白の追憶

目が覚めて初めて見たのは、白い白い部屋の天井だった
やけに明るい照明がとてもまぶしくて、
そこでは長い間 目を開けていられなかった
覚えているのは ニセモノの光だけ
そこにあったのは 不愉快な音とただの白だった

「よぉよぉ、どうしたんだよ」
いつもの明るい声に、シオンはふと我にかえった
見上げる程に高い背の、優しい顔をしたヒト
あの場所に、ヒトはたくさんいたけれど こんなあたたかい人に出会えたのは初めてだった
「いえ・・・何でもないんです」
自然と笑みがこぼれてくる
あの頃、笑ったことなんかなかった
いつもどこか緊張していて、心なんか安らいだことがなかった
眠れなかった夜
眠らなくていい身体に、なってしまった程に
「らしくないなぁ、みんなが心配してたぞ」
苦笑に シオンははにかんで彼の方へと手をのばした
「ちょ・・・・おい??」
その身体に力いっぱい抱きついて、体温を感じる
「えへへ・・・」
こんなにも嬉しい
なんて温かいんだろう
あの場所で、一番に求めていたもの
ここに、まるで当然のようにある
「ドモンさん、あったかいです」
少年の言葉に、ドモンはワケのわからない顔をして、それからまた苦笑した
「あたりまえだろ、人間なんだから」
そしてヒョイとその華奢な身体を抱き上げると ひとつ静かにくちづけを落とした
「・・・・・!!!」
突然に、少年は真っ赤になって動きをとめる
その様子に満足気に笑いながら 彼は悪戯っぽく言った
「今回のは お前が誘ったんだからな」

あたたかい、キス
静かな鼓動
大きな手が頬にふれて、優しい言葉が耳に心地いい
「ねぇ、ドモンさん・・・」
もう全てを安心して彼にまかせて、シオンはつぶやく
「ぼく・・・ドモンさんにずっと会いたかったんです・・・」
ブラウン管の向こうの人
研究の一貫として 見せられたビデオ
視覚に衝撃を与えた、ドモンという男の姿
その魂
血が流れた戦いに怯えていたのに、なぜか目がはなせなくて
そして試合の後、まるで別人みたいな彼の目を見て何かが変わった
自分の中で、何かが変化したのを知った

「ぼく、きっとドモンさんにひとめぼれしちゃったんです」

恐かったけれど、
戦いも、血も、まだ幼かった少年をおびえさせたけれど
「ドモンさんの目は自由を知ってる目でした
 自分の生き方を、誇ってるヒトの目でした
 なのに優しくて、ぼくはあなたのところへ行きたいと思ったんです」
四角い箱の中に閉じ込められていた自分
真っ白なものに囲まれて、
与えられる情報も、このさえも感情も全部他人にコントロールされプログラムされたものだったから
いつの間にか全部が麻痺してしまっていた
だから 自分の意志で立ち、自分の路を自分の力で歩いている彼の姿に、心が魅かれた
あの眼差しが心に響いた
「ぼくは、もう少しでただの人形になるとこでした
 ドモンさんが救ってくれたんです」
気付いた時に、背筋が寒くなった
いつしか、感覚が麻痺して自分というものを知らない間に失ってしまっていたから
そのことにすら、気付いていなかったから

「ドモンさん・・・あなたに会えてよかったです・・・」
少年の目がうるむ
今、彼がここにいることさえ時々信じられなくなる程に あの場所は冷たかった
彼の体温が、ある時突然消えてしまうんじゃないかと、
そればかりに怯える夜
朝、彼が目覚めなかったらと 不安で仕方がない日々
「バーカ
 このオレがそんな簡単に死ぬかよ」
彼は笑う
なんてなんて安心するんだろう
その一言がシオンを救う
そうして、彼はまた優しくキスを繰り返す
「何が不安だって?
 このオレがここにいるのに そんなコト言ってると手加減なんかしてやらねーぞ?」
意地悪に笑って 彼はシオンの髪をなでた
乱暴な手付き
でも それがとてもとても安心するからシオンはやがて目をとじる
「ドモンさんがぼくの全てです
 ぼく、ドモンさんを愛してます」
無邪気なシオンに苦笑して
「それは・・・どうも」
今さらにテレながら彼はまた一つキスを落とした
「お前も少し眠ってろ」
そうしてその細い身体を抱きしめて、彼はやがて眠りについた
静かに鼓動が、時を数える

あの頃、けして手に入らなかったものがここにある
こんなに心安らいだ日が来るなんて思いもしなかった
自分というものに、温かさをくれる人と、
自分が愛せる、他人という存在
真っ白の世界で、求めてやまなかったのは 安らぎ
それだけをただ必死に求めて、そしていつしか求めることさえ忘れさせられてしまった狂った世界
冷たい、感情のない場所

「あなたの元へ行こうと思って
 だから逃げようって決めたんです」
愛したくて、愛されたくて
「だからぼくは、とてもとても幸せなんです」
ドモンの腕に抱かれながら、少年は目をとじた
次の朝、目覚めてみるのは、大好きなひとの笑った顔
それが、少年の一番の幸せ

2000.05.21

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