新月の夢 (譲×神子)


七里が浜の砂浜に立って、は気持ちよさそうに深呼吸した
ザワザワ、と
懐かしい波の音が心地よくて、譲もの後について歩きはじめる
自分達のいた世界にあてはめれば、ここは学校の帰り道に通る辺り
浜辺ではよく、裸足になって海に入っていた
夕暮れまで、子供みたいに

「私ね、ここが好きなんだ」
「そうでしたね、よくここにいるのを見ましたよ」
譲がクラブを終えて帰宅するような時間まで ここにいて
浜辺から譲を呼んで手を振るのだ
その時にはいつも、クラスメイトとか、時には将臣とか
誰かが側にいて、は楽しそうに笑っていて
(他の誰かといるところなんて見たくないのに)
は無邪気に手を振る
こちらの気も知らないで
その度に、苦いような想いを押さえ込んできた譲の想いを知らずに
「夕方になるとね、クラブが終わった人たちが帰ってくるの
 譲くんはすぐにわかる
 背が高くてね、規則正しく歩いてくるから」
は足下まで届いた波を避けるように立ち止まった
振り返って 笑う
ほんの少し、陰った笑顔
作っていても、俺にはわかるのに
それが本当の笑顔か、そうでないかくらいは

「今日は裸足にならないんですか?」
「今は、我慢するの」

が立ち止まるから、譲も歩を止めた
4歩分の距離が開く
年令の差と同じで、この距離は縮まらないだろう
想いは届かない
「だからね」
見上げてくるの目
不安定に揺れているようで、痛ましかった
今にも泣きそうだと感じるのは自分だけだろうか
のこういう顔は、見ていて辛い
あなたはもっと、笑って
幸せに、楽しそうに、笑って
「絶対一緒に帰ろうね
 元の世界に戻って、一緒にここに・・・来ようね」

はい、と
返事をしようとして、ふと気持ちの悪いような気配を感じた
右のこめかみあたりがビリっとして
咄嗟に譲はへと手を伸ばした
2歩、3歩、その身体を捕らえて

ザシュ・・・・・・・・・ッ

砂浜に、崩れるように二人倒れ込んだ
怨霊の気配、すぐ近くに来てようやく感じ取る
「譲くん・・・っ」
「大丈夫です、かすっただけですから」
海の方からユラリ、と
怨霊の姿が現れる
白龍のように、気の流れを感じることができるようになれば この禍々しい気配にも もっと早くに気づけるのだろうか
こんなギリギリではなく、を守れるのだろうか
「先輩は下がっててっ」
「私も戦う・・・っ」
射た矢は全て命中した
2本同時に射ても、外すことはない
今までに戦った怨霊の弱点も動きのパターンも全て覚えている
属性も有効な攻撃の種類も、瞬時に判断できる
あなたを守るために、
がこれ以上 傷つかなくてすむように できるかぎりのことをした
寝る間も惜しんで
ただ必死に

あっという間に5体の怨霊は姿を消し、砂浜はまた静かになった
「譲くん・・・っ」
駆け寄ってくるに怪我はない
ギリギリとはいえ守れたことに安堵する
「ごめんね・・・っ、血が・・・」
「俺は平気です」
「平気じゃないよっ、血が出てるじゃないっ」
「俺はあなたが思ってるより丈夫にできてるんですよ」
が白い布で譲の傷を縛るのを見ながら 心が熱くなるのを感じる
こうやって一つ一つ
守っていければ それでいい
この手に抱いたの身体が温かかったから、
それに妙に安堵して、譲はこっそりと息を吐いた
「どこかにでかける時は俺に言ってくださいね
 怨霊が増えてきていて、物騒ですから」
だからどうか、側にいさせてほしい
守るために
あなたを、全てから守るために

その夜、昼間の傷から熱が出た譲は 静かな部屋で一人先に休んでいた
目を閉じてウトウトしていた頃、扉をあける音に目を覚ます
「ああ、ごめんね 起こしちゃって」
「いえ、どうかしましたか?」
入ってきた景時は、部屋を見回して それから困ったように笑った
ちゃん、探してるんだけどね
 ここにも来てないか、どこ行っちゃったのかなぁ」
外はもう暗くなりはじめている
一瞬にしてゾク、と
譲は嫌な予感に取り付かれて起き上がった
「俺も探します」
「えぇ?! いいよ、譲くんは熱があるんだから寝てて
 ちゃんも ちょっと出かけてるだけかもしれないし」
「俺はもう平気です」
譲くんは心配性だね、って
はいつも言うけれど
心配しないわけがない、何よりも大切な人のことを
元の世界ならいざ知らず
こんな 怨霊のウヨウヨしている世界で
昼間も襲われたばかりだというのに
「先輩・・・」
冷たい外の空気に、ぼんやりしていた頭が冴えてくる
どこかで襲われているのではないか
自分のいないところで
目の届かないところで
せめてせめて、何かの時には自分が守れるように、側にいさせてほしいと
昼間 言ったばかりなのに
俺では役に立たないと、そういうことなのか
こんな風に何時間も戻らないなんて
どこにも、いないなんて

深夜になっても戻らないに 同じく姿が見えないヒノエ
二人一緒にいるのかもしれない、なんて話になった頃 譲の耳にの声が聞こえてきた
ああ、無事だと安堵して
続いて聞こえてきた声に苛立ちに似た感情が急激に身体の中に広がっていった
この不快感
御しがたい黒い感情
「じゃあね、姫君
 今夜は楽しかったよ、おやすみ」
独特の色気ある声に が笑ってありがとうと言い
ヒノエは一度の手に口付けると 屋敷の廊下を歩いていった
冷静だったはずの意識が、熱くなる
他の誰かが、の側にいることが こんなにこんなに不快で
が彼に笑いかけたことが 嫌で嫌でたまらなくて
こんなに心配しているのに
こんなに想っているのに
何も、届かないのが
悔しくて仕方がない
なぜ、彼なんだと叫びたくなる
年下の俺では、役不足ですか
あなたを守るためなら何だってすると誓っているのに、まだ足りませんか
あなたには俺など、必要ないのですか

あなたは残酷すぎる

「随分と、楽しそうですね・・・」
声がきつくなるのを、どうしようもなかった
考える力を失ってしまったようで、
熱をもった傷口がうずくのと 心臓の音が、同じ様に身体中に響いている
どうしようもないくらいに今、嫉妬している
こんなに想うあなたが、楽しそうに他の男と笑っているのが許せなくて

「譲くん」
振り返ったが、笑った
あのね、と
何かを言おうとしたのを遮るように 譲は言葉を続ける
なんて冷たい声
なんてきつい言葉
なんて、情けない自分
こんなのは格好悪いだけだとわかっていても、止まらない
あなたを想う気持ちを止められないのと一緒で、
どうしようもない
優しくもなく、甘くもない言葉しか出てこない
こんな想いは、叶わなくて当然だと 心のどこかでそう感じる

「あなたはいつもそうだ、
 俺の気持ちに気付いていないのか、気付いていてこんな残酷なことをするのか」

まるで押し付けだ、こんなのは
あなたには、あなたの大切な人がいて
だからあなたが誰に笑いかけても、誰と一緒にいてもいいのに
あなたは何も悪くないのに
「俺はあなたばかり見ていた
 もうずっと幼い頃から、あなたばかり・・・っ」
なのに、どうして、と
もう幾度思っただろう
必死に隠してきた感情
醜くて、今もを怯えさせるしかできない自分
「先輩・・・っ」
強く、その身体を壁に押し付けた
逃げられないように、このままどこかに連れていってしまいたい
自分だけのものにして、
あなたが他の誰も、見ないように
他の誰にも、あなたを見せないようにして
「教えてください、俺はあなたにとって、何なんですか・・・っ」
こんなところで、こんな風に
言うべきことではなかった
でも もうどうしようもない
抑えることも隠すことも、もうできない
もう、できない

「譲くん・・・」

泣き出しそうなの声
卑屈な自分が 自嘲の笑みを浮かべるのを感じた
いっそ、嫌われてしまえば楽になれるのかもしれない

「譲くんは私の大切な人だよ・・・っ」

ズキン、
心が痛む
だったらどうして、どうして、どうして

「どうして・・・・・・・っ」

どうして他の誰かに微笑んで、他の誰かのために泣いたりするんですか
気にかけて、側において、
こんな風に、こんな風に

「これではまるで拷問だ・・・っ」

いっそ冷たくしてくれればいい
嫌いだと言ってくれればいい
こんな想いしか抱けない男なんか、あなたには相応しくない
皆と同じようにしか見てもらえないならいっそ
突き放して欲しい
その他大勢にしかなれないなら
大切だなんて、言わないで

苦しくて、呼吸がしづらい
子供の頃から大好きな人を、こんな風に困らせて
自分勝手な想いをぶつけて、
それで何を得ようというんだろう
バカみたいだと
の揺れる目を見つめて 苦笑した
こんな自分は嫌だ
でも、止まらない

「・・・あなたには、こんな俺を知られたくなかった」

自嘲の笑みしか出てこない
何か言いたげなに 僅かに首を振る
優しいあなた、残酷なあなた
もう、どうしようもない
「死ぬことなんて恐くない
 ただ、あなたが他の男のものになるのだけが、恐いんです・・・」
この間みた新月の夢を思い出した
の側に立った将臣の姿に、気が狂う程嫉妬した
わかっている
兄の方がにつり合っていること
元の世界にいたころから、二人は想い想われる仲なのかもしれないと
そう感じる程に
の隣は将臣のものだったから
たとえ夢でも、
新月の夢は特別だと、胸が苦しかった
どうしようもない程に、どうしようもない
自分が何を言っているのかも もうわからなくなる
「俺がいなくなったら、あなたは誰に笑いかけるんでしょうね」
欲しい時に欲しい言葉をくれる弁慶か
強く、時に弱く と一緒に進んでいこうとする九郎か
それとも もっと他の誰かか

そして それはけして自分ではありえない

「いなくなるなんて言わないでっ」
の声に、一瞬はっとした
見下ろすと きつい眼がにらみつけてくる
ああ、今にも泣きそうな顔をして
「約束してくれたでしょう? 死んだりしないって」
それでも、けして泣きはしないで
「・・・そうでしたね、すみません」
また自嘲の笑みが漏れた
本当にもう、どうしようもない
「忘れてください、今夜のことは」
悪い夢でも見たと思って
嫉妬に狂うみっともない男の戯言だと、思って

何か言いたげだったを置いて、譲は廊下を歩いていった
想いはそれでも、消えようもなく
痛みだけが響いていく
傷のうずきのように、この焦がれる身を苛んでいく
今夜もまた 眠れそうにない


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