ZERO-1 故郷の空 (蒼太の過去話)


蒼太は早くに両親を亡くした
5才の時、親戚の家へ引き取られ、小学校の頃は図書館で本を読みあさり、中学、高校と 一流の進学校を主席で卒業した
育った環境のせいだろうか
幼い頃から 人の顔色を伺い、大人の望む理想の子供であるよう心掛けていた蒼太は、いつも笑顔のいい子だった
記憶力が良く、知識を得ることに貪欲で、
寝食を忘れて本に熱中することも少なくなかった
おまけにスポーツも万能で、学生時代にはよくモテた
高校の時には あたりさわりのない恋愛をして、たまにデートをしたり、人数の足りない部活の助っ人をしたりした
義理の父母は、そんな蒼太を自慢の子と可愛がってくれ、蒼太は常に彼らの気に入るよう優等生を演じ続けた

「そんなのは、苦にはなりませんでした、全然」

元々、器用な人種なんだと思う
そして、その聡明さ故 はじめから蒼太は自分の立場をよく理解していた
親戚の保護なしでは、生きていけないこと
本当の子ではない自分を育ててくれる恩に報いなければならないこと
そして、何より自分が過ごしやすいために 親戚の機嫌をいつも取っておかなければならないこと

高校に入学した時、親戚は蒼太にパソコンを買い与えてくれた
ネットの世界に足を踏み入れ、本では得られなかった様々な情報と知識を得ることができた蒼太は、その暗い部分にすぐに気付いた
そして、普通に生活していては見えない、隠された世界を知りたいと強く思った
貪欲な子供だったから、
好奇心のままに行動する知識も力もあったから
夜な夜な、ネットに潜り奥へ奥へと足を踏み入れ 冷たく暗い世界に身を浸した
人間の汚い部分
そんなものを見ながら、全て自分の中に蓄積していった
世界を知ると自分が大きくなった気がするから、
人間の、醜い部分を見ると これこそが人間というものだと思えるから
蒼太は 瞬く間に裏の裏の世界まで辿り着き、そこに嵌った

そして、高校卒業と同時に 家を出た

「情報を抜く仕事をしないか?」
ある時 18才の蒼太に仕事を持ちかけてきた人がいた
ネット特有の相手の顔が見えない状態で何度かやりとりをし、その仕事が 今まで誰も成功したことのないものだと知って 蒼太の心は少し動いた
この世界に嵌ってから、色んな場所のセキュリティを突破して情報を抜いてきた
力試しをしている感覚、それが楽しくてはじめたけれど
堅く守られていればいる程、その奥には上質の情報が隠されていたから それは世界を知りたがった蒼太を動かすのに充分な動機を与えた
「成功したら報酬2千万だそう」
「何人、失敗したんですか?」
「お前で11人目だ」
ふーん、と
アパートの暗い部屋でパソコンに向かい、蒼太は1人天井を見上げた
新しいことを知れるのが楽しくて、
まだ誰も突破に成功していないセキュリティだというのに心が疼いた
試してみよう、自分の力を
三流の企業の秘密ばかり覗き見するのにも飽きてきたし、1人で生活していくのには金がいる
家を出たからには、稼がなければと
蒼太は画面を見つめて 笑った
「いいよ、じゃあ時間を1週間くらいくれる?」

そして1週間後、ほぼ睡眠を取らない状態で部屋に隠り続けた蒼太は、空のペットボトルの散らかった部屋で1人笑った
堅く堅く守っていて、誰も成功したことがないと言うからどんな情報かと思えば 単なる顧客名簿
こんなものが欲しかったのか? と思いつつ
さっきまでギリギリのラインでキーボードを叩いていた指がまだ震えているのに おかしくなってまた笑った
なんてスリル
深く深くに浸入して、もう戻れない場所まできた後は丸2日間、気の抜けない状態が続いて頭がおかしくなりそうだった
呼吸を忘れそうになる程熱中して、
目が無理をさせすぎてボロボロ涙をこぼした時には驚いた
「目ってまばたきしないと乾くんだった」
そんなことをつぶやきながら 暗い天井を見上げて 蒼太は大きく息を吐いた
終った後の達成感
その余韻にひたりながら、1週間ぶりに熟睡した

数日後、本当に2千万振り込まれているのを確認して、蒼太は驚くより先に呆れた
(あんなの何の役にたつのかな?)
一見、ただの顧客名簿に見えたのだけれど、もしかすると汚職の関係者リストか
はたまた何かの共犯者の名前が記されているのか
(必要な人には2千万の価値、いらない人にはただの文字列)
結局、世界ってそういうものなのかもしれないな、と思いつつ 蒼太はコンビにで適当にパンや飲み物を買い込んで アパートへと戻った
毎日、毎晩、ネットに潜って 裏の世界を歩き回って
誰も入れないような強固な城をじわじわと攻略して、中のお宝をいただく
あるいは、大切に隠されている姫をさらっていく
そんな感覚
まるでゲームみたいで、そのくせスリルはゲームとは比べ物にならない
こちらのアシがついたら、それこそ犯罪
下手すれば 命にかかわるかもしれない
(なんたって・・・2千万だもんな)
どさ、と
買ってきたものを冷蔵庫に突っ込んで 蒼太はまたパソコンの前に座った
低階層の掲示板には毎日色んな情報が書き込まれている
ざっと目を通して、何かおもしろい記事がないか探した
例えば、一流企業の噂とか、外国の王族の秘密とか
そういうものを このアパートの一室からネットを辿って辿って抜いてこれるのだから
ここでキーボードを叩いてアクセスすれば、どんな場所にだって届くのだから やめられない
人が隠しているものや、守っているものには それだけの価値があり
価値があればあるほど、それを知ることで自分が大きくなれる気がする

掲示板に、ZEROの噂はあっという間に広がっていた
あの10人挑戦して誰もなし得なかったハッキングに成功したと 誰が拾ってきた情報なのか ZEROのメールアドレスまで掲載されている
(さすがに早いなぁ)
まるで人ごとのように そんな感想を持ちつつメールボックスを開くとパンク状態
要領を完全にオーバーしている
その半分が 挑戦的なウイルスメールで、もう半分が仕事の依頼だった

「楽しいね・・・こういうの」

ZERO
蒼太がこの世界で使っている名前
それは一夜で有名になり、時が経つにつれて さらにその名を上げていった
彼に攻略できないシステムはない
彼に頼めば、1週間で情報が手に入る
そんな噂で世界が盛り上がる中 蒼太は次々と入ってくる依頼の中で 特に難しそうで、自分を満足されられそうなものばかりを選んで手をつけていった
報酬は、どんどん振りこまれていく
なのに、相変わらずアパートの一室で、コンビニの水とパンばかりを買い込んで
ろくに眠らず、食事もとらず
何かに憑りつかれたようにキーボードを叩き、蒼太は日々を過ごしていった
新しい世界
まだ、ここには自分の知らないことが多々あり、自分と同等、それ以上の技能を持った者達がいる
厚い壁に守られて触れることすらできない情報にぶちあたれば、それこそ倒れるまで挑み続けた
毎日が楽しくて仕方がなかった

そんな日々をどれくらい過ごしただろう
いつしか、蒼太は自分のいる裏の世界のさらに底に、もっとレベルの高い人種が存在していることを知った

(そこにたどり着きたい・・・)

しかし入り口さえ、みつからない
その世界へ行く力のある者には、自然に見える入り口があるのだという
それさえ見つけられない自分は、まだ世界に入ることすら許されていないのだ
その事実に、興奮した
世界はそんなに簡単じゃない
そのことに 嬉しくなって、暗い部屋で一人笑った
新しい世界がそこに広がり続ける限り、退屈することなく、スリルを求める心と好奇心を満たしていくことができる

19歳の春、蒼太はある企業に入社した
24歳でシステム関係の経験ありと経歴と名前を偽っての入社だった
配属先はシステム開発チーム
新しく受けた依頼が特殊で、この企業が10年かけて作り上げたシステムを、公式発表の日までにそっくりそのままコピーして持ち帰り、オリジナルを破壊してほしいというものだった
そっくりそのまま、との要望に どうしても自室からではコピーが取れず こうして出向いてきた
久しぶりに、人と触れる気がする
スーツを着て、先輩に挨拶して回り 配属先のチームの部屋へ着くとすぐに その機械にさらわせてもらった
「これがマニュアル、ちょっと難しい機械だから気をつけて触って
 わからないことは何でも聞いて」
「はい、ありがとうございます」
先輩として 蒼太に付いてくれた川上は、忙しそうに蒼太に本を一冊渡すとパタパタと自分の仕事へと戻り
蒼太は最初の1日を、丸々その機械にかじりついて過ごした
少しさわればわかる
この機械とシステムの優秀さ
どれ程の時間と手間をかけて作り上げたものなのかも

(まぁ・・・システムやプログラムなんてみんなそうだけど)

発想、手間、膨大な時間、そして人間の労働力、資金
いろんなものをかけて、ようやく作り上げるもの
質がよければよい程、大変な思いをして作り上げられたものなのだろう
それがよくわかる
なんとも美しく組み上げられたプログラムに 蒼太は感心してため息をついた
底の世界を探しながら日々暗い部分ばかりを歩いているから、余計
優秀なシステムを作る人間というのは皆 暗い世界の住人なんだと思っていた
こんな明るい企業の一室で、あんな明るい顔で話す人間でもこういうものが作れるのかと
少し興味を持った
川上の仕事や、その人柄に

「相川くん、熱心だね」
蒼太の使った偽名は、電話帳の最初に載っていたもので、
最初は呼び掛けられても反応が遅かったが、最近ではそう呼ばれるのにも慣れた
今も、ごく自然なタイミングで顔を上げて川上と視線を合わせた
彼は、昼も夜も熱心に機械に触っている蒼太をよく可愛がってくれた
優しげな、明るい顔で話す人
システムの人間というよりは、どこか国語の教師を連想させる人種
「俺も好きでね、君くらいの時に丁度ここに配属されてこのシステムを作り上げたんだよ
 完成したのが つい3ヶ月前
 10年かかって、ようやく次の総会でお披露目
 あの時のプロジェクトチームは今は解散して他の支社へ散ってしまったけど、これが実用化されれば皆 喜ぶだろうな」
もう社内の誰もが帰ってしまった時間
残っているのは警備の者と、川上と蒼太だけ
「川上さんが作ったんですか、綺麗なプログラムですよね」
「俺はほとんどサポートしかしてないよ
 それは先輩が組んだんだ、ほんと、綺麗だよね」
へぇ、と
相槌を打ちつつ、蒼太は彼の買ってきてくれたコーヒーに口をつけた
ここにきて1週間が経つ
中身を覗いてしまえば、蒼太には再現が難しいものではなかった
それでも量が半端じゃないから、全てを記憶するのにあと2.3日はかかると思う
コピーを取ったら 瞬間に全てのシステムが凍結されるよう設定されている部分は、破るのにどうしても必要なキーがわからなかったから、コピーを取ることはできない
(まぁ・・・時間はあるからいいんだけど)
それよりも蒼太には 自分を可愛がってくれる川上が気になって仕方がなかった
今までは、自室からブロックを破って情報を抜き取ってきていた
そのシステムを作った者の顔は見えなかったし、それを必死に守っている者達のことも何ひとつ知らないままだった
だから、何の躊躇いもなくできた
だが、今 目の前には 10年もかけてこのシステムを完成させた男がいて
その時のことを懐かしく語りながら、自分の後輩となった蒼太に色々と教えてくれる
可愛がってくれる
こんな風に、遅くまでいるときは差し入れをしてくれたり、蒼太がロクなものを食べてないと知ると 食事に連れ出してくれたりする

「そういえば、相川くんは彼女いるの?」
「いませんよ」
「即答するね、君 受付のお嬢さんたちから大人気なの知ってる?」
「この会社の女性の方ってみんな美人ですね」
入社した次の日に、セキュリティのかかっている部分を数えるのに社内をウロウロしている時 何人かに声をかけられた
名前やら年やらを色々と聞かれたっけ
今度 ドライブに行こうと誘ってくれた人は、けっこう好みだった
時間があれば、本当に遊びにいきたいくらいに
「珍しいよね、君みたいなタイプは
 こんなシステムのこと詳しいくせに、女性ともうまくやれるなんて」
「そうですか?
 僕から見たら川上さんの方が珍しいですよ
 こんなシステム作ったのに、そうは見えない
 どっちかっていうと、機械や数字は苦手って顔に見えます」
そうかなぁ、なんて
笑いながら 川上は時計を見て蒼太に言った
「そろそろ帰ろうか
 今日はもう仕事もないし、明日は別の機械の調整が入ってるから忙しいよ」
「はい」
素直に笑いかけた蒼太を、川上は本当に気に入っているのだろう
満足そうにうにずいて テーブルの上からキーを取り上げた
(そっか・・・あのキーがあればもっと楽かな)
新入社員である蒼太には、まだビルのキーは渡されていない
さすがに ここのビルのシステムは一朝一夕で破れるものではなく、今の蒼太にはプログラムを覚えて家で再現するという大きな仕事があるので ビルのセキュリティまで破っている暇はない
あの鍵があればフリーなんだよな、と思いつつ
蒼太は、カバンの中に愛用のリーダーを入れていたかどうか、確認した
(あるし・・・)
そうして、部屋をロックして先を歩いていく川上を見遣った
しばらくついて歩く
そしてエレベーターがホールについた瞬間、あっ、と
立ち止まって 困ったような顔で川上を見上げた
「どうかした?」
「忘れ物をしました、取ってきます」
「ああ、じゃあ取りに戻ろう」
「いえ、僕だけ行ってきます
 エレベーター来てるし、川上さんは先に行ってください
 鍵だけ貸していただけると・・・」
見上げた先で川上は笑って わかった、とカードキーを差し出した
やっぱり、システム系には似合わない人
こんなに簡単に人を信用してしまうなんて
「すぐ追いつきます」
エレベーターを見送って、蒼太はわずかに苦笑した
罪の意識が芽生えてしまうのは よくない
今、そんな風に思うのは たまたま相手の顔が見えるからだ
今までだって同じことをしてきたのだし、罪の意識を感じたって、この仕事を中止する気はないんだから
(ごめんね、川上さん)
リーダーにカードキーを通して、セキュリティ解除のデータを読み取った
あとは、これを磁気カードに入れるだけで簡易カードキーのできあがり
その場で、2分待って、エレベーターを呼び 蒼太はエントランスで待つ川上と合流してキーを返した
そう、ほんの少し相手に悪いな、と思ったって
自分が奪おうとしているものが、その人たちにとってどれだけ大切なものだと知っていたとしたって
自分はこの仕事をやめようなんて思わないし、隠されたものを暴くスリルと好奇心には勝てない
高度なものほど 挑戦し打ち破ったときの達成感は大きいのだから

次の日も、夜遅くまで蒼太は部屋で仕事をしていた
川上は総会でお披露目となるこの機械についての説明を会議でしており、それが長引いているのか未だ戻らない
(・・・うん、これで再現できる)
美しいプログラムを見ながら 蒼太は記憶と照らし合わせて確認し、小さくため息をついた
面倒だったけれど、この仕事もそろそろ終わる
中身を覚えて家で再現し、何度も感嘆の息を吐いたこのプログラム
こんな企業にいるのは惜しいくらいの力の持ち主
蒼太が同じものを作ったら、もっと強引に組み上げただろうし、こんなに洗練されたものはできないだろう
(10年の傑作だもんね・・・)
そりゃそうか、
自分は1つのシステムに10年も時間をかけたりはしない
せいぜい1ヶ月
綺麗に、なんて考えない
形になって動けばそれでいい
自分はもっとたくさんのことを経験して、もっと多くのことを知りたい
だから、時間がもったいない
10年あれば、いったいどれほどの世界を知ることができるか

うとうとと、蒼太はいつのまにか眠っていた
最近 会社で記憶したものを家で入力しているうちに夜が明けて また会社へ行くという生活を繰り返していたから ロクに睡眠を取っていない
記憶ももう終わったし、あとは帰って打ち込むだけ
それで少し気が緩んだのだろう
机に突っ伏して眠っていた蒼太に、そっと上着がかけられても目を覚まさなかった
遠くで カタカタいうキーボードの音が聞こえてくる
聞きなれた音
でも、どこか人を不安にさせる音
「相川くん・・・、そろそろ起きて帰ろう」
耳元でささやかれて、うっすらと意識が覚醒へ近づいた
それでもまだ目が開かない
ここが明るくて、眩しくて、起きられない
「相川くん・・・」
優しい声、穏やかで落ち着いている声
この声とも今日でお別れか、と ふと思ったとき 唇に軟らかいものがふれた
「・・・ん、・・・う」
甘いような口付け
ああ、もしかしてこの人 僕のこと好きなのかな、なんて
寝起きであまり まわらない頭で考えた
入社したときから よくかまってくれた
可愛がってくれた
難しい機械を扱うから、入社した後輩も皆辞めてしまったと寂しそうに言ってたっけ
「川上さん、僕のこと好きなんですか?」
顔を上げて、少し戸惑ったような彼の目を見つめた
ごめんなさい、今夜 僕はここにある全てのものを破壊する
貴方や、貴方のチームメイトが10年かけて作り上げたあの美しいプログラムも消去する
自分は、達成感と報酬と、あの美しいプログラムに出会えて得た知識を得る
あなたは全てを失う
だったら、せめて
「別にいいですよ? 好きにしても
 僕も川上さんのこと、好きですから」

そのまま、その部屋で身体を合わせ、蒼太は冷たい床の上で身体の奥に挿入してくるものを感じていた
男とこういうことをするのは実際初めてだったけれど、思ったほど酷くない
彼が慣れているのか、それとも蒼太を傷つけないよう優しく扱ってくれているのか
(けど、気持ちいいかと聞かれたらそうでもない・・・)
これも単なる経験の一つと、頭は理解しているようで 与えられる愛撫に身体は反応するけれど 心は冷静なまま 行為に興奮し盛り上がることはなかった
身体の上で、熱を帯びた目で川上が達した時も 彼の背に腕をまわし肩の辺りに顔をうずめて 身に広がっていく不快感に堪えていた
性行為は嫌いじゃないけれど、それよりも心が高ぶり 身体が熱を持つあのスリルを味わっているほうが余程楽しい
余程、興奮する

川上は、丁寧に優しく蒼太の身体を扱い、初めての蒼太が辛くないよう 気持ちよくなれるよう手や口で何度も濡らして果てさせた
抗えない生理現象に、眉をしかめて蒼太は 彼の口の中に白濁を吐き出し 無理やりに高められた身体が冷えていくのを感じていた
(・・・そういえば最近 ちゃんとセックスしてないかも・・・)
ずっと部屋にこもりっぱなしで、女の子と遊びに行ったりセックスしたりしていない
この仕事が終わったら 遊びたいな、と
受付の好みだった女の子のことを ふと考えた
この仕事が終わったら、もうこの会社には来ないけれど

その夜、身体が辛いだろうとタクシーを呼んでくれた川上と別れを告げて 蒼太は一度アパートに戻り プログラムの最後の部分を打ち込むと、また会社へ向かった
誰もいないビル
警備の者の巡回経路はチェック済み
川上のカードから作った偽カードで裏口を開けて、エレベーターでシステム室まで行った
見慣れた部屋
ここにきて、もう2週間くらいになるか
今日で見納めの場所
さっきまで、ここで川上に抱かれていた
(さて、やるか・・・)
電源を入れて、持ってきたディスクを入れる
システム破壊のプログラムが流れ込むのに2分半
あとは、ワードを入力すればおしまい
全て、おしまい

静かな真夜中の道を、蒼太は一人歩いていた
今までだって、同じことをしてきた
そして 罪の意識よりも自分を満たす欲求を優先してきた
もっと世界を知りたい
世界には、蒼太など足元にも及ばないものたちがたくさんいる
その存在さえ 蒼太にはまだ見つけられない世界がある
そこに、たどり着きたい
そこには何があるのか、知りたい
この欲求に、勝てない
見上げた空は、明け方の薄紫と金に染まり
蒼太は立ち止まって 苦笑した
この身に残る 初めて異物を受け入れた感覚が彼を思い出させる
あんまり、人と深く関わらない方がいいな、と思いつつ 目を閉じた
罪悪感など、持つほうが間違っている
そんなものでは償えないほどのことを、たった今してきたのだから

翌朝、蒼太は空港にいた
新しい仕事が入った
外国の研究所から情報を抜き出すこと
そのために世界から優秀な人間を集めてチームを作るから、と言われ 朝イチの飛行機を手配した
簡単に その研究所のことを調べたら なかなかに面白い情報が出てきた
動物と人間との掛け合わせを秘密裏に行っているだとか、
ヒトクローンを研究し、軍事用に育て輸出しているだとか、
(あながち噂だけじゃないのかも)
こうして、蒼太に依頼が来るくらいだから
しかも 政府機関から秘密に処理して欲しいとの依頼なのだから、なおさら
(楽しみだな)
つぶやいて、蒼太は読み終えた新聞をダストボックスに捨てた
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