新月の夢 (譲×神子)


明け方になって降り出した雨の音に、譲はいつもの悪夢の途中で目を覚ました
冷たい空気の中起き上がり、そっと息を吐く
もう心は揺らがない
こんな夢などでは
をこの手に抱きしめたあの朝から、
二人 想いを交わした日から 何も恐くはなくなった
だから悪夢からの目覚めにも、心はこんなにも落ち着いている

「譲、腹へった」

朝食の支度に土間へ行くと、そこには将臣がいた
でかけるかのように、服をきっちりと着て、こんな朝早くにこんな所に
「何してんだ、こんな朝っぱらから」
「お前の飯 食ってから行こうと思って」
にか、と
いつもみたいに笑った将臣に 譲は大袈裟に溜め息をついた
「雨降ってるよ」
「すぐ止むだろ」
「留まる気ないのかよ」
「ねぇな」
世間話みたいな会話
湯を沸かしはじめた譲には 将臣の顔は見えない
見なくてもいいと、思うから振り向かない
しとしとしと、
雨の音は憂鬱になる
この世界に3人を流してきた雨
夢の中でを濡らした雨
そして、こんな朝の雨
「なぁ、譲」
「ん?」
このあいだ がそうしていたように、足を投げ出して柱にもたれ掛かって
大人しく座っている
両手に、大切なものを抱えた兄
「お前 いつから気付いてた?」
「熊野からの帰り道」
「何も言わねぇんだな」
寂しいなぁ、なんて
冗談みたいに笑った兄に苦笑した
「兄さんが先輩に迷惑かけなきゃそれでいい
 八葉だろうが平家だろうが、兄さんは兄さんだ
 今さら何が変わるわけもない」
顔を見て言ってやったら 悲愴感のかけらもない目がこちらを見ていた
自分達の知らない3年間をこの世界で過ごした兄
再会した時にはすでに、将臣は一人ではなく その背に腕に、何人もの大切な人を守っていた
それでも運命の玉は八葉を選び、
戦いは源氏と平氏で繰り返され、
将臣は、その度にみんなから離れていった
やらなきゃならないことがある、と
そう言って去っていく彼をは追わなかったから
それでいいなら、と
譲も追いはしない
そして、そのかわり責めもしない
それが兄の、選び取った道なのだから

1時間程 たわいもない話をして、
譲が作るおかずを 片っ端からつまみ食いして
最後に握ったおにぎりを2つたいらげて、将臣は満足そうにのびをした
「なぁ、譲」
「ん?」
たくさん握ったおにぎりを、竹の皮に巻きながら
ああ本当に雨がやみそうだと、小さくなった雨音を聞いていた
「偉大なお兄ちゃんからのアドバイス」
「何が?」
「攻撃は最大の防御なりって、言うんだってさ」
「・・・何の話だよ」
ぎゅ、と
それを袋につめこんで、顔を上げた
相変わらず将臣は笑ってる
「死なない余裕ないんだろ?
 だったら、先にやっちまえばいい」
「・・・だから、何の話だよ」
その目を見つめた
夢の話か
光に打たれて死ぬ、あの悪夢の話か
「まぁ覚えとけよ」
俺の方が3年多く戦ってきたんだから、と
言った将臣に 譲は袋を投げてよこした
「おっ、弁当?」
「アドバイス代」
素直に喜ぶ将臣に、苦笑する
多分、最初から最後まで自分は将臣にはかなわない
そして、だからこそ 自分ばかりが苦いのだと思う

本当は、3人で元の世界へ帰りたいと思っていたから

「じゃ、みんなに宜しくな」
またここに戻ってくるかのように、将臣は言うと出ていった
東の空から光がさして、
彼の言ったように 今や雨は止んでいた
何度も見た背中が遠ざかる
途中まで見送って、譲は視線を空へと移した
ようやく、辺りが明るくなる

しばらくして、源氏の軍は屋島へと進軍した
将臣を欠いた八葉も、とともに船に乗る
「ねぇ、譲くん
 私が前言ったこと、ちゃんと覚えてる?」
夜の海を ぼんやりと見つめていた譲の側にやってきて が言った
皆もう眠ったから も同じく眠りについたと思っていた
眠れないのだろうか
その表情から、決戦が近いのだと悟る
禍々しい力が、目指す場所で待っているのだと知る
「覚えてますよ
 俺は死なないし、あなたも守る」
言葉にすると、はわずかに笑って
それからそっと息を吐いた
「信じてるね」
「はい」
どんな時も剣を放さず、
いつもどこか悲し気な それでいて強い眼をして、
戦いになったらまっ先に駆けていくようなが、
こうして二人きりの時 少し頼り無いような顔をするのがたまらなく愛しい
俺の側では安心しててください、と
言ったのは本心だから
何があっても、もうあなたはを泣かせたりはしないと誓ったから

「大丈夫です、先輩」

囁いて、その光を宿す眼をみつめた
夜の海の暗い光
ざざ、と
時々波がたてる音以外は、何も聞こえてはこない
うん、と
目を伏せて微笑したの息遣いだけ
ここにいる二人の、鼓動だけが響く

そっと、その唇にくちづけをした
祈りをこめて、想いをこめて
どうか、俺という存在が あなたの救いになりますように
この誓いが、あなたを守る力になりますように

この手にした矢が、闇を払う光となるように

船が灯した灯りに、の横顔が照らされる
明日にはこの海は戦場となり
少女はまた戦いへ出ていくけれど
それで最後だと、予感する
何もかもに、決着がつく

波の音、
それから風の音
眠れないのは、苦痛ではなかった
心はまるで冷静で、呼吸も穏やかに譲は目を閉じている
夜明けをまっている気持ち
もう何度も繰り返された悪夢を変えようとしている力
それに、高揚さえ覚える

「平家の船だ」

譲は、落ち着いていた
浜に陣を布いた源氏と、海に並んだ平家の船団
不穏に空が鳴り出すのにも、心は動かなかった
「譲くん・・・」
背に庇ったが、何か言いたげにに前へと出てくる
それを、わずかに振り返って止めた
大丈夫だから
あなたはそこで、待っていて

「扇が上がったぞっ」

ざわめく源氏、九郎の与一を呼ぶ声
海は荒れ、雷鳴が轟いた
音のない夢にくらべて、時間がゆっくり流れている気がした
「九郎さん、俺にやらせてください」
手にした弓を強く握る
緊張は、ない
「譲・・・だが」
「師はまだ傷が癒えていません
 とても弓をひける状態ではありませんから」
落ち着いている
自分でも驚く程に冷静だと、思った
「譲くん・・・お願いします」
弁慶の微笑、
頼む、という九郎の声
応えるよううなずいて、砂浜を歩いた
2歩、3歩、4歩
そういえば、夢の中でも、いつもこの距離を数えていたっけ
扇に矢を当てることに、それだけに意識を集中していた
夢の中で、ずっと

「闇を払う光となれ」

一つ、呼吸をしてつぶやいた
まっすぐ立って扇を掲げた船に向かう
その視界に、唐突に子供が映った
違和感、そして
(清盛・・・・・・!)

確信

この選択は間違っていないと確信する
ぎりぎり、と
手になじんだ弓を 引き絞った
心がきしむような音は、もうしない
今あるのは、希望に似た想いだけ
強い、決意だけ

何にも負けない誓いが、俺にはある

揺れる船の上
強い風、しぶきを上げる波
清盛の側に、将臣が見えた
何か、叫んでいる
そして、将臣によって無理矢理に掲げられた清盛の手を狙って、
奴の持つあの禍々しき黒い石に向かって、

矢を放った

この矢は希望の矢だ
闇を払う、光となる

「なにを・・・っ」

肉眼では、捕らえられなかったけれど
確実に その石は砕けた
禍々しき力が解き放されていく
それは黒い龍となって、空に昇り雷鳴をとどろかせ
荒れ狂った波が、何隻もの平家の船を飲み込んでいった
「譲くん・・・っ」
「大丈夫です、これが最後の戦いですから」
強い風が砂浜にも吹き荒れる
それからを庇うようにして、譲はわずかに微笑した
悪夢の続きではなく、自ら切り拓いた未来で
この先に何が待っていようと、大丈夫だと言い切れる
の眼が光を失わないから、
希望を捨てないから
だから この先にあるのは信じられる未来だ
けして嘆くことのない
けして、を泣かせることのない

「終わらせましょう」
「うん・・・っ」

強大な敵の前に 二人立った
恐いものなど何もない
信じる想いが力になる


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理池袋 ブラジリアンワックス