新月の夢 (譲×神子)


その夢のはじまりは、いつも同じ砂浜だった
音はなく、匂いも温度もない世界
譲は矢を、海へと向かって放ち、ヒラヒラと扇の舞うのを見つめている
幻想的でさえある風景
空で閃いた雷が、扇に光をあて輝かせている

「見事だ」

見事だ、と
聞こえるはずのないものを聞き、譲ははっとして目を上げた
強烈な閃光が視界を麻痺させようとしている
「先輩・・・っ」
禍々しい気に、吐き気より頭痛が突き抜けていった
その光の中、の姿が霞む
無意識に、手を伸ばして、必死に、
ただ必死にその身体を抱き締めた
やがて光は譲とを飲み込み、
そして遅れてやってくる衝撃に  まるで身体を粉々にされるかのような感覚に堕とされて
意識は一度途切れる

そして再び目をあけた時には、あなたの腕の中にいる

「先輩・・・」
いつも感じない温かさ
の腕から熱が伝わる
ぽたぽたと、頬に雫があたって
うつろに見上げた大切な人は、譲の名を呼びながら泣いていた

ああ、これは夢ではないんだ

冷たかった夢の中で、幾度死んだか
この運命を、繰り返し繰り返し夢に見た
はじめはおぼろげに、
次第に細部まではっきりと、
譲は自分の死の夢を毎晩のように見続けた
冷たくて、音もない夢の中で
だんだんと薄くなっていくあなたを見ていた
毎晩、毎晩

「先輩・・・・泣かないでください・・・」

ぽたぽた、ぽたぽた 落ちる涙
譲の髪を、頬を、首を、胸を濡らして あとからあとからこぼれる雫
あたたかい、身体に触れるあなたの手も、落ちてくる雫も
「・・・・泣かないで・・・」
こんな風に、あなたの体温が伝わるから
これがあの悪夢の再現なのだとしたら、現実の方がよほどいい
「夢ほど・・・悪く・・ない」
冷たい死の夢なんかに比べ物にならないくらい、これは優しい死だ

「譲くん・・・っ」

かすれるようなの声
涙は止まらず、あとからあとからこぼれ落ちた
あなたが俺のことなんかで泣くなんて初めてだ

こんな風に泣くあなたは、初めてだ

「泣かないで・・・ください・・・」
ズキン、ズキン
痛い涙が降ってくる
俺の名前を呼びながら、強く手を握って、
あなたは泣き続ける
痛く、苦しく、呼吸も忘れる程に
震えながら、震えながら

(もし、その時がきたら、あなたは俺のために泣いてくれますか?)

いつか、そう考えたことがあった
誰かのために泣くを夢に見続けて嫉妬した
もし、自分が死んだら
どうか一度でいいから泣いてくださいと
願った

なんて自分勝手な願いだろうと、今、思う

「泣かないで・・・・・」

必死に手を伸ばした
もうどこをどう動かしていいのかもわからない
薄れていく意識
あと少し、あと少しでいいから
時間をください

あなたの涙をぬぐってあげたい

「泣かないで・・・っ」
痛い涙
自分のために泣いてほしいなんて、
願った自分をバカだと思った
こんなにあなたが傷ついて、こんなにあなたが苦し気で
そんな風にさせて、何が想われている証か
何よりも大切な人だからこそ、守りたいと言っておきながら
こんなにさせては意味がない
意味がないんだ

「あなたは・・・笑って・・・」

微笑、できただろうか
必死に伸ばした指先に、の涙の熱がともった
(あなたは笑って、どうか・・・どうか・・・)
薄れていくの姿
まるで霧がかかったみたい
思考も何もかもが止まった
意識は途切れる

それからしばらくして、ふと意識が戻った
遠くで声がする
開いた目には、見なれた景色が映る

ちゃん、譲くんから、離れて」
「いつまでもそんな風だと、おまえが身体を壊すよ」

遠く、近く

「神子、少しは眠って・・・」
さん、あなたがそんなではいけません」

心配気な声
気づかう声
あの悪夢に、こんな続きはなかったはずだ
死んで、終わりのはず
なのに夢は続く
ぼんやりと意識が戻る

「譲くんが、いない・・・」

はっとした
自分の名を呼ぶの目
まるで光のない、冷たい冷たい目
開け放たれた扉から、外を見てる
その横顔に、明るかったあの面影はない
まるで知らない人のように、そこに存在する なんてなんて頼り無い少女
今にも泣き出しそうに、息を吐く
凍えるような冷たい空気に身体をさらして、何時間も何時間も
そうして、いる
譲の名を呼んで

「先輩・・・」

伸ばした手は届かなかった
が凍えるのも、震えるのも、泣き出すのも
見ているだけで何もできはしなかった
どうしてここに、誰もいないのか
どうしてここに、自分がいないのか
には、を守るべき者達がたくさんいて、
は皆に愛されているから
自分などいなくても大丈夫だと言い聞かせてきたのに
なのに、なぜ誰も、を笑顔にしてやれないのか
なぜ、がこんな風にいつまでもいつまでも泣いているのか

「先輩・・・・っ」

身体をバラバラにするような痛みが駆け抜けていく
あなたを守りたいのに
あなたを、泣かせたくないのに
あなたに、笑っていてほしいのに
何もできないなんて
手が届かないなんて
側にいることができないなんて

「先輩・・・・・・・っ」

まるで、
自分の声で覚醒したような目覚めだった
呼吸がうまくできないのを必死に整えて、布団から身体を起こす
ドクドク、と
身体中に響いている鼓動に ざっと体温が戻ってくる
激しい衝撃が、
痛みに似た感覚が、
身体に残っている
今の夢に、身体が震えて仕方がない
(・・・先輩・・・・)
肌寒い空気が、心地よかった
時間をかけて、ゆつくりと心を落ち着かせていく
まだ暗い空を見遣って、夜明け前だと知った

昨夜は、新月だった

「・・・先輩・・・・・・・」
声に出して呼んでみた
胸に手をあてて、心臓の音を確認する
未だ不規則に、
それでもたしかに音は響く
目を閉じて、もう一度開けた
ここは現実だった
そして、今の夢は 悪夢の続きなどではなく

「起きたはずの現実・・・」

立ち上がり、譲はゆっくりと部屋を出た
気持ちを落ち着かせようと顔を洗う
いつものように、いつもの朝の行動を初めて 平静を作る
作ろうと、努力した
そして土間で声を聞いた

「譲くん・・・っ」

駆けてくる、愛しい人
振り返ったのと同時くらいに が胸に飛び込んできた
抱きとめる、温かい身体
ドクン、と
の鼓動が伝わった気がした
ようやく、ようやく 安堵の息をつく
「先輩・・・・」
「譲くん・・・っ」
震える手に握った剣、護りの玉は全てなくなって
だけどあなたはここにいる
泣きながら、俺の名を 呼んでいる

「譲くん・・・っ」

あなたは、この運命へとやってきてくれたんですね
愚かだった俺なんかのために、涙を流して血を流して

「私・・・っ、譲くんのこと好きよ・・・っ」

ようやく、顔を上げたが 言った
え、と
見下ろす目には まだ涙が浮かんでいる
「私は、譲くんが好き・・・っ」
誰よりも、他の誰よりも
「好きなの・・・っ」

まるで叫ぶように、今にもまた泣き出しそうに言うを 譲は抱きしめた
力の加減なんかできなかった
この腕にもう一度を抱けるなど 思いもしなかった
胸が裂けそうに痛かった あの涙
手を伸ばすだけで精一杯だったあの時、本当は抱き締めたかった
大丈夫だと、笑って言いたかった
俺なんかのために、泣かないでくれと
悔やんで悔やんで、自分の愚かさを呪った

死は全ての終わりで、
死は何も、生み出しはしない

「先輩・・・」
抱き締めた誰よりも大切な人の身体
もう一度、生きることを許してくれたの選択
そのために、ここに戻ってくるために、あなたはまた強敵と戦い傷を受け
それでも駆けてきてくれたのだろう
こうして泣きながら、想いを告白してくれたのだろう
夢にも思わなかった、の想いを

目を閉じて、譲は浅く息を吐いた
あんな思いは二度としない
生きるために、生き残るために
この運命を切り拓いていくと 強く心に決意する


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