追憶

暗い自室で、少年は夢をみる

朝の霧が漂い、冷えた空気が地面をはいまわる
京の朝は、寒い
誰もいないという事実
そればかりが、幼い子供の意識を喰らう
「・・・・・・」
すでに子供は言葉を失い、ただもう目をあけるのも精一杯の様子で
濡れた土の上に 横たわっている
誰もいない、京の朝
霧がまた、子供を隠す

「・・・捨て子か・・・・・」
夢の中、
ふと耳に入ってきた声があった
「同族の子ですね」
「死んでいるのではありませんか?」
ふ・・と、浮遊感に子供は目をあけた
飛び込んでくる金と赤
そして 冷たい仮面の顔
「聞こえるか?」
想像とは違う、落ち着いた声
一つ、微かに子供はうなづいた
その様子に男は満足したように 口元に薄く笑みを浮かべ
そうして無機質な目をした子供の髪をなでた
「私と共に来るか?」
サラリ、と肩から長い髪が流れた
答えない子供に、男はゆっくりと
その仮面に手をやり、また少し微笑した
「供に、来るか?」
その音が 妙に子供の耳に響いた
カチャリ、と
白い仮面が はずされた

「・・・・・・・」
ボンヤリと天井を見つめ、セフルは動かなかった
あの夢を、よく見る
まだ6才になったばかりだった
寒い朝をひとりで迎え、静かで濃い霧の中 ただ震えて泣くことしかできなかった
やがて涙はかれる
泣く体力もなくなって、眠りの中悪夢に蝕まれる
あまりに寂しくて、ひもじくて、寒くて
昼も暗いその場所で、永遠に朝など来ないんだと思っていた
待っても、誰も来てくれなかった
何もできなかった自分
親を求めて彷徨っても、また元の場所に帰ることしかできなかった
2日目の朝に、捨てられたんだと悟った
そうして、それから絶望と恐怖に気が狂いそうになった
死ぬんだと思った
そうしたら、もう立ち上がることもできなかった

何がいけなかったの?

捨てられるようなことをした?
昨日には、愛していると言ってくれたのに
暖かな母の体温を感じて、眠っていたのに
絶望は、子供を殺した
ただ命が繋がっているだけの 屍のような存在
土の上にただ転がって 死の時を待っている
何もかも、もういらないと全てを放棄した子供
可哀想な、子供

「私と供に来るか?」

心に響いた声だった
誰でもなく自分にかけられた声
まるでゴミみたいに転がってた自分に、言ってくれた言葉
両手で抱き上げてくれたその腕から あたたかい体温が伝わってきた
ああ、
まだ自分は人なんだと泣き出しそうになった程に温かかった

「名は何という?」
問われて、子供は何かをつぶやく
ああ、と
男は眉をひそめて、それから子供の髪をまたなでた
「その名の子供は死んだ
 お前には新しい名をやろう」
ボンヤリと聞く子供に、男は言う
「セフル
 これが今日からのお前の名だ」
誇り高く生きろ、と
男は静かに言った

今では忘れてしまった元の名
あとで誰かに聞いたことがある
それは「忌み子」の意味をなす名前だったと
両親は、この子供を愛してはいなかったのだと
「セフル・・・」
つぶやいて、少年は少し笑った
何も知らずに過ごしていた6年
忌み子と呼ばれていたなど 夢にも思わず
両親からの愛は本物だと思っていた
突然に、生まれた金の髪の子供
遠い先祖に その血を持つ者がいたのだろうか
鬼の子を生んだ母は、時々気がふれたような振る舞いをし
父は妻が鬼と交わったと信じた
子供には見えなかった穢れた家
そうしてある日、忌み子は捨てられた
人のいない、京のはずれに

全てを失って、全てをあきらめて
もう何もいらないと 死を待っていた自分に、光を与えてくれたあの人
疑心と絶望に魅入られていた哀れな子供に、素顔を見せてくれたあの人
その行為が、子供を救った
死んでいた子供は、その微笑に生き返った

「お館様・・・・・・」
全てを、あの人のために
この命も人生も、痛みも幸福もあの人からもらったから
だから全てをあの人へ還す
その為だけに生きていく
あの仮面の下、素顔を許したあの人の想いにこたえるためなら、命だって魂だって懸ける
自分の為なんかには、何もいらない
少しでも、あの人が喜んでくれたらと
それだけが 今この少年を動かしている

少年は目を閉じる
あの夢は嫌いじゃない
寒い夜はやがて明け、アクラム様が迎えに来てくれるから
あの人が、来てくれるから

2000.05.20

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