愛すべき男 (フェルナン×伯爵)


不満げに、フェルナンはベッドにどっかりと腰を下ろしていた
窓の外では小雨が音もなく道路を濡らし、都会の喧騒から離れたこの静かな屋敷で二人、
こうしてことのあとの気だるい時間を過ごしている
手を伸ばせば 世間を騒がせるモンテクリスト伯爵その人を この腕に抱くことができ、
頬を寄せれば その唇に深くくちづけることもできる
そんな状況で、一体何が不満なのかという程に、先ほどからフェルナンは ムスっと眉を寄せ、心なしか頬までふくらませている
「何がお気に召さないんですか」
やれやれと、
これでは彼の子息の方がずっと大人ではないかと思い、伯爵は苦笑を交えて口を開いた
この部屋での逢瀬を何度か繰り返し、彼に抱かれることに慣れても、
このおわったあとの時間が、伯爵には居心地が悪く落ち着かなかった
どういう顔をして、ここにいればいいのかわからなくなる
会話も、逢瀬も、この行為も、目的のためには仕方のないことと
強引な彼の誘いに、戸惑いと怒りを覚えながら それでも流されるようにして応えてきた
パリの権力者である大将軍に近づくには、と
彼のめぐらせていた策は、いとも簡単にその使い道を奪われて、今こんな風にまるで緊張感のない彼と向かい合っている
「何を子供のように拗ねていらっしゃるんです」
記憶の中で幾度となく憎み、恨み、呪った男は 再会の晩餐のたった二日後に使いをよこしてこう言った
「あなたに興味を持ったので」
屋敷に来いと言って、何年もののワインの味はどうかと言って、
その体内には何色の血が流れているのかと言って、触れてみたいと笑った

バカみたいにまっすぐな目をして

「あなたは何故、眠らないんだ」
ムスっと俯きながら、フェルナンは右手のグラスを口元に運ぶ
何を言い出すかと思えば、と 伯爵は黙って彼の次の言葉を待った
眠らないのではない、眠れないのだ
もうこの体は人ではなく、復讐という誓いに浸した心もまた 人のものではなくなっているから
「今夜も俺が眠った後 帰るんだろう」
「あまり長居してもご迷惑になりましょう?」
「朝になれば屋敷まで送る」
「あなたのお手は煩わせません、どうぞお構いなく」
フェルナンの顔がますますふてくされていく
ようするに、いつもいつも ことが終わった後 余韻もへったくれもなく伯爵が帰ってゆくのが気に入らないんだろう
朝まで二人で、などと
この巨大な体の大の男が なにをロマンチックなことを言っているのだと
伯爵は、笑った
だいたい、行為の後しばらくしたらグーグー眠りこけているのはどちらだ
伯爵の帰り支度の音にも目を覚まさず、馬車が遠ざかる音にもまったく反応しないこの男はいつも、
朝 この屋敷で一人で目を覚まし、不機嫌に伯爵を責めているのだろうか
「一人寝がお寂しいなら 私ではなく別の方をお誘いなさい」
「俺はあなたに興味があると言っているんだ」
のっそりと、巨体は立ち上がると伯爵の傍まで歩いてきた
カーテンを引いていない窓に、その姿が映る
褐色の肌は健康的で、獣すら想像させる
彼から伝わったうずくような熱が、今もこの身を焦がしている
「まるで子供のようですよ、閣下」
「悪かったな」
開き直ったかのような物言い、
その大きな手が 伯爵の冷たい手に重ねられた
そのまま無言で口付けがおりてくる
「今夜は帰るなよ」
念を押すように、駄々をこねるのに似た響きで 目を覗き込んでくるフェルナンに伯爵は小さく息を吐いた
「では、こうしましょう
 閣下が私より先に眠らないとお約束してくださるなら、朝までここにおりましょう」
その言葉に満足したのか
「なんだ、俺が先に寝るので寂しがって帰るのか」
などと満足気にひとりごち フェルナンはようやく顔に笑みを戻した
「そういえば、あなたの寝顔を見たことはなかったな」
夜更かしは得意なんだ、と
その目の子供っぽさは相変わらず、フェルナンは伯爵の肩を抱き寄せ その細い身体を腕の中にすっぽりとおさめた
ふれあった裸の肌をとおして、じんわりと伯爵の皮膚の温度が伝わる
激しかった行為にほてった身体にそれはとても気持ちよく
いつの間にか、
いつの間にか、
フェルナンは目を閉じて、すぅ、と深い呼吸を繰り返した

「おやすみですか・・・? 閣下・・・」

両腕に抱かれても、それだけでは 伯爵は温度を感じることはできない
フェルナンには伝わるこの肌の冷たさ、
だが伯爵は、かわりに温かさを得ることはない
強い、抜け出せない程に強い腕の、指の感触だけ
だがそれでも、充分すぎる程 伯爵の意識は揺れる
グラグラと、とても簡単に

苦労してフェルナンの腕をほどき、そこから脱出して 伯爵は落ちているシャツに腕を通した
先ほどまでこの身体を抱いていたものと比べれば、白く薄いシャツのなんと頼りないことか
ぶる、と
身震いして、伯爵は一度だけのんきに眠りこけているフェルナンを見遣った
夜更かしは得意だとか、
最近はあまり眠れなくなったとか、
言うわりに 彼はいつもこんな風で 今夜も張り切っていたと思ったら 一時間ほどでこの有様
らしいといえば、らしいのか
あなたの寝顔を見るなどと張り切ってみたり
朝まで二人でいたいとごねてみたり

「まるで子供ですね、閣下」

そんな彼が憎くて、
そんなフェルナンが、殺してやりたいほど憎くて
だからこそ、自分はここにいるのだし、
こうして 彼に近づくためにこんなバカげた逢瀬を繰り返しているのだ
いつか、この手で この平和な顔をして眠っている男を 地獄へつき落としてやるために

(風邪でもひけばいい)

裸で、毛布もかけずに転がっているあの男は、どんな夢を見ているのだろうか
自分には もう見ることのできない夢を、彼は今も見ているのかもしれない
羨ましくて、憎くて、憎くて、息がつまる
彼の眠った今、この場所にいる意味も、居場所もない

カツカツと、
シャツの上にマントを羽織り、その重みにわずか、わずかだけほっと息をついて
伯爵は屋敷を後にした
外ではまだ小雨が降っていて、その微小な雫が空気を湿らせ肺を潤していく
帰り道、いつもそうであるように
憂鬱に似た意識を抱いて 伯爵は馬車に乗り込んだ
ゆっくりと動き出す景色、オレンジに淡く光る あの部屋の窓
彼は朝まで目覚めることなく、眠るのだろう
まるで、子供のように

「おやすみなさい、閣下」
声に出して苦笑した
何が閣下か、あんな男

「フェルナンのくせに・・・」
愛すべき、名前
バカな男の名前、フェルナン、と

呼んで伯爵は、眉をひそめた
呼ぶんじゃなかったと、後悔を乗せて馬車は往く


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