新月の夢 (譲×神子)


「もしかしたら、譲くんは星の一族の血を引いているのかもしれないね」

その言葉に、亡くなった祖母の笑顔を思い出した
好奇心旺盛で、いつも元気でよく笑っていた印象のある彼女は、幼い頃 譲に色んなことを教えてくれた
そして いつも譲と一緒にいたに、深い愛情を注いでいた
が泣けば、抱き締めて慰めたし
が笑えば、本当に嬉しそうに彼女も笑った
そして、夏のあの日
祖母は譲に 白く美しく輝く首飾りをくれた
いくつもの護りの石が、清い気をたたえているのだと彼女は言っていた

「僕はちゃんを、まもれなかったんだ」

その日の夕方、手足に擦り傷を作って帰ってきた幼い譲に 祖母は優しい笑みをこぼした
「僕は何もできなかった」
大きな犬の化け物が出たのだと訴えたら、彼女は顔をしかめ、肌身はなさず持っていた白い護りの玉の首飾りを差し出した
「ここにも時に、穢れが満ちることがあるのね」
大人達は野犬でも出たのだろうと言ったけれど、譲の見たものは そんなものではなかった
あの時、将臣が側にいなければ 二人とも今ごろあの化け物に食われていたと思うとぞっとして
自分だけではを守れないのだと痛感して、
譲は傷だらけの手をぎゅっと握りしめた
たった一つ年上だというだけなのに、
将臣は持っていたバットで化け物を薙ぎ払った
へたりこんでいると譲を叱咤して走らせて
後から自分も走って戻ってきた
バットもグローブも化け物になげつけて失くしていたけれど、本人は無傷のままで、笑ってさえいて

「譲、あなたはまだ子供だから 守りたいものを守れない日もあるでしょう
 でもいつか、その想いをあなたがずっと持ちつづけているなら、いつかちゃんとその手で守れる日がくるから」

祖母の優しい言葉
それは、祈りのようにも聞こえた
「私はの側にはずっといられない
 あなたがを守りたいと強く思っているのなら、これをあげましょう
 これには、強い力が込められているから
 玉を守る一族の力が、この小さな石に、こめられているから」
手渡された、祖母がいつも肌身放さずもっていたもの
首飾りの形をした、お守りのようなもの
「これは・・・?」
「これは玉といって、私達一族が遥か昔から守ってきた大切なもの
 時がくればそれは、八つに別れて八葉を選ぶ
 まだ、時は来ていないから 私はこれを守っていかなければならないけれど
 おまえはもう立派な男の子だから、お前にこれを託しましょう」
手にした首飾りのまん中には、彼女のいう八葉を選ぶ玉が
その周りにはいくつかの小さな白い飾り石がついていた
「きれい・・・」
幼い譲には、難しい八葉の話はわからなかったけれど、
「この小さな石は、玉を守るためについているのよ
 きっと強い穢れからお前とを守ってくれるから、大切にして
 お前がその手でを守れるようになる日まで、いつも持っていて」
その言葉は理解できた
護りの石、これを持っていればを穢れというものから守ることができるのだと
だから幼い頃、譲はいつもポケットにそれを入れていた
背が伸びて、力が強くなって
を自分の手で守れる様になるまでは

「譲くんのおばあさんが菫姫だったんだね」
「そうかもしれませんね・・・」

の言葉に、曖昧に返事をして 譲は初めて訪れたこの嵐山の屋敷を見回した
どことなく懐かしい気がするのは、ここに漂う空気が祖母の気配と似ているからか
(俺に星の一族の力が、あればいいのに)
本当に、祖母が星の一族で、自分がその血を引いているのだとしたら
神子を支える一族として当然持っているべきであろう力が、欲しい
そうすれば、この戦いの中で もっとを守れるだろうに

(あの石があれば・・・)

ふと、あの首飾りについていた石を思い出した
ここに流された日の朝、何故か制服のポケットに玉だけが入っていた
違和感に取り出した時 これはあの首飾りについていた玉だと思って
なぜこれだけがここに、と不思議に思ったものだった
幼い頃 お守りのように持ち歩いていた首飾りは、
やがて譲が成長するにつれ、必要なくなり 今は祖母のくれた箱に入れ本棚のすみにしまってあるはずなのに
「そちらは、菫姫の寝室でした」
なんとなく、屋敷を見ていた譲の視線を追うようにして、舎人が小さく囁いた
「中に、お入りになりますか?」
「え・・・?」
「譲様でしたら、かましません」
あなたは菫姫の血を引いているから、と
言われて譲は、まだ話し込んでいるを見遣った
守りたいと、ずっとずっと思ってきた存在
今は、譲の知らぬ決意をその目に秘めて、強くなった大切な人
「じゃあ、少しだけ・・・」
そっと席をたって、譲は細かい細工の施された扉に手をかけた
何でもいい
を守れる何かが欲しい
星の一族としての力、護りの石
それらが手に入るなら、多分自分は何でもする

中は静かで、涼しかった
綺麗に片付いた部屋
机の上に置いてある箱に、目が止まった
昔、祖母が譲にくれたものとそっくり同じ
これを模して、作られたものを譲に与えてくれたのか
それともあの箱は、こちらの世界から持ってきたものだったのか
「・・・これは・・・・・」
そっと、開いて、譲は小さく息を吐いた
白い石が入っている
首飾りの形はしていなかったけれど、それは確かに見覚えのあるものだった
まるで、ここだけが元の世界の譲の本棚に置いてあるあの箱と繋がっているかのように

「この石が、あなたを護ってくれるかもしれない」

そっと手にとって、譲は目を閉じた
今は何でもいい、少しでも多くの力を手にしたい
を守るためのもの、それが欲しい

その晩、は いつも欠かさない剣の修行をサボって縁側にいた
「あれ・・・、剣の練習は終わったんですか?」
「今日はさぼりなの」
「珍しいですね」
片付けを終えて、自室に戻る途中にを見つけ 譲も側に座り込む
「先輩、今、剣を借りてもいいですか?」
「いいよ? 」
何に使うの? と
不思議そうなのに、譲は笑って懐から白い石の飾りを取り出した
「綺麗、それどうしたの?」
「星の一族の方にいただいたんです
 浄めの花と同じ結晶だと、聞きました
 先輩の剣につけておけば、少しは先輩を守れるかと思って」
「そんなに一杯あるのに、みんなで一つずつ分けようよ」
「いいえ、先輩が持っててください、彼等もそれを望んでいましたから」
長い指が、器用に剣にその石の連なった飾りをつけていく
「携帯があったらストラップにするのにね」
「どこに付けてもいいんですけど・・・いつも持っているのはやっぱり剣でしょう?」
「うん」
まるで剣の飾りみたいに、違和感なく
白い石は、連なってぶつかって清い音をたてた
「ありがとう、譲くん」
「いいえ」
剣を返しながら、微笑をうかべ
だが譲は心の中で、そっと苦笑した
浄めの花より強い結晶だと言っていたこの護りの石
これが砕けることはまずありません、と
一族の者達は言い、これをが持つことを喜んでいた
ならばこの石を見ていればいい
これが砕けないかぎりは、は自分の知らない場所で、危険な目に合ってはいないということだ
譲の知らない戦いなど、していないということだ

やっぱり今日も修行をしてくる、と
庭に出ていったを見送って、譲は小さく溜め息を吐いた
どうかどうか、この心の中の不安のようなものが、考えすぎてあってほしい
単なる悪夢の続きであって
がたった一人、泣いていることなど ないと思いたい
たった一人、戦っていることなどないと 思いたい

だから確かめさせてください
安心させてください
あんなのは、ただの夢だと
あなたを、自分は守れているのだと



 


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