闇夜 (闇×黒)


全身が、ズキズキ痛んでいた
ヤイバとの戦いの傷が熱を持ちだしたのは 基地に戻る途中
何千もの折鶴から暁を守った時に受けた衝撃は、スーツの下の肌を灼き、裂いていた
「大丈夫か? 真墨」
「大丈夫だ」
前を歩く暁は、時々真墨にそうやって声をかける
この傷を気にしてくれているのだろうか
さくらと、何か難しそうなことを話しながら歩くその後ろ姿を見ながら 真墨は傷の痛みと同時に 一種の高揚のようなものを感じていた
確かに戦いはキツくて、勝ったとはいえ実はこうして歩いてるのも辛いほど身体はボロボロだけど
それよりも、何よりも
真墨の心を平常でなくしているのは暁の言葉だった

「俺はこの男を信頼している」

たった一言、でも 何より聞きたかった言葉
暁の口から そう言わせられれば俺の勝ちだと、
そんな風に考えていた 最高の言葉
それを、暁は今日言った
真墨を、信頼していると
強くなるために他人を犠牲にしてきた自分を
闇の匂いのする こんな自分を
(・・・くそ、信じられねぇ)
ゾクゾクと、興奮のような
ざわざわと、落ち着かないような
どうしようもない気分だった
憧れて、追い掛けつづけた暁の背中
その隣に並び立ちたいと 目指していた場所
信頼している、という一言は 暁の隣を許されたような そんな気にさせた
今、ここにいるのが自分だけなら声に出して喜んでいるだろう
暁が、俺を、認めたんだ、なんて
叫んでいたかもしれない

最高に気分がいい
だから傷が痛いのなんか大丈夫だ

「基地に戻ったら手当てしてやるよ」
「・・・あの薬は嫌だからな」
振り返って暁が笑った
「なんだ、あれくらいで痛がってどうする」
「痛くない奴がおかしいんだよっ
 あんた痛覚ないんじゃないのか」
「少し痛いくらいがいいんだよ
 生きてるって気がするだろ?」
「少し痛いどころの騒ぎじゃないだろっ
 あれで死ぬやついるってドクター言ってたぞ
 生きてる気がする前に死ぬだろっ」
おかしそうに笑う暁を見上げるようにして言ったら、一歩歩調を遅らせて真墨に並んだ暁の手が伸びて来た
ドクン、と心臓が鳴る
髪に触れる手
心がザワザワした
たまらなく、心地よくて誇らしかった
「情けないなぁ」
「あんたが変なんだよ」
周りで、仲間達が口々に話していて、
隣で暁が笑ってて
その手が自分に触れている
軽口を叩いて、真墨も笑った
気分は最高で、
だから あいつの言葉なんて忘れていた

自分が「闇」だってこと
この心の中には闇が広がってて、偽っていても本当は自分は 闇の力を求めてるんだってこと

「来たか」
いつのまにか、真墨は見知らぬ場所にいた
木々が茂る深い森、そんな場所だった
基地に戻って、牧野に人形を渡して
部屋に寄った後 医務室に来るように暁に言われて それから
それから後の記憶がない
いつのまにか、こんなところに立っている
空は真っ暗で星もなく
ここは静かで、奴以外は誰もいない
「ヤイバ・・・なんでお前が・・・」
「お前に暗示をかけた、ここへ来るように
 せっかく生かしておいた同族を、光の元へ置いておくのもなんだと思ってな」
ヤイバの深い声が、心に響いていく
意識はあるのに、身体が思うようにうごかない
どうやってこんな場所に来たのかすら、わからない
「お前の闇の部分が、私の声に反応したのだ」
ただ立ち尽くしてヤイバを睨み付ける真墨に、奴は低く笑いながら近付いてきた
「あの男がお前を惑わしているのか?
 まさか、自分の中に光があるのだなどと、思ってはいまいな?」
響く声
心あたりのある、己の闇
人を犠牲にしてきたのにも、
強くなるために、生き残るために、他人なんか蹴落としてきたのにも自覚がある
自分が一番になるために、
今、頂点に立つものに少しでも届くように、
そうやって必死に上ってきた
誰よりも強く、高くと、それだけを考えてきたから
ただひたすらに、孤高の背中を追ってきたから
「深い闇は光に勝る
 光など、闇に飲み込まれて消えてなくなるのだ
 お前が奴を超えたいのなら、光など探さずに その闇を深く濃いものにするがいい」
耳もとで、囁くように言われて 真墨はギリと歯をくいしばった
暁に憧れたのは、奴が誰より何より輝いてみえたからだ
あんな風になりたいと思った
そして追い掛けた
あんな風に、
闇など恐れない人間になりたいと思って焦がれた
「わからないなら わからせてやろう
 今のお前は光に目がくらんで盲目になっているのだ
 自分の中の闇を見つめ、くだらない光のことなど忘れるがいい」
動けないままに、土の上に引き倒されて
痛みを感じる間もなく、全身の力が抜けた
「なん・・・だよ・・・これ」
「暗示だ、闇の者にしか効かないものだが・・・
 これが効くのだからおまえはまぎれもなく、こちら側の人間だ」
重い身体が被いかぶさってくる
逃れようと もがくこともできなかった
両手を押さえ付けられ、足を開かせられた
ヤイバの向こうに 暗い空が見える
無性に、悲しくなった
暁に会う前には、こんな場所でこんな風に色んな男に抱かれた
それを、思い出した

「バカな奴ら、男犯してイって 挙げ句 宝取られてやんの」

暗闇で、声を上げて笑っても
両手に持ちきれないくらい沢山の宝を手に入れても
少しも満たされなかったあの頃
自分は何が欲しいのだろう、なんて 一人の夜によく考えた
あの宝も、この宝も、真墨を救いはしなかった
騙して、奪って、抱かれて、失っていく
心に虚無みたいなものが広がるのを感じながら それでも一人 強くなろうと必死だったあの頃
「闇に抱かれるのは心地よいものだ
 それを、思い出させてやろう」
深い、深い声が心の中に響いていった

身体は思うように動かないまま、腕に、足に、首に触れるヤイバの手の感触を感じた
同時に言い様のない 何かに沈んでいく感覚を覚える
ゆっくりと、泥のようなものに包まれていくような そんな感覚
目に見えない無色の泥は、真墨を包み込み 肌を通して体内に入っていく
生温く、からみつくようにしながら、それはじわじわと真墨を犯していく
「あ、う・・・・・ふっ」
ささやくように名前を呼ばれ、闇の言葉を繰り返されて 思考が麻痺する
掴まれた腰、開かされた足
逃げることもできずに、ただぼんやりとヤイバの顔を見つめていた
生暖かいものは、全身を包み込んで快楽に真墨を引きずり込もうとしている
「あ、う、・・・・・・あ、、、んぅ、」
「闇の者にとって 今 お前を抱いている闇は心地いいはずだ
 堕ちていけばいい
 何も考えず 与えられた快楽に身を浸していればいい
 求めるままに、欲するままに、手を伸ばせばいい
 闇に何もかもを、ゆだねればいいのだ」
ズク、と
身体に圧迫がかかり、押し入るように身体の中に入ってくるヤイバのものを飲み込みながら 真墨は荒い呼吸を繰り返した
わかっているのに、この行為の意味を
見えているし、感じている
ヤイバに犯されていることも
わけのわからない術のようなもので、身体の隅々まで快感に痺れているのも
「ああぁぁ、あぅ・・・っ」
奥までヤイバを飲み込んで、背を反らし
真墨は濡れた声を上げた
与えられるのは、快楽だけ
痛みなんかまったくない行為、まるで媚薬でも飲まされたかのように感じる身体
この行為に、意志や想いは関係なく
ただ、心に空洞が広がっていく
「う、う・・・・・っ」
ヤイバの声の、暗示だろうか
目に見えない泥の媚薬に 思考が麻痺したのだろうか
何も考えたくなくて
抵抗する意志すら消えて
真墨は、揺さぶられる身体をされるがまま
受け入れ、飲み込み、震わせていた
まるで あの頃のように
他人を騙して、裏切って、一人、真っ暗な中、泣くみたいに笑ってた日々みたいに
満たされなかったあの頃みたいに

「心地よいだろう?
 己の属性に逆らうから、余計な感情が生まれるのだ」
嫉妬や、焦燥や、怒りや、嘆きや、絶望などの負の感情
それは心を乱して人を弱くする
「光の側になどいるから、お前は弱いのだ」
こちらへ戻れば もっと強くなれる、と
ヤイバの言葉は 頭にガンガンと響いた
心に何か、共鳴するものがあった
抱かれながら
気が変になりそうな快感だけを感じながら 真墨は思う
強くなりたいと
誰よりも強くなりたいと
願ったのは何故だったのだろう
自分は何を、手に入れたかったのだろう

「俺は何が欲しいんだろう」

声は震えた
ヤイバを受け入れているのに、彼の体温は全く伝わらなくて
ただ生温い泥の感触を感じながら 真墨はヤイバの肩の向こうに見える真っ暗い空を見つめた
「どうした、何も考えることはない」
まだ、何かを考える余裕があるのか、と
囁く声はまるで媚薬のよう
腕を掴まれて、上体を起こされ そのまま四つん這いにさせられた
自分の身体じゃないみたいに力が入らない
泥にゆっくりと顔が沈んでいく そんな感覚があった
からみつく闇は、快楽を与え
思考を麻痺させ、喘ぐことしかできなくなる
ひくひくと、
泥と ヤイバ自身に犯された身体は 四つん這いの姿勢でも行為の続きを求めるように濡れ
「余計なことは考えないことだ」
呪文のような言葉を繰りかえし、ヤイバは真墨と身体を繋げた
「んぁ、あふ・・・ああぁ」
咽が震える
ぞくぞくと背を快感が駆け抜けていく
また、思考が止まる
彼のいう通り もう何も考えなくてもいいと思った
そう思って目を閉じようとした途端、激しく揺さぶられた身体を支えきれず両腕が崩れ
真墨は土の上に倒れ込んだ
ズキ、と
途端に、忘れていた痛みが 腕や肩に走り抜けていく

「ちょっと痛いくらいの方が、生きてるって気がするだろ」

ドクン、
心臓が鳴る
泥の闇に抱かれて麻痺していた身体の痛みが戻ってくる気がした
ざわざわと、甦ってくる今日の戦いのことや 受けた傷のこと
痛いくらいがいいんだよ、と言った暁の声
笑ってた顔
最高に心地よかった、今日の帰り道
欲しかった言葉を聞いた時の心の震えが、甦る気がした
「あ、う・・・・っ、いや・・だっ」
ヤイバの手に掴まれている自分のものが ざわざわと熱を持って濡れている
急にはっきりと、それを感じて寒気がした
「いやだっ、いや・・・っ」
もがいても逃れられず、相変わらず身体に力は入らない
それでも、
それでも、思考する力は戻った
暁の言葉と一緒に この身体に戻ってきた
ただ快楽に沈んでいるなんて嫌だと思った
そんなのは生きてるとは言わない
暁の言うとおり、生には痛みが伴って
だからこそ、何かを得たときの喜びがあんなにも大きいのだと真墨は今日 知ったのだから

「たいしたものだ、この暗示から抜けるとは」
未だ、真墨と身体を繋げたまま ヤイバは低く笑った
振動が、彼から伝わってくる
ゾク、とたまらないものが身体を駆け抜けていく
「かといって、その身に感じるものがなくなったわけではあるまい」
内壁を擦りながら中をかき回すヤイバのものは、時々強く奥を突き上げる
ゾクゾクと、そのたびに背を抜けていく快感
たまらなくて声が勝手に上がる
それでも、先程まで何も感じなかった心ではもうないから
嫌悪が、溢れてくる
わけのわからない衝動みたいなものが、渦巻いて身体を内側から壊してしまいそうだ

心がからっぽになりそうだった、あの頃
何を得ても満たされなかったから
自分は何が欲しいんだろうと考えていた一人の夜
珍しい遺跡、世界一だという名誉、それとももっと別の何かか

「いやだっ、いや・・・っはなせっ」
「大人しくしていれば辛くないものを
 闇に抱かれて、負の感情など消し去り強い力を手に入れればいいものを、なぜ、もがく」

あの頃、性行為に心も想いも必要なかった
真墨にとって、この行為は手段の一つにすぎなくて 他には何の意味もなかった
今と同じ
何ももたらさない
快楽があっても、心地よさがあっても、
それは生温くからみつき、思考する力を奪い、負の感情を消し去っていく
それで、強くなれると奴は言うけれど
闇に抱かれて闇に身を浸し、何にも逆らわずに求めるままにいれば、もっと強くなれると言うけれど

「あ、明石・・・・っ」
確かに、暁に抱く感情は純粋に憧れだけではなく
その強さに対する嫉妬も、叶わない焦燥も、届かない悔しさもあって
イライラしたり、怒ったり、嘆いたり、どうしようもなくなったりするけれど
だけど、
「忘れろ、あれはお前とは逆の属性の者だ」
たとえ、そうであっても
「いやだ・・・っ、明石・・・っ」
こんな生温い快楽だけに身を浸していたくはない
負の感情が真墨を弱くするのだとしても それでも
それを克服した時に心が強くなれるのを真墨は知ってる
暁の側にいて生まれる感情が、負のものばかりでないことも知ってる
心が震えるほどに、泣きそうになるくらいに嬉しい言葉をいくつももらった
ここで何も考えずにいたら心地良いだろうけれど
安穏の快楽などとは比べ物にならないくらい大切な何かを、怒って泣いて必死になって得たいと願う
ずっとずっと探しているものを、自分の手で手に入れたい

何が欲しいんだろうと考えていたあの頃
一人の男の後ろ姿を見て、それが何だかわかった気がした
だから、真墨は暁を追い掛けた
光の中に真直ぐに立つ、強き者の姿に心を奪われたから
あんな風になりたいと、思ったから

「明石っ、明石・・・・っ」
呼びながら、必死に土に爪をたてた
逃げられないけれど
どうしようもないけれど
このまま闇の中に取り込まれていくのは嫌だと思った
暁の持ってるみたいな光、それが欲しい
負の感情が人を弱くするのだとしても、それでも
暁の側にいたい
彼の側で、怒って、泣いて、焦って、魅かれて、そして最後に笑いたい
こんな生温いものじゃない、身を焼くような熱
そっちの方がいい
無痛の快楽より、痛みがいい
自分の心と意識を持って、抱かれたい
身体だけでなく、相手の心とも繋がりたい

どれくらいの回数、暁の名を呼んだかはわからなかったし
与え続けられる快楽に、身体はグタグダでどうしようもなく、
泥の闇に沈みながら いつしか呼吸すらできなくなって真墨は最後に気を失った
「なかなか面白い男だな」
ようやく真墨を解放して、ヤイバは低く笑い、
濡れた身体を放り出し、真っ暗な空を仰ぐと 何かの呪文を唱えて真墨の姿をそこから消した
「光を追う闇か、果たしてどこまでいけるか」
見せてもらおうか、と
ひとりごち、ヤイバもまた姿を消した
後には 静寂だけが残った



女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理