3. 第1期 「思うままに生きてみせて〜1月〜」


老人にもらったノースの説明書には、バッテリーの位置や各部位の説明、ついている機能、命令の仕方について書かれていた
「こんなにふんだんについてる機能が使えないのか、おまえ」
「ノス」
「・・・使えなさそうだな、あきらかに」
おとなしく正座なんかして目の前にすわっている男は、一見人間
さして広くもない俺の部屋の隅においてある模型に興味を示したようで、さっきからそちらばかりを見ている
「命令はメモリーできます
 目を合わせてはっきりとした口調で命令してください・・・?」
「ノス」
説明書には、全部で100項目の命令がメモリできると書いてある
「朝は何時に起こせとか、コーヒーにミルクは入れるなとか、名前を呼んだらこう返事をしろとか、まぁそういう命令を登録するわけだよな?
しかし100項目も入れる方が大変だろ」
「ノス」
わかっているのか、いないのか、奴は模型を見つめながら返事をした
「でもまぁ、お前には一つしか命令できないみたいだし?」
(不良品だから)
「ノス」
だったら何と命令しようか
コーヒーに入れるミルクや砂糖の量とか、挨拶の言葉とか、何時に起こせとか そういうのには興味がない
執事が欲しくて借りてきたんじゃないんだから
俺は俺のプライドを傷つけてまでして、こいつに見たいものがあるんだから
「無垢か・・・」
あの老人がこのノースに感じたという その本質
「そうだな、思うままに生きてみせて、かな」
模型の方を向いているノースの顔をこちらへ向けて、ガラス玉みたいな目をみてそう言った
一瞬、その目の表面が揺れたような気がして、閉じられ、たっぷり5秒後にノースは再び目を開けた
「ノス」
これで命令完了だろうか
意外と簡単であっけないなと思いながら、説明書を机の引き出しにしまった
相変わらず、ノースは模型を気にしてる

その日から、妙な共同生活
ここから見える風景が好きだという理由でずっと住んでる俺の部屋は、男二人にはちょっと狭かった
仕方がないからベッドを解体して布団で寝ることにする
本棚も解体して どうしても捨てられない10冊ほどを残してあとは処分した
ああ、なんだか新生活
身の周りがすっきりして、部屋が少しだけ広くなった
「ノース、そっち持って」
「冨樫くん、これも捨てるノスか?」
「これは借り物だから捨てない」
「良かったノス」
「おまえ それが気に入ったのか?
 障って壊すなよ」
「わかったノス」
模型は机の横に移動
そうしたら、ギリギリなんとか布団2つが並べられるだけのスペースが空いた
「冨樫くん、それは何ノスか?」
「これはカメラ」
「古いノスね」
「古いけどいいものなんだよ」
「ふぅん」
掃除が終って部屋に残ったのは机、机の上に積んだ10冊の本
それから昨日買った雑誌、ペンと紙
メガネとマグカップ1個
そして父から貰った古いカメラ
そういえば押入れの中の布団は1組しかないから、こいつの分を買い足さないといけない
(ロボットは布団で寝るのだろうか・・・?)
あの老人の屋敷では、ロボット達が眠っているのを見たことがないかもしれない
「冨樫くんは写真を撮るのが好きノスか?」
「好きだよ」
興味深げな目で見つめてくるノースに、俺は笑った
布団は、本人が欲しいといったら買ってやろう
ロボットが風邪をひくわけもなく、バッテリーで動くのだから睡眠が必ずしも必要というわけではないと思う
ただ、自分が眠っている間に、側に起きているモノがあるというのがきっと、俺にとってストレスになるだろうと想像するから ノースには俺と同じ時間には布団に入って寝ていて欲しい
「障りたいノス」
「壊すなよ」
俺が思考をしている間も、ノースは一人楽しそうに座っている
今は俺の手から取り上げたカメラを覗いてみたり、撫でてみたり
(思うままに生きるって、どんな気持ちだったっけ)
その横顔を見ながら、俺はこみ上げてきた自嘲に似たものを飲み込んだ
自嘲という行為はマゾヒスト達がするものだと思ってる
自嘲しなくていい生き方をしたいと、俺はずっと思ってきた
だから思うまま、自由に生きたい
やりたいことをやって、創りたいものを創って
誰にも捕らわれずに、全て自分の手で選んでいきたい
(仕事中は、無理だけどな)
苦いものを感じる
もうずっと、俺は魂が歓喜する感覚を忘れている
だからこそ、こんなにも魅かれたんだと思うのだ
ここにいる、このロボットに
無垢だという、この存在に
「ちょっと貸してみ、おまえを撮ってやるよ」
求めた無垢を、望んだ自由を、忘れかけている感覚を、写真というものに残すというのも悪くないかもしれないと思った
「写真を撮るノスか?」
「そうだよ、ほら、笑って」
カメラを取り返して構えた俺に、ノースは居心地悪そうに上体を後ろへ引いた
そのままズリズリと、畳の上を座ったままで後ろずさる
「恥ずかしいノス」
「別に自然にしてればいいんだよ」
「嫌ノス、恥ずかしいノス」
(ロボットのくせに恥ずかしいって何だよ)
俺がシャッターを切ったのと、ノースが両手で顔を覆ったのは同時だった
「おい」
「駄目ノス、違うものを撮るノス」
ぶんぶんと首を振る、両手で顔を隠したまま
(無垢なものにも羞恥心がある・・・ということか?)
なんだか無性に笑えてきて、俺はカメラを脇に置いた
不愉快だとは思わなかった
こいつの性質とか性格(なんてものがあるのかはわからないけれど)とにかくそういう未知のものをこれから色々と見られると思うと、それは胸が躍る思いだった
いつのまにか、苦いものは姿を隠し、まるで新しいオモチャを手に入れた子供みたいに、俺の心は弾んだ

ノースは、夜には寝ろと言ったら素直に俺と同じように布団に入った
目を閉じて1〜2分後にはスースーと寝息らしきものが聞えるから、睡眠とかそういったモードがあるのかもしれない
ただし何時に寝ても朝の6時にはゴソゴソしだす
それは生活リズムがあまり正常でない俺にとって、かなり迷惑なことだった
「ノース、もちょっと静かにしてくれよ」
「冨樫くん、今日はいい天気ノス」
「そうか良かったな、寒いから窓しめて」
「空がきれいノス、見てほしいノス」
「無理」
共同生活始まって3日目までは、朝っぱらから窓を開けたり押入れをあけたり模型を障ったりしてるノースの行動も許容できた
だが今朝は無理だ
なんせ俺はさっきまで仕事をしてた
ようやく寝れると思って布団に入って2時間
たった2時間しか寝てないんだ
「すごいノスね〜冨樫くん知ってたノスか? 朝の空は紫ノスね」
(紫になる前は金色なんだよ)
俺は半分寝ながら布団を頭までひっかぶった
せめて昼まで寝かせてほしい
それまでは、一人で静かに遊んでてくれ

目が覚めると、ノースはいなかった
この寒いのに窓が開いているから、外に出たのだろう
窓の外には、一人なんとか座れるくらいのでっぱりがあって、2日目にそのことを教えてやったら あいつはその場所がことのほか気に入ったようで その日1日中座ってた
(こいつはほんと自由でいいよな)
そこは晴れた日の俺の特等席だったんだけど
さすがにこのクソ寒い季節、俺はそんなところに座ろうとは思わない
「ノース」
窓から顔を出して声をかけたら、やっぱり特等席に座ってたノースが顔を上げた
「冨樫くんが起きるまでに鳥が133羽飛んだノス」
「鳥多いな」
「天変地異が起こるかもしれないノスね」
「そりゃ大変だな、食料でも買いに行くか」
「行くノス」
窓に手をかけてノースは立ち上がる
鳥を数える機能も、こんな場所でバランスを崩さず行動する機能も、ロボットの基本性能なのだろうか
身軽に窓を乗り越えて部屋の中に入ったノースは、俺の抜け出したばっかりの布団を見るや、嬉しそうにダイブした
「ノぉぉぉっスっ」
「何してんだ、おまえは」
「もう冷たいノスねー」
「お前が窓全開にしてくれてたからな」
これが小さい子供なら可愛いんだろうけど、大の男が布団に転がってはしゃいでいても可愛くもなんともない
「布団片付けるからどけよ」
「冨樫くん、こうしてコロコロしてると温まるノス」
「もう起きたんだからいいんだよ、温めなくて」
ゴロゴロと未だ転がっているノースを、布団から落として片付ける
畳んだ布団を押入れに突っ込むと、名残惜しそうなノースの視線が追いかけてきた
「天変地異が起こる前に食料を買うんだろ」
「そうだったノス」
単純、気分屋、気移りが激しい、マイペース
それがこの3日ほどで感じたノースの性質だろうか
今はもうすっかり、布団のことを忘れて買出しに行く準備とやらを初めている
(さて、今日の晩飯は何にしようかな)
靴を履いてサイフをポケットに突っ込んだ
先に出て待っていたノースが、嬉しそうに笑った

不思議な気持ちだ
俺は高校を出てからずっと一人で暮らしてきた
誰かと暮らしたいと思ったことはなく、親元を離れて長い
俺の仕事は特殊だから、誰かと暮らそうと思ってもリズムが合わないだろうと思うし、俺の性格からして きっと途中で面倒になるだろう
人に長く気を使っていられるタイプじゃない
どちらかというと、延々一人の世界に浸ってるタイプだ
「ノース、そんなに振り回したら落ちるだろ」
「落ちないノス
 遠心力が働くノス」
「なにそれ、おまえなんか今、頭いいこと言ったな」
スーパーからの帰り道、袋をぶんぶん振り回してご機嫌なノースは、フンフンと鼻歌まで歌っている
相手がロボットだからだろうか
俺は奴との共同生活を、なんなく受け入れることができている
まだ4日目だけど、今のところ遠足気分は続行中だ
「また鳥が飛んでるノス」
「冬なのにな」
「きっと嵐がくるノス
 だからみんな逃げていってるノス」
(というよりかは、駅前で始まった鳥害対策の影響だろうな)
1ヶ月ほど前に、駅でそんなことを言ってた気がする
鳥が集まってきて騒音とかフンとかが凄いから、鳥の嫌がる音を出して追い払うとかなんとか
「冨樫くんも逃げた方がいいノス」
「いやいや、せっかくの嵐なんだからしっかり経験して作品に活かさないと」
「・・・なるほどー」
「ノースは逃げてもいいぞ」
「残るノス」
ウン、と決意の顔をしてみせたノースは、次の瞬間振り回していた袋を電柱にぶつけてよろめいた
「あーっ」
「すごい音したな
ぶつかる時は遠心力で勢い倍増だもんな」
盛大にベシャとかいう音がしたから、多分タマゴは全滅だろう
他に買ったものといえばネギとか白菜とか
そんなものなら買いなおさなくても、多少ぶつけたって食べられるだろうけど
(初体験だな、タマゴを全滅させるのは)
こみあげてくる笑いを必死で抑えながら、俺はごそごそと袋の中を覗き込んでいるノースに近寄った
「ごめんなさい」
「いいけどな、この先の俺たちの行動は2択だ
 1.スーパーに戻ってタマゴを買いなおす
 2.このまま戻ってタマゴなしのスキヤキにする」
まぁノースはロボットだから食べないんだけど
「買いに行くノス」
「なら早く行かないと売り切れるな」
「急ぐノスっ」
多分、俺一人ならわざわざ買いに戻りはしないだろう
スキヤキくらいタマゴがなくてもいいか、と思うか
スキヤキ自体をやめてしまうか
もしかしたら、面倒になってこのまま外食したかもしれない
急ぎ足で先を行くノースの後姿を見ながら、俺はぼんやりと変わっていく自分の生活を感じていた
この変化は心地いい
時間に追われる焦燥のような、大切な俺の時間を削られていく虚しさに溺れるような、そんな毎日だったものが変化するなら歓迎だ
生きる意味がないと思いながら流されていくのは苦痛そのもの
奴一人いるだけで、気分がこんなに晴れるなら、俺はもう少しマシな生き方ができるとそう思う

「ああー・・・」
「まぁ、人生にはこんなこともつきものだ
 そうがっかりせずに気分を切り替えろよ」
「ううー」
「さて、帰るか」
「う、うー」

スーパーのタマゴ売り場
30分前まではタマゴが山と積んであった台車、今はカラ
その前でさっきから唸り続けているノース
今日は近くでタマゴパーティでもあるのかもしれない
あんなに大量のタマゴが、よりによって、今日に限って売り切れになるんだから
「帰るぞ、ノース」
「冨樫くんは悔しくないノスか」
「悔しいという気持ちはないなー」
どっちかというと、面白い
こんな日もあるんだなと思って
人生初のタマゴを全滅させた記念日
わざわざ買いに戻ったのに完売だったという衝撃の事実
(映像にするなら、まず空を飛ぶ鳥の大群からスタートだな)
始まりは天変地異が起こるかもというノースの戯言だったか
乗ってやったら奴の世界はどこまでも展開する
まるでRPGみたいに食料を買い出すという使命をまっとうすべく出かけた俺達
途中で阻んだモンスター電柱
スタミナアップアイテムの全滅
ショップでの補給もままならず、どうなる勇者ノースと従者俺
(俺が従者ってのも癪だな)
じゃあ、勇者ノースと、作戦参謀冨樫くん
(うん、こんな感じか)
オモチャみたいにカラフルな思考が心地よく流れていく
ノースの言動が俺の世界とシンクロする
面白い映像になるだろう
すでに俺の頭の中には、全てのシーンが上映中
いくらでも出てくる、背景、色、音、言葉のイメージ
俺の中の泉はいつでもどこでも潤っている
「他のお店を探すノス」
「今から?」
「近くにないノスか? 遠くてもいいノス」
「うーん」
電車で一駅先なら大きなスーパーがあった
ここから駅はすぐそこだから、電車に乗れば10分ほどで着く距離だ
「行くノス、タマゴを手に入れるノス」
「じゃあ行くか」
運よく今日は、予定のない休日
まだ太陽は高い
空気は冷たいけれど、スーパーまで急ぎ足で戻ったおかげで体は温かい
ここまで条件が揃ったんだから、この面白いRPG的冒険に心ゆくまでつきあいましょうか

「方向はこっちだな、俺も歩いたことはないから初めて通る道だけど」
せっかくだから、勇者ノースに試練を与えよう
電車で10分、歩きなら30分
たかだか20分のロスなら、もう少しこの冒険ごっこを続けたい
(そうそう、こういうのを自由な時間というんだ)
やりたいことをやる時間
たとえ何をなさなくとも、面白かったと思える時間
無駄になったと嘆かない時間
心地よく振り返ることができる時間
「あっ、あれは何の木ノスか?」
「桜だな、春にはピンクの花が咲く」
「見たいノスー」
「すごい人ごみだぞ」
「かきわけるノス」
「何、その物騒な発想は」
そういや電車の窓から見るだけだった景色、春は一面ピンク色をしていたかもしれない
こんな近くに、いい散歩道があったのに今までの俺は無視していた
「きっと綺麗ノスねー」
「そうだな」
30分歩いて、今日俺はいくつの発見をするだろう
30分話して、今日俺はどれだけこいつに感謝するだろう
(感謝・・・ね)
この無垢が、俺の流れていったものたちを取り戻してくれるかもしれないと期待する
この無垢が、俺の色あせてしまった日々を変えてくれるだろうと確信する
この無垢が、嘆いていた俺を救ってくれるだろう
この無垢が、俺に世界を諦めない力をくれるだろう

(ああ、だから俺は無垢なものが欲しかったんだ)

苦笑した
理由もわからず求めていたことに
そして大きく伸びをした
先を歩くノースの後姿、とりまく景色
ようやく、俺の目に鮮明な映像が戻ってきた、そんな気がした


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