携帯 (牛×羊)


牛尾が置いていった小さな物体を手に、羊谷はため息をついた
携帯電話という代物
彼曰く、大変便利でかつ、今の羊谷には必要なものだからと
そう言って含みのある笑みを浮かべて念を押していったっけ
「ちゃんと、携帯してくださいね」

めんどくせぇ、と
羊谷はつぶやいて、ほんの10分程前に渡されたそれを畳の上に転がした
羊谷の家の電話が壊れてから3週間
さして不都合もないからと放っておいたら、ある日牛尾にバレてしまった
「どうしてこういうことをきっちりしないんです
 緊急の連絡が入ったらどうするんですか」
「いいじゃねぇかよ・・・別に
 野球部の連絡網はどうせお前の次が俺なんだからよぉ・・・」
こんなにしょっちゅぅ家にきてるんだから、連絡があれば来て言えばいい、と
言ったらまた怒られた
「そういう問題じゃありませんっ」
それで、これだ
次の日には真新しい携帯電話を持って彼は家にやってきて、ひととおりの使い方の説明をして帰っていった
「・・・・携帯ねぇ・・・」
羊谷の感覚では、電話なんて携帯するものではない
いつでも呼び出されて、いつでも相手に捕まっているそんな気分になる
そういう煩わしいのはごめんだ、と
羊谷はため息をついた
「でも持たなきゃ怒るんだろーなぁ・・・」
それで、彼は苦笑した
普段は優しい顔をして温和なくせに、こういう時一度言い出したらきかない牛尾の顔を思い出しため息をつく
彼がそうやって構ってくることは、むしろくすぐったいけれど不快ではないのだが
それに附随する「面倒くさい」ことに 羊谷はもう一度苦笑してため息をついた

次の日、いつものように学校へ行った羊谷は昼休みに牛尾に捕まった
「・・・・監督、ちゃんと持ってますか?」
意地悪な笑みで問われ、何のことだったかと一瞬考えた
「何が・・・・」
言いかけて、はっとした
携帯電話
そんなものの存在、すっかり忘れていた
あれは今、昨日畳の上に転がして、そのままだ
「あはは・・・いやぁ〜」
ぽりぽりと、曖昧な笑みを浮かべて頭をかいた羊谷を牛尾は何か言いたげに見つめた
「そんなことだろうと思いましたが・・・
 置いてきてしまったんじゃ携帯電話の意味がないんですが・・・」
「いや、だってよぉ
 あんなもん持ち歩いてたら気が休まらねぇだろうがよぉ
 どこにいても捕まるなんて煩わしいったらありゃしねぇ」
言い訳のつもりだった
せっかく用意したのに、と彼が怒ると思ったから
だが牛尾は、ふと表情を曇らせると何も言わずに羊谷を見た
「煩わしいですか?」
「んぁ?」
「僕があなたに電話をかけたり、こうして話をしたりするのは煩わしいことなんですか?」
あなたにとって、と
その声はいつになく淡々としていて、それで羊谷は驚いて相手の顔を凝視した
「いや・・・そういうことじゃなくてだな・・・」
しまった、と
羊谷は心の中で舌打ちする
そうじゃなくて、携帯を持つという行為が煩わしいと、
それだけの意味で言ったのだが
「いや、そーいう意味じゃねぇよ
 おまえがどうこうじゃなくて、他人にいつでもどこでも捕まる状態ってのがだな・・・」
「・・・・・でもあなたの番号は僕しかしらないでしょう?」
「え? ・・・・ああ、そうか・・・」
牛尾が、ため息をついた
ため息つきたいのはこっちだ、と
思いつつ相手を伺うと、牛尾は意地の悪い顔をして口を開いた
「今から取りに行きましょう、携帯」
はぁ? と
盛大に聞き返してみたが、牛尾はただ笑っただけだった
ああ、こいつは何を考えてるんだと
羊谷は、呆れ返ってそれから、結局牛尾の後について歩いた

「ああ、あったあった」
昼休み中に戻れるように、と
慌てて戻った自宅で、昨日と同じ場所に転がっていた携帯を拾い上げた
(はぁ〜まったく・・・)
やっかいなものが世に出回っているものだ、と
羊谷はそれをポケットにつっこむ
玄関の外に出ると、満足そうな牛尾が涼し気な顔で待っていた
「ありました?」
「あったよ」
やれやれ、と
鍵をかけようとポケットに手を突っ込んだ途端、そこから軽快な音が鳴った
「な・・・・・」
牛尾の手にはいつのまにか、彼の携帯が握られている
軽く耳にあてて、牛尾は笑った
「監督、出てくださいよ」
「・・・・・」
まったく何を考えているのか
何がしたいのかさっぱりわからない
うるさく鳴っているそれをひっぱりだして、パカっと開いて耳にあてた
「何なんだよ?」
目の前にかけている相手がいるのに
30センチと離れていないこの距離で、お互いが携帯で話をしているのが滑稽だった
「監督、煩わしくても持っていてください
 あなたが、僕を煩わしいと思うことがあっても側にいることを許してくれているように」
彼の視線を受け止めて、羊谷は耳もとから聞こえてくる言葉を聞いた
「あなたといつも繋がっていられるんです
 こうやって、あなたを側に感じられるものなんです」
そして、羊谷は真っ赤になった
「ばっ・・・・は・・恥ずかしいこと言ってんじゃねぇっ」
携帯電話で最初に発した言葉は、動揺と羞恥に荒げた声
それで牛尾はクスクス笑った
「はずかしくなんかないですよ
 僕の気持ちです」
「それが恥ずかしいってんだよっ」
そしてこの状況も
「もぉ切るからなっ」
言って、それをパチンと閉じた
牛尾も同じ様にして、片手で携帯を閉じるとにこっと笑う
「持っていてください、煩わしくても」
「わかったよっ、わかったっ」
わかったから、と
何度も何度も言って、羊谷は真っ赤になりながらわたわたと鍵をかけると歩き出した
たとえ煩わしくても、と
彼は自分のこともそういう風に言った
それでも側にいることを許してくれるように、と
「別に・・・・ 」
羊谷はつぶやく
「別に許してるとかじゃねぇよ
 煩わしいわけでもねぇしな・・・・・・」
「え? 何か言いました?」
「・・・携帯なんかなくたって構わないくらい側にいりゃあいいだろうが」
え?、と
牛尾が一瞬羊谷を凝視し、それからその顔がぱっと明るくなるのを見て また羊谷は顔を染めた
「がぁっ、恥ずかしいこと言わせんなっ」
「監督っ、まってくださいよ」
嬉しそうに牛尾が、後ろから首に腕を回してくる
それを払いのけながら、羊谷は必死に熱くなった顔の温度を下げようとしていた
煩わしいと思うなら、こんな風ではいない
こうやって構ってくるところも、そういう子供のような真直ぐな想いをぶつけてくるのも
嬉しくあって、うらやましくあって
くすぐったくて、恥ずかしいけれど、それでも
(しょーがねえわな・・・気持ちいいんだからよ・・・)
苦笑しながら、アパートの階段を下りた
後から、嬉しそうに笑った牛尾もついてくる
携帯電話のいらない距離で


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