ZERO-8 犬 (蒼太の過去話)


蒼太の喉は、声を出す機能を失っていた
スタンガンの電流が流れたせいで、一時的に機能を停止させているようで
時間がたてば治ると医者は言いながら 蒼太の全身の火傷と腕の傷を治療した
治りきっていない傷が 身体中に何箇所もあるせいで、最近蒼太の平熱は少し高い
完治する前に新しい傷を作って、それで傷の熱にうかされている
加えて、鳥羽の罰や躾でも 傷はどんどん増えていく
彼を怒らせる自分が悪いのだと思いながら 蒼太は両腕に巻かれた包帯をそっとさすった
いつも、いつも、
置いていかれるたびに不安になる
2ヶ月後 鳥羽は迎えにきてくれるのだろうかと
このまま置き去りにされて、捨てられるのではないかと、そんな不安が渦巻いている
「で、訓練所への入所手続きは終ったのか」
血のついたガーゼや包帯を片付けながら問う医者に 蒼太は一つうなずいた
声の出ない蒼太に代わり、この国での組織の協力者が色んな手続きをしてくれた
ホテルの手配から、鳥羽の指示のあった銃の訓練所、そして医者の手配
毎日の食事や掃除にも、専用の使用人を派遣してくれている
「傷は2ヶ月もあれば そこそこ治るがな
 それは安静にしていれば、の話だ
 射撃は腕肩に負担がかかるからな、傷口が開かなければいいが」
(そんなこと、言われても・・・)
蒼太はあいまいに笑って、小さく息をついた
考えたら不安になるから、考えないようにしている
ここで1日1日が過ぎてゆき、2ヶ月がたった時 鳥羽に見放されないよう今度こそちゃんと戦えるように
言われたことを必死にやろう
射撃だって護身術だって何だってやる
2ヶ月間必死に、努力しよう

次の日から 蒼太は朝から夕方まで射撃の訓練場で訓練を受け、その足で医者に通い治療をして、ホテルの部屋に戻って眠る
そんな生活を繰り返した
いつの間にかやってきた使用人が掃除をして食事を作って出ていく
そんなのを 気配で感じながらも 身体にたまる疲労感と傷の痛みに 起きて相手をすることができなかった
使用人も、組織の息のかかったものだというから、そんなことは承知なのだろう
眠っている蒼太に声をかけることなく、静かに仕事を済ませて食事をテーブルの上に置き 出ていっていた
だから実は、蒼太は未だ 使用人の顔も知らない

1ヶ月間、そんな風に過ごした
常に続く微熱にも慣れた
時々、体調が悪くなると急激に上がって蒼太を苦しめたけれど、それでも堪えられないほどではない
この寒い国で雪の降る窓をぼんやり見ながら 蒼太はそっと目を閉じた
相変わらず 声はでないまま
医者は、そろそろ麻痺は取れただろうと言い、蒼太が声が出せないのは 何か精神的な要因があるのかもしれないと言った
精神的な要因って何だ、と思いつつ
とりあえず声が出なくても支障がなかったので 今も放っている
ここでは会話しなければならない相手もいなければ、誰かと親しく話す余裕もない
ただ、日々習うことを吸収するのに必死で

「ゼロ・・・ゼロ・・・っ」
ある日、訓練所から戻って いつものように死んだようにベッドで眠っていた蒼太はゆさゆさと起こされた
「・・・」
目をあけると、知らない男が心配そうに見下ろしている
誰だろう
使用人は年配の女性だと聞いていたけれど
組織の者だろうか
それにしては、あまりに無防備すぎる気がするけれど
(だれ・・・?)
問いかけたかったが、声は出なかった
見つめると、相手は心配そうに蒼太の額に手を触れて オロオロしたような顔をした
「すごい熱があるんだ、君
 薬はいつも何を飲んでる?
 ちょっと待ってて、今 何か冷やすものを持ってくるから」
一人で慌てて 薬を探したりタオルを冷やしたり部屋の中をウロウロしている
もしかして、いつもの使用人が用事か何かで来れなくて 代わりの人が来たのだろうか
それで 蒼太が熱があるのにこんなに驚いているのだろうか
(それならそれで、熱はいつものことだって言っておいてくれないと・・・)
心配しなくていいと伝えようにも声が出ない
仕方なく、蒼太はフラフラの身体を起こしてテーブルの上のメモを取った
「ゼロ・・・何をしてるの、君は熱があるから寝てないと・・・」
慌てたように駆け寄ってきた男に 書いたメモを渡す
「熱があるのはいつものことです
 おとなしく寝ているので放っておいてください」
そうして、ニコと笑ってベッドへ戻った
最近慣れてきたとはいえ、訓練はハードで
こんな寒い国で、少し気を抜けば風邪をひいて体力を消耗する
それでも訓練は休めないから、無理をさせて熱が出る
治るまで寝ていられないから、悪化する
その悪循環に、蒼太は今 ハマっているのだ
「薬は飲んだの?」
ベッドへと入った蒼太を追いかけるように 薬瓶を持ってきた男は 首をふった蒼太に戸棚からグラスを持ってきた
「ダメだよ、薬はちゃんと飲まないと」
声が遠くで聞こえる
もう聞く気にも 返事をする気にもならなくて 蒼太は目を閉じた
その後すぐに、唇にあたたかいものが触れて、液体が口の中に流れ込んでくるのを感じた

次の朝、目を覚ました蒼太のベッドにつっぷすように男が眠っていた
(まだいる・・・)
掃除と洗濯と食事の世話
それだけしたら帰っていいという契約のはずだけど、と思いつつ
起こさないようそっと準備をして部屋を出た
昨日 彼が飲ませてくれた薬のせいか 心なしか身体が楽な気がした

「ゼロっ、
 君・・・どこに行ってたんだ・・・っ」
一日の訓練と、怪我の治療を終えた蒼太が部屋へ戻ると 男はまだいた
「君は熱があって まともに動けないくらいフラフラだったのに こんな寒い中でかけるなんてっ
 薬も飲んでないって言うし、君はもっと自分を大切にすべきだっ」
まるで喚くように言った男に、本当に彼は組織に関係する、事情のわかった人間なんだろうかと疑いつつ 蒼太は苦笑して またテーブルの上のメモに文字を書いた
「大丈夫なので、放っておいてください」
それを見せられた男の顔が 怒ったような顔になっていく
「僕は君を心配してるんだっ
 そりゃ僕は代理の人間だけど、世話をしろって言われたからには きちんと世話をするよっ
 病人はベッドで安静にして 栄養のある食事と薬とたっぷりの睡眠を取らなきゃいけないって決まってるんだ
 出歩くのも 薬を飲まないのも禁止だっ、許さないよっ」
叫ぶように言われて、蒼太は相手の顔を見つめながら確信した
何かの手違いで、一般人が来てしまったのだろう
組織の息のかかった者が、こんなマトモなことを言うはずがない
蒼太の身体をいたわる発言をするはずがない
蒼太は組織の駒で、
組織のために働くのに必要なスキルの教育期間中で、
そのために ここにいるのだから
熱だの怪我だのは、この組織では当たり前なんだから
「さぁっ、暖かくしてベッドに入って
 食べやすいものを作るから、それを食べたら薬を飲んで寝るんだよ」
大人しそうな顔をしているくせに、押しの強い男の様子に 蒼太は苦笑してメモを置いた
この手のタイプはマトモに相手していても疲れるだけだ
ともかく、今のこの疲労具合からいって 食事をする気にはなれなかったし、
これ以上 彼にニコニコ接しているのもごめんだった
服を脱いで ベッドへと入る
何か彼が喚いていたが、しばらくするとそれも聞こえなくなって
蒼太はそのまま眠りについた
今は睡眠だけが自分を癒す、そんな気がする

次の朝も、男はいた
今度はちゃんと起きて キッチンで何か作っている
「おはよう、ゼロ
 君のことを母から聞いたよ
 組織の人だったんだね、驚いたよ」
蒼太に紅茶を出して言った男は、申し訳なさそうに蒼太を見つめた
「僕の母が 今まで君の世話をしていたんだけどね
 風邪をひいていたのが悪化してここに来れなくなってしまったから かわりに僕が来たんだ
 僕は組織の人間じゃないから 組織のことはわからないけど
 ・・・昨日 君の傷を見てびっくりした
 僕は普段もこういった使用人のバイトをしているから、てっきり普通の仕事だと思ってたんだ」
ああ、なるほど、と
蒼太は思いながら 彼の煎れてくれた紅茶を飲んだ
昨日は着替えるのも億劫だったから、服を脱いでそのまま眠った
その時に 身体中にある傷を見て驚いたのだろう
未だ治療中のものから もう治った古いものまで、
傷跡は、薄くはなっても消えることはなかったから この身体にどんどん増えていっている
「朝ごはん 食べられる?」
問われて 蒼太はうなずいた
その様子に嬉しそうに笑った男は テーブルに次々と料理を並べていく
(こんなには・・・無理)
思いつつ、スープを飲んでサンドイッチを半分食べた
おいしそうな料理がたくさん残ってしまうのは申し訳ないと思うけれど、半病人みたいな今の自分にこんなにたくさんの料理を出す方が間違っている
そう考えて 蒼太は立ち上がった
着替えて、顔を洗って、いつものように訓練所へ行かなければ
「今日も行くの?」
問われて 苦笑しながらうなずいてみせる
今日も明日も明後日も、
鳥羽が迎えにきてくれるまで、
もういいと言ってくれるまで、自分はここで腕を磨かなければならない
「熱がまだあるな・・・薬だけは飲んでいってもらうからね」
額に手を触れられて、蒼太は男の顔を見上げた
この間も思ったけど 彼の手は冷たくて気持ちがいい
ほてった身体がすっと冷めていくような心地よさを感じる
「はい、これを飲んで
 たとえ組織の人でもそうでなくても 病人には違いないんだし、僕が世話をするっていう事実も変わらないからね
 これくらいは、言うことを聞いてもらうよ」
言われて、苦笑した
別に子供っぽいわがままで 薬が嫌だとか言っているわけではない
自分は毎日ちゃんと医者に通って必要な薬を処方してもらっているのだから
この上 こんな薬まで飲んでいいものか少し躊躇してしまうだけ
(・・・まぁ、いいか)
確かにこの薬で身体が少し楽になった気がするし、
何より 彼の強引さに逆らう元気は朝っぱらから出なかった

毎日、毎日、
蒼太は訓練に出て行き、帰ってくると死んだように眠り続けた
だが、怪我は日ごとに治ってゆく
怪我が治れば熱も下がる
熱が下がれば食事をする気にもなり、そうすると体力が回復していく
それで、蒼太は鳥羽に置き去りにされたあの時に比べたら かなりの回復をとげていた
毎日毎日 かいがいしく世話を焼いてくれるあの男は、飽きもせず蒼太に話しかけながら食事を作っている
「ゼロはいくつ?
 すごく幼く見えるけど、まさか成人してない・・・ってことはないよね?」
(・・・東洋人は幼く見えるんだろうなぁ・・・)
首をふりながら 蒼太は苦笑した
鳥羽と出会った時19歳になる少し前だったから、もうすぐ20歳になる
世界を回ったこの1年間は あっという間だった
「僕はね、君みたいな子が組織にいるのがとても心配だよ
 そんなにボロボロになって 何をしようとしてるの?
 危険な目に合うのに、なぜ組織なんかにいるのさ」
自分の母が、自分を育てるために危険だが報酬のいい組織の仕事についているのが幼い頃から嫌だった、と彼は語った
協力者は、世界中にいる
それこそ武器を調達してきたり、組織と蒼太達の連絡役をする危険な仕事や、
今 蒼太を診てくれている医者のように 組織の者の身体管理を任される仕事
彼の母のように 組織の者が滞在する間だけ生活の世話をしたり事務的な手続きだけをする者、と
その仕事内容は様々だったが、組織の者というまっとうでない人間を相手にするのだから、一般的な仕事より報酬は断然いい
だが、彼等はかわりに 組織に対して余計な詮索をすることを禁じられていた
協力者でありながら、彼らは組織に直接は関われない
その実態を、真実を、知らない

「詮索は死を招きますよ」

メモにそう書いて渡した
男の顔が悲しげに歪む
詮索は死
関わらない方がいいのだ
知らない方がいいのだ
与えられた仕事だけして、報酬を手に入れればいい
彼らにはその程度しか、求めていない
組織も、蒼太自身も

その夜 毎日通っている医者が 包帯を取りながら教えてくれた
「鳥羽さんがな、今の仕事を終えたらしいぞ」
その言葉に 蒼太の中で 何かがドクンと音をたてた
あの日から、そろそろ2ヶ月が経とうとしている
迎えに、来てくれるのだろうか
それとも、蒼太はここに置き去りのまま 彼は別の仕事へと行ってしまうのだろうか
「どっちにしても、声が出ないままだとやっかいだな」
なんとかしろ、と
言われて蒼太は そっと喉に手を触れた
結局、あれ以来 声を出そうとしても出なかった
もうすっかり、傷は癒えているというのに

毎日毎日かいがいしく蒼太の世話をする男は、ある日食事中の蒼太にこう切り出した
「僕はかせぎも良くないし、こんな風に見た目もそれほど良くはない
 でもね、君の面倒を見てあげられるし、君にご飯を作ってあげられる」
何の話だと思いつつ、食事の手を止めて彼に笑いかけると それに勇気づけられたのか男はマジメな顔で言葉を続けた
「僕はずっと考えていたよ
 このままでは君はダメになる
 ようやく治った傷も、仕事に出たらまた増えるんだろう?
 そんなことを繰り返していたら、いずれ死んでしまうじゃないか」
そんなの堪えられないんだ、と
苦しげな表情の男に、蒼太はわずかに苦笑した
(死ぬことが怖くない人間を、見たことがないのかな・・・)
見上げた先では、今にも泣き出しそうな顔で男がこちらを見つめている
まっとうな人間には、蒼太の感覚など理解できないのだろう
組織には 自分の意思でいるってこと
命をかけた仕事が、楽しいのだということ
鳥羽の足手まといにならないよう、彼の役に立てるよう 今必死に努力していること
捨てられるかもしれない不安に怯えながら それを押し殺していること
平穏な毎日などいらない
スリルと新しい世界がなくては生きていけない
捨てられるなら、死んだほうがマシだ
こんな気持ちは、とうてい理解できないのだろう
「ゼロ、君の本当の名を知りたい
 僕は命をかけて君を守る
 この先ずっと、君を守っていくよ」
だから、
(だから・・・?)
組織を抜けてくれと言うのだろうか
ここから逃げようと言うのだろうか
「だから ゼロ
 僕に君の全てを与えてくれ」
君がいれば、何だってできる、と
言った男に 蒼太は苦笑した
そんな風に言ってくれるのは とても嬉しいのだけれど
根本的に 住む世界が違うんだと思った
本当の名前を教えてくれ、なんて とても陳腐な台詞だと思う
知ってどうするのか
自分が彼の名を聞かないのは 特別な理由があるわけじゃなく 本当に興味がないからだ、と
わからないんだろうな
伝わらないんだろうな
言葉にしなければ、人は他人を理解しない
理解できない

男の腕が蒼太の身体を抱きしめたとき 抵抗しようと思えばできた
身体の傷はもう治っているし、熱だってない
最近は食事だってマトモにとっているから健康体そのものだ
訓練で疲れてはいたけれど、怪我の治りきらない身体を引きずってやっていた頃に比べたら 何でもない
こうして 帰った後食事をしたり、男の話につきあったり、
そういうことをする余裕もある
だから、
跳ね除けようと思えばできた
それをしなかったのは、どこか投げやりな気持ちだったからか
それとも、尽してくれたのに その想いに応えられないからせめて、と思ったからか
(自分でもわからない)
天井を見つめながら 蒼太はそっと息をついた
首筋に、 肩に、口付けされ 蒼太の手を握ったまま男はそっとその身を繋げた
暖炉の火はついていたけれど、妙に部屋が寒いのが気になった

男は何も話さない蒼太に何かを見て その存在を欲っし、
蒼太は別の世界を歩いている鳥羽の後ろ姿を追い続けている

身体を繋げても、特別な感情は湧いてこなかった
されるがままに受け入れて、無理矢理高められて果てる
そんな行為に 蒼太の身体の上で男は熱のこもった目をして悲し気にしていた
「ゼロ・・・君が欲しいんだ
 君を守りたい・・・」
奥深くまで侵入してきた彼に、蒼太はわずかに苦笑した
守りたいって何から?
怖いのは死ぬことでも傷つくことでもない
このまま 鳥羽に置いて行かれ捨てられること
役立たずだと、期待外れだと告げられること
見放されること
「ゼロ・・・っ」
男が中で果てるのを感じて 蒼太は目を閉じた
これ以上はどうしようもない
抱きたいだけなら いくらでもどうぞ
繋がって愛を囁くための人形にならなってあげられる
でも それ以上は無理だった
冷めている心に、男の声は届かない

次の朝、蒼太はまったくいつも通りに支度をして訓練所へ行った
あのまま、行為の後 蒼太のベッドで一緒に眠った男は 今朝は起きずに眠り続けていた
(ちょっと抜けてて癒し系なんだけど・・・)
自分なんかに愛を囁いていないで、恋人をつくればいい
まっとうな道を歩いている人を
守ってあげると言われて 喜んでくれる人を
そうしたらきっと 幸せになれるのに
(というか代理のくせに いつまでいる気だろう)
彼の母の風邪はまだ治らないのだろうか
それとも、彼が母の仕事を奪ってしまったのだろうか
どこか悲しそうな顔で、ずっと側にいるつもりだろうか
(・・・悲しそうってことは、通じてるんじゃないの?)
溜め息を吐いた
蒼太に彼の想いは受け入れられない
それがわかっているから 昨日も行為の最中 何度も悲し気に蒼太の名前を呼んでいたのだろう
偽りの、
ゼロという 暗い世界を歩く名前を

ホテルのドアをあけると、いつもと雰囲気が違った
ドクン、と心臓が鳴る
覚えのある香りが漂ってくる
抑え切れなくて、鍵もかけずに駆け込んだ
独特の香り、甘いようで冷たいようで、どこかとらえどころのない そんな印象の
鳥羽がいつも吸っているあの煙草の匂い

駆け込んだ部屋に、窓際で煙草の煙を漂わせている鳥羽の姿を見つけた
「・・・・・っ」
押し込んでいた不安が、ようやくス・・・っと消える

「昼過ぎに着いたんで 彼に飯を食わせてもらって待ってたとこだ」
鳥羽の向かいには いつものように使用人の男がいて 彼はどこか落ち着かない様子で鳥羽と蒼太を交互に見ていた
「少しは巧くなったのか?」
問われて、蒼太はうなずいた
射撃の腕は確実に上がった
この2ヶ月間 鳥羽に教えられたことを何度も頭の中で繰り返して叩き込んだ
迷いはしない
躊躇もしない
仕事は冷徹に行い、余計な感情は持ち込まない
もう二度と 足手纏いになんかならない
だから、
(捨てないでください・・・っ)
声にならない声で必死に 蒼太は懇願した
鳥羽は煙草の火を消すと 面白そうに話し出す
「彼がな、俺に言うんだ、ゼロを解放してくださいって
 ゼロをくださいって、俺はお前の父親かっての」
驚いて男を見ると 思いつめたような顔でこちらを見ている
「お前をまっとうな道に戻したいんだと
 組織を抜けて幸せに暮らしたいそうだ」
くく、と
笑った鳥羽の言葉に 蒼太は全身がザっ・・・と冷たくなるのを感じた
何てことを言うのだと思った
鳥羽にとって自分はまだ 価値のある人間なれていない
欲しいと言われたからくれてやる、と言いかねないのに
彼は気紛れで、そういうことを決めてしまう人なのに
「俺はかまわないぜ? ゼロ
 ここに置いていってやろうか」
覗き込まれて 身体が震えた
必死に 嫌だと首を振る
置いていかないで、捨てないで
この2ヶ月のなんと長かったことか
いくらでも努力するから
二度と足手纏いになんかならない
何でもする
だからどうか、
「・・・・・っ」
嫌だ、嫌だ、と
意思表示する蒼太に 男が立ち上がった
「ゼロっ、君はせっかく癒えたのにまた傷つきに行くっていうのかっ
 僕なら君を守ってあげられるっ
 君に傷ついて欲しくないんだっ」
何を基準に 傷つくだの、守るだの言っているのか
蒼太は ギっと男を睨み付けた
自制がきかない
いつも、誰相手でも、笑って穏やかに接してきた
敵を作らないよう、誰にでも好かれるよう
そうして、自分が生きやすい環境を作ってきた
だが、今だけは、そんな風にはできない
ここに置いていってやろうか、なんて言葉を鳥羽に言われたのは この男のせいだ
どれだけ待っていたか
どれだけ求めていたか
この2ヶ月間 苦しい思いをして、それでも必死にやってきたのは 鳥羽が迎えにきてくれた時 少しでも必要とされたかったからだ
彼の機嫌を損ねないよう、役に立てるようになりたかったからだ
「・・・・・っ」
悔しかった
こんな何もわかっていない男のせいで、こんな気持ちになるなんて
こんな不安にさせられるなんて
見せてやれればいいのに
この男に、自分がどれだけ鳥羽を求めているか
見せつけてやりたい
二度と こんなくだらないことを言えないくらい思い知らせてやりたい

震える蒼太の様子に 鳥羽が突然笑い出した
「おまえのそういう顔は初めて見るな」
怒ってるのもなかなか可愛いじゃないか、と
言った後 鳥羽は男を一瞥した
「お前の望みを叶えてやろうか? ゼロ」
口元に笑みを浮かべて、鳥羽は蒼太をしぐさで呼んだ
1歩、近付くと熱が上がる
もう1歩寄ると 胸が苦しくなった
「今ここで 服を全部脱いで俺を満足させろ
 それができたら、連れていってやる」
それは、まるで命令で
いつもの鳥羽そのもので
驚いたように目を見開いて鳥羽を見つめた男の前で 蒼太は自分の服に手をかけた

服を脱ぐと、傷だらけの身体が露になった
震えながら 膝をおる
鳥羽の足下にひざまづき、震える手でそれを手に取った
口に含んで舌で丁寧に濡らす
こういうことも、鳥羽から教わった
彼のものに触れているだけで、身体に熱がともっていく
ジン・・・と濡れてたまらなくなる
「相変わらず、お前は淫乱だな」
すぐ上で鳥羽が笑った
男は声もなく、蒼太の姿を見つめている
ゆっくりと、髪をなでられ 身を震わせながら蒼太は奉仕を繰り返した
誰が見ていようと関係ない
あの男に何と思われようと知ったことではない
鳥羽を満足させられたら連れていってくれると言ってくれた
彼といきたい
その一心で、奉仕を繰り返す
やがて、鳥羽の熱が 蒼太の口の中に注がれる

鳥羽のものを飲み下しながら 蒼太は意識がぼんやりするのを感じていた
身体が疼く
抱かれたい、彼に
あの手で抱いて欲しい、この身に
求めてやまないこの身に その熱を穿ってほしい
「ものほしそうな顔してるな
 昨日、こいつとやったんだろ? まだ足りないのか?」
意地の悪い言葉に泣きそうになった
始終、心の冷めていたあの男との行為と比べるなんてできないほど、自分は鳥羽を求めている
そそり立って雫をしたたらせているものに指先で触れられて 蒼太はびく、と身を震わせた
「言ってみろよ? してくださいって
 言えたらしてやろう、この男の目の前で」
言えなきゃそこまでだな、と
笑った鳥羽に 顔を真っ赤にさせた男がつかみかかった
「ゼロは・・・っ、ゼロは声が出ないんだ・・・っ
 こんな風に・・・こんな風にやるのは卑怯だ・・・っ」
今にも泣き出しそうな顔で叫んでいる
鳥羽は笑って 男のその手を払い、一言二言 何か言った
そんなのが遠くに聞こえる
身体に渦巻いた熱で 朦朧としていて正気でいられなくなりそうになる
「・・・・て、・・・・・ださ・・・・」
声を絞り出した
咽が震える、身体も震えた
触れられてもいないのに昂り続ける身体
ひくひく、と鳥羽を求めているのに 泣きそうになった
「して・・・く、だ・・・・・さ、い・・・」
声は、途切れて掠れて、
でも ようやく
あの日からようやく、戻ってきた
血が逆流するみたいに熱くて、痛い

「よく言えたな、御褒美だ」
くつくつと笑いながら 鳥羽は蒼太を立たせると、どん、と男の方へと突き飛ばした
そのまま、二人してベッドへと倒れ込む
蒼太を助け起こすように抱きながら身体を起こした男に、鳥羽はさらに蒼太の身を押し付けた
「なにを・・・っ」
真っ赤になって男が叫ぶ
蒼太は、起き上がることができず、男の肩に顔を埋めたまま 目をぎゅっと閉じた
何をされるのか 蒼太にはなんとなくわかったから

蒼太を男に抱かせたまま 鳥羽は後ろから蒼太を犯した
背を反らせて 震える蒼太の身体を抱きながら 意図を察して男は言葉を失った
「ゼロ、声をあげろ
 そいつに聞かせてやれよ、どれだけおまえが感じてるかを」
一気に奥まで貫かれ、蒼太は咽を震わせて声を上げた
いつもいつも、必死に声を出さないよう歯を食いしばっている
まるで堕ちている自分を自覚して、嫌だったから
こんなに溺れそうになっている自分に気付かれたくなかったから
だから、鳥羽がこの身に触れる時 いつも必死だった
だが今日は、許されている
どれだけ感じているか教えてやれ、と
どれだけ求めているかわからせてやれ、と
その言葉に 蒼太の中のタガが外れた
欲しくて、欲しくて、
求めて求めて求めていたもの
鳥羽にこの身を抱かれると たまらなく感じた
心に熱いものが灯っていく
「ひ・・・っ、あ、あ、ぁぁぁああああっ」
与えられるものを必死に感じながら 蒼太はどうしようもなく 自分を抱きかかえている男の腕にしがみつきながら声を上げた
鳥羽のものが内壁を擦り上げていく
そのたびに、びくん、びくんと身体が跳ねる
たまらない疼きに身が悲鳴を上げる
どれだけいっても、何度声を上げても足りない
白濁を吐いて、蒼太は必死に彼を呼んだ
多分 もう二度と こんな風に声を上げることは許されない
こんな風に、感じただけ吐き出すことはできない
今だけ
今だけは許されているから、
どれほど感じても鳥羽は許してくれるから
「鳥羽さん、鳥羽さん、鳥羽さん・・・っ」
ぴくぴくと、身体の奥から溢れてくるものを感じて 蒼太は声を上げ続けた
鳥羽の名を、呼び続けた
男の腕に すがりながら

行為が終った時 蒼太は気を失っていた
ぐったりした蒼太を抱きながら いつからか泣いていた男は 煙草に火をけつた鳥羽を睨み付けて言った
「連れていくんだね・・・」
「これだけ見せつけられて まだ未練が残るか?
 もぉいいだろ、最後にこいつのいい顔見れたんだ、諦めろよ」
おまえとやった時は こんな顔しなかったろ、と
涙に濡れた蒼太の頬に手を触れて 鳥羽は笑った
「久しぶりに抱いたら たしかにこいつは可愛いわ
 けどな、これは俺の犬だから、飼い主以外には尻尾は振らないぜ?」
部屋に煙草の煙が漂うのを、気を失ったままの蒼太を抱き締めながら 男は黙って見つめていた
涙がいくつも、蒼太の肌に落ちていく

「しかしお前の 誰にでもニコニコするのは問題ありだな
 女ならともかく、男までその気にさせてどうする」
空港で、いつものように買い物をしながら 鳥羽は呆れたようにつぶやいた
真っ赤になって、蒼太はうつむき すみませんと謝ってみる
今朝 目覚めたら男はいなくなっていて、鳥羽が窓際で酒を飲んでいた
腹が減ったといった鳥羽のために軽い朝食を作って、それから支度をし 今ここにいる
いつも通りだった
それに、とても安心して 蒼太はようやく笑った
彼の側にいるのに相応しい人間になること
それが今の蒼太の全てになりつつある


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理