9. 第2期 「全てのことを忘れるな〜8月〜」


冨樫くんがロケに行くので、おれは吉田さんに預けられた
吉田さんの家はフローリング
冨樫くんとおんなじ一人暮らし
ベッド、それから大きなテレビ、パソコン、プリンター、CDラック、本棚、空気清浄機、ほかにも色々
たくさんの物があって、ゴチャゴチャしてる
机の上にも、新聞と雑誌とペンとリモコンとペットボトルが2本、隙間もない
「好きにしていいから、自分の家と思って楽にして」
「ノス」
「のす?」
「わかりました・・・ノス」
吉田さんはクローゼットを開けて中をゴソゴソ
並んでる服は冨樫くんのとは全然違う
冨樫くんの服は黒ばっかり
でも、夏に黒を着ると暑いからって、白いのをこの間買ってきてた
(おれも一緒に買いに行きたかったノス)
この部屋は窓にカーテンがかかっていて、冷房の冷たい風が天井から吹いてきていた
照明は、変な形をした金属のが壁に6つ付いている
「嬉しいなぁ、ロボットと生活できるなんて
 こんなの金持ちにしか味わえない贅沢だもんな」
吉田さんは机の上にビデオカメラを置いた
それからパソコンに向かう
カチャカチャと、キーボードの音が部屋に響いた
吉田さんはご機嫌で、おれは少しつまらない

(冨樫くんの仕事が早く終ればいいノス)

冨樫くんの部屋にパソコンはなかった
カーテンはいつも開いていて、窓から光が入ってる
部屋にはものが少なくて、本もペンも机の上にきれいに並んでた
おれは冨樫くんの部屋の方が好き
掃除をした後 畳にごろごろするのが好き
窓の下の壁にもたれて冨樫くんの映画を観るのが好き
「冨樫監督から不良品だって聞いてるけど、実際どういう風に不良品なわけ?」
「・・・?」
「あーそうか、自分の欠陥とか、理解はしてないか」
「・・・ノス」
冨樫くんは今 何をしてるだろう
ロケはどこに行くんだろう
おれはあと何日で帰れるだろう
おれもロケに連れていって欲しかった
いつか機会があればって、冨樫くんが言った回数は今までに8回
連れて行ってもらった回数は0回
いつかは本当に、おれも連れていってくれるかしら
「明日取材に行くんだけど、お前も付いてくる?
 せっかくだから自慢したいし」
「ノス」
「そのノスってのは口癖?
 さすが冨樫監督のロボット、変ってるな〜」
吉田さんは笑って、それから携帯を取り出した
パソコン、携帯そのあとは何をするんだろう
冨樫くんは本を開いたり、ペンを走らせたりするけれど 彼はそういうことはしない

(冨樫くんの仕事が早く終ったらいいノス)

おれは冨樫くんのことを考えた
留守番でもいいから、冨樫くんの部屋にいたかった

次の日は吉田さんと一緒にお仕事で色々行った
街は暑くておれはたまにフラフラになった
その次の日は、吉田さんの会社に行った
色んな人に話しかけられて、色んな質問をされた
誰かが冨樫くんの名前を言うたびに、おれは冨樫くんのことを考えた

(冨樫くんの仕事が早く終ったらいいノス)

その次の日も会社
その次の日は遠くに取材
車に揺られて飛んでいく景色を見てるのもいつか飽きて、おれはとてもつまらなくなった
車内の音楽は煩くて、吉田さんとほかの人が話す話題は芸能人たちの噂話ばっかりで
渋滞にハマって吉田さんが怒って、疲れたといってほかの人が眠って
その間もずっと、おれは冨樫くんのことを考えていた

(今はどんなお仕事をしてるノス?)

冨樫くんが書いてたノートをちょっとだけ見たことがある
ナナメの字
ぐるぐると丸がついた言葉
それから絵
頭に浮かぶ風景のコンテを切って、映像にするんだと言っていた
おれは、冨樫くんがそうやって創ったものがとても好き

(新しいの早く見たいノス、でもお仕事ばっかりだとつまらないノス)

あと何日、ここにいたら迎えにきてくれるだろう
あと何日、おれはここでひとりぼっち?

「締め切り近いんだよ、理解してくれよな」

10日目、吉田さんは電話で誰かと言い合っていた
こんな風に誰かと言い合いをするのは23回目
吉田さんはよく怒る人だと思う
毎日何かに怒ってる
冨樫くんは怒らない
怒ったのは今までで1回だけ

(怒ったのは一回だけ)

メモリ参照、鮮明に蘇る記録
目覚めた日、この人が主人と認識した時
冨樫くんはおれに怒ってた
どうしてだかは、今でもわからない
(大丈夫、ちゃんと覚えてるノス)
何も忘れていない
声のトーン、目の光の強さ、吐き出された言葉、おれの首を掴んだ手の温度、かかった負荷

(覚えてるノス、冨樫くん)

「全てのことを忘れるな」
言われたとおりにできているはず
何一つ忘れていない
聞かれれば、何でも答えられる
だから、不良品だなんて思わないでほしい
ちゃんとやれるから、こんな風に放っておかないで傍に置いてほしい

(つまらないノス)

電話の声は怒ったまま
どうして人は怒るんだろう
どういう時に怒るんだろう

「吉田さんはどうして怒ってるノス?」
「あいつがコッチを理解しないからだよ」
「どうして理解しないノスか?
 恋人同士なのに」
「恋人同士でも、所詮は他人だから」

携帯電話をベッドに投げつけた吉田さんは、冷蔵庫を開けてビールを出してきた
見守るおれは、また記録を参照する
冨樫くんが怒ったときの言葉
それから命令
冨樫くんは、おれが何かを理解しなかったから怒ったのかもしれない

(それが何かおれのデータにはない)

だからおれはどれだけ考えても答えを出せない
怒りながらパソコンに向かう吉田さんの背中を見ながら、悲しくなった
こんなおれだから、冨樫くんは迎えにきてくれないのかもしれない

「あークソ、やる気にならないっ」

深夜、吉田さんはパソコンを前に喚いた
その声でおれは睡眠モードから覚める
部屋にはいつのまにか空になったビールの缶が増えて、スナック菓子の袋が床に落ちていた
「やる気にならないときは無理しないほうがいいって冨樫くん言ってたノス」
「あー?」
溜息と間延びした声が混ざる
冨樫くんは こんな風にだらしない返事をしたことがない
いつも 何か丁寧だった
しぐさも、言葉も、溜息さえ 映画の中にいる人みたいに見えた
全部が落ち着いていて、きれいだったからおれは、冨樫くんを見てるだけの時間も好きだった
吉田さんは、そうじゃない

「天才 冨樫監督もやる気にならないことがあるんだなー」
「あるノス」
「そういう時は何してる?」
「お散歩とか、本を読んだりとか、音楽を聴いたりとか、写真を撮ったりとか」
「想像できるなぁ、冨樫監督っぽい」

吉田さんは笑って、それからううん、と伸びをした

「ノース、ロボットって全部の個体にあの機能が付いてるんだろ?
 不良品のお前でも、やろうと思えばやれるよな?」
「ノス?」

身体の奥で、何かが反応する感じがした
データには何も書かれてないけど、おれはこういう時言うべき言葉を知っている

「なんでもします、お望みでしたら」

ノス、は付かなかった
変なの
喋ろうと思わないのに、勝手に喋ってる
おれの身体は、今、元々組み込まれた何かで動いてる

「おー、なんか雰囲気変ったな
 やっぱ高いだけあって、あの機能は壊れてても使えるのか
 監督からの借り物だけど・・・いいよな?
 監督も好きにしていいって言ってたし」
「どうぞ」

どうぞご自由に、と
勝手に口が喋って、おれはそれが何だかわからないまま身体の奥からの何かに従って動いた
魂だけ抜けて、空から自分の身体を見守ってる感じ
おれに魂は、ないんだけど
まるで全部が映画みたい

(冨樫くんの仕事が早く終ったらいいノス)

吉田さんは酔っ払ってた
体温が高い、呼吸がいつもより荒い
この人がおれに触ったのは今が初めて
おれは全然違うことを考えてるのに、ちゃんと受け答えして、ちゃんと行動してる
間違えないように、求められることをちゃんとできるように

(冨樫くん)

口の中がぬるぬるする
裸になって足を開いて、腰を浮かせて何かを待った
おれの身体も熱を持ってる
痛いと思ったあと、苦しいと思って、それからやっぱり意味のない言葉みたいなものが口から出た

(冨樫くん)

この行為には、何のためにするんだろうか
求められれば察して、行動するようできている身体
違和感がないよう体温が上がり、息も荒くなり、それから喘ぎ声を発して、苦しげに、そして最後に恍惚の表情を
そういう風に身体が勝手になるから、おれはやっぱり他人事のように 吉田さんのものを受け入れながら 震えたり、声を上げたりしてよがってる

この行為の意味を、冨樫くんなら教えてくれるだろうか

「男型でも全然いけたな、さすが高性能ロボット」
吉田さんは1時間24分後にとても上機嫌に言った
酔いは冷めたみたい
身体に疼いたイライラも、欲と一緒に吐き出したみたい
「理解のない恋人より、何でも言うこときく自分好みのロボットがいいってオレも本気で思うよ」
笑いながらパソコンに向かった吉田さんは、一度時計を見て それからキーボードを叩き出した
おれは、ゆっくりと元に戻っていく身体を不思議だと思いながら その後姿を見つめる
汚れた身体を洗えと、頭の中で何かが言うのが聞えた

(冨樫くんの仕事が早く終ったらいいノス)

おれは冨樫くんの傍にいたいけれど、冨樫くんがお仕事をしてる時 おれが傍にいると邪魔だから仕方ない
おれの主人は冨樫くんだから、冨樫くんが言うことはなんでもきくけれど 本当は嫌なことだってある
冨樫くんの部屋の窓はいつも開いていて、ここの窓はいつも閉まってる
冨樫くんの部屋は畳で、ここは冷たいフローリング
冨樫くんの部屋には冨樫くんの撮った映画のビデオがあって、ここにはない
冨樫くんの部屋には、いつか冨樫くんが帰ってくる
ここに、冨樫くんは来ない

「なぁ、今夜も相手してくれる?」
「はい、喜んで」

11日目も冨樫くんは迎えに来てくれなかった
おれは吉田さんとセックスをする
冨樫くんが来てくれるまで、帰ろうと言ってくれるまで、
おれはこの身体に組み込まれた何かに従って、ただただ全部を受け入れる

8ガツ19ニチ データヲコウシンシマシタ
スベテノキロクハ、セイジョウニホゾンサレテイマス

「全てを忘れるな」
おれにとって絶対の言葉
おれは今日も、言われたとおりにちゃんとやれていると安堵して目を閉じた


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理池袋 ブラジリアンワックス