ZERO-4 砂漠の香り (蒼太の過去話)


入院先の病院の個室で、蒼太は一通の手紙を眺めていた
あの城から脱出した後、負傷した腕と足の治療に入院して2週間がたつ
その間、この静かな隔離された病室で 蒼太は必死に感情をコントロールしようと努めた
揺れた王国
失墜した第4妃の一族
穢れた血の王子、騙されていた国民の怒り
色んな言葉が連日 新聞の見出しを飾った
それらから全て目を背け、考えないようにして蒼太はここで養生している

「考えても無駄だよ、事はもう起こってしまったんだから」

可愛かった王子、幼いのに良い王になるのだと日々勉強をしてすごしていた
健気だった王子、母の期待に応えたいのだと その愛に飢えていた
そなたは私の家臣だと言い、王は家臣を守るものだと 最後の最後まで身を張って助けてくれた
そして、蒼太のかわりに銃に撃たれて死んだ

「考えても無駄」

手元の手紙に視線を落とした
依頼人からの礼状、報酬の振込みが完了したことの知らせだった
体温が下がっていく気がする
ドクン、ドクンと鳴る自分の心臓の音がうるさい
高額な報酬が支払われるのだから当然、誰かがそれによって得をして、誰かがそれで身を滅ぼすのだ
わかっていたこと
わかっていて、受けたのだから
その仕事がもたらすスリル、興奮、そして新しい世界
それを求める心に、蒼太は抗うことができないのだから

ため息をついた
誰かが、王子は死んでよかったんだと言ったのが聞こえた
あのまま生きていたら、地獄だったろうと
世間の非難の声に、死ぬより辛い目に合っただろうと
(そんなの・・・わからないよね)
あの真摯な目をした王子が、偽りの血、穢れた王族と罵られ 死を選ぶか
それに負けずに生きていくか
それは、今となってはわからない
王子ならどうしたか、など 考えても仕方のないこと
(甘いな・・・僕も)
苦笑した
最後、あのとき ここに残って世間の非難にさらされる王子を連れていこうとした
連れていって外の世界で、別の人間として暮らせばいいと 思った
「君も来るか?」
なぜ、そんなことを言った
仕事で出会う人間は皆、人と思って接してはいけない
道具なのだから
仕事を成功させるための、ツールなのだから
感情移入などもってのほか
そんなことを考えている暇があったら、少しでも効率よく仕事を終える道を探せ

(わかってるはずなのに)

心を殺して、無駄なことを考えず、ただ淡々と作業をすればいい
いつもマシンの前でやっているように
あの時 マシンの向こう側の人間のことなど考えないのだから
自分以外は全てモノで、現象にすぎない
そんなものに、余計な感情を持つことなど、ない
なぜ、マシンの前でできて、実際に人を前にするとできないのか
一緒に来るか、など
バカげている
連れて帰ってどうするつもりだったのか
あんな小さい子供を、自分が育てられるとでも思ったか

「バカだな、僕・・・」

目を閉じて、心を閉ざした
考えるのは もう止めよう
忘れてしまおう
そして、別の仕事のことを考えよう

気分転換に、病室にパソコンを運び込んで 蒼太はいくつかのハッキングの仕事をこなしていた
蒼太が好んでやるような 一流企業相手は この環境と今の自分の状態では相手にできなくて
それで適当にリハビリみたいに二流企業を相手にする
相手のすきを突いて進入し、ロックプログラムを破って、情報を抜き取り、破壊ワードの置き土産をして帰ってくる
知らない間に企業は大切なものを失い、
蒼太には報酬が入る、そんな遊び

「・・・ゼロ、まだ治ってないんだから無理はするな」
「毎日が退屈で死にそうですよ」

遊びは、蒼太に何ももたらしてはくれなかった
安全な病院の一室でキーボードを叩いているのも
ものの3.4時間ほどで破れるシステムも、つまらなくて
スリルも興奮も、新しい世界も もたらしてはくれなくて
ここで何十社という数の企業の秘密を奪ったって、つまらないだけだった
一度 命ギリギリのスリルを味わってしまうと、もう
他では足りなくなっていく
部屋の中でマシンを前にしているだけでは 満たされなくなっていく

「治ったら渡そうと思っていたが、暇なんだったら目だけ通しておくか?」
「何ですか?」
「危険な仕事だから病み上がりには向かない
 でも君が受けるというなら 間を取り持ってくるよ」
新しい仕事の依頼だ、と
渡された紙には、アドレスが書かれてあるだけだった
「これは?」
「ここにアクセスしてくれって、それだけ言っていたよ
 依頼主は麻薬を扱ってる会社のボスだ」
その言葉に、蒼太の中で何かが動いた
つまらない入院の日々
身体が、心が腐っていくような感覚
何かをしていないと 嫌なことを思い出すから
何か別のことで 頭をいっぱいにしておきたい
「わかりました、アクセスしてみます」

そのサイトは、アクセスした途端蒼太を取り込んで 闇の中に引きずり込んだ
低階層に引きずり込まれながら、様子を伺う
こういうタイプのトラップを 昔組んだことがある
抜け道が多数あって、そのどれもが違う場所へと続き 迷い迷わせ出られなくする
(・・・得意なんだよね、このタイプは)
こういう、人を翻弄させるものを作るのが、蒼太は昔から好きだった
そして、だからこそ こういうタイプのトラップには強かった
ものすごい勢いで流れていくプログラムの文字列を追いかけながら 出口を探す
(面白いな・・・)
作った人間はどんな人なのだろう
この仕事の依頼主が作ったのか、または誰かに依頼して作らせたのか
最初から200の選択肢があり、それぞれが600に別れて、うち400はループ、うまく抜けても次には8000の道が用意されている
一見通れそうに見える道の全部がループ、200回通れば1度だけループ解除のものがある
60週目に現れる601番目の道、100のダミー、300の行き止まり、1200の道は2分に1度姿を変える
1度も間違えずにストレートにやったって、抜けるのに3日はかかるだろう
アクセス後10000秒で消滅する道があるのに途中で気づいて 今何秒だったかと苦笑した
久しぶりで腕が鈍っているのか
それとも病み上がりでいつもの力が出せないのか
(いつもなら時間、感覚でわかるのにな)
脳内で、カチカチと秒読みが始まる
求めているスリルが ぞわっと背を抜けていく気がした
そう、こういう感覚
この先に何があるのか、好奇心を満たしてくれる世界
期待を裏切らないシステム、
頭を使って技術を総動員して、考えて考えて考えて突破する楽しさ
こういうのを求めている
こういうのがなければ、生きているという気がしない

3日目の晩、蒼太は暗闇の世界から抜け出した
ピ、という音の後 一枚の写真が表示される
どこかの大地、草が枯れて砂が黄色っぽい、そんな場所の写真
「これをどうしろっての?」
好奇心がうずいた
疲労など感じない
まだ依頼内容も教えてもらっていないのに、あのシステムを破った次はどこの何かもわからないような1枚の写真
相手は自分に何をさせたいのだろうと思った
推測に、ゾクゾクとした
この先に、新しい世界が広がっている気がする

それから2日間、蒼太はベッドの上で写真を見て過ごした
砂漠だろうか、それとも荒野か
どこの国だろう、
枯れた草花の種類を割り出し、それが生息し その後枯れるような気候の地方を探した
南の砂漠、それとも西の山か
(草だけではわからないなぁ・・・
 もっと動物とか写ってたらわかりやすいんだけどな・・・)
寝返りをうって考える
また 何度も見た写真を見つめた
砂、石、岩、草、小枝、黒い石、黒い何か、
「これ何だろ・・・死体?」
黒い石と、その横に黒い何かが見えるのだけれど それが何かよくわからない
動物の死体なら、何の動物かわかれば手がかりになるのに
黒い石は、火か何かで焼けた跡だろうか
それとも、何かで色がついたのか
(荒いんだよね、この写真)
うーん、と唸りながら蒼太は小さくため息をついた
楽しい
楽しくて仕方がない
身体さえ治れば、すぐにでもこの場所を探しに行きたいくらいウズウズしている

それから2週間後、蒼太は退院した
怪我も完治し、写真の場所にも見当はついている
毎日毎日眺めて考えたあの写真の場所
ある日、ふと、地面の黒いものが 石や死体ではなく空を飛ぶ鳥の影だと気がついた
どれくらいの高さから飛んだら こんな風な影ができるのか
こんな場所に生息する鳥は何なのか
手がかりを元に調べて ようやく見つけた場所
謎ときは楽しくて仕方がなかった
怪我が治るまでの間の、いい気分転換になった
これから、その場所へと向かう
南の、砂漠へと

(暑い・・・・)
着くなりへばりそうになりながら 蒼太は身一つで砂漠の中にある空港に降り立った
交通手段は車のみ
砂にまみれたコンクリートの道をデカいタイヤで強引に走る
そんな光景にあきれながら とりあえず一番にぎわっているという中央の街を目指すことにする
砂漠といっても、こうして人の手が入っているから旅をするのが不可能ではないようだが、
それでもこの日差しに倒れる者は少なくなく、
雨が降らないとすぐに、水が不足し争いが起きるようだった
(・・・さぁて、どうしようかな)
空を見上げると、目がおかしくなるような色、真っ青
綺麗だと思いつつ、青ってなんて毒々しいんだろうと感じた
あまり好きな色じゃない
自分の名にもついているけれど、青は危険信号だ
赤を更に上回る危険、冷たい色
ああでも、それなら自分にぴったりかな、と
蒼太は苦笑して 目を閉じた
喧騒の中、たった一人
たった一人を自覚して、少しほっとする

だんだんと、一人を好むようになり、他人を煩わしく思い始めている気がする

「よく来てくれた、おまえがゼロか」
中央の町に着いた途端、蒼太は一人の男に迎えられた
「私はドルマ、この町の支配者だ」
「ゼロです」
恰幅のいい、年配の、いかにも悪者面のその男は 周りに可愛らしい少年を何人かはべらせている
(・・・男色なのかなぁ・・・)
見るからにそんな感じだと思いつつ、蒼太は例の写真を印刷したものを差し出した
「すまんな、お前を試させてもらった
 私は今 プログラムを破壊できる人間を探している
 なかなか試験にパスするものがいなくて困っていた
 プログラムは突破しても、ここまでたどり着かない者も多くてな」
(技術屋はあまりアクティブに動かないからね・・・)
部屋でマシンを相手に一生を終えるタイプが多いから、と
蒼太は笑って 相手を見た
「僕は合格ですか?
 では、仕事の話を聞かせてください」
飢えていた、スリルに
身を焼くような興奮に
まだ知らぬ新しい世界に
「ではまず屋敷へ来てもらおう
 そこでゆっくりと話をしよう、外は暑くてかなわない」

案内された場所は 町の中心にある巨大な屋敷だった
さすがに、自分でこの街の支配者だと言うだけはある、と
蒼太は金銀に装飾された家具を見て苦笑した
ゴテゴテのピカピカは見ていて目が痛くなる
しばらくはここに滞在してくれ、と通された蒼太の部屋も ゴテゴテしい飾りがいっぱいだった
(落ち着かないなぁ・・・)
今まで シンプルな病室にいたから余計 この差はきつい
目によろしくない
「失礼します、ゼロ様」
世話係についた少年が二人 茶を運んできた
冷たく冷えた茶が、高価そうな器でユラユラ揺れている

その晩の食事の後、ドルマの部屋へ呼ばれた蒼太は 世話係の出してきた服を着てでかけていった
この国の伝統の服、というよりは ほとんどドルマの趣味なのだろう
高級なシルクに色とりどりの糸で刺繍が施され、袖や襟にキラキラと輝く宝石がついている
「夜着ですから、どうぞ楽になさってください」
「え、これ着て寝るんですか・・・」
呆れた蒼太に、世話係の少年達はマジメな顔をしてうなずいていたっけ
そのままの格好でいいからといわれ、廊下を歩きながらため息をつく
仕事の内容はまだ聞いてないからわからないけれど、この世界に
ドルマのきらびやかな世界に、早くも疲れ始めている自分がいる

ドルマが語った仕事内容は 簡単に言うと麻薬取引のルートを調べてほしいというものだった
古くからのライバル組織が 近々大きな取引をするらしく、その場所を特定してほしいとドルマは言った
特定して、相手の利益を奪うのか
それともこの機会に相手を潰しにかかるのか
(それは僕には関係ないけど)
「わかりました、引き受けます」
「報酬は500万ドルでいいな」
「はい」
いくらでも、と
心の中でつぶやいて 蒼太は契約書にサインした
200万ドルとか500万ドルとか 蒼太にはそんなものどうでもいい
口座のお金が勝手に増えていくだけ
自分はいつも カード一枚で必要なものだけ買うから、あまり金を意識したことはなかった
他に考えることが いくつもあったし
「ところで、ゼロ
 おまえは宴は好きか?」
「宴・・・?」
「おまえとの契約を祝して 宴を開こう
 皆を呼んでこい、ゼロ おまえはそこに」
今から?と
思いつつ、蒼太は進められたソファに腰掛けた
赤い布が張ってある美しいソファ
金の縁取りに、緑の宝石が輝いている
(んー・・・麻薬って儲かるんだな)
一度 興味で手を出したことがあるけれど、あまりいい思い出はない
「そんな日本に出回っているようなケチなものは麻薬とはいわない
 上質のものは選ばれた者の嗜好品だ
 ゼロ、おまえにもそれを教えてあげよう」
新しい世界を、と
言われて蒼太はうなずいた
部屋に入ったときから ここに漂っている香りに 実はさっきからとても気分がいい
これも薬なんだろうな、と思いつつ
抗えず ソファに身体をあずけ 蒼太は宴が始まるのを待った

美しい年上の少年が 薄布を身につけ舞い踊り、可愛らしい年下の少年が酒をついだり、香を焚いたり世話をやいた
上質の音楽が 絶えず奏でられていて、ここはまるで夢の世界のようだった
いつしか、目の前で 少年達がドルマに奉仕を始めれば
他の者達は 互いに抱き合い交尾を始めて声を上げる
ボンヤリ、と
その様子を眺めている蒼太の足元にも、少年達がかしづいた
やがて 薬で思考が濁り、手足を動かすことができなくなった蒼太は 漂うような意識の中 何人もの少年達の手によって奉仕を繰り返され 達した

「・・・とんでもない宴だったなぁ・・・」
朝、気づくと自分のベッドに眠っていた蒼太は まだ頭にガンガンと残る薬の余韻に顔をしかめた
自分は麻薬というものとは相性が悪いのだろう
昨日のは、確かに気持ちがよかったけれど翌朝これだ
この頭痛はひどい
まるで冷たい金属の棒で頭を殴られ続けているように痛む
「おはよう、ゼロ」
「おはようございます」
「今夜もおまえを宴に招待しよう」
「・・・ありがとうございます」
心の中で勘弁してくれと思いつつ、蒼太は微笑してグラスの水を喉に流し込んだ
あんな風に毎晩のように麻薬の香の中に身をおけば、いつか薬漬けになるのだろうか
それなしでは生きていけないような身体になるのだろうか
(彼はそうは、見えないけど)
どちらにしろ、このお誘いはあまり歓迎できなくて
未だ薬の抜けきっていない蒼太は、食事もあまり取らず しばらくドルマと話した後自室に引き上げた
まだ頭がボンヤリする

3晩 宴が続き ようやく開放された後 ドルマはフラフラの蒼太に1枚のメモを渡した
「なんですか?」
「奴らの取引の場所が決定したらしい
 君には明日からルート割り出しに入ってもらう」
「・・・わかりました」
結局 その宴は敵がルートを決定するまでの暇つぶしだったのかと思いつつ、蒼太は 気絶こそしなくなったものの 未だに薬とは相性の悪い身体を引きずって 部屋へと戻った
少年達は、どれもこれもよく教育されていて、
見た目も奉仕の腕も 皆素晴らしかった
(だからって、僕は別に男色じゃないからなぁ・・・)
されれば、身体の構造上勃つし、いくのだけれど
やはり こういう行為にあまり盛り上がりを感じない
薬でフラフラになっているから余計、わけのわからないままに全てが終わるという感じがする
「なんにせよ・・・宴は終わり、ようやく仕事だ・・・」
ベッドに倒れこみながら 蒼太はつぶやいて目を閉じた
麻薬も、男色のドルマも、宴も、少年達も 知らなかった世界
新しい経験は蒼太の好奇心を満たす
ここは 期待外れの場所ではない
だからこそ、これから先何がおきるのかと、楽しみで仕方がない

次の日から、蒼太は用意されたマシンで敵方にアクセスを試みた
ドルマが試験で使ったようなトラップをかいくぐり 次々と扉を開けていくと途中で人の気配を感じた
プログラムの中に人の気配を感じることが、時々ある
相手が必死にブロックして次々と新しいトラップを送り込んできているときや
壊された場所を修復しているとき
そんな時に、向こうがバタついてるな、と感じる
実際に顔が見えるわけではないけれど、潜る人間にだけはわかる
そういう種類のもの
トラップを突破しながら 蒼太はそれをずっと感じていた
慌てているのでも、必死なのでもない
リアルタイムにトラップを仕掛けてくるのでもなければ、こちらを破壊しようとしかけてくるのでもない
ただ、じっと見ているような
監視されているような、そんな気配だった
何か気味の悪いものを感じながら 蒼太は一人マシンに向かい続けた

何度もはじかれて、そのたびにやり直し
突破したと思ったら、いつの間にか退路を立たれて身動きできなくなって強制脱出したり、と
蒼太は1週間 相手のシステムと戦っていた
完全に、向こうが上だ、そんな気がする
一体どんな人間が作ったシステムなのだろう、と
もう丸2日 ひそかに少しずつ進みながら 蒼太はそのことばかりを考えていた
あの監視するような気配も、途切れない
相手はすぐ側で、見つめている
そんな気がする
「・・・どんな人間なんだ・・・こんなもの作る人って」
いつも、蒼太は最後には相手を負かしてきた
一つのシステムを攻略するのに 何時間も何日も何週間も戦って ようやく勝ったことだってある
だが、どれだけ苦戦しても
どれだけ時間がかかっても、いつも勝者だった
凄い人に会えば会うほど、素晴らしいプログラムを見れば見るほど
蒼太は影響され、成長し、あらゆるものを吸収していけた
だが、
今は違う
必死に追いかけても追いつかず、
壊そうとして逆に壊されてしまったり、捕らえようとしていたのにいつの間にか 自分が逃げなくてはならなくなっていたり
「・・・ダメだ、強い・・・」
時間が経てば経つほど 相手の凄さを思い知らされた
そして、1週間目の夜中 蒼太は出ることのできないループの罠に引きずり込まれた
(しまった・・・・)
全身に緊張が走る
出られない=こちらの情報を抜かれてしまう
そうなったら、自分を雇ったドルマの情報も相手に漏れるだろう
麻薬なんてものを扱う組織同士、血をみる争いになるのは目に見えている
全神経を研ぎ澄まして、必死に画面をにらみつけた
流れていく文字列が端からチカチカと点滅していく
呼吸を忘れた、瞬きも忘れた
身を満たすたまらない感覚に、じわじわと犯されるのを感じた
こんな場面で たまらない興奮に、震える

何時間、キーボードを打ち続けていたのかわからなかったけれど、いつのまにか蒼太は罠を抜け出していた
「はは・・・・・は」
指の感覚がもうない
頭もボゥ、とする
あの ずっと感じていた人の気配も消えて 画面の前に一人 蒼太はしばらく動けずに座り込んでいた
身体が震えている
背中を冷たい汗が伝っていった
敗北感というよりは、枯渇感に似たもの
それを、強く強く感じた
あんなに感じたのは、多分はじめてだと思う

次の日、おそるおそる再アクセスした蒼太は、昨日までとは全くレベルの劣るシステムに迎えられた
「・・・はぁ?」
一瞬 アクセス先を間違えたのかと思うほど 気の抜けたシステム
いや、たしかに一流のものだけれど、1週間以上も蒼太を翻弄した挙句 あんな風にいとも簡単に罠に引きずり込みいたぶっていったものと同一だとはとても思えない
それに、あのずっと付きまとっていた人の気配もない
何だったんだろうか
1週間も、不眠不休でやっていたから気が変になって幻でも見たのだろうか
疲れきっていたから、この程度のものにも苦戦していたのだろうか
「まさか・・・」
つぶやきながら、半信半疑で最後の扉をあけて情報を抜き取った
最後まで油断しないよう気を張って回線を切ったけれど、結局最後まで何も起きなかった
期待したような、あのこちらのまったくかなわない力が、現れることはなかった

もの足りなくて、枯渇する
あれを知ってしまったら、他の何ものも、代わりになれない

蒼太の情報を元に、ドルマは攻撃の準備を始めた
「お前の仕事はここまでだ
 報酬はもう振り込んだ、あとは好きなときに出ていくといい」
決戦は10日後
「ここが気に入ったなら飽きるまでいればいいがな」
望むなら、宴をはじめよう、と
彼の言葉に無言でうなずいた
枯渇している
翻弄されて、踊らされて、傷跡をつけられて捨てられたような気持ちになっている
飢えている
あれほど震えた経験はない
あれほどに感じたこともない
一体、どんな人が作ったのか
あのとき そこにいたのは誰なのか
「震えるのが止まらないんです・・・」
欲求が身体の底から湧き上がってくる
もう一度、もう一度
あのプログラムの中へ入りたい
神経をすり減らしギリギリの感覚で まるで命のやりとりをしているかのようなスリルを味わいながら欺き、翻弄され、かわし、誘われ、壊し、壊されて
最後には逃げられない闇に引きずり込まれる
思い出しただけで、昂ぶる身体に、熱がうずく

「あなたの相手をさせてください・・・」
麻薬の香に 頭がぼんやりしてきた
それでも、この求める感覚は消えなかった
「お前がか?」
「僕ではお相手はつとまりませんか?」
壊れたいのか
壊されたいのか
何かそういう意識が沸き起こってくる
翻弄された1週間という永い永い時間
感覚がおかしくなって、気も変になって、どこかで何かが切れたのだろうか
消えない疼きだけを残して消えたあの気配に、もう一度会いたい
触れたい、触れてほしい
壊したい、壊してほしい
ギリギリのやりとりを、またしたい

ドルマの身体の上に乗り 蒼太は自分で身を沈めた
鼻をくすぐる香油をたっぷりと塗りこまれたおかげで痛みはない
ぐぷぐぷと沈んでいく身体に
ドルマのものを飲み込み 裂けそうな身体の圧迫感に 蒼太は喉を反らせて震えた
この見えない影に与えられた欲求不満を、身体の欲求に摩り替えて
偽りの肉棒で埋めよう
自分を騙して、望みを抑えよう

ドルマとのセックスは10日間続いた
夜になると彼を誘い 身体中に香油を塗りたくられてよがり喘いだ
太い指を何本も入れられ ぐちゃぐちゃに犯されて何度も果てる
その肉棒は熱く まるで蒼太を内側から焼くように中をこすり上げて開放を誘った
気が狂いそうになるほど、何度も何度も繰り返した
あの気配を、
あの昂ぶりを、
忘れられるまで続けた
10日後、ドルマが部下を引き連れて仕事を片付けに出た時も、蒼太は彼の部屋で一人 ぼんやりと宙を眺めて横たわっていた
もっと、もっと、
この程度では満たされない
枯渇した何かは、戻らない
引っかき傷みたいなささいな傷が、痛む
誰かが蒼太を翻弄し、捨てたあの夜が忘れられない

ドルマは、2日たっても帰ってこなかった
蒼太は相変わらず、麻薬の香の満ちた部屋で 一人うつろな目で横たわり、
屋敷は不気味なくらい静かだった


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理