ZERO-3 黄金色の王国 (蒼太の過去話)


日本に戻った蒼太は、マンションを借りて生活していた
一応、高校を卒業し 家を出た時から 世間的には大学へ進学していることになっている
ついでに、長年世話になった親戚には、毎月仕送りを欠かしていない
(実際、相場ってどれくらいかな・・・)
自分の口座には 普通ではありえない金額の金が振り込まれていて、
世間の大学生がバイトをして生活をし、更にその中から親に金を送る場合の相場なんて よくわからなかった
だからなんとなく、の感覚で 月10万円 自動的に義父に振り込まれるように設定している
大学には システムに介入し 一括管理されている出席表や成績表を操作して単位を取得し、
通ってもいないのに 毎日授業に出ているかのようにデータを改ざんした
あたかも、最上蒼太という人間が、ごく普通に学校生活を送っているかのように作り上げている

「まぁ・・・親には心配をかけたくないので」

本当の子供でもない自分を 愛情豊かに育ててくれた義理の父母にはとても感謝している
彼らの保護がなければ 自分は生きていくことすらできなかった
だから、せっかく育てた子供が 突然いなくなるなんて絶望を与えたくない
恩に報いるために、今さら自慢の良い子を、心配の種にしたくない
それで、家を出た後も 大学に通いながら割のいいバイトをして、普通に暮らしているフリをしている
実際、連絡は月に一度程度
大抵は母親の携帯に 元気にやっている というメールを流すくらい

「マメだな、日本人っていうのは」
「そうかもしれませんね」
新しいマンションの近くには、裏の情報が集まるバーがあって、最近蒼太はここに入り浸っている
携帯の 送信しました の画面を見つめながら 店の人々の様子に意識をやった
外国人も多く集まるこの店では、まず一般人は見かけない
普通のサラリーマンに見えても、怪しげな薬を扱っていたり
綺麗なお姉さんでも、名の通った殺し屋だったりする
(日本も物騒だね・・・)
特に、用があるわけではなかったけれど、ここにいると色んな人種と知り合いになれ
色んな情報が手に入った
この間は、顔見知りの男に、新しいドラッグだといわれて 好奇心で試してみたっけ
その後 気持ちよくなるどころか嘔吐して、2日くらいは調子が悪かったものだけれど
「ゼロ、それで、あの話は受けてくれるのか」
「来週、母親の誕生日なんです
 一応 プレゼントを贈っておきたいので、その後でよければ」
目の前に座った男は、蒼太の どこか気のない様子にやきもきしたように、身を乗り出してきた
昨日、ここではじめてあった外国人で、綺麗な英語を話す男だった
ゼロに会いたいと店に入ってきて、バーテンに案内されて蒼太のところにやってきた
開口一番 若いな!と叫んだ彼は 気さくな性格なのか依頼内容を話しながら 自分だけ酔っ払ってご機嫌で帰っていった
そして今夜もまた、こうして蒼太の前にいる
「一週間後でかまわない
 報酬は200万ドル、これでオーケーならサインしてくれ」
「わかりました、僕の口座は後で連絡します」
200万ドルとはまたケタ違いな、と思いつつ
いつものように 報酬はどうでもよかった
今回の依頼、西の王国の、王族のスキャンダルを盗み出すこと
データ化されていない古い記録を持ち出してほしいと言われて、その内容にOKを出した者はいなかったらしい
(そりゃそうだよね・・・実際に行くのと自宅でマシン使って抜いてくるのとではリスクが違いすぎるよ)
そもそも 王族の秘密をどうやって盗んでこいと言うのか
城の中にコソ泥のように侵入してこいというのだろうか
古い城ならセキュリティなどないに等しく、企業のビルに入るより難しくはないだろうけれど
だからこそ、そんな場所には無駄に人を配置して、
無駄に旧式の鍵をたくさんかけて、
奪いにくくしているだろう
加えて この報酬
200万ドルも出すというのだから、それはそれは大きなスキャンダルなんだろう
それこそ、国を揺るがすような

1週間後、蒼太は義理の母親の誕生日プレゼントに花を贈った
学校とバイトが忙しくて直接渡しに行けないのをメッセージカードで詫び、
こちらは元気ですと 当たり障りない近況を付け足した
(さて、行くか・・・)
そして、その足で空港へ向かう
その頃にはもう 頭の中は仕事のことでいっぱいだった
平穏な日常など、今の蒼太には偽りの世界でしかない

飛行機で何時間もかけてついた街は、活気のある港町だった
港からまっすぐに続く道を歩けば大きな公園があり、さらにその道をまっすぐに行くと小高い丘の上に城がある
高い城壁、広い庭、古い造りの城、それらを守る沢山の人間達
ざっと街を車で走って様子見した後、蒼太は今回の拠点となるアパートを訪ねた
「久しぶりだな、よくきてくれた ゼロ」
快活な声が飛ぶ
日本のあのバーで、蒼太にこの話を持ちかけてきた男が 部屋の主だった
ここでの仕事の間は、彼の部屋を拠点としろということらしい
(他人とずっと一緒は嫌なんだよね・・・)
前の仕事を思い出して、蒼太は内心苦笑しながら とりあえず今度は適当に歩いてくる、と部屋を出た
アパートは公園から近く、昼間の今の時間 公園には色んな人がいた
店もいくつか出ている
ベンチに座って、眺めてみた
ここからも見える大きな城
事前に調べたところでは、王の4人の妃がそれぞれ権力争いをしていて、世継ぎ問題でもめている
そんな話ばかりが目についた
正妻には姫しかおらず、残りの妃には王子がいる
だったら年の順で王位継承すれば良いものを、最近妃になった第4妃の家が 今一番に権力を持っており そこの一番幼い王子を継承者に、という声が城の内部で高まってきているようだった
(妃を4人も抱えるから もめるんだよ)
そんな 元々ドロドロした城の中、探せばいくらでも秘密はあるだろう
その中でもとびきりの秘密
第4妃の秘密が書かれた文書を盗み出してきてほしい、と
今回の依頼はそういうわけだ
まずは、城の中に入らないと始まらない

その日から、蒼太は図書館で城の建築設計図を探したり、歴史を辿ってみたりしてこの国についての知識を深めていった
と同時に、毎日 日が暮れるまで公園のベンチに座って過ごした
「君、いつもここにいるね」
暇なの、と
そんな蒼太に ある日 男が声をかけてきた
見慣れたエプロン姿
この公園でアイスクリームを売っている店主
「暇なんです、休暇中でやることがなくて」
笑って答えた蒼太に彼は嬉しそうに隣に座り話し始める
うちの店のアイス食べた?
何味が好きだった?
実はうちの店は王子にもひいきしてもらっていて、時々城に配達に行くんだよ
ストロベリー味は王子様のお気に入りなんだ
(うん、知ってる)
にこ、と笑って あいづちをうちつつ店主の話を聞いて 蒼太は適当に話を合わせた
ここのところずっと考えていた
城に入る方法
一度や二度 忍び込むことはできても、それだけじゃ見取り図はできない
図書館の文献では完全な見取り図などできはしなかったから、どうしても何度か実際に行ってみなくてはならなくて
それで この公園のアイスクリーム屋に目をつけた
毎日 主人だけで営業しているわりにとても忙しそうで
時々長い列ができてたりする
2度ほど 蒼太も買って食べてみた
こんないい天気の日には、外でアイスクリームなんて のどかすぎて笑えてしまったけれど

「暇なんだったら、休暇の間だけでもいいから、店を手伝ってくれないか?」

店主は、蒼太の計算通りの台詞で身を乗り出した
ここで働いて、城の配達に行ければ自然に中に入ることができるだろう
入ってしまえばこっちのものだ
店主自ら こうして手伝ってくれと頼むのだから怪しまれずに城へ行くことができる
彼はたまたま、公園で暇そうにしている男に声をかけたのだから
突然やってきた、身元のわからない男に 店で雇ってくれと言われるより余程スムーズに話が進む
「いいですよ、楽しそうですね」
そして、その日から 蒼太はアイスクリーム屋でバイトをしながら城の様子を伺った
4人の妃の実家についてネットで調べたり、王族をとりまく噂をまとめてみたり
夜、公園に集まってくる柄の宜しくない人種に それとなく探りを入れてみたりして

「ゼロ、悪いけど城まで配達頼んでいいかな?」
「はい、いってきます」

思ったより早く、最初の日がやってきた
蒼太がバイトを始めて4日目のことだった
王子が好きだというストロベリーと、バニラの箱をボックスにつめて教えてもらった道を行く
でかい城壁の前で 警備の者に出入り口を聞くと、裏手へ回れと教えられた
(人の守るセキュリティは穴だらけ・・・と)
どんなに人を多くしても、人の目は完璧ではない
記憶もあいまいになり、いつか忘れる
見ているつもりでも、見落としているものも多い
こんな古めかしい城がハイテクのシステムで守られている方が違和感あるけれど、
大変な秘密があるんだったら それこそもっと慎重に守らなければ
こんなに簡単に入れては意味がない
人数だけでは、宝も秘密も守れはしない

裏口の門番に中へ通してもらった蒼太は、厨房へ配達する前に裏庭を少し見て回った
手入れされている部分と、手入れされていない部分がある裏庭は、石の像がところどころに建てられていて微妙な雰囲気をかもし出している
(荒れてるのか これがセンスなのかわからないなぁ・・・)
思いつつ、辺りを見回すと 人気のないさらに奥の方から馬の嘶く声が聞こえてきた
続いてダンッ、ダンッという地響きに似たもの
とっさにそちらへ駆け出して 蒼太は不自然に立っている巨木の向こう
前足を天に突き上げるようにして暴れ嘶く馬の姿を見た

(・・・馬・・・?!)

記憶を辿れば 乗ったことが一度だけあった
中学校の時のキャンプか何かの体験学習
それ以外には乗馬なんてしたことがなかったけれど、見やると馬の背にしがみ付くようにして少年が乗っている
あまりの恐怖に声が出ないのか、ぎゅっと目をつぶって全力で鬣を掴んでいる
それを振り払おうとしているのか、馬はますます暴れだし 辺りの草花を踏み荒らし散らしていく
(どうしてこんなところに馬が出てくるんだ・・・)
思いつつ、タイミングを見計らってその背に飛び乗った
揺れる馬上で手綱を握ると思い切り引く
「・・・っ」
驚いて顔を上げた少年の頭を押さえ 低くさせて 足で馬の腹をしっかりと挟む
力を入れて なんとかコントロールしようとした
声を出して、調子を整える
1分間近く、そんな風になだめていると やがて地団駄を踏むようだった馬の足が少しずつおだやかになっていく
そしてやがて、馬は完全に止まった
(やれやれ)
ぽんぽんと、馬の首筋を軽く叩いて もう大丈夫なのを確認し、蒼太は馬上からおりると まだ震えている少年を抱き下ろした
「大丈夫ですか?」
問われて、まだ10歳くらいの少年は 蒼太を見上げて目にたまった涙をふいた
汚れた服を着ているけれど とても可愛らしい少年
彼はきゅ、と唇を引き結び 涙を拭くと頬を染めて言った
「大丈夫だ」
気丈な目が きっと蒼太を見つめる
「私は未来の王となるものだ
 そなたは王の命を救った、ありがとう、感謝する」

ドロだらけの汚い格好をしているから、てっきり使用人の子か何かと思っていた蒼太は、突然のことに心の中で苦笑した
「王子様だったんですね、僕は公園のアイスクリーム屋です」
にこりと笑って 蒼太は裏口の側に置きっぱなしにしてきたアイスの箱を指差した
「こちらに配達に来たんです」
「そうか・・・っ、私はあのアイスクリームが大好きなんだっ」
キラキラと輝いた目をした王子に、蒼太は笑って アイスクリームの箱を差し出した
「毎日来いというのに、アイスクリーム屋は忙しいといって毎日来てくれないのだ」
「うちのお店は大人気ですからね」
「城にはアイスクリームを作れる者がいない」
「じゃあ、僕をここのデザート係にしてください、王子
 お城で働くのが子供の時からの夢だったんです
 僕が来れば、王子も毎日アイスクリームが食べられますよ」
蒼太の言葉に 王子はみるみるうちに顔を輝かせ、目をキラキラささせて身を乗り出した
「僕に、王子を助けたご褒美をください」
そうして、にっこり笑った蒼太に、王子は嬉しそうにうなずいた
「わかった、そなたを私の家臣にし、デザート係に任命するっ」

まるで王様ごっこだな、と思いつつ
王子の一言で 厨房の者達も皆 興味ない様子で蒼太を受け入れた
(ろくに身元調査もしないで人を入れるのは危険ですよ)
心の中でつぶやきながら、仕事場へと案内されるのについて歩く
すれ違う人間の目が、皆 冷たく濁っているのに妙な気持ちになった
ここにいる人たちは皆、死人のようだ
体制が腐っているのだろうか
蒼太には、そんな状態の方が都合がいいのだが、
キラキラした目で蒼太を自分の家臣にすると言ったあの幼い王子が気の毒に思えた
こんな場所で過ごしていると、あの王子もいつか こんな死んだ目になってしまうだろう

1週間、蒼太は一日に3度アイスクリームを作って食事の後に出し、その他は城の中を歩き回って調べ倒した
見取り図は、もう頭の中に描けている
貴重な文書を大量に保管してある部屋も見つけた
あとは、そこに入り込んで人知れず奪うだけ
そしてここから脱出するだけ

色々と調べまわっていると 城内の色んな噂を耳にした
正妻の姫に婿を取らせて 王の後を継がせようという派閥
第4妃の幼い王子を後継者にすべきだという派閥
主な派閥はこの2つで、あとの年上の王子は 今は見向きもされていないようだった
幼い王子は 朝から夕方まで帝王学の勉強をして、
夕方からようやく遊びにゆかせてもらえるようで、いつも夕焼け前の黄金色の空の下 裏庭を一人で駆け回っていた
(友達なんかいないんだろうな・・・)
蒼太は、なんとなく裏庭の王子を気にするように仕事をして、毎日を過ごすようになり
王子は王子で、ことあるごとに厨房へ顔を出しては、今日のデザートは何?と
蒼太によくなついた
その様子が 蒼太には可愛かった
まるで子犬のようだったから
(あんなにはしゃいで・・・)
今日も、夕焼けの前の裏庭を 王子がリスのようなものを追いかけて走り回っている
城の一室に忍び込み、それを窓から見下ろして 蒼太は微笑した
嫌がりもせず、毎日ちゃんと勉強する王子に 蒼太は少し感心している
普通は我がままに育つものではないのか、と思うから
小さい頃から家臣達がひざまづき、召し使い達が世話をする様子を見ていたら
「私は将来 立派な王になる
 そのためには勉強をしなくてはいけないとお母様がおっしゃった
 お母様のために、私はたくさん勉強して良い王様になるんだ」
それは とても健気な発言で、
その頃 第4妃はあまり自分の子供を構ってやらないという話を聞いたばかりだった蒼太は 心が少しだけ痛んだ
母のために立派な王になろうとする幼い王子と
権力しか見えていない、着飾った王妃
まるで母親らしいことは一切しないと聞いて、最初は王族なんてそんなものかな、とも思ったけれど
(ちょっと気になるんだよね・・・、王子のあの傷)
王子が必死に隠そうとしているから、よく注意していなければ見つけられないけれど
袖のレースの下や、首元に時々痣が見え隠れする
赤く変色した肌に、転びでもしたのかと思ったが、それにしては酷く、
一つが治っても また別の場所に新しくできたりで、
それが自然につく程度のものだとは 蒼太には思えなかった
(例えば、母親につけられたもの、とかね)
この城の中で 大きな力を持つ王子に傷をつけることができる者など そういない
王は奥の部屋で生活し、妃たちにはそれぞれ東西南北の一角が住居に与えられているから
やれるとしたら母親しかいない
実際、その現場を見たわけではないが、あの王子の隠し方からして、ほぼこの推測に間違いはないだろうと思う

そんな、
そんな母親なのに、王子は慕い、期待に沿おうと努力して
母親は、彼を王にして権力を手にすることしか考えていない
その事実に、胸が痛んだ
王子が 可愛かったから余計に

(この仕事の間だけしか関わらないんだから・・・感情移入はよくないよ)

自分に言い聞かせて 心を閉ざす
ここには王家のスキャンダルを盗みに来たんだ
そのために王子は使えるから利用するために仲良くなる
それならいい
それ以上はダメだ
情は仕事を失敗に終わらせるかもしれない
それはプロとして、許されない
こんなところまで入り込んで失敗したとなれば、蒼太の命も危ないのだから
陰謀の淀むこの城内で、気を抜いては自分も命を落としかねない

室内の書類を片っ端から調べている最中 たてつけの悪い窓の外から悲鳴が聞こえた
「え・・・っ?!」
見遣ると、裏庭で遊んでいた王子が倒れている
瞬間、蒼太は部屋を駆け出した
広い城内を走り抜けて裏庭に出る
そこには血の匂いが漂っていて、王子は肩から血を流して倒れていた
(かすっただけか・・・)
辺りを見回しても誰もいない
シン・・・と不気味なくらい静かで、夕日が、辺りを気味の悪い血の色に染めていた

「確かに、権力手にするなら、殺しちゃった方が早いもんね」

手当てをして、眠っている王子の蒼白な顔を見ながら 蒼太はそっとため息をついた
こんなこと、よくあるのだろう
そういえば、初めて王子に会った時も 彼は制御不能に興奮した馬に乗って振り落とされそうになっていた
蒼太が助けなければ いずれは手がしびれてその背から転がり落ち 死んでいたかもしれない
食事も、王子が食べる前に毒見の人間が食べていたっけ
王室では普通の光景なのかな、と特に気にもしなかったけれど
(命を狙われるってどんな気持ち・・・?)
いらない人間だといわれ続けているようなものだ
誰かが自分を殺そうとしている
守ってくれる人はいるのだろうか
彼が誰より慕っている母親は、ちゃんとその手で守ってくれているのか
「・・・ゼロ・・・、ここどこ?」
「厨房の横の食料庫です
 大丈夫ですか?
 僕では王子の部屋がある場所までは入れてもらえないので」
忍び込むのはいくらでもできるけれど、王子をつれて正面から入るには怪しすぎる
ここで目立つことはできない
皆に存在を忘れられるよう 普段あまり喋らず影を薄く薄くしているのだから
「ありがとう、ゼロ
 そなたは立派な家臣だ、2度も私を救ってくれた」
にこり、と
傷が痛むだろうに 王子は健気に笑うと まだ青ざめた顔で蒼太を見つめた
「お母様には心配をかけたくない、言わないでくれるな」
「約束します」
蒼太が笑うと、安心したのか 王子はまた眠りにつき
蒼太は そっとため息をついて その寝顔を見下ろした
彼のことも、モノとして見なければ
ここでの事情も、彼の想いも、何もかも
自分には関係のないことで、少しでも心を動かされてはいけない
でないと仕事がしにくくなる

「わかってるよね・・・それくらい」

自分に確認するようにつぶやいて、蒼太はそっと部屋を出た
調べることは山ほどある
あまり長居すると 取り込まれてしまいそうで
彼に情が移ってしまいそうで
今は 一刻も早く仕事を終えて王子の側を離れたかった
そのためには、秘密の書かれた文書を あの膨大な本の中から見つけ出さなければならない

そうして、一ヶ月以上が過ぎた頃、蒼太はようやく目当ての文書を見つけだした
第4妃の王子出産の記録
いや、正確には 姫出産の記録だった
(・・・姫?)
読みにくい インクで書かれたラテン語のような文字列を辿る
姫出産、そして、子供の取り替え、見舞いに訪れた王が抱いた時 子供は男の子にすり変わっていた
金の髪、薄いブルーの目の男の子を探した者の手記か
それとも出産に立ち会った医者の残した記録か
全く関係ない本のページの下に 張り付ける様に巧妙に隠されていた たった1枚の文書には、王子と妃の血が繋がっていないことが医学的に証明されていた
(ああ・・・これはたしかに、ものすごいスキャンダルだな・・・)
第4妃の王子は、王族の血を引いていない
偽りの王子、陰謀に殺された正当な血の姫
これが世に知れたら、今最大の権力を誇る第4妃の家も、あの健気な王子も間違いなく失墜する
国が揺れ、王家が揺れる
(・・・とんでもないな・・・)
溜め息をついて、文書をポケットに突っ込んだ
これは仕事だ、だから余計な感情はいらない
すべきことは、この文書を外へと届け 自分も無事にこの城から出る
それだけ
それ以外は、考えてはいけない

辺りに人気がないのを確認して、蒼太は城の廊下を歩いた
このまま いつものように城を出てアイスクリーム屋に戻り 今日も王子はこの店のアイスクリームを誉めていたよ、と報告をして
そして、拠点のアパートに戻ればいい
持ち出した文書をあの男に手渡して、終りだ
それでこの仕事は終り

歩きながら、そんなことを考えて少し意識にスキがあったのだろう
ふ、と気付いた時には 背後に二人、前に二人 人の気配があった
瞬間、ぎくりとして とっさに側の扉に飛び込んだ
銃声が、響く
身体に痛みはない
そのまま走った
真っ暗な中で、無気味な程 人の声はなくただ時々銃声がする
(油断した・・・っ)
こちらの動きが完全にバレていたのか
こんな風に 文書を見つけた途端に 襲われるなんて
しかも こんな風になりふりかまわず銃声を響かせて

場内を、なんとか外に出ようと走る蒼太を追う追っ手は、だんだんと増えているようだった
銃声に、何ごとかと警備の兵までもが場内を走り回り かなりの騒ぎになってきている
さっき、奥で上がった悲鳴は誰のものだったのだろう
巻き込まれて流れ弾に当たり 倒れる者の声もあちこちで聞こえる
(やばい・・・っ)
武器庫に逃げ込んで 蒼太は息を整え 窓の外を見遣った
この騒ぎが始まった頃から 窓の外に広がる暗い一画、
丁度裏門の外あたりでチカチカと光の合図が送られてきている
あそこに、仲間がいるのだ
あそこまで、なんとか行ければ文書も自分も助かるのに
(・・・無理っぽいな、ちょっと遠すぎ)
ここは2階だから、外に出るには1階に下りて裏庭を突っ切っていかなければならない
どう考えても、その間に銃弾に当たる
城の出口から裏庭までは 身を隠すものが何もないのだから
「・・・・・」
蒼太は、ぜぃぜぃと切れる息を整えながら 辺りを見回した
古くてもう使われなくなった武器が置いてある他は何もない
何か使えるものはないか、ここにあるもので何かできないか
考えて、壁に立て掛けてあった弓に目が止まった
弓って、どれくらい飛ぶんだったか
やったことはない
だけど知識として 扱い方は知っている
いちかばちか、ここで何もせず文書も命も失うよりはマシだと思った
窓をあけて、大きく息を吸い、はじめて手にする その古い弓を引き絞った
チカチカと、また合図の光が見えかくれする
そこから左に1メートルくらい先を狙って、放った
衝撃に、爪が割れて 指先がジン・・・と痛んだ

多分、矢が届いたんだと思う
チカチカチカチカチカチカチカチカ、と
さっきまでの合図とは違うリズムで光が輝き 後には暗闇だけが残った
(あとは・・・僕が生きて出られればめでたし、めでたしなんだけど)
幸い、怪我は浅い
混乱に乗じて逃げることができたから、足に銃弾がかすった程度
それでも、走ったせいでどくんどくん、と血が流れているから それを千切ったベッドのシーツできつく縛り、ポケットから痛み止めの錠剤を取り出して噛み砕いた
(さすがに・・・ハードだな・・・)
口の中に広がる苦い薬の味
こんなもの気休めにしかならないだろうけれど、ないよりはましか
追い詰められている緊張感と、死ぬかもしれないというスリル
こんな状態でも、それをどこか楽しんでいる自分に苦笑した
負けても何とか逃げられるネットでのやりとりと違って、ここでは本物の銃が使われ 実際自分は怪我もしているというのに

(僕ってマゾなのかも・・・)

蒼太は、辺りの様子を伺いながら部屋を出た
逃げ道はないに等しい
城はさっきよりは静かになり、それがまた一層 気味が悪くて身が震えた
散々調べ回ってすっかり覚えた城の構造を頭の中に描き出す
正面へ行く道は使えないだろう
今 逃げて来た東の廊下も戻るのは危険だ
どこへ行く?
どこへ行けば一番安全か
考えて、北の廊下へと向かった
その瞬間

ガーーーーーンッ

銃声
咄嗟に身を伏せて 大理石の柱に身を隠し、そのまま近くの部屋に飛び込んだ
一瞬、ギクリとする景色が飛び込んでくる
中は惨状で、血の飛び散った絨毯の上に 人が何人か転がっていた
そこを駆け抜けてさらに奥へと走る
死人に構っている暇はない、とにかく追っ手から逃げなくては
そう思って重いドアを開けた
そこに、青ざめた顔をした王子がいた

「ゼロ・・・っ、そなたも巻き込まれたのか」
王子は片足を血に染めて飛び込んできた蒼太に駆け寄ると 心配気にその身体を支えた
「王子・・・なぜここにいるんですか・・・」
ここはどこなのだろう
彼がいるということは、第4妃に与えられている一画なのだろうか
「賊が入ったといって兵隊が出ていった
 そっちには巻き込まれた者立ちが手当てを受けている
 ・・・あっちには死んでしまった者達が運ばれた
 そなたも手当てを受けるといい、今 医者を呼んでやるから・・・」
血に怯えながらも 蒼太の心配をする王子に 心が痛んだ
こんな時に こんな感情は邪魔になるたけだとわかっている
情報はもう外に出してしまったのだから、何をどう考えたって この王子に未来はない
この手で潰してしまったんだから
彼が王になる可能性を
母に愛して欲しいがために、必死に努力してきた彼の今までを
自分が今 奪い取ったのだから
「大丈夫です、王子・・・」
構わないで、と
蒼太は言うと もう一度頭の中で城の見取り図を描いた
ここが王子の寝室なら、たしか側に 裏庭に抜ける秘密の通路があったはずだ
そこを通れれば、無事外に出られるのではないか
「王子・・・抜け道を知りませんか?」
立ち止まったからか、急に傷が痛み出した
出血も続いている
これ以上になると、もたないかもしれない
「裏庭に続く抜け道です」
蒼太の言葉に、王子は真直ぐな目で しばらく硬直したように何かを考えて、それから蒼太の手を取った
「こっちだ、私が連れていってやる」
その目は、年より大人びて見えて
時々 蒼太の様子を心配そうに振り返りながら 王子は自分の部屋のクローゼットから続く無機質な通路を歩いていった
冷たい外の風が 暗い前から吹き込んでくる

どれくらい歩いたのか、王子が立ち止まりポケットの中から取り出した鍵を突き当たりの鉄格子に差し込んだ
鈍い音とともに鉄格子の扉が開く
「ここから裏庭の巨木に出られる
 私とそなたが初めて出会った場所だ、覚えているか?」
「覚えてます」
あの裏庭には妙な石像が無造作にいくつも置いてあった
木々も植えられ、草が伸び放題のところと、綺麗に手入れされているところがあり 違和感を覚えたっけ
巨木も随分と変な場所にたっていた
あれは、この扉を隠すためだったのか
そして、妙な配置の石像は、それのダミーか、または別の入り口を隠すためのものなのか
「・・・・外に出たらちゃんと手当てをするんだぞ」
心配気な王子の顔に、また心が痛んだ
わかってる、王子は子供だからまだ何も知らないのだということ
明日には蒼太が盗み出したスキャンダルが国中に広がり 彼の未来と希望を奪うこと
今夜の惨劇は、蒼太が引き起こしたことで、今 傷の心配をしている男こそが 兵達が捜しまわっている賊なのだということを
そして、
そんなことは この仕事には関係なく 今 自分がすべきことは、ここから一刻も早く離れることだということも
(わかってる・・・っ)
わかっているけれど、身体が動かなかった
情を移してはいけない
仕事と割り切らなければいけない
それができないなら、こんな仕事 受けるべきじゃない
初めから、ここに来るべきじゃなかった
「王子・・・っ」
声が震えた
心配そうな王子の目が揺れる
「僕と一緒に逃げませんか?
 ・・・毎日、アイスクリームを作ってあげます」
ここに残っても、望んだ母の愛は手に入らない
明日の朝には、偽りの王子として曝されるだろう
ここに、彼の未来はない
ならいっそ、連れ出してしまおうか
そうすれば、痛むこの心が少しは慰められるだろうか

「私のことは心配ない
 王は家臣を守るのが仕事だとお母さまがおっしゃっていた
 私は2度も私を救ってくれたそなたを守りたい」
だから、と
王子は、青ざめた顔で笑って 扉の向こうに蒼太を押し込んだ
そのまま 両手で重い扉を閉める
ガチャン、と 冷たい音が響いた
開けた時と同じように鍵をかけ 鉄格子ごしに鍵を手渡してくる
「ここの鍵はそれ一つしかない
 追っ手がきても 鍵がなければそなたを追えない」
だから持って逃げろ、と
言った時 ガーン、と銃声が響いた
王子が弾かれたように 暗い通路を振り返る

「盗んだ文書はどうした」
落ち着いた低い声が通路に響く
相手は1人で、手に銃を持っていた
「我々も長い間 あの文書を探していた
 あれさえ処分してしまえば、私達の繁栄は約束される
 見つけだしてくれたのには礼を言おう
 おまえの命を代金に、文書を渡せ」
高価な服を来た男、多分王族の1人だろう
「おじさま・・・・」
怯えた様子の王子に視線をやり、彼はしぐさで王子に下がれと命令した
「王子、あなたはこんな賊と関わっていい方ではありません
 さぁ、おとなしくお母さまのところへ行っていなさい」
冷たい、有無を言わせない声が響く
第4妃の血縁か
あの真実の書かれた文書を処分して、王家の血を汲まない偽りの王子を継承者にしようと企む者
「ゼロは私の家臣です
 おじさま、銃を向けるのをやめてください・・・っ」
震える声の、必死の懇願に 男は王子の胸ぐらを掴むと その軽い身体を投げ飛ばした
「王子・・・っ」
「殺しはしない、大切な大切な王子様だからな」
そうして男はゆっくりと近付いてくる
一歩、あとすざった
途端 飛んでくる銃弾
それは鉄格子に当たって跳ね返り 壁に埋まって消えた
「死体から奪い取ってもいいんだぞ」
「もう、外の仲間に渡してしまいました」
「嘘をつくな、そんなことができたらお前はとうに逃げおおせているだろう」
もう一発、銃弾が飛んできた
それは蒼太の右腕から10センチ外を飛んでいく
「本当です、矢に括り付けて窓から外へ」
その言葉に、男の歩みが止まった
「素直に差し出したら、命は助けてやると言ってるんだ」
「命は惜しくありませんが・・・文書は今頃 仲間が欲しがっている人に渡している頃だと思います」
男の顔が、焦りのような怒りのようなものに変わった
「言えっ、誰に頼まれて盗み出した
 今、文書は誰が持っているんだ」
「それは・・・僕も知りません」
もう一歩 あとすざった
足の感覚がなくなっている
血を流し過ぎた
意識は、いつも途切れてもおかしくないだろう
指先が冷たい、視界が暗い
色んな思考かが一気に流れてきて、集中できない
でも、今、ここで気を抜いたら終ってしまう
まだ、勝算が残っているのに
「動くなっ、言えっ、文書をどうしたっ」
「外の仲間に渡しました」
挑発的な蒼太の言葉に 男はもう一発銃を撃った
また、鉄格子に跳ね返る
火花が散って、すぐに消えた
(これで・・・4発)
あの銃には あと何発 弾が残っているのだろう
フルに充填されていれば あと2発か
いくら太い鉄格子の扉が間にあるからといって、全ての弾から守ってくれるわけでもない
駆け寄られて近くから撃たれれば 逃げる背中に撃ち込まれて終りだ
今の蒼太はまともに走れない
1発あれば、殺すことができる
1発あれば、自分は死ぬ
(・・・はは)
こんな時に 楽しかった
このスリル、そして命のやりとりをする緊張感
マシンの前に座っているだけでは得られないものがある
それを感じて、笑い出したくなった
こんな時に、
こんな時に自分は、この状況を楽しんでしまっている
(とんだ変態だな・・・)
相手の目を見つめながら わずかに上体をずらした
途端、銃声が響く
銃弾は 肩をかすって闇に消えた
チリ、と痛みが走る
同時に響く 少年の声
「ゼロッ、逃げてっ」
悲鳴みたいな、少年特有の高い声
投げ飛ばされて気を失っていた王子が、男の腕にしがみついて銃を奪おうと揉み合っている
まだだ、あと1発
あと1発あるかもしれない
その1発が残っていたら、自分は死ぬのだ
確実に、見極めなければならない
「早く逃げてっ」
「はなせ、この・・・っ」
全力で男の腕を掴み、噛み付き、暴れる王子を男は鉄格子に思いっきり押し付けた
ガシャン、と鈍い音が鳴る
それでも放さないのに まるで気が狂った獣のように男は何度も王子の身体を冷たい扉に打ち付けた
そして、1発

ドン・・・

肉に至近距離から弾丸が打ち込まれた音がした
これで6発目
この賭は、自分の勝ちだ
男は蒼太を殺す前に 手持ちの弾を撃ち切った
あとはもう、無意識
身を翻して走り出す
怒鳴り声と扉を蹴り飛ばす音が、ガンガンと いつまでもいつまでも響く気がした
それを振りきり、動かない足で必死に走る
走れば走る程、闇に飲み込まれていく気がした
つめたい場所に落ちる気がした


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