ZERO-10 パートナー (蒼太過去話)


組織に戻ってきて、1ヶ月がたとうとしていた
先の仕事で 組織に一人前と認められた蒼太は、ここで1ヶ月の休暇が与えられている
その間に 日本の両親に連絡をしたり、大学のデータの改ざんをしたりと必要な処理をしておいた
一度 日本に帰国し、借りたままになっていたマンションも引き払った
「休暇が終ったら また仕事だから」
「はい」
組織の施設で面倒みてくれている女は、蒼太の健康管理のための診察をしながら何度も鳥羽の話をした
聞けば 以前鳥羽と組んでいたことがあるとか
医術を武器とする彼女は、Dr.テレーゼと呼ばれて 組織の中でも慕われている
妊娠して、無理ができない身体になったあと、第1線を離れて組織の施設内で 蒼太や他の組織員の面倒を見ている
「祐二と組めるといいわね」
「はい」
どうやら、鳥羽と組みたいという者は多いらしく、鳥羽とだけは組みたくないという者と同数ほどいる
ようだった
蒼太が休暇の1ヶ月の間、鳥羽はその組みたがっている何人かと一緒に仕事をして一緒にやっていけるか試しているとか
それで、候補者がいなければ、蒼太にもチャンスが回ってくる
新人でも、鳥羽が認めてくれれば 鳥羽の相棒になることができるというシステムらしかった
「それにしても本当によく1年もったわね」
「はぁ・・・」
「今まで何人も新人の教育をしてきたけど、最後までもった子はいなかったわよ
 いつも途中で 祐二の機嫌を損ねて終るのよ」
有名な話よ、と
テレーゼは笑って蒼太を見た
そっと苦笑する
自分も、何度も何度も鳥羽の機嫌を損ねてきた
何度も 捨てられそうになった
実際 置き去りにされたことが何回あったか
そのたびに 鳥羽の要求する高いハードルをなんとか、なんとか越してきた
それでようやくここにいる
「まぁ、私の見たところ今一緒に仕事に出てる人の中で祐二と合いそうな人はいないわね
 祐二好みの女が2人ほどいたけど、仕事となると別でしょうし」
ね、と
微笑したテレーゼに 蒼太は曖昧に笑った
1ヶ月の休暇は、もうすぐ終る
必要な手続きはもうすませてしまったから、あとはここでただ待つばかり
鳥羽の帰りを待つばかり

それから1週間後、電話で仕事成功の連絡が入り その後どやどやと仕事に出ていたものたちが帰ってきた
ざっと10人
これだけの人数で行かなければならない仕事とはどんな規模なんだと思いつつ、蒼太は報告書をボスに渡している鳥羽の背中を見遣った
いつも黒いスーツで、煙草の香りをまとわせている
黒い髪、冷たい黒い目
長い間一緒にいて、追いかけて、彼に認められたいと思っていたから こんな時
彼の目に自分が映っていないとき 何かとても寂しい気分になる
「祐二、相棒は見つかったの?」
テレーゼの言葉に、鳥羽が振り返った
ざわついていた辺りが、急に静かになる
「いなかったな、全員ごめんだ」
足ひっばりやがって、と
悪態をついた鳥羽は、ポケットから煙草を取り出して火をつけた
見渡すと、うなだれたような顔をしている者が何人かいる
怪我をしている者もいるようだった
どんな仕事で、どんな風に終ったんだろうと思う
指揮を取ったのは鳥羽のはずだから、いつものように手際よくやったのだろう
あんな風に鳥羽が怒っているところを見ると、彼の思い通りにばかり いったわけではなさそうだけど
「ここでいなかったなら、あとは新人ね」
「新人の方がマシだな
 無能も仕方ないと思えるしな」
鳥羽の言葉に テレーゼは1枚の紙を出してきた
周りの者も、いつまでも戻ろうとしないで、鳥羽の様子を伺っている
「今年 試験に合格した新人は2名
 ゼロとアゲハよ」
「アゲハ?
 ああ、あの顔の可愛い子供か」
「もう17歳になったわ」
「ふーん」
鳥羽の手にした紙には蒼太や、そのアゲハという少年のデータでも書いてあるのだろう
鳥羽は笑って 紙を一通り読むと蒼太へよこした
「大人しく待ってたか?
 お前 ちょっと見ないうちに顔色が良くなったな」
「え・・・」
くしゃ、と髪をなでられる
いつまでも子ども扱いするんだな、と思いつつ 
それでも今はこの距離が嬉しかった
「適性試験はどうする?
 別々にやる?」
「面倒だろ、2人いっぺんに連れていく」
「そう?だったらアゲハに連絡しておくわ
 あの子 あなたに会うの楽しみにしてたわよ」
「たしかに3年ぶりくらいか」
鳥羽とテレーゼの会話を聞きながら 蒼太は手元の紙に視線を落とした
アゲハの写真と情報が載っている
(美少年だなぁ・・・)
金髪碧眼の少年が、マジメな顔で映っていた
14歳で組織にスカウトされ、入った年に鳥羽に教育を受けている
だが、半年で捨てられて 他の者の下についていた
(14の時 組織に入って今17歳で・・・新人?)
首をかしげた蒼太に、テレーゼが笑った
「あなたみたいに祐二のスパルタについていける子は1年で試験に合格できるんだけど
 まぁ普通は早くて3年ってところよ?」
「まぁお前は本番に強いってだけで 甘ちゃんだし射撃の腕もイマイチだしなぁ」
また、鳥羽が髪を撫でた
くすぐったいような気持ちと、同時に不安みたいなものが過ぎる
たぶん スキルでいえば自分はまだまだなのだ
この17歳のアゲハにも及ばないのだろう
だが、試験には合格した
お前は素質があると鳥羽が言ってくれたように、組織に入る前もこんなことをしていたし、
1年間 鳥羽の仕事を見てきたから、そこからあらゆるものを吸収している
だからといって、この先 これで通用するのだろうか
鳥羽のパートナーとして、やっていけるのだろうか
「仕事は?なんか来てる?」
「Aランクなら」
「まぁガキ二人のお守りだ、そんくらいで丁度いいか」
テキパキと、鳥羽の言葉を最初から予知していたかのように テレーゼは仕事の依頼書を鳥羽に渡した
(・・・すごいな・・・)
あの鳥羽とパートナーだったことがある女性なんて、相当すごい
鳥羽は女を信用しないから
男以上に、仕事で関わる女には評価が厳しいから
「ゼロ、アゲハに伝えてこい
 明日から出かけるから用意しとけって」
もちろんお前も、と
鳥羽は言って テレーゼの差し出した灰皿で煙草を消した
ゾク、と
いい様のない期待が胸に生まれた

その足で、蒼太は教えられたアゲハの部屋へ行った
「あなたがゼロか、僕のライバルだね」
(ライバル・・・?)
鳥羽の言葉を伝えた蒼太に、シャツを着崩したアゲハが笑った
笑いながら目がこちらを睨みつけている
「僕はね、言っておくけどここにもう3年もいる
 年は下だけど僕の方が先輩だよ?
 だから、あなたはでしゃばってないで さっさと適性試験下りたらいいよ」
(え・・・)
白い肌に赤い唇
薄い色の髪はたしかに鳥羽の好みだろうな、と
今まで何度か会った鳥羽の恋人達の容姿を思い出して 蒼太はそっと息をついた
鳥羽は変人の集まっている組織の中で 好きと嫌いの両方で他者に認識されている一番の人物だった
組織に所属する人間は あまり他人に興味を示さない
そんな中で、鳥羽ほど他人に認識されている存在はないだろう
もちろんいい評価だけではないが、彼を好きだというものは まるで崇拝するように好きだったりする
から 両極端な感情を抱かせる人間なんだろうな、と思う
実際 彼自身がとても、はっきりしていて極端な部分を持っているから
「ようやく試験に合格したんだから、僕は絶対に鳥羽さんのパートナーになるよ
 あなたは1年も一緒にいたんだったら、もういいでしょ?」
アゲハの言葉に、蒼太はそっと苦笑した
鳥羽に拾われて、鳥羽に教育された自分は この力を鳥羽のために使いたい
彼に よくやった、と言われたい
そう思ってこの1年やってきた
逃げたいくらい辛かったことも、その想いだけを糧に乗り越えてきた
だから、彼が何といおうと 諦めるわけにはいかない
鳥羽の側にいたい
「明日のこと、伝えましたから」
「ちょ・・・っ、待てよっ、ゼロっ」
「僕は適性試験を受けます
 僕だって鳥羽さんの側にいたい」
言葉にしたら、とても苦しくなった
僅かに微笑して 蒼太はアゲハの部屋を出てゆく
ドアを閉めるまで、アゲハの、蒼太を罵るような声が聞こえてきた

部屋へ戻ると 大きな荷物が届いていた
「・・・?」
ラベルを見ると鳥羽のさっきまでの仕事先からで、それでピンとくる
これは鳥羽が現地から蒼太に送ってくれたお土産だろうか
(大きいなー・・・)
いつも、蒼太が郵送の手続きをしていた
今回は誰がやったのだろう
床の上でダンボールを開けると、中から服だのコートだの本だのが出てくる
(あ、これCD・・・?)
そしてギターにサックス、楽譜に小さなトランポリン
(相変わらず・・・衝動買いだなぁ・・・)
この大量の音楽関係グッズから察するに そういう都市に寄ったのだろうか
底の方に適当に突っ込まれているブランドの箱の中には いつものように時計が入っていた
(時計は定番?)
1年見てきたけれど、鳥羽はほんとうによく時計を買っている
何か意味があるのだろうか
蒼太も、鳥羽に時計をもらうのは2度目だ
がさがさと 紙袋を引っ張り出す
ココアや紅茶やお菓子がごろごろと出てきた
こういうのを恋人達に買い与えているところは見たことがないから、やはり鳥羽の中で蒼太はいつまでも子供なのだろう
いくら自分が童顔だからといって、それは少し悲しいというか、何というか
「・・・まぁ・・・いいけど」
鳥羽もこういったものが好きなのだろう
蒼太に買い与えてくれたくせに 結局鳥羽が半分くらい食べてしまう
紅茶やコーヒーも、くれたそばから 今煎れろ、なんて言うことはしょっちゅうだったし
「これは・・・?」
最後に、蒼太は小さな可愛い箱を取り出した
あけると 中から香水が出てくる
見たことのあるビンだから、きっと新作なんかではないのだろうが なんとなくそのビンは冷たい感じがした
シュ・・・と首にスプレーすると 強い香りに鼻がツンとなる
「・・・っ」
香水など、つけたことがないからどのくらいつければいいのかわからない
ごしごしと、袖で首を拭いて そっと呼吸すると少しはマシになった気がする
冷たい香りのするこの香水は、何を意味しているのだろう
鳥羽のやることに意味のないものはないと知った今、それが気になった
こんな風に、心を冷まして冷徹に仕事のできる人間になれと言っているのだろうか

次の日、鳥羽は蒼太とアゲハを連れて組織を出た
仕事内容は、ある国の首相を権力の座から引きずり落とすこと
次の選挙に再選させないこと
情報操作でマスコミを利用し、首相のスキャンダルを作り上げて蹴落とすべし、と鳥羽は言って二人を交互に見て笑った
「ゼロの仕事はマスコミの情報操作とデータ改ざん
 アゲハの仕事は首相のスキャンダル作り
 二人にぴったりの役割分担だな」
その言葉に、蒼太は昨日 鳥羽が見せてくれたアゲハのデータが書かれた紙を思い出した
特技のところに色仕掛けと書いてあったっけ
何かの冗談かと思ったけれど、あれは本気だったのか
「首相はバイセクシャルらしいぜ?
 おまえくらい可愛ければ喜んで相手してくれるだろ」
鳥羽がアゲハの髪をなでた
それに少し嫉妬する
嬉しそうに笑いながらアゲハは任せてください、と言い 頬を染める
ああ、彼も本当に鳥羽が好きなんだなぁと よくわかった
「週末のパーティでお偉方が買い物をするらしいから、お前はそこに潜入してターゲットにお買い上げしてもらってこい
 ゼロはマスコミ全6社の情報の乗っ取り作業を進めておけ」
はい、と返事をした蒼太の隣で アゲハが甘えたような声でなんやかんやと鳥羽に話している
ぼんやり、と
今から始まる仕事について考えながら 蒼太はそっと目を閉じた
緊張と、期待がふくらんでいく

鳥羽はホテルで適宜二人のフォローをしながら指示を出し、二人は毎日 それぞれに潜入先で仕事をした
アゲハは鳥羽の言ったとおり、競売の商品としてもぐりこみ 得意の色仕掛けでまんまと首相にお買い上げされ 今は彼の別宅にいる
そこで毎晩セックスの相手をさせられてうんざりだよ、と
一度 現場を押さえに来た蒼太に愚痴っていた
「鳥羽さんに伝えてよ
 あんなのの相手ばっかりしてたら僕 腐っちゃうよって
 鳥羽さんが清めてくれなきゃヤダって伝えて」
言うわりに、平気そうだからすごいな、と思いつつ 
そのまんま伝えた蒼太に 鳥羽は爆笑していた
「お前も律儀だな
 だったら、お前が清めてやれよ」
受話器の向こうでおかしそうに笑う鳥羽の声に わずかに苦笑する
アゲハの気持ちもすごくわかる
多分、自分と同じく
鳥羽を好きな人間は とことんまでハマってしまうのだ
彼に必要とされたくて、彼に認めてほしくて
求めてしまうのだ
(僕はいえないけど・・・)
言ってしまえば、鳥羽は冷めると知っている
心の底から求められるような想いは 鳥羽のもっとも嫌うものだ
彼は淡白で何にもこだわらず、風のように生きている
「選挙のための演説会があるらしい
 昨日 急遽決まったらしいが場所は押さえてあるから アゲハに演説についていけと伝えておけ」
「はい」
自分はこうやって鳥羽と話をしたり、鳥羽のいるホテルへ行ったりできるけれど
アゲハはずっと首相の別宅にいるから ここに来て以来鳥羽には会えていない
その上 あんな男に毎晩抱かれていれば 鳥羽が恋しくもなるだろう
不満や愚痴も出るだろう
(・・・そして僕がはけ口にされる・・・っと)
まぁ、別にいいんだけど、と思いつつ 蒼太は夜の闇に紛れて いつものように別宅へと忍び入った
今日も散々にアゲハの愚痴につきあわさせるんだろうな、と覚悟しつつ

蒼太はこの仕事についてから、2日に1度くらい、それも2.3時間ずつしか眠っていない
蒼太の監視しているマスコミには朝昼関係なく情報が入り込み、それの整理と改ざんと、システムの把握と書き換え、そして入れ替えを行っていると 時間はいくらあっても足りなかった
だが、楽しい
外国のメディアに深く潜り込んで初めてわかったことがある
政府や権力者の意向で情報操作がなされることなど日常茶飯事
隠ぺいや意識操作がなされる様を見ていると 空恐ろしくなってくる
こんな風にメディアを使ってマスコミを使って 国民を洗脳している様を目の当たりにすると 情報の持つ力というものを改めて考えさせられる

「ゼロ、マスコミは?」
「6社全て手の中です」
「お、早いな
 えらい、えらい」
「対抗勢力の情報が入りました
 演説の日に、隣の公園で同じく演説をするそうです」
「ふぅん」
「彼には娘がいて、当日彼女も演説し 家族愛を呼びかけていくのが狙いだそうです」
「はぁん」
「実はその娘は 現首相のスパイみたいで、金と麻薬につられて実の父親の情報を流してるようです」
「最低の娘だな」
「すみませんが鳥羽さん・・・その娘落としてきてくれませんか」
「なんだ、お前 俺を使う気か」
「鳥羽さんが適任です」
蒼太の手元のマシンには 6社のマスコミに入ってくる情報がガンガン流れ込んでくる
それを処理しながら 蒼太は電話の向こうの鳥羽の様子を伺った
首相を蹴落とさなければならないのに、その娘のせいで対抗勢力の情報が首相にダダ漏れになってしまっているのだ
彼女を止めないと、対抗勢力の力が弱る一方で どれだけ蒼太達が首相の地位を落とすような情報を流
したとしても 結果生き残ってしまうかもしれない
娘さえ止められれば、と思ったけれど 蒼太では相手にできなかった
一度、秘書の代理になりすまして潜入したけれど、無視された
話しかけてもツンとされ、どうしたものかと今、途方にくれている
「俺は麻薬漬けの女は嫌いなの」
「わかってます、でもお願いします」
「お前、上司使いが荒いな、知らなかったよ」
受話器の向こうで 鳥羽が笑ったようだった
ジッポの音が僅かに聞こえる
それで、蒼太はそっと息をついた
鳥羽に落とせない女はいないだろうと、安心する

それから2日後の演説日 公園でそれぞれが熱弁を揮っている最中 首相の演説の輪の中にアゲハが乱入して銃を乱射した
慌ててアゲハを制したボディガードと、青ざめた首相
カシャカシャとシャッターの音が響いたときには、蒼太の指示で町中、国中に 首相が毎晩少年相手に
セックスする写真入りの新聞がばらまかれた
マスコミ6社全てが発信するウェブサイトにも その情報は流れ続け、圧力で止めようと思っても、システムエラーばかりが上がり どうしようもなかった
一瞬にして、首相の支持率がドンと落ちる

「で、対抗勢力は?」
「鳥羽さんが娘を落としてくれたおかげで 娘はスパイをやめ演説で父を応援し、支持が増えています」
「そりゃ、よかったな」
ホテルの部屋で、アゲハが戻るのを待ちながら 蒼太はどこか機嫌の悪い鳥羽の横顔を見遣った
「結果は?」
「現首相の支持率は2%まで落ち、再選の可能性はゼロになりました
 よって仕事は成功です
 マスコミのシステムは1週間後に自動的に復旧するプログラムを入れてあります
 アゲハは今、留置所からこちらへ向かっています」
蒼太の言葉に、鳥羽は煙草の煙を吐き出すと 返事もせずにただ黙っていた
(やっぱり機嫌・・・悪いな・・・)
こんな鳥羽には近づかないのが一番だ
何で機嫌が悪いのかはわからなかったけれど、こんな風な彼は 何をするかわからない
最初の頃は、それが分からずいつものように接していた蒼太を うるさいと言って銃で撃った
もちろん 脅しではなく本気で撃った弾は、腕を貫通し その傷跡は今も残っている
(・・・仕事が終ったあとでよかった・・・)
もしくは、この仕事の何かのせいで 鳥羽は機嫌が悪いのか
ともかく、あれから学んだ蒼太は こんな風に不機嫌な鳥羽にはなるべく近づかないようにしている
何かを考えているような 彼の思考を邪魔しないよう なるべく遠くで大人しくしている
「ここに、酒置いときます」
コト、と
カクテルを作って 蒼太は鳥羽のいるテーブルにグラスと、氷とボトルを置いた
そして、返事をしない鳥羽の側からそっと離れた
触らぬ鳥羽に、なんとやら

部屋を出た蒼太は しばらく廊下で鳥羽が貸してくれたPDAを弄っていた
今までマスコミとつなげていたマシンは片付けたが、微調整をするのに 最低限はこれにデータを残している
画面を見ながらピ、ピ、とペンで指示を飛ばし マスコミのサイトを好き勝手に弄る
新聞社の印刷する紙面も勝手に変更して刷り上げていく
(今日・・・どこで寝ようかな・・・)
鳥羽は不機嫌だから、今夜は部屋へは入れない
このホテルに開いた部屋があれば そこを取ってもいいけれど、そうすると何かで鳥羽に呼ばれた時に
すぐに反応できないから ここにいたほうがいいのかもしれない
(・・・ま、いいか)
今夜寝れなくても、これで仕事は終わりなのだから 帰りの飛行機で眠ればいい
組織に戻ったら、鳥羽のパートナーとしてどちらが選ばれるか、
またはどちらも選ばれないのか 発表があるのだろう
これで鳥羽に選ばれなかったら 蒼太は別の人間と組まされることが決まっている
蒼太を指名している人がいるらしく、新人の蒼太に選択権はないから 鳥羽がいらないと言えば必然的に 指名した者の相棒になることが決まる
そっとため息をついて、蒼太は目を閉じた
鳥羽に大まかな方向を示してもらい、与えられた自分の仕事をしながら状況を判断し目的を遂げること
今回の仕事は難易度がAだった上、人員が3人もいたから楽勝だった
物騒なことにはならなかったし、全てがスムーズに流れて終わった
これがプロの仕事だと思った
こういう風に これからもずっとやっていきたい
仕事の後の達成感にスっとする
一人では、こんな風にスムーズにはいかない
鳥羽がいるから、こういうプロの仕事ができるのだ

いつの間にかドアの外で眠っていた蒼太の側を 留置所から脱出してきたアゲハがすり抜けるように通った
音もなくドアを開け、中に滑り込む
疲れが出たのか、蒼太はそれに気づかずに、眠り続けていた

「ただいま戻りました」
アゲハが中に入ると、鳥羽は酒を飲みながらぼんやりとしていた
「ようやくあなたのところに帰ってこれた」
鳥羽の足元に膝を折り アゲハは鳥羽を見上げて顔を曇らせる
「ゼロは鳥羽さんにいつも会えたのに 僕はずっとあいつの家にいてあいつに毎晩好きにされて
 不公平です・・・僕、鳥羽さんに会いたかった」
鳥羽の視線がアゲハに下りた
無言で その碧眼を見ている
「ねぇ・・・鳥羽さん・・・僕、頑張ったでしょ?
 だからねぇ、僕を清めてください
 あいつに触られたところから腐っていきそうで嫌なんです
 鳥羽さんに抱かれたい」
白い手が鳥羽の膝に添えられる
ねだるような視線に 不機嫌そうに鳥羽はグラスの酒をアゲハの頭の上にぶちまけた
「・・・っ」
カラン、カラン、と氷が床に落ちる
「鳥羽さん・・・」
アゲハの着ている白いシャツが濡れて、素肌が透けた
「鳥羽さん・・・」
甘えた声が繰り返す
「お願い・・・僕にご褒美をください」
それで、鳥羽は 冷たい目のまま僅かに眉を寄せ、空のグラスを床に叩き付けた

「きゃ・・・っ」

グラスの割れる音と、怯えたアゲハの声が響く
「鳥羽さん・・・っ」
震えながら ようやく鳥羽の不機嫌を察したアゲハは その場から1歩後すざった
鳥羽が立ち上がる
シュル、と腰の後ろから短い鞭を取り出すと 無言でそれをアゲハへと振り下ろした
悲鳴が、上がる

眠っていた蒼太は、グラスの割れる音で目を覚ました
飛び起きて、ドアを見つめること5秒
悲鳴を聞いて あれはアゲハの声と思い当たる
いつの間にか眠ってしまったから 彼が帰ってきたのに気づかなかった
今日は鳥羽の機嫌が悪いから 近寄らないようにするか 注意して接したほうがいいと教えようと思っていたのに
(自分は鳥羽さんのこと好きだからとか言うなら 機嫌の良し悪しくらい見分けてよ・・・)
思いつつ、蒼太はドアを開けて中に入った
途端、バシ、と鞭の音が聞こえてきた

「痛いっ、痛い・・・、許してくださいっ、許してくださいっ」
悲鳴のようなアゲハの泣き声が部屋に響き、テーブルは倒れ床は割れたガラスとこぼれた酒でグチャグチャだった
そこを這いずり回るように、鞭で打たれながらアゲハが泣きながら喚いている

「いや、いたいっ、いたいー・・・っ」
ヒーヒー、と泣きながら必死に謝るアゲハは、怯えきってしゃくりあげている
その様子に、蒼太は立ちすくんだままだった
ここまで怒らせたら、この怒りがおさまるまで 何時間も何時間も打たれ続けるのではないか
それが容易に想像できる
「喚くな、黙れ」
打たれるたび 悲鳴を上げるアゲハに 鳥羽はうんざりした表情でため息をついた
「お前の声が不愉快だ
 黙ってろ、俺の思考を邪魔するな」
そうして、立ち尽くしている蒼太を見た
冷たい目、こんなに怒っていても どこか意識を抑えているような
けして熱くはならない目
怖かった
こんな風な鳥羽に、今まで散々ひどい目にあわされてきたから
泣きたくなるような、耐えられないような痛みを与えられてきたから
「ゼロ」
厳しい声で呼ばれて 返事をする声が震えそうになる
「お前が代わりに償え」
こいつは不愉快だ、と
鳥羽の言葉に 蒼太は震える足を叱咤して 無言で鳥羽の前に出た

バシっ、と最初の鞭が 顔面に当たった
右頬がビリビリと痛む
やけるように熱くて、思わず声を上げそうになった
それを必死に堪えると、2発目が腕に当たる
続いて胸、腹、足、また腕、顔
鞭は容赦なく振り下ろされて そのたびに蒼太は必死で歯を食いしばった
全身が熱い
ビリビリと痛い
肌が裂けて血が滲む
気を抜いたら アゲハのように 声を上げて叫びだしてしまいそうだ
「ふん・・・」
どこか満足気に鳥羽が笑った
冷たい目をしたまま、血の滲み出した蒼太のシャツの上に繰り返し繰り返し、鞭をふりおろす
蒼太が立てなくなって、気絶するまで
その血が、シャツにしみを作るまで、鳥羽は蒼太を打ち続けた

「片付けとけ」
鳥羽は床に崩れて気絶した蒼太と 泣きながらしゃくりあげているアゲハを残して部屋を出た
残されたアゲハは、泣きながら蒼太をベッドへと運ぶ
静かな空間に、アゲハの泣き声だけが いつまでも響いていた

次の朝、蒼太は早くに目を覚まして 身体中痛むのに顔をしかめた
血が乾いてシャツにはりついているのを無理矢理にはがし、また出血しだした傷に自分で薬を塗る
「あの・・・」
そんな蒼太を、ずっと眠れなかったのだろう
床に座り込んだままのアゲハが 居心地悪そうに見ていた
苦笑して、蒼太はアゲハの傷も手当する
鞭の傷は肌を裂く
鳥羽の持っている鞭は それこそ拷問用の細いものだから 苦痛が長く続くよう 少しずつ少しずつ肌を裂くようにできている
身体中に、無数の痕が残っていた
時間が立てばある程度は消えると 経験上知っているが、それでも2.3日は半端なく痛む
今もズキズキと まるで音が聞こえそうに全身が痛む
「鳥羽さんの機嫌が悪いときは近づかないほうがいいですよ」
喋ると口も痛かった
唇が切れているのだろう
頬も赤くなって 何本もの筋に血が固まっている
「鳥羽さん帰ってくるかな・・・」
「さぁ・・・」
アゲハの傷と自分の傷の手当を終えた蒼太は、今度は散らかったままの床を片付けた
ガラスを拾って 濡れた床をふく
倒れた机と椅子を起こして並べ直し、そっとため息をついた
鳥羽が帰ってくるか来ないかなんて、こっちが聞きたい
いうなれば自分はとばっちりだ
アゲハさえ 気をつけてくれたら鳥羽を怒らせずにすんだのに
(・・・とか言っても もう遅いけど)
このまま 置き去りにされたら 彼のパートナーになるなんて無理なんだろうな、と
シクシクと泣き出したアゲハを横目で見て 蒼太はそっと苦笑した
泣いて彼が戻ってきてくれるなら、自分も泣きたい

結局 鳥羽は昼前に戻ってきた
帰るなり、蒼太がきれいに並べなおしたテーブルにつき 飯、と言う
「はい・・・」
痛む身体を無理矢理に動かして 蒼太はフロントに電話をした
ここのメニューで鳥羽の食べそうなものといったら パスタとトーストくらいのものか
鳥羽は煙草に火をつけて ぷかぷかとふかしている
髪が濡れているから、この国にいる恋人のところにいたのだろうかと想像しながら 蒼太は電話を置いて そっと鳥羽を伺った
機嫌はもう、直っているようだ
「鳥羽さん・・・っ、あの・・・僕っ」
そんな鳥羽の足元に膝を折り アゲハはまるで懇願するように何度も何度も謝った
ごめんなさい、許してください、許してください、捨てないで
(・・・捨てないで)
アゲハの言葉に胸が痛む
自分も、よくそう思った
鳥羽に捨てられることが怖かった
今も、彼にそういう想いを抱いている
捨てないで、捨てないで
置いていかないでください
きっと、あなたの役に立ってみせるから
「ゼロ、酒」
「はい・・・」
昨日のうちに取り寄せて冷やしておいた酒を グラスに注いでテーブルに置いた
その間も アゲハは泣きながらあやまっている
そして、その全てが鳥羽の目には入っていないのか、鳥羽は視線も言葉もアゲハには与えなかった
悲しいくらいに完全に無視される
ボロボロと大粒の涙が床を濡らしても、鳥羽はアゲハを許しはしなかった
(・・・・・)
ぎゅ、と胸が苦しくなる
これが自分だったらと思うと辛くて仕方がなくなる
謝っても許してもらえなかったら どうしたらいいのか
捨てられるしかないのか
そんなのは辛すぎる
「あの・・・鳥羽さん・・・」
おそるおそる、蒼太は鳥羽に声をかけた
許してあげてください、と言おうとした
それに、鳥羽が視線を上げて蒼太を見遣る
そして、意地悪く笑って言った
「ゼロ、お前も捨てられたいのか?」

一切の口出しをするな、と言わんばかりのその言葉に 蒼太は全身が冷たくなった
捨てられたくない
こんなとばっちりで、自分まで鳥羽に捨てられたくない
ふるふる、と無言で首を振ったら 鳥羽は冷たい目のまま笑った
「お前は我慢強い いい子だ
 おまえの苦痛に耐えてる顔は見ててスっとするぜ?」
カチ、と 2本目の煙草に火がついた
煙が部屋を漂っていく
蒼太はもう何も言うことができず、ただそこに無言で立ち尽くし、アゲハはしゃくりあげながら いつまでも いつまでも泣き続けた

そして、蒼太だけをつれて 鳥羽は空港へ向かう
それは、鳥羽が蒼太を選んだことを意味していた


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