8. 第2期 「全てのことを忘れるな〜8月〜」


ノースは少し大人しくなった

そもそも、この高性能ロボットたちには親密度という機能がある
接し方によって親密度の上がり方が変化し、懐き方が変るというもの
だから、購入時より何年も使用したものの方が遥かに主人に懐いている
俺と半年過ごした後のアレより、リセットされてから1ヶ月程度しか経ってないものを比べれば、そりゃ大人しくなったと思うのも当たり前かもしれない
性格も、多少は変ったのだろう
命令の内容も違うし、俺の接し方も環境も違う
だからなのか、ノースは、前のようにとっぴな行動はしなくなった
朝っぱらからゴソゴソするのもなくなったし、窓の外のでっぱりで1日中過ごしてるなんてマネもなくなった
今は図書館で本を読んだり、俺の撮った映画をみたりして過ごしてる
俺が帰るまで、飽きもせずにそうやって毎日毎日を過ごしてる

「同じロボットを2体買ったって環境や命令で大きく変わるらしいですからね」
「ふーん」
「冨樫監督、ロボットに興味あるんですか?」
「うん、ちょっとね」

俺の前には雑誌記者
さっき新作映画の記者会見があって、それの延長で取材が行われている
多分もう聞きたいことはあらかた聞き終わったのだろう
いつのまにかロボットの話になっている
「すんごい高いんですよね〜聞いて想像を超えてました」
二人いる記者の若い方が、手帳をペラペラめくった
「前に特集組んだことがあるんですよ
 ロボットの魅力とか、育て方とか」
「育て方?」
「細かく命令して自分好みにすることを育てるって言うらしいですよ
 ある人なんか。歩く速度とか瞬きのタイミングとかまで命令してました」
「ふーん」
たしかに、執事ロボットでも100項目命令できるようになっていた
執事としての機能、生活に必要な一般常識、災害用の緊急時設定の他にそれだけあるのだから いくらでも自分好みのものが作れるだろう
「オレも取材するまでは未知の世界だったんですけどね
 自分好みの多目的ロボットなら1体欲しいなーなんて思いましたよ」
「彼女の代わりでもさせる気か?」
もう一人の記者がひやかし気味に言ったのに、手帳の彼がニヤっと笑った
「そもそも、そういう用途のために作られたものですからね
 いいらしいですよ」
「本気でか?!」
素っ頓狂な声
そういえばあの老人の家には多目的ロボットも何体かいた
女性型が多かったのはそのせいか
一番綺麗な外見のも、そういえば多目的ロボットだった
「これも自分好みに仕込むのがいいらしくて」
「ロボットとそういうことをして楽しいのか?」
「性能がいいから、人間とするより気持ちいいって」
「あれは肌に見えて人工物だぞ?」
「絶妙の感触なんですよ、人より人っぽいって」
「なんだよ、それ」
盛り上がる記者を前に俺は苦笑した
たしかに自分好みの容姿のロボットを、自分好みに設定すればいいセックスができるかもしれない
ロボット達は主人の命令には絶対に従うから、性格も受け答えも、こうしなさいと命令すればいいだけだ
そういう意味ではロボットたちは、性欲と、支配欲の両方を満たしてくれる絶好の相手といえるかもしれない
「監督はどうしてロボットに興味を?」
「ウチに1体いるから」
「いるんですか?!」
「そう、借り物が」

借り物のノース
出来損ないの執事ロボット
たった一つしか命令できない挙句、バッテリーが切れたらメモリはオールリセット
変な言葉遣いの、不良品

「どうですか?」
「まだどうとも」
「いつか取材させてくれませんか?
 ロボットの特集 第2弾をやろうって話が出てるんです」
「俺のは借り物だからね、本来の持ち主に許可を取っておいでよ」

記者達は帰っていき、俺はひとり部屋で溜息をついた
懐いていたペットが逃げて、同じ種類の別のペットを飼うことになった
そんな気持ちだ
あれは、ノースであってノースじゃない
ベッドのシーツを切り刻んで てるてる坊主を作ったノース
俺の役に立ちたいと、暑いのが苦手なくせに沖縄まで撮影についてきたノース
その記憶をアレは持っていない
今のノースには、そういう発想はない
俺のために何かをしようなんて、そんな風に思うほど俺のことを想ってない

(まぁそもそも、愛されたくて傍に置いてるんじゃないんだけどな)

だけど、一度知った甘さはいつまでも俺の中に残った
無垢でいてくれと、思うままに生きてくれと そう命令した
なのに俺のために何かしたいとアレは言った
それは、純粋で真っ白な気持ちだ
聞いた時俺は、とても満たされたような気持ちになったのだから

そのペットのことを 俺は自分で思う以上に可愛いと思っていたのかもしれない
アレに想われるということは、欲しかったものを手にいれるということに等しいと感じていたのかもしれない

「おかえりなさいノス」
「ただいま」

家へ戻るとノースは俺の映画を見ていた
見たいと言うから押入れに突っ込んでいたビデオを出してきたのは3日目だったか
ビデオはあってもテレビがないからと、スタッフからいらなくなったのをもらって部屋の隅に置いた
それ以来、奴は毎日毎日ビデオを見てる
そして感想なんかを言ってくれる
「お前 外で遊んだりしないの?」
「外は暑いノス」
「ああそうか、無理だったな、暑いの」
「冨樫くんの映画 おもしろいノス」
「ありがと」
「沖縄の海はきれいノスね
 でも沖縄はとても暑そうノス」
「暑かったよ」
「でも本物の海は一度見てみたいノス」

そうだな、と言いながら俺は笑った
腹立たしさはもうない
そんなものは2日もすれば消えて、後には引っかき傷みたいな疼きが残っただけだった
軽症だ、傷は浅い
諦めて、新しいノースとやっていく余裕が、今はある
次、またリセットされる日が来ても あんな風に動じない覚悟もした
だから今は、あの衝動にまかせてした命令を後悔してる

あんなに無意味な命令はない

幸い新しいペットはある意味とても従順で、とっぴなことをしない分扱いやすかった
今もご機嫌にビデオを巻き戻している
環境や命令がロボットの性格に関係すると言うのなら、俺がこいつに対して最初に取った行動が多少なりとも 今のこの性格に関係しているのだろう
いきなり引き倒して首を絞めるなんていう行為
あんなことをされれば、俺に対しての恐怖が生まれるだろうし、同時に怒らせてはいけないと自制のようなものが働くだろう
そうしてこの性格のようなものが形勢された
1ヶ月たった今、最初に比べれば懐いているけれど、とても聞き分けが良くてワガママは言わない
俺を主人として認識し慕っているようだけど、どこか無理をしているようで
俺はそれを心のどこかで素直に可愛いと思えなかった
そもそもコレはロボットなんだから、全てプログラムだ
だからコレは俺の傍にいることが苦痛だとか、嬉しいとか、楽しいとか、辛いとか、怖いとか
思ったとしても、それは全部作り物で
個性を出すための後付の、感情の擬似物でしかない
そう思うと冷めるような
そう思わせなかった前のノースが、これよりずっと愛しいと思うような

(俺も未練がましいな)

「冨樫くん、今夜もお仕事ノスか?」
「うん」
「おれ夜食を作るノス」
「いいよ、お前はいつも通り寝てろ」
「でも徹夜はお腹が減るノス
 焼きおにぎりを作るノス」
「そう? じゃあ作ってもらおうかな」

ノースは図書館で借りてきたという本を開いて見せた
かんたん夜食とかいう本
外は暑いし、家の中では暇だしで つまらなさそうにしていたノースを試しに図書館に連れていったらすっかり気に入って一人でたまに行ってるらしい
そこでこういう本を探してきて、最近こいつは料理とか掃除をするようになった
自分の布団は自分で片付けられるようにもなって、今はアイロンが欲しいと思っているようだ
(家政婦っぽいな)
元々執事ロボットだから、やればできるのだろう
掃除も上手いものだし、料理も本の通りきっちり作れた
「焼きおにぎりの具は何がいいノスか?」
「梅」
「梅干を買ってくるノスっ」
「じゃあ一緒にスーパーに行くか?」
「行くノスっ」
嬉しそうな顔
前と比べたら あまり構ってやってないかもしれない
だからこんな些細なことで こいつは喜ぶ
俺が与える何にでも、こいつは嬉しそうに手を伸ばす

「楽しいノスっ、スーパーはいいところノス」
「そう? で、梅干はあったのか?」
「あったノス、でもはちみつ漬けじゃないのがいいノス」
「こだわるな」
「だって本にはそう書いてあったノス」
ハチミツ漬けのはダメだって書いてあった?
それとも、これじゃなきゃダメだっていう種類が書いてあった?
「困ったノス」
「別に俺はいいよ? ハチミツ漬けでも」
「不味くなるかもしれないノス
 もっと赤い梅干がいいノス」
「ふーん、でもココにはなさそうだな」
ノースはゆっくり瞬きした
2〜3秒で目を開ける
「商店街のお店で売ってたノス」
「そんな店あったっけ?」
「あったノス、赤い梅干」
「よく覚えてるな」
「忘れないノス」

それは、俺がそう命令したからかと思うと、俺には苦笑しかできなかった
俺はこいつのバッテリーが切れるまでずっと、このくだらない命令を悔いることになるんだろう

無事、梅干を買って戻ってきた後 俺は仕事に入り ノースは狭い台所で夜食の焼きおにぎりを作っていた
静かな部屋
しばらく時間を忘れて仕事に夢中になる
台本を手に俳優の動きを想像し、それに背景や音を足していく
メモがいっぱいになったところで、ノースが机の上に焼きおにぎりをそっと置いた
「ありがと」
「自信作ノス」
「そりゃ楽しみだな」
それからノースは布団にもぐりこんだ
最初、本を読んでいたようだけど、しばらくすると睡眠モードに入ったのだろう
スースーと寝息らしきものが聞えてくる
俺は、それを確認して溜息を吐いた
心が晴れないようなこの気持ち
居心地が悪いというか、気分が沈むというか
前のノースに対しては、そんなことは一度も思わなかった
毎日が輝いていて、俺は失ったものを取り戻す感覚を味わうことができたのに
(おまえが悪いんじゃないけど)
あの日から、
新しいノースがこの家に来た日から、俺の世界は色あせたようだ
今の俺は、ノースと出会う前よりもっと生きているのがつまらない

(何これ、まるで失恋だな)

苦笑しかできない日々
つまらないと思ってしまう毎日
悔いることは一番したくないことだ
なのに俺は、あれを見るたび自分の愚かしい言葉を思い出して後悔する
気分が重い
あれを、前ほど愛せない

(愛、ねぇ)

携帯を取り出した
この間もらった名刺、手帳から引っ張り出して番号を押す
夜中の2時、彼はまだ起きてるだろう
1コール、息を吐いた
最近溜息が多くなったな
2コール、やっぱり苦笑
3コール、気持ちが騒いだ
4コール、ハイという声に 俺の心臓はチクリと痛んだ

「ロボットに興味あるって言ってたよな
 好きにしてくれていいから、ウチのをしばらく預かってくれないかな?」

次の日ノースは 雑誌記者と一緒にタクシーに乗って去っていった
特集第2弾のために観察できると言って記者は喜んでノースを引き取り、
俺はロケでしばらく留守にするからと、適当な理由をつけてノースを見送った

おまえは俺のいうことなら何でも従う
その人と行けといえば大人しく行き、二度と帰るなといえば、多分そのようにするのだろう
今の俺は気分が滅入っている
そういう存在を、傍に置くのが苦痛で仕方ない

(俺もリセットしてやりなおす余裕があると思ってたんだけどな)

空を見上げた
夏の空だ、太陽がカンカン
俺の心が曇ろうが、濁ろうが 世界にとってそんなことは関係ない
いつも通り
今日も、昨日の続きのいつもの1日

(おまえならさ)

例えば、あの無垢ならば こんな日でも俺をひっぱり出しただろう
すぐに暑さにうだるくせに、大きな雲とか、大きな太陽とか
そんなものを追いかけて 走り出してしまう奴だった
食べられないくせにアイスクリームを欲しがったり、
かと思えばせっかく買ってやったそれを、何かにぶつけて台無しにしてしまったり

「冨樫くん、大変ノス、このままじゃ溶けてしまうノス」
「アイスはそういうもの」
「でもおれは食べられないノス」
「俺もいらないよ」
「どうしたらいいノスかっ」
「さぁねぇ」
結論、走って家に帰って冷凍庫に入れる
俺たち二人は真夏の空の下を走り、その風でよけいにアイスは溶けていく
バニラの甘い雫が散り、結局ノースの手と服がアイスまみれ
俺は息を切らせながら、やっばりな、なんて心の中で笑う

おまえがあのまま俺の傍にいたなら、俺は今日もきっと笑っていたのに

セミが鳴き始めた
お前なら喜んだだろう
声の主を探しにでかけていったかもしれない
だけどもう、そんな日は来ない
今日は単なる昨日の続き
俺はひとりで、俺の日常に帰る


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