11. 第2期 「全てのことを忘れるな〜10月〜」


俺はまた家をあけた
飛行機で1時間のロケ先の宿に落ち着いて、今はのんきに窓の外を見つめてる
ノースは今回も家で留守番
最初不服そうにしていた奴は、しばらくすると黙り込んで 出発の朝までうなだれていた
「いつ帰ってくるノスか?」
「撮影が終れば」
「早く終るといいノス」
「そうだな、そう祈っといて」
「ノス」
いってらっしゃいと手を振るのに、俺も軽く手を上げた
ノースが窓からずっとこっちを見てるのに、俺は気付いていて一度も振返らなかった

どうして、そういう行動を取るのだろうと考える
おまえに心はないはずなのに

(そもそもロボットの行動なんて全てプログラムされているんだから)

置いていかれて不満な風な顔も、寂しそうな仕草も、俺が振返らないとわかってていつまでもいつまでも見送ってるのも

(何億っていう感情パターンの記録から、一番シチュエーションに合う表現を選んでるんだろ)

だから高価なのだ
だから金持ち達がハマるのだ
まるで人と付き合っているような感覚になれるから
けしてこちらを嫌いにならない、従順なパートナーを得られるのだから
対価に相応しい優越感や満足度を、彼らは必ず持ち主に提供する
そういう風にできている
はじめから、作られたときから、出会う前から
だから持ち主が誰だって同じだし、どんな理不尽な命令にも結果従うのだし
だから奴は、あの若い新聞記者の言うことにもバカ正直に従った
体を使わせろといわれたら差し出して、
毎晩のようにセックスして、
その意味も知らずに、ただ機能に従って受け入れて

そして何でもないような顔をして、また俺の前で笑うんだ

(不愉快)

ノートを放り投げた
今日は天気が悪い、だから少し肌寒い
明日は雨になるだろうかと考えた
雨のシーンは難しい演技だ
女優に初日からそれをやれというのは酷かもしれない

次の日はやはり朝から雨だった
仕方なく予定を変更して雨のシーンから撮り始める
女優の演技がイメージと違ったから、同じシーンを何度も撮り直して、あっという間に夕方
結局OKを出さなかった俺に、女優が小さな声で言った

「監督は、絶対に自分を曲げないんですね」

片付けをしているスタッフ達
マネージャーの隣で俺を見据える女優
雨の音を聞きながら 俺は苦笑した
「俺は俺の撮りたいものがあってやってる
 それを表現できない女優はいらない」
今までも、何度か言われたことがあった
役に自分なりのイメージや思い入れを強く持つタイプの役者や、大御所なんかがよくそう言った
自分はこう思う
自分はこう演技したい
それが、俺のイメージに合えば何の問題もないのだけれど、大抵の場合 俺は違和感しか感じなくて
カレーに砂糖を入れてかき回すみたいな
ホットケーキに醤油をかけるみたいな
そんなイメージにうんざりして、俺はいつもこう言う

「できないなら、下りてください」

俺は俺の世界を再現したくて
この身の内に現れるものを形にしたくてやっているのだから
時間とか、費用とか、規模とか、キャストとか
規制の多い「仕事」の中で、この上何かに縛られるなんて嫌なんだ
それでは意味がない
俺は、撮り終わった後 あの歓びを感じたくてやっているのだから

(主役が変更となると、長引くかな)

女優はまだ何か言いたげだったけど、俺は彼女を残して部屋へ戻った
今日は一日雨の中にいたから身体が冷えた
明日も降るだろうかと窓を開けて、それから小さく息をつく
世界中が全て、自分の思い通りにいくなんてつまらないだろうと思うけれど
こういう時、俺の世界を、想いをそのまま表現できる誰かがいたらと願ってやまない
真っ白い空の器みたいな、白紙の大きな大きな紙みたいな
そんなのが俺のいうとおりカメラの前に立ってくれたら
それは完璧な世界の再現となるんじゃないかと、夢想する

(どうしようかな、代わりの女優)

心あたりがないわけじゃなかった
以前出てもらった女優に連絡を取ろうかと思って、それから彼女はドラマ撮影で忙しいんだったと思い至る
選考の際、もう一人候補がいたなと思って、彼女の名前を思い出そうとして思い出せなかった
それで、なんだかとても面倒になった

(明日でいいか、急ぐ撮影でもないし)

窓際で雨を眺めた
今頃ノースは何をしているだろうと、ふと思う
奴の真っ青な傘をふと思い出した
あれをさして図書館へ行ったりしているのだろうか

(おまえなら何でも言う通りにするだろうな)

どんな命令にも従うのだから、奴なら喜んで言うとおりに演じるだろう
出かける前、おれは役に立つと主張していた顔を思い出して 一人笑った
そうだな、あいつなら、俺の言うとおり、寸分違わず
喜んでやるだろう
あの女優みたいに、不満そうな顔はしまい
1日を無駄にして、それを俺のせいだと言いはしない

雨足は強くなる
秋は雨が多いなと、俺は思いながら目を閉じた
雨のシーンは1シーンだけだ
このまま降り続くなら、後の撮影ができないなと考えて また面倒になった
なにか身体に虚無感のようなものが生まれるのを感じた


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