壊す日


その日、フェルナンは手に櫛をもっていた
美しい細工のしてある女性ものの櫛は、フェルナンの無骨な手にはあまり似合わない
「どうなさったのです?」
いつものようにソファに腰掛けると 伯爵は口を開いた
窓の外は夕焼けで赤く、
10日ぶりに見るフェルナンの横顔に赤い光を落としている
「商人から買った」
ここへ来る途中で、と
フェルナンは笑った
そういえば今日は広場に市がたっていた
異国の品物が数多く並び 貴婦人達が買い物を楽しんでいたっけ
それを横目に通り過ぎてきた
ここにいる大将軍殿は、今夜の逢瀬に来る途中 何の緊張感もなく寄り道などして市に立ち寄ったのだろう
似合いもしない土産を買って 今、嬉しそうにそれを自慢している
「これを見ていたら あなたを思い出した」
「私をですか?」
コツコツと足音が響く
窓際からこちらへ近付いてくるフェルナンの気配に意識を集中しながら 伯爵は小さく息をついた
もう何度 逢瀬のためにこの屋敷に来て
もう何度、こうして二人の時間を過ごしているか
その度に 伯爵は息のつまるような緊張に似た気分を味わうし、
同時にぎし、という心がきしむような音を聞く
行為も、会話も、この男は自然体で
自分だけが偽った姿でここにいる

(緊張感のない男だ)

相変わらず、と
丁度、自分の後ろで足を止めたフェルナンを振り返った
その、手袋をはずした手が 伯爵の髪を取る
「・・・っ」
一瞬 びく、と
肩が震えそうになったのを かろうじて堪えた
「あなたの長い髪を思い出した」
そうして、自慢気に見せていた櫛で、その青い髪を梳いた
「閣下・・・」
ぞく、と
背を何かが走り抜けていく
男の不器用そうな手が、華奢な櫛を持ち
長い髪を傷つけないよう そっと梳く
その行為は、何か言い様のない感情をもたらした
髪に触れられているということ
感覚などないはずなのに、感じるのはなぜだろう
彼がいつもの彼らしくなく、ひどく丁寧に扱うものだから余計
余計 戸惑って、身体がかたくなった
フェルナンの思考は時々本当に読めない

長い間、フェルナンは伯爵の髪をすいていた
ゆるやかなウェーブの美しい髪
長くて、深い青い色をしている
なんて美しいんだと、思った
手にとって、傷つけないよう丁寧に梳いて
全部梳き終わった後 手から流してサラサラと 髪が揺れるのを見た
急に、この美しいものが欲しくなった

櫛を放り出して、指に髪をからめとった
ソファから転がっていった櫛に伯爵が視線をやったのが後ろからでもわかった
「閣下? 落ちましたよ・・・」
櫛が、と
白い清潔な手袋の手が それを拾おうとするのを もう一方の手で押さえた
「・・・っ」
息を飲むようなしぐさ
声は出さなかったけれど、こちらを意識した様子が伺えた
ああ、欲しい
そういう風な顔を見たいと思うから、何度も何度もこうやって
逢瀬に誘うのだ
今夜のように

フェルナンの指に からめとられた髪が視界の端に入った
褐色の肌、傷の多い無骨な手
長い指にくるくると絡め取られて 伯爵は身動きができなかった
ドクン、と
心臓がなった
視界に、髪にくちづける彼の姿が映ったから

「閣下・・・」

放してください、と
言おうとした
くちづけは長くて、温度など感じない髪から 彼の熱が伝いそうだった
「閣下」
たしなめるように言う
言葉はあまり出てこなかった
言いたいことは言葉にならない

しばらく、空気が止まったように感じていた
だが突然に痛みを感じた
「あ・・・っ」
ぐい、と
力まかせに髪を引かれ、思わず声が上がった
先程まであんなにバカ丁寧に扱っていたものを 急に壊さん勢いでひっぱり
そのまま、フェルナンは伯爵の身体をソファに押し付けた
「閣下・・・?」
被いかぶさるようにして、フェルナンの指が頬に触れる
そのまま今度は唇にくちづけが降りた
痛い程に、激しい
彼の思考も行動も 全く読めない

伯爵を引き倒すようにソファに押し付けると、彼は驚いたような顔をしてこちらを見た
いつものことだけれど、こういうときろくな抵抗もなく 彼はされるがままになる
冷たい頬に手を触れた
この身体が熱を持つのはほんのわずかの間だけ
その身体を抱き、中を犯して、熱を共有する
そのほんのわずかの間だけ
冷たい唇に くちづけた
何故、彼は抵抗もなくこの行為を受け入れるのだろう
何故、逢瀬の誘いに乗るのだろう
乱暴にしても 何も言わない
丁寧に扱っても、いつも通り
ではどうすれば、いつもと違う感情が沸き起こるのだろうかと
ふと思う
壊す程ひどく扱えば、泣きそうな顔でもするのだろうか

壊してみたいと思った、この綺麗な人形みたいな彼を

いつもより力を加減せずに、その身体を扱い
腕を戒めて その冷たい肌に歯を立てた
「う・・・っ、く」
綺麗な髪が顔にかかり、苦し気な表情を見せたのを隠してしまう
乱暴に掴んで 払い除けた
また伯爵が小さく声を上げる
昂り出したものを、手に握り込んだ
「あっ・・・」
背が反る
髪が揺れる
今夜はなぜか 青い髪が目についた
背に舌を這わせ、腰が震えるのをきつく抱き
手に握り込んだものを指で何度も擦り上げる
「はっ・・・、う・・」
ぽたぽたと、透明なしずくが垂れるのを見て行為をやめ
生まれはじめた熱を止めるよう 手の中に強く握って封印する
「閣下・・・・っ」
がくがく、と戒められて自由の聞かない伯爵の腕が震えた
今の声は、いつもの涼し気な声とは違った
そういう、平静とはちがうものを見たい
そのために、ここへ呼んでいるのだから

容赦なく、指を深くまで沈めて中をかき回し
荒い息を繰り返す唇に 深くくちづけた
「は・・・っ」
苦しそうな顔、眉を寄せて
見下ろして、指を引き抜くと ブル、とその肩が震えた
「伯爵?
 あなたはいつも、どんな気持ちでいるのです?」
髪の間から覗く耳に歯をたて
身震いしたのに 首筋に舌を這わせた
「あっ、あ、」
閉じられていた目が見開く
その目が涙に濡れている気がして、ゾクゾクした
こんな風にひどく扱っても、彼は抵抗などしない

そのまま、震える足を開かせて 身体を奥まで繋げた
突き立てられた熱に、彼の咽が震える
見下ろす姿は もうボロボロで
さっき綺麗に梳いた髪も ぐちゃぐちゃになってしまっている
「伯爵、どんな気分です?」
ぐ、とさらに奥へと身を沈めた
「ひっ・・・、あぁぁ、あ」
悲鳴に似た声
壊したら、この声も途切れるのだろうか
それとも壊れた人形のように、悲鳴を上げ続けるのだろうか
「どうぞ、もっと声を聞かせてください」
激しく、
いつもは衝動を抑えてするのを、解放するように
冷たい身体を突き上げた
擦りあう熱で気がどうかなりそうな程
その激しさに、痛い程
ズクズクという 淫らな音を聞きながら 彼が壊れてもいいと思って犯した
この腕の中で壊れるなら、それもいい
綺麗で皆に愛でられている人形より、壊れたガラクタの方がいい

何度も、そういう風に抱いた後、フェルナンは意識を失った伯爵をそっと抱きよせた
もう熱は引いてしまったようで、相変わらず冷たいそれにくちづけする
足下に落ちていた櫛を拾って 乱してしまった髪を梳いた
苦し気な顔は、目を覚まさなかった
ほんの少しの罪悪感と、満足感が心を支配している
壊したいと思ったけれど、まだ壊してしまうのは惜しい気もする
自分は伯爵の何も知りはしない
彼の名も、心も、知らぬまま
この身体の温度だけ 苦し気な声だけを知っている

真夜中、伯爵は目を覚まし
隣で眠っているフェルナンを見遣って 溜め息をついた
失神する程にひどくされたのは初めてで
どれだけ繰り返されても終わらなかった行為に、気が狂うかと思った
触れられた瞬間から 自由に身動きができなくなる
彼が突然 髪をすいたり、
かと思えば 突然乱暴に扱ったりする理由はわからなかったけれど

(どんな気持ちかなどと)

目をふせて、毛布の上に投げ出されたフェルナンの手に視線をやりながら 伯爵は小さく息を吐いた
わけのわからない感情に支配されている
あの時ばかりは
彼と身体を合わせている時ばかりは
自分の中には何もなくなり
ただ、闇のような空間に ぽつんと浮かんだ一つの感情
このままどうなってもいいと
いっそ壊れてしまえばいいと
あの時ばかりは そんな感情が生まれている

「壊れては、意味がない」
やるべきことがあるから、ここにいるのだ
それを忘れてはいけない
与えられる僅かな熱に、全てを投げ出してしまってはいけない
「壊すおつもりでしたか?」
もう一度、眠っているフェルナンに視線を落とした
彼に抱かれて意識のないまま、彼の手で壊されたらどんなにか、

どんなにか、それは心地よいか


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