1回目の約束 (赤×黒)


暁の部屋に入って、こんな風にマトモな時間を過ごすのは初めてだった
前に一度来たときは、裏切った罰だとかでそれどころではなかったし、
それからは一度も 足を踏み入れてはいなかった
窓際にソファとテーブルが置いてあるだけのシンプルな部屋
奥に続く扉の向こうは寝室になっているのだろうか
真墨の散らかった部屋と比べたら 天と地ほどの差があるなと思いつつ、真墨は奥のドアを開けた

「あっ、真墨・・・」
カチャ、とドアが開く音と同時に おくれて入ってきた暁が入り口のところで声を出した
「なんだよ?」
振り向いて、暁を見る
途端、腕に負荷がかかり 何かの重いものに押される勢いで ドアが大きく開いた
ドサドサドサと、開いたドアの隙間から 本が雪崩のように溢れてくる
「な・・・んだよ、これ」
「そっちは物置きだから開けない方がいいぞ」
と、言おうと思ったと
暁は笑って テーブルにマグカップを二つ置いた
「物置きってなぁ、じゃあアンタどこで寝てんだよ」
「ここ」
雪崩れたついでだ、と真墨はドアを大きくあけて 中を覗き込んだ
奥の窓から入る光に チラチラと埃が舞っている
元々 寝室だったのだろうに、壁に設置された本棚に入り切らなくなった本が ベッドの上や床の上に溢れかえっている
「床抜けるぞ」
「牧野先生にもそう言われたな」
どうしような? なんて 暁は肩をすくめながらソファに座って笑った
(・・・意外)
この光景が、少なからず真墨には意外だった
今 暁が座っている部屋の風景の方が暁のイメージだ
片付いていて、シンプルで、
必要なもの意外は切り捨てる、そんな感じ
なのに、今日知ったように 暁は冒険小説が好きだったり、本に夢中になって任務を忘れたりすることもあるのだ
真墨はまだまだ暁のことを知らないし、暁も真墨をさほど知らないだろうと、そう思った

そして、そう思ったら、いてもたってもいられなくなって、こうして暁の部屋へ押し掛けてきてしまった

「なぁ、あれ全部 冒険小説なのか?」
「いや、色々だな
 資料とか地図とかの方が多い」
コーヒー冷めるぞ、なんて
暁は真墨が突然 部屋へ行きたいなんて言っても いつもと変わらず ふーん、なんて言って
今もこうして さして真墨がいることを気にするでもなく くつろいでいる
「中、見ていいか?」
「いいけど、遭難するなよ」
くく、と暁が笑った
最近 あの笑い方が嫌いじゃなくなった気がする
人をバカにしてるのか、なんて思った最初の頃には気付かなかった暁の目の穏やかさを今は知ってるから
ああいう風に奴が笑う時、奴はたいてい上機嫌だ
今だって、目は穏やかで、奴を取り巻いてる雰囲気も落ち着いている

(・・・すごい埃だな)

真墨は、ドアの側に積んであった本をどかして中へ入ると かろうじて通れる通路のようなものを通って奥の本棚まで行った
ノートとか地図とかが 無造作に突っ込んである
遺跡だの秘宝だののレポートも多くあった
(そうか・・・これあいつがトレジャーハンター時代のものなんだ)
自筆のノートを1册取って 床に座り込んで開いてみた
日記だろうか
メモのような走り書きは、日記というより日誌かもしれない
真墨も行ったことのある遺跡、憧れた土地、名も知らない秘宝
そんなのを読みながら もっと早く出会いたかったと その思いが強く強く胸に溢れた
暁がトレジャーハンターとして 世界に名を響かせていた頃
彼が不滅の牙として、世界の宝を手にしていた頃
その頃に出会いたかった
そうして、まだ見ぬ宝を一緒に探したかった
孤高の彼の隣に、立ちたかった
(くそ・・・)
古くなった地図、これからハントする予定の宝の資料
情報を書き記したノート、経歴を語る日誌
何もかもが、懐かしくて
何もかもに嫉妬のような思いを抱く
せめてあと1年 早く出会っていたら、あの心踊り血が熱くなる世界で 暁と一緒に歩けたかもしれないのに

「真墨? お前 熱心だな」
いつのまにか、結構な時間がたっていたのだろう
床に座り込んでノートをくいいるように見ていた真墨に 暁の呆れたような声がかかった
「俺といたいから来たんじゃないのか?」
おかしそうな声
そんなわけないだろ、なんて悪態をつきながら それでもノートから目を離せない
「懐かしいもの見てるな」
「アトランティス、お前も好きなのか?」
「解明されてない謎は全部 気になる」
神話の本も、大学教授のレポートも、秘境に住む人たちの話も、ファイルにまとめられて保管されている
これは、暁がトレジャーハンター時代に集めた資料で
けれど、この謎を明かす前に この世界から足を洗ったということか
その名残りだけ、ここにあるということか
「他にもいっぱいあるな・・・資料だけ集めて行かなかったやつ」
どうして、トレジャーハンターをやめてしまったのだろう
仲間を失って、足を洗ったときいた
あの世界中のトレジャーハンターの中で知らない者がいない程 名を響かせた彼が
彼が望んで手に入らないものなどないと言われた程の男が
仲間を失ったって、一人でどうにでもなるだろうに
彼の仲間になりたいと思う人間は、それこそ何人もいるだろうに
(・・・わかってるけど、お前はそういう奴だって)
人はそれぞれ、自分だけの宝を探してるんだ、と
そう言った言葉を覚えている
あれを聞いた時 この男は何でも手に入れてきたくせに、この上何を探してるんだと思ったものだ
満たされていない者の眼をしていた
失った者の眼だと思った
マサキとキョウコの話を聞いた時に 暁の望んでいるものを知り
それはもう二度と帰らないだろうと、心が重くなった
暁の失った仲間はもう戻らなくて、暁にとっての宝がマサキとキョウコなのだとしたら
暁は二度と 自分だけの宝を手に入れることはできないのだから

「捨てればいいのに、もういらないだろ」
いつか、行くつもりで集めた資料
でもトレジャーハンターをやめた暁には、もう行くことはない場所
「何言ってるんだ、行くんだよ、いつか」
ファイルを手に取って、暁はわずかに子供のような光をその目に浮かべた
「このあいだテレビで新説が発表されてただろ? 見たか?
 その教授のレポートを 今、取り寄せてるんだ
 サージェスの名前はこういう時 役に立つよな」
「・・・は?」
「まだ情報が足りないし、俺の推測も中途半端だ
 だけど、行くぞ
 その時がきたら、絶対に行く」
あれも、それも、と
まだ日誌に登場しない、未発掘の遺跡の資料を指差しながら 暁は笑った
ドクン、と心臓が鳴る
暁は、宝探しをやめたんじゃないのか
得たいと願った宝を失い、失望の中 トレジャーハンターをやめたんだと思っていた
違うのか
まだ、世界の宝への熱が残っているのか
「いつ・・・行くんだよ」
「その時が来たら、だよ」
「その時っていつだよ」
「俺の宝を手に入れた後」
に、と
暁の目がまっすぐこっちを見たのに またドクンとした
暁の宝
それは過去に失われてしまったのではなかったのだろうか
「お前の宝って・・・」
マサキとキョウコだろう、という言葉を飲み込んで
「・・・何だよ」
仲間ってことか? という言葉も 飲み込んだ
「お前」
だから、その一言を
なんでもないことのように言った一言を理解するのが一瞬遅れた
「・・・え」
「お前、それから蒼太、さくら、菜月
 俺の新しい仲間」
にや、と
今度は人の悪い笑みが浮かんだ
その顔から目が離せなくて、顔が真っ赤になるのをどうしようもなくて
「な、な、な、な、・・・・・なんだよっ」
ニヤニヤと無言で笑いながら目を見つめてくる暁に 真墨は真っ赤な顔で怒鳴るしかできなかった
思いもしなかった一言と、その後付け足された意地悪な言葉と
奴の笑った上機嫌な声に 心臓はバクバクいいっぱなしだったし、
考えていた絶望的な想像を否定してくれた言葉は、真墨が自分で思うよりずっと 真墨の心を踊らせた

暁の宝は、自分達で、マサキやキョウコではなく
だからこそ、暁は 自分の望む宝を手にいれることができるだろう

「・・・手に入れたら、行くのかよ」
いつ、どんな時がくれば 暁は仲間を手に入れたことになるのだろう
そして、その時がきたら 暁はトレジャーハンターに戻るということか
サージェスを捨てて?
ボウケンジャーである仲間を捨てて?
(矛盾してないか・・・?)
伺う暁は 相変わらずの上機嫌で大きく伸びをした
チラチラ舞う埃が 奴のうしろで光の筋を作っている
「お前も来いよ、一緒に」
見上げた先で、暁が手を差し出した
そろそろ、こんなところ出ようという意志表示だろう
いつまでも座り込んでいる真墨を立たせようと 手を差し出したのだろう
だけど、その行為は
真墨にとって、世界が、存在意義が、未来が変わるくらい衝撃だった
「一緒に・・・」
一緒に、世界中の冒険と宝を手にするために
一緒に来いと、今、言ったのか
孤高の、憧れ続けた この男が
「・・・・っ」
泣きそうになって、慌てて顔を伏せた
ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえる
魂が震える、そういう感覚だと思う
どんな宝を見つけた時より血が熱い
この想いを言葉にできなくて、どうすることもできなくて
まだ俯いたままの真墨の腕を掴んで、暁は真墨を立ち上がらせた
そのまま 意地の悪いことに 顔を覗き込んでくる
今、どんな顔をしているかなんて簡単に想像がついた
真っ赤になって、泣きそうな顔をしているんだ
どうしようもない程に嬉しかった一言に、どうにかなりそうになっている
それでも必死に睨みつけたら わしゃ、と髪をなでられた
「可愛いやつ」
快活な声
そして、くくっと笑う あの上機嫌の証
「ま、その時まで せいぜい資料集めは続けておくから
 お前も暇なら何か探しておけ」
そう言って、暁は先に部屋を出ていき、その背中を見ながら真墨は震える足を叱咤してついていった
今日の、この時を忘れない
さっきの、あの言葉を忘れない
ここにある眠ったままの資料は、いつかの未来に二人で行く冒険のための準備なのだ
そう思ってまた、胸が鳴った
これは未来への約束だと、真墨は一人つぶやいた


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