の面影はもうなくなってしまった
唯一、未だに美しい森や空や川を除いては
(どうして、彼女は僕にこの歌を聞かせるのかな・・・)
彼女が和平を訴えるべきは 本家の王子であるヨーマのはずなのに
こうして秘密に会うべきは、彼ただ一人のはずなのに
「シレーナ、君は相手を間違ってるよ」
それとも、これにも何か意味があるのか
彼女なりの考えがあるのか
二人の逢瀬は続き、シレーナは歌い続ける
心が溶けて温かくなるような 美しい歌を

1ヶ月たって、ようやく鳥羽が戻ってきた
「調印式の日が決まった
 来週日曜、夜の9時だ」
驚いたように姿勢を正したヨーマに、鳥羽は準備をしておくよう言うと 蒼太を見た
厳しい目をしている
ドキ、とした
鳥羽が蒼太の仕事を評価するとき、彼はいつもこんな厳しい目をしている
「お姫様の歌の意味がわかったか?」
「え・・・」
「あの姫は、見た目はあんなだが結構ぬけてる
 おまえが指輪を示してくれないと言って 毎晩部屋でふてくされてるぞ」
「何の・・・話ですか?」
鳥羽の言葉に 姫とは皇女のことかと考えて、
それから毎晩逢っているシレーナを思った
そして、はっとする
「え・・・まさか・・・」
「おまえ、最初の晩 指輪に触ったのか」
「は・・い、王子がシレーナに花を渡す一瞬だけ」
言って、はっとした
あのとき、
あの王子と皇女が会うはずだった最初の夜、シレーナの側で自分は王家の紋章の入った指輪入りのブルーのカクテルを持っていた
ヨーマがシレーナの美しさに舞い上がって 間違って指輪入りのカクテルを渡してしまわないように
カクテル2つと花を無理して持ち 大事な指輪入りのカクテルを落としたりしないように
「・・・っ」
あの時、代わりに持っていた蒼太を、彼女は本家の王子と間違えたのか
「そんな・・・間違えようがないじゃないですか
 僕は見た目からして王子じゃないでしょうっ」
あまりにも、予想外で
まさか日本人の自分を 王子と間違えるはずもないと こんなことは考えもしなかった
「黒髪に染める種族も多いんだぞ、ゼロ
 もう少し勉強しておけ
 そして、物事を確認もせずに決めつけるな
 全ての意味を考えろと、教えただろう」
鳥羽の目が、だんだんと冷たく冷たくなっていく
「ゼロ、彼女は和平を結ぶ相手を見極めてから行動しようと決めてきたらしい
 護衛は少数で 歌姫として潜り込んでくる程 行動派だ
 そして、これから和平の調印をする相手が それにふさわしいか見極めるのに必死だ
 身体を張るくらいな
 その彼女がおまえなら、と見極めて調印式の日を決めた
 本当は、自分に気づいてもらった後 お前に日を指定して欲しかったらしいがな」
ポカン、と
蒼太は言葉につまって、鳥羽を見つめた
そんなことを言われたって自分は王子ではない
人違いだとわかれば、調印式は取りやめになるのだろうか
それとも、ヨーマでも 彼女の目にかない調印式をすることができるのだろうか
「お前の失敗だな、責任をとって調印式までに収集をつけておけよ」
だいたい 目印を代わりに持つバカがどこにいる、と
言われて蒼太は途方にくれて俯いた
あのときは確かに 間違って指輪入りの方を渡してしまったり、
カクテル二つと花を持って 落として騒ぎになったりは避けたいと思って 一瞬だけ預かったけれど
(ほんとに・・・失態だ)
あの時はまさか、あの歌姫が皇女だとは思わなかった
目印の指輪とカクテルに気をとられすぎて、まず彼女を疑うことをおろそかにした
「すみません・・・」
「ミスには罰だ、そこに立て」
言われて、蒼太は鳥羽の前に立った
ドクドク、と心臓が早鐘のように打っている
バチバチと鳥羽の手の中で火花を散らしているスタンガンに、ぐ、と歯を食いしばった
強い電流が、身体を縦に貫いていく

6回目、電流を流された後 蒼太はガクガクと震えながら膝をついた
首元で散った火花に 肌が裂けて血が流れている
ズキズキと、痛む身体を両手で抱いた
先の仕事での傷がまだ癒えていない上の この罰は辛かった
いつもの半分も堪えられず、すぐに膝をつき床にうずくまるようにした蒼太を 鳥羽は足で蹴り飛ばす

「立てと言っただろ?ゼロ」
誰が床に寝ろと言った、と
厳しい声と、先ほどからの行為に ヨーマは怯えきって部屋の隅でこちらを見ている
必死に、立ち上がろうとした
でも、手足に力が入らない
震えるばかりで、腕が身体を支えきらない
「う・・・ぐ・・・・」
荒い息を整えようとしたら、ガツ、と胸を蹴り飛ばされた
瞬間グラ、と世界が回って それで、蒼太は気を失った

目覚めたとき 側に心配気なヨーマがいただけで、鳥羽の姿は見えなかった
「大丈夫か?彼はいつも君にああなのか?」
「僕が悪いんです・・・すみません・・・」
「ちがう、僕が君に目印を預けてしまったんだ、君のせいじゃないよ」
「いえ、僕の責任です」
こっちはプロなのだから、あらゆることを想定して行動しなければならない
なのに肝心の目印に触れたなんて
今、冷静に考えれば 鳥羽が怒って当たり前のことをしている
(なんとかしないと・・・)
鳥羽は、姿が見えない間 皇女側に潜入していたのだろう
彼女の様子をよく知っていたから、少数の護衛の一人にうまく潜り込んだのかもしれない
「調印式まで、あと1週間です
 まず、彼女の誤解を解きます
 ・・・だから、あなたはあらためて覚悟を決めてください」
こんな風に、和平の相手を見極めようとしたシレーナの想いを、
刺客がいるであろうこの船に 少数の護衛で乗り込んできた覚悟を受け取めて、
その上で二人 国の平和を築いていく覚悟を決めてほしい
これは罠でも何でもなく、心から平和を願う儀式なのだから
「ラブレターなんて書いてる場合じゃないですよ
 あなたが認められなければ 調印式は取りやめになるかもしれないんですから」
「そんな・・・シレーナが皇女だったなんて」
急に自分に話が戻ったヨーマは、しばらく途方にくれた様子で黙っていた
「認めてもらえるだろうか」
「それは僕ではわかりませんが」
この歌を知っていますか、と
蒼太は 毎晩聞いたシレーナの歌を口ずさんだ
祖国を想うような、優しい歌
「聴いたことがある、その歌は多分 僕の国の童謡だ」
「ああ・・・なるほど」
最初の夜、彼女が歌っていたことをヨーマは覚えてはいなかったが、懐かしそうに蒼太の歌った続きを歌い始めた
”人々はわらう、なく、うまれる、やがて還っていく、大地へ”
父を亡くし、国民の幸せをその肩に背負うことになった皇女は、このまま争いを続けていくことを良しとしなかった
国内の反対勢力を押しのけて、何の後ろ盾もなく すがる思いで本家に和睦を申し入れ この船上の調印式までこぎつけたのだ
彼女からしたら、本当に本家が和睦してくれるのか疑わしく
こちらを信用してくれているのかも、わからない状態だったろう
親善大使としてやってきた王子の人柄を見て判断しようと、約束を破って見つめ続けた
その人間性を観察し続けた
そして、指輪の入ったカクテルを持った蒼太を、本家の王子と勘違いした

その夜、蒼太はいつものようにテラスに出ていた
夜の風にあたりながら 心の中で歌を歌う
”穏やかな水辺、花咲く娘たち、祝福の鐘、ぶどう酒の香り”
風景を想像する
そんな美しい故郷が、争いで焼けていくのを見ていられなかったのだろうか
元々は一つの王家だったのに、永遠に争い続けるのは悲しいことだと思ったのだろうか
目を閉じて、そっとため息をついた

真夜中、シレーナがやってきて歌い始めた
もう何度も何度もきいた歌
平和を望む彼女の想いそのままのような優しい歌
歌い終わって指輪をはめた手を胸にあて 一礼したシレーナに 蒼太はそっと息を吐き出した
伝えなければならない
自分は王子ではないことを
本物の王子にも、調印式を行う意思があることを

こちらを見上げて立つシレーナに 蒼太は手を差し出した
指にはまっているのは 鳥羽が買い与えてくれた指輪で、王家の紋章の入ったものではない
自分は王子でも何でもない、金で仕事をする第三者だ
「シレーナ・・・いえ、シレーナ皇女
 僕は王子ではありません
 この調印式を見届けるものです」
驚いたように シレーナが瞬きをした
大きな目に みるみるうちに不安の色が差し込んでいく
「ヨーマを知っていますか?
 あなたに何度も熱烈な手紙を送った男です」
シレーナは何も言わない
だが、表情が僅かに変わった
心当たりがあったのだろうか
「彼が王子です
 あなたが和睦の誓いをかわすべき相手・・・」
その言葉に シレーナは僅かに肩を震わせて その後 そのまま身を翻した
「待って・・・っ」
呼び止めるが、振り向きもせず、その姿は夜の闇に消えてしまう
(くそ・・・っ)
蒼太も反射的に身を反し 部屋の中に駆け込むと ベッドの上で心配そうにしているヨーマに銃を無理矢理握らせた
「な・・・なに・・・っ」
「すぐ戻ります
 この部屋には侵入者を防ぐ仕掛けをしていますが、万が一身の危険を感じたら撃ってください」
「な・・・っ、そんな・・・っ
 どこに行くんだ・・・っ」
「今追いかけないとダメな気がします、ここで待っててっ」
不安全開の、すがりつくようなヨーマを振り切って 蒼太は部屋を駆け出した
鳥羽には 自分か蒼太のどちらかが必ずヨーマについていろと言われているけれど
今を逃したら 誤解を解いた上で調印式をさせるなんてこと できそうにない気がした
単なる予感みたいなものだったけれど、妙な感情が蒼太を突き動かしていた
まるで、セイレーンの歌声に引き込まれるように 蒼太は迷いもせず広い船内を走った

そこは、図書室のようだった
静かな部屋は無人で、美しい歌声だけが悲し気に響いている
「シレーナ皇女」
中に入って、息を整えながら 蒼太は部屋に灯りをつけた
ぼんやりと、豪華な家具とたくさんの本が浮かび上がる
「私・・・」
コト、と
奥の本棚にもたれかかるようにして シレーナが立っていた
俯き、戸惑ったような顔をして 話し出す
歌っているときより幼くみえる顔
鳥羽の言った言葉を思い出した
「あの姫は、ああ見えてけっこうぬけてる」
子供っぽいということだろうか
黙って見つめる蒼太に シレーナは困ったように笑ってみせた
それでも目が 悲しそうに揺れているのがわかる
多分 彼女は今 とても傷ついている
「私、和睦するには 私と王子が結婚するのが一番だと思ったの」
その一言には、まだ17かそこらの少女の言葉と思えないくらい、色んな覚悟がつまっていた

あなたなら、いいと思ったのと
シレーナは言い、僅かに笑った
「私 歌が好きだったわ
 それから国も好きだった
 私の国は美しいの、私の民はとても優しいの」
どこか諦めたような顔を、シレーナは一瞬見せた
「きっと、本家の領土も美しく、本家の治める民も優しいのだと思った
 お父様が亡くなった時に悲しい思いをして知ったわ
 私の国が戦争をすることで、親や子を亡くして悲しい思いをする人がいるのだということを」
それまで、人の死など考えたことがなかったのだと彼女はいい
しばらく黙った後、顔を上げて蒼太を見た
「あなたは私に一度もカクテルも花も手紙もくれなかった
 本家の王子にふさわしい 凛々しい人だと思ったわ」
(・・・実際は鳥羽さんの怒りを買ってばっかりの できそこないのスパイだけど・・・)
一人前になったはずの今でも、教育期間中のように 指示を求めたり罰を受けたり
これじゃあ半人前と変わらないと、いつも自己嫌悪する
鳥羽と同じ位置で、彼の役に立ちたいのに、今の自分には それだけの力がない
多分 覚悟もスキルも経験も、足りないのだ
こんな自分では、単なる足手纏いにしかならない
「あなたは信用できると思ったの
 私の歌を聴いてくれてありがとう
 私、あなたを王子だと思っていたから、いつ指輪を示してくれるのか待ってたわ」
私の国の伝統的な作法なの、と シレーナは笑った
「こうして胸に手をあて指輪を示すの
 あなたと、結婚したいという意味なのよ」

あれにはそういう意味があったのか、と
蒼太は今頃納得して 苦笑しながらシレーナを見た
「本物の王子では、いけませんか?」
「彼の手紙は何度ももらって読んだわ
 私の美しい国へ迎えたいと書いてあった
 花や森や空のことが書いてあったわ
 ・・・私の国と同じ とても美しいところなのねと、思っていたの」
まさか彼が王子だったなんて
大昔に分かれてしまった 王家の片割れだったなんて
「似ているはずよね、だって元々同じ国なんだもの
 そしてやっぱり、あちらも美しい国なのね」
シレーナの目から 涙が落ちた
少しだけ胸が痛くなる
「私の求めているものは 1番に平和、2番にみんなの幸せ、3番に美しい国
 覚悟をしてきたの
 王子がどんなにひどい人でも、どんなに意地悪な人でも その人の妻となって国を一つにしようって」
だけど、目印の指輪入りのカクテルを持った男は とてもとても優しそうな人で
真摯な目をして深く何かを考えていて、
ああ、もしかしてこの人も 国の未来を想っているのかと考えたら いつのまにか好きになっていた
この人が王子なら、私は喜んで妻となり 二つに分かれた国を一つに戻したいと願った
「私、ぬけてるの、いつも」
願ってしまっただけ
あまりに辛い覚悟だったから、
あまりに蒼太が、信頼に値する目をしていたから
「泣かないでください」
「わかってます・・・大丈夫です
 ヨーマ王子は優しい方だろうと思います
 あの方なら きっと私を大切にしてくだるとわかります」
そして、分かれてしまったこちらの国の民のことも大切にしてくれるだろう
「だからいいんです、少しの間 夢を見れたから」
そして、願いは叶うのだから
一週間後の調印式で 想いは叶い国は1つに戻るのだから
「あなたに会えてよかったと思っています、ありがとう・・・」
そう言って シレーナは泣き その姿に 蒼太は胸が苦しくなった
やりきれない何かに 悲しくなった

部屋へ戻ると、廊下に鳥羽が立っていた
その足下には 男が1人倒れている
「鳥羽さん・・・っ」
「お前はいちいち俺の言ったことを忘れてくれるな
 王子を一人にするなと言わなかったか」
「・・・すみません・・・っ」
ぷか、と
煙草をふかしながら 鳥羽は大きくため息をついた
「そんなに俺を怒らせたいか」
問われて 横に首を振った
ドクドクと、心臓が鳴り出す
必死に鳥羽を見上げたら 冷たい目が見下ろしてきた
鳥羽がここにいるということは、自分がヨーマの側を離れたことを察知して、自分の仕事を後回しにして ここでヨーマを守っていてくれたということだ
与えられた役割を放ってシレーナを追い掛けてしまった自分の甘さを思い知った
少しの間だけ、と思っていた
部屋にはガスの類いの仕掛けをしてあったから、大丈夫だと思っていた
実際に、刺客は今まで現れなかったから 今夜現れるはずがないと 心のどこかで考えていた
「誰かを守るっていうのは 命さえあればいいという意味じゃない
 確実に危険から遠ざけ、無傷で置いておくことだ
 お前はそんなこともわからないか」
実際、蒼太のいないスキに、刺客はやってきたのだ
鳥羽の足下に倒れている男は、懐に手を突っ込んだままの体勢で、気絶しているようだった
抜き取ろうとした銃で、ヨーマを殺しにきたのかもしれない
「すみません・・・っ」
自分の認識の甘さを自覚する
そうだ、相手もプロなのだ
ここに鳥羽がいるように、この調印式を妨害しようとする者も プロを雇ってきているのだ
「本当なら お前が泣き叫ぶくらいの罰を与えてやりたいんだがな
 生憎今は時間が惜しい
 刺客を動かしてしまったからには とっとと終らせるのが一番確実だ
 ヨーマを調印式まで隠して お前が王子になりすましてろ」
鳥羽の言葉に 蒼太はぎゅ、と唇を引き結んだ
鳥羽の描いていた計画を、自分が壊してしまったのだと理解して、泣きたくなった
また、足手纏いになっている
こんなでは、いつになったら彼と対等に仕事ができるようになるのかわからない

鳥羽は、倒れている男をヨーマの部屋へ入れると、縛り上げて天井から吊るした
スタンガンで電流を流し、正気に戻して注射器で何かの薬を注入する
自白剤か何かだろうか
だんだんと 虚ろな目になっていく男の様子を見ながら いくつかの質問を繰り返し、その聞き取りにくい返事に 何か難しい顔をして考え込んでいる
その様子を横目で見ながら 蒼太はヨーマを連れて部屋を出て 別室に彼を隠した
怯えるヨーマにことの次第を説明し、シレーナの想いを話し、
1週間後の調印式まで ここに軟禁する許しを得た

1週間の間、鳥羽がヨーマの護衛につき、蒼太はヨーマに成り済まして刺客を誘い出し片付ける仕事をした
鳥羽の尋問と拷問で放心状態になっている男は、未だに部屋に吊られている
それと常に同室というのも良い気分ではなかったが、何より蒼太は鳥羽の怒りを買ったままなのが気になって仕方がなかった
部屋で1人で待っていると襲われる
刺客は日に日に増え、それに伴って 部屋に吊られる男も増えた
調印式の前日になると3人いっぺんにやってきて、いきなり窓ガラスが割られ催眠ガスがまかれた
「・・・っ」
身を伏せ 窓から侵入する男達を倒していく
全員から情報を聞くから殺すなと言われているから実弾は使えなかった
もはや手段を選ばない者達相手に なんとか麻酔銃で相手をする
ガスの充満した部屋の中、頭痛と目眩に耐えながら戦った
ここでまたミスをすれば、鳥羽の立て直した計画が水の泡となるから

調印式前日の夜、乱闘のおさまった部屋に 刺客の男が10人吊るされていた
目隠しをされ、腕を天井から吊られ、自白剤を注射されて呻いている
鳥羽が詰問した内容に、全員が同じ答えを出した
刺客は全部で10人
今夜しくじったら、明日の朝 新しい刺客がやってくると彼等は口を揃えて言った

「王子、正装に着替えてください」
夜中の1時、そろそろメインフロアのパーティが終る時間
鳥羽は 呻く男達を全員スタンガンで気絶させた後 そう言って蒼太を見た
「王子の身替わりは終りだ
 新しい刺客が来る前に 調印式を終らせる」
そうして、携帯でどこかに電話をかけた
会話の内容からして、相手はシレーナの護衛達か
今すぐ皇女に正装をさせて、パーティ会場へ来いと言っていた

夜中1時30分
パーティの終りに 船の支配人からの挨拶があり この旅を楽しんでいる貴族や豪商達の見ている前で ヨーマとシレーナは和睦の調印式を行った
突然の大イベントに客達は半ば興奮したようにその調印式を見守り、二人がそれぞれサインした後は、盛大な拍手が沸き起こった
長きにわたって争い続けた国と国との和睦は、大勢の証人の前で 確かに執り行われた

その後の鳥羽の対応は、本当に早かった
フロアから客達が引き上げたと同時に、船の甲板に組織の迎えのヘリがついたと 鳥羽の携帯に連絡があった
いったい、どの段階で手配したら こうもスムーズにことが運ぶのか
ヨーマとシレーナをヘリに乗せ、自分も乗り込みながら 蒼太は身体が熱くなるのを感じていた
レベルが違う
鳥羽の仕事は、自分なんか足下にも及ばないレベルにある
一つの計画がダメになっても すぐに別の計画へと移れる柔軟性
あらゆる事態を想定して動き、奥の手をいくつも隠し持ち、確認に確認を重ね、最後の最後まで過信しない
常に先手を打ち、自分の有利な場所で戦えるよう仕向けている
「ゼロ、この仕事が終ったら一旦組織へ戻る
 おまえへの躾はそこでしなおすから覚悟しておけ」
冷たい目のまま鳥羽は言い 蒼太は熱くなった身体を抱いて はい、と小さく返事をした
窓の外で、夜の海が無気味にユラユラ揺れていた


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