2. 出会い


今日は俺の32歳の誕生日
丁度撮影が終った日だったから、スタッフがおつかれ会と一緒に誕生日パーティーを開いてくれた
だけど俺の気分は最悪だ
何が悪いって、映画の出来
スポンサーは大手のドリンク会社
タイアップの曲はハスキーボイスが売りの人気歌手
主演は新人だけど、脇はいい俳優でかためられた
世間に受けるものが作れたとは思う
だけど、やりたいことができたかと聞かれればどうだろう
俺は満足しなかった
撮り終わった瞬間の切なさに似た魂が震える様な歓び
それを俺は今日、味わえなかった

「監督、次も応援させていただきますね」
「ありがとうございます」
「監督、次の作品はいつ頃ですか?」

パーティは賑やかだったけれど、俺はスポンサーの相手をしながら 何か枯渇感に似たものを感じていた
映画を1本撮り終わった後、こんな気持ちになるのなら、やらなければよかったと思ってしまう
一体なぜ、こんなにも長い時間と金をかけたのかと、せせら笑うような気持ちになってしまう

昔は、もっと楽しかった

俺の家はそこそこ裕福だったから、小さい頃からよく両親に旅行に連れていってもらった
外国の街並み、人々、言葉、文化
もう忘れてしまったものもあるけど、頭に、心に残っているものも多い
本もよく読んだし、芝居もたくさん見た
美術館、博物館の類にもよく行った記憶がある
父が写真好きだったから、中学の頃は父にもらったお古のカメラで写真を撮り、
高校に入ってからは演劇をかじった
大学で映画を作ろうと、脚本、監督、カメラの全てをやった
卒業までに10本も
それはとても充実した時間だった
あの頃の俺は、やりたいことをやるために生きていた
作ったものの全てに満足した
その時その時の全霊をかけるから、満足するんだ
たとえ世間的には駄作で終ったとしても、たとえ誰にも理解されなかったとしても
そういう作品は撮り終わった後に、言葉にはしがたい歓びが体中に溢れていくんだ
俺は男だから本当のところはわからないけれど、多分女が出産後に感じるような、そんな感情だろうと想像し、それに身を浸すとき、俺はたまらなく高揚する
内なる世界をこの手でここに再現したことに
想いというものを、形にして世界に発信できたことに

(思えばあれが最高のときだった)

大学2年のときに賞をもらい、斬新な感性と期待された
4年の春にCMを作ってみないかと言われ、二つ返事でOKした
その作品にはスポンサーがつき、製品のイメージを何度も念押され、使うタレントを指定され、制約の多い「仕事」となったけれど、自分の作ったものが多くの人の目に止まるという喜びは何にも変えがたいと思った
「仕事」には多少の制約はつきものだ
やりたいことは他でやればいい
俺の世界の再現は「仕事」じゃない場所でやればいいのだから

そして俺は大学最後に撮った映画に想いを注いだ
1週間だけだったけど、それは小さな映画館で上映されたほどの評価を得た
そんな俺にスポンサーがつく
次の作品でタイアップしてくれと、話がいくつかきた
「とっぴな世界観」「非日常に翻弄された」「切なさに胸が痛くなる」「とらえどころのない不思議な感覚」「この世界を共有してほしい」
色んな言葉で評価された
中には理解できないという声もあったけど、話題性は大きかった
もてはやされ、褒められて、
漠然と、俺はこの世界で食っていくのかもしれないと考えた

そして次の作品も、それなりに評価された
俺は映画監督として、世間に認識されるようになった

「監督、台本を読ませていただきました」
「主演は彼女で御願いします」
「主題歌にはぜひこのアーティストの曲を採用していただきたい」
「仕事」には制約が増えていった
だけどまぁ、この程度は仕方がない
やりたいことは、他でやればいい
時間ができればまた、「仕事」でないものを撮ろうと思っていた
あっという間に時間はすぎていき、俺はどんどん「仕事」をこなしていった

本の装丁、美術館のプロデュース、CM作成、他にもいろいろ

やりたいことはいくらでもあった
興味のあるものには、時間が許す限り手を出した
「仕事」だったものもあるし、個人的な作品となったものもあった
アイディアは次々と溢れ、俺は自分の中に枯渇することのない泉を感じていた
1日が100時間あればいいと思いながら、眠る間もなかったあの頃

「監督、スポンサーは来年の夏公開で御願いしたいと」
「そんな時間ないよ、冬は休み取るって言ったろ?」
「そこをなんとか、大手のスポンサーなんです」
「だいたい何を撮るんだよ」
「監督なら、いくらでもあるでしょう? 撮りたいものが」

時間がなかった
とにかく忙しかった
100%何の制約もない俺の世界を撮ろうと思っていた、そのための休暇も取れそうになかった

「俺の好きにさせてくれるなら、1つだけ撮りたいものがある
 ただし冬のものだから、それを夏公開なんてチープだけどな」
「そういうのは監督の作品の場合<あえて>と理解されますので気にしません
 スポンサーは台本に意見は言わないということで・・・良いですか?」
「うん」

そして、俺は休暇を取って撮りに行こうと思っていたものを「仕事」にした
スポンサーの指定してきた女優
雪山での撮影
スポンサーは台本には意見を言わないという約束だったから、撮りたいものが撮れるはずだった
好きなように撮ったつもりだった
だけど、出来上がったものは最低だった

「違う、これじゃない」

泣きたくなった
この女優はいい演技をすると定評がある
たしかに こちらの意図を汲んで役作りをし、台本の通り演技している
カメラを回しているときは、これでいいと思っていた
だけど映像になった途端、これじゃないんだと痛感した

「駄作だった、スポンサーには悪いけどこれは出せない」
「何を言ってるんですか、いい作品じゃないですか
 それに今更撮り直す時間もないし、大きなお金が動いてるんですよ」

フィルムを破棄したいという俺の言い分をスポンサーは受け入れるはずもなく、結局駄作は上映された
結果、大ヒット
俺の名はますます売れ、大きな利益を生んだ
あんな駄作で

「主人公はもっと無垢なんだ」

撮りたいもののはずだった
100%俺の世界
何の制約もなく、満足のゆく充実感と最高の至福が得られる作品となるはずだった
「仕事」でなければ、あのフィルムを全て捨てて もう一度雪山へ登っただろう
主役を変えてでも、全てのシーンを撮りなおして
何日徹夜したって、満足のいくまで作り直した
あんなもの、俺の描きたかったものじゃない
雪みたいに真っ白な無垢なもの、それでなければ意味がないのに
「女優が悪いわけじゃない、無垢な演技は完璧だったんだし」
だけど俺は、演技している人間が撮りたかったんじゃないんだ
泣きたくなるくらいに、切ないものが撮りたかったんだ

それからも、瞬く間に時間は過ぎていった
俺の撮りたいものと、スポンサーの利益の妥協点を探して作品を作った
好きなものを撮る時間は取れず「仕事」ばかりの日々
アイディアは尽きることがなかった
話題は新作を出すたびに沸騰した
仕事の依頼はいくらでも来た
それなりの充実感はあった
でも、俺はもうずっと、震えるほどの高揚を味わえるようなものを作ってなかった

(そして今日も)

誕生日だというのに、スポンサーの相手
みんな笑ってる
そりゃそうだ、作品は売れるだろう
人気アーティストの歌、話題の新人が主役、脇役にずらりと名優を並べて、各メディアで嫌というほど宣伝した
俺の作品は、製作の最初から100%俺のものではなくなっていて
脚本にはたくさんの大人の事情が挟まれ、妥協の連続に元の形を失ってしまったのだ
「次回作、期待しています」
「ありがとうございます」
そして俺は、これからも宜しくおねがいしますと笑ってみせた
今日は俺の誕生日だ
「仕事」は終ったんだから、もういいかげんに開放して欲しい

(まるで羞恥プレイだよな、あれを俺の名で世に出すなんて)

映画が公開されると、やはり評判は上々だった
あんなもののどこがいいのだろう
俺はあんなものが作りたかったんじゃないのに
(理解者もいるけれど)
それはそれで、苦痛だった
俺の理解者、それは俺の本当の作品のファン
ネットの世界で飛び交う言葉を人づてについて苦笑した

「冨樫の世界はあんなものじゃない」
「また今回もやりたいことできなかったんだな」
「大人の事情があるんだよ」
「あの配役はないだろ、人選ミス」
「冨樫の一存で決められない世界なんだよ」
「次に期待、昔みたいな世界を見せてほしい」
「雪のやつ、撮り直してくれないかな」

わかる人にはわかるんだろう
こんなものでは満足できないと、俺以外の人間も言っているのに
(大人の事情ね)
金の絡む話、仕事なんだから仕方がないのだけれど
「俺はなんのために生きているんだ?」
こんなものを作るのにたくさんの時間をかけて
「俺は何をしてるんだ」
駄作を、俺の名で世に出して
「俺はこのまま一生、やりたいことをできず過ごすのか」
ただ時間に流されて、スポンサーに流されて、金に流されて、
「そしていつか俺の時間は尽きて、死ぬのか」
ならいっそ

ならいっそ、今、死んでも一緒だろう

衝動的に登った雪山は、何年か前に撮影で使った山だった
樹林が凍ったようになるこの山は、今の季節 まだ雪は3センチほど
懐かしい景色の中を歩きながら、駄作になったあの作品を思い出した
白い雪のような無垢
そんなもの、この世にないのかもしれないけれど、それを撮りたかった
探し出して、見つけて、手に入れたかった
求めてやまないこの想いを、形にしたかった
あんな女優の演技なんかじゃないもの
未だ、自分は見つけられていない気がする
(あそこで間違ったのか、それとももっと前か)
考えながら、凍える風に震えた
このまま夜が来たら、静かに一人死ねるかもしれない

(俺も一人前に死にたがるなんて)

本当にここで死ぬのかどうか、自分でもわからなかった
ただ衝動的に来てしまったから、帰るときも衝動だと思う
それが死なのか、歩いて山を降りるのかはわからなかったけれど
(寒いな)
好きな詩を、大声で読んだ
雪の積もった樹林を歩きながら、一人 まるで叫んでいるみたいだ
誰かが見たら、キチガイと思ったかもしれない
(別にいい、ここにはどうせ誰もいない)
吐き出す息は真っ白だった
ハラハラと雪が空から降ってくる
灰色の空
俺はもっと、青く澄んだ空が好きなんだ

「もうすぐ吹雪いてきますよ」

どれくらい時間がたったのか、俺は撮影では使ってない辺りまで歩いてきていた
「山の天気は気紛れですからね」
老人が一人、そう声をかけてきた
大声の上げすぎで、俺の声はかすれぎみ
返事をする前に咳き込んだのを見て、彼は笑った
「今夜はウチにお泊りなさい
 今から山をおりるのは難儀でしょう」
最初、奇特な人がいるものだなと思い、その後にどこかで見た顔だなと思った
「冨樫監督でしょう?
 私はあなたのファンなんです、ぜひお話をお聞きしたい」
老人は笑い、その言葉に俺は小さく息を吐いた
ああ、そうだ思い出した
この人は、大手スポンサーの会長だ
今はもう引退してると聞いたが、当時は何度か撮影を見にきていた
こんな雪山までよくやるなと思っていたけれど、もしかしてこの山は彼の持ち物なのかもしれない

「すみません、すぐに思い出せず」
「いいえ、直接お会いしたのは1度きりでしたから」

老人の案内で連れられたのは、こんな山には不似合いの豪邸
大きな門の向こうには、ずらりと若いメイドが並んでいた
「彼らは全てロボットです」
「人間はいないんですか?」
「私は人が嫌いですから」
老人の屋敷には、メイドロボットが20体
執事ロボットが1体
娯楽の相手をするための多目的ロボットが10体暮らしていた
今の時代、ロボットは普及しているけれど、それでもまだまだ高価だ
こんなにたくさんのロボットをはべらせて生活している人間なんて、今までに聞いたことがない
そもそもロボットというのは優秀で多機能なのだから、執事ロボットか他目的ロボットが1体いれば大抵のことは間に合ってしまうだろうに
「ロボットと生活するというのは、どういう気分なんでしょう?」
「あなたもロボットと暮らしてみますか?
 この経験があなたの作品の肥やしになるなら、喜んでお手伝いさせていただきます
 何日でも、いてください
 私はあなたの作品のファンなんです」
温和な老人
だが、対峙する者にある種の緊張感を与えるオーラがある
目の奥の光は鋭く、時折こちらの目を見据えるしぐさにギクとする
まるで獣に狙われているようで
彼が強者でこちらが弱者だと思わせられるような、そんな気配
俺はビリビリとそれを感じて、腹の奥に力を込めた
取り込まれてしまわないように
折れてしまわないように

屋敷の生活は、何の不自由もないものだった
何から何まで、優秀なロボットがやってくれる
彼らは命令すれば完璧にこなし、備わったスキルも上質だった
「高いでしょう?」
「そうですね、どれも最高級のロボットですから」
老人はゆったりとソファでくつろぎ、俺は美しい形をした女のロボットを写真に撮っていた
もしかしたらと思ったのだ
ロボットには心がない
だったらそれこそが無垢ではないかと
高性能なここのロボット達は、表情も豊かで会話もする
彼らがロボットだなどと、一見ではわからない
だからここに、もしかしたら探していた無垢があるのではないかと期待して、俺は何枚も何枚も一番美しいロボットの写真を撮っていたのだけれど

「気に入りませんか?」
「ロボットは無垢というよりは無機質ですね」

できあがった写真は期待はずれ
ゴミバコに捨てたそれを拾って、老人は笑った
「全部撮ったんですね」
「はい、一応」
たくさんのロボット達
彼らは文句も言わずに撮影させてくれた
姿形が様々なのは老人が固体を覚えやすいようにだろうか
撮っている間は楽しかったけれど、欲しかったものではないとわかった以上 その写真には何の意味もなかった
「無垢なものをお探しですか?」
「はい」
ふぅん、と老人は笑い、それから窓の外に目をやった
今日は珍しく晴れ
寒かったけれど、雪は降ってない
「それならノースはいかがでしょう」
「ノース?」
「執事ロボットです」
「お宅の執事ロボットは1体だけだったと思いますが」
「バッテリー切れのが外にもう一体あるんです
 ご覧になりますか?」
「・・・はぁ」
どうせそれも、他のロボットと同じなのだろうと思いながらも頷いたのは、暇だったから
老人の後について歩くと、彼は庭の一角に仰向けに倒れているロボットの前で止まった
「何故 庭に?」
「庭でバッテリーが切れましてね
 バッテリーが切れたロボットは重い、他のロボットでも運べないくらい」
それでここに置いたままなのだと彼はいい、後から現れたもう一体の執事ロボットの方へ顔を向けた
「バッテリーを注文していたのが今朝、届いたんですよ」
「そうですか、でも彼も他のと同じでしょう?」
「いいえ」
老人の微笑み
見つめながら、何か胸騒ぎのような期待なような感情が生まれようとするのを必死に抑えた
期待してはいけない
期待してしまったら、現像した写真を見たときのような気持ちを味わうことになるから
「ノースはいわば不良品です
 執事ロボットとして購入しましたが、その機能は一切使えなかった
 おまけに命令も1つしかできず、バッテリーが切れればメモリは全てクリアされる
 執事ロボットとしては全く使いものにならないものです」
「ではなぜそんなものを側に置くんですか?」
「無垢だと思ったからです」
まぁ道楽ですよ、と
その言葉は俺には届かなかった
ドクンと心臓がやけに大きく音を立てた
無垢なものを、この老人はもう持っている
自分は探しても見つけられず、未だ未練がましくロボット達の写真を撮ったりしているのに
「よろしければ、お貸ししますよ
 あなたの作品の肥やしとなるのでしたら喜んで」
その言葉はとても不快だった
その提案は、とても癪だった
欲しいものを他人から与えてもらうことでしか手に入れられないという敗北感
惨めだと思った
そんな思いはしたくない
プライドが許さない
だから俺は、結構ですと言おうと思った

「バッテリー取替えました」

今日はよく晴れていた
寒かったけど雪は降ってない
真っ青な空、俺の好きな色
目覚めたノースの目に、その色が映ったのを見て 俺は一瞬で堕ちた
そう、堕ちた
これが欲しいと、瞬間に思った

「これを、お借りできますか?」
「どうぞ」

それは、熱湯を飲み込むような感覚
体の奥が疼くような震え
プライドを傷つけて、なりふりかまわぬ格好の悪い人間に成り下がって、そして
俺はノースを連れて山を下りた
それが俺と奴の、出会いの話


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