ZERO-2 ネオンの窓 (蒼太の過去話)


ここの街は眠らない
いつも明るいネオンが彩って 空の星なんか見えなくても寂しくないくらい明るい
昼と夜では見せる顔が違い、様々な人種が行き交う
入国した後案内されたホテルは、この街では最上級のものらしく、スタッフは丁寧で紳士的だった
「ゼロ、君にはこの部屋を使ってもらいます
 今日紹介したメンバーの他に仲間はあと1人いるから 明日彼とも顔を合わせておいてください」
今回の依頼主の政府と、蒼太達 技術屋との間を取り持っているのは切れ長の目をした眼鏡の男だった
自己紹介は口頭のみで行われ、彼はアレックスと名乗り、蒼太はゼロと名乗った
「実際に調査を開始するのは3日後です
 それまでは、ここの環境に慣れておいてください
 マシンの設定は各自でお願いします」
言われなくても、と
心の中でつぶやいて、蒼太は部屋へ入るとぐるりと辺りを見回した
カーテンをあけると、本当に明るい
地上の星たちが キラキラとこちらに光をなげかけている
この街の研究所でヒトクローンが大量に作りだされ、それが軍事用に海外へ輸出されているという
そんな暗い影を飲み込んで 明るくきらびやかに取り繕う街
蒼太が依頼を受けてやってきたのは そんな場所だった
政府は、その研究所の実態を把握し、噂が真実なのであれば研究所を抹殺してほしいと言った
そして、その研究データを抜き取ってこいとも言った
「ようするに、横取りしたいのかな」
ヒトクローンなど許されない、という正義ではなく、
単に戦争での兵器として使える兵隊の作成方法と、その利益
それが欲しいということらしい
今日の話を聞く限りでは
(いいけどね、別に・・・)
どこの国で戦争をしようが、どこの誰がクローンを犠牲にして成り上がろうが関係ない
蒼太は この仕事が自分にスリルと興奮と何か新しい世界を与えてくれればそれで文句はない
巨額の報酬の話も、あまり聞いていなかった

(さて・・・)
ホテルの部屋で自分のパソコンを繋ぎ、蒼太は今日一緒にチームを組む仲間だと紹介された人間の名前を片っ端から検索にかけた
蒼太と同じく、この世界の者は大抵偽名を使っている
情報を抜くために集められた者達なのだから、誰もが蒼太と同じ程度の知名度があり、実際 紹介された時 名前を聞いたことがある者もいた
彼らの情報を集めるのに そう時間はかからない
たとえ、ぼんやりとしか分からなくても、過去の経歴や やってのけた偉業や噂なんかがひっかかる
一晩中、それを読み漁り記憶して、蒼太はそれぞれの顔を思い出していた
花屋の主人みたいな温和な男、彼はどこかの軍の秘密をごっそり盗み出し 一国を潰しかけたことがある
派手な化粧をしていた年上の女、彼女は世界有数のIT企業のボスで、ライバル会社をかたっぱしから潰して行くという悪評が一番目についた
控えめに始終無言で立っていた 少し年上の男、彼は最近まで大きな組織に雇われて ハッキングを繰り返していた
今はその組織を抜けたのか、それともまだ組織の人間なのか
使っている名前が10あるうちの一つが、今日紹介されたものと合致した
そんな面子と、蒼太を含めた4人が、マシンを使って情報を操作、抜き出す仕事をし、
そんな蒼太達を危険から守るという名目のボディーガードに、背が高くガタイのいい男が二人あてがわれていた
(明日来る もう一人もボディーガードかな・・・)
思いつつ、ぼんやりと窓の外に目をやった
夜が暗くないのは 少し落ち着かない
いつまでも消えない光は、永遠の繁栄を願っている証なのだろうか
キラキラと光をこぼして映像を映し出す街の中央のビルのスクリーンを遠目に見ながら、蒼太はそっとため息をついた
考えることがいっぱいあって良かった
この異国の地で、余計なことを思い出さずにすむから
前だけ見て 生きていけるから

次の日の昼過ぎ 最後のメンバーが到着した
赤毛の彼は、そのガタイの良さから技術屋ではないなと誰もが思った
タバコをくわえながら 窓の外を指差して快活に笑う
「名前はケイ、前は軍隊にいた
 仕事はお前達のボディーガード
 早速なんだが、さっき聞いてきたところによると、ここらを嗅ぎまわってる奴らがいるらしい
 向こうは死んでも惜しくない兵隊さんをいっぱい作ってんだ
 襲撃されて皆殺しにされないうちに、さっさと仕事、初めた方がよくないか?」
豪快と言うのか、無神経というのか、それともガサツといったほうがいいか
ケイの言葉にアレックスが顔をしかめて、一同をみやった
「俺はかまわんよ、いつ始めても」
「私もよ」
二人が同意し、蒼太を含め 残りは軽くうなずいた
「じゃあとっとと部屋に戻って始めてくれよ
 だいたい何日くらいでやるって話になってんだ?
 俺達は何日 ここを守り切れば勝ちなんだ?」
自室へと向かう蒼太の背中を ケイの声が追いかけてくる
「何日かかるかは実際 あの方々に始めてもらわないと見えてきません
 1ヶ月で終わるかもしれないし、1年かかるかもしれない」
アレックスの無機質な声が答えている
彼はたしか、若くして官僚になった家柄も頭もいいエリートだ
この中でただ一人 本名で名乗り 政府のお使いとしてこにいる
そういう人物
たたの傍観者
「1年もかかってちゃ死人が出ると思うけどなぁ
 もしくはだ、向こうに気づかれて欲しいもん全部片付けられてドロンされるかだ」
「そうなる前にあなた方に奪い取っていただくつもりです」
「奪うには、ややこしいシステムやら何やらを あのエライさん達に片付けてもらわないとな
 こっちはどうにもなんねーよ
 壊すだけなら簡単だけどな」
野蛮な、と
ケイの言葉にアレックスが顔をしかめたのが見える気がした
どこか神経質そうな彼は、ケイのような人種とは合わなさそうなことこの上ない
それでなくても、こういう仕事をするために集められた変人ばかりを相手にしなくてはならないのだから 精神的疲労もたまるだろうに
苦笑して、蒼太は部屋へ戻ってきた
彼の言うように、大変な研究所を相手にしているのだから、こちらもいつ襲われても不思議はない
ボディーガードがいるとはいえ、彼ら3人だけでここにいる全員が守りきれるとは思えない
向こうには、ヒトクローンが何十体といるのだから

「・・・・・あれ・・・・・」

部屋に入って、机の上を見ると そこにあるはずのものがすっかりなくなっていた
今朝まで見ていたマシンの画面
一瞬 窓を見て
部屋を出るとき確かに閉めた鍵が、開けられているのに気づいた
(早速武器を盗まれてしまった・・・)
思った矢先、廊下に響き渡る女性の声
と、同時に近くの部屋から ぎゃーとか、ウオーとか 悲鳴が聞こえた

「みんなマシン盗まれちゃったみたいですね」

アレックスは新しいマシンの手配にホテルを出てゆき、ガタイのいい男二人が研究所の様子をさぐりに行った
そんな中 技術屋たちは 愛用のマシンを盗まれて ただごとではない騒ぎになっている
そもそも こんなセキュリティの悪いホテルなんかでやること自体が危険だの
なぜ、相手にこちらの動きが知れているのか スパイでもいるんじゃないのか、とか
あのマシンには大切なデータが入っていたのにと、気が狂いそうな勢いで喚いてみたり
蒼白になって、色んなところに電話して 時には相手をどなりつけてみたり
(必死だなぁ・・・)
その様子を、蒼太はソファに座って眺めていた
蒼太のマシンには たいしたものは入っていない
大切なものは全部記憶しているし、必要なものは携帯用の小型メモリに入れて持ち歩いている
そもそも、そんなに大切なものなら、置きっぱなしにして部屋を出たりしない
カバンに入れて持ち歩くくらいのことはする
「おまえは落ちついてるなぁ」
「アレックスさんが新しいの買ってくれるって言うし、別にマシンは何だってかまいませんから」
また襲われて怪我人が出ても困るから、と
ホテルの一室に集められている皆を守るように立っているケイは 一人落ち着いている蒼太におもしろそうに声をかけた
「さすがだな、エモノは選ばないのが本当のプロだ」
「こだわりがないだけですよ」
そう、マシンなんかにはこだわらない
別になんだっていい
何かに執着するということを 蒼太はあまりしない
そんなもの、無意味な気がするから
執着なんて、何かの役に立つとは思えないから
「申し訳ありません、今夜中には届けさせますから」
険しい顔で部屋に入ってきたアレックスは、ケイに言って部屋を片付けさせた
家具やベッドが端に寄せられていく
「ここで全員に寝泊りしていただきます
 仕事が終わるまで単独の行動は禁止します」
殺されかねませんので、と
言ったアレックスの言葉に 蒼太はうんざりと苦笑した
なんだか急に厳戒体勢になってしまった
いや、そもそも最初が甘過ぎたのか
泊まっているホテルが相手にバレている時点で、こちらの動きが相手にバレバレではないか
あちこちで上がる不満の声を聞きながら ただでさえ気を張る作業中 人が側にいてできるだろうかと、蒼太はふと不安になった
集中できなければ、こんなの仕事にならないと思うのだけれど

その日の夜中 新しく届いたマシンを設定してそれぞれが無言で作業に入った
なるべく互いの邪魔にならないよう 皆、四方の壁を向いてマシンをセットしている
その中央にケイが立ち、アレックスが寝食の世話をやいてくれた
昼間 偵察に出た男達2人は 結局真夜中を過ぎ 朝になっても帰ってこず
行方が分かったのは 昼のTVのニュースだった
もちろん、死体での発見という形で

「どういうことよ、警備を増やしてっ
 私達 身の安全が保証されていると言うから この仕事を引き受けたのよ」
部屋に女の声が響く
イライラしたような空気が部屋中に満ちている
アレックスは表情を崩さず、ホテルの外に警備を配置しましたので、と答え
ケイがここは俺が守ってやるよ、と笑い飛ばした
そんな中、今朝から第一段階を突破した蒼太は 夢中でマシンに向かっていた
こうなったら、外の会話なんて聞こえてこない
ここにいる もう一人も同じ場所を攻略している形跡があった
いくつのロックがかかっているのかわからないけれど、一つは開いた
だったら残りが開かないわけがない
(すごいな・・・本当にやってるんだ・・・)
ゾクゾクした
手前のファイルに書かれてある情報だけでも 十分に面白い
そして怖い
よくもこんなことができたものだと思うような内容
それが 淡々と文字になって報告書ファイルに入っている
仮想戦場体感システム、戦争シミュレーション、人体の強度測定、兵器の人体に与える影響の実験等
想像するに恐ろしい報告書が次々と流れてくる
「ゼロが抜きはじめたぞ」
「こっちもだ」
「あなた方も喚いていないで仕事をしてください
 最下層にはクローンそれぞれの固体のデータがあるはずです
 政府はそれを欲しがっています」
その後破壊を、と
簡単に言ってくれるアレックスの声を聞きながら 蒼太は自分の侵入した穴を脅威のスピードで自己回復させていくシステムを苦笑して見つめた
世界は広いと思う
あの暗いアパートにいたときに 色んなものを見たつもりでいたけれど
こんな優秀なシステムは 今までに見たことがない
そして、こんなものは序の口で、世界にはもっともっと素晴らしくレベルの高いものが存在しているのだろう
(これを どうやって壊そうかな・・・)
壊せるのだろうか、こんなにも修復能力の高いものを
こんな状況で、
ろくに集中もできない こんな場所で
(場所はまぁ・・・選んでられないけど)
背後でビーと警報が鳴った
慌てて女がキーボードを叩く
集まった一流の腕の持ち主でも、一瞬の油断で逆にやられそうになる
狩っているつもりが、逆に牙にかけられそうになる
そのスリル、緊張感
じわじわと、心をみたしていくものに 蒼太はいっそう夢中になって画面を見つめ続けた
そう、このためなら 世界中どこにだっていく
新しい世界が、もっと知りたい

結局、蒼太は3日3晩 眠らずに作業を続けた
時々水を飲む以外は 食事も取っていない
そんな時間がもったいなくて
そんなことに気を使っている余裕がなくて
「ゼロ、飯くって少し眠れ
 戦いっぱなしじゃイザって時 力を出せないぞ」
崩れるように床に眠っている女をアレックスが抱き上げてベッドへ運んでいるのが見えた
他の2人は カタカタとキーボードをうっている
「シャワーあびてこようかな・・・」
冷たい水で 少し頭をシャキっとさせたい
そうすれば、あと2日は眠らなくたってやれる
第3の扉の手前まで来ているのだ
今夜中に、その先へ進める気がする
「シャワー使います」
ふらり、と立ち上がって 蒼太は別室のシャワールームへと入った
服を脱いで冷たい水を頭から浴びる
熱っぽくなっていた身体が一気に冷えた
気持ちがス・・・と落ち着いていく
(今のところ、順調
 みんなトラップにもひっかかってないし、相手がこっちに何かしかけてくる動きもない
 最初のあれは脅しで、あれからまだ3日だから、まさかここまで進んでるとは思ってないのかな)
考えながら、蒼太は頭の中で 何度も組みなおしているプログラムをもう一度組み上げた
あの膨大なデータを一瞬で破壊しなければならない
でないと、修復能力で 破壊する前に元の状態に戻されてしまう
そうなったら こちらの負けだ
奥深くまで入りすぎた自分達の痕跡を辿って、敵はこちらへと抜けてくるだろう
そして逆に捕らわれるだろう
こちらの全てが
(いっそ・・・研究所ごと爆弾か何かで吹っ飛ばした方が早い気がする)
考えながら 蒼太は苦笑した
ケイと同じ発想になっているなと思いつつ、秘密裏にやってくださいと言ったアレックスの横顔を思い出した
(秘密で・・・か・・・)
そりゃ、あんな大きな研究所が吹っ飛ばされれば大変なニュースになってしまうだろう
真相が明るみに出れば 政府もただではすまされない
かといって、今の自分にあのシステムを一瞬で壊すだけのものが作れるだろうか
(どうしようかな・・・)
シャワーを終えて、新しく用意された服をきて、蒼太は濡れた髪にタオルをひっかけて部屋へ戻った
「ゼロ、無理するな おとなしく寝てろ」
「大丈夫です」
「ゼロ、寝室はこちらです
 一度も寝ていないのは貴方だけです、あまり無理をして・・・」
ケイをかわして 自分のマシンの前に座ったのを アレックスに止められた
腕を取られた途端 アレックスの言葉がつまる
「ゼロ、あなた水をあびてきたんですか?」
「え・・・?」
そのまま髪に触れられて、冷たいのに彼の顔が怒ったような顔になっていく
「身体に悪いことをしないでください
 体調を崩したらどうするんですか
 もう一度 暖かいシャワーを浴びて それから睡眠を取っていただきます」
「そ・・・、んな」
過保護な、と
言おうとした途端 身体が浮いた
「ちょっ・・・、ケイっ」
ガタイのいいケイにかなうはずもなく、あっけなく着たばかりの服がはぎとられる
「自分でやりますからっ」
「いいや、お前はガキのくせに さっきから大人のいうことを一つも聞いてない
 そういうのは ちゃんと躾けないとな」
「躾ないとって・・・っ」
何する気だ、と
思った途端 広い湯船に投げ入れられた
「ぶ・・・っわ」
辺りに散ったしぶきに、アレックスが顔をしかめつつ、ぷはっ、とずぶ濡れで顔を出した蒼太の肩を押さえつける
「ちょ・・・っ、二人がかりでなんて卑怯ですよっ」
「まだ先は長いんだぜ? ここで無理してどうすんだ」
「だからって、こんな・・・けほっ」
投げ入れられたときに口の中に入ったしぶきにむせながら ほこほこと湯気のたつ湯船に肩までつけられて 蒼太は仕方なく おとなしく従うことにした
ここで抵抗しても、無駄だ
勝てっこないし、余計な体力を消耗する
それに何より、アレックスが入れてくれたのだろう、このお湯が疲れた身体にとても気持ちよかった
「日本人ってのはあったかい風呂に入るのが好きなんだろ?」
「そうかもしれませんけど・・・別に僕は」
「いいからちゃんと温もりなさい
 次 水を浴びるなんてことをしたらチームから外しますからそのつもりで」
「えー・・・、そんなに?」
「無理をして体調を崩してイザという時にチームの皆に迷惑をかけられては困ります」
むすっとした顔で 未だ蒼太を押さえつけているアレックスも びしょぬれ
おかしそうに笑っているケイもびしょぬれ
「じゃあ後はまかせたぞ、アレックス
 俺は仕事に戻るから」
そういいながら去るケイに ちゃんと着替えてくださいよ、と念を押し アレックスはようやく蒼太を開放した
「・・・今 軽い食事を作らせていますから、食べて寝てください」
「いい調子なんですけど、今」
「ダメです、何度言わせるんです」
「僕、他の人よりタフだと思います」
「だとしても、です」
ギロ、と
眼鏡の奥のスッとした目に睨まれて 蒼太は苦笑して彼を見上げた
これも、一つの部屋で仕事をするデメリットだ
ペースを狂わされる
自室でやれたら、ダメだと思ったときに寝て、やれる時は続けられるのに
自分で判断できるのに
「寝付けないタイプなんですよね、僕
 こういう状態だと、気になって」
「・・・切り替えができないと、この仕事は続きませんよ
 いつか身体が悲鳴を上げます」
「・・・わかってるんですが」
寝れないんだから仕方ないじゃないか、と
言いたげな蒼太の顔を見つめて アレックスは苦笑した
「暖かくして食事をして、ベッドに入れば眠れます
 それで無理なら私が寝かしつけてさしあげましょう」

結局、風呂から上がったあとリゾットのようなものを食べさせられ 蒼太は別室のベッドへと強制送還された
しかし、気が昂ぶって眠れない
あの部分はどうしようとか、どのタイミングで行こうか、とか
そんなことばかり考えて ちっとも眠りモードに入らない
「ゼロ、言うことを聞いてください」
一度は部屋を出たアレックスが1時間後に様子を見にきても、蒼太はベッドに座って頭の中でシミュレーションを繰り返していた
「ケイにガツンとやってもらいましょうか
 睡眠も気絶も、同じようなものでしょうから」
「それは勘弁してください・・・」
冷たい目に睨まれて蒼太は慌ててベッドに入った
今は寝たフリをしてごまかそう
ベッドの中で目を閉じて考えよう
そうして ほとぼりが冷めた頃 眠ったようなフリをして作業に戻ればいい
そうしよう、と
蒼太が思った時 するりと冷たい手が毛布の中に滑り込んできた
「え・・・」
「おとなしくしててください
 要は気が昂ぶっていて眠れないのでしょう
 少し 和らげてあげます、じっとして」
じっとして、と言われても その手は蒼太の肌を滑って下へ下へと伸びていく
「・・・っ」
ぴく、と
敏感な部分に触れられて 蒼太は思わず目を閉じた
これって何?
このまま続いて最後までやるのだろうか
こんなときに?
こんなところで?
壁一枚隔てた向こうは 修羅場の作業中だってのに
「ちょ・・・っ」
クチクチ、と
弄られるほどに濡れていく自分のものに羞恥心を感じつつ 蒼太はいつも通りの涼しい顔をしているアレックスを見上げた
「一度か二度いけば、あなたもおとなしくなるでしょう」
(何その発想は・・・っ)
びくん、びくん、とベッドの中で身体が跳ねた
いきそうになる、その手の動きにいつのまにか 意識がいっている
「どうぞ、いってください」
耳元でささやかれて、ぞく、と
蒼太は 彼の手の中で白濁を吐いた
そして、その後 2.3度 単なる性欲処理のような淡々とした愛撫を繰り返され 達した

以降、蒼太は眠りに落ちて 朝まで目覚めなかった
(爆睡・・・)
信じられないと思いつつ、ベッドから降りると 奥のソファでは男が一人眠らされている
(全員にあんなことしてるのかな・・・大変だなアレックスも)
思いつつ、あれも仕事と割り切っているのか
それとも 眠れないなんて駄々をこねるのは自分くらいで 他の皆は自主的に眠っているのだろうか
「おはようございます、よく眠っていましたね」
「・・・おかげさまで」
作業部屋に戻ると、女が目の色を変えてマシンに向き合っていた
自分も、夢中になっている時あんななのかな、と思い 画面の前に座る
意識がはっきりして、ス・・・と世界に入り込めた
眠ったせいだろうか
頭痛もなければ、視界がぼやけることもない
なるほど、アレックスが何度も何度も言っていたのはこのことか
ちゃんと眠ったほうが効率がいいし、いざという時 対処できる、と

それから丸2日 周りの声も聞こえないほどに 蒼太は熱中してマシンに向かっていた
感覚でわかる、向こうがざわついている
こちらの動きがバレたんじゃないかと 誰かが言った
そんな気がする
だとしたら、あと1日猶予があるかどうか
それまでに完全にデータを抜き取って 破壊しなければならない
気づかれて データを処分される前に
研究所が送り込んでくるヒトクローン兵隊に、ここが襲われる前に

「だったら俺が行ってぶち壊してきてやるよ」
そんな会話が聞こえてきたのは、ブロックをかわし切って 一息ついたときだった
「どうかしたんですか?」
アレックスに聞くと 彼はなんでもないと言い 蒼太に暖かい紅茶を煎れた
不思議に思うが、彼こそ一体 いつ眠っているのだろう
いつ見ても起きていて 全員の世話をやき、今もこうして蒼太にサンドイッチなんて差し出している
全員の食事を取った時間、眠った時間なんかも把握していて、オーバーワークになると眠る時間だと告げに来るのだ
もっとも、こんなことに夢中になる蒼太と同じ人種が 作業を途中で切り上げて言われてすぐにベッドに入るとも思えないのだが
「食べたら少し眠ってくださいね
 あなたは全体的に睡眠時間が足りませんから」
「や・・・今は寝なくても大丈夫・・・というか寝てる暇がありません」
「どんなときだろうと 私の言う時間に寝てくださいと言ったでしょう?」
(本気で今、寝ろと?)
見上げると、眼鏡の奥の目はいつものように涼し気で、この融通の聞かない男は キーキー喚いている女にも紅茶を煎れて手渡している
「本当に寝てる場合じゃないんですけど・・・」
見遣ると、蒼太以外は全員 寝る時間を終えたのだろう
ケイと何か真剣な顔をして話し込んでいる
「お湯にゆっくりつかってベッドに入ってください
 あとで私も行きますから」
(・・・やっぱり・・・)
どうせ、この状態じゃまた仕事が気になって眠れないだろうし
眠れないと言ったら、彼の寝かしつけがもれなくついてくるのだろうし
蒼太には、これ以上の言い逃れも 思い付かなかった
「ゼロ、ゆっくり寝てろ
 俺が時間かせいできてやるからな」
部屋を出るとき ケイがそう言って笑ったのに 何かふと嫌な予感を感じる
冷静に考えて、時間かせぎなんて、できるような状態じゃないだろう
それができるのは、技術屋だけだ
システムに別口から介入して、中を混乱させる
それしか方法はなく、最初から蒼太達は4人でそれをやっているのだから 他にもう方法はない
何をするつもり、と
聞きたかったけれど、ケイはすぐにまた真剣な顔で他のメンバーと話はじめてしまった
そして結局 風呂から上がった後 部屋にケイの姿はなかった

「ねぇ、アレックス
 他の人にもこういうこと、するんですか?」
彼の手に握りこまれ、舌で突起を転がすように舐められて 蒼太は眉を寄せながらそう問いかけた
次第に息が上がってくる
こんなことをされれば 生理現象は当然に起きる
刺激されれば、勃つし、そのまま続けられれば達してしまう
アレックスは丁寧に、それを繰り返して 何度も蒼太の開放を誘う
肉体的にも、精神的にも疲れきっている蒼太には、抗う術も力もなく されるがまま
誘われるがままに、解放を迎える
そして、力つきたようにベッドへと倒れ込む
「こんなに手がかかるのはあなただけですね」
いつもの冷静な目で見つめられ、蒼太は反論する言葉もなくもぞもぞと毛布にもぐり込んだ
だったらこんなことしてくれなくていいのだけれど、とか
眠れないなんてヤワなのは自分だけなのか、とか
こういう行為を相手は何とも思っていないのだろうけれど、されてる方は後でものすごく恥ずかしいのが分かってないのだろうか、とか
色んなことを考えていると、ぽふ、と頭を撫でられた
「・・・・」
これは完全に子供扱いか、
真っ赤になって目を閉じて 蒼太は小さく息を吐いた
眠ってしまおう、何も考えなくていいように
そして、目が覚めたら完全に仕事を仕上げよう
本当に時間がないのだから

3時間後、蒼太は自然と目を覚ました
顔を洗ってマシンの前に座ると、周りの声は何も聞こえなくなる
キーボードを叩く音も聞こえない世界
暗闇を手探りで進む感覚
やがて幾筋もの光の道が 見えてきて、正しいものを見極められた者だけが次の扉にたどり着ける
そして、新しい世界に出会えるのだ
(あった・・・固体のデータだ)
いくつもの扉を突破して、蒼太は隠されたファイルを見つけだした
別ルートから、仲間がアクセスしているのがわかる
ここまで来たらあとはデータを抜くだけ
パスワードがわからなくたって、少々強引にこじ開けてしまえばいい
クラックの得意な仲間のシステムが、介入していくのが目に見える
「ゼロ、そっちで抜け」
「はい」
背後からかかった声に 蒼太は流出してくる情報をこぼさず全部受け止めた
マシンが悲鳴をあげそうなくらい読み込んでいく
それを女のマシンへ転送し、堕ちたデータから順番にメモリへと更に転送した
(デイビー、マリア、ウィリアム、リリー、ジュール、イヴ・・・クローンにも名前がついてるんだな)
羅列される文字列
生まれた日、身体能力、免疫力、数々の実験結果、特出した能力
色んな情報が大量に流れてくる
それを目で追いながら 蒼太は全部で26体のクローンの情報を確認した
「これで全部か」
「全部ですね」
「壊すぞ」
「どうぞ」
全ての転送が終った後、蒼太は回線を抜いて繋ぎ変え、女は完全に回線を切った
残りの男二人が クラックシステムを流し込みはじめ、それの援護に蒼太も入る
最後の仕上げは、時間との戦い
相手の息の根を止める行為
足掻く敵に油断しないよう、噛み付かれないよう徹底的に壊すのに3人がかりで打ち込んだ
自己修復能力も、やがて追い付かなくなり、
それぞれが違うやり方で作ったウィルスへの対処に手が回り切らなくなり、研究所のデータは全て無と化した
蒼太がこの街にきて、1週間目の夕方だった

夜になって、ネオンが輝く時間になってもケイは戻ってこなかった
街のまん中にあった研究所は赤い炎を上げて燃え上がり 今は形もなくなっている
「ケイとの契約はあなた方のボディーガードとあの研究所施設の破壊です
 クローン達も彼によって全て壊されたでしょう」
仕事は終ったから、と 女はさっき空港に向かった
男二人は 失ったマシンを取り返せないかと 未だこちらの政府にかけあっているようで このホテルの部屋には蒼太とアレックスしかいなかった
「で、どうして帰ってこないんですか?」
「さぁ、それはわかりません
 彼にとっても仕事はおわりましたから・・・帰ったのかもしれませんね」
「報酬は?」
「彼の口座に振り込ませてあります
 もちろん、あなたの口座にも」
ふーん、と
曖昧に返事をしながら 蒼太は研究所の惨事などなかったかのように明るい街を見下ろした
キラキラ光っている
あの中にケイはいるのだろうか
嫌な予感がした、あれは単なる予感で ここに戻らないのもアレックスの言うとおり仕事が終ったからという理由だけなのだろうか
「この世界で生きていくのなら、余計な感傷に浸るのはやめた方がいいですよ」
言いながら、アレックスは 蒼太にわずかに笑いかけた
また、嫌な予感がする
別に予知能力とか、第六感とか そんなものが特別あるわけでもないのだけれど
なんとなく嫌な気持ちになって、蒼太は曖昧に笑い返した
「明日の昼の飛行機を手配しました
 もう遅いですから、眠ってください
 そして、日本に戻りなさい」
ね、と
その言葉に頷くと、アレックスは満足したように部屋を出てゆき
1人 取り残されて 蒼太はまた街のネオンに目を向けた
何か、もやもやするものがある
そして、それが何だかわからない

ベッドに入っても、蒼太は眠れなかった
夜が明るいのがいけないのだろうか
来た時も思った、落ち着かないと
真っ暗な方がまだ、安心できる
この目もくらむような光の中に、何が隠れているのだろうかと不安になる
(考えろ・・・何がひっかかってるんだ)
帰らなかったケイのこと、他の仲間同様に特別に思っていたわけではない
アレックスも、色々と手をやかせてしまったけれど、それはそれ
彼はそれが仕事で、そのために政府から遣わされてここにいるのだ
(政府から・・・?)
ふと、思い当たることがある
ぎゅ、と毛布を握りしめて 蒼太は頭を整理した
ここに来て調べた時 アレックスについては誰よりも確実な情報が出て来た
政府の人間で、親は現在の政府の総裁という そうとうな実力者
本人もエリートの文句のつけようのない人物
こんな仕事のお目付役に来るのにはふさわしくないくらいの、要人
一歩間違えれば ここが襲撃され死ぬかもしれないような場所に派遣するには勿体無いほどの男
そしてケイ
元軍人と言った彼は たしかに数々の大戦で勲章をもらった記録が出て来た
何年に何々戦争
何年に何々紛争
輝かしい戦暦の持ち主で、一番最近の情報が10年前の記録だったはず
当時30才だったと そういう情報ばかり集めているサイトに書いてあった
当時30才、では現在40才?
「あれはどう見たって20代後半だし・・・」
そこまで考えて、ドキ、とした
さっき、最高のスリルと興奮の中 研究所のデータを抜き出していた時
全部で26体のクローンの情報がものすごい勢いで流れていった
もちろん全部見た
その時にはいちいち一つずつ 意味なんて考えなかったけれど


デイビー、マリア、ウィリアム、リリー、ジュール、イヴ、カルマ、シオン、サービス、レイン、アリューシャ、ソウル、ミカエル、エル、ソフィー、ヨーマ、ツヴァイ、マリオット、シーナ、レイモンド、ロメオ、エメルド、カレン、ケイ、アレックス

「ケイ、アレックス・・・」
ざっと見ただけだ、だから確かではない
でもその名前は確かにあった
その2体の特種技能は何だった
戦闘能力に長けた強固な肉体
そして、不眠不休で活動し続ける持続性の強い肉体、そんなものじゃなかったか
(・・・どうして・・・?)
もし、仮説として
彼等が二人ともあの研究所で作られたヒトクローンなのだとしたら、なぜ
なぜ、研究所を破壊する行為に手を貸すのか
それでは、残されたクローンはどうなるのだ
研究員なしで、この先生きていけるのだろうか
それとも、このまま死を待つのを選ぶほど、あの場所で生きることが辛いのか

「アレックス・・・」
作業をしていた部屋へ行くと、そこにはアレックスだけが立っていた
使われたマシンは跡形もなく片付けられている
「痕跡は一切残さないようにしなくてはいけませんから」
だから、あえてこちらで用意したマシンを使ってもらいました、と
彼は笑った
「じゃあマシンを盗んだのは あなたですか?」
「空港に届けてあります、帰りに手許に戻ってくるでしょう」
心の中の不安定な推測が、確信に変わるようだった
アレックスも、ケイも、クローンなのだ
あの研究所で作られた 誰かのクローンなのだ
そして、今 彼等をメンテナンスする研究員達は 皆ケイの引き起こした爆発で死んだ
まるで緩慢な自殺だと、思い至る
「死にたいんですか・・・?」
「聞いてどうするんです?」
この世界で生きていくんでしょう? と
その顔はいつも通りで、蒼太を見る目も声も いつもと何ら変わりなかった
本当に死ぬ気なんだろうか
それとも、研究員がいなくても生きていく術があるのだろうか
そのために、蒼太達に全てのデータを奪わせたのだろうか
「僕は何でも知りたいんです」
「では一つだけ教えてあげましょう
 クローンなど存在してはいけない
 人は唯一の固体であり、本体が失われればクローンで補うという思想などあってはならない
 戦争で駒にするためだけに作るなど、もってのほか
 人が人を作ってはならない
 私やケイは、そう思っていたのです」
暗殺された政府の要人アレックスも、戦死した英雄ケイも、
失われれば それで終り
そうでなければ世界の秩序が乱れる
何かが歪み、崩壊していく
「じゃあ・・・あの研究データはどうするんですか」
「もう処分しました」
大変な苦労をして手に入れてくれた貴方がたには申し訳ありませんが、と
アレックスは言い、苦笑した
「このホテル全体が政府の監視下にあります
 スタッフは全て手の者ですし、もちろんカメラも盗聴器もついています
 全てが終った今 それらは全部撤去され、スタッフも戻っていきました
 私は本物のデータを処分して偽のデータを政府に贈りました」
愛すべき、独裁者達に
失った息子のかわりにクローンを使った この国の権力者達に

言葉もなかった
たいていのことは受け流せる自信があるのに
何にも執着しないから、人にもあまり感情移入をしない
ケイもアレックスも、この仕事の間だけの関係者と割り切っていた
知りたい、と思わなければ
何かがおかしい、と考えなければ
あの情報を、記憶していなければ、こんな気持ちにはならなかったのだろうか
こんな、心がゾワゾワしてどうにもならないような気持ちに

「さぁ、眠ってください」
いつものように、アレックスが言った
見上げた先には、今までと何ら変わらぬ彼がいる
「眠れません」
そう言えば、今までと同じ様に寝かし付けてくれるのだろうか
それとも 無理をして眠る必要のなくなった今 そんな意味のないことはしないのだろうか
「眠れないなら、起きていなさい
 朝にはあなたは空港へ行き、この国から去るのですから」
コツコツ、と
アレックスは静かに蒼太へと近付いてきて、立ち尽くしたままの蒼太をそっとソファへと座らせた
今までと同じ様、冷たい手で肌に触れる
舌が首筋から下へと下りてゆき、その手に握り込まれたものはドクンと脈うってそそり立った
じわじわと濡れていくのを感じる
ゆっくりとソファに身体を押し付けられ、愛撫を繰り返され、
一度達した身体の、今まで触れたことのないうしろに 長い指が入ってきた
「え・・・・っ」
荒い息の下、彼の名を呼ぶと わずかに微笑がかえってくる
「眠らないのでしょう?」
そのまま、中をかき回されて頭がぐらぐらとした
慣れない行為に 感じるより先に羞恥に似た気持ちが広がっていく
ぞくぞくと、与えられる刺激よりも 行為そのものに気持ちが昂っていく
ふと、初めてこういう行為をした相手を思い出して 泣きそうになった
考えないようにしなければ、と目を背けている
思い出したとて、もうその人はいないのだし
「ゼロ、力を抜いてください」
ぎゅ、と目を閉じた蒼太に アレックスはそう言うと 体重をかけて蒼太の中に浸入した
苦しさに、思考が途切れる
声を出さないように耐えながら 中を満たしていくものを感じた
体温は少し低いけれど、血の通っている人の身体
これがクローンだなんて
死をまつだけの、存在だなんて
「ひ・・・っ、」
更に奥へと身を沈めたアレックスに 蒼太の咽から悲鳴が漏れた
この行為に慣れない身体は、快感などもたらしてくれない
痛みと、苦しさだけ
そして、悲しさだけ

この世界で生きていくんでしょう? とアレックスはよく言っていた
自分はまだ甘ちゃんだったのだろう、彼らからしたら
そして、そのくせ我がままで、子供で、
だから気にかけてくれたのか、世話をやいてくれたのか
「・・・この世界で生きていきますよ・・・」
蒼太は1人 つぶやいた
目覚めて、たった1人 このホテルに残された自分に苦笑しながら
心に残った痛みから目を背けて、自分の平静を探しながら


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