新月の夢 (譲×神子)


の剣につけた護りの石が、一つ減っているのに気付いたのは その日の夜だった
源氏の軍は三草山に向けて進軍中で、は弁慶と一緒に馬に乗って すぐ前を歩いている
(・・・昨日の、最後の戦闘の時には ちゃんとあったはずだ・・・)
ゾク、と寒気が通り抜けていった
急に、この山の暗さが気味の悪いものに感じる
少し前をゆくの姿が、今にも闇に飲み込まれてしまいそうで

「弁慶、ちょっと来てくれ」
「はい」

足を止めた馬から、弁慶が飛び下りて も一緒に下へと下りた
ここらあたりに陣を張るのか
それとも何か前の方で問題でも起きたのか
「先輩、大丈夫ですか?」
「うん、平気」
乗り馴れない馬に、譲は実際辟易していたが、女の子のにはもっと辛いだろうと
譲も馬から飛び下りた
京に来て、が源氏の軍と一緒に行くと言い出してから 馬に乗る練習を何度かした
特に難しいものでもなかったから、譲にはすぐに乗りこなすことができたけれど はそうもいかなかったみたいで、結局今回は 危なっかしいからと 弁慶が自分の馬に乗せここまでやってきた
「譲くんは ほんとに何でもできるんだね」
「そんなこと、ないですよ」
ううん、と伸びをしたの手に握られている剣
チラ、と護りの石が見えた
やっぱり一つ、減っている
(いつ・・・?)
考えても、わからなかった
今日の戦闘で砕けたとは思えない
出発してから今まで 数える程しか戦っていないし、強敵も現れはしなかった
なのにそれはいつのまにか、一つ砕けてしまったのだ
譲の知らない間に
何かの強い力を受けて

「先輩、そういえば手の傷、どうなりましたか?」
「え?」
「あのあと、ちゃんと弁慶さんに診てもらいましたか?」
「あ、うん、診てもらったよ」
曖昧に笑うの手を、取った
きまりわるそうにしている様子からして、ちゃんとした手当てを受けていないのだろうか
あれから何日も経っているから それでもそろそろ治りかける頃だと思うのだけれど
「・・・・え・・・・?」
「えっと、ごめん、昨日こけた時にざざーっていっちゃって」
包帯はきちんと巻かれてあったから、ちゃんと手当ては受けているみたいなのに
ほどいた包帯の下、出てきた傷は真新しいものだった
「どうしたんですか・・・転んだだけでこうはならないでしょう?!!」
「なったんだもん」
「そんな・・・嘘をつかないでくださいっ」
周りの兵達が、ざわざわと陣をはり出す中、譲はの腕を掴んだまま唖然としていた
酷い怪我をしていた左腕
いくら何でも 薬を塗ってきちんと手当てをしているのだから 完治はしなくとも治りかけてはいるはずなのに
こんな風に、まだ血が滲む程に新しい傷が出てくるなんて
しかも、これは何か獣の牙なんかで噛み付かれたような そんな禍々しい痕に見える
「平気よ、大丈夫」
「どこが大丈夫なんですっ」
自然声が荒くなったのに、こちらに向かって歩いてきた弁慶が苦笑して言った
「譲くん、そんな風に女の子にむかって声を上げるものではありませんよ
 さん、怪我をしているなら言ってください
 僕が手当てをしてさしあげますから」
優し気に笑った弁慶の向こうで、景時がこちらに向かって手を振った
「ごめん、譲くん ちょっと手伝って」
それで譲は溜め息を吐く
「私は大丈夫だから、行ってきて」
こちらを見上げて笑ったに緯線をやって、それから譲は苦笑いを唇に浮かべた
「わかりました、弁慶さん、先輩の手当て、お願いします」
砕けて一つ減った護りの石、真新しい腕の傷
心に重くのしかかる不安は、気分が悪くなるほどに譲を滅入らせた
どんな戦いをすれば、あんな傷を負うのか
どんな強い敵に合えば、護りの石が砕けるのか

夜中の奇襲はまずいとが言った時も、
途中の道で、倒れている誰とも分からぬ者の名をが呼んで駆け寄った時も
譲はただ黙って聞いていることしかできなかった
「譲くん、お願い
 敦盛さんを助けたいの」
「・・・わかりました」
必死のの目、それは自分ではなく この見知らぬ者を想っている
手にとるように見えて、譲は苦笑した
この人は誰で、あなたの何なんですか
何のためにあなたはそんなに必死に、言うのですか
「お願い、手をかして・・・っ」

道で倒れていた公達は平家の者だと九郎が言って
彼は八葉だと、が主張して
一時、陣の中は騒然とした
「処断するなんて言わないで
 私は敦盛さんを、助けたいのっ」
今にも泣き出しそうなくせに、強い意志を秘めたの眼に 九郎も周りの皆も言葉を飲み込んだ
「好きにしろ・・・っ」
捨て台詞を残して出ていった九郎の後ろ姿に、の目が揺れる
「九郎さんの、気持ちもわかるけど・・・」
そして、その手は傷つきまだ眠っている敦盛の手を優しく撫でるようにして 赤い石のようなものを握らせた
不思議な気配を生む石だと、視界の端にそれを捕らえ譲は小さく息を吐く
その石が何なのか、などと聞いても無駄なのだろう
大切そうに、敦盛に握らせて その上からは彼の手を握っている
今日出会ったばかりのこの者が、にとって大切な人であるかのように
「この人は八葉なんだね
 だから、ちゃんも助けたかったんだろうね」
景時の言葉も、まともに聞けはしなかった
が誰かを特別のように想い、こんな風に気にかけるのは嫌だと感じる
こんな得体の知れない、平家の者を
そしてそれでも、が必死に言うから
助けてと言うから、
譲は息を吐いてその場を後にした
あの様子では、九郎は彼を処断すると言って聞かないだろうから、と
この源氏の軍で 他に力を持つ者を何とか味方にできないだろうかと

最初に思い浮かんだリズヴァーンは、陣の裏手に立っていた
「神子の意志なら、私はそれに従うまでだ」
彼はいい、冷たいブルーの目をまっすぐこちらへ向けた
表情の伺えない不思議な雰囲気の漂う
と九郎の剣の師匠で、口数少なく本心を語らない男
「神子が選び取った運命ならば、それを進むまでだ」
「そう・・・ですか」
何か、言い様のない感情が心に広がっていった
そんな風に、何もかもを知ったような顔をして、強い悲しみと決意の眼をしてみせて
彼はまるでに似ていて
あの日から、変わってしまったの 痛い程の眼に似ていると
譲は思い息を吐いた
彼もまた、何かを一人決意しているのだろうか

次に訪れた弁慶は、今 敦盛を手当てしてきたのだと言った
「譲くんは本当に、さんがお好きなんですね」
「え・・・?!」
「九郎の言い分もわかりますが、白龍の神子と八葉は 源氏とは切り離して考えても何ら差し支えないと思っています
 敦盛くんのことは、処断しないよう僕からも進言するつもりですよ」
にこ、と優しく笑われて 譲は一瞬言葉を飲み込んだ
さんのことは、僕も九郎も信頼しています
 今夜の奇襲が読まれていたことに気付いたのも彼女ですし、怨霊を封印する力のある者など 彼女以外にはいません
 あなただけでなく、皆が彼女を大切に思っているのですから、大丈夫ですよ
 九郎だって、さんの気持ちをないがしろにして怒鳴るだけではないはずです
 できるかぎり、さんの想いを尊重したいと思っているはずです」
人を安心させる穏やかな言葉、笑顔
そして、聡さを隠さない眼
弁慶の言葉に、譲は何か居心地の悪いものを感じた
そう、はいつだって皆から好かれて
愛されて、守られて
今だって、こんな風に色んな人がを想って、のことを考えている
「たとえ彼が平家の者であってもですか?」
「それでもさんが助けたいというのなら、何か理由があるのでしょう
 敦盛くん次第ですが、僕はさんを信じていますよ」
だから大丈夫です、と
言われて譲は苦笑した
「そうですか、安心しました」
言い放ち、きびすを返す
嫌な人間になってしまいそうな自分がいる
の思うとおり、あの公達を助けられそうなのだから喜べばいいものを
何か黒い感情が、心の底に生まれつつある
それをどうしようもない
今は隠すこともできない気がする
こんな風に、皆がを慕うのが嫌だ
皆の見えないところに、隠してしまいたい
を想う気持ちは、誰にも負けないと思っているから
他の誰にも、を想ってほしくない
を、見てほしくない
「ああそうだ、譲くん」
「え・・・?」
立ち去ろうとした譲の背中に、弁慶から声がかかった
振り返ると、薬の入った筒を投げてよこす
「それ、さんの傷に効く薬です」
「え・・・?」
「さっき手当てしようとしたら拒まれてしまいましてね
 包帯、ほどかせてくれないんですよ
 君ならさんも気を許しているようですし、彼女のことは君におまかせします」
適任でしょう? と
含みある言葉に、譲はカッと体温が上がるのを感じた
「何を・・・」
「本当は僕が力づくで手当てしてもいいんですが、さんの意志を尊重して君にお任せしますから
 優しくしてあげてくださいね
 さっきみたいに怒鳴り付けちゃダメですよ」
そう言って弁慶は奥の陣へと歩いていき
残された譲は、手の中の筒を見下ろしてひとつせき払いをした
の意志を尊重して、なんて
が自分に手当てを、なんて望むはずないのに

敦盛とのいる陣に戻ると、は相変わらず眠っている敦盛の手を握っていた
心なしか、さっきより顔色の良くなった敦盛は、呼吸も静かになって
の顔にも安堵の色が浮かんでいる
「九郎さんがね、処断しないって言ってくれたの」
「そうですか」
「敦盛さんも、弁慶さんが診てくれたから今は少し楽そう」
「それは、良かったですね・・・」
の側に膝をつき、敦盛の手を握っている手をはずさせた
「え・・・?」
「弁慶さんから聞きましたが、手当て、受けてないんですか?」
「あ、うん、平気だから」
「平気じゃないでしょう? こんな傷
 どこで作ったんです、何かに噛み付かれた痕のようだ」
「前の傷が治る前に またそこやられちゃったから、ひどく見えるだけだよ
 本当はそんなにひどいキズじゃないの」
「それでも、あなたが傷つくのを見るのは嫌なんです」
ぐい、と
腕を取り 逃げようとする力をさらに強い力で引き止めて
譲はの着物の袖をたくしあげた
さっき譲がほどいてしまった包帯を、適当に巻いたあとがある
「自分で巻いたんですか?」
「うん」
「・・・俺に言ってください、こんな適当にしても何の意味もないんですよ」
やがて観念したのか、おとなしくなったの腕に滲んだ血を布で拭い、弁慶から渡された薬を塗ると 包帯を巻き直す
その間、は何も話さなかったけれど 手当てする譲の手許をずっと見ているようだった
「痛くないですか?」
「平気」
「戦いには出ない方がいいと思います」
「大丈夫、左腕だから
 剣は右手で持つでしょ? だから大丈夫」
そんな問題か? と
一瞬思ったが、何を言っても無駄だろうと思い直し、譲は言葉を飲み込んだ
「先輩」
「なぁに?」
今は心配気に、また敦盛に視線を戻したの横顔に
「無茶を、しないでください」
いつも何かを見ているその眼に
「一人で、辛い想いをしないでください」
譲は、抑えきれない想いを抱いて 言った
には、八葉がいて
誰もがを見て、を想い、心を寄せているから
こんな無力な自分なんか 必要ないのかもしれないと思うけれど、でも
(俺に、言ってください)
何でも、
どんなことでも
が望むことなら、何でも叶えるから
そのためなら、何だってするから
「大丈夫だよ、私は一人じゃないから」
が、顔を上げてこちらを見た
にこ、と笑う優しい笑顔
切ないような気持ちになった
大切な人は 何かを隠して戦っている
いつか、いつか この両手でを守りきれる日が来るのだろうか
三草山に月が沈む
見遣りながら、譲はまた溜め息をついた
明けても暮れてもあなたを想う


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