10. 第2期 「全てのことを忘れるな〜9月〜」


雨が多くなってきた
夏はあっという間に終わり、長雨がやむと秋になる
俺はその日、ようやく引き取ったノースを連れて1ヶ月ぶりの家へ帰った

「どんな風な映画を撮ったノスか?
 いつ見られるノス?」
「映画館で上映されるのはさ来年だよ」
「さ来年?!」
傘を持ったノースが素っ頓狂な声を上げて立ち止まった
「待てないノス、そんなにも待てないノス」
「しょうがないだろ?俺に言うなよ」
「だっておれは30日間も待ったノス」
「言っておくけどまだ撮影終ってないからな
 それに今回のは俺の作品じゃない、俺はただの手伝いだから」
「ノォォオオオーーーーーッス」

映画が1ヶ月かそこらで撮り終わるわけないだろと思いながら、俺はイヤイヤと首を振っているノースを見て苦笑した
今回の仕事は本当に助っ人みたいなものだ
前に一度 一緒に仕事をしたことがあるカメラマンが手伝ってくれと言ってきた
家にいるのが息苦しかった俺は、気分転換にと誘いに乗った
俺にも都合があるから、完成までずっとはいられないけれど、それでもいい口実になると思った
こいつから離れたいと思うとき、俺はこの仕事を理由に出かけられる
そして、そうしている間にノースのバッテリーは切れるだろう

「終ってないのに帰ってきてくれたノスか?」
「別の仕事の打ち合わせがあるんだよ
 こっちのは、材料は揃ってるから、あとは役者だけなんだけど」
「ノスっ、そっちは冨樫くんの映画ノスね」
「うん」

ノースは俺の映画が好き
当たり前だ
俺を主人と認識した瞬間に そう感じるように設定されているんだろう
主人を嫌いなロボットがいるか
奴も、奴のどうしようもないところで、俺を好きになるように造られている

「冨樫くん、おれもロケに連れていって欲しいノス
 おれ、役に立つノス」
「機会があったらな」
「ほんとうにおれ、一緒に行きたいノス
 留守番はつまらないノス」
「吉田さんに色々連れていってもらったんだろ?」
「吉田さんはいい人ノス」
「じゃあ良かったじゃないか」
「でも吉田さんは冨樫くんじゃないノス」
「それは当たり前だろ」

まだ何か言いたげなノースを置いて、俺は歩き始めた
慌てたように奴もついてくる
突然振り出した雨に、買ってやった傘が揺れる
奴が選んだのはバカみたいに明るいブルー
でもそれは、俺が好きな空の色

(そういうとこ、キュンとくるんだよな、お前は)

部屋に帰った俺は、最初に窓を開けた
雨の音がザーザーいってる
ノースは嬉しそうに、傘をたたんでドアに立てかけた

「吉田さんに、どこに連れていってもらったんだ?」
「社長の家と吉田さんの会社と女優さんの家と工場と神木のある森ノス」
「迷惑かけなかったか?」
「吉田さん、怒ってたノスか?」
「いや、非常にご機嫌だったけど」

ほっとしたような奴の顔
俺は、それを見ながら、ノースを預けた彼の言葉を思い出し 少しだけ腹の中に苛立ちを感じた

「オレも金ためてロボット買いたいって思いましたよ
 壊れててもさすが高級品、あの機能はちゃんと使えました」

彼とはノースを預けている間、1度だけ電話をした
預けて15日目だったか、あと2週間ほどかかると言ったら彼は嬉しそうに答えたものだ
「何日でも預かりますよ
こちらも楽しませてもらっていますから」

(らしいというか、若いというか)
悪気のない彼は、電話の向こうで笑っていた
預けるときに、好きにしていいと言った
それには、もちろんこういうことも含まれている
俺は、彼なら興味でノースをそういう風に使うだろうと予想していた

(何がしたいんだか、俺は)

鬱屈している、最近の俺
どこに向かって歩いているのかわからないまま、惰性で生きている感じ
ノースがいらないなら元の持ち主に返してしまえばいいものを、わざわざ第三者に預けたりして意味がわからない
そんな自分に苛立ち、苦笑する

(俺はまだ苦笑ばかりの毎日から、抜けきれてないんだよな)

コーヒーを入れた
ポタポタと琥珀の液体が落ちるのを見ながらノースに言う
「預けられてる間 何をしていたか話してみろよ」
「ノスっ、最初は社長の家に取材に行ったノスっ」
元気の良い声、嬉しそうな表情
お前はノースだ、あいつもそういう顔をしてた
「会話も再現してみ? 全部覚えてるだろ?」
「ノスッ、覚えてるノスっ、忘れないノスっ」
「じゃあ、続きをどうぞ」
身振り手振り、時には口真似
俺といて嬉しそうにする、お前はノースだ
あいつも、そういう風でいてくれた
自由で無垢、俺が一番欲しいものだった

俺はお前の何にこんなにも不満なんだろう

「社長の猫は高い猫スノ
 両方の目の色が違うノス、社長はそれがご自慢ノス」
身を乗り出して、奴は俺を見た
コーヒーをカップに注ぎながら 俺は返事をする
「聞いてるよ」
「ノスっ」
話は尽きない、なんたって30日分
最初から順番に、確かな記録を辿るように話す
俺はコーヒーを飲みながら たまに窓の外に目を向ける
「吉田さんの会社には専務がいて、とても嫌われているノス
 喫煙室でみんな話してるノス」
「そう」
「このあいだオレの記事を幼稚園児の作文っていいやがった、勝手に原稿を書き換えて、部数が伸びなかったら俺たちのせいだとか言う」
「へぇ」
「みんな怒ってたノス、でもやっぱり権力には勝てないノス」
一言一句間違いなく、ノースは語る
まだ2日目の報告
あと何時間か後、おまえはどんな顔で語るんだろう
彼に抱かれたときのことを
その行為の相手になった時のことを、お前は俺に何と報告する

(悪趣味だな、俺も)

10日目の報告を始めて10分ほど経った頃、ノースはそれまでの勢いをなくして口ごもった
「どうした?」
「吉田さんは恋人が理解がないから怒るって言ったノス」
「ふーん」
「それからおれは眠ったノス、吉田さんはパソコンでお仕事をしていたノス」
雨がきつくなってきた
音でわかる
俺は相槌をうちながら立ち上がって窓を閉めた
「36分後、吉田さんがやる気が出ないと言ったノス、それでおれは起きたノス」
二人の会話
まるでビデオでも見ている気分だ
そういえば、記者の彼が最初の何日間を撮影したって言ってビデオテープを渡してくれたっけ
他人といる時のノースの様子には少しだけ興味があったけど、今は見る気にはならなかった
この雨の音のせいで、少しだけ俺は落ち着いた気がする

「ノース、ロボットって全部の個体にあの機能が付いてるんだろ?
 不良品のお前でも、やろうと思えばやれるよな?」

ノースの声色が変る
奴の口真似は多少 声質も変るから不思議だ
音声を再現する機能もついているのかもしれない
「そう言われてお前は何て返事をしたの?」
「なんでもします、お望みでしたら」

少し無機質な声だと思った
それにこいつらしくない返答、言葉遣いも他人のようだ
(そういう機能は個体の性格とは別に設定されてるのかもしれないな)
不良品でも使えたのだから
彼がご機嫌なほど、ちゃんと相手ができたのだから

「・・・・」

ノースが言葉をとめた
伺うように俺を見る
「続きは?」
「おれは服を脱いで足を広げて待ったノス」
「それで?」
「それで、吉田さんも服を脱いでおれの身体を使ったノス」
言いにくそうにしているということは、多少の抵抗はあるのだろうか
それとも後付された羞恥心か
雰囲気を出すために設定されている機能か
「おれは不思議だったノス、吉田さんはそうするのが好きだったノス」
「ふーん」
「毎日したノス、夜になると」
「可愛がってもらえたわけだ」

俺の言葉にノースは返事をしなかった
不思議そうな顔をして、それから一度だけ首をかしげた
「冨樫くんはしないノスね」
「そうだな」
「嫌いノスか?」
「おまえとしたいとは、思わないよ」

それが本心かどうかはわからなかった
ただ、奴が人間で心を持っていたなら傷つくような言葉を選んだ
奴はロボットだから、傷ついたりはしないだろうけど

(とても不愉快だな)

客観的な自分がいる
これ以上こうしていると、腹の中の温度が上がりそうだ
俺は立ち上がって、窓の外をにらみつけた
激しさを増した雨、このまま俺の中の黒い塊も流してくれはしないだろうか


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