4. 第1期 「思うままに生きてみせて〜3月〜」


次の俺の作品は、有名歌手のプロモーション撮影だった
彼女は冨樫監督のファンなんですと頬を染め、彼女の事務所は独特の世界観で彼女の魅力を表現してほしいと言った

「冨樫くん、冨樫くん」
「ん?」
「何を聴いてるノスか?」
「CD」
「聴きたいノス、どんなCDノス?一人だけずるいノス、聴きたいノス」

彼女の曲をCDでもらって延々聴き続けること3日
ずっとイヤホンで聴いていた俺に、ノースが不満気な声を上げた
「おまえ、その本に夢中なんじゃなかったのか?」
「今はそれが気になるノス」
(せっかく人が気を使ってやったのに)
奴は俺が買ってる雑誌に最近夢中で、スミからスミまで熟読してた
そんな奴の集中力を、この音で途切れさせては可哀想だとせっかく気を使ってイヤホンで聴いてやっていたのというのに
「おまえ、その言葉後悔するなよ」
イヤホンを外すと、歌が流れる
「おんなの人の声ノスね」
「有名なんだってさ、売り上げずっとナンバーワン」
「へぇー」
俺同様、ノースは売り上げや人気には興味がないらしい
フンフンと聴きながら また雑誌に目を戻した奴に俺は苦笑した

それから2時間後、ノースがまた不満気な声を出した
「うるさいノス、冨樫くん」
「おまえが聴きたいって言ったんだろ?」
「だって同じ曲ばっかりかかってるノス」
「この曲のプロモを作るんだよ」
「でももう2時間もこればっかりノス」
(こっちは3日間ずっと聴いてんだよ)
両手で耳をふさいでイヤイヤと首を振ってみせたノースに、俺はふふんと笑ってやった
「後悔するなって言っただろ」
「後悔するノス」
「邪魔しない?」
「しないノス、おとなしく暮らしの手帖読んでるノス」
「うん、なら許そう」
イヤホン片手に俺は笑った
静かになった部屋、俺の隣でノースはまた畳の上に置いた本に釘付け

イヤホンで曲を聴いていると外の世界と遮断されたように感じる
俺は何かを創る時はいつも、ひとりだった
自分と対話するというものでもない
ただ、この身の内にあるものを引きずり出してくるような行為
創りたいものは俺の中にすでにあって、それを何かの媒体や素材を使ってこの世界に再現する
たとえば この曲とか、例えばプロモ映像に出演する女優とか
(女優ねぇ)
彼女の曲は彼女自身が作詞しているという
よく店で流れてるし、歌番組にも出ずっぱりらしい
若い子だけど言葉の選び方が少し古くて面白いなと思った
その古典めいた言葉が斬新で受けているのか、彼女の声がいいのか、曲自体か、パフォーマンスか 人気の理由はわからないけれど
(丁度桜の季節なんだよね)
ここ3日聴いて どういうものを創るのかは固まってきている
彼女に会った瞬間に ああ桜で撮りたいなぁと思ったから
(しかし、しっくりこない この違和感はなんだろう)
ピンクより白の桜、服は和服で、色気よりは硬質なものが撮りたい
制約がなければヌードにするかな
カリカリにやせた女の、いやまだ女になるまえの娘の方がいいか
(それもなんか違うな)
机の上には、本人と雰囲気の似ている女優の資料が乗っている
全部で20人ほど
別に誰でもいいけどと、思いながらも決めかねているのはしっくりこないから
迷うくらいなら本人を使おうかとも思ったけど、想像してそれもなんだか違うと思った
(いっそ素人とかね)
そこらへんを歩いてる人でイメージに合う人にモデルになってもらおうか
1ヶ月くらいウォッチすれば、一人くらいはみつかるかもしれない

「冨樫くん」
「何? おまえ邪魔しないって言ったろ?」
「今日は朝の練習の日ノス」
「ん・・・?」

思考を始めると俺は時間の感覚がなくなる
ゆさゆさと体をゆさぶられ、ノースに創作を邪魔されて始めて夜が明けたとこに気付いた
(晩飯食べ損ねた)
そういえば座りっぱなしで尻が痛い
「野球部のみんながいるノスよ」
「この寒いのに元気だよな、若者は」
(そしておまえも)
窓を開けたノースは、窓の下を見下ろしている
元気のいい声がここまで届く
冷たい風も、俺の首を撫でていった
(さむい)
ストーブに手を伸ばす
3月になったけど、まだこれが手放せない
そろそろ桜が咲くだろうかと、ふと考えた
隣の駅までの散歩道
あそこの桜は、いつ咲くだろう

「ノース、腹へったから買出しついでに散歩するぞ」
「ノスっ」

振り返って嬉しそうに返事をする奴に、俺も自然と笑いかけた
もしかしたら犬や猫を飼う人の気持ちってこんなだろうかと、最近思いはじめている

何かが自分に懐くのは、心地いい

「しかし寒いね」
「冨樫君は寒がりノスねー」
「おまえはいいよな、寒くなくて」
俺の朝飯は、コンビニで買ったアツアツの肉まん2つ
それからあったかいコーヒー
これで腹いっぱいにはならないから、帰ったら何か作るか
面倒だから、どこかで食べて帰るか
「誰もいないノスねー」
「まだ咲いてないもんな」
「そんなことないノス、ちょっと咲いてるノス」
「え? どこ?」
まだ3月初旬、花見にはかなり早い
ノースは先を歩きながら真ん中あたりの木を指差した
「狂い咲きかもな、昨日は確かにちょっと温かかったし」
「可愛いノスね〜でもあんまりピンクじゃないノスね」
「これだけ少ししか咲いてなかったらな」
桜はそもそも白いものだ
たくさん咲いてたらピンクなんだけど、と言いながら俺は言い様のない興奮が湧き上がってくるのを感じていた
今、目にしてるもの
これじゃないか?
しっくりくる、イメージ通りだ
散々考えてたプロモの映像
俺の思ったままの映像が今 目の前に流れている
「たまんないね、この感覚」
思わず声に出してそう言った
俺は両手の親指と人差し指で四角を作る
これは俺の心のカメラ
これで撮ろう
忘れてしまわないように
消えてしまわないうちに
「ノース、服ぬげ」
「えー、寒いノス」
「嘘つくな、寒くないだろ」
「恥ずかしいノス」
「ノース、新しい本買ってやるから言うこと聞いて」
「わかったノス」
まさかこんなところでロボットとはいえ大の男を素っ裸にするわけにもいかないから、とりあえずズボンとシャツで勘弁してやるか
ノースは俺の服を着てるから、自然と黒が多くて 今日も上着を脱いだら全身黒だ
(いいんじゃないの?これ)
痩せた背中、硬そうな手、指先、首筋
(和服かなと思ってたけど、断然洋服だな、しかも黒、袖は短めで手首が見えるやつ)
咲いてる枝を見つけては報告するノースの姿を追うように撮った
モデルの資料を取り寄せないと
痩せた男、化粧をしてもいいかもしれない
なるべく白くて生気のないような
(目は映さない方がいいかな、難しいよな無機質の演技は)
今回、大事なのはビジュアルだけだ
演技力が要らないものの方がいいだろう
(じゃあ髪は長めで目にかかる感じかな)
満開じゃなくて1分咲き
女じゃなくて痩せた男
風が味方したのか、わずかにかかってた雲もきれいにどこかに飛んでいった
晴れた空は、俺の一番好きな色だ
俺の手に撮られた映像は、今、完全なものになった

「冨樫君ご機嫌ノスね?」
「そりゃなー、あんないいものが撮れれば」
「何を撮ったノスか?」
「さくら」
ふぅん、と言って、ノースはまた先へと歩いていった
大分遠くまで行ってしまったのをゆっくりと追いかけながらほくそ笑む
冷たい風が相変わらず肌を撫でていったけれど、俺は興奮でもう寒いとは感じなかった

こういう感覚は久しぶりかもしれない

帰ってきた俺は、飯も食べずにスタジオへ直行した
ノースはご褒美に買ってやった雑誌に夢中だろうから、2.3日俺がいなくても平気だろう
一人なら一人で楽しくやってるだろうし
俺はこの身の内の、洪水を起こしそうな泉から 今撮った映像を早く拾い上げたくてたまらない

それから世間に俺の撮ったプロモが流れたのは1ヶ月もあとだった
桜満開の季節、硬質な映像に乗って歌が流れる
評判がどうだったかなんて俺には興味がなく、
本人が頬を染めてありがとうございましたという言葉にこちらこそと言った
世に出たものは、あの朝俺の手の中で完結したものに比べたら、質も色も落ちていて、あの映像は永久に、俺一人だけのものとなった
それはもう仕方のないことだ
あのままのものを再現するなんてタイムマシンがなければできない
資料の中のモデルにイメージ通りの格好をさせて、晴れの早朝、1分咲きの桜を撮った
出来には満足してる
彼女も、事務所も喜んでいた
あの朝のものと比べなければ、冨樫の作品としては恥ずかしくない出来だ
「ご機嫌ノスか?」
「ご機嫌だね」
「本屋さんに行くノスか?」
「いいよ、行こうか」
俺のアイディアの泉は枯れない
ノースに刺激され、今や常に大洪水だ
撮りたいものが多すぎる
何もかもを残しておきたい
何もかもを作品にしたい
「映画でも作るかなー」
「新作ノスか?」
「うん、撮りたいものが多すぎてパンクしそうだし」
「いいノスねー、ロケに行くノスね」
「そうだな、これからいい季節だし」
俺は大きく伸びをした
こういう仕事も面白いけれど、やっぱり映画が一番やりたい
カメラを構えた、俺の指で作る四角形
撮れないものは何もない
「ノスっ」
ノースが真似するから、おかしくなった
また泉が溢れていく
俺は上機嫌な自分が嬉しくて、笑った
隣でノースも、笑っていた


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