新月の夢 (譲×神子)


その日、は朝から微熱があった
福原へと、源氏の兵達は動き始めている
「薬を飲んでもらいましたから、大丈夫だとは思うんですが」
「そうですか・・・」
最後の一団が出発したのを見送って、譲は溜め息を吐いた
今朝 起こしに行った時 いつもと様子が違うのに気付いて 触れた額は熱かった
平気よ、と
いつものように笑う顔でさえ頼り無くて
譲はに何度も何度も、屋敷で待っているように頼み込んだのだ
けれどは行くと言ってきかず、
弁慶の調合した解熱の薬を飲んで、出発の準備をしている
「先輩、くれぐれも無理はしないでください」
「大丈夫
 微熱だし、薬が効いてるから今は全然何ともないよ」
譲くんは心配性ね、なんて
その右手に剣を握って笑った
、そろそろ行くよ?」
「はい」
部屋を覗き込んだヒノエに、が笑った
優しい笑み
あなたは、誰にでもそうやって、笑いかける
そして誰もが あなたを好きになる

源氏の軍と一足先に出た九郎と景時を追うように の乗る馬も足を速めた
今日は自分が乗せる、と
毎度争奪戦のようになる進行時の手綱を、今はヒノエが握っている
「疲れてないかい? 姫君」
「平気」
「夜になる前に着きたいね
 ちょっと飛ばすよ、しっかり捕まってな」
タン・・・、と
ヒノエの馬が駆け出したのに、譲は小さく溜め息をついて その後ろ姿を追うようにした
福原の、陣を敷くと言っていた場所まで この調子で走っても夕方までかかるだろう
森に入ったあたりから びりびりと感じる怨霊の気配
それらに襲われ戦いながら進まなければならないとしたら、夜までにつけるかどうか
(・・・先輩・・・・)
ヒノエの肩の向こうに見える長い髪を見つめた
今は薬でおさまっている熱が、いつを苦しめ出すのかと思うと心配でならない

昼前、老木の影から飛び出してきた巨大な怨霊に 先頭を走っていたヒノエの馬があやうくなぎ倒されそうになった
「・・・・っ」
手綱を引き、馬の方向を変え
ヒノエはを抱きかかえて馬から飛び下りた
怨霊の雄叫びと馬の悲鳴
まわりの木々までもが ざわざわと鳴り出して あたりは異様な雰囲気に包まれた
「神子・・・、気が穢れてる」
「金属性は得意なんだよね」
それぞれが武器を構え、もまた剣を振り上げた
誰よりも先に攻撃に出る
追うように、ヒノエも前に出た
怨霊の雄叫びがまたこだまする

一度戦闘になると、次から次へと敵が現れて
いつまでもいつまでも、皆は戦い続けさせられた
「キリがないですね・・・
 固まっていると不利です、一度別れてこの先の峠でおちあいましょう」
弁慶の言葉に、互いがうなずき武器を持ちなおす
「神子・・・っ、一緒に・・・っ」
譲の側にいた白龍がの方へと駆け出した
だがそれを、怨霊の影が遮る
「クソ、次から次へと・・・っ」
「ヒノエっ、後ろ・・・つ」
敵も味方も入り乱れて、仲間の姿さえ見失う
「けして一人では走らないでっ」
弁慶の声も 今は遠い
「神子っ、待ってっ、一人で行かないで・・・っ」
怨霊を2体片付けた白龍が、走り出した
遠くに、の長い髪が見える
怨霊を斬り、また走るその姿
側に誰かいるのか
追い掛ける白龍がまた怨霊に行く手を阻まれたのまでは確認できた
譲は、走る全員の援護をすべく、仲間を追い掛ける怨霊を後ろから矢で射抜き倒し、
全員がこの場から去るまで弓を引き絞った
の無事を、祈りながら

静かになった山道に立ち尽くし、譲はわずかに苦笑した
自分がここに突っ立っていたのは走れなかったから
戦いで足をやられた
本当は走り去るを追い掛けていきたかったけれど、それができなかった
この場に立って矢を射るだけで精一杯
皆が逃げ切った今 それもできなくなって冷たい土に崩れ落ちた
「・・・先輩・・・・」
の後は白龍が追っていった
彼なら、こんな場所でもを見失うことはないだろう
自分と同じ様に、を何よりも大切に思っている白龍なら を何に変えても守るだろう
自分に言い聞かせ、胸の不安を押し殺そうとする
大丈夫だ、は大丈夫
八葉が、何にも変えて守るはず
皆に愛されて、皆がを想っているから
だから大丈夫だと、信じたいのに

「先輩・・・・・っ」

もう立てないはずの足で、必死に立ち上がった
やられたのは片足だけだ
血で真っ赤に染まった足首に、のためにと持ち歩いている薬を塗り付けた
いつまでもいつまでも治らないの腕の傷
が譲にしか手当てをさせないから、と
どんな時も放さなかったそれが こんなところで役にたつなんて、と
苦笑して譲は傷口に布をきつく巻いた
頭が冷静になっていく
落ち合う場所はこの先の峠
の走っていった方向から考えて、は東の道から回ってゆく気なのだろう
(あの方向には川があったはずだ・・・だとしたら手前の道からしか峠には向かえない)
朝見た地図を思い出した
弓を強く握りしめ、前を見据える
(先輩・・・どうか無事で)
どうか、無事で
俺が行くまで
そこに、行くまで

が東の道から出てくるであろう合流地点に、弁慶がいた
「譲くん、無事でしたか」
「先輩は・・・?」
「この道から来ると思って待っているんですが、まだ」
「そうですか・・・」
弁慶も同じことを考えていたのなら、きっとはこの先にいる
「敦盛くんとリズ先生は峠に向かいました
 ヒノエはまだですが、彼なら大丈夫でしょう
 あとは白龍とさんだけです」
暗い道
空の色が赤くなりだした
早くしないと夜になってしまう
「弁慶さん、もし先輩が戻ったら先に行ってください」
「え・・・?」
「俺は後で必ず陣まで行きますから」
暗い道の先に、何かを感じる
足の痛みはもはや麻痺して、感じなくなっていた
感覚などなくても歩くことはできる
人の本能なのだろう
前に進もうという意志が足を動かす
譲には、背中で何か言う弁慶の言葉も聞こえてはいなかった
心はだけを求めている

しばらく進むと水音が聞こえてきた
川があるから手前の道をこちらに歩いてくるはずだと思っていたけれど
何故か川の方に気がひかれる
(先輩・・・)
物音は、この水の音だけ
遠くで時々雄叫びが聞こえるけれど、それはすぐにかき消される
「先輩・・・っ」
気がはやる
不安に、悪い想像に いてもたってもいられない
この山道には怨霊が多いから、穢れの元になるものがあるのだろうかと考える
それとも人の恨みの念が積み重なっているのか
何にしても、が無事であること
今はそれだけを祈りながら歩いていく

森が切れた途端、譲の耳に空気を裂くような悲鳴が聞こえてきた
「先輩っ」
川のすぐ側
巨大な怨霊とが戦っている
側で白龍は死んだように倒れ、ヒノエも今 怨霊の腕に薙ぎ払われた
「ヒノエくんっ」
泣き出しそうなの声
二人は全身血だらけで、
だからきっとここまでに、を何度も守ったのだろうと 想像は簡単についた
「先輩っ」
矢を射る
届け、
遠くても、届くはずだ 今の自分なら
「・・・っ、譲くん・・・っ」
振り返ったの顔
やっぱり泣きそうな顔をしている
届け、あなたを守るためにここまで来たのだから
あの時 追い掛けられなかったから こんなにもが傷ついて
足の怪我なんか、の傷に比べたら
白龍のように の名を呼んで何が何でも追い掛けていけていたら
「先輩、下がって・・・っ」
何本もの矢にのたうちまわる怨霊からを遠ざけようと 駆け寄り掴んだの腕は熱かった
ゾク、と
今朝見た頼り無いの顔を思い出す
そうだった
は熱があったんだった
薬の効き目も切れて、また上がりはじめたのだろう
こんなにも熱く
気力だけで立っているかのように
「下がってっ」
怨霊の正面に立ち、矢を構えた
ズキン、
感覚なんかないはずなのに、こんな時に足が痛む
この身体を支えられるか
まっすぐに射てるのか

「いつでもその背に白龍の神子を守うとる、思いや」

響く、師の声
そうだ、今自分がやらなければを失ってしまう
守らなければ
そのために、ここまで来たのだ
そのために、今、自分は生きているのだから

与一に習った怨霊の弱点を、全て射抜いた
7本の矢を次々に放ち、絶叫に似た声を聞きながら、それが消滅していくのを見遣る
瞬間、辺りにたちこめていた気持ちの悪い空気が消えた気がした
もしかしたら、辺りの怨霊を生み出す穢れの元が 今の巨大な怨霊だったのかもしれない

「先輩、大丈夫ですか?」
「平気・・・・」
振り返ったら、はその場にへたり込んでいた
「私より・・・白龍とヒノエくんを・・・」
「大丈夫です、すぐに皆を呼んできますから」
今にも崩れ落ちそうな身体
支えようと触れた時 弁慶とリズヴァーンが山道から降りてくるのが見えた
「ヒノエ・・・っ」
「穢れの元凶がいたのだな」
「はい・・・二人を、お願いします」
「上に敦盛くんがいますから、譲くんはさんを」
「はい・・・」
今はもう目を閉じてしまったの身体を抱き上げて、譲はゆっくりと歩き出した
倒れているヒノエと白龍の応急処置をしている弁慶の姿が視界の端に映る
大丈夫です、と
声が聞こえたのに安堵して、譲は山道を峠へ繋がる道へとのぼりはじめた
腕から伝わる体温
熱い、の身体
「先輩・・・しっかりしてください」
あんなにも気丈に立っていた戦場とはまるでちがう表情
振り返った時の泣き出しそうな目が 今も脳裏にやきついている
そう、みんなが忘れているけれど あなたはただの女の子で
白龍の神子だから戦えるのではなく
必死に努力して、逃げ出したいくらい恐いのを我慢して
痛みも悲しみも一人で全部抱え込んで、誰にも言わないで黙っているからわからないだけで
本当のあなたは こんなにも弱くて
こんなにも傷だらけで

「先輩・・・」

ふと、閉じられたの目から涙が流れたのに気付いた
「白龍・・・・、ヒノエ・・くん」
苦しそうな息の下 僅かに彼等の名前を呼ぶ
の為に戦い倒れた者の名
血を流して、きっと何度もを守ったのであろう者達の名
ここにいる自分ではない名前

「先輩・・・・」

心がきしんだ
痛いなんていうものではない、もうずっと
狂いそうな程に 呼吸もできなくなるほどに

「あなたはもう充分傷ついているのに」

これ以上何をしようと、
これ以上誰のために、
新月のたびに繰り返される とシンクロしたかのような夢の中で
あなたは何人もの男を救い、笑いかけ
手を伸ばし、追い掛け、泣いて、傷ついて

そして それはまだ今も続いて、繰り返されている

「もう・・・充分でしょう・・・?
 先輩、あなたはもう・・・充分戦った・・・」

声が震えた
きっと届いてはいない
は目を閉じて涙を流している
違う男のために
別の誰かを想って
夢の中と同じように、けして自分のためではなく

「いつかあなたは、俺のために泣いてくれますか・・・?」

苦しくて、
強くだきしめたの身体
熱が全身に伝わっていく
いつもいつも、夢でも現実でも
あなたは誰かを想って泣いているけれど
もし、あの悪夢のように
いつか自分があなたを守って死んだ日には 泣いてくれますか
今までずっと あなたがそうしてきたように
名前を呼んで、手を伸ばして

「泣いてくれますか・・・?」

まるで想われている証のようだから
もう決まっている未来、そう遠くないと感じるその時がきたら
一度でいいから、どうか

俺を想って泣いてください
それだけでいいから
一度だけでいいから


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