私があの人を好きな理由 (赤×桃)


小学生の頃、さくらには仲のいい友達が二人いて さくらは二人ともを同じだけ好きだった
ある日、その二人が喧嘩をしてそれぞれの言い分をさくらに訴え
どちらの味方になるのかと選択を迫った
「私は三人で仲良くしたいんです」
「さくらは私を裏切るの?」
「私の味方になってくれるよね?」
二人を、二人とも同じだけ好きだったさくらに どちらか一人を選ぶことはできず
お互いが、お互いを罵りあう中で どちらが正しくてどちらが悪いのかなんて 子供のさくらにはわからなかった
そして結局三人は、それ以来 友達として一緒に遊ぶことはなかった

それがとてもとても悲しくて、
さくらはどちらが正しいのか判断できなかった自分を責めた
ものごとには善悪があって、かならず正しいものがあり、悪いものがあるのだ
それを見抜ける人間になりたいと思って 正しくあることを心掛けた

高校生になった時、同じ様なことが起きた
仲の良かった友達が、どちらが正しいかで喧嘩をした
「さくらは私を信じてくれるよね」
「私の話を聞いてっ、私の方が正しいってわかるから」
二人の話を両方聞いて、さくらは判断した
あなたが間違っていて、あなたが正しいと
そして、さくらは一人友達を失い、正しいことを言った友達と それからの高校生活を過ごした

だけど、友達を一人失った悲しみは 小学生の頃と変わらなかった
そして、卒業間近になって 間違っていると判断したあの子の言ったことも間違いではなく
それはその子にとっての正義で
さくらや、もう一人の友達にとっては理解のできないようなことでも
立場を変えれば 正しかったのだと知って愕然とした

では一体何が正しくて 何が間違っているのか
自分の判断は信用できない
なら、どうしたらいいのか
間違った判断で 友達を傷つけ、失った傷は大きかった
自分というものに不信感を抱いたまま、さくらは自衛隊へと入隊する

そこでは規律が全てで、
自分で何かを判断し決定する必要がなかったから
規則規律と命令が全てである世界でなら、誰も傷つけずに生きていけると さくらは思った
「おまえは間違っていた」
自分が自分を責める言葉も、厳しい訓練が忘れさせてくれるだろうから
悲しい友達との別れの記憶を、薄れさせてくれるだろうから

「ふぅん、真面目なんだな」

初めて出会った時、暁はさくらをスカウトに来たと言っていた
射撃の訓練を終えて、上官からサージェスの話を聞き 応接室で暁と会った
鍛えられた身体、スキのない身のこなし
さくらには一目見て、暁がサージェスの「おつかい」ではないことがわかった
「新しいチームを作るんで、そのメンバーを探してる」
「そうですか」
見遣ると、仕事の内容やスケジュールなんかが書かれた書類をよこしてきた
「戦闘のプロが欲しい
 訓練を見たが、相当な腕だな」
明るい笑顔、屈託なく話す仕種
暁の様子には好感が持てたけれど、それだけではさくらは動けなかった
ここにいるのは、ここなら何も考えなくてすむからだ
自分で判断して決定し、誰かを傷つけることがないから
だからここにいる
優秀な上司の命令に従って、自分はただの駒となる
それでいい
大切な友達を傷つけたときの痛みを忘れない
失った時の悲しみを、忘れない

「お話はわかりましたが、私は優秀な上司の元にしか、いたくありません」

サージェスに、そういう人材がいるならお受けします、と
さくらの言葉に 暁は不思議そうに首をかしげた
「上司?
 チームだから、全員対等だと思うけどな」
「それなら無理です、お断りさせていただきます」
「なぜ?」
「私は正しい判断かできない人間だからです
 常に正しい道を判断し命令を下してくれる人がいるなら、私はその人の元で戦いますが」
いないのなら、行くことはできませんと
言ったさくらに、暁は今度は笑い出した
「何かおかしいんですか」
「さっき見た戦闘シミュレーションでの判断力はたいしたものだった
 それで正しい判断ができないっていうなら、この世にそんなことできる奴なんていない」
成績もこんなにいいのに、なんて
おかしそうに笑った暁を さくらはきっと睨み付けた
戦闘中の攻撃方法、撤退経路、武器選択、有効な戦術
そんなのは、答えが決まっている
あらゆるパターンを覚え込んで、咄嗟に選んで対応するだけ
そんなことではないのだ
そんなレベルではない
さくらが恐れているのは、人の心を傷つけることで
大切だった友達を理解できず、自分の間違った判断で失ったことが悔やまれてならないのだ

「・・・なんだ、そんなことか」

悔し気に、言ったさくらの言葉に 暁は突然立ち上がった
「ちょっとまっててくれ、すぐ戻る」
そうして突然に応接室を出ていった
残されて、さくらはポカンと誰もいなくなったソファをみつめ
それから小さく溜め息を吐いた
サージェスでも、自衛隊でも、どこでもいい
誰かが正しい道を示してくれる場所なら
自分で判断する必要のないところなら
(私、初対面の人に何を話してるんだろう・・・)
明るくて強い眼をしていた暁の顔を思い出す
きっと、あの人は強い
迷わない揺るぎない心で、まっすぐに立っている そんな気がした
暁の置いていった書類を眺めながら考える
高校の時に「あなたが間違っている」と言ったときの あの子の顔
泣きそうに歪んでいた
悔しそうに睨み付けていた
彼女の何も知らずに、間違っているなんて言葉 よく言えたものだと
未だにその記憶はさくらを責める
自分自身が許せない

「すまない、待たせたな」
「いえ・・・」
15分ほどして、暁は戻ってくるとソファに座っているさくらに手を差し出した
「行くぞ」
「・・・どこへですか?」
「いいから、ついてこい」
「え?」
何を突然、と
見上げた眼は やっぱり揺るぎなくて
吸い込まれそうにまっすぐなのに、自然に身体が動いてしまった
きっと、この人は自分のような中途半端な人間ではなく
ちゃんと正しいことを判断し、決定できる人なんだと そう感じた

暁は、表に止めてあったバイクにさくらを乗せると 30分ほど走って一つの小学校にやってきた
「ここ、何ですか?」
「連絡はつけてある、会ってくればいい」
「誰に、ですか?」
「その、傷つけたっていう友達に、だ」
「えぇ?!」
校庭から子供達の声が聞こえてくる
暁に背を押されて歩きながら 何が何だかわからずにさくらは辺りを見回した
「こ、ここに・・・いるんですか ?」
「ここで先生をしてるそうだ」
「どうしてそんなこと・・・っ」
「さっき調べた
 ああ、あそこにいる、あの人だろう?」
ほら、と
少し強く背を押され さくらはよろめきながら校舎の入り口に立つ女性を見遣った
見覚えのある顔
卒業以来会ってない あの子
間違ってるなんて決めつけて傷つけた、大切だった友達
「あ、あの・・・」
ドクン、ドクン、と心臓がなった
今さら会って どうしろというのだ
彼女は自分の顔など見たくもないだろう
傷つけた罪は重い
自然 足が震えて立ち止まりそうになったさくらに 女性は向こうから近付いてきた
「久しぶり、さくら」
あの頃と変わらない声
思考がふっとぶ気がした
自分を責め続けた、ずっとずっと
泣きそうになりながら、こちらを睨んでいたあの子の顔を忘れた日なんかなかった
「ごめんなさい・・・私・・・」
震える唇はちゃんと言葉をつむげなかった
今さら謝ったって、と思ったけれど 本当はずっとずっと言いたかった
「あの時・・・間違ってるなんて言ってごめんなさい・・・」
人の気持ちの何も理解しないで、傷つけて
自分に、何かを判断する力なんかなかったのに
「いいよ、まだ気にしてたのね、相変わらず真面目ね、さくらって」
目の前で 前と変わらぬ笑顔で彼女は言い
あの人から電話があってさくらが会いに来ると聞いてびっくりしたと、笑った
「元々は私とあの子の喧嘩にさくらを巻き込んだんだもん
 さくらは何も悪くないよ」
それにしても、あんなくだらないことで喧嘩して絶交なんて若かったね、なんて
言った後 彼女は申し訳なさそうに苦笑した
「ずっと気にしてたなら、私の方こそごめんね」

帰り道、バイクの後ろにのりながら さくらは暁の言葉を考えていた
何でもない顔をして、突然こんなところに連れてきて
あの子に会わせて 何をさせたかったのだろう
暁のところに戻った途端 無性に泣けてきて 涙を止められなかったさくらに 暁は言った
「すっとしたか?」
明るい顔で、何でもないような風で
「自分で自分を責めてたってしょうがないだろう」
悔やんでるなら、謝ってみたらいい
間違っていたと思うなら、正しいと思った方に向かってみればいい
「やり直しのきかないことなんかない
 遅すぎることもない」
そして 余計激しく泣き出したさくらの髪を 笑ってなでた
初対面なのに、
お互いのことを まだ何も知らない二人なのに

後日、暁がもう一度 さくらの元を訪れた時 さくらは以前とは少し違う表情で暁を迎えた
「返事を聞きにきたんだが」
「前も言ったとおりです
 優秀な上司がいるのなら、お受けします」
「・・・まだ言ってるのか」
「私は未熟者ですから また間違うかもしれません
 彼女は私を許してくれましたが、傷ついたことに変わりはありません
 だから」
だから、と
暁を見上げたさくらに 暁はやれやれと首をすくめた
「上司ったって 今のところチームは俺しかいない」
「では、あなたが上司として私に命令してください」
「命令ねぇ」
「あなたのような人の命令なら、私はどんなことでも従います」
「・・・そりゃまた責任重大だな」
くく、と
暁は笑って まぁそれも面白いかとつぶやいた
「じゃあ、決まりだな
 サージェスから改めて連絡させるから 自衛隊の脱隊手続きは進めておいてくれ」
「わかりました」
暁が立ち上がる
見送るためにドアを開けながら さくらはドクン、ドクン、と鳴る心臓の音を聞いていた
揺るぎない目
明るい表情
人の心を汲み取って 求めているものを与えてくれる そんな彼に心が魅かれた
「ああ、そうだ、さくら」
呼ばれて、顔をあげる
「俺の部下になるんなら覚えておいてほしいんだが」
「なんですか?」
にっ、と笑う顔
覗き込んでくるような目
「俺は仲間を信頼する、全霊をかけて
 だから、お前は正しいと これから先いつも信じる
 それを、忘れてくれるな」
笑って、暁は言い
さくらは その言葉にまた泣き出しそうになった
ドクン、ドクン、ドクン
心臓の音が煩いくらいに響く
体温が上がる
「お前は間違ってないと信じる」
そう言って、暁は帰っていき
さくらは一人残されて へたへたとその場に座り込んだ
何が正しくて、何が間違っているかなんて大それた判断は 自分などにはできないと思っていた
人を傷つけた自分が許せなくて、責め続けた
自分を信じていなかった
信じるなんてできなかった
なのに、暁は言う
これから先、全霊をかけて信じると
こんな自分を、信じていると
「もしかしたら・・・とてつもなく・・・手厳しいことを言われたのもしれませんね」
だから、自分自身を信じられるような人間になれと、そういうことかもしれない
だけど、今
こんな自分を信じてくれる人がいるということが どんなに
どんなにさくらを救ったか
誰にわかるだろう
自分を責め続けた後悔の日々から解放してくれた暁は、それだけでなく居場所まで与えてくれた
泣きそうになる程に嬉しかった言葉
心が震えて、力が入らなかった
どうしようもなく、震えながら さくらはぎゅっ、と目を閉じた
心が熱かった


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