ZERO-7 青いドレス (蒼太の過去話)


鳥羽の休暇が終った後、蒼太は 彼の仕事について世界中を飛び回っていた
主要な都市はほとんど回ったのではないかと思うほどに、鳥羽はあらゆる場所で仕事をし、それが終ると次の仕事へと休みなく駆け回った
「次の便に乗るからな」
「はい・・・」
空港で、土産物屋を物色しながら 鳥羽は大量の紙袋を持った蒼太に笑った
鳥羽にはどうやら買い物癖があるようで、行く先々であらゆるものを買う
たいてい一目見て気に入ったものを衝動買いするような感じだから、それを持たされている蒼太の荷物は半端ない
今も、今回の滞在先であまり買い物ができなかったからと 搭乗するギリギリまでこんな風に買い物している
「鳥羽さん、手荷物の域超えてます」
「いいんだよ、少しくらい融通きくんだから
 それよりシーンとジュリアへの土産が物足りないなぁ」
(バックと時計があれば女性は十分喜ぶと思いますが・・・)
一体 鳥羽の恋人は世界に何人いるのかと、蒼太が呆れるほどに 鳥羽は「つきあっている」という女の数が多い
それらみんなに土産を買おうとしているから 必然的にこの量になるのか
それとも 単に思うがまま好きなだけ買っているのか
さっきから何度も組織へ郵送の手配をしているのに、この分だとまたやらなくてはならないようだ
今も新作だという香水をコレとコレとコレ、とか言いながら大量に購入している
(そういえば・・・僕への旅行土産も色々くれたなぁ・・・)
もう 1年くらい前のことだけれど
まだ蒼太が組織に入ると決意する前
旅行に行って帰ってきた鳥羽が、紙袋いっぱいの土産をくれたっけ
お菓子だのTシャツだのオモチャだのの中にブランドの時計が混ざっていたりして どういうコンセプトの元 選んでいるのだろうと不思議だったけれど
彼について世界を回るうち、なんとなく理解できるようになってきた
彼は目に留まったものを直感で手に入れていくのだ
丁度、蒼太を拾った時のように

「ゼロ、何ぼっとしてる」
「あ・・・すみません」
気づけば彼は少し先を歩いており、蒼太は苦笑して後を追った
「鳥羽さん、次の仕事場はどんなところですか?」
「次は北方
 治安悪いから覚悟しとけ」
告げられた国名に、ああ寒そうだなと思いながら蒼太はギシと痛む肩に意識をやった
鳥羽は、組織に正式に所属した蒼太に色んなことを教えてくれた
武器の使い方、丸腰のときの身の守り方、語学、それからプログラムの組み方
世界中に人脈を持つ組織の拠点に連れて回ってくれて 蒼太の知らなかった世界を見せてくれた
黒いパスポート
蒼太の持つパスポートは、入出国の度に押される印で真っ黒で
これがこの組織の通称のいわれかと 妙に納得したものだ
昨日までの仕事も、つい1ヶ月前に依頼が入り 現地に赴き 何もやる気のなくなるほどの熱気の中 新興宗教のトップ暗殺なんていう陰謀のただ中にいた
幸い 蒼太には銃を撃たなければならないような機会は巡ってこなかったけれど
それでも 仲間の何人かは負傷したし、
蒼太達の仕事によって、信者内で大きな争いが起きトップがすげかわり、依頼者が得をして莫大な報酬を組織に支払ったという
「暑いところから寒いところへ、なんて極端ですね」
「俺が暑いのはうんざりだと言ったら こんな仕事回してきやがったんだよ
 ・・・まぁ、あそこにはユリアがいるから、受けたんだけどな」
ユリア、と
まだ聞いたことのなかった名前に苦笑しつつ、蒼太は初めて訪れる国を想像した
知識として知っているのは、今 その国の政府は力を失いつつあり、民衆が武器を持ち絶対権力の持ち主だった政府に抵抗しているということ
そして、その争いのせいで 経済が機能せず 人々はとても貧しい暮らしをしているということ
「お前は着いたら銃の猛特訓な
 訓練所に放り込んでやるから覚悟しとけよ」
(・・・訓練所・・・)
カラカラと、楽しそうに笑う鳥羽の後姿を見つめつつ 蒼太は両手をぎゅっと握った
一人で情報抜きの仕事をしていた頃は、まともに銃なんか持ったことはなかった
そもそも自分は戦いに行くのではなく、こっそり情報を盗みに行くのだから
銃を撃つ必要なんてなかった
見つからないよう確実なルートで攻めて、知らぬ間に抜き取る
そんな仕事だったのだから
「でもまぁ、お前は見込みがある
 アクティブだもんな、情報抜きに現地まで行く奴は そういない
 侵入が必要になる仕事は、大抵 ウチみたいなとこに依頼がくるもんだ
 それを一人でやってたなら、お前は元々スパイの素質十分だったわけだ」
世界を回ったこの1年で、蒼太は鳥羽と色んな話をした
世界中にいる恋人の話もたっぷり聞いたし、蒼太について鳥羽がどう思っているかも よく聞かされた
教育期間は1年間だといっていたから、この鳥羽と二人で世界中を回るのも そろそろ終るのだろう
一人前になったら、今のような ただついて歩いて 言われた仕事だけをするのではなく もっとちゃんと鳥羽の役に立てるようになるのだろうか
鳥羽のように、緻密に計算して行動し、いざという時の備えも完璧で、
組織の掲げる 敗北も失敗も許されない世界を堂々と歩けるようになるのだろうか
あと、ほんのわずかの時間で

「でもまぁ、お前はマジメで可愛い奴だよ
 今まで俺がこんなに手かけて育てた奴はいない」
飛行機の中で、半分眠りながら 鳥羽は言った
彼は仕事でない時 常に話しているという程おしゃべりだ
その一言一言を記憶するよう、蒼太はまっすぐに聞き受け止めて考える
彼の言うことに 意味のないものはない
どんな日常的なささいな会話にも、何かのメッセージや 彼の言いたいことが隠れている
それに気づいて 一つもこぼさないよう必死に聞いている蒼太に いつか笑って言っていた
「お前がこんなにお利口じゃなかったら、とっくに捨ててるなぁ」
拾ってきたはいいけど、やっぱり教育ってのは面倒だから、と
その時に ああ気が抜けないと思った
この人は、どんな時でも神経を研ぎ澄ませて 世界からあらゆる情報を拾ってこいと言っているのだ
どんな時も気を抜くなと言っているのだ
「生き残りたいならな」
死が日常の世界
蒼太の選んだ世界は、血で汚れ、陰謀でよどみ、恨みにまみれた醜い世界だった
だけど、それこそが人だと思うから
そんな醜悪な部分こそが 人の本性と思うから
蒼太はこの世界により強く魅かれるのだ
今も、この先にある世界を渇望している
この目で見て、知りたいと思っている

飛行機に長時間乗るのも、不規則な時間に僅かずつ眠るのにも、もう慣れた
元々 熱中したら眠れなくなって いつまでもマシンに向かっているタイプだったから
睡眠時間が短いのも、眠らないのも苦ではない
だが、部屋の中でマシンに向かっているだけでないこの生活は どうしても体力を消耗する
それでなくても、鳥羽の指示で山のような資料を一晩でまとめたり、
あの街この街と、1日に車で何往復もさせられたり、
紛争の中をかいくぐって届け物をしてこいと さらりと言われたりで 身体がいくつあっても足りない生活
眠らなくては話にならず、かといって いつも決まった時間に眠れるほど 穏やかな生活はできない
スキを見て 眠れるときに眠り、休めるときに休まなければ自滅する
まるで日常が戦場のような感覚を覚える
そんな生活にいきなり放り込まれて 鳥羽について歩いたこの1年で、蒼太には自然と体力がつき 加えて力配分も感覚でできるようになっていた
そんな蒼太を 見込みがあるなんて鳥羽はほめてくれたっけ
お前の我慢強いところが一番気に入ってる、と
その言葉は妙に印象的だった
鳥羽からの評価は毎日あって、蒼太はそのたびに自分を見直す
それを繰り返して今がある
本人は、教育なんてあまり向いてないと言うけれど、蒼太にとっては最高の師だと思った
彼の言葉を理解する頭が 蒼太にあったのが大きいのかもしれないけれど

鳥羽の隣で うとうとと眠りに入りながら 蒼太は時々痛む肩に眉をひそめた
銃の訓練で どうしても肩を痛めてしまうから、この痛みとも もう長い間つきあっている
大抵の武器の取扱い方は覚えたし、射撃の腕も 最初に比べれば大分マシになった
自分は確実に成長している
そして、そのたびに得られる満足感に心地よさを感じる
自分が成長していけること
新しいものを吸収し、大きくなっていけること
それが嬉しくて、誇らしい

次の日、飛行機のついた先は、凍えるほどに寒い国だった
「雪ですね・・・」
「組織の迎えが来てるはずだ、探してこい」
「はい」
待合のロビーで 鳥羽はいつものようにタバコに火をつけて落ち着いてしまい
仕方なく、蒼太はこれまた いつものように組織の協力者の迎えを探した
これから新しい仕事が始まると思うと それだけでゾワゾワと何か興奮のようなものが込み上げてくる
たまらない期待に身体が疼く

その夜、依頼内容を協力者から聞いた後 二人はホテルに部屋を取った
「鳥羽さんは ここの言葉も話せるんですね」
「そりゃ恋人がいればなぁ」
(ああ、そうか、この国にも一人いるんだっけ・・・)
思いながら 鳥羽のための酒を持って、蒼太は窓際の鳥羽の側へと行った
「ここらは田舎だから落ち着いてるな
 雪に閉ざされた寒くて冬の長い国での一番の娯楽が何か知ってるか?」
窓の外は相変わらずの雪
グラスの酒を喉に流し込みながら、鳥羽は冷たい目のまま外を見つめ続けている
「・・・酒ですか?」
「おしいなぁ」
鳥羽は、仕事のことを考えているのだろう
普段の様子からの切り替えが はっきりしていて怖いほどだ
口数も減るし、目も凍りついたように冷たい
「わかりません」
「セックスだよ、セックス
 人間 最後はどんな奴も本能のままに求めるものは同じなんだろうなぁ」
そういう店多かったろ?と
言って 手元の書類を取り上げた
今回の仕事の資料だと手渡されたもので、枚数はわずか3枚
それと一緒に銃も2丁渡された
うち1丁は蒼太が持たされている
いつも 武器は現地で渡されるから 蒼太達は国に入るまでは本当にただの旅行者のようで、
今回も あまりに二人が若いので 組織の協力者の男が驚いていた
鳥羽の名を告げた途端 彼は安心して仕事内容を話しだしたが、それでも
こんな世界のこんな物騒な依頼に こんな子供で大丈夫かと 蒼太は最後まで心配されていた
「ともかく、明日からお前は娘、俺は本人につく
 連絡は無線でやるから 気をつけて聞いてろ」
「はい」
今回の依頼者は政府で、依頼内容は捕らえた反政府組織のリーダーに対する死刑執行文書を守ることだった
なんでも、この国では もう何十年も死刑は執行されていない
それなのに、日々過激になる反政府運動や紛争に、政府は力を見せ付けるため 見せしめのために 捕らえた要人を死刑にしようとしていて 相手が相手だけに、事が事だけに 政府は慎重になっているようだった
組織が調べたところによると、死刑執行は確かに決定されたようで
それを記す文書が1通だけ存在しているとのことだった
「執行日は1週間以内らしい
 それまで敵に奪われないよう守れ」
「はい」
さっきまで雑談をしていたときと同じ目で、鳥羽は指示を出すと あとは黙ってグラスの酒を飲み干した
蒼太が2杯目を差し出すと 僅かに笑ってそれも飲み干す
そして、立ち上がると言った
「セックスでもするか?」

鳥羽と身体を合わせるのは初めてではなかった
普段女と遊びまくっている彼は、たまに何かで気が向いたときに蒼太をそういう行為の相手に指名する
淡々としたセックスだと思う
本当に気が向いて ただ性欲処理に身体を繋げるというだけのようで
鳥羽は蒼太に これといって特別な感情もこだわりも持っていない
だが、それでも、
触れられれば感じるし、奥まで侵入してくる異物の熱に身体は震えて喘ぐ声が漏れる

「う、く・・・・・んぅ・・・」
ギシギシと、ベッドがきしむのを聞きながら 蒼太は2度目の開放を迎えそうな自分を必死に堪えて震えていた
こんなに寒いのに、身体は熱い
深く深くに穿たれたものの感触
濡れた肉棒が中を擦り上げ それに自分の粘膜がからみついていく
元々こういう行為に淡白な蒼太だったが、鳥羽相手には 何か心に生まれるものを感じていた
自分より圧倒的に強いものに組み敷かれるように抱かれる感覚
四つん這いにされた後ろから激しく突き上げられて 必死に声を抑えた
「ひっ・・・・あぅ・・・・っ」
それでも漏れる
だんだんと、この行為に慣れはじめて受け入れつつある
投げやりに相手に任せるのではなく、自分から求めてしまいそうになる
それが 怖い
「おまえは我慢強い いい子だ
 ほんと 向いてると思うぜ、この稼業」
したしたと、雫をしたたらせる蒼太のものを握りこみ 鳥羽は繋がった部分をゆっくりと引き離し 震える蒼太の肩の傷に舌を這わせた
びくん、と
それで 震えるのをさらに握りこまれる
何かされればされるだけ 感じるようになる身体
仕込まれていく、そう感じた
この人に、身体中 仕込まれていく
シーツを掴みながら ゆっくりとギリギリまで引き抜かれたものがまた挿入されていくのに感じた
もっと欲しいと、言ってしまいそうになるほどに

鳥羽とのセックスは それほど長くは続かない
蒼太はいつも、枯渇感を与えられて終る
「明日から別行動だ、通信だけは聞き逃すなよ」
「・・・はい」
ベッドに横たわる蒼太を残して鳥羽は部屋から出てゆき、
一人残されて 蒼太はまだ熱の引かない身体を ひとり抱いた
犯されて、喘いで、受け入れて、吐き出して
繰り返すたび 行為に落ちていく自分がいるのを自覚する
今まで、3人の男とこういう行為をしたけれど、抱かれて心地よい相手なんていなかったから余計
行為自体に何かを感じることもなければ、心が動くこともなかった
こんなものは、動物の交尾と同じで 単なる性欲処理と割り切っていた
だが、鳥羽は違う
彼に まるで命令されるように足を開けさせられ、当然のように犯されると
何か抗えない絶対の支配を感じて心地良い
こんな風に 他者にこの身を預けることの安心感を初めて知った
求め始めている自分がいる
こんな行為を
(・・・求めたら最後だ・・・もう考えるな・・・)
無言で 蒼太はベッドにもぐりこんだ
この心情が鳥羽に知れれば 彼がよく言うように 自分は捨てられるだろう
こんなドロドロした、バカみたいな関係や想いを 鳥羽は求めていない
シビアなリアリストの彼は、こんな行為すら遊びで
それに墜ちるな人間を良しとしない
それがよくわかる
(だから隠さなければ・・・・)
毛布の中で両腕を抱いた
もっとと求めても、けして言えない
いつも途中でやめるかのような、
本当に気がむいただけ触れるような鳥羽のやり方に 熱はくすぶって身の内にたまり続ける
そうして、蒼太を飢えさせる
乾きに、震える

翌朝、蒼太は鳥羽の指示通り 政府の要人セルゲーエフの娘サンドラをチェックしていた
秘密を漏らしたくない、と
政府は セルゲーエフ本人か、その娘サンドラのどちらかが文書を持っているとしか言わなかった
仕方なく、鳥羽が本人につき、蒼太が娘の方についている
屋敷の庭に明け方近くに侵入し、蒼太は一通りの偵察を終えていた
ターゲットとなるサンドラが 夜からの舞踏会の話をしながら、使用人を一人つれて自宅の広い庭を楽しそうに歩いてくる
年は蒼太の2.3下くらいだろうか
見れば 使用人の少女も そのくらいの年のようだ
「私 このドレスには飽きたわ」
「よくお似合いですのに
 先日 お嬢様の肖像画を描いた画家も申しておりました
 お嬢様は青のドレスがよくお似合いだと」
「そう? まぁこのドレスは皆 よく褒めてくださったわね
 それより私 ロマニー将軍から赤いドレスを頂いたのよ
 今日の舞踏会にはそれを着ていくわ
 そうだ、あなたに、あの青いドレスをあげるわ
 いつもよく仕えてくれているもの」
「ええ?! 私にですか?
 そんな・・・お嬢様、私には来て行く場所もありませんのに」
「今夜の舞踏会はあなたもドレスを着て出席するといいわ
 私の靴も首飾りもあげるわ
 どう? あなたへの私からのご褒美よ」
見つからないように、ひっそりと裏庭へ回り込みながら 蒼太はポケットから一枚の写真を取り出した
今、話題になっていた肖像画を写真に撮ったものだろう
青いドレスの少女が写っている
最近はこのドレスがいたくお気に入りだから 今夜もこのドレスを着るだろうと組織の情報には書いてあった
(今の話聞いてなかったら間違えてたな)
どうやら今日は赤いドレスで来るらしく
今まで着ていたお気に入りの青いドレスは 使用人に着せるような話だったか
「やはり今夜の舞踏会に行くようです」
通信器にささやくように呼びかけると しばらくの沈黙の後 鳥羽の声が返ってきた
「お前も行って近くで見てろ
 今夜 向こうも動きそうだ」

鳥羽の指示は「 ターゲットだけ見てろ」だった
予想以上に敵の動きが早く 一週間どころか今夜 武力行使に出そうだと鳥羽は言った
それで 少々手荒ではあるが、と
散々逃げ回ったセルゲーエフを捕らえて保護したら どんでもないことを口走った
文書は娘が持っている
娘にしかわからない場所に隠せと命令した
文書を守るなら、娘も守ってくれなければ文書は失われる、と
「あと1時間早くわかってればな」
先程、サンドラと使用人が舞踏会の会場についてしまった
会場へ向かっている最中なら 誘拐するなり何なりして娘を攫い保護できたのに
「すみません、会場に入ってしまいました」
「わかってる
 抵抗勢力が動いてる、油断するなよ」
仕方なく、蒼太は客にまぎれて中へと入り、赤いドレスのターゲットを追った
きらびやかな舞踏会は もう始まっているようで優雅な音楽に合わせて男女が楽し気に踊っている
貧困の国にも富んだ者はいて、
贅をつくして毎晩こんな風に遊んでいる
反政府組織などが毎日どこかでテロ活動を行っているのだから、この国はもう長くはもたないだろうと少し考えればわかるだろうに
崩壊の警鐘が鳴っているのを聞こうともせず ここで踊る人間のなんとまぬけなことか
まるでサーカスの道化のようだと嫌悪する
(ま・・・僕に人をどうこう言う資格はないけど)
自嘲して、ふと会場を見渡すと、青いドレスの少女が何人かの男にかこまれて困ったようにオロオロしていた
(あれは使用人の子だな)
昼間 サンドラが着ていたドレスを着ている
花のついた可愛らしい扇子で顔のあたりを隠しているから どうやらサンドラと間違われているのだろう
どう対応して良いのかわからずにオロオロしている様子を 赤いドレスのサンドラは面白そうに見つめていた
「ちょっと、その子 困ってるよ?」
別に、何かを計算して声をかけたわけじゃなかった
「さっき僕と踊るって言ってくれたよね
 曲が変わったから、いいかな?」
ただ、なんとなく可哀想になってしまって
慣れない世界に連れてこられて、サンドラの気紛れでドレスを着せられこんな場所に置いておかれて
サンドラも助けてくれず、泣きそうになっている様子が何かとても可愛いらしかったし
「あ、あの・・・」
蒼太は、青いドレスの少女の手を取ると 男達の輪の中からその少女を連れ出した
そのまま、踊りの輪には入らずにホールの柱の影へと連れていく
「大丈夫?
 嫌だったら終るまでここに隠れてたらいいよ」
サンドラはお気に入りの将軍と楽しそうにしているから
今だって、逃げてしまった使用人のことはもうすっかり忘れて 頬を染めて髭の男と話している
「ありがとうございます・・・」
「いいえ、どういたしまして」
にこ、と
笑って 蒼太は少女の手を放した
あまりターゲットから離れているのも良くない、と
そのまま人込みにまぎれてサンドラの方へと戻っていく
一度だけ振り向いたら、青いドレスの少女が心細そうにこちらを見ていた

それから10分後、突然ホールに銃声が響き渡り 人々の悲鳴があちこちで上がった
「鳥羽さん・・・っ」
身を伏せ 物陰にかくれて息を殺す
ドカドカと覆面の男達が会場内になだれ込み、銃声を響かせながらパニックに陥る客達をホールの奥へと集めていった
「1時間で政府を動かす
 1時間後、ターゲットを連れて外に出てこい」
鳥羽からの通信はそれだけで切れ、蒼太はその場で通信機を外した
こんなものを付けていたら 敵に見つかった時一番に疑われる
反撃のチャンスを探す前に殺されるだろう
息ひそめたまま、未だパニックの人込みの中 蒼太は赤いドレスの側に立った
「お父様のあれを・・・っ、あれを狙ってるのよ・・・っ」
金切り声で喚く声が聞こえてくる
それをなだめようとしている髭の男の肩ごしに 恐怖に引きつった女の顔が見えた

その後、会場は30分で静かになった
今や 武装した者達に制圧され 誰も何もできずに怯えている
「この場所のいたるところに爆弾をしかけた
 逃げようとした奴がいたら、爆発させる
 死にたくなかったらおとなしくしていろ」
武装勢力は 銃で脅しながら 客の男達の腕をロープで縛り 女をホールの中央に集めた
「無駄に殺しはしない
 我々が欲しいものを渡してくれれば ここを明け渡す」
誰も何も言わない
すでに銃弾に倒れた者の死体をみながら恐怖に震えている
床は血で汚れ このホールには生温い血の匂いが漂いはじめている
常人には、この状況は辛いだろうと思った
いつ自分も死ぬかわからない
側に銃を持った男がいて、足下には死体が転がっている
「ここに来ているはずだ、憎きセルゲーエフの娘が」
言う間にも 別の階にいた客達がぞくぞくとホールに連れてこられていた
まだ状況を把握しきれず逆らう者が 容赦なく殺されていく様子に やがて会場には口をきく者はいなくなった
どこかですすりなく女の声だけが ひっそりと響いている
(あと30分で・・・この中から外に脱出しないといけないのか・・)
敵はまさに蒼太のターゲットだけを狙っている
あの赤いドレスの女がセルゲーエフの娘だと知っている者は ここにはたくさんいる
今は皆黙っているけれど、出て来ないと人質を1人ずつ殺すと言われれば ここにいる者達は簡単にサンドラを売るだろう
そうなれば、おしまいだ
銃弾の一発で事は終る
(まずいな・・・)
すぐ側に銃を持った男がいる
まだ 蒼太の腕は縛られていないけれど、端から順番に縛られていっているのだから蒼太の身体の自由がきかなくなるのも時間の問題だろう
この武装集団が娘から文書のありかを聞き出し 手にいれてくれれば、それを奪うなり何なりできるけれど
娘ともども文書ごと消されるとまずい
文書がなくては死刑は執行されない
この仕事は失敗に終ってしまう

様子を伺っていた蒼太の耳に、緊張の糸が切れたのか 腕を縛られ自由を奪われた男が叫んだのが聞こえてきた
「その女だっ、セルゲーエフの娘っ
 俺達は関係ないっ、その女を連れて出ていってくれっ」
騒ぐ男に向けて銃が撃たれる
弾は壁に当たり男は無事だったが、それで騒ぎはじめた者もまた口を閉ざした
異様な空気が流れはじめる
「・・・」
この展開は最悪だ
せめて文書のありかだけでも聞き出しておかないとまずい、と
蒼太はそっとサンドラの後ろに立った
「お嬢様・・・」
囁く
中央で喚いている男の声に紛れ 蒼太の声はサンドラにしか聞こえなかった
「あなたのお父様に依頼を受けたボディガードです
 文書を奴らに渡して そのすきにあなたをここから連れ出します
 ・・・隠し場所を教えてください」
俯いて震えていたサンドラが、驚いたように蒼太を見た
「文書さえ渡せば 奴らはあなたに用がなくなります
 必ず助けますから」
最悪、サンドラは死んでも文書さえ残ればいいと思いながら 蒼太は表情を変えずに囁き続けた
「僕に教えてください」
また、中央で銃声が響いた
男達が何人か喚いている
その様子を見て サンドラがまた震え出した
「あれは・・あれは・・・あの子が・・・」
サンドラの声が男達の怒声にかき消され あまりの大声に何ごとかと視線をやった先
中央に 青いドレスの少女が引きずり出されてきたのが見えた
「この青いドレスの女がセルゲーエフの娘だっ」
「この青いドレスを知らないやつはいない
 この女だけ連れて 帰ってくれっ」
震えながら、何の抵抗もできない少女は 冷たい床の上にひきたおされた
銃をつきつけられ、声もない様子で目を閉じている
(・・・よりによってこんな日に)
サンドラにとったら 何という幸運か
自分が自慢気に着続けた青いドレスを たまたま今日使用人に着せて連れてきているなんて
彼女にとったら何という不幸か
主人の思い付きでこんな格好をさせられ、それが元でサンドラに間違われ こんな目に合うなんて
(・・・)
出来過ぎ、と思いつつ 蒼太はその少女を横目で見遣った
「お嬢様・・・今のうちに」
皆があの青いドレスの少女に注目している間に
だれも こちらを見ていないうちに

「あれは・・・あのドレスの中よ・・・」

ざわざわと、人々の不安のざわつきの中 蒼太は眉をしかめた
震えながらうつむいて言ったサンドラは、もうそれきり黙ってしまって口を閉ざしている
(あのドレスの中?)
耳を疑ったが、彼女の様子からして嘘でもないようだ
敵に狙われている文書を隠したドレスを着ているのが怖くて、使用人に着せたのか
いつも近くに置いて守っていろという父親の命令に逆らえず こうして仕方なく使用人も連れてきているのか
(最悪・・・)
見遣ると、銃をつきつけられた青いドレスの少女は、男達の怒鳴るような詰問に ただ怯えて泣くばかりで
その様子を 人質となった客も、武装集団の仲間達も ただ見ているだけだった

考えなければならない
どうやって この場からあの少女を救い出すか
どうやって、この銃を持つ敵から 少女をつれて逃げだすか

まるで宙を睨みつけるように考えていた蒼太の耳に、突然 轟音が響いてきた
続いて壁が破壊された
爆風と炎の熱を感じたのはその後だった
悲鳴が上がる
爆風に吹き飛ばされた人たちが、別の人間に当たって 次々と人が倒れていく
「誤爆か?!」
「確認しろっ、お前達は動くなっ」
一人の男が青いドレスの少女の腕を掴んだのが見えた
だが、その声は 再びパニックに陥った客の騒ぐ声と、また続いておきた爆発音にかきけされていく
ホール入り口の側の壁が吹っ飛んできた
一部の天井が ガラガラと崩れて下にいた武装集団の男を下敷きにする
真っ赤な炎が、ロビーで燃え上がっているのが見えた
悲鳴が響いていく

「・・・っ」

誰も蒼太を見ていなかった
逃げ惑う人々の中 青いドレスの少女に手を伸ばす
怯えたような目が、蒼太を見つめ 一瞬でそれは救われたような 安心したような色に変わった
「目を閉じて・・・っ」
蒼太に 銃口が向けられている
少女の側にずっと立っていた武装集団のリーダー格の男が 突然現れた蒼太に向けて銃を撃った
恐怖心はない
この1年間 普段から 鳥羽に散々銃口を向けられてきた
あの人は気まぐれで本当に撃つから 撃たれる恐怖がもう麻痺したようで 今の蒼太は銃など怖くはない
身をかわして、男の手を蹴り上げる
男が少女の手を放したのを視界の端に捕らえて もう一発、足を払うように蹴りつけた
2発、銃が発射される音が聞こえた
周りで悲鳴が上がる
最初の1発が、腕をかすり肉を抉った
後の2発はまったく当たらなかった
この至近距離でこの程度の負傷で済むなら上出来だ
そのまま、痛む腕で少女の手を引いた
軽い身体が ぐん、と浮くように側へ引き寄せられる
「待てっ」
引き倒された男が起き上がりながら銃を構えた
と、同時に蒼太は腰に挿してあった銃を引き抜き その胸に一発撃ち込んだ

あたりは火の海で、入り口は天井がくずれて通れず、裏口は人で溢れていた
「血が・・・っ」
階段を駆け上がり上のバルコニーを目指す蒼太の腕からは、血がボタボタと落ちている
「血が・・・っ、まってください・・・っ」
蒼太にひっぱられるように後から走る少女の涙声が何度も後ろから聞こえてきた
だが、構っていられない
何としてもここから出なければ
青いドレスを着る少女を ここから連れ出さなければ
「まって・・・まって・・・っ、お願いまって・・・っ」
がくん、と
丁度3階のフロアに出た時 蒼太の腕にかかっていた負荷が大きくなった
振り返ると 少女がうずくまっている
「走って」
「待ってください、あなたの止血を・・・っ
 お願い 死んでしまいます・・・っ」
見遣ると 蒼太の腕から流れた血で、少女のドレスの袖も血に染まっている
「ああ・・・さすがに・・・気持ち悪かったかな、ごめんね」
それで、蒼太は苦笑して すすり泣いている少女の手を放した
辺りは静かで、まだここには火も届いていない
鳥羽が言った1時間が、そろそろ経とうとしている
少女が綺麗なハンカチを蒼太の腕にきつく縛った
痛みは ガンガンと蒼太を苛むけれど 今はそれどころじゃない
神経を張り詰めて 辺りの様子を伺う
喧騒は遠い
だが、このフロアにも僅かに人の気配を感じた

「誰かいる」

銃を腰のベルトに挿し込んだ
鳥羽に教えられた戦い方の一つに、銃を持たないというものがあった
ギリギリまで、銃を持たない
敵に、こちらが銃を持っていると知らせない方法
丸腰の無力な人間相手には、銃を持つ敵はどうしてもどうしても油断する
自分が圧倒的に有利だと思い込み、いつでも銃で殺せると認識する
その油断と甘さを利用して、最後の最後で銃を抜き殺す方法
それまで、両手が使えるから 何かを守りながら戦うときには有効だと 彼は言った
そして その戦い方は 蒼太にとてもよく合った
だから蒼太は、普段から ギリギリまで銃を腰のベルトに挿している

青いドレスの少女を庇いながら 蒼太がバルコニーのドアを開けると 外には何百という数の武装した兵士がいた
ドォンドォンと下で轟音が響いている
悲鳴と、怒声も更に一層大きくなった
「助けてくれ・・・っ」
そうして、
階下から 何人かの男達が3階へと上がってくる
だが皆、苦しそうに胸をかきむしりながら フロアへ到達することなく階段でバタバタと倒れていった
「ガスが・・・っ、」
呻く声が聞こえる
「あいつら・・・俺達まで殺す気だ・・・」
恨みのような呪いのような言葉を吐き出し 人は次々と死んでいく
熱風の吹き込むバルコニーへと駆け出ると、そこにいる兵士は皆 異様なガスマスクを装着して何か巨大なホースを担いでこの屋敷に押し入っている
(催眠ガス・・・)
それは、蒼太の組織が得意とする戦法だった
催眠ガスを撒き 圧倒的な力で 自分達の被害は少ないまま勝利することができる
周りを被害に巻き込むことを躊躇しない非道な方法
鳥羽の指示だろう
約束の1時間で 政府にこの準備をさせ 武装勢力の鎮圧にここに来たのだ
催眠ガスで人質もろとも殺す 合理的で非人道的なやり方
「助けて・・・っ」
苦しい、と必死の形相の女が3階の部屋から出てきた
「お嬢様・・・っ」
青いドレスの少女がかけよる
「助けて・・・」
早くも、3階にもガスが流れてきているのだろう
人の気配のあった別室には 空気を循環させる装置がついていたのかもしれない
「あなた・・・私のボディガードと言ったわねっ
 私を連れて逃げて・・・っ」
堪えぎながらサンドラは蒼太に懇願する
赤いドレスの女
今の蒼太には 何の価値もない女
「生憎、僕は青いドレスを守ってるんです
 それを着てるのはあなたじゃないでしょ?」
サンドラを心配気に助け起こしていた少女が ぴく、と蒼太を見上げた
ごめんね、傷ついた?
でも自分は、正義のヒーローでも何でもない
ピンチに都合よく現れて 何の理由もなく守ってくれるヒーローなんて、映画の中にしか存在しない
「あれを・・・あなたもあれを狙ってるのね・・・っ
 あげるわよっ、そのドレスの布と布の間に縫いこんであるから持っていきなさいっ
 そのドレスは私のものよ
 あれはあなたにあげるから私をここから助け出してっ」
サンドラが 少女の胸ぐらに掴みかかった
ガスを吸い込んで 頭がどうかしてしまったのかしもれない
組織で行った実験では、このガスを吸い100人中90人が死んだのだから
「お嬢様・・・っ」
「さぁ脱ぎなさい
 私にドレスを返してっ、私が着るわっ
 だから私を助けて・・・っ」
青いドレスの少女が床に押し倒された
そこへ銃弾が飛んでくる
「・・・っ」
とっさに、身をふせて 蒼太は少女の身体をかばった
視界の端に映る、さっき殺したはずの武装集団の男がこちらを狙っている
あの距離で撃って急所を外したのか
死んだかどうか確かめる暇はなかったが、まさかあれで死なないとも思わなかった
甘かった
武装集団なのだから、防弾服を着込んでいたかもしれないのに その確認をしなかった
「助けて・・・助けて・・・っ
 あんた達の欲しいものは あの子が持ってるのよっ、私は関係ないっ」
錯乱したようなサンドラの声と、銃声は同時に響き
ガクン、と
サンドラの身体が倒れたと同時に 蒼太は男の頭に銃を向けた
同じように自分に向けられた銃が火を噴くのが見えた気がして、だがその後 自分の意思ではない力で横に身体が傾いて 視界もずれた

「だめ・・・っ」

銃声が2発続いた
蒼太の撃ったものは、男の頭を撃ち抜き、男の撃ったものは蒼太には当たらなかった
「・・・っ」
かわりに、いつのまにか飛び出してきて、
銃を向けられた蒼太を突き飛ばすように庇った青いドレスの少女が 倒れていた
血が美しい青いドレスを染めていく

屋敷中にガスが充満すると 兵士達がなだれ込んできた
まだ生きている武装集団を拘束し、死体を運び出している
そんな喧騒の中 3階にゆっくりと上ってくる男がいた
「ゼロ、ターゲットはどうした」
「・・・ここに」
この、人を殺す威力のある催眠ガスの中 マスクもせずに平然とあるく鳥羽は 死体の中に立ち尽くしている蒼太を一瞥し、その足元に転がっている青いドレスの少女を抱き上げた
「行くぞ」
「・・・はい」
鳥羽の後ろをついて歩きながら 蒼太は何かやりきれない想いを必死に押し殺していた
なぜ、庇ったのか
なぜ、自分の命を賭してまで蒼太を助けようとしたのか
所詮 自分はあの少女を助けようとしていたのではなく、青いドレスに隠された文書を守っていただけなのに
はじめから、文書さえ無事なら少女など どうなっても良いと思っていたのに
そんな自分を助けてどうする
サンドラのように 自分が助かるために人を犠牲にすることに躊躇しない醜さの方がむしろ安心する
それが人だと思うから
綺麗すぎるものは、むしろ怖くて苦しくなる

二人は、喧騒の中 外に出て そのまま置いてあった車へと乗り込んだ
青いドレスを着た死体を後部座席に置き、鳥羽はタバコに火をつけると ゆっくりと車を発進させる
蒼太は助手席で、黙ったままうつむいていた
「帰ったらお仕置きだなぁ、ゼロ
 俺が教えたことをもう忘れたのか?」
「・・・すみません」
鳥羽のあけた窓から 冷たい空気が流れてくる
うつむいて、蒼太は唇を引き結んだ
この世界での鉄則がある
仕事相手に余計な感情移入をしない
仕事を遂行すること以外は考えない
ターゲットが何よりも優先
そして、仕事が終ればすみやかに撤退
「次はドレスを脱がせて ドレスだけ持ってさっさと脱出してこい
 わざわざ俺が迎えに行くのはこれが最後だ」
「はい・・・」
感情移入をしないのも、
仕事のこと以外考えないのも、
一人で情報を抜く仕事をしていた時からずっと 心に言い聞かせていることだった
考えても仕方がないんだから
自分は、他者の悲鳴を聞かぬふりをし、与えられたことをやり遂げなければならない
そのために ここにいるのだから

ホテルの部屋で、蒼太は壁際に立たされ 何度も、何度も、その身に強い電流を流され続けた
改良された強力なスタンガンから流れる電流に、火花が散る
「あ・・・ぐ・・・く」
全身が硬直し痙攣し、その後崩れるように床に倒れる
つま先から頭の芯まで 鋭く太い針で貫かれたような痛みに 蒼太は必死に、声を上げないよう歯を食いしばった
この罰は、鳥羽が好んで蒼太に与えるもので、捕らえた敵の拷問に使ったりすることもある
今までに何度も 容赦ない鳥羽の拷問のやり方を見てきたが、皆 痛みに気が狂う寸前までいたぶられ続けていた
蒼太も、この罰を受けるたび、思考が止まり ただ痛みだけを繰り返し感じて気が狂いそうになる
それでも、罰は終らず 激しい痛みにさらされる時間が何時間も続く
「それから、この程度で負傷するのは気が散漫してるからだ
 集中しろ
 最初の一発 撃たれる前に殺せ」
蒼太が立ち上がるのを待ちながら くるくるとその手にスタンガンを弄び 不機嫌そうに言った鳥羽は ガクガクと震えながら呻いている蒼太を冷たい目で見下ろした
「俺は無能は嫌いだ、ゼロ
 知ってるな?」
「は・・・い・・・」
声が掠れた
スタンガンの火花で あちこちに火傷ができる
武装勢力にやられた傷も、うずく
今にも気を失いそうになる
それを気力だけで必死に堪えている
今、気を失ったら 鳥羽の怒りはもっと強くなるだろうから
こんな罰も受けきれない自分など ここで捨てられてしまうかもしれない
「顔を上げろ、ゼロ
 せっかく可愛い顔してるんだ、苦痛に歪むのをちゃんと見せろよ」
無理やりに顔を上げさせられ、喉にスタンガンが当てられる
ゾ・・・とした
だが、それも一瞬
手元のスイッチで電源が入れられると同時に 声にならない悲鳴を上げて 蒼太は床に崩れ落ちた

その次の朝 目覚めた時 鳥羽は部屋にいなかった
テーブルの上の書置きに 2ヶ月間 銃の訓練所へ行けと書いてある
(・・・本気だったんだ・・・)
ようするに、2ヶ月間 ここに置き去りということか
ズキズキと痛む全身を抱いて 蒼太はそっとため息をついた
こうして今までに何度 彼の機嫌を損ねて置き去りにされたか
銃の腕が未熟なのも、仕事への姿勢が徹底できないのも、
何度も何度も 仕事のたびに指摘された
その度に 息苦しさを感じながら必死に感情を押さえ込んできた
だが、それでも鳥羽は納得しない
わかっているのだろう
無理矢理に感情をコントロールしようとして得た冷徹など、ただの仮面にすぎないと
それでは全く意味がないのだと
グラグラ、と
蒼太は書置きのメモを手にしたまま また床へと崩れ落ちた
彼の望むような、彼の役に立てるような人間になりたいと思った
何にも心を動かされない、プロ中のプロとして
自分はいつか、彼の隣に立てるのだろうか


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