新月の夢 (譲×神子)


まだ誰も起きてきていない朝の時間
譲が朝食のしたくをするのを、は柱の側にこしかけてずっと見ていた
つい先程、この運命に戻ってきたばかりのは、
やはり半ば無理矢理に譲に傷の手当てを受け、真新しい包帯の巻かれた腕を抱くようにして座っている

「どうして、いつもこの傷だけ治らないんだろう・・・」
つぶやいた譲に、が言った
「癖なの
 こうやって剣を持ってるから、ついこの腕で庇ってる」
手当てしている最中の まだ血の滲んでいる左腕を顔の前にかざすようにして、
それから わずかには笑った
「痛いのにも慣れちゃったよ」
「慣れるわけないでしょう」
心配性の譲に、心配させない嘘だと それはすぐにわかる
昔から、は嘘をつくのが下手だ
そして、そのくせけっこう嘘をつく
「ほんとよ、」
「そういう嘘は、俺には必要ありませんよ」
見上げてきた目をまっすぐに見つめ返したら、は困ったような顔をした
やがて、視線を譲の手許へと移す
おとなしく手当てをされている様子に微笑して、この距離に心が満たされる
ああ、はここにいると
触れる手の温もりに、二人確かに同じ場所に存在すると、安堵する
見遣ると、見つめ返してくる目
手の届く場所にいるという安心感
それはも同じなのか
さきほどから 時々目を閉じては 眠りに落ちていきそうな気配を見せている

(無理もないか・・・)

夢の中で、ロクに眠ることさえできなかったの姿を思い出して ふと苦笑した
泣かせて、血を流させて、
俺が死んでも あなたを守れるならそれでいいなんて、甘いことを
本気で考えていた自分がバカだと思う

本当に自分はバカだ
死は何も生みはせず、死は何も残さないのに

すう・・・、と
完全に目を閉じたの身体を、譲はそっと抱き上げた
ここは土間で風も入る
まだ空気の冷たいこんな場所で眠ったら 身体を壊してしまうだろうと
そのまま座敷へと横たえる
規則正しい寝息をたてるの顔
安らかに見えるのは気のせいではないかもしれない
自分と同じよう、想いを告げただから
ここに二人いられることに、安心してくれているのかもしれない

それから結局昼を過ぎても目を覚ます気配のないの側で 譲はずっと本を読んでいた
知りたいことが 一つある
屋敷中の文献をひっくり返しても、
弁慶に聞いても、朔に聞いても 知りたい答えは帰ってこなかった
夢でみた、禍々しい光を放つ黒い石の存在など

「お前相変わらず研究熱心だなぁ」

昼食の後の片付けを終えて、また本に目を戻した譲の側へ将臣がやってきた
そのノーテンキな顔を見て、ふと聞いてみたくなる
元の世界にいた時と同じようで同じでない目
彼の想いを、本人の口から

「兄さんは、この戦いで何を得ようとしてるんだ?」

熊野で再会した兄は、3年という長い時間を一人 この世界で過ごし強さを身に付け
護るべき者を両手に抱えていた
最初の違和感は、いつも笑ってた眼が 痛みを知る者のそれに変わったこと
次の確信は、彼が何も語らずに出ていくこと
思ったことがあった
将臣は八葉でありながら、それよりも大切なものがどこかにいるのだということ
そして、そのためにこの世界で戦っているのだということ

「大事なもののために戦ってるって言わなかったか?」
「先輩よりも、大切なものか・・・?」

愚問かも、しれなかった
将臣がを好きなのであろうことは聞くまでもなかったし
だが、それでも 見捨てることができない人たちがこの世界にはいるということだ
「ほんとはもあいつらも両方手に入れるつもりだったんだぜ」
明るい声が笑った
側で眠っているに視線を落とす
愛しいものを見る眼だと、感じた
わずかな嫉妬が、心にうまれる
「でもはお前から離れないだろ」
「え・・・?」
「おまえもから離れそうにねーし」
「・・・・・」
にっと、
兄の顔をして 将臣が笑う
屈託のない子供のような笑顔
こういう顔ができることが 譲にはうらやましかった
譲はずっと、将臣のようになりたかったから
も物好きだよな、俺じゃなくてお前がいいんだから」
「は・・・?」
「今にはじまったことじゃねぇけど」
「何が・・・?」
きょとん、と
まばたきした譲に 将臣は苦笑して大袈裟に溜め息をついてみせた
「おまえは鈍いよ、決定的にな」

将臣は、しばらく譲につきあって本をめくってみたり、表紙を眺めてみたりしていた
外は雨だから暇なんだと
言って時々外に視線を移す
そういえば、ここに流された日 元の世界でも雨が降っていた
あちらでも 同じような冷たい雨が地を濡らしているのだろうか
「お前は夢を、見るんだってな」
「・・ああ」
世間話みたいな軽さで、将臣が口を開いた
朔や景時から借りた大切な本を積み上げて頭の下に敷いている
「星の一族っぽいな、そういうの」
「・・・どうせなら、もっと先輩の役にたつ力が欲しかったよ」
「充分、役に立ってるだろ
 未来予知なんだろ? その夢って」
「自分の死、限定のな」
吐き出すように言った譲の顔を 将臣はまじまじと見つめた
「それは嫌だな、俺はなくてよかった」
そんな力、と
軽く笑い飛ばす
「で、どこでどうやって死ぬんだよ?」
「・・・砂浜で、光に打たれて」
「光って?」
「わからないよ、気付いたら先輩に大きな禍々しい光が襲いかかってるから」
咄嗟に、と
何度も何度も繰り返し見た夢を思い返す
死の夢は、音も匂いも温度もない夢
映像だけが、繰り返される
ひらひらと落ちる扇、空に閃く雷
そして、視界に広がる黒い巨大な力
あの死の光
「わかってるんなら防げるだろ?」
「そんな余裕はない」
少なくとも、夢の中の自分は を守るのに精一杯で
防ぐとか、死なない方法を考えるとか それどころではない
何度繰り返しても、夢は同じ結末を迎える
とシンクロした、あの新月の夢を除いては

「その光が何なのかわかればいいのにな」

将臣が天井を仰いだ
こんな側で話し込んでいても 一向に起きる気配を見せないに影響されたのか
眠そうに、あくびをかみ殺している
それを視界の端に入れながら、譲は今朝の夢を思い出していた
死の夢、その続き
新月の夢は、音も匂いも、温度もあった
温かいの手、涙
そして、あの時に聞いた声

「見事だ」

船の上に、人陰があった
釣り上がった唇から漏れた言葉
そして、その手に握られていた何か
ほんの一瞬、この目が捕らえたもの
あれは、何だ
あいつは、誰だ

ぱらり、と
将臣が、手にした本を適当にめくった
視線をやると つまらなさそうにページを見つめている
「兄さん」
「ん?」
その本を奪い取ると、将臣の眠そうな目がこちらへと向く
「清盛は、何か石のようなものを、持ってないか?」
「は?」
一瞬、兄の目に光が走ったのを 譲は見のがさなかった
「・・・なんで俺に、んなこと聞くんだよ?」
「別に」
わざと、視線をはずした
将臣も、嘘をつくのは巧くない
なぜなら彼は 今までにあまり嘘などつかなかったから
何かを隠すことが好きじゃないから、隠し事はしない
偽ることが面倒だから、偽らない
そんな風だった兄が、何かを隠せば
不自然が生まれる
そのことについて、譲は将臣を責めるつもりはなかったし
自分達の知らない 兄のここでの3年間を否定する気はなかった
だから今まで何も言いはしなかったけれど

「夢を見たから」

言った譲に、将臣はもう一度天井に目を戻した
「持ってたな、大切そうに」
いつもの口調、いつもの声色
だが、もうこちらを見ようとはしない将臣に 譲はわずかに息を吐いた
「そうか・・・」
あの人陰、掲げられた黒い石
そして、強烈な禍々しい光
それが答えとはまだ言い切れないけれど
断片的な夢の記憶を細い糸で繋いで、繋げて
譲は そっと本を閉じた
破壊の力を秘めた石のことなど、結局どの本にも書かれていなかったから

いつしか、聞こえてくる寝息は2つになった
本を枕にしたまま、の隣で将臣も眠りに落ちたようだった
まるで、ここだけが元の世界に戻ったようだ
未だの傷は癒えず、戦いは明日も続くけれど
(先輩・・・今だけは・・・)
今だけは、どうか安らかに
ようやく得た、この眠りを覚まさないように

しとしとと降り続く雨の音を聞きながら 譲は小さく息を吐いた
死の運命に抗うために、考えることは山程ある
二度とを失わないために、
二度と泣かせないために、
探し続ける、生き残る道を
足掻き続ける、幸福の日常を掴むまで


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