1回目の治療 (赤×黒)


深い森を駆けながら、真墨は前を行く暁の背中をずっと見ていた
先程から どんなに動いても息ひとつ切らさずにいて、
崖をよじ登り、川をこえ、谷を駆けている間に 実はもうかなりキツくなっている真墨は驚きを越えて呆れていた
この底のないような体力は何なんだ
どういう訓練をしたら こんな風になるんだ
自分だって 世界中を飛び回りハードなトレジャーハントを繰り返してきたのに
訓練だって毎日してるし、身体の強さだって自信がある
だが どれほど鍛えたって こんな風にはならないだろう
平然と、空を見上げて辺りの様子に気を配りつつ 方向を定め、何か考えては また走る
そんな風な余裕、今の真墨には全くなくて
ただ必死に離されないようついていくのに精一杯である
(ああクソ、イライラする)
かなわないと思い知らされることは訓練中でも多々あるけれど、
現場では訓練の時のようにはいかないから、勘だったり経験だったりが生きてきたりするけれど
そのどれもが、暁は真墨より上だった
こうして一緒に行動していると 見せつけられて悔しくて、
なのに目が離せないくらい魅かれていく

「くっそ、キリないじゃないか・・・っ」
「敵も小細工が好きだな」

森を走りながら 飛びかかってきた数匹の毒トカゲを斬り落とし 真墨は息を整えるために足を止めた
もう走りっぱなしで その上周囲の敵にも気をやりながらなんて
少しくらい休まないと保たない
誰もが暁のような 呆れる程の体力があるわけじゃないんだからと
膝に手をついて息を吐き出した真墨の隣で 暁はさくらと何か通信を交わした
その横顔には 疲れや緊張は全く見られない
本当に化け物だと思う
今も仲間の位置を確認して、何かを計算しているのだろう
「行けるか?」
「・・・行ける」
笑って、こちらを見下ろしたのが気にくわなくて 真墨は暁を睨み付けた
さっきからもう何度も こいつに助けられてる
崖から落ちそうになったり、木から落ちそうになったり、
これだけ動いていたら いいかげん足下もフラつくだろうに 奴はいつも涼しい顔で 今みたいに笑って
「しっかりしろよ」
なんて言う
その差を、思い知らされる
「お前が化け物なんだよ」
俺がデキが悪いわけじゃないんだと
自分の足下を見て呟いたと同時に 側で殺気みたいなのを感じた
「・・・っ」
行動が一瞬遅れた
暁の武器が頭上で閃いたのを視界の端に捕らえながら 真墨も剣を抜いた
さっきから もう何十匹と斬り落としてきた赤トカゲがまた現れて襲ってきた
目前の赤い物体を斬った後で、真墨はようやくそのことを理解した

グラ、と
視界が揺れた
次から次へと飛びかかってくる赤トカゲの素早い動きをかわしながら、
真墨は足場の悪いこの場所に 先程から何度も足を取られていた
疲れのせいか、意識することもできない
体勢を崩したところに飛びかかってきた一匹をなんとか斬って、
だがその後ろにいたもう一匹には 剣が間に合わなかった
「・・・っ」
瞬間に、本能が身を庇う
左手でその赤い身体を叩き落とした
瞬間 手の平に、ビリ、とした痛みが走っていった

そのまま地に倒れた真墨の横に、暁の銃で打ち落とされた赤トカゲが転がってきた
起き上がり、剣を握り直す
左手は使ってないのに、またビリと痺れた
もしかしたらさっきので、毒を受けたのかもしれない

ようやく攻撃が止んだのに、暁が苦笑して剣をしまった
「こう数が多いとやっかいだな」
その声を聞きながら 身体が熱いなと思う
左手の平を見たら、うっすらと赤い傷がついていた
あのトカゲの毒がどれほどのものかはわからないが、今自分は立てているし、
苦しいとかそういう感覚もない
傷も血も出ていない程に浅い
ただ少し頭がぼんやりする程度だから たいしたことはないだろうと
そう思った時 ぺち、と頬に僅かな痛みを感じた
「真墨? 聞こえてるか?」
「え・・・っ」
気付けば、目の前に暁がいて、怪訝そうにこちらを覗き込んでいる
いつのまに、と
思ったと同時に、ガクン、と身体に強い力がかかった
「毒をくらったのか」
側の木の根元に、無理矢理に座らされて左手を取られた
その全ての動きが ついていけない程速いと感じた
「感覚が麻痺してるな
 意識はあるんだな?」
問いかけに、ようやく一つうなずく
なんとなく、さっきより身体が重い気がする
「そういうことは早く言え」
赤い光が目に映った
ライターの炎だと思った時には、左手の平に鋭い痛みが走っていく
「つ・・・っ」
思わず身を堅くして 腕を引こうとしたのに暁が笑った
「我慢しろ」
ライターで熱せられた剣の刃が、手のひらを切って
そこから黒い血がドクン、と溢れるのが見えた
痛みに、ボンヤリしていた意識が戻ってくる
「毒に慣らしてないなら ああいう相手には注意しろ
 毒をくらったら冷静な判断ができなくなる
 大丈夫だと思ってたら、お前みたいに感覚が鈍って気付かない間に倒れて死んでるぞ」
ドクン、ドクン、と
心臓が激しく動きだした
傷は浅かったし、立って戦えたし、苦しくもなかったから平気だと思ってた
でも暁が言う言葉やその動きが見えなくなる程に 色んな感覚が麻痺していっていた
ようやく理解して、ぞっとした
暁が気付いてくれなかったら、わけのわからないまま突然倒れて死んでいたかもしれない
彼の言う通り
「おとなしくしてろよ」
ぐっ、と腕を引かれる
されるがまま 身体を前に倒したら 手の平の傷口に暁が口をつけた
「・・・っ」
そのまま強く吸われて また痛みが走る
何度か、口の中の黒い血を吐き出しながら 傷口から血を吸っていた暁は やがてゆるゆると
赤い血がにじんできたのを見て 浅く息を吐いた
「感覚は戻ったか?」
「・・・多分」
ドクン、ドクン、と
未だ心臓が大きな音をたてているのは 毒のせいではないと思う
手の平は暁がつけた傷で灼けるように痛かったが、そのおかげで麻痺していた意識や感覚は戻ってきている
血止めか、何なのか
手持ちの薬を手の平にぬられて、またドクンとした
この痛みと熱さが心臓にまで届いている

それから暁は真墨の目の色と首の脈を手早く確認すると立ち上がった
「とりあえず大丈夫だろう
 帰ったら医務室に行っとけよ」
どうしてこんな急なことに そう冷静に対処できるのか、とか
どうして大丈夫などと自信ありげに言えるのか、とか
色々思ったが、真墨は黙って立ち上がった
少しふらついたのを もう何度もそうされたみたいに腕を取って支えられる
結局 こんな風に足手まといみたいになっているから
暁はこのミッションで自分と同行するように言ったのだろうか
ここに暁がいなければ、死んでいたかもしれないのだし

その日の夕方、ミッションを終えて基地に戻った後 真墨は暁に言われて医務室へと向かった
暁の応急処置で あれから何の支障もなく過ごしてこれたから このままでいいと思っていたのに
「ちゃんとした治療を受けてこい」
有無を言わさない一言に、結局逆らえずにいる
(くそ・・・あの命令口調が悪いんだ)
最初 隊に入ったばかりの時 暁の言葉に「はいはい」と従うさくらと蒼太を不思議に見ていた
年だってそんなには変わらないのに 命令されてなぜそうも素直にハイハイと言えるのかと、
意志のない奴ら、なんて思っていたけれど
(・・・)
今の自分もそんな感じだ
あの暁の有無を言わさない強い命令口調には、さからえなくなっている
今はいつもの自分ではなく、結局今回のミッションで暁に助けられっぱなしだった自分だから余計に

悶々と、色んなことを考えながら医務室に入ると そこは珍しく無人だった
普段は医者も看護婦もいるのに、と
思いつつ 奥の部屋にもいないのを確かめて真墨は首をかしげた
誰か急病でも出たのだろうか
少し待てば戻るかと、側のベッドに腰掛けたが 長く待つのは性に合わない真墨は たった10分待っただけでイライラとしはじめた
身体はどうもないし、血は止まってるし、意識だってはっきりしてるし
このまま帰っても平気だろう
暁にだって言い訳はできるし、と
思って立ち上がり、部屋を出ようとドアを開けた
そこに 今まさにドアをあけようとしていた暁が立っていた
「なんだ、もう終わったのか?」
「う・・・」
なんとなく、逃げ出す現場を見られたような気持ちになって真墨は一歩あとずざった
「あれ? 先生いないのか」
「ああ、だから・・・」
そう、別に自分は悪くないのだし
暁の言う通りちゃんとここに来たのだから、うしろめたいことは何もないのだけれど
「しょうがないな、じゃあ俺がしてやるからそこ座れ」
「・・・は?」
待っても医者が戻らなかったから帰ろうとしていただけだと、頭の中で言い訳を考えていた真墨は 暁の言葉に顔を上げた
当の本人はというと、こちらのことなんか見もせずに棚の中を漁っている
「いや、もういい
 なんともないから」
「身体の中には毒が微量でもまだ残ってんだよ
 そのまま残したら 感覚がちょっとずつ鈍って勃たなくなるぜ」
「・・・なっ、なんだよ、それ・・・っ」
本気なのか冗談なのか、
暁は笑いながら言うと、スプレー缶を手に真墨の所に戻ってきた
「座れ」
ぽん、と肩を押されて ベッドに座らされる
手を消毒して それから真墨の手の平にぬった薬を洗い流す様子に なんとなくソワソワした
こんな風に手慣れているからこそ、何をされるのか怖いという感情がふと湧いた
「・・・何・・・する気だよ」
機具の中からメスのようなものを取り出したのに 今度は本気でぞっとした
いつもの威勢で逃げられないのは、少なからず迷惑をかけてしまっている自分に自覚があるから
だが いきなりそんなメスみたいなものを見せられたら 嫌でも怖じ気付く
剣やナイフは平気でも、そういった医療機具の冷たく鋭い感じは 慣れなくて怖い
「ああ、大丈夫
 俺 資格もってるから」
安心しとけ、と
暁は言って、一度ひっこめた真墨の手をぐい、と引き戻した
「・・・資格って・・・?!」
ドクン、ドクン
「医者の勉強したから」
いつも通りの声のトーン
自分の声が震えないようにするのに必死だった
見なければいいのに、暁の手許を凝視してしまう
メスは すっと傷口をなぞって切った
「い・・・っ」
せっかく止まっていた血がまた流れてくる
戻ってきた鋭い痛みに顔をしかめたら、暁が笑った
「この程度で痛いとか言うなよ」
「痛くないっ」
ああもう、腹が立つ
いつも通り余裕で笑ってる暁も
こうして、こんな風に治療なんかされてる自分も
「そうそう、それでいい」
暁はメスを さっき薬棚から取ってきたスプレー缶に持ち替えた
開いた傷口に向けて、勢い良く吹き掛ける
瞬間、全身がこわばって思わず身を引いた
だが、掴まれた腕はびくともせず、吹き掛けられ続ける薬が傷口から体内に逆流していくのを感じた
ありえない程の痛みと一緒に

「・・・・・・・・あっ、・・・・ぐ」
森での応急処置なんかとは比べ物にならない痛みだった
一瞬 息が止まるかと思った
熱いと思ったら、冷たくて
ビリビリという痺れと一緒に 今も身体中に何かが流れていく感覚がある
「2日くらいは痛いだろうから 無理なら訓練は出なくていい
 大人しく寝てろ」
そんなことを言いながら 傷にまた血止め薬をぬって 包帯を巻いた暁は荒い息を吐いた真墨の髪をなでた
「泣かなかったのはえらい」
「だれ・・・が、泣くか・・・っ」
「いやいや、大の大人でも この痛みには泣き喚くらしいぜ?」
目の前がグラグラする
身体が勝手に震えてる
痛みに 今はもう左腕全体が麻痺してしまっている
「ここで寝るか?
 それとも部屋に戻るか?」
使った機具を消毒液に浸しながら 暁が言い
その後ろ姿を見ながら 真墨はこんなとこに泊まってたまるかと、思った
言葉にできたかはわからなかったが、そこで意識がふっと途切れ
あとはもう 何もわからなくなった
薬のせいか、痛みのせいか、身体に微量に残っている毒のせいかはわからなかったが

「すまんね、表で事故があって駆け付けていたから」
「いいですよ、処置は俺がしましたから」
しばらくして医者が戻ってきた時 暁は真墨のカルテを書いていた
「これ、カルテです
 こいつは俺が部屋へ連れていっておきますので」
「ああ、すまない」
受け取って、医者はカルテの内容を読んで 顔をしかめた
「あの薬を使ったのかね?」
「ええ、あれが一番治り早いので」
「いやだがあれは、そうそう耐えられる痛みじやないだろう」
「悲鳴一つ上げませんでしたよ
 さすがというか、残念というか」
言いながら ベッドに横たわっている真墨をの身体を抱き上げる
先程使ったスプレー状の薬
あれは財団が開発した新薬で、毒消しから何から何まであらゆる種類がある
通常の薬の10倍くらい治りが早く 怪我の耐えない隊員のために開発されたものだったが、なかなかどうして痛みが酷い
傷が大きければ大きい程に それを治そうとする働きが強くでて 痛みも大きくなり
実験段階で 危険と判断された
それでも医務室においてあるのは 暁やその他の痛みに強い 訓練された人間になら使えるからで
加えて治りの早さではやはり捨てがたかった
「泣くかと思ったけど、泣かなかったし」
さすがに、痛みに意識を失ったが
あの激痛に耐えたのには驚いた
傷が切り傷一つだったからかな、と思いつつ もっと大怪我の時に使ったら泣くだろうかと考えて
暁はくく、と笑った
「明石くん、人は痛みで死ぬこともあるんだから この薬の使用は慎重にね」
「わかってますよ、先生」
「くれぐれも、傷が大きい時には使わないように
 この程度の切り傷ならまあ・・・大事には至らないとは思うが、それでも痛みに弱い人は死ぬこともあるんだから」
「でもせっかく便利な薬があるんですから、使える人間には使わないと
 俺、そのシリーズ好きですよ
 治りが早くてほんと助かる」
「君は耐えれても 他の人間はそうはいかないんだよ」
「わかってます」
にこ、と
笑って暁は 真墨を抱いて医務室を出た
医者にはお見通しだったのだろうか
真墨があの薬で悲鳴を上げて泣くのを見てみたいと思ったことが
そういう危ない思考を読まれたのか
「次ヘマしたら、またあの薬使うぞ、真墨」
油断するなよ、と
腕の中で意識を落としている真墨に 言って笑った
どうしようもない性格だとは思うけれど
こういう真墨のようなタイプの人間を、泣かせたいと思うことがある
気に入れば気に入るほど
そういう欲求は大きくなる
支配欲に似た感情だとわかっている
真墨の痛みに耐えてる顔は、セックスしてる時と似て ひどくそそるから

満足気に、暁はくく、と笑った
真墨が入ってから、毎日が楽しくて仕方がない


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