19. 第3期 「毎日を楽しんで生きてくれ〜2月〜」


ノースに買ってやった豆缶なるものが、ようやく発芽した
正月にあった骨董市の端の方で売ってたガラクタみたいな中に置いてあったそれに興味を示した奴は、買ってくれとせがみ
200円とかいう適当な値段のついたそれを買い与えること約1ヶ月
毎日水をやってるのに芽が出ないと、奴はぼやいていた
原因はわかってる
寒いし、室内じゃ光が充分じゃないからだ
ためしに机の上のライトの下に置いて ずっとライトをつけていた
そしたら2週間かかってようやく発芽
奴は嬉しそうに日記帳に絵を描いていた
年賀状でうまく描けなかったのがショックだったのか、奴はそれからよく絵を描くようになった
わざわざ絵の具で色までつけて

「これ、なんの花が咲くノスか?」
「豆だろ」
「豆ってどんな花が咲くノスか?」
「さぁ」

缶の表にはイラストが入ってるだけで どんな花が、とかいう説明はない
ノースが広げている説明書にも、毎日水をやりましょうとか、そんなことだけしか書かれてない
とりあえず正体不明だ
育ててみるしかないんじゃないかと俺は思うが、奴はどうしても知りたいらしい
「図書館で調べてみるか? 豆の花」
「調べてみるノスっ」
「じゃあ飯食うついでに行くか」
「行くノスっ」
ノースの返事はいつも嬉しそう
黄色いカバンを持ってイソイソと支度をしている
そのカバンも、奴にあげるのは2度目だ
そういうことに、俺はようやく慣れてきている
「冨樫くん、早く行くノス」
キラキラした目のノース
俺をまっすぐに見てるノース
俺のことが好きなノース
命令通り、毎日を楽しく生きてくれるノース
お前の傍で俺は、今、毎日を笑って生きている

図書館で植物図鑑のようなものを2冊借りて帰ったノースは、その日はずっとその本を読んでいた
そして次の日には、アパートの周りで草を摘み、この本に書いてある草はこれだとか言って日記帳に貼り付け始めた
(面白いくらいに、毎回興味を示すジャンルが違うな)
見ているとおかしくなる
前のは、俺の映画か掃除や料理だったのに 今は草や虫に興味深々

「やっぱりここは寒いノス、もっとお日様が当たるところがいいノス」
「窓際に置くか?
 何か台がないと陽には当たらないけどな」
「台、ないノスか?」
「台なんてないなぁ」

この部屋で日当たりがいいのは窓際だ
けれど窓際には缶を置けるような台はない
元々、ノースが来てから物を減らした俺の部屋には最低限のものしかない
いらないものは捨てて、机とイスとストーブと、借り物の模型の他は全部押し入れに突っ込んである
「冨樫くんのイスが丁度いい高さノス」
「だめ、仕事する時座るから」
「冨樫くんが仕事するときは下に置くノス」
「絶対?」
「絶対ノス」
「なら仕方ない、貸してやるか」

結局、俺の椅子が取られてしまった
そうなる予感はしてたんだけど
なんたってこいつは、何か台がないのかと言いながら俺の椅子をじっと見ていたんだから

「葉っぱが増えたノス」
「本葉が出たんだろ」
「この本と同じ形をしてるノス」

嬉しそうに奴は日記帳に絵を描く
まるで観察日記だ
子供が夏休みの宿題とかでやるやつ
何センチになった、葉の数は何枚だ、なんて
嬉しそうにしてる
俺はそんな豆缶に椅子を取られて畳で仕事
ノートに書きなぐられた文字を目で追いながら 頭に風景をイメージさせた
それもさっきから、ノースの楽しそうな声に邪魔されて上手くまとまってはくれないんだけど

(・・・無理だな、今日は)

苦笑する
ご機嫌ノースを見やると鼻歌交じりに、畳に張り付くようにしてまだ絵を描いてる
絵の具を筆にいっぱいつけすぎて、色は大抵線からはみ出している
だけど、それはとてもおもしろい絵だった
感性が丸出しになっているとでも言おうか
何に対しても遠慮のない、思ったままの子供の絵
まるで無垢
それで俺はまたキュンとする

「ノース、書いたら出かけよう」
「ノスっ、スーパーに行くノスか?」
「いや、単なる散歩」
「行くノスっ、散歩好きノス」

絵の具がこぼれないように片付けて、まだ乾いてない絵の部分を乾かすように日記帳を窓の傍の風が通るところに置いて、ノースはニっと笑った
おまえとの暮らしは始まったばかりだけど、まるで平和で約束通りだ
命令という形でした俺とお前の約束
毎日を楽しく
だからお前は笑うんだし、俺もこうやって笑っていられるんだと思った

散歩に出た先の公園で、彼に会うまでは

「冨樫監督っ」
「ご無沙汰してます、最近またお忙しいみたいで」
「オレは今 取材が終ったところで」
「あ、ノースも久しぶり、オレのこと覚えてる?」
「そうそう、金持ち達に飼われてるロボット特集第2弾 決まったんですよ」
「冨樫監督、出てもらえないですかね?」
「元の持ち主っていう神崎会長さんには許可取ってあるんです」
「明日にでも正式にオファーしようと思ってたんですよ」

マシンガントーク
記者にありがちの早口
俺は苦笑して、ノースは目を丸くして彼の話を聞いていた

「誰ノス?」
「あ、ひどいなお前
 色々楽しいことした仲だろ?」
「・・・知らない人ノス」

ノースが眉をひそめ、記者の彼が冗談みたいに笑う
俺は不快な記憶が蘇って、また苦笑
少し前の自分は、そういえば毎日こんな気持ちだった
後悔と矛盾と焦燥と悲哀みたいな、
わけのわからない自分の感情に呑まれそうになっていたあの日々
それでもノースは変わらず 俺の傍にいてくれたのに

「冨樫監督、今はお仕事は」
「来週から撮影」
「撮影の合間でもいいので、なんとか取材お願いできませんか?
もしよければ、前みたいに撮影の間ノース預かりましょうか?
 オレは全然かまいませんよ」
「今回はノースも連れていくんだ、ありがとう」
俺は眉を寄せたままこちらを見たノースにわずか笑ってみせた
珍しい顔だなと思う
お前がそんな風に俺を見るなんて
不安と不満の混ざったみたいな目
まさか、あの時のことを覚えているはずもないのに

(大丈夫、もうお前を人に預けたりなんかしないよ)

心の中で呟いてみる
俺は前のコイツに優しくできなかった罪滅ぼしみたいな気持ちで、今傍にいるノースに優しくしているのかもしれない
俺がこんなにマヌケじゃなかったら、あれがくれた想いに、もっと報いてやれたのに

考えていたら、突然携帯が鳴った
煩わしい音
でも今は、次の作品のスタッフや俳優の最終決定をしているから
多分、その用件だろうと電話に出た
少しだけ、二人と離れて電話の相手の会話をする

「監督、あの子OK出たんですけど、本人が自信ないらしくて、当日までに何しておけばいいか教えてくれって言ってきてるんです」
「何もしなくていいって言っておいて
 その子の素を撮りたいからって」
「台詞が覚えられるか不安だって言ってます」
「覚えられなかったら台詞なしにしてあげるから心配しなくていいって言って」
「演技も初めてだって」
「初めてでいいんだよ、こっちはわざわざ初めての人を選んでるんだから」
話しながら、腹の底が熱くなった
次の映画は少女の内面を描いた話だ
イメージに合う子を探して候補に上げたのが3人
一人はスケジュールが合わなくて、一人は冨樫監督は怖いって噂だから嫌だと断ってきて
一番本命だった子から、今OKが出た
それで、一気にイメージが溢れる
あの子で撮れるなら、背景の色は、
しぐさは、発する言葉は、音は、匂いは、光は、影は

自分の中で創作の泉が溢れるのを感じて、一瞬俺は現実を忘れた
電話で受け答えしながら、主役の子の声を思い出していた
一番本命だったのは、年のわりに思考が幼い子だったからだ
それは無垢を連想させた
まるでノースのようだと思って、俺はその子をとても気に入ったのだから

「嫌ノスっ」

だから突然、耳に飛び込んできた声に俺は一瞬、固まった
電話を耳から放して、少し先のノースを見遣る

「・・・ノース?」

鈍い音がしている
かすかに、それはノースの中から響いてくるようだ

「え・・・、ちょ・・・、なんで?」
「どうかしましたか?」

驚いたような、うろたえたような記者の顔
その前に立ち尽くしてるノースは、さっき見たような顔をしていた
眉間にシワ、目はどこか暗い色
その前で、わずか腰を引いて記者の彼がオロオロと俺を見上げた

「どうした? ノース」
「い・や・の・すっ」
「・・・何が嫌なんだよ?」
「い、や」

気になる、この変な音
ヴヴヴ、というモーター音のようなもの
ノースの中から響くような低い、低い音
「何の話をしてた?」
記者の男を見たら、彼は居心地悪そうにまるで言い訳するように言った
「何の話っていっても、その
 またアレの相手してくれよって言っただけ、なんですよ? オレ」

その言葉は、驚きと不快を一気に俺にもたらした
彼は、ノースがお気に入りだ
預けた1ヶ月の間、ずっとノースのあの機能を使っていたのだから
ワガママで話の通じない人間より、従順なロボットの方がいいと言って 自分もロボットが欲しいと言っていた
だから、彼がまた再会したノースに求めるのはわかる
不快なのは変わらないけど、最初のきっかけを作ったのは自分なんだから仕方がない
驚いたのは、それに対してノースが拒否をしたということ
人に聞いたら、あの機能は求められたら反応するようプログラムされているものだと言っていた
ロボットは、その機能を使うとき 緻密にプログラムされたものから発信される命令に従って動く
同じ相手と回数を重ねるごとに、相手の好みを学習しそのように相手をする
だから、求められれば断らないのだと、聞いた
だからあいつも、彼を受け入れたんだと思っていた

違うのか?
本当は、拒否もできて、相手を選ぶこともできるのか
前のとき、ノースは彼相手にならしてもいいと、思ったのか

さっきまで体を満たしていた七色の泉が、泥に変わってしまったようだった
ロボットについての知識なんて、人から聞きかじったくらいだ
説明書にも、たいしたことは書いてない
今までに2度会ったメンテナンスの業者も、何も言わなかった
俺が興味を持って聞かなかったから

「びっくりしました、断られるとは思ってなかったので」
「そうだな」
「あの機能壊れちゃってないですよね?
 元々壊れてるって言ってましたけど」
「・・・さぁ、どうだろうな」

彼は、気を取り直して帰ってゆき、
残されて俺は 未だ険しい顔をしているノースに苦笑した
「いつまでもそんな顔してるなよ」
「あれは嫌ノス」
「前は、してたんだぞ、お前」
「・・・して、ないのす・・・」
答える声は自信なさげで、
俺はなぜこの話題を続けているのか自分でも不明だった
「どうして嫌なんだよ」
「意味がわからないから、ノス」
「意味って?」
「どうしてあんなことをしたがるノスか?
 冨樫くんはしないノス」
こちらを見上げるノースの目は無垢
俺は可哀想なこいつに、言ったことがあったっけ

おまえと、したいとは思わないって

「楽しいことしかしないノス」
それが俺の命令だから?
「したくないノス」
おまえにとって、セックスは楽しくないものなのか
プログラムに従い何も考えずに身体を開いているんだと思っていた
そうじゃないのか、お前は
プログラムに逆らえず、理由も意味もわからないまま受け入れていたのか
俺が、彼の言うことを聞けと、あの時そう言って置いて行ったから

「ノース、セックスっていうのはな」

苦笑した
夕暮れの公園
こんなところで、こんな話は似合わない
だけど、ノースはここから動かないし、今にも泣きそうなこいつの目が 俺をここに釘付けてる

「自分の気持ちが痛くて仕方ないときに、それを相手にわからせてやりたいと思ったらするかもしれない」

ノースは、理解不明というような顔をした
俺が、おまえとはしたくないと言ったのは嘘だ
お前を失ったことが痛すぎて、窒息しそうだった
嘘でもついていないと、俺はお前の前に立っていられなかったんだ
あの時

「それから」

泣きたくなった
俺は今、お前を前に告白している
通り過ぎていった二人と、おまえ
俺はその一人ずつに堕ちていき、切なさを感じて震えるようだった
俺は半年ごとにまるで恋のような甘さと、失恋のような苦さを知り、
一人渦巻く感情を持て余している
そう、今、痛感する
俺は最初からおまえに堕ち、
お前はそんな俺を、いとも簡単に忘れてくれる
そして、なのに、俺はまた、繰り返す
この身を切るような、恋愛を

「お前に言ったことは嘘だ」

ただ誰にでも身体を開くあの機能、なんていうものを使いたくないだけ
執事ロボットに行為の相手をさせる、なんて嫌なだけ
お前を抱いて、それでどうなる?
半年たったらまた、それさえ忘れてしまうお前なのに

ノースは、黙って立っているだけだった
覚えてないんだろう?
なのに、どうしてそんなことを言うんだ
記録のカケラが残ってるのか
あんな言葉、今のお前にはけして言わない
その痛い言葉は、2人目のあれを傷つけたくて口にした刃みたいなものなんだから

「帰ろう、ノース」
「ノス」

ノースの顔は、もう元に戻っていた
歩いていくうちに、忘れればいい
いつもみたいに、そこらへんの草とか花を見て歩き、嫌な記憶は消してしまえ
そして笑って
3人目のお前は、したいことだけして、楽しいことばかりの毎日で
笑って、笑って、
二人目の、可哀想だったあれの分まで


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