あの人はモテる
考えてみたら当然のことだろうに、その時までオレは不思議な程にそんなこと考えもしなかった
先輩を好きだという人がたくさんいるということ
それはそれは、たくさんいるということ

雨で部活が休みのある日
風邪で早退したクラスメイトのかわりに図書室の当番をまかされて、押し付けられたカードの整理をしていた
そこにボソボソと聞こえてきた人の声
(・・・?)
こんな時間にまだ誰かいたのか、と
そ・・・とドアをあけて 慌てて覗き込んだ頭をひっこめた
あれは、桃先輩
そして 一緒に話をしているのは上級生の女の人
ああ、と
なぜかその時 やっとそういうことに思い至った
あの人はもてるんだ
部活でしか知らない先輩の顔
授業中とか、休み時間とか、昼食の時とか、
そしてこんな放課後とか
そんな時のあの人を、オレは知らない

「・・・・・・そりゃそーだよね・・・」
知らない顔
女の子と話をしているあの人の顔
静かな図書室で、ちょっと意識を向ければ聞こえてしまう会話の内容
「私、桃城くんのこと・・・・」

「・・・・・ふーん・・・・・」
どうして今まで考えなかったんだろう
サーブを決めて不敵に笑ってる顔とか、部室で楽しげに話してる顔とか
そんなのしか見てなくて、
それがあの人の全部だとでも、思ってたのかな

「気持ちは嬉しいんだけど」

聞こえた言葉に、ホッとした
そして、その後 妙に嫌な気分になった
好きだと言われて、ごめんというあの人
今はテニスしか考えられないから?
女の子とつきあってる暇なんかないから?
それとも?

何て言うんだろう
どう答えるんだろう
そして、ごめんと言われたまっとうな女の子の気持ちはどこへいくんだろう

「桃城くん、つきあってる人いるの?」
「ん〜・・・つきあってるっていうか・・・」

ドキ、とした
身動きができず、聞こえるはずがないのに息をひそめてしまった
「好きな奴はいるんだよ」
はじめて聞く、困ったような声
急に罪悪感に似たものが沸き上がってきた
好きな奴がいる、なんて

ボーっとしてると 急に部屋のドアが開いた
「越前、そろそろ閉めてくれよ」
司書の先生はそれだけ言って鍵を置いて帰っていく
一瞬心臓が飛び出しそうになったのを押さえて、
鍵を手にとった
気付けば 時計は20分以上も進んでいる
一体、どうしてしまったんだろう
オレが考えてもどうしようもないことだし
あの人がああ言ったのは、あの人の勝手なんだし

「・・・帰ろ・・・」
ガチャリとドアを開けて、
そして今度は本気で心臓が止まりそうになった
「よ、おまえ図書委員なの?」
カウンターの側にあの人が立ってる
帰ったと思ってた
まだいるなんて、考えもしなかった
「・・・・・・・・・」
先輩の微妙な表情
それが、だんだんといつもの不敵な笑みになる
「さては聞いてたな、スケベ」
「何が・・・・」
シラを切ろうとして失敗した
この人にそういうのが通用するはずもなく
おまけにこっちは準備不足だった
「ダメだなぁ、あんなの覗き見するなんて悪趣味だぜ?」
「好きで見たんじゃないよっっ」
ニヤニヤと笑ってる先輩を睨み付けた
だけどどうせ、勢いは足りないだろうし、何より
必死で対抗する気力もなかった
気分が悪い
そうだ、
この人はモテるんだ、なんて
気付かなければよかった
あんなところ、見たくなかった
あんな言葉を、聞きたくなんかなかった

鍵をしめて、それを職員室に戻して
それからいつものように先輩と肩を並べて歩く
いつものように、いつもと変わらない先輩
あんなことがあって、いつもと変わらない嫌な奴
「何怒ってんのさ?」
「別に」
「別にって顔してねーぜ?」
「何でもないよ」
「さてはオレがモテたから妬いてるのか?」

一瞬、本気で腹が立った
それから妙に苦しくなる
「先輩さぁ、好きな人なんかいたんだ」
精一杯、嫌味を言ってやった
それで妙に泣けてきた
「・・・・・なんだよ、急に」
「好きな人がいるって言ってたよね
 そんな人いたんだ、初耳だなぁ」
泣きたくなくて、必死になった
どうしてだろう
なんなんだろう
この気持ち
こういうの、嫌だ

「・・・お前それ本気で言ってんの?」
「本気って?」
「オレの好きな奴なんかお前しかいないだろ?」
「そんなの初耳だよ」
先輩の足が止まる
「どーしたよ? 越前?」
「何が? オレは普通だけど?
 普通じゃないのは先輩でしょ
 オレなんかのこと好きとか言ってないで あの人とでも付き合えばいいのに」
嫌な気分
嫌な自分
この不安はどうしようもない
だからって、あたってる
救いが欲しくて、甘えている
「らしくねーな、卑屈になっちまって」
その声は本気で泣いてしまいそうになるくらい優しくて、甘くて
多分、オレしか知らない声
弱いオレが今 一番、求めてたもの
「オレはお前が好きなの
 だから女とはつきあわねーよ」
頬に手をふれられて、うつむいた顔を上向かせられた
「泣くなよ、リョウマ」
「・・・・・・・・泣いてない・・・」
ズルい人だと思う
この人は、オレのいろんなことを知ってる
こういう時名前で呼ぶのもずるい
今、優しいのもずるい
そして、こんな時にこういうことをするのもずるい

何度も、
角度を変えて唇を合わせて、
そうして時々舌をからめとられて
熱い息がもれるたびに、ゾク・・・とする
その熱をもっと欲しいと思ってしまう
「いつもの威勢はどうしたよ?」
言われてただ、顔を背けることしかできなかった
やっと、安心した
やっと、いつもの先輩がそこに見えた気がした
オレの、もの
他の誰のものにもならない、オレだけのもの

「言っとくけど、オレは好きな人がいるなんて言わないからね」
「なんだぁ? おまえ なんて言って断ってるわけ?」
帰り道、不満そうに彼は言う
「テニスにしか興味がない、とか」
「なんだよ、寂しい青春だなー
 それはそれで異常じゃねぇ?」
「いいのっっ、とにかく言わないからね」
じゃあオレは片思いみたいなものじゃねーか、と
つぶやきながら彼は歩く
言ってやるもんか、と
意地をはってるオレがいる
好きな人がいます
桃城先輩という人です
「言えないよ、そんなこと」
それはとても悔しいことだから
サラリ、と言ってしまえるあの人が大人に思えて
言えることを武器にしている様子に悔しくて
だからこそ、絶対に言ってなんかやらないと思う
「聞きたいなぁ、リョーマくん〜」
「思ってもないことなんか言えないね」
だからこれくらいの意地悪をしなくてはかなわない
本当のことだからこそ、言えない
好きだから、言えない
大好きだから、言えない



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