新月の夢 (譲×神子)


その夜の夢は、雨の校舎だった
最初、この世界に流された時のものかと思ったけれど、そうではないことにすぐに気付く
雨の中 立ちすくんでいるのは小さな少年ではなく 
手に剣を握り 血に汚れた少女
誰かの名前を呼んで、まるで叫ぶように
雨に濡れた髪が頬にはりついて、ひどく頼り無く
長い長い間、声がかれるまで

「どうして私だけ・・・っ、嫌だよこんなの・・・っ」

はとうとう地に膝をつき、泣き出して
震える少女はひとりきり
誰にも救われることなく泣きじゃくって

(・・・先輩・・・・・っ)

そうしてやがて涙もかれるまで
たった一人で

「・・・まってて、みんな・・・
 私、はじめからやりなおすから・・・っ」

は立ち上がり、手に握った不思議な石を胸に引き寄せ目を閉じた

「まってて、・・・くん・・・」

雨の音が声をかき消す
切ないような音が響き、やがて少女は霧のように消え
幻みたいな声だけが わずかに後に残った

「まってて・・・、譲くん」

それはそう、聞こえた
頼り無く、痛い声だった

(先輩・・・・)
覚醒すると、いつも夜中だった
新月の夜は暗く、星だけが頼り無くまたたいている
ボンヤリ、と
譲は意識を現実へと引き戻した
この世界に来て何度も迎えたこの夜
この日だけは、死の悪夢をみない
そして、それよりももっと苦しい夢を見る
とシンクロしていると、今は確信するこの夢
の辿った運命の数々を知る
の流した涙と血の量を知る
痛い程に、
はたった一人で 今も戦っている
誰かを救うために、運命を辿っている

志度の浦には、冬が近付いていた
あの日から、とはまともに会話をしていない
ただひたすらに、訓練を重ね、余計なことを考えないようにして
日々を過ごしている
また戦いが始まるから、そこでもを守れるように
せめてその誓いだけは、守れるように

「ねぇ、譲くん・・・っ」
昨夜見た夢のことをぼんやりと考えながら 海を眺めていた譲は その声にはっとして顔を上げた
「先輩・・・どうかしましたか?」
もう中学の時からずっと作り続けてきた嘘の笑顔を唇に浮かべ、の顔を見遣る
どんな時も剣を放さないを守ってほしいと思い、つけた護りの玉はあと1つ
一体どこで、なんて もうわかりきっている
誰かを助けるために、その度に強大な敵と戦い砕けているのだ
そして、その度に傷を負うから 治らない
古い傷の上を抉るように、新しい傷がつけられていく
「そろそろ出発ですよ? こんなところにいないで皆のところへ戻ってください」
もう慣れてしまった、感情を殺す笑顔
兄の隣で笑うに、いつも向けてきたもの
なんでもないフリも、気持ちを落ち着けた今ならできる
あんな取り乱した自分は、二度と見せない
悪い夢だと思って
の記憶からも、消し去ってほしい
「どうして そんな風に私を避けるの?!」
は、強い眼をして言った
どうしてって?
それは俺が、あなたにあわせる顔がないからです
こんな風でないと、平静を保てないからです
「どうして何もなかったふりをするの?!」
忘れてと言った あの夜の告白
何故言ったのだろうと、悔やんでもどうにもならなかった
忘れてくれと言ったのに、あなたは忘れてはくれないんですか
「・・・酷い人だな・・・あなたは」
「何もなかったふりしないでっ」
の目が揺れる
愛しいと思った
でも、それはもう言わないと決めた
「何でもないふりをしているのは、あなたの方です、先輩」
苦笑が漏れた
震えているような左手
あの傷の手当てを弁慶に頼んだけれど、ちゃんと薬を塗ってもらっているだろうか
身体は大丈夫だろうか
熱は?
傷の痛みは?
この冷たい風が、寒くはないだろうか
「何の・・こと・・・?」
「何でも、ありません」
あなたが一人で戦っていること
繰り返し繰り返し、あなたの大切な人のために運命を辿っていること
他の誰も知らなくても、俺だけは
俺だけは知っている
「ねぇ・・・、私の話もちゃんと聞いてほしいの」
「聞きますよ」
切なかった
どうか忘れてください
こうやって平静を保って笑っていられるうちに
あなたの大切な人のところへ、行ってください
ここは、寒いから
ここはあなたを凍えさせるだけだから

「これ、あの夜に渡せなかったから」

の差し出したお守りは、凍えて冷たくなった譲の手にそっとのせられた
「ヒノエくんにね、御利益のあるお守りをもらいにいくの、付き合ってもらったの
 持ってて、お願い」
無理して笑ったようなの顔
胸が、身体が熱くなった
こんな風にしないでください
あなたに向かう苦しいばかりのこの想いが、本当はそればかりでないことを思い出してしまうから
愛しくて、優しくて、
自分にとってかけがえのないものだと、また諦めきれなくなってしまうから
決意が、揺らぐから
「譲くんはきっと大丈夫
 ・・・・・死んだりしないって、言ってくれたよね」
「はい」
精一杯の、微笑を捧げる
優しいあなた、酷いあなた
俺が死んだら誰があなたを守るのか、なんて
自惚れて、未練が残るのは嫌だ
あなたには他にいくらでも、大切な人がいるから
守ってくれる男がいるから

源氏の軍は行宮を目指し進み、やがて見覚えのある砂浜へとやってきた
張詰めたような、嫌な空気を感じる
「先輩・・・」
見遣るは、九郎に呼ばれて身を翻したところだった
「先輩っ」
矢を射る時の独特の緊張感
それに殺意が乗ったもの
感じた瞬間に動いた譲の袖を、矢の鋭い一閃が貫いていった
「・・・・・・ッ」
その前に届いた手
両腕で抱き締めた身体、もう何度目
あなたをこうして守れるなら、もう何も望まない
「海の向こうだ、矢を放てっ」
側で九郎の怒声が響いた
兵達が海に見え隠れする船に向かって次々と矢を射る
「無事ですね、先輩・・・」
「譲くんは?!!
 譲くんは大丈夫?」
腕の中で、は叫ぶように言った
「大丈夫です、妙な感触がありましたが・・・どこも痛くありません」
袖を貫いていった矢は そこの砂浜にささっている
身につけている何かにあたったような感触があったが、身体はどこも傷ついていない
「本当に? 見せて・・・っ」
が、裂かれた袖に手を触れた
途端 ぽろりと何かが落ちる
袖と同じ様 布が裂かれてボロボロになったお守りが、
今朝がくれたものが 砂に落ちた
「あ・・・」
そっと、拾い上げるの指
ああ、それに救われたのかと 身体が熱くなった
あなたに、救われたのか
「ねぇ、譲くん
 夢を見るって言ってたよね、私を守って死ぬ夢
 ・・・今の、これのことじゃない?」
ぎゅ、と
お守りを握りしめ、見上げたに譲はひとつ瞬きをした
大切な人
何よりも、誰よりも想っている人
あなたがその一言で安心するなら、
俺のことで、気を煩わせることがなくなるのなら
「そう・・・かもしれませんね」
微笑した
どんな時も、どんな時も、
守るから、あなたを全てから守るから
けして死なせはしないから
だからあなたは、そうして笑っていて

「悪夢は現実にならなかったんだよ」
「そうですね」

あなたのお守りのおかげです、と
譲は微笑して立ち上がった
空が怪しく曇りはじめている
雷鳴までもが轟き、禍々しい何かを海から感じる
「伯父上・・・」
敦盛が海を見つめてつぶやき
荒れるような風が、生暖かいザラリとした感触が頬を撫でていった
まっすぐに 波の間に揺れる船を見遣る
清盛がいる、と
戸惑うような声が飛び交った
清盛などが出てきて、ここで何が起こるのか
何が起こっても、やることはたった一つだけれど
決意を胸に、譲は目を閉じた
今はもう 何も恐くはない
迷いも、ない
を守ることができたら、それでいい
それ以外はもう何も、望まない


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