5. 第1期 「思うままに生きてみせて〜6月〜」


俺はノースを連れて沖縄に来ていた
この島を舞台に撮る今度の映画の主役は若い女優
セーラー服をきた少女がのどかな道を走っているのが最初のシーン

「冨樫くん、暑いノス」
「おまえ、寒いのには強いのに暑いのはダメなんだな」
「まだ6月なのに暑すぎるノス」
「そりゃここは沖縄だからな」

撮影現場には陽射しをさえぎるものが少ない
はじめ、はりきってついてきていたノースは、午後になるとパラソルの下で情けない姿でだれていた
「いいよ、そのままで
 とりあえずテストだから好きに動いてて」
「はーい」
俺が今回撮りたかった色合いに、沖縄の空と赤い花がピッタリだった
俺もどちらかというと、強い日差しは得意じゃない
だけど、撮りたいもののためならどこへでも行く
イメージを再現するためなら、何だってする

「ノース、そんな辛いならホテルに戻ってろよ」
「いやノス、冨樫くんのお仕事してるとこ見たいノス」
「無理して壊れても知らないからな」
「壊れたりしないノス、大丈夫ノス」
「だったらいいけど」

俺の目には、カメラごしにセーラー服の少女が映ってる
小道を歩いてみたり、走ってみたり、しゃがんでみたり、はにかみながら笑ってみたり
(イメージ通り)
俺は満足する
スポンサーの押してきたこの子を採用して正解だったと、安堵に似たものが広がっていく
撮りたいものは、鮮やかな風景
無邪気な少女
そして、記憶から今 消えようとしている大切な何か
それを少女が想い泣く絵を撮りたい
忘れ物をしたような感覚
その甘やかな痛みを、映像にしたい

その日、丸1日かけて撮ったのは最初のシーンだけだった
走っている少女
セーラー服の襟がヒラヒラして、華奢な背が遠ざかっていく
「この子可愛いノス」
「そうだな、幼い顔してる」
「冨樫君はこういう女の人が好きノスか?」
「・・・これがタイプだったら少女趣味入ってると思うけど?」
「この子に優しかったノス」
「言ったことをちゃんとしてくれる子には優しいよ、俺は」
「今日はおれに厳しかったノスね」

ん? と
ベッドの上に座っているノースを見遣ると、奴は居心地悪そうにモゾモゾした
もしかしてこいつは、今日の自分の醜態を恥じているのか
(ロボットにそんな情緒が?)
「厳しかったか? 心配してやってたんだぞ」
「邪魔そうにしてたノス」
「そんなことはないぞ、心外だな」
「何の役にも立てなかったノス」
(はじめから、期待してないから)

キコキコと、体を前後させながらノースは首を俯いたり こちらを見たりして それから瞬きを3回した

(はじめて見るかな、こういう顔は)
ノースと暮らすようになって そろそろ半年
色んな表情を見てきたけど、今みたいな 何ともいいがたい表情は初めてだ
自己嫌悪?
ヤキモチ?
それとももっと別のもの?
「冨樫くんの役に立とうと思ってついてきたノス」
「そうなんだ?」
「そうノス、海に来たかったからじゃないノス」
「でもまぁ、仕方ないんじゃないのか?
 暑さに弱いんだったら、無理せず涼しいホテルにいたらいいんだよ」
「いやノス、来た意味がないノス」
「気持ちだけもらっとくよ」
「気持ちだけじゃ役にたたないノス」
ふくれっ面になったノースを見ながら、可愛いことを言うもんだなと思い
それから俺は、ノースが撮影についてくると言った時のことを思い出した
ロケ地が沖縄に決まったから、しばらく留守にすると言ったら 奴は顔を輝かせて言ったのだ
「一緒に行くノス!」
その一言以来、奴のテンションが上がって上がって仕方がなかったから、無理矢理置いてくることもできず、結局こうして連れてきているんだけれど
「いつまで沖縄にいるノス?」
「3週間ほど、残りは東京で撮るから」
「雨が降ったらいいノス、少しは涼しくなるノス」
「やめてくれ、撮影が止まるだろ」
「あ・・・そうかー、困ったノス」
冷房の効いた室内で、ウーンウーンと唸っているノースを見ながら 俺はこみ上げてくるおかしさみたいなものを唇に乗せた
俺の役に立ちたいとか、こいつが思ってるとは思わなかった
思うままに生きてみせてと命令しているのだから、こいつは自由気ままに毎日を暮らしている
自分のやりたいことだけをやって、嘘をつくことなく、後悔することなく
(可愛いもんだな)
テレビをつけて、明日の天気予報を見ている横顔が、可愛く思える
例えば飼い犬が、主人への忠誠や愛情みたいなものを見せたとき、飼い主が感じるのがこういう気持ちなんだろうか

(どうも俺はこいつを犬か猫みたいに思ってるな)

ではこうか
小さい子供から向けられる、無邪気で屈託のない笑顔
その向こうにある、惜しみなく与えられる無償の愛や尊敬の念

(どっちでもいいけど)

とにかく、この調子じゃ明日もノースは撮影現場に来るのだろうし、
天気予報は晴れと言っているから、明日も今日と同じくらいには暑いんだろう
「ノース、明日は体を冷やせるようにクーラーボックスに冷たいものをいっぱい入れて持っていけよ」
「そうするノス、明日も晴れノス」
「うん、そうしろ」
パタパタと冷蔵庫に走っていったノースの後姿を視線だけで追いかけた
こいつがいるせいか、いつもより俺の心には余裕がある

撮影は順調だった
ノースはやはり暑さに弱く、朝、一緒についてきて、昼には陽射しから逃げるようにホテルに逃げ込み、夕方にまた俺のところに来る
そういう生活を繰り返していた
飽きもせずに現場で台本を見ていたり、クーラーボックスの中身をスタッフに配ったりしているから、他にやりたいことがあったらしてもいいんだぞと言ってやったにもかかわらず、もう2週間もノースは撮影現場に通い続けていた
(撮影に興味があるのかな? 今度カメラ持たせてやろうか)
休憩になると、カメラチェックをしている俺のところにやってくる
半分凍ったペットボトルを差し出してくるから、なかなかできたマネージャーだと褒めてやったら、今や調子に乗って、スタッフ全員のペットボトルを凍らせている
「冨樫くん、今日はまだ帰らないノスか?」
「今日は夜撮もあるんだよ、ノース、お前も手伝って」
「わかったノス」
ノースは夜目がきくから夜撮には便利だ
今までの2回 夜撮をしたけど、2回とも重宝した
沖縄ではずっと、よく言うことを聞いてくれるから使いやすいし、何より奴が側にいると、俺の気持ちに余裕が出るのが大きい
(ヒーリングロボットだな)
撮影はいつも、思い通りに行くとは限らない
自分の世界を再現しているのに、邪魔が入ることは多々あるんだ
スポンサーの意思、役者の力不足、天気、風、その他もいろいろ
撮影が進むにつれて、ストレスというものは感じなくても蓄積していく
いつも撮影の時には、振り払おうとしても払いきれないピリピリとした空気が俺にまとわりついているものだけど
(今はとても気分が軽い)
ノースを見ていると、俺のピリピリは姿を消す
ああいう風に生きているものから見たら、俺のピリピリはまったく無駄なもの見えるだろうと
イライラして、時間をロスして、空気を悪くして、思考を濁らせて
そんなもの何故まとっているのかと、理解できないだろうと思うと急に
急に俺は楽になる
ノースのように 思うままに生きていくのが俺の憧れ
俺の希望
俺の理想
俺のゆめ

(俺のゆめ)

次の日、朝から雲行きが怪しかった
室内の撮影がほとんどだったから、何とかなったものの、明日はまた外での撮影だ
ここで雨に降られると痛い
天気予報はどうだったっけ、と俺はホテルへ戻りながら考えた
(優先するものから撮るしかないか、もう時間がないし)
頭の中でコンテを切る
ピリピリとしたものが、またまとわりついてくるのを感じた

「冨樫くん、降水確率80%ノス」
「今降られると痛いんだよ、花が濡れる」
「でも天気予報 当たらないかもしれないノス」
「だったらいいね、ノースお祈りしといて」
「わかったノス」

ホテルの部屋は静かだった
俺は明日の撮影のことで頭がいっぱいで、いつものようにノースを鎌っている余裕がなく
ノースはそのピリピリを察しているのか、最初に話しかけてきたきり、隣の部屋に姿を隠した
(濡れてちゃ意味ないんだよ、背景は乾いてないと)
よりによって、明日撮影するのは 2時間の映画の中で一番盛り上がるシーンだ
主役の女優が環境と役に慣れるのを待ってた
感情移入しやすいように、ストーリーと同じ流れで撮ってた
なのに雨か
泣いてるのは彼女だけで、世界は平常でないと意味がないのに
(しかし天候だけはどうにもならないからな)
雨はどれくらい降るのだろう
1日くらいなら、撮影を延ばせないこともない
だが、それ以上は無理だ
元々ギリギリのスケジュールでやってるんだから
スポンサーは、主演の彼女を売りたいらしく、山ほどの仕事を振っているようだし
(晴れてるときに撮っておけば良かったのか?
だけど、それだときっと、今ほどの演技はできない、涙の質が下がる)
悶々と、考えているうちに夜が明けた
雨音は、まだしない
いつ降り始めるかと 俺は溜息を吐きながらテラスへと出た

こういうのは、つきものだ
今までだって何度もあった
これが仕事でなければ、いつまでだって晴れの日を待つ
女優のスケジュールが空くのを待つ
だけど、仕事はそうもいかない
色んな大人の事情全部を考えて、俺に残された道はたったの2つ
雨が降らないという奇跡を待つか
思い描いている絵を妥協するか

「なに、これ?」

考え事をしながらだったから、俺は最初、それが何かわからなかった
頭をすっきりさせようと出たテラス
その向こうに見える海でも見ようと思ったのに、景観を台無しにするものが目線の高さにズラリと並んでいる
白い布?
ハンカチにしてはギザギザで、上の部分がボッコリしてるそれは何?

(てるてる坊主か)

1.2.3.4.5.6.7.・・・

(何個あるんだこれ)

16.17.18.19・・・

そのてるてる坊主の列は、俺のいた部屋のテラスから 隣の部屋のテラスまで続いていた
姿が見えないと思ったら、何をしているのか
窓から覗いた部屋の中にもてるてる坊主の山
そして、その中でハサミを握り締めながら眠っているノース

ドアをあけて、俺はテラスからノースのいる部屋へと入った
部屋の中には糸くずや布の切れ端が散らかっていて、ベッドのシーツはズタズタ
レースのカーテンも一部切り取られていた

(派手にやったなぁ)

一言で言うと、部屋の中は酷い有様だった
普通の人間は、ホテルのベッドのシーツやカーテンで、てるてる坊主を作ったりなんかしない
思うままに生きるということは、この世界の何からも束縛されることなく、自由な発想でやりたい放題できるのだ
ここで眠っているノースのように
(てるてる坊主ね・・・)
落ちているてるてる坊主をひとつ、拾い上げた
まだ顔が書かれていない
外に吊られているのは皆、りりしい顔をしていたから 真似をして1つ、そういう顔に仕上げてみた
そしたら なぜか笑いがこみ上げてきて
なんだか、この強そうな顔をしたてるてる坊主が窮地を救ってくれるのではないかとか
今日、雨は降らないんじゃないのかとか
そういう気持ちになってきた
そうしたら、俺のピリピリが、きれいに剥がれて落ちていった

結局、雨は午後になると降ってきて、俺たちは機材を抱えて撤収した
あっという間に土砂降り
撮影は中止
その日は一日オフとなって、俺は朝撮った映像をホテルでチェックするべく持って帰った

「冨樫くん、雨降ってしまったノスね
 頼りないてるてる軍団で申し訳ないノス」

ホテルの部屋には、うなだれたノースがいて、奴の周りには相変わらずてるてる坊主が散らかってたいた
俺がホテルを出てからも、延々作りつづけていたのだろうか
外には、ぎっしりと吊られて
部屋の中にまで吊られて
それでも飽き足らず、未だ製作中
白い布がなくなったのか、今 奴の足元に転がっているのはソファのカバーだ
花柄の
「雨は降ったけどな」
俺はそんなノースがおかしくて、可愛くて
奴の前に座ると 持ってかえってきたビデオを床に置いた
「お前のてるてる軍団が雨雲を足止めしてるあいだに撮るもん撮った
 今の俺はご機嫌だ」
乾いた風景、泣いている少女
赤い花は今日も鮮やかに咲いていて、浜辺の砂も白く輝いてる
「間一髪だったけどな、OK出した途端降り出したんだから、俺の勝ちだ」
コツコツ、ビデオを指でたたくと ノースはパッと顔を輝かせて俺を見た
「良かったノス! あいつら頑張ったノスね!」
「おかげでいいものが撮れたぞー、これは傑作だな」
「傑作ノス!」
ノースの笑顔、俺も大声で笑いたい気分だった
込み上げてくるこの歓びは、今まで感じてきたものとは少し違う
自分自身だけで完結していた俺の世界
今は、目の前にいる男に向かっていく何かを感じる
「ほんと、お前のてるてる軍団は頼りになる」
「頼りになるノス」
明るい声が、心地よかった
俺は今、こいつを愛しいと感じている
こいつの存在を世界中に自慢してまわりたい衝動にかられている
身を灼く何か
それが生まれるのを感じた
俺は、自分の中の変化を心地よく受け入れた
抗う理由なんて、見つけられなかったから

その夜、俺は多分 今までで一番優しい声でノースに言った
「ノース、撮影が終ったら散歩に行こう」
「そんな時間があるノスか?!」
「時間作るから」
言ったら奴は顔をぱっと輝かせた
もう見慣れた表情だ
奴は、嬉しいとき 惜し気もなく心から笑ってくれる
「お前、海に行きたいんだろ?」
ノースはここに来る前から海、海と言っていたのに、そういえば奴が撮影現場にいる時で 海の撮影をしたことはなかった
昼間にホテルでダウンしているから余計
せっかく沖縄にいるのに、ノースはまだ 砂浜を歩いてもいないし、海へ入ってもいない
「行くノスっ、海に行きたいノスっ」
「言うと思った」
俺は笑った
ここでの撮影が全て終わったら、時間を作って海へ行こう
ノースと二人で、子供みたいに遊ぶのもいい
砂浜を歩いて、海に入って、大きく伸びをして、この湧き上がる歓びを声に乗せて笑うのもいい

(心地良い)

そういう自分を想像して、俺は満足した
ノースの御機嫌な鼻歌が、フンフンと耳を撫でていく


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